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氷海のウラヌス
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氷海のウラヌスの評価:
書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点3.57pt |
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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全7件 1~7 1/1ページ
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日米開戦前夜の昭和16年に、ヒトラー率いるドイツに日本の誇る最新鋭の酸素魚雷を渡すことにより、ドイツを米国との戦争に踏み切らせようとする謀略に関わる日独の兵士たちの生き様を描く。 わたしにとっては、赤城毅氏といえば、最近の講談社ノベルスから出ている『書物狩人』シリーズの作家だけど、こういった戦記ものがは初めてだった。 ただ、こういった歴史の内幕モノについては『書物狩人』シリーズを読んで、著者の造詣の深さは関心していたので、ナルホドといった感じ。歴史の知識があまりない私には、ここに書かれている内容が実際にあり得たのかどうかは分からないけど、それはそれとして、ウラヌスという特殊艦に乗り込む日独の海軍の軍人たちの武人としての生き様は、なかなか感動した。 特に最後のウラヌスの戦いの展開、そして結末は涙なくしては読めなかった。その後のラストシーンも後味が良くて、読んでよかったなぁと思わす作品でした。あまり、こういった戦争モノは好きではないけど、冒険サスペンスの傑作だと思う。 | ||||
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酸素魚雷は当時においてもさほどインパクトのある兵器じゃないでしょう。 ドイツが国運をかけるほど欲しがる兵器とは思えないですね。少々強引な設定と感じました。 | ||||
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酸素魚雷は当時においてもさほどインパクトのある兵器じゃないでしょう。 ドイツが国運をかけるほど欲しがる兵器とは思えないですね。少々強引な設定と感じました。 | ||||
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色々工夫はしてあるが、大筋としては、佐々木譲の『ベルリン飛行指令』の焼き直しかな。 あと、英国重巡の『二一インチ砲』という記述が度々出てくるのにはウンザリ。 本編のクライマックスという箇所だけに、このような初歩的な誤りは、 全編の印象を悪くしてしまうのでは。 | ||||
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色々工夫はしてあるが、大筋としては、佐々木譲の『ベルリン飛行指令』の焼き直しかな。あと、英国重巡の『二一インチ砲』という記述が度々出てくるのにはウンザリ。本編のクライマックスという箇所だけに、このような初歩的な誤りは、全編の印象を悪くしてしまうのでは。 | ||||
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日米開戦前夜。かつては海軍の主流派でありながら、対米戦争反対を公然と唱え閑職に回されていた堀場季四郎大佐は、まさにその対米戦争を有利に進めるための布石として、ドイツへ特使として派遣される命が下される。 ヒトラーへの手土産である九三式魚雷を管理する望月大尉と共に大佐を乗せたドイツの仮装巡洋艦ウラヌスは、北極海を経由してドイツを目指す。ソ連、そして英国海軍の勢力圏である海を渡り、彼らは任務を果たすことができるのか。 自らの主義主張、野心など、それぞれを突き動かす根底の個を持ちながらも、帝国海軍軍人として、自らの持ち場を守るという役割からは逸脱しない強さを見せる堀場や永見。東洋人を黄色い猿と見下しながら、自らの任務を忌避しながらも、きっちりと仕事はこなすハイケン。立場の違いはあり、心に想うことはありながらも、その行動には一切の迷いがないのだ。 戦争は無駄だと思いながらも、その戦争を有利に進めるための捨石になるかのごとき彼らの行動は、確かに馬鹿馬鹿しいと言えるかもしれない。しかし、彼らが軍人であると言う一点を考慮するならば、彼らの行動は職業倫理に適ったものといえると思うし、それに美しさを感じてしまう自分もいる。 誰もがおかしいと思っているのに、何故か時代の流れはそのおかしなところに向かってしまう。そして、それに気づく時には、もう引き返せないところまで来てしまっているのだ。この狂った様な歴史の繰り返しは、どうして引き起こされてしまうのだろう。 | ||||
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日米開戦前夜。かつては海軍の主流派でありながら、対米戦争反対を公然と唱え閑職に回されていた堀場季四郎大佐は、まさにその対米戦争を有利に進めるための布石として、ドイツへ特使として派遣される命が下される。 ヒトラーへの手土産である九三式魚雷を管理する望月大尉と共に大佐を乗せたドイツの仮装巡洋艦ウラヌスは、北極海を経由してドイツを目指す。ソ連、そして英国海軍の勢力圏である海を渡り、彼らは任務を果たすことができるのか。 自らの主義主張、野心など、それぞれを突き動かす根底の個を持ちながらも、帝国海軍軍人として、自らの持ち場を守るという役割からは逸脱しない強さを見せる堀場や永見。東洋人を黄色い猿と見下しながら、自らの任務を忌避しながらも、きっちりと仕事はこなすハイケン。立場の違いはあり、心に想うことはありながらも、その行動には一切の迷いがないのだ。 戦争は無駄だと思いながらも、その戦争を有利に進めるための捨石になるかのごとき彼らの行動は、確かに馬鹿馬鹿しいと言えるかもしれない。しかし、彼らが軍人であると言う一点を考慮するならば、彼らの行動は職業倫理に適ったものといえると思うし、それに美しさを感じてしまう自分もいる。 誰もがおかしいと思っているのに、何故か時代の流れはそのおかしなところに向かってしまう。そして、それに気づく時には、もう引き返せないところまで来てしまっているのだ。この狂った様な歴史の繰り返しは、どうして引き起こされてしまうのだろう。 | ||||
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