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iisan さんのレビュー一覧
iisanさんのページへレビュー数1136件
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2020年のフランスでベストセラーに輝いた警察ミステリーの傑作。セルヴァズ警部補(警部)シリーズの第6作である。
停職処分を受け、拳銃も警察バッジも取り上げられて身動きがままならないセルヴァズ警部補(警部から降格された)のもとに8年前から行方不明になっている最愛の恋人・マリアンヌから「お願い、助けてほしい」との電話があった。にわかには信じられなかったセルヴァズだが、違法を承知で元の部下に依頼して発信元がピレネー山地であることを確認すると、即座に駆けつけた。だが何の手掛かりも得られず焦燥を深めるうちに凄惨な殺人事件に遭遇し、捜査の指揮を取る憲兵隊大尉・ジーグラーと再会した。ジーグラーから、この地で以前にも同様な猟奇殺人が起きていたことを聞かされ、マリアンヌの失踪との関連を疑って捜査を始めた矢先に、外部へ通じる道路が爆破で通行不可能にされ村は孤立してしまった。停職中で何の権限もないセルヴァズはもどかしい思いに苛まれながらジーグラーに協力し、殺人の捜査とマリアンヌ救出をめざす。だが、追い討ちをかけるように新たな猟奇殺人が発生し、村は不穏な空気に包まれていく…。 まさかまさかの過去からの呼びかけに慌てて走り出したものの、停職中で十分な捜査ができないセルヴァズの焦りが強すぎて、警察ミステリーとしては展開が重苦しい。だが、切れ者のジーグラー、妖艶な精神科医、世の悩みを一身に引き受けたような修道院長、さらには全霊を掛けても守りたい息子、新たな恋人など、さまざまな登場人物が絡み合うヒューマン・ドラマとしての多彩さが物語を盛り上げている。その背景にあるフランス現代社会の分断に対する嘆きも、日本の読者にアピールするものがある。 謎解きミステリーとしては傑作ではないが、さまざまな読み方ができる社会派ミステリーとして一読をオススメしたい。 |
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ワニ町シリーズの第7作。相変わらず事件に飛び込んでいく3人のはちゃめちゃな大暴れが楽しめるユーモア・ミステリーである。
新町長になったシーリアの夫で長年行方不明で死んだと思われていたマックスがシンフルに姿を現したため、町は不穏な雰囲気に包まれた。そこへハリケーンがやって来て大騒ぎになり、なんとか嵐は去ったものの、シーリアの家でマックスが銃殺されているのが発見された。その犯人探しに首を突っ込んだ3人組が調査を進めると、武器商人でフォーチュンの仇敵であるアーマドの影がチラついていた。フォーチュンの首に懸賞金をかけて追いかけるアーマドがついにシンフルに近づいて来たのか? フォーチュンは絶体絶命の危機を乗り越えられるだろうか? お約束通りの展開なのだが、本作は殺人や偽札造りなど派手な犯罪が起きるのと、フォーチュンの恋人・カーターとの間に微妙な問題が影を落とすのが読みどころ。シリーズの流れが変化する予感を抱かせる微妙なエンディングが、次作への期待を高めてくれる。 シリーズ・ファンには安定の面白さで外せない作品で、本シリーズ未読の方にはぜひ第1作から読むことをオススメする。 |
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ロンドン警視庁ウィリアム・ウォーウィック・シリーズの第5作。ウォーイック警部と部下たちが王室警護本部の腐敗を暴き、ダイアナ妃へのテロに対応する警察ミステリーに、宿敵・マイルズとの知恵比べが加えられた、盛り沢山なサスペンス作品である。
王室の権威を笠に専横を続ける王室警護本部の腐敗を探れとの命を受けたウォーイックは腹心の部下たちを潜入させ、あの手この手で証拠を集めて行く。また、前作からメンバーに加わった元囮捜査官・ロスはダイアナ妃の専属警護官に任命され、奔放な妃の言動に振り回されることになる。さらに、ウォーウィックとロスが刑務所に連れ戻した詐欺師・フォークナーは悪徳弁護士・ワトソンと再び手を結び、それぞれの思惑を実現するために騙し合いと神経戦を仕掛けて来た。 という、微妙に絡まる3つの物語が破綻なく、並行して展開されるのだから面白くない訳がない。さらに、その構成の緻密さ、細部のリアリティはとても82歳の作品とは思えず、老大家の創作力に脱帽するしかない。 シリーズものなので1作目から読むのがベストだが、各作品ごとに完結する物語なので、本作から読み始めても十分に楽しめる。イギリス警察ミステリーの王道を行く作品として、どなたにもオススメしたい。 |
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リンカーン・ライム・シリーズの第15作。住民が就寝中の高級アパートに鍵を破って侵入しながら何も盗らず、しかもまた鍵を掛け直して立ち去るという奇妙な犯罪者とリンカー・ライムの丁々発止の知恵比べが魅力のサスペンス・ミステリーである。
解錠師と名乗る不思議な犯罪者がニューヨーク市民を恐怖の底に落とし入れ、市警はライムに捜査を依頼。さっそく動き出したライムのチームだったが、徹底して用心深い犯人はわずかな物的証拠も残しておらず捜査は難航を極める。さらに、大物ロシア・マフィアの裁判で検察側証人として出席したライムが弁護側にやり込められて無罪判決になるという失態を起こし、激怒した市の上層部、市警幹部から契約解除を言い渡された。強敵の出現に執念を燃やすライムはあの手この手で捜査を進めようとするのだが、市警の捜査に関われば捜査妨害の罪に問われる可能性があり、思い通りに捜査を進めることができなくなった…。 完全無欠の捜査官・ライムが弁護士に負けるという想定外の事態から始まって、動機不明な上に微細な証拠も残さない犯人、SNSを始めとする煽動に容易に乗ってしまう現代社会の脆弱さなど物語を構成する要素が複雑で、ストーリー展開の全体像を掴むまでに苦労する。だが、主要な登場人物やストーリーの流れが分かってくる中盤からは読みやすくなる。もちろん、最後の最後までどんでん返し連発で気を抜けないのは、いつものディーヴァ〜・ワールドである。 宿敵・ウォッチメイカーに繋がるような位置付けなので、ライム・シリーズのファンには必読とオススメする。 |
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2023年版の国内ミステリーランキングで2冠を獲得した大ヒット作。連続爆弾事件を実行する、悪意の塊のような中年男に振り回される刑事たちの焦燥と戦慄を描いたサスペンス・ミステリーである。
軽微な傷害事件で逮捕された冴えない中年男が取調べの刑事に爆弾事件を予言し、事実、爆発が起きた。しかも、この後、二度、三度と爆発が起きると言う。予言しただけで肝心の情報を漏らさない男に対し、警察はあの手この手で情報を引き出そうとするのだが、男はのらりくらりとはぐらかすばかりで、逆に刑事たちが心理的に翻弄されてしまう。次の爆発を防ぐために情報を得たい警察の焦りを狡猾に利用する男の悪辣さ、それと対照的な真面目な刑事たちの情の深さと弱さが見事なコントラストを見せ、日本のミステリーでこれほど反感を招く悪役も珍しい。さらに、犯行の動機には社会に対する得体の知れない悪意があり、しかも警察内部の人間関係が捜査の進展を複雑にしてサスペンスを盛り上げる。ストーリーの中盤、無敵の男と刑事がクイズ合戦を繰り広げる部分は白けるが、それを補って余りある緊張感とスピードがある。 警察ミステリーのファンのみならず、多くの方が楽しめるサスペンス・ミステリーとしてオススメする。 |
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2022年のエドガー賞最優秀長編賞を獲得した、ハワイ在住弁護士の本邦初訳作。1941年から45年にかけての激動のハワイ、香港、日本を舞台にしたダイナミックなサスペンス・ミステリーである。
1941年11月、ホノルル警察の刑事・マグレディは白人男性と日本人女性が惨殺された事件の現場に赴いた。異様な状況に息を呑む間もなく、不審な男と遭遇し射殺した。さらに被害者の男性が米海軍提督の甥であることが判明し、警察上層部、州知事、地元有力者からプレッシャーをかけられる事態となった。地道な警察捜査で相棒のボール刑事とマグレディは、有力容疑者・スミスを割り出したのだが、すでにスミスはマニラ、香港方面に高飛びした後だった。後を追うマグレディは途中のウェーク島でもスミスの犯行を突き止め、香港で追い付いたのだがスミスの計略で香港警察に留置されてしまった。しかも、その日、真珠湾攻撃が行われ、香港は日本軍に占領され、マグレディは日本へと移送される…。 猟奇的殺人の犯人を追う警察小説で始まって、途中からは太平洋戦争時の香港や日本、アメリカを舞台にした国際陰謀ミステリーに展開し、最後は熱烈な純愛物語で締めくくられる。その大きく三つの物語のバランスが良く、各部の連続性もしっかりしているので読み応えがあり、満足感が高い大河ミステリーとなっている。まさにエドガー賞にふさわしい傑作である。 好みのミステリー・ジャンルを問わず楽しめる傑作として多くの方にオススメしたい。 |
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キース・ピータースン名義の新聞記者ジョン・ウェルズを主役にしたシリーズで知られるクラヴァンの21年ぶりの邦訳作品。アメリカでは2021年から年に1作ずつ刊行されている新シリーズ、英文学教授探偵「キャメロン・ウィンター」シリーズの第1作である。
主役のキャメロンは元海軍特殊部隊員で英文学教授という、文武両道に秀で見た目もセクシーな30代後半の独身男。おまけに人が話すことやニュースに接すると「その世界に入り込み真相を探り出す」という、特殊な思考の習慣」を身に備えているのだからまさに無敵。難事件もスッキリと解決してしまう。その割には出会った女性たちとの関係作りが下手くそで、読者をヤキモキさせるのがご愛嬌。本作は恋人の殺害を自供した元軍人の弁護士となった、かつての教え子女性からの依頼で、事件の背後に隠された驚くべき真相を明かすという謎解きが本筋なのだが、それ以上にキャメロンの思考プロセスの重要度が高いため、ミステリーとしてはやや物足りない。 緻密な証拠集めと推理で謎を解く探偵ではなく、なるほど、こういうキャラ設定もアリなのかと納得できそうな方にオススメする。 |
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84歳のマット・スカダーがローレンス・ブロックに促されてポツリポツリと綴った自伝である。
少年時代から警察官になるきっかけ、新人警官時代、刑事への昇進と酒に溺れるようになるまでの「人生の最初の三十五年間」のあれこれを、シリーズを通してスカダーとともに歩んできた読者にはたまらないテイストで振り返っていく。ほとんどはシリーズで出てきたエピソードだが、スカダーには生まれてすぐに死んだ弟がいたなど、これまで出てこなかった話もあって驚かされる。80歳を過ぎても主役を張っていたスカダーもどうやら引退のようで、本作はシリーズ最終作となりそうだ。 スカダー・ファンには必読。それ以外の人には何のこっちゃであろう。 |
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テレビ脚本家出身の著者によるミステリー・デビュー作。女子高校生失踪事件をめぐるテレビ業界と地元の大騒動を関係者のインタビューだけで構成した、意欲的なサスペンス・ミステリーである。
2013年にメリーランド州の小さな町で発生し、全米を沸騰させた16歳の女子高校生失踪事件の真相は何か。10年後、作者(ダニエル・スウェレン=ベッカー)は事件関係者26人の証言を集めて事件の全体像を明らかにしようとするというのが、物語の構成。全編、短いインタビューを並べて行くことで、徐々に事件の様相が変化し、事件報道に熱狂する当時の世相の狂気を炙り出すのに成功している。 暴力と恐怖が主題の犯罪実話ものは昔からアメリカでは人気ジャンルだが、活字文化からテレビ、ネットの社会になって、その人気と影響力は高まる一方である。それは人間の本性に基づいたものではあるが、このままで良いのかという作者の問題提起は重要だ。しかし、それを抜きにしてサスペンス・ミステリーとしてのレベルが高く、一級品のエンタメ作品である。登場人物が多く、しかも人物表が無いのだがストーリーを追うのに何の問題もない。 予備知識なく、素直にストーリーを追うことをオススメする。 |
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2024年の新聞連載に加筆修正した長編小説。九州の小島に集められた富豪一族と元刑事、探偵が米寿を迎えた富豪の失踪と失われた宝石の謎を解く、軽めのミステリーである。
一代で財を成した梅田壮悟の米寿祝いに梅田氏所有の島に集められた面々は、豪華な宴会の翌朝、梅田壮悟が姿を消したことに気が付く。ちょうど台風が襲ってきた日で島の外に船を出すのは無謀と思われたのだが、壮悟が残したメモ(ヒント)を頼りに、壮悟が隣にある小島に渡ったのではないかと結論付けた。さらに時価35億円の宝石が行方不明になっていることも関係しているようだった。激しい嵐を突き切って面々が隣の小島にたどり着いてみると、そこには梅田壮悟の人生の秘密が隠されていた…。 宝石探しと失踪した富豪探し、二つの探し物に、終戦直後の世相と未解決殺人事件を絡めたミステリーではあるが、「悪人」や「怒り」のサスペンスを期待すると裏切られる。良くも悪くも読みやすさ重視、媒体のレベルに合わせた新聞小説ミステリーというしかない。 読んで損はないけど、絶賛してオススメする作品とは言えない。 |
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アメリカ・ミステリー界に不動の地位を築いているジョン・ハートのデビュー作。若き弁護士が偉大な弁護士だった父の殺害を機に家族との関係、自分の生き方を直視し、父の死の謎を解きながら人生を再生する家族物語ミステリーである。
失踪してから18ヶ月後、辣腕弁護士として知られていた父・エズラの射殺死体が発見された。エズラの一人息子で弁護士のワークは父の死には動揺しなかったものの、父との折り合いが悪かった妹のジーンが犯人だと直感し、精神状態が悪いジーンが逮捕・投獄されることに大きな不安を抱く。たった一人残された家族であり、最愛の妹であるジーンを守るためなら自分が身代わりになってでもと決心するワークだったが、ワークに莫大な遺産を残すというエズラの遺言が明らかになると警察はワークを最重要容疑者と目するようになる…。 ワークに疑いの目を向ける警察の捜査と、ジーンを守りながら真相を探るワークの独自の調査が絡み合いながら徐々に真相が明らかにされる犯人探しがストーリーの本筋。だが、それ以上にエズラ、ワーク、ジーンの家族関係、とりわけ偉大な父親とその影響下から逃れられない息子の息苦しいまでの切なさが大きな比重を占めている。犯人探しはそれなりに面白いのだが、親子・家族の物語が重くて、ジョン・ハートはやはり家族物語の作家だと再認識した。 ファザコンの若者の再生物語として読むことをオススメする。 |
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元々は朗読会用に書かれた後、雑誌掲載された作品と雑誌用の連作短編、書き下ろしを集めた短編集。全13編、それぞれに味があり、ショート・ストーリー作家としての才能を感じさせる傑作エンターテイメント作品である。
中でも中年から初老に差しかかる年代の男女を描いた作品は人生の苦味や切なさが隠し味となり、展開やオチにツイストが効いていて唸らせる。 警察ミステリー、時代ミステリーの名手・佐々木譲の意外な一面が楽しめる一冊として、多くの人にオススメしたい。 |
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デンマーク発の人気警察小説「特捜部Q」シリーズの第9作。犯人はもちろん犯行動機、犯行日時、さらには犠牲者すら不明という難事件に取り組むメンバーたちに、さらにチームの中心であるカールが麻薬事件の捜査対象になるという大惨事が降りかる疾風怒濤、ハラハラドキドキの警察ミステリーである。
60歳の誕生日に自殺した女性は32年前に車の修理店の爆発事故に巻き込まれて一人息子を亡くした母親だった。爆発時に偶然近くにいて現場に駆けつけた現殺人捜査課課長のヤコブスンは当時に抱いた不審感を思い出し、調査報告書を再読した結果、現場に食塩が残されていた事実に疑問を持ち、同じような事件がないか、特捜部Qに調査を依頼した。事件性などないと疑っていたカールだったが、調べを進めるうちに事故や自殺に見せかけた不審死が二年おきに起きている連続殺人ではないか思い始める。犯行の日時、被害者すら分からない五里霧中の捜査を続けていると、次の事件が近いうちに起きるだろうという結論に達し、特捜部Qは焦りを募らせてる。そんな折り、ヤコブソンはカールが麻薬関連事件で重要参考人になったと知らされる…。 シリーズでも屈指の難事件に加えて、カールが逮捕寸前に追い詰められるという波乱万丈の物語。読後はサスペンスとミステリーの満腹感に満たされる。デンマークのクリスマス事情やコロナ禍のデンマーク社会など背景エピソードも興味深い。シリーズは10作目で完結ということで、本作のクライマックスは強烈なクリフハンガーで終わっている。次作も必読。 シリーズ愛読者は必読!とオススメする。 |
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リンカーン弁護士シリーズの第7作。ハラーの調査員としてボッシュも大活躍する、読み応えある法廷サスペンスである。
冤罪を訴える囚人の力強い味方との評判を得たハラーのもとには助けを求める手紙が殺到し、ハラーの調査員としてそれを選別していたボッシュはルシンダ・サンズという女性からの手紙に目をとめた。元夫である保安官補を射殺した罪に問われたルシンダは一貫して犯行を否認していたものの、発射残渣検査で陽性だったため裁判を避ける「不抗争の答弁」を選択して服役していたのだった。しかし凶器の銃が発見されていないなど不審な点があり、冤罪を確信したハラーとボッシュは調査を始めた。すると、何者かがボッシュとハラーの家に侵入し、警告を発してきた…。 結論が出ている裁判をひっくり返すためにハラーのチームが繰り出す法廷戦術は多彩かつ緻密で唸らされるのだが、それ以上に検察側の防御は固く、その壁を突破するためにハラーは捨て身の作戦を連発する。有罪か無罪か、静かなドンデン返しが繰り広げられる法廷シーンは実に力強い。日本とは全く異なる法廷の様相が極めてエキサイティングで最後まで面白く読める。さらにコナリー・ファンには見逃せないボッシュの健康状態のエピソードも印象的。ハラーのみならずボッシュ、ボッシュの娘・マディも、まだまだ主役を勤めそうである。 リンカーン弁護士シリーズ、ボッシュ・シリーズのファンには必読。法廷ミステリーのファンにも絶対のオススメだ。 |
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ピュリッツァー賞受賞のアフリカ系アメリカ人作家による2021年刊行のベストセラー小説。1950年代後半から60年代前半のハーレムを舞台にビジネスでの成功を目指しながら、置かれた環境に翻弄され、それでも自分を貫く黒人青年の成長物語であり、ハードボイルド作品である。
ハーレムで中古家具店を営むカーニーは愛する妻と子供たちのために懸命に誠実に働いていた。だが状況は厳しく、たまには従兄弟のフレディが持ち込む盗品の売買に関わっていた。正直な家具屋と盗品故買屋の二つの顔を使い分けていたカーニーだったが、フレディが引き起こした強盗事件に巻き込まれ、ギャングや悪徳警官と関わる羽目に陥った。徐々に裏社会との関係を深めたカーニーは自分だけでなく家族まで命を狙われる危機を招いてしまったのだった…。 物語は盗品故買に手を染め始める1959年、ハーレムの裏の権力に近付いていく1961年、人種間トラブルに直面する1964年の三部構成で、それぞれの年が中編小説になっている。全体の通奏低音は人種、貧富、暴力、権力犯罪という重いテーマだが、登場人物のキャラクター、時代を映すエピソードは洗練されており、都会的なハードボイルド、クライム・エンタメとして読みやすい。 60年代のアメリカ、特にブラック・カルチャーに興味がある方にオススメする。 |
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時代が抱える社会病理にファンタジー色を散りばめた書き下ろし長編ミステリー。
週刊誌記者の今井柊志は偶然手に取った小説に激しく動揺した。そこには封印してきたはずの自分の過去、兄によるリンチ殺人と姉の死が描かれていたのだ。ことに自分と姉が二人だけ残された時の悲しい記憶が、自分の日記を読まされているように克明に描写されていた。さらに柊志の編集部に「今井柊志の兄は少年を殺した」という匿名の通報があり、両親に見捨てられた柊志を育ててくれた伯母にも同じことが起きた。誰が、何のために攻撃を仕掛けてきたのか。柊志は必死の覚悟で思い出したくもない過去に向き合い、真相を探ろうとする…。 元々崩壊していた家族が兄が犯罪者になったことでバラバラになり、唯一自分を庇ってくれていた優しい姉まで事故で亡くすという悲惨な過去を持つ週刊誌記者が、自分の過去を調べることで自分の秘密を守ることと他人の秘密を暴露する自分の仕事の意味を考え直すというのが一本の筋で、そこに巷に溢れるいじめや言葉の暴力の問題を絡めている。隠してきた過去が小説に描かれているのを発見するという発端と、その小説の作家が判明し、動機を明らかにしていく終盤は意外性のある展開で惹きつけられた。リンチ殺人といじめの実相が明らかになる部分は、やや展開がまどろっこしい。 ファンタジー色のあるミステリーが好き、という方にオススメする。 |
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リンカーン・ライム・シリーズの第16作。ライムを殺すためにニューヨークに戻ってきた宿敵・ウォッチメイカーと最後の戦いを繰り広げる、おなじみのドンデン返しミステリーである。
N.Y.の高層ビル建築現場で大型クレーンが倒れ、複数の死傷者が出た。単なる事故かと思われたが、ネット上に市当局に宛てた脅迫状が公開され、24時間以内に要求が容れられなければ次々とクレーンを倒すという。市民の安全を憂慮した市長はライムに捜査を要請、ライムが率いるおなじみのチームは脅迫の裏に宿敵・ウォッチメイカーがいることを突き止めた。しかも、ウォッチメイカーがN.Y.に戻ってきたのはライムを殺す目的だったことを知る。こうして二人の頭脳戦が始まった…。 大型クレーンを倒壊させるという、恐怖感を煽るアイデアが秀逸。だが、事件全体の構図というか、ウォッチメイカーによる犯行計画がぶっ飛んでいるし、当然、それを防ぐライムの計略も凄すぎてリアリティが乏しい。それでも次々に繰り広げられるドンデン返しはいつも通りで、最後まで面白く読める。 マンネリ感は否めないが、安定のディーヴァー節が好きという方にオススメする。 |
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「ガリレオ」シリーズの中では長編となる「透明な螺旋」に雑誌掲載の短編1本がおまけに付いた文庫版。殺人事件の犯人探しと親子の絆の切なさを両立させた人情ミステリーである。
房総の海岸で男の銃殺死体が発見された。行方不明届が出されていたためすぐに身元は判明したのだが、驚いたことに届を出した同居人の女性が姿をくらませてしまった。草薙と内海たちが女性の行方を探していると、思いがけず湯川の名前が出てきて草薙が湯川を訪ねたことから、警察の捜査と並行して湯川も真相を探ろうとする。そして、二つの捜査が合流した時、草薙も湯川も重くて苦い想いを飲み込むのだった。 犯人探しの部分は犯行様態は単純だが動機、関連する人間関係が複雑でミステリーとしてよく出来ている。それ以上に、本作は湯川の過去に関わるエピソードが明らかにされることの方がファンにはインパクトがあるだろう。 ガリレオファンは必読。もちろんミステリーファンなら誰でも満足させる安定作としてオススメする。 |
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著者のデビュー作にして2021年のアガサ・クリスティー賞受賞作。選考委員全員が満点をつけたという高評価も納得の傑作戦争エンタメ作品である。
1942年、モスクワ郊外の小さな農村に侵攻してきたドイツ軍に目の前で母親や村民を皆殺しにされた18歳の少女・セラフィマは自らも殺される寸前、赤軍兵士に助けられた。赤軍部隊を率いていたのが元狙撃兵で狙撃訓練学校長のイリーナで、虚脱状態のセラフィマを「戦いたいか、死にたいか」と一喝し、母の遺体もろとも村全体を焼き尽くした。ドイツ軍はもちろんイリーナにも復讐心を抱いたセラフィマは誘われるままに訓練学校に入り、一流の狙撃兵になることを決意する。同じように家族を失った同年代の少女たちと共に厳しい訓練を経て、イリーナをリーダーにした女性だけの狙撃小隊を構成し、祖国防衛戦争の最激戦地となったスターリングラードに派遣された…。 18歳の少女が辣腕の狙撃兵に作り上げられ、独ソ戦終結までを戦い抜く冒険と成長というのが物語の骨格で、そこに祖国愛、敵に対する憎悪の深さ、さらに敵味方を超えた戦争の悲惨さ、戦場で露わになる性差別が重ねられ、重厚で斬新な戦争小説が出来上がっている。主人公たちの心理描写、アクションシーン、歴史の流れの解説も適切で500ページ近い長編ながら読みやすい。 戦争小説、冒険アクション、成長物語のファンに、表紙のイラストに惑わされることなく手に取ることをオススメする。 |
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イギリスを舞台にしたミステリーで人気のドイツ人作家の「刑事ケント・リンヴィル」シリーズ第2作。ヨークシャーで起きた14歳の少女が連続して行方不明になる不可解な事件に、管轄外のスコットランド・ヤードの女性刑事が単独で挑むミステリー・サスペンスである。
実家を処分するためにヨークシャーに来たケイトは宿を取ったB&Bで、その家の娘・アメリーが行方不明になる事件に巻き込まれた。同じころ近くで一年前に失踪した少女の遺体が発見されたため、連続少女誘拐殺人かと思われたのだが、アメリーは嵐の夜に港で通りがかった二人の男性に助けられた。しかし、アメリーは救出時までの記憶が消えてしまっていて、誘拐犯につながる手がかりは全く得られなかった。管轄外のため躊躇していたケイトだったが、アメリーの両親に懇願されて密かに調査を開始する。すると、ここ数年で他にも消えた14歳の少女たちがいることを発見し…。 複数の少女失踪事件が複雑に絡み合い、事件の構図がなかなか見えて来ず、ストーリーはどんどん広がっていく。さらに、関係者家族の人間模様、ケイトと地元警察の微妙な力関係も重なり、最後まで予断を許さない読み応えがあるサスペンスである。ただいかんせん、主役のケイトをはじめとする主要な女性たちのキャラクターが暗くて、どんよりして、おおよそ共感を誘うものではないため、途中で中だるみしてしまうのが欠点である。 生きづらさを抱える女性の心理描写が好きな方にはオススメできる。 |
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