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iisan さんのレビュー一覧

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レビュー数1137

全1137件 461~480 24/57ページ

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No.677: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

じんわり効いて来る人情ミステリー

2013年大藪春彦賞を受賞した、佐方貞人シリーズの第二弾。地方検事時代の佐方の仕事ぶりと人となりを丁寧に描いた5作品からなる連作短編集である。
成果を焦って強引な捜査を進める上層部に対し愚直に信義を重んじる佐方の頑固な捜査が勝利を収める話、佐方の父親を主題にした生い立ちの話、恩義のある人のために佐方がハードボイルドな一面を見せる話など、5つの物語がそれぞれに独立して高レベルで成立しており、トータルとして佐方貞人の魅力が見えて来る。
シリーズファンは必読。人情ミステリーファンにも自信を持ってオススメする。
検事の本懐 (角川文庫)
柚月裕子検事の本懐 についてのレビュー
No.676:
(7pt)

最後まで、誰が真実を述べているのか分からない

英国ミステリーの女王・ウォルターズの長編第12作。ロンドンで起きた男性老人連続殺人の犯人探しミステリーだが、犯人と目された男の謎が深く、その深層心理の闇に読者を引きずり込む心理サスペンスでもある。
イラクで瀕死の重傷を負ったアクランド中尉は本国の病院で目覚めたとき、イラクでの記憶を失っていた。さらに、病床を訪れた母親や元婚約者、世話をする看護師など女性を嫌悪し、体に触れられると暴力を振るい、担当の精神科医のアドバイスも無視し、周囲を戸惑わせるのだった。顔面形成手術を拒否して退院し、ロンドンで一人暮らしを始めた矢先、パブで暴力事件を起こし、ちょうどその頃連続して起きていた老人への暴力的な殺害事件の犯人ではないかと疑われた。具体的な証拠が見つからず釈放されたアクランド中尉だったが、その言動は一向に改まらず、警察は引き続き監視の目を光らせるのだった。
ストーリーが進めば進むほどアクランドの疑惑は深くなるのだが、いかんせん状況証拠ばかりで、しかも記憶喪失と嘘か真か分からない極端な心理が謎を深めるので、読者は最後まで翻弄されることになる。話が複雑かといえば、そうでもなく、主要登場人物のキャラクターもきちんと確立されているためストーリーはきちんと追えるのだが、読んでいて常に次は奈落に突き落とされるのではないかと疑心暗鬼になる。巻末の三橋暁氏の解説にもある通り、あまり類を見ない独創的なジャンルを開いた作品と言える。
心理サスペンス、心理が絡んだ謎解きがお好きな方にオススメする。
カメレオンの影 (創元推理文庫)
ミネット・ウォルターズカメレオンの影 についてのレビュー
No.675:
(8pt)

妻としては悪女、母としては聖女

ジョージア州捜査局特別捜査官ウィル・トレント・シリーズの第8作(訳者あとがき)。これまでウィルの人間性に大きな影響を与えながら影の存在だったアンジーが主役として登場する、サスペンス・ミステリーの傑作である。
プロバスケットのスター選手リッピーが所有するビル建設現場で元警官の惨殺死体が発見された。実はリッピーは数ヶ月前に強姦で訴えられ、ウィルが捜査したのだが強力な弁護団によって不起訴に持ち込まれていた。被害者は悪徳警官として知られ、退職後はリッピーのマネージャーに雇われ汚い仕事をしていたことから、リッピーの尻尾をつかめるのではないかと期待したウィルだったが、現場に残された銃が別居中のウィルの妻アンジーのものだったことで激しく動揺する。しかも、現場を血の海にした多量の出血は被害者ではなく、現場から逃げた女性のものだと判明。さらに、その血液型はアンジーと同じで、数時間以内に死に至る可能性があるという。アンジーが殺害犯なのか、どこに隠れているのか、正常な判断力を失ったような状態で必死に走り回るウィルに対し、恋人であるサラ、相棒のフェイス、上司のアマンダたちは複雑な感情を抱くのだった。
凄惨な殺人と複雑な犯行態様、底知れぬ闇をかかえた事件の背景など、サスペンス・ミステリーを盛り上げる要素が満載で一級品のミステリーである。さらに、今回主役のアンジーが複雑怪奇かつ直情的な、極めて存在感が強いキャラクターでヒューマン・ドラマとしても読み応えがある。アンジーは聖女なのか、悪女なのか、あるいはそうした判断を許さない超越的な存在なのか?
シリーズでも屈指の傑作として、シリーズ愛読者はもちろん、本作が初めての方にも自信を持ってオススメする。
贖いのリミット (ハーパーBOOKS)
カリン・スローター贖いのリミット についてのレビュー
No.674:
(7pt)

愛とは乱暴で狂気の沙汰である(非ミステリー)

子供がいない、平凡な主婦が夫の浮気を機に本人も気が付かない狂気の世界へ暴走する、ちょっとブラックな物語である。
結婚8年目で夫の実家の敷地に建つ離れに夫婦で住む桃子は、週に一度のカルチャー講師を勤めるほかは主婦に専念していた。そんな生活は、義父が脳梗塞で入院し、義母の手伝いをするようになったある日、一本の無言電話がかかってきたことで一変する。無言電話の向こうからかすかに聞こえてきたのは夫の声ではないか? 疑心暗鬼に陥った桃子の日常は徐々に変化し、平穏だと思っていた夫婦仲に生じた亀裂は広がるばかり。そして、いつもは使っていない部屋の畳と床下が気になり始めた桃子は床下を見たいという衝動が抑えきれなくなり、とうとうチェーンソーを買ってしまった。そして、夫の浮気相手と対面した桃子は・・・。
実は桃子も現在の夫とは不倫の末に前妻を追い出す形で結ばれた過去があり、その因果が巡る形で現状を迎えているのだった。何事にも優柔不断な夫との関係、義父母との関係というありがちな家族問題と愛情のもつれを、どう解きほぐして行くのか。2時間ドラマみたいな構図の物語だが、そこは吉田修一、思いがけない結末が用意されている。人を愛することは自分の妄想を愛すること、愛は狂気でしかないことがじわじわと伝わってくる寓話である。
途中、ミステリーになるかと思わせる部分もあるが肩すかしで、ブラックでユーモラスなヒューマンドラマとして楽しめる。ミステリー・ファン以外のエンターテイメント作品ファンにオススメしたい作品である。
愛に乱暴 上 (新潮文庫)
吉田修一愛に乱暴 についてのレビュー
No.673:
(7pt)

敗戦国民の罪と罰は、どこにあるのか?

2019年度の各種ミステリーランキング、本屋大賞などで高く評価された長編小説。一人の少女を通して敗戦国民の悔恨、絶望、再生への希望を救い上げた社会派ミステリーの力作である。
1945年7月、敗戦直後のベルリンで米軍の食堂で働いていた17歳の少女・アウグステは、ある日、MPにソ連の占領地域に連行され、そこでソ連の公安警察から、戦争時代のアウグステの恩人であるクリストフの死体に対面させられた。しかも、クリストフは殺害され、犯人はアウグステではないかと問いつめられた。動機が無いと強く主張し釈放されたアウグステは、クリストフの妻で同じく恩義があるフレデリカの焦燥ぶりに同情し、クリストフの訃報を知らせるためにフレデリカの甥で行方不明のエーリヒを探すことになった。その道連れになったのが、元俳優で泥棒の陽気な男・カフカで、ソ連占領下からアメリカ占領下を経由し、ポツダム近郊の旧撮影所をめざして旅立った。敗戦の混乱から立ち直っていないベルリンは危険だらけで、しかも米英ソの三巨頭会談を目前にして街は緊張に包まれており、二人は思いがけない危機に直面し、命がけの旅になった・・・。
ミステリーとしてはクリストフ殺害の動機、犯人探しで、それなりの筋が通ったまずまずの完成度である。それよりも、ドイツが背負うことになったナチスとユダヤ人迫害という罪と罰を17歳のアーリア人少女の体験として摘出した社会派小説として高く評価したい。
「戦場のコックたち」にも通じるヒューマン・ドラマとして読むことをオススメする。
ベルリンは晴れているか (ちくま文庫)
深緑野分ベルリンは晴れているか についてのレビュー
No.672: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

ちょっとしたトリックが秀逸

書き下ろし全7作品を収めた短編集。
どれも一ひねりしたトリックというか、仕掛けが効いた味のある小品ばかり。短編ながら起承転結があり、最後の種明かしに納得感がある。
旅行中のお供に、休日の昼下がりに、ちょっとした読物が欲しいときに最適だ。
怪しい人びと 新装版 (光文社文庫)
東野圭吾怪しい人びと についてのレビュー
No.671: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

氷の天使にも殺し屋にも人間性はある

NYPDの氷の天使・キャシー・マロリー・シリーズの第12作。修道女殺害事件の裏に隠された事件の真相を暴き、人質を救出する警察ミステリーである。
きっかけは「街中で行方不明になった尼僧を探して欲しい」というマロリーへの訴えだった。居合わせた相棒のライカー刑事は、消えた尼僧シスター・マイケルと同じ顔、同じ名字の盲目の少年ジョーナも行方不明になっていることに気が付いた。さらに数日後、シスター・マイケルの死体が市長公邸の前庭で他の3人の死体と一緒に発見された。遺棄された死者4人の間に関連性は見つからず、誰が、何のために犯した犯罪なのか、動機が分からず捜査は混迷する。そのころ、少年ジョーナは知らない男に監禁されていた。マロリーたち捜査陣は4人殺害事件を解明し、さらに行方不明の少年を助け出すことができるだろうか?
シリーズの特徴である機能不全家族による人格破壊という側面は継承しつつ、ヒロインのマロリー、犯人ともに時たま人間性をかいま見せるところが最近の傾向だったのだが、本作ではそれがさらにはっきりと出ている。その分だけヒロインのクールさは減衰したと言えるが、物語に感情移入しやすくなったのも事実である。本格警察ミステリーとしては、犯行の背景があまりにも大雑把で作り事感が過剰なのが惜しい。
シリーズ読者には必読。警察ミステリーファンにも、読んで損は無いとオススメする。
修道女の薔薇 (創元推理文庫)
キャロル・オコンネル修道女の薔薇 についてのレビュー
No.670:
(8pt)

おかしくて切ない、男と女(非ミステリー)

2004年〜05年に雑誌掲載された連作短編集。連作とは言っても、温泉を舞台にした男女の物語という共通点があるだけの独立した5つの話である。
登場する5組の男女の関係は中年に差しかかった夫婦から高校生まで様々だが、どの作品でも二人は上手く行ってるようで上手く行ってないような、どこかですれ違いがある関係で、そのズレがドラマになっている。主人公たちはみんな善人というか、悪人ではなく普通の人。普通の人が普通に恋をして、普通に生きて行こうとするのだが絵に描いたようには生きられない。そんなささやかな悩みや苦しみを温かく描いてあって、読後感は爽やかである。
ハートウォーミングな人間ドラマを読みたいという方にオススメする。
初恋温泉 (集英社文庫)
吉田修一初恋温泉 についてのレビュー
No.669: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

のちに花を咲かせるつぼみがぎっしり

デビュー作「オーデュポンの祈り」に続く長編第2作。仙台を舞台に5つの現代寓話が並行して進行し、最後に不思議な形で結びついて行く、突拍子もない群像劇である。
5つのストーリーはそれぞれに独立したファンタジックなミステリーで、一つひとつで物語となっているのだが、最後に意表をつく5つの関連が明かされる。つまり予想を覆す伏線の回収になっているのだが、扉のイラストに有名なエッシャーの騙し絵が使われていることで分かるように、時間と空間を操作した巧妙な仕掛けが施された構成で、騙されるのを楽しむ作品になっている。
登場人物、ストーリー、テーマには、のちに傑作として花開いて行く作品のつぼみともいうべきものがあり、その意味でも伊坂幸太郎ファンには必読と言える。
ラッシュライフ (新潮文庫)
伊坂幸太郎ラッシュライフ についてのレビュー
No.668:
(7pt)

汗がみずみずしい、初期短編集(非ミステリー)

1997〜98年に雑誌掲載された3編の短編を収めた、吉田修一の初期作品集。高校生、大学生、ヒモ暮らしというモラトリアムな状況を生きる若者の日常を描いた青春小説である。
3作品それぞれに舞台設定は異なるものの、何ものかをつかもうと生真面目に生きている、でも世間的には不器用な青春がリアルに、ファンタジックに描かれていて甘酸っぱい読後感を残す。
吉田修一の歩んできた小説世界を知る上で、吉田修一ファンには欠かせない作品といえる。
最後の息子 (文春文庫)
吉田修一最後の息子 についてのレビュー
No.667:
(7pt)

日本と台湾を繋ぐもの(非ミステリー)

台湾新幹線の建設に日本が応札し、7年の歳月をかけて一番列車を走らせるまでの軌跡と、建設にたずさわった人物の人間ドラマを描いた長編小説。そこにさらに日台の市民の歴史を絡めることで、単なる「プロジェクトX」ではない完成度に到達したエンターテイメント作品である。
商社の台湾新幹線事業部に勤務する、入社4年目の多田春香は受注が決まったプロジェクトに参加するため台北に赴任した。やりがいのある仕事に情熱を燃やす春香には、6年前に初めて台湾旅行したときにエリックと名乗る学生と出会った思い出があり、ひょっとして再会できればという淡い期待も抱いていた。事情を知った台湾人の同僚の尽力でエリックのその後を調べてみると、なんと彼は日本で就職しているのだった。お互いの国を入れ替えた二人は、それぞれの事情を抱えながら不器用な関係を続け、7年の歳月をかけた台湾新幹線が開通したとき、新たな路を走り出すことになる。
ビッグプロジェクトの成功への軌跡を追いかけながら、現在を生きる二人に加えて、青年時代まで台湾で過ごした日本人の老人により、時代と国を超えた人々のドラマが生き生きと描かれて行く。ビジネス小説ではなく、しっかりと読み応えがあるヒューマンドラマである。また、日本ではあまり知られていない台湾人の思考や行動の様式が優しいまなざしで描かれているのも、読後感を爽やかにしている。
吉田修一がカバーする分野の広さを示す一編として、すべての吉田修一ファンにオススメしたい。
路 (文春文庫)
吉田修一路(ルウ) についてのレビュー
No.666:
(7pt)

黒川博行は短編だと良さが出にくい

1994年から97年にかけて雑誌掲載された9作品を収めた短編集。
随所に別の長編につながるようなアイデアが見られ、どの作品も一ひねりしてあってそれなりに面白いのだが、やはり短編だと食い足りない。どれも短いので、休日の午後の暇つぶしにはぴったりで、気楽に読むことをオススメする。
燻り (角川文庫)
黒川博行燻り についてのレビュー
No.665:
(8pt)

重要容疑者の心の中を覗く使命に悩むヴィゥティング警部

ノルウェーで大人気の「ヴィスティング警部」シリーズの第12作、邦訳では2冊目となる作品である。本作も、邦訳第一弾「猟犬」と同様に過去の事件を巡って、ヴィスティングを中心とする警察チームが緻密な捜査で真相を暴いて行く北欧ミステリーらしい作品である。
24年前の10月10日に行方不明になったカタリーナ・ハウゲンの事件は、いつまでもヴィスティングの心をとらえており、毎年、10月10日にはカタリーナの夫・マッティンを訪れ、様々に語り合うのが恒例になっていた。ところが今年、マッティンは留守で、しかも職場を休み、所在が確認できない状態だった。その翌日、ヴィスティングの勤務する警察署に来訪した国家犯罪捜査局の捜査官・スティレルが、カタリーナの一件の2年前に起き、ノルウェー社会を揺るがせた少女誘拐事件にマッティンが関与している疑いがあるという衝撃のニュースをもたらせた。さらに、スティレルはマッティンと親しいヴィスティングに、マッティンと交流することで証拠をつかむように依頼した。本来の目的を隠し、ヴィスティングはマッティンにさらに接近し、一緒に山小屋に行くことに成功する・・・。
二つの古い未解決事件が思いもよらない理由でつながり、一挙に解決するというのはありがちなパターンだが、本作はそれぞれの事件の解明プロセスがしっかりしているので、無理なく納得できる。さらに、ヴィスティングとマッティンの関係、ヴィスティングとスティレルの関係が極めて丁寧に描かれており、人間観察力に優れた作品となっている。また、前作同様、娘・リーネがジャーナリストとして関わり、重要な役割りを果たしているのも、物語を深みがあるものにしている。派手さは無いが、どんでん返しというか思いもよらぬ展開もあり、サスペンス・ミステリーとしての完成度も高い。
邦訳第一冊「猟犬」は早川、本作は小学館と分かれたため翻訳者も変わっているが、シリーズとしての違和感は感じない。ひとつ気になったのが表紙イラスト。どこかで見たと思ったら「犯罪心理捜査官セバスチャン」と同じイラストレーターだった。同じジャンルの別作家と同じイラストを使うのって、どうなんだろう?
シリーズ物だが「猟犬」が第8作、本作が第12作であり、あえて順番に読まなくても十分に楽しめる。北欧ミステリーファンには自信を持ってオススメする。
警部ヴィスティング カタリーナ・コード (小学館文庫)
No.664: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

「自由が奪われるのは何故か」を追求した、警世の力作

2017年に刊行された書き下ろし長編。様々な自由が知らず知らずに制限され、やがては奪われてしまう恐ろしさを、読み応えのあるサスペンス・ミステリーに仕上げた力強い社会派エンターテイメント作品である。
興信所を営む鑓水と修司のもとに、かつて因縁のあった政治家から奇妙な依頼がもたらされた。白昼、渋谷のスクランブル交差点で天上を指差しながら死んだ老人の意図を探って欲しいというのだ。雲をつかむような話だが、一千万という報酬を無視できず、鑓水と修司は死んだ老人・正光の過去を調査し始める。一方、相馬刑事は極秘裏に、こつ然と姿を消した公安刑事・山波の行方を探すように命じられる。捜査を進めると、山波が失踪したのは老人が死んだ同じ日で、しかも山波と老人に接点があったことが判明する。やがて二つの事件は密接につながり、三人は失踪した山波を追って瀬戸内海の小島にたどり着く。のどかな日常が繰り返されているだけのひなびた村で見つけたのは、戦争の苦難をくぐり抜けてきた老人たちが抱え続けている消せない傷だった。一方、正光の死と山波を繋ぐ出来事の裏には、社会を揺るがすような陰謀が隠されているのだった。それに気が付いた三人は、存在のすべてをかけて巨悪に挑戦する。
本作の最大のテーマは「社会は、なぜ自由を維持できなくなるのか」という点で、報道の自由が奪われるプロセスを詳細に検討し、自由を制限しようとする権力の暴挙がまだ小火のうちに消さなければ、結果としてだれも抵抗できなくなるという警鐘を鳴らしている。政権に批判的なジャーナリストが次々に登場機会を奪われ、政権におもねるタレントばかりが登場する現状の日本を見るとき、本作の訴えは絶対に無視してはいけない。
極めて社会性、現代性のある硬質なテーマだが、サスペンス、ミステリーとしても一級品で、決して退屈することは無い。
現在を生きる人、すべてに読んでもらいたいオススメ作品である。
天上の葦 上 (角川文庫)
太田愛天上の葦 についてのレビュー

No.663:

幻夏 (角川文庫)

幻夏

太田愛

No.663: 3人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

日本の司法制度の矛盾に、真っ向から異議申し立て

「犯罪者」でデビューした著者の第2作。冤罪事件をテーマにした書き下ろし社会派ミステリーの力作である。
修司を仲間にして興信所を運営する鑓水が依頼されたのは、23年前に行方不明になった、当時小学6年生の水沢尚を探してくれという奇妙な依頼だった。しかも、依頼者である尚の母親は関連資料を渡したあと、鑓水たちの前から姿を消してしまった。調査費を受け取った以上、仕事するしかないと諦めた鑓水と修司は、失踪当時の尚に関する聞き込みから調査を始めることにした。一方、交通課に左遷された相馬は、元高級検察官僚の孫娘が誘拐された事件の末端で足を棒にして不審車両の目撃情報を集めていたのだが、事件現場に立ち寄ったとき、ある模様が残されているのを見つけ、激しい衝撃を受けた。それは、23年前に当時友だちだった尚が姿を消した場所で目にしたものと同じだったのだ・・・。
23年前に起きた事件と、その8年前の事件、それに現在進行形の事件が重なり合って描き出されるのは、「罪を犯したものが正しく裁かれている」という司法制度への信頼は本当なのか?という、スケールの大きな問いかけである。加害者、被害者の心理、信念などではなく、事実を争うはずの裁判が本来の機能を発揮できているのかという問いかけは、司法にたずさわるものだけではなくすべての国民に向けられている。
社会派ミステリーのファンには絶対のオススメ。なお、物語としては独立しているのだが、主人公たちのキャラクターを理解した方が楽しめるため、前作「犯罪者」を読んでから手に取ることをオススメする。
幻夏 (角川文庫)
太田愛幻夏 についてのレビュー
No.662:
(7pt)

痛め付けられ最後に反撃する、唐獅子牡丹のごときジョー

ワイオミング州猟区管理官・ジョー・ピケット・シリーズの第5弾(本来は第6作だが、邦訳では第5弾)。凶悪な殺人鬼の恐怖にひとり立ち向かうジョーの孤独な戦いを描いたアクション・ミステリーである。
ジョーの管轄地域であるトゥエルブ・スリープ郡の名門牧場の女主人が行方不明となり、残された莫大な牧場を巡って三人の兄弟がいがみ合い、街を二分する騒ぎに発展し、無関係なはずのジョー一家も巻き込まれる事態になった。さらに、過去の事件が原因でジョーに対して一方的な恨みを募らせた男が、ジョーのみならず家族をも脅迫してきた。しかも、ジョーに敵対する上司、牧場に支配された地元司法機関は全く協力しようとせず、ジョーは愛する家族を守るため、たった一人で戦うことになる。
今回は地元を舞台にしたドメスティックな話で、ワイオミングの大自然はあるものの話のスケールは地理的な広がりより、時間軸で広がっており、これまでの作品のような社会性があるテーマではなく、複雑な人間関係が中心となっている。なので、主人公ジョーが信念を貫くために様々な困難に直面させられ、最後の最後に爆発し正義が達成されるという、正統派東映ヤクザ映画のようなテイストである。いつもはジョーに寄り添って活躍するネイトが最後の最後にしか登場しないのも、唐獅子牡丹を彷彿させる。
シリーズ読者には必読。シリーズ未読の方には、これまでの流れを解説した巻末の「訳者あとがき」から読むことをオススメする。
裁きの曠野 (講談社文庫)
C・J・ボックス裁きの曠野 についてのレビュー
No.661: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

美術教師と音楽教師、素人二人のドタバタ犯罪劇

新聞連載を加筆・改稿した、ノンシリーズの長編小説。女子高の美術教師と音楽教師の2人組が、ひょんなことから学園理事長の誘拐騒ぎに巻き込まれ、本物の悪を相手に金塊を奪い合うというアクション作品である。
身分の不安定な非常勤講師の熊谷は、正規講師だが校長ににらまれて左遷寸前の音楽教師・正木菜穂子とともに、不正をただすために理事長に強制談判しようと言う同僚に誘われ、話に乗った。愛人と欧州視察旅行に出かけようとした理事長をつかまえ、不正の証拠を提示して話し合いに応じさせることに成功したのだが、その後、理事長と愛人の姿が消えた。熊谷と菜穂子の二人は身分保証さえ得られれば良かったのだが、二人を操った黒幕の狙いは最初から不正蓄財された隠し財産を奪い取ることだったのだ。隠し財産は金塊100キロに姿を変え、それを狙った悪党たちが丁々発止の駆け引きを繰り広げ、熊谷と菜穂子も否応なしに争奪戦に巻き込まれたのだった・・・。
ただの芸術系講師の二人が行き当たりばったりながら悪党相手に知恵を絞り、裏をかいて行く、暴力より頭の良さと運が左右するアクション・ストーリーである。最後は治まるべきところへ治まる物語なのだが、次から次へ読者の予想を超える問題が起き、二転三転するストーリー展開で飽きさせない。舞台はもちろん大阪で、おなじみの大阪弁のやり取りがテンポよく繰り返されて行く。ノンシリーズではあるが、いつもの黒川博行ワールド全開で楽しめる。
黒川博行ファンには文句なしのオススメ。明るいノワール・アクションのファンにもオススメしたい。
煙霞
黒川博行煙霞 についてのレビュー
No.660:
(7pt)

「目には目を」で救われるのか?

脚本家を経たのち、タイトル作「ジャッジメント」で小説推理新人賞を受賞した女性作家のデビュー作。犯罪被害者の遺族が被害者と同じ方法で加害者に復讐することを合法とする「復讐法」が成立した社会で、人々はどんな行動をとるのかをテーマにした、挑戦的な連作短編集である。
「復讐法」とは、治安の維持、犯罪予防、被害と加害の公平性を求める社会の声に応えて成立したもので、被害側が加害者から受けたのと同じことを刑罰として合法的に執行できるという法律である。ただし、復讐する側は自分の手で刑罰を執行しなければならないという制限がある。「大切な人を殺した者を同じ目に遭わせてやりたい」という素朴な感情が沸騰するとき、人は何を考え、どう振る舞うのか。法の執行をアシストする「応報監察官」を主人公に、5つの犯罪、5つの復讐の物語が展開される。
被害と加害の公平性とは何かという永遠に解答が得られそうもない重いテーマを、ミステリーとして構成しようとした意欲は大いに評価できる。ただ、このテーマでは古くから優れた先行作品があり、それを超えるのはかなりハードルが高い。本作も、因果応報、自業自得、被害者自身の心の救済など重過ぎるテーマに引きずられて主人公が泥沼に落ち込んだ感が否めず、ちょっと残念な結果になっている。全5本のうち「サイレン」、「ジャッジメント」の2作は完成度が高い。
謎解きミステリーではなく、罪と罰を考える社会派のエンターテイメントであり、例えば死刑制度について一度でも考えたことがある方にはオススメする。
ジャッジメント (双葉文庫)
小林由香ジャッジメント についてのレビュー
No.659:
(7pt)

大阪府警シリーズの原型が見られる佳作

1983年の第1回サントリーミステリー大賞で佳作を受賞した黒川博行のデビュー作にして、大阪府警の平刑事二人組・黒マメコンビの登場作。銀行強盗事件に対応する警察の捜査を描いたミステリーであり、大阪人の巧まざるユーモアを活写したエンターテイメントでもある。
白昼、銀行強盗が発生し、現金400万円を奪った犯人は抵抗してきた客の一人に発砲して負傷させ、人質として連れ去った。大阪府警は直ちに捜査を開始したのだが、犯人は翌日、人質の家に身代金一億を要求してきた。人質の安全確保と身代金受け渡し時での逮捕を目論む警察は、さまざまな罠を仕掛けて対応しようとするのだが、犯人はそれを上回る悪知恵を発揮し、捜査陣は振り回され続けるのだった・・・。
のちの黒川博行作品に比べ犯人探し、真相解明にこだわったストーリー展開だが、主人公である刑事二人をはじめとする登場人物たちの大阪弁の軽妙な会話、とぼけた言動など、本シリーズの魅力の萌芽はしっかり読み取れる。
黒川博行ワールドの原点として、黒川博行ファンには必読。テンポのいい警察ミステリーを読みたいというファンにも自信を持ってオススメする。
二度のお別れ (角川文庫)
黒川博行二度のお別れ についてのレビュー
No.658: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

心身ともに満身創痍が過ぎるのがマイナス

ノルウェーの大ヒットシリーズ「刑事ハリー・ホーレ」の第8作。満身創痍のハリーがオスロだけでなくアフリカにまで飛んで、希代の連続殺人鬼を追いつめる警察サスペンス・ミステリーである。
前作『スノーマン」で心身ともに深い傷を負ったハリーは香港で燻っていたのだが、ノルウェーで起きた前代未聞の連続殺人に危機感を抱いたオスロ警察に本国に呼び戻された。二人の女性が、殺害方法が不明ながら自分の血液で溺死(窒息)させられたという奇怪な事件。ハリーは、香港まで彼を迎えにきた刑事・カイアと組んで捜査を始めたのだが、被害者の間に共通点が見つからず捜査は難航し、その間に、第三の殺人事件が発生した。苦労の末、ハリーたちは被害者間のつながりを発見したのだが、警察組織間の勢力争いに巻き込まれ、捜査の本筋から外されてしまう。それでも極秘に捜査を続け、ついに有力な容疑者にたどり着いたのだが・・・。
極めて残酷なシリアル・キラー、警察組織の権力争い、死期が近い父親の病状、前作からハリーを悩ませているスノーマンの存在など、本筋の犯人探し、事件の背景解明だけでないサブストーリーも充実しており、上下巻1000ページ近い物語はエピソードが盛り沢山である。しかも、犯人発見と思ったそばからどんでん返しが起き、ストーリー展開は波乱万丈である。ただ、主人公・ハリーが出会う試練があまりにも過酷過ぎて、主人公への共感の熱が冷まされてしまったのがマイナス。さらに、ハリーが主要な人物に「おまえさん」と呼びかけるのにも鼻白む。「おまえさん」が似合うのは銭形平次の女房ぐらいだろう。
ハリー・ホーレ・シリーズ愛読者には必読。シリアル・キラーもののファンにも十分に楽しめるサスペンス・ミステリーである。なお、前作「スノーマン」のエピソードが影響しているシーンが多々あるため、ぜひ前作を先に読むことをオススメする。
レパード 闇にひそむ獣 上 (集英社文庫)
ジョー・ネスボレパード 闇にひそむ獣 についてのレビュー