1Q84

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1Q84の評価:

3.66/5点 レビュー 983件。 D ランク

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Amazonレビュー一覧

Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です

※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
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全1,146件 921〜940 47/58ページ
No.226
(4pt)

コミットメントの重要性

『1Q84』が売れている。200万部というのは尋常ではない発売部数である。現在最もノーベル文学賞に近い男・ハルキムラカミの書いた小説は、もはや国民的ブランド商品と化し、猫にも杓子にも読まれているようだ。以前は、「わかってくれる人にだけわかってもらえばいいや」っていう感覚でとんがった小説ばかり書いていたハルキムラカミが、ここにきて作風の方向性を修正しつつあるように思える。良く言えば“わかりやすくなった”悪く言えば“俗っぽくなった”とでも評価すればいいのだろうか。それこそ、10代の少年少女にも理解できる平易な内容にシフトチェンジしつつあるのだ。
(グロさの増した性描写を含め)その方向性の修正は、作家が意図しない細かいところまで突っ込みをいれたがる知的オタク君たちに向けられたアンチテーゼのような気もするし、『海辺のカフカ』以降の小説が(私のような年寄ではなく)30歳くらいまでのヤング層を対象に書かれているせいなのかもしれない。
ほとんど公の場に顔を出すことのなかったハルキムラカミが最近イスラエルで演説をしたりして、積極的に社会と関りあおうする行動様式の変化とも無縁ではあるまい。醜悪な社会と最小限の関係しか持たない主人公をキレイキレイに描いたハルキムラカミの小説群が、いったい何人のフリーターたちに“癒し”と“絶望”を与えたことだろう。
弱者には排除される選択肢しか残っていない(卵が壁にぶつかって割れるしかない)社会において、パラレル・ワールドなどというユートピアは現実には存在しない。社会と積極的に関わっていくことでしか社会は変えられない。つまるところ、作家が語っていた「コミットメントの重要性」とは、そのような意味のことを言っているのではないだろうか。
そうかといって、オウム真理教もどきの新興宗教グルをポアしたり、ゴースト・ライターを買って出たりすることで、簡単に社会を変えられるなどとは(作家自身も思ってはいないし)読者もけっして思ってはいけない。むしろ、作家のメッセージを捻じ曲げて伝えようと画策するリトル・ピープルたちの暗躍(知的オタク君たちのから騒ぎ)に目を光らせるべきだろう。
1Q84 BOOK 2 Amazon書評・レビュー: 1Q84 BOOK 2より
4103534230
No.225
(1pt)

「書きっぱなし」の文体

 一言で言うと、書きっぱなしという印象の強い文体です。
本家『1984』とG.オーウェルについても小説のなかで言及されていますが、そこまで明示的に間テクスト性を書き込んでおきながら、小説の内容から言えば、オーウェルの作品世界とはほとんど関連性がないので、あたかもオーウェルと関連があるかのような憶測を生むだけです。
 チェーホフに関しても同様で、チェーホフにドストエフスキを代入しても内容には影響がないでしょう。この説明過剰な間テクスト性は、小説世界に不要な想像力を煽っていますが、強いて言えばこの傾向は『1973年のピンボール』から明らかで、『ノルウェイの森』で強くなり、『海辺のカフカ』では煩いほどの引用がなされるようになりました。
 『1Q84』を読んでいると、物語の構造にかかわりのない引用や説明が非常に煩雑に感じられ、これは一体クリステヴァ以来の批評のまなざしをかわそうとしているのか、単に世界の読者を楽しませようとしているのか、不明瞭な印象を受けます。
 『1Q84』を2度読むとすると、多くの読者は煩雑な説明的文章を飛ばしながら読むことでしょう。それくらい、内容的には圧縮可能な文章が多いです。たとえば、本文に登場する「柳屋敷」は「楡屋敷」であっても、「銀杏屋敷」であっても、『1Q84』の小説世界には影響を与えません。「柳屋敷」の描写はなくても良いくらいです。
 文体云々より、この小説は物語として面白いでしょうか? BOOK1を読むと、BOOK2のプロットは大体予測がつくでしょう。BOOK3、BOOK4が刊行されるとして、その内容さえ多くの読者には予測可能でしょう。そういう小説が、物語として魅力的か、ということを考えさせられました。
1Q84 BOOK 1 Amazon書評・レビュー: 1Q84 BOOK 1より
4103534222
No.224
(4pt)

コミットメントの重要性

『1Q84』が売れている。200万部というのは尋常ではない発売部数である。現在最もノーベル文学賞に近い男・ハルキムラカミの書いた小説は、もはや国民的ブランド商品と化し、猫にも杓子にも読まれているようだ。以前は、「わかってくれる人にだけわかってもらえばいいや」っていう感覚でとんがった小説ばかり書いていたハルキムラカミが、ここにきて作風の方向性を修正しつつあるように思える。良く言えば“わかりやすくなった”悪く言えば“俗っぽくなった”とでも言えばいいのだろうか。それこそ、10代の少年少女にも理解できる平易な内容にシフトチェンジしつつあるのだ。
(グロくなった性描写を含め)その方向性の修正は、作家が意図しない細かいところまで突っ込みをいれたがるフカヨミ君たちに向けられたアンチテーゼのような気もするし、『海辺のカフカ』以降の小説が(私のような年寄ではなく)30歳くらいまでのヤング層を対象に書かれているせいなのかもしれない。
ほとんど公の場に顔を出すことのなかったハルキムラカミが最近イスラエルで演説をしたりして、積極的に社会と関りあおうする行動様式の変化とも無縁ではあるまい。醜悪な社会と最小限の関係しか持たない主人公をキレイキレイに描いたハルキムラカミの小説群が、いったい何人のフリーターたちに“癒し”と“絶望”を与えたことだろう。
弱者には排除される選択肢しか残っていない(卵が壁にぶつかって割れるしかない)社会において、パラレル・ワールドなどというユートピアは現実には存在しない。社会と積極的に関わっていくことでしか社会は変えられない。つまるところ、作家が語っていた「コミットメントの重要性」とは、そのような意味のことを言っているのではないだろうか。
そうかといって、オウム真理教もどきの新興宗教グルをポアしたり、ゴースト・ライターを買って出ることで、簡単に社会を変えられるなどとは(作家自身も思ってはいないし)読者もけっして思ってはいけない。むしろ、作家のメッセージを捻じ曲げて伝えようと画策するリトル・ピープルたちの暗躍(フカヨミ君たちのから騒ぎ)に目を光らせるべきだろう。
1Q84 BOOK 1 Amazon書評・レビュー: 1Q84 BOOK 1より
4103534222
No.223
(4pt)

うん、普通に・・・

小説として面白かったですよ。
村上春樹の今までの長編と比べるとどうか?という話はおいといて。好みがあると思うので。
ほとんど読んでいますが、何を読んでも、本を読むという行為の満足感を与えてくれる作家だと思います。
最後がハッキリしないのは、村上作品の特徴というべき部分。
賛否両論あると思いますが、私としては結論を求めて読んでいるわけではないので、
すべて明白にならないのは気になりませんでした。
中盤の世界観はさすが!と思いますし、やはり登場人物が魅力的。
ただちょっと性描写が多かったかな〜。
1Q84 BOOK 1 Amazon書評・レビュー: 1Q84 BOOK 1より
4103534222
No.222
(3pt)

いつもの!

村上さんの本ですから当然いつもの村上ワールドです。今回はどちらかといいますと、私が個人的に村上作品のベスト1だと思う「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」に近い感覚だと思います。いつもの村上作品の特徴とも言えるあちらの世界とこちらの世界という2つの世界が出てきたり、自身に非は無いものの巻き込まれる事や、様々に魅力的な脇を固めるキャラクターたちや、スーパーナチュラルな何かを持った鍵になる人物が出てきたり、主人公に好意的な複数の魅力的な女性の登場、使用される楽曲の選曲の素晴らしさ、時々出てくる固有名詞を交えるのが絶妙な事とか、物語を終えた後の余韻の深さなど、まさにいつもの村上春樹ワールドです。
青豆(あおまめ、と読む珍しい苗字の女)と天吾(てんご、と読む男)の物語が平行して進む物語です。正義について考えさせられる青豆さんと不思議な物語に関わった天吾くんの話しが奇妙に絡まっていきます。
で、何かそれ以外で変わった感覚は無かったか?と申されますと、これがあまり無かった、と思えます。正直いつもよりサービス満点でストーリィテリングという意味においては起伏がたくさんあり、謎も多く、しかも魅力的ですし、引き込まれます。「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」で言えばハードボイルド編の主人公「私」のような物語がふたつ平行して進んで行く感覚を持ってもらえれば間違いないと思います。1巻はサービス満点なアレの話しや場面が多いことを除けば話しの展開はとても気に入りました。が、物語の収束点、関わりとけじめ、そして書き手が主人公にいることで、どうしても作家村上春樹という存在無しには想像しえない人物に写ってしまうところで少し残念に思いました。ただ私個人にはちょっと鼻に付く感じでした。つまりあまりに作者の分身あるいは境遇を匂わせすぎると、非常に興ざめしやすく、生臭いことになりはしないか?ということです。特に村上作品の特徴は何処の誰でも、「この主人公は私だ!」と思わせる無名性からスタートした作家であると思うので、あまりに書き手であることの背負うものを組み込んでくると、それが作者の代弁に聞こえやすい、ということです。その辺をいかに物語るチカラや、臨場感、さらには展開や描写で、その世界に入り込むことで黙らせることができるか?なのですが、私個人の好みとしては今ひとつだったかな?と。
2つの流れの物語が絡み合って、そして収束するレベルにおいて、私は「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」により完成度の高さを感じます。あるいは「アンナ・カレーニナ」のような、2つの物語の収束後に、新たな境地を見出す何かがあれば、それも面白かったのではないか?とも思います。「ねじまき鳥クロニクル」がそうであったように突然第3部が出るかもしれませんしね。
できればジョージ・オーウェルの「1984年」は読まれた後の方がより楽しめると思います。
村上作品の初期のものが好きな方にも、そして村上ワールドに浸りたい方にも、オススメ致します。
1Q84 BOOK 2 Amazon書評・レビュー: 1Q84 BOOK 2より
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No.221
(3pt)

面白かったのに・・・

情景描写や、各登場人物の人物象や感情が非常によく伝わってくる作品。また、大きな渦のように、関連性のない事象が徐々につながっていくストーリー展開は読む者を引きつける。
ファンタシー的な独特の世界観があるので、もっとハードな、現実的、日常的なストーリーを好む人には向きません。
僕はストーリー展開が面白いと思いながら読んで、天吾や青豆さんにとても感情移入でき、グイグイ引き込まれていきました。
ただ、最後の終わり方は理解できません。あまりにも唐突すぎるし、ハッピーエンドでもなく、悲しいエンディングでもなく、示唆のあるエンディングでもない、現実的な問題も、ファンタシー的な問題も、何も解決しないまま終わってしまう。。。感情移入していただけにこれは頂けない。少なくとも、終わってしまった物語がこれから進んでいく方向でも示唆されていたらいいのに。でもそれさえもなく、突然、話の途中で切れる電話のように終わってしまいました。残念です。
1Q84 BOOK 2 Amazon書評・レビュー: 1Q84 BOOK 2より
4103534230
No.220
(4pt)

おそろしく深そうな10センチ大の穴をのぞいたような読後感

春樹作品のなかでも、とくに「世界の終わり〜」「ねじまき鳥〜」、初期の短編が
好きで、今もくり返し読んでいる自分からの感想です。
この作品はなんだか村上春樹の作品を読んでいるという実感が薄かった。
ストーリーや文体、登場人物のキャラクターも含め、
小説的な意味で(描かれる現実自体はかなりファンタジックだ)、プレーンすぎるように思った。
村上春樹の深遠な主張を、誰でもわかるようにベーシックなメニューに料理してくれた小説ということなのだろうか?
かつての春樹作品に感じた、才能が暴走したようなストーリー展開、
一行一行から見たこともない世界観がにじんでくるようなドキドキ感はないが、
この、一見ふつうのストーリーに隠されたテーマに思いを馳せる楽しみはあるかもしれない。
1Q84 BOOK 1 Amazon書評・レビュー: 1Q84 BOOK 1より
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No.219
(5pt)

青豆さんについて

 続編があるのかどうか、とても気になります。表題を考えても村上さんは続編の可能性を考えているのだとは思いますが、実際に書けるのかどうか解りません。でも、青豆さんというのは村上さんが(多分)はじめて描いた女性主人公で、実に魅力的ですね。彼女がさらに活躍する続編を是非書いていただきたい。
1Q84 BOOK 2 Amazon書評・レビュー: 1Q84 BOOK 2より
4103534230
No.218
(3pt)

地に足のついた人物設定

今まで読んだ村上春樹の小説の中でもっとも登場する人物の設定において奥行きが感じられた。
どこの世界に実在するのか分からないような無味無臭の登場人物ではなく(それはそれで悪くはないが)、今回の小説の中の各登場人物は、現在社会のもたらす歪み、痛み、混乱といったものとリアルに結びついている。「ねずみ」も、「計算士」も、比喩がやたらとうまい一人称の主人公も登場しない。わりと輪郭のはっきりした人物たちが個性豊かに小説の中を動き回る。この点はとても楽しめた。
一方で肝心の物語については、1巻の途中あたりから筋書きがある程度読めてしまい、その後ダラダラとした展開がつづき、まさかこの流れのままで終わるわけないよな、という終わり方で本当に結末で迎えるストーリー。しかも、興味深い脇役たちのほとんどが、その行く末を描写されることなく、途中で放棄されるかのように物語から脱落してゆく。「あとは読者の皆さんの心の中で描写してみてください」といった雰囲気の投げかけも文中感じられない。思わせぶりに読者を突き放すのはいいが、もう少し読み手に対する礼儀としての「配慮」があってもよかったのではと個人的には思う。
1Q84 BOOK 2 Amazon書評・レビュー: 1Q84 BOOK 2より
4103534230
No.217
(5pt)

「読みやすい=わかりやすい」とは限らない

「風の歌を聴け」にはじまり、全作品リアルタイムで購入していますが、
暗喩の連発に音を上げ解説本にすがったこともよくありました。
今回も「リトルピープル」とは、何を意味しているのか?読み込むか、
解説本を読むか、それが苦にならない人の為の本であり、(村上さんの
「お話」に起承転結やリアリティが、、と言われても?)
ただ、売れるだろうとの色気満点出版社によるマス・マーケッティングと、
作品の中身とにギャップを感じるのは私だけではないと思いますが、、、
構成のせいか「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」を
強く思い起こさせました。閉じていく世界と、青豆さんの運命が重なり
せつなさが募ります。
1Q84 BOOK 2 Amazon書評・レビュー: 1Q84 BOOK 2より
4103534230
No.216
(5pt)

春樹祭り!

ユーミンやサザンの新しいアルバムを買い続けているコアなファンのように
もう、内容はどうでもいいのです。(笑)
さあ〜素晴らしき大人のファンタジーの世界へ
「ホウ、ホウ」
1Q84 BOOK 1 Amazon書評・レビュー: 1Q84 BOOK 1より
4103534222
No.215
(4pt)

初めてハルキ作品を読む人にはオススメしないかもです

初めのうちは、「『ねじまき鳥』のような展開になるのかな・・・」
読み進めて行って、「二つの世界が交錯するなら、『世界の終り』」っぽくなるのだろうか・・・」
宗教団体@山梨県の話が出てきて、「オウムの取材してたもんな・・・」
リトルピープル辺りから、「『羊』っぽいな・・・」
最後の空気さなぎの中身を見て、「やっぱり『世界の終り』っぽいけど、あそこまでの感動と救いはないな・・・」
読み終わって、「これってまだ続くのかな・・・?」
っといった感想です。
自分の中では、「『カフカ』よりは好きかな・・・で、続きはあるのかな・・・?」と思ってます。
初めてハルキ作品、特にファンタジー系(『ノルウェーの森』や『国境〜太陽〜』ではない系)を読むという方にはあまりオススメできません。
テンポがあまり良くないし、ちょっとイライラするかもです(笑)
期待しすぎなければ面白いと思います。
1Q84 BOOK 1 Amazon書評・レビュー: 1Q84 BOOK 1より
4103534222
No.214
(5pt)

物語りの形をとった、限りなく「ノンフィクションに近い小説」(?)

 村上春樹さんの本を、数年前より繰り返し愛読していました(とても個人的に)。愛好というより、影響され、揺さぶられ、すがりつき、云々。そして今回は、読み終えて、まだ受け止めきれず、今までと違った反応をしてこんなレビューを書いています。題名からして印象が今までの作品と違ったので、(怖くて)しばらく読まないでおこう、と思っていたのですが、、、
 (一部村上龍氏を連想してしまう)スピード感のある部分もあれば、第3の新人(でしたっけ)と以前書かれていたような印象の部分もあり、平易に説明しようとする部分が多く感ぜられたり。
 少なくとも近年の作品のような、村上さんの「井戸掘り」による洗練された物語りの形を超えて、今回は主体的な「意図」と冗長性を感じました。小説内小説を用いることで、物語りと同時に(インタビューによってもたらされたと思われる)ノンフィクションを融合させているように思えてしまいました。
 もう少し話したいけど、まとまりません。また影響を受けた事は確かです(少なくとも良い方向だと良いのですが)。また何度か読み返すと、また違った感想を感じると思います。海はまだ見えているのでしょうか。まだ温もりが残っているうちに、「心を定める」。
1Q84 BOOK 2 Amazon書評・レビュー: 1Q84 BOOK 2より
4103534230
No.213
(5pt)

青豆さんと天吾くん

村上春樹『1Q84』新潮社
やっとこさ読み終えました。毎日毎日、数章づつ大切に読み進めていたら、もう終わってしまいました。もう読む章がないのは、なんとも寂しい限りです。
青豆さんと天吾くんの物語は、互いに引き寄せ合いながら、大きな渦となって、ぼくやら他の読者もろともに、巻き込んで進んで行きました。きっと、多くの読者たちも、あの渦に呑まれてしまったように思うのです。
高校生の頃から村上さんの本は読みつづけています。
その間、ずいぶんといろんな本を読んできて、文学理論的なあれこれに関しても、「メタ物語」であるとか「神の視点」だとか「パラレル・ワールド」やら「父の不在」果てには「エディプス・コンプレックス」といった鍵概念について、なんらかの知識も手にしてきたのです。頭でっかちになったのです。
それは、ぼくの小説の読み方になんらかの影響を与えています。良い悪いに関係なく。どうしようもなく。
そんな文学理論はきれいに戸棚の上に閉まっておけばいいのですが、小説を読むさいぼくにとってなによりも重要なのは、最後の頁をめくって目を上げた時に見える風景がちょっぴりと変わってしまう、あの感覚を味わうことなのです。
残念なことではあるのですが、年を重ねるにつれ、いろんな本を読み進めた結果か、そういう純粋な経験をすることが少なくなっています。正直な話、昔のままではいられないのです。
そんなこんなで村上さんの新刊です。
久しぶりにその感覚が味わえたように思います。
空には月が二つ浮かんでいるし、本屋では『空気さなぎ』が平積みになってます。でも天吾くんも言っているように、月が一個しかなくても、二個あっても、三個あっても、結局のところ天吾という人間はたった一人しかいない、のです。「そう、話のポイントは月にあるのではない。彼自身にあるのだ」
世界が変わってしまったとしても、問題はぼくの側にあるのです。
1Q84 BOOK 2 Amazon書評・レビュー: 1Q84 BOOK 2より
4103534230
No.212
(4pt)

話を読ませるテンポ感はさすがだが・・・

Book1で次々と謎が提示され、Book2ではそれらが明らかにされていく。
作者の語り口のうまさと、ミステリー小説的なテンポ感で
一気に読ませるところはさすがというしかない。
ただ、そのうまさがマイナスに働いているのか、
描かれている生きる孤独が心に響いてくることはなかった。
どうも表面的な感じがしてしまう。
それがまた狙いなのかもしれないけど・・・
個人的には、主人公の周りでいなくなっていく人たちがどうしても可愛そうで、なんとなく救いをあげて欲しかったなぁ、とも思ってしまいました・・・
1Q84 BOOK 2 Amazon書評・レビュー: 1Q84 BOOK 2より
4103534230
No.211
(4pt)

まさしく現代を描いた小説

登場人物はかなりデフォルメされたキャラクターだけれど、現代社会の病理をうまく表現していると思う。
カルト宗教、DV,性虐待という問題を説教臭くなく、くどくなく、読者が入り込みやすく表現してくれています。
これらの問題の根底にある、家庭崩壊し、しがらみもなくなった分、ルーツもなくなってしまった現代人の孤独と不安、愛と性欲とか結びつかずに、性をリクリエーションかスポーツのような娯楽、その時の快楽ととらえる時代が描かれている。
現代という時代をその時代の中から、ここまで客観的に描けた、という意味では優れた作品だと思う。時代の中にいる人は、その時代の特性を理解しにくいものだから。
しかし、根底のメッセージは非常にシンプル。
こんな社会でも、人と人との結びつきは、人に希望を与える。愛は人に元気を与える。
そして、随所にちりばめられた硬質のきれいな表現、それでいて上滑りではない適切な表現、というのは、翻訳を数々手掛けた村上氏ならではのものだとおもいます。
この作品は、ところどころに露骨な性描写があります。これが、物語にスパイスを与える読者サービス?というのは、まと違いな意見だと信じたいです。むしろ、性描写露骨にすることで、ここで繰り広げられているセックスはただの快楽にすぎない、という冷めた乾いた印象を与えるのが、作者の意図だったのかもしれません。
物語的には面白かったのですが、ここまで書くのなら、カルトとそうでない宗教の違い、そして、社会に適合していても宗教の持つ病理、それでも宗教の持つ救い、希望などについてももっと掘り下げてほしかったと個人的には思います。
そこが掘り下げられたら、この作品はカラマーゾフの兄弟に並ぶ名作になったと思うのですが。この話の中では、カルトへの対抗手段が、一人の男のことの個人的な心のつながり、ということになっており、「二人の愛がすべて」という現代日本の恋愛至上主義というレベルにとどまってしまう気がします。
現代日本の病理は、戦後の日本人が信仰心を失ったことと密接に関係していると私は認識していますので、やはり広い意味での宗教での愛というのにも触れてほしかった気がします。
そして、book1はすごく楽しませてくれて面白かったんだけれど、book2の後半は、ふで足らずという気がしました。
それが読者の想像力を膨らませるための作者の意図だとしても、カルト宗教のリーダーの言葉とかリトルピープルについてがあまりに、あいまいで、さらに展開も、ちょっと無理があった気がします。
まあ、それらはbook3で繰り広げられるのかもしれませんね。
上下ではなく、book1,2としてあるのは、やはり次がある!!と期待しています。
1Q84 BOOK 2 Amazon書評・レビュー: 1Q84 BOOK 2より
4103534230
No.210
(2pt)

え・・・?

初めて村上氏の小説を読みました。
結論から申し上げますと「飽き性なら長編小説書くな。」という事です。
おそらく2巻で完結なのでしょう。
完結なら完結できっちり締めろ。という人には向かないと思います。
逆に読み終わった後、各々考える事を楽しみの一つとしている人にはいいかもしれませんが、無理矢理完結させた雰囲気は読者の8割が感じることと思います。
1Q84 BOOK 2 Amazon書評・レビュー: 1Q84 BOOK 2より
4103534230
No.209
(2pt)

ネームバリュー抜きで客観視できますか?

ダメ。ムリ。残念。読み進めながらそんな単語しか浮かばない。
何?どうしちゃったの?この感覚、以前も身に覚えがある。「国境の・・」「アフター・・」の読了感である。
しかし、今回はそれだけではない。
強く感じたのは、構成の詰めの甘さ。一見意味のない長文描写には、なにかしら著者なりの(メタ的?)示唆があるのだろう。しかし、「アフター・・」での、眠りつづける姉をカメラ目線で描写しつづけるあの下らない下りにも似て、村上が1人悦に入ってくすくす1人笑いをしているような、左脳で計算した、しかも中途半端な物語の流れは、読み手に何かを伝えるでもない。
意味がないのである。
これが進化系の、この時代の小説なのだと言われればそれまでだ。
しかし、「これが新しい基準」とは、他に比べる何かがないからいえる詭弁である。
ひたすら「ムラカミブランド」が独り歩きし、その質を正しくジャッジする機能などない現況では、奇形化した著者の思い込みとエゴの転写された本書の程度の低さは指摘され得ないのだろうか。
浅い人物描写、不確かな時代考証、行き当たりばったりの人格表出・・・
単に、読み物としてとるべき構成をなしていない。学びとるべき教訓、テーマまでたどり着く道程をなさないストーリー。
長く描けたと言う意味での「努力賞」で星2つ。
1Q84 BOOK 1 Amazon書評・レビュー: 1Q84 BOOK 1より
4103534222
No.208
(5pt)

過去のできごとの解釈

あだ名のような名前の主人公が
現実とも虚構ともいえる世界の中で
考え、他人と語り合い、世界と折り合いをつけて行く物語は
これまでの著者の作品と同一だ
著者が本書で取り上げたテーマのうちのひとつ
過去のできごとの解釈を私は評価したい
主人公の男女二人はともに恵まれない少年少女時代を送っていた
男は自分の父親の死期に際して父親の元を訪れ
父親への憎しみを感謝に替えて今後の人生を生きようとする
女は自分の犯した過ちから過去を完全に断絶し
会えるはずの家族にも会わず自らの命をも絶とうとする
過去のできごとは事実として存在するが
その意味の解釈は何通りもあるのだ
過去のできごとの意味合いを替えて過去との折り合いをつけ
未来もうまくやっていけると気づく男
過去のできごとを頭から否定し
未来へのつながりも絶とうとする女
過去と他人は変えられないが未来と自分は変えられる
過去の事実は変えられないが過去の事実の解釈は変えられる
過去の延長が未来ではない
過去にどんな事実があろうとその解釈の仕方で未来は必ず変えられる
著者からのメッセージに胸に込み上げるものがあった
1Q84 BOOK 1 Amazon書評・レビュー: 1Q84 BOOK 1より
4103534222
No.207
(4pt)

200Q

この本全体が200Q年に対する『空気さなぎ』なのかなと思いました。
リトルピープルという言葉は、ある種の盲目的で排他的なものに対する皮肉なのかなという気もしました。
残された伏線の多さは気になりますが、恐らく読者の想像の域を超えないと思いますので、
このままでいいのかな?って気もします。
作品の中に音楽を散りばめることで、その情景に作者の意図する雰囲気を伝える手法が、
相変わらず冴えてるなと思いました。
思わずアバとクイーンを交互にかけてしまいました。
意外といい感じでしたw
1Q84 BOOK 1 Amazon書評・レビュー: 1Q84 BOOK 1より
4103534222