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iisan さんのレビュー一覧
iisanさんのページへレビュー数1137件
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「暴力の詩人」ボストン・テランの新作は、意表をつく犬が主人公の現代アメリカ人の再生の物語である。
イラクからの帰還兵ヒコックがケンタッキーの夜の田舎道を車で走っていて、瀕死の犬・ギヴに遭遇するところから物語がはじまる。虐待されていた檻を噛み破って逃げてきた、傷だらけの犬に自分の姿を見たヒコックは、ギヴを助け、元の飼い主に戻すべくギヴの生きてきた道をさかのぼることになったのだが、それは、9.11やハリケーン・カトリーヌやイラクでの戦いで傷ついてきたアメリカが、再び愛と善意を信じて立ち上がれるかを問う旅でもあった・・・。 「訳者あとがき」の一行目が「一風変わった小説である」とあるように、まさに常識破りの小説である。犬が主人公だからといって、ユーモラスでもハートウォーミングでもない。救いようがない悪意の人間もたくさん登場する。しかしそれでも「愛と善の讃歌」であるのは、人間の悪を覆い尽くす犬の善意と、それに応える人間の愛が貫かれているから。 犬好きにはもちろん、猫好きにもオススメ。いまの世の中のうんざりするような人間の愚かさやおぞましさを、良質な物語を読むひとときだけでも忘れたいという方にもオススメだ。 |
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森村誠一が1973年から74年にかけて週刊誌に連載した、著者得意のホテルものに分類される社会派ミステリーである。
超高層ホテルの若きホテルマン・山名は、密かに憧れていた女性客が殺されたことから、同期の佐々木と二人で事件の真相を探ろうとする。その謎を解く鍵になったのは、ホテル内で殺害された新聞記者が山名に極秘で託したネガフィルムだった。 女性殺害事件の謎解きを主軸に、ホテル内でのトップの権力争いが絡み、さまざまな登場人物が錯綜する複雑なミステリーであるが、同時に、当時としては珍しかった超高層ホテルの内幕を暴露した娯楽小説でもある。従って、現在の読者にはやや古臭く感じられるのは仕方ないが、支配する者と支配される者の関係、サービスを提供する側とされる側にある差別などに対する筆者の厳しい視線は、いささかも古びてはいない。 落ち着いたストーリー展開の社会派ミステリーファンにはオススメだ。 |
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2008年に刊行された、五十嵐貴久の長編ミステリー。本サイトでも、amazonでも評価はイマイチだが、なかなか面白い作品である。
日韓友好条約締結のために韓国大統領が来日するのに備え、厳重な警備態勢がとられていたある日、総理大臣の孫娘が誘拐された。警察は、条約締結を妨害するための北朝鮮の犯行と判断して捜査を進めるのだが、大統領の警備に人員をとられており、少ない人員での捜査はなかなかはかどらなかった。一方、犯人の二人(最初から分かっている)は、捜査陣の思い込みを利用し、着々とかく乱作戦を成功させていくのだった・・・。 最初から犯人も犯行の様相も分かっているのだが、終盤、1/4ぐらいまで犯行の目的が判明しないというのが、スリリングで効果的。文章の読みやすさもあり、どんどん読み進めたくなる。犯行の目的が分かってから犯人逮捕までも、タイムリミット的で面白い。ただ、犯人逮捕のクライマックスで明かされる、真の犯行動機については、賛否が分かれるだろう(これが理由で、低い評価点になっている)。しかし、好意的に読めば、最初からちゃんと伏線が張られているので、誘拐物としては合格点だろう。 警察小説というよりは犯罪小説なので、警察小説ファンに限らず、多くのミステリーファンにオススメしたい。 |
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ジョン・ハートの長編第5作。前作「アイアン・ハウス」が面白かっただけに期待したのだが、ミステリーというよりアメリカ南部の人間模様を織り上げた人間ドラマで、ちょっと期待外れだった。
ノースカロライナ州の小都市の女性刑事エリザベスは、少女監禁犯2人を現場で拷問し射殺したとして州検事局から問題視され、停職中だった。犯人2人に18発の銃弾を撃ち込んだ理由の説明をかたくなに拒むエリザベスは、警察内部でも孤立化しつつあった。同じ頃、13年前に捜査中に知り合った女性を殺害した罪で服役していた元刑事ウォールが仮釈放された。ウォールを崇拝し、憧れていたエリザベスは彼の無実を信じていたのだが、ウォールが釈放された翌日、同じ手口で殺害された女性が発見され、警察はウォールを追い始める。 共に警察に追われる刑事2人と、監禁された少女、元刑事に殺された女性の一人息子が主役で、脇役には同僚刑事、刑務所長、弁護士などが配置され、それぞれに抱える心の闇、過去の陰が絡まって早大で複雑な物語が展開される。しかし、ミステリーとしては犯罪の動機、捜査手法などに疑問が多く、あまり出来がいいとは言えない。登場人物が全員、純情だから罪に関わってしまったのか、善悪を抜きにして行動するタイプなのか、めちゃくちゃ内省的でもあり、直情的でもあって、読んでいて混乱させられた。 「アイアン・ハウス」より「川は静かに流れ」や「ラスト・チャイルド」の方が好きという方にはオススメだ。 |
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「刑事ハリー・ホーレ」シリーズで人気のジョー・ネスボのシリーズ外作品。70年代のオスロを舞台に、ノルウェーの実力派が技巧を凝らした切ない愛の叙情詩である。
殺し屋しかできないオーラヴは、かつて売春組織で痛め付けられようとしているのを救った聾唖のマリアを密かに恋しく思いながらも、ただ静かに見守るだけだった。ある日、ボスの若妻コリナが浮気をしているので殺せと命じられたオーラヴは、コリナを見た瞬間に一目惚れしてしまった。コリナを殺せないなら浮気相手を殺せばいいと考えたオーラヴは、浮気相手を射殺したのだったが、浮気相手の正体はボスの一人息子だった。ボスから命を狙われたオーラヴの逃避行に、コリナが関わり、さらにはボスと対立する組織も絡んできて、雪のオスロを舞台に「殺るか殺られるか」の壮絶な戦いが繰り広げられ、最後は・・・。 識字障害がありながら本を読み、詩情に満ちた文章を書く殺し屋という主人公のキャラクターが秀逸。純粋さと孤独感が、読者の心をつかんでいく。さらに、薄幸の元売春婦・マリアとボスの若妻・コリナも魅力的で、雪の中での物語が色鮮やかに膨らんでくる。ポケミスで170ページほどの短さながら読み応えがあり、読後感は深い。ノワール小説としても、純愛の物語としても傑作である。 幅広いミステリーファンにオススメだ。 |
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スウェーデンを代表する警察小説・刑事ヴァランダー・シリーズの第9作。もうすぐ父親と同じイースタ警察署に勤務することになる娘のリンダが主役を勤める、シリーズ派生的な内容だが、舞台がイースタで登場人物も同じなのでシリーズ作品と言えるだろう。
警察学校を卒業し、故郷のイースタで警察官になるために帰ってきたリンダは、昔の友だちとの付き合いを復活させたのだが、幼なじみのアンナが突然行方不明になった。心配したリンダは、「お前はまだ警官ではない」という父の制止ものともせず、勝手に捜査まがいの行動をとり、何度も父親と衝突していた。そのころ、イースタ周辺では白鳥や子牛が焼かれるという不気味な事件が発生していたのだが、とうとう女性が惨殺されるという事件が発生した。アンナの部屋に勝手に入って日記を読んだリンダは、惨殺された女性の名前が日記に書かれているのを見て仰天する。二つの出来事がつながり始めたとき、そこに表われたのは、カルト集団の影だった・・・。 事件捜査が中心の警察小説ではあるが、主役が警官未満のリンダなので、これまでのヴァランダー・シリーズとはやや雰囲気が異なっている。事件の動機解明、犯罪捜査より、父と娘、あるいは親子の関係などの人間模様の方に目移りしてしまう。実際、事件捜査としてはありえないほど非常識な手法が、ヴァランダーの娘だということで許されているのは、かなり興ざめだった。 ヴァランダー・シリーズとしては出来が良くない作品だが、筆者の死亡により、シリーズ作品もあと2作しか読めないのかと思うと、ファンには必読である。 |
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ご存知「リーバス警部」シリーズの第19作。なんと、警察に復帰したのはいいが部長刑事に降格され、シボーン警部の部下として活動することになった「リーバス部長刑事」シリーズの幕開けでもある。
女子大生が負傷・搬送された自損交通事故の現場に赴いたリーバスとシボーンは、状況の不自然さが気になり、女子大生に聞き取りを行うが、彼女は自供を変えず、同乗者はいなかったという。女子大生が嘘を吐いており、事故の裏に何かが隠されていると感じたリーバスは、お得意の執拗な捜査で嘘を暴き、真相を探っていった。 いっぽう、警察の組織再編で犯罪捜査部に異動する予定の内部観察室のフォックス警部が、最後の仕事として、かつてリーバスが新人刑事として勤務した警察署の刑事たちがグルになって隠蔽したと思われる事件の調査を行うことになり、リーバスに協力を求めてきた。 現在の事件と30年前の事件の解明が並行して進行し、やがてひとつの物語に収斂されて行くという、本シリーズではおなじみのパターンだが、今回はストーリー構成がシンプルで読みやすい。ややサスペンスに欠ける作品だが、犯罪の動機や事件の背景、捜査の手法などがしっかりしているので、レベルが高い警察小説と言える。 それよりも一番の読みどころは、昔と上下関係が逆転したリーバスとシボーンの関係と、前作では徹底した敵役だったフォックス警部と一緒に捜査をすることになったリーバスの反応である。超がつくほど頑固一徹のリーバスが、こんな状況をどうやって克服して行くのか。リーバス部長刑事の成長物語でもある。 シリーズ読者には絶対のオススメ。シリーズ未読の警察小説ファンには、本作からでも面白いこと間違い無しなので、ぜひ読んでもらいたい作品である。 |
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ドイツでは大人気(日本で言えば、宮部みゆきクラス)のミステリー作家の長編小説。ミステリーとしてはやや薄味の家族ドラマである。
イギリスの片田舎で育ち、ロンドンでジャーナリストとして活躍していたロザンナは、ジブラルタルで結婚することになり、幼馴染のエレインを結婚式に招待した。ジブラルタルに向かおうとしたエレインだったが、濃霧のため飛行機が欠航し途方に暮れていたとき、親切な弁護士と出会い、一夜の宿を提供してもらった。翌朝、ジブラルタルに向かったはずのエレインは結婚式には現われず、行方不明となった。 5年後、ロンドン時代の上司から「失踪者」の記事を書かないかと依頼され、エレインの一件も含めて調査を始めることになった。空港でエレインを助けた弁護士・マークと会い、取材をすすめていると、「エレインがいる」という情報が寄せられた・・・。 エレインは、殺されたのか、自分から失踪したのか? これが最後まで隠され、物語は意外な結末を迎えることになる。巻末の紹介文には「最後の最後にあなたを待つのは、震えるほどの衝撃だ」とあるが、それほどのインパクトやサスペンスがある展開ではない。エレインの捜索、事件の真相も、ミステリーとしては平均レベルのできである。本作品の読みどころは、それぞれに問題を抱えている登場人物たちが揺れ動く様相を丁寧に描いた心理描写にある。宮部みゆきというより、湊かなえ的と言えば良いだろうか。 謎解きや犯人追跡のミステリーより心理ドラマの方が好き、という方にはおススメだ。 |
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欧米で大きな話題を呼び、映画化権も売れたという、英国の新人のミステリーデビュー作。華やかで奔放な悪女(ヒロイン)が天性の美貌と頭のよさで成り上がって行く、エロティックサスペンスである。
ロンドンの美術品競売会社に勤めるジュディスは、能力を発揮できないつまらない仕事にうんざりしていたのだが、ある日、自分が贋作ではないかと鑑定した絵画が競売にかけられることに疑問を持ち、背景を探ろうとして解雇された。当面の生活費を稼ぐために、バイト先のシャンパン・バーの指名客とリビエラへ行ったのだが、そこで、睡眠薬を飲ませた指名客が死亡してしまった。罪に問われるのを恐れたジュディスは、金を奪い、イタリアに逃亡する。そこで出会った大金持ちの豪華クルーザーに乗ることになったジュディスは、豪奢な生活と「なりたい自分になる」という欲望を満たすため、次々と犯罪を犯すことになった・・・。 主人公が悪女であり、犯罪を犯すことにさほど罪悪感を抱いていないことから反社会的で、しかもセックス描写が大胆なため、スキャンダラスな作品であることは間違いない。しかし同時に、女性が一人で完全犯罪を実行するサスペンスとしても良くできている。 好悪がはっきり分かれる作品であり、悪女に嫌悪感を抱く人にはおススメできないが、タブーに挑戦するストーリーが好みの方にはおススメだ。 |
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いま、ヨーロッパで人気上昇中のスウェーデンの新進作家のデビュー作。ヨーロッパの不法移民をテーマにした社会派ミステリーである。
ジブラルタル海峡を挟んでアフリカが見える、スペイン最南端の町・タリファ。スウェーデンからの観光客で20歳のテレーセが羽目を外し過ぎた翌朝、海岸に流れ着いた黒人男性の死体を発見し、死体はアフリカからの不法移民が溺れ死んだものとして処理された。 ニューヨーク在住の舞台美術家アリーは、妊娠に気がついたが、喜びを伝えるべき夫は取材でパリに出かけており、10日ほどまえに電話があってから音信不通になっていた。フリージャーナリストの夫は、ヨーロッパの不法移民を取材しており、難しい局面に直面していたようだった。夫の身を案じたアリーは、一人でパリへ出かけ、夫を捜すことにした。 妊婦がたった一人で、しかも知り合いもいないパリで夫を探せるのか? 知恵と度胸で難局に挑むアリーの獅子奮迅の活躍が読みどころ。その背景になる不法移民を巡る闇の世界の存在も、サスペンスを盛り上げる。メインのストーリーから生まれるスリル、サスペンスはあるのだが、全体的にやや深みが無い印象を受けた。登場人物のキャラクター設定より物語のテーマを重視する作風のようで、妊婦が単身で組織犯罪と戦うという設定の割には、ヒロインに感情移入しずらかったのが、深みが無い印象につながったのだが、女性読者なら違った印象を持つだろう。 ヒロインが活躍するミステリー、社会派ミステリーが好きな読者にはオススメだ。 |
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アメリカの女性ミステリー作家のデビュー作。拉致監禁された妊婦(高校生)が知恵と勇気で脱出を成功させた経緯を、17年後に回顧するという物語である。
登校途中に拉致され、一人で監禁されている女子高校生は、お腹の子供を売買する目的で誘拐されたことを知る。実は彼女は極めて特殊な科学的頭脳を持っていて、身の回りにあるものだけを使って犯人に復讐する計画を立て、実行するチャンスを虎視眈々とうかがっていた。そしてある日、計画を実行し、犯人を殺害して逃げ出すのだが、思いも寄らぬ事態に直面することになる。 一方、誘拐事件専門チームに所属するFBI捜査官は、自分の弟が誘拐された経験から誘拐犯を憎悪しており、個性的な相棒とのコンビでFBIの規則も無視して捜査にのめり込んで行く。 誘拐された妊婦とFBI捜査官のそれぞれの独白で、交互にストーリーが展開し、犯行の動機、いかれた犯人の心理、凄惨な犯行様態などが明らかになって行く。事件そのものは凄惨で醜悪なのに、読んでいて嫌悪感が少ないのは、ストーリーの重点が犯行ではなく、ヒロインの脱出に置かれているからである。とにかく、彼女の超人的な能力に驚かされるばかりである。 普通の翻訳ミステリーには必ず付いている登場人物リストが無いので不思議に思ったのだが、途中でその理由が判明すると、なるほどと手を打ち、編集部の配慮にニヤッとさせられた。 女性が監禁される小説としては「その女アレックス」というより、「クリスマスに少女は還る」に近いテイストと言える。 |
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オーストリアを代表するミステリ作家の「夏を殺す少女」の続編。ライプツィヒの警部ヴァルターとウィーンの女性弁護士エヴェリーンが登場するシリーズ第二弾である。
ウィーンで学費を援助してくれる男性を出会い系サイトで探しているカルラは、裕福そうな医者の誘いに乗り、彼の家に同行するのだが、そこで待ち受けていたのは・・・。その一年後、ライプツィヒで全身の骨が折られ、血が抜かれた若い女性の死体が発見され、ヴァルターが捜査を担当することになった。遺体の確認にやって来た母親ミカエラは、殺された娘の妹で一緒に家出したダーナが行方不明であることを知り、何としても探し出すと決心する。警察が頼りにならないと判断したミカエラは、単身で犯人探しに突っ走る。頑固で一途なミカエラの暴走に手を焼きながらも、ヴァルターは事件捜査を進めるうちに連続猟奇殺人事件を疑い始めた。 一方、ウィーンでは、女性殺害の疑いをかけられた裕福な医師が、エヴェリーンに弁護を依頼して来た。信頼できないクライアントだと思いながらも依頼を受けたエヴェリーンは、弁護を引受けたことを後悔するハメに陥ってしまうことになった。 前作同様、二つのストーリーが交互に進展し、やがては一つの物語につながって行く構成が見事である。また、犯人のおぞましさ、狂気が際立っていて、レクター博士シリーズを彷彿させるサイコミステリーに仕上がっている。 しかし、本作の本当の主人公は復讐の鬼と化すミカエラで、その無鉄砲な行動に読者はハラハラさせられ通しで最後まで目が離せない。 「夏を殺す少女」に高ポイントを付けた方はもちろん、サイコミステリー好きには絶対にオススメの傑作である。 |
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フランスの新鋭ミステリー作家の第2作。ミステリーというより、悪漢小説、成長物語的な犯罪小説である。
人気絶頂のフランスのロックスターがシチリア島で姿を消した。身代金の要求は無く、死体も見つからない、謎の失踪だった。が実は、その二年前に北フランスのカレーで2人のチンピラが、マフィアの金を盗んで逃走するという事件と、関係があったのだ。この二つの出来事を結ぶのが、金を盗まれたマフィアだった。チンピラとロックスターとマフィア、それぞれが欲望と人生をぶつけあったとき、物語は思わぬ方向に転がって行く。 主役となる人物が皆、泥棒というか犯罪に関わっている割には、暗さや凄惨さはない。かといって、ユーモラスな犯罪小説でもない。暴力や陰謀が繰り広げられるのだが、そのシーンが乾いているのである。それはきっと、チンピラ、ロックスター、マフィアのそれぞれが人生に何かを引きずっており、なおかつ自由な生き方を希求し、実現させようとしているからである。 文庫本で500ページの分量、元の文体の読みにくさ(訳文は上手い)もあって、読み通すには体力が必要だが、読んで損が無いことは確かだ。ミステリーというより成長物語ファンにオススメだ。 |
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「エーランド島四部作」の完結編。今回も、古い因縁が現在を揺さぶるゴシック風味のミステリーである。
エーランド島で一大リゾートを経営するクロス家の末端に連なる11歳のヨーナスは、遊びに来たエーランド島でひとり夜の海にボートを漕ぎ出し、幽霊船に遭遇する。必死の思いで逃げ帰ったヨーナスは、高齢者ホームから自宅に帰り、一人でボートハウスで寝ていたイェルロフに助けを求めた。イェルロフはヨーナスの話を信じてくれたが、ヨーナスの父や伯父はヨーナスの話を無視しようとする。しかし、クロス家のリゾートでは不穏な事件が続発し、正体不明の怪しい男の影が見え隠れしていた・・・。 過去の因縁が引き起こした事件というのが、シリーズのいつものパターンなのだが、今回は70年近く前の出来事から物語が始まるというきわめてスパンが長い話で、しかも探偵役は杖が手放せない老船長イェルロフなので、ストーリーはきわめてゆっくりと展開する。季節が夏ということで、いつものエーランド島に比べると賑やかな登場人物やエピソードもあるのだが、基本のテイストは前3作と変わらない。老船長の人間味溢れる推理をじっくり楽しむのが、本作の読みどころだろう。 各作品のストーリーは独立性が高いので、本作から読み始めても問題ないが、できれば第1作「黄昏に眠る秋」から読み始めることをオススメする。 |
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精神科医・伊良部シリーズの第3弾。雑誌掲載の4作品を収めた短編集である。
伊良部医師のとぼけた味は相変わらずなのだが、今回は表題作「町長選挙」以外は患者(主役)のキャラが勝っていて、しかも「モデルはあの人」というのが容易に想像できて、前2冊ほど意表をつかれることがなかったのが残念。辛辣でユーモラスな奥田ワールドの持ち味がちょっとだけ薄くなった気がした。 |
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辻原登(初めて読んだ)の長編小説。80年代の世相を上手に切り取った、読みやすいクライムノベルである。
1980年代の和歌山県、田舎町の生真面目で堅物の出納室長・梶は、ふと立ち寄ったスナックのママ・カヨ子からの意味深な誘いにふらふらと乗ってしまい、関係を持つようになったのだが、それをネタにカヨ子の情人のヤクザ・峯尾に脅迫され、公金を横領するハメになった。山口組と一和会の抗争に巻き込まれた峯尾は、組の命令で相手の若頭を殺害したのだが、対立組織はもちろん、自分の身内の組織さえ信用できず、一人で隠れたのち、タイへの逃亡を計画し、その資金を梶から脅し取ることにした。一方、カヨ子の夫だったのだが、峯尾に脅されて別れることになった不動産屋・紙谷は、峯尾の計画を知り、金を横取りしようと目論んだ。、田舎の公務員、ホステス、ヤクザ、不動産屋が入り乱れての色と欲とのドタバタは、やがて殺人事件へと発展した・・・。 バブルの始まりの頃という時代背景が生きており、登場人物のキャラクターもしっかりしているので、ストーリーもエピソードも非常に面白い。黒川博行の疫病神シリーズや吉田修一の犯罪小説に通じるテンポの良さと現実感があり、ぐいぐい引き込まれていく。 エンターテイメント系のクライムノベル好きには絶対のオススメだ。 |
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「北海道警釧路方面本部刑事第一課 松崎比呂」のサブタイトルが示すように、女性刑事が主役の長編ミステリー。単行本を完全改稿した(表4の説明文)文庫版である。
17年前に釧路湿原で行方不明になった少年の姉・松崎比呂は刑事として釧路方面本部刑事第一課に勤務しており、湿原で他殺死体が発見された事件を担当することになる。被害者は札幌の自動車セールスマンで、青い目を隠すために常にカラーコンタクトを使用していた。被害者が釧路まで来たのはなぜか、殺害されたのはなぜか。17年前の弟の事件を担当したベテラン刑事の片桐とコンビを組み、札幌、小樽、室蘭と巡りながら、松崎比呂は被害者の身元を丁寧に洗っていったのだが、そこで現われて来たのは、終戦時の樺太から命からがら引き揚げて来た女の壮絶なドラマであった。 終戦時の樺太からの引き揚げ、17年前の失踪事件、そして現在の殺人という3つの出来事がつながっていくプロセスが見事である。全体の構成も、登場人物も上手くコントロールされていて、物語に破綻がない。ただ、全体的に文章が硬質で、エンターテイメントとしてはやや読みづらいところがあるのが残念だが、これこそ作者の持ち味とも言え、そこは好き嫌いが分かれるところだろう。 警察ミステリーとしても、女性が主役の社会派ミステリーとしても良くできており、多くの方にオススメできる。 |
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V.I.ウォーショースキー・シリーズの第17作。いつまでたっても、いくつになっても無鉄砲に走り回るヴィクの魅力が爆発した、痛快なハードボイルド小説である。
ヴィクが高校生の頃、一時期だけ付き合ったことがあるフランクが突然訪ねて来て、25年前に実の娘(フランクの妹)を殺した罪で服役し、2ヶ月前に出所した母親が「私は殺していない。だれかに嵌められた」と言っているので助けてやってくれないかと頼み込んで来た。フランクの母親はヴィクの一家を毛嫌いし、何かにつけ文句を言って来た過去があるので断りたかったのだが、頼まれると否とは言えないヴィクは、しぶしぶ引受けることになる。事件の再調査のためフランクの母親を訪ねると、案の定、助けを断られ、罵声を浴びせられた。しかも、ヴィクの従兄弟でホッケーのスターだったブーム=ブームが真犯人だという反論まで出して来た。ヴィクが大切にしている従兄弟の名誉を守るため、そして何より、真相解明を拒む巨悪の存在を許さないために、ヴィクは生まれ育ったシカゴの貧困地域を駆け巡ることになる。 もうとっくに50を過ぎたのに、立ち止まることを知らず、ひたすら突っ走って行く、ハートも行動も相変わらず熱いヴィクである。周辺人物も変わりなく、シリーズ物の安定感をベースに、今回はシカゴ・カブスとアイスホッケーチーム関係の話題が加えられ、現代のシカゴが生き生きと描写されている。 シリーズのファンにはもちろん、自分の年齢が気になって弱気になっている中高年の方には元気回復の特効薬として、ぜひオススメしたい。 |
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「最悪」と並び称される、奥田英朗の長編犯罪小説。平穏な日常がいとも簡単に崩れ去って行く恐怖を鮮やかに描いた、傑作エンターテイメント作品である。
東京郊外の住宅街に暮らす及川恭子は、近くのスーパーにパート勤務しながら二人の小学生の子供を育てている専業主婦だった。ある日、夫が勤務する会社が放火され、たまたま宿直だった夫は火傷を負って入院するが、第一発見者として警察から事情を聞かれ、さらに容疑者扱いされるようになる。夫の無実を信じている恭子だったが、ふとしたことから、夫に疑惑を抱くようになった。それでも、子どもたちとの平穏な日常生活を守るために、恭子は強く生きようとする。 放火事件を担当する刑事・久野は36歳独身。7年前に愛妻を交通事故で亡くしてからは義理の母を自分の家族、心の拠り所とし、不眠症に悩む孤独な生活を送っていた。放火事件の捜査の進展とともに、二人の人生の様相が変化し、やがて絡み合い、予測不可能な展開を見せるようになる・・・。 主人公二人(もう一人、高校生も重要な役割りを果たしているのだがキャラが希薄)の描写が絶妙で、ぐいぐい引き込まれ、いつのまにか及川恭子に心を寄せている自分を発見することになる。この辺りのストーリーテラーぶりは、さすが奥田英朗である。あえて欠点を探せば、久野と義母との関係が今ひとつ説明不足というか、腑に落ちない。登場人物たちのさまざまなトラブルや疑問にあえて明快な答えを出さないまま終幕を迎えるのも、奥田英朗流である。 重いノワールというより、犯罪をテーマに時代を描いた心理エンターテイメント作品として楽しめる。ミステリーファンに限らずオススメしたい。 |
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雑誌掲載の7作品を集めた短編集。連作ではなく、独立した作品を集めているのだが,首折り男と黒澤という二人の登場人物でつながっている。
登場人物が個性的で,恋愛から復讐、ホラーなどそれぞれの作品にヒネリがあり、それなりに面白いのだが、伊坂ワールドというか独特の世界観があるので、好き嫌いが分かれる作品集である。 |
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