ノルウェイの森

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評判

ノルウェイの森の評価:

3.82/5点 レビュー 818件。 C ランク

Amazon書評・レビュー点数毎のグラフです

平均点3.82pt

Amazonレビュー一覧

Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です

※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください

全1,951件 381〜400 20/98ページ
No.1571
(1pt)

わけわからん。

若い頃に一度読み、それから十数年経ちまた読み返しました。私がバカなだけなのか?よくわからない内容でつかみどころがらない。
寒気がするような暗い小説でとにかく訳わからない。感動する人は人間性が深く頭良い人なのか?と考えるくらい私には合わない小説でした。
ノルウェイの森(上) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森(上)より
4062035154
No.1570
(1pt)

認識せずして…。

毎年、ノーベル賞候補だと マスコミに
取り上げられる。
以前から 作風に 虫が好かない感じは
したが 読まずして 評価は 如何なものかと。
…で、代表作をと購入した。
(上巻のみね。)
2時間後、……!(◎_◎;)
下巻を読む気はありません。
評価は ☆1つの方々と 同感。
感想は 人それぞれでしょうけど。
ノーベル文学賞になぜ、氏の名前が上がるんでしょうかね?謎。
ノルウェイの森(上) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森(上)より
4062035154
No.1569
(3pt)

思春期をこえた大人のためのやさしい調べ~

精神の崩壊を感じさせる経験の香りを知らない人にとっては、共感がむずかしいかもしれませんが、年を取れば身近な人の喪失は、どんなに説明がついても、理解ができるものではないでしょう。だから、きのうまでと同じく、自分の人生の一部として、喪失などないのです。
すべて感受性の問題であって、そう感じるか、感じないかなのです。
この小説に出てくる人達はみなやさしすぎるくらいにやさしいし、作者の他人を排除しない目線には、心から癒されます。
言葉では紡げないものを、言葉で紡ぐ、ファンタジーです。
ノルウェイの森 上 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森 上 (講談社文庫)より
4062748681
No.1568
(2pt)

青春だねー

ノルウェイの森を読んだ後にあまり知らなかったビートルズのノルウェイの森を聞きました。落ち着いてよい曲です。精神疾患で施設に入ってしまった直子とワタナベのやりとりがたどたどしくて好感が持てます。また緑とワタナベが緑の家の2階で火事をみてはしゃいでるシーンが青春真っ盛りの感じで良かったです。
ノルウェイの森 上 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森 上 (講談社文庫)より
4062748681
No.1567
(3pt)

まだ読んでないので評価は中間

文庫版だと思って注文したら、ハードバックの大きな本が届いたので
ちょっとびっくりしてしまった。シッパイシタ。
もう少しわかりやすく表記してくれるとありがたい。自分が見落としたのだけど。
ノルウェイの森〈下〉 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森〈下〉 (講談社文庫)より
4061848933
No.1566
(2pt)

レイコとのベットシーンが良かったです。

直子が亡くなってお互いにずっと直子を見守っていたワタナベとレイコが結ばれるシーンが自然で良かったです。以前からよく知っていた者同士で言葉にしなくても通じあう描写が素敵でした。
ノルウェイの森〈下〉 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森〈下〉 (講談社文庫)より
4061848933
No.1565
(3pt)

思春期をこえた大人のためのやさしい調べ~

精神の崩壊を感じさせる経験の香りを知らない人にとっては、共感がむずかしいかもしれませんが、年を取れば身近な人の喪失は、どんなに説明がついても、理解ができるものではないでしょう。だから、きのうまでと同じく、自分の人生の一部として、喪失などないのです。
すべて感受性の問題であって、そう感じるか、感じないかなのです。
この小説に出てくる人達はみなやさしすぎるくらいにやさしいし、作者の他人を排除しない目線には、心から癒されます。
言葉では紡げないものを、言葉で紡ぐ、ファンタジーです。
ノルウェイの森〈上〉 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森〈上〉 (講談社文庫)より
4061848925
No.1564
(3pt)

思春期をこえた大人のためのやさしい調べ~

精神の崩壊を感じさせる経験の香りを知らない人にとっては、共感がむずかしいかもしれませんが、年を取れば身近な人の喪失は、どんなに説明がついても、理解ができるものではないでしょう。だから、きのうまでと同じく、自分の人生の一部として、喪失などないのです。
すべて感受性の問題であって、そう感じるか、感じないかなのです。
この小説に出てくる人達はみなやさしすぎるくらいにやさしいし、作者の他人を排除しない目線には、心から癒されます。
言葉では紡げないものを、言葉で紡ぐ、ファンタジーです。
ノルウェイの森(上) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森(上)より
4062035154
No.1563
(3pt)

まだ読んでないので評価は中間

文庫版だと思って注文したら、ハードバックの大きな本が届いたので
ちょっとびっくりしてしまった。シッパイシタ。
もう少しわかりやすく表記してくれるとありがたい。自分が見落としたのだけど。
ノルウェイの森 下 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森 下 (講談社文庫)より
406274869X
No.1562
(2pt)

レイコとのベットシーンが良かったです。

直子が亡くなってお互いにずっと直子を見守っていたワタナベとレイコが結ばれるシーンが自然で良かったです。以前からよく知っていた者同士で言葉にしなくても通じあう描写が素敵でした。
ノルウェイの森 下 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森 下 (講談社文庫)より
406274869X
No.1561
(2pt)

青春だねー

ノルウェイの森を読んだ後にあまり知らなかったビートルズのノルウェイの森を聞きました。落ち着いてよい曲です。精神疾患で施設に入ってしまった直子とワタナベのやりとりがたどたどしくて好感が持てます。また緑とワタナベが緑の家の2階で火事をみてはしゃいでるシーンが青春真っ盛りの感じで良かったです。
ノルウェイの森〈上〉 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森〈上〉 (講談社文庫)より
4061848925
No.1560
(3pt)

まだ読んでないので評価は中間

文庫版だと思って注文したら、ハードバックの大きな本が届いたので
ちょっとびっくりしてしまった。シッパイシタ。
もう少しわかりやすく表記してくれるとありがたい。自分が見落としたのだけど。
ノルウェイの森(下) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森(下)より
4062035162
No.1559
(2pt)

レイコとのベットシーンが良かったです。

直子が亡くなってお互いにずっと直子を見守っていたワタナベとレイコが結ばれるシーンが自然で良かったです。以前からよく知っていた者同士で言葉にしなくても通じあう描写が素敵でした。
ノルウェイの森(下) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森(下)より
4062035162
No.1558
(2pt)

青春だねー

ノルウェイの森を読んだ後にあまり知らなかったビートルズのノルウェイの森を聞きました。落ち着いてよい曲です。精神疾患で施設に入ってしまった直子とワタナベのやりとりがたどたどしくて好感が持てます。また緑とワタナベが緑の家の2階で火事をみてはしゃいでるシーンが青春真っ盛りの感じで良かったです。
ノルウェイの森(上) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森(上)より
4062035154
No.1557
(5pt)

あの1980年代に書かれた作品とは……

1986年と言うと、もう30年、Generation以上も前のことだ、そして日本ではバブルが最盛期に向かおうとしていた。そんな日本に耐えられなかったのだろうか、多くの作家が日本に留まっていたのに対し、村上さんはこの年からヨーロッパに長期間移動してしまった。最初はギリシャ、そしてイタリア、いろいろと楽しい経験もしたようだけれども、そうではない経験も多くしたようだ。こうした経緯については、村上さんのエッセー「遠い太鼓」にたっぷりと書かれている。特に日本を離れたくなった契機については象徴的に、けれども切実に描写されている。

ところで上巻から読み進むと、記憶していた以上に登場人物が少ないことに驚かされる。もちろんそれは、作品が平板であることにはつながらない。高校時代の旧友の彼女であった直子、そして大学で知り合った本屋の娘である緑を中心に、話は展開していく。現在と違って、直子と緑が登場するのが1970年前後の話なのだし、回想録を描いている主人公もまだ1980年代に生きているのだから当然だけれども、インターネット、ケータイがないのでさすがに時代を感じる。けれども、それは内容が貧弱であることに、やはりならないのではないだろうか。語られている内容は、古風と言っても良いほどだけれども……。

但しここで村上さんは、バブルの日本に身を置いていたら決して描出できないものを抽出していると思う。もし、特に1980年代後半の日本に生きていたら、何を基準にして良いのか、分からなくなっていたのではないだろうか。つまり村上さんは当時の日本にいたら、この小説を書くことができなかっただろう。出版の打ち合わせ等で時折、日本に戻ってきていたようだが、帰国するたびに日本の状況がどんどん変わっていくので、恐らく不安に思っていたのではないだろうか。ひょっとしたらこのまま日本は、破裂してしまうのではないか、と……。当時は世界の先進国で日本だけが、異様な空気に支配されていた。他の国の人たちから見れば、どんなふうに映っていただろう。村上さんの当時のエッセーには、日本のバブルに関する描写が頻繁に現われる。

ヨーロッパに住んでいた時に書かれた長編が、この「ノルウェイ…」、そして「ダンス・ダンス・ダンス」である。この2つの作品は、村上さんが書いてきた作品、初期3部作、「世界の終りとハードボイルルド・ワンダーランド」から、大きく変化していると思う。村上さんは、バブルの国を離れて海外に住み、さまざまの人に出会い、そして英語を鍛え、世界に通用するような作家に成長したのではないだろうか。
ノルウェイの森 下 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森 下 (講談社文庫)より
406274869X
No.1556
(5pt)

時代は感じさせるけれども、村上さんらしい作品

村上さんが、1986年バブルの渦中にあった日本を飛び出して、ギリシア、イタリア等、ヨーロッパの各国を奥さんである陽子さんと渡り歩きながら書き上げた長編小説の第1作が、1987年に発表されたこの「ノルウェイの森」である。たしかこの作品は、”100パーセントの恋愛小説”、と言うコピーで発刊されたように記憶している。もちろん発刊されてからすぐに読んだのだけれども、最初に手に取った時から既に30年くらいの時間が経過しており、さすがの村上さんもこれほどケータイやインターネットが発展することは想像できず、1960年の学生当時、主人公の当時の年代、そう1980年代を超越することは不可能だ。けれども村上さんは、過去の材料を顧みながらもこの不思議な装丁の作品を、なにしろ安西水丸も佐々木マキもここにはないのだ、日本から離れた場所で捜索すると言う新たな境地で発表したのだろう。

それほど難しいプロットではない、いや記憶していたよりも単純な内容だったので、驚くほどである。けれども内容は、村上さんの他の作品がそうであるように、容易ではない。けれども「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」とは、明らかに訣別しているように思えるのだが、いかがだろうか。

この頃の村上さんはブラームスに、そうあの独白の好きな作曲家である、傾倒していたのか、第4交響曲、第2ピアノ協奏曲が登場する。この作品の背景に合っているから、と言うのも理由の一つかもしれないけれども……。
ノルウェイの森 上 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森 上 (講談社文庫)より
4062748681
No.1555
(5pt)

あの1980年代に書かれた作品とは……

1986年と言うと、もう30年、Generation以上も前のことだ、そして日本ではバブルが最盛期に向かおうとしていた。そんな日本に耐えられなかったのだろうか、多くの作家が日本に留まっていたのに対し、村上さんはこの年からヨーロッパに長期間移動してしまった。最初はギリシャ、そしてイタリア、いろいろと楽しい経験もしたようだけれども、そうではない経験も多くしたようだ。こうした経緯については、村上さんのエッセー「遠い太鼓」にたっぷりと書かれている。特に日本を離れたくなった契機については象徴的に、けれども切実に描写されている。

ところで上巻から読み進むと、記憶していた以上に登場人物が少ないことに驚かされる。もちろんそれは、作品が平板であることにはつながらない。高校時代の旧友の彼女であった直子、そして大学で知り合った本屋の娘である緑を中心に、話は展開していく。現在と違って、直子と緑が登場するのが1970年前後の話なのだし、回想録を描いている主人公もまだ1980年代に生きているのだから当然だけれども、インターネット、ケータイがないのでさすがに時代を感じる。けれども、それは内容が貧弱であることに、やはりならないのではないだろうか。語られている内容は、古風と言っても良いほどだけれども……。

但しここで村上さんは、バブルの日本に身を置いていたら決して描出できないものを抽出していると思う。もし、特に1980年代後半の日本に生きていたら、何を基準にして良いのか、分からなくなっていたのではないだろうか。つまり村上さんは当時の日本にいたら、この小説を書くことができなかっただろう。出版の打ち合わせ等で時折、日本に戻ってきていたようだが、帰国するたびに日本の状況がどんどん変わっていくので、恐らく不安に思っていたのではないだろうか。ひょっとしたらこのまま日本は、破裂してしまうのではないか、と……。当時は世界の先進国で日本だけが、異様な空気に支配されていた。他の国の人たちから見れば、どんなふうに映っていただろう。村上さんの当時のエッセーには、日本のバブルに関する描写が頻繁に現われる。

ヨーロッパに住んでいた時に書かれた長編が、この「ノルウェイ…」、そして「ダンス・ダンス・ダンス」である。この2つの作品は、村上さんが書いてきた作品、初期3部作、「世界の終りとハードボイルルド・ワンダーランド」から、大きく変化していると思う。村上さんは、バブルの国を離れて海外に住み、さまざまの人に出会い、そして英語を鍛え、世界に通用するような作家に成長したのではないだろうか。
ノルウェイの森〈下〉 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森〈下〉 (講談社文庫)より
4061848933
No.1554
(5pt)

時代は感じさせるけれども、村上さんらしい作品

村上さんが、1986年バブルの渦中にあった日本を飛び出して、ギリシア、イタリア等、ヨーロッパの各国を奥さんである陽子さんと渡り歩きながら書き上げた長編小説の第1作が、1987年に発表されたこの「ノルウェイの森」である。たしかこの作品は、”100パーセントの恋愛小説”、と言うコピーで発刊されたように記憶している。もちろん発刊されてからすぐに読んだのだけれども、最初に手に取った時から既に30年くらいの時間が経過しており、さすがの村上さんもこれほどケータイやインターネットが発展することは想像できず、1960年の学生当時、主人公の当時の年代、そう1980年代を超越することは不可能だ。けれども村上さんは、過去の材料を顧みながらもこの不思議な装丁の作品を、なにしろ安西水丸も佐々木マキもここにはないのだ、日本から離れた場所で捜索すると言う新たな境地で発表したのだろう。

それほど難しいプロットではない、いや記憶していたよりも単純な内容だったので、驚くほどである。けれども内容は、村上さんの他の作品がそうであるように、容易ではない。けれども「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」とは、明らかに訣別しているように思えるのだが、いかがだろうか。

この頃の村上さんはブラームスに、そうあの独白の好きな作曲家である、傾倒していたのか、第4交響曲、第2ピアノ協奏曲が登場する。この作品の背景に合っているから、と言うのも理由の一つかもしれないけれども……。
ノルウェイの森〈上〉 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森〈上〉 (講談社文庫)より
4061848925
No.1553
(5pt)

あの1980年代に書かれた作品とは……

1986年と言うと、もう30年、Generation以上も前のことだ、そして日本ではバブルが最盛期に向かおうとしていた。そんな日本に耐えられなかったのだろうか、多くの作家が日本に留まっていたのに対し、村上さんはこの年からヨーロッパに長期間移動してしまった。最初はギリシャ、そしてイタリア、いろいろと楽しい経験もしたようだけれども、そうではない経験も多くしたようだ。こうした経緯については、村上さんのエッセー「遠い太鼓」にたっぷりと書かれている。特に日本を離れたくなった契機については象徴的に、けれども切実に描写されている。

ところで上巻から読み進むと、記憶していた以上に登場人物が少ないことに驚かされる。もちろんそれは、作品が平板であることにはつながらない。高校時代の旧友の彼女であった直子、そして大学で知り合った本屋の娘である緑を中心に、話は展開していく。現在と違って、直子と緑が登場するのが1970年前後の話なのだし、回想録を描いている主人公もまだ1980年代に生きているのだから当然だけれども、インターネット、ケータイがないのでさすがに時代を感じる。けれども、それは内容が貧弱であることに、やはりならないのではないだろうか。語られている内容は、古風と言っても良いほどだけれども……。

但しここで村上さんは、バブルの日本に身を置いていたら決して描出できないものを抽出していると思う。もし、特に1980年代後半の日本に生きていたら、何を基準にして良いのか、分からなくなっていたのではないだろうか。つまり村上さんは当時の日本にいたら、この小説を書くことができなかっただろう。出版の打ち合わせ等で時折、日本に戻ってきていたようだが、帰国するたびに日本の状況がどんどん変わっていくので、恐らく不安に思っていたのではないだろうか。ひょっとしたらこのまま日本は、破裂してしまうのではないか、と……。当時は世界の先進国で日本だけが、異様な空気に支配されていた。他の国の人たちから見れば、どんなふうに映っていただろう。村上さんの当時のエッセーには、日本のバブルに関する描写が頻繁に現われる。

ヨーロッパに住んでいた時に書かれた長編が、この「ノルウェイ…」、そして「ダンス・ダンス・ダンス」である。この2つの作品は、村上さんが書いてきた作品、初期3部作、「世界の終りとハードボイルルド・ワンダーランド」から、大きく変化していると思う。村上さんは、バブルの国を離れて海外に住み、さまざまの人に出会い、そして英語を鍛え、世界に通用するような作家に成長したのではないだろうか。
ノルウェイの森(下) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森(下)より
4062035162
No.1552
(5pt)

時代は感じさせるけれども、村上さんらしい作品

村上さんが、1986年バブルの渦中にあった日本を飛び出して、ギリシア、イタリア等、ヨーロッパの各国を奥さんである陽子さんと渡り歩きながら書き上げた長編小説の第1作が、1987年に発表されたこの「ノルウェイの森」である。たしかこの作品は、”100パーセントの恋愛小説”、と言うコピーで発刊されたように記憶している。もちろん発刊されてからすぐに読んだのだけれども、最初に手に取った時から既に30年くらいの時間が経過しており、さすがの村上さんもこれほどケータイやインターネットが発展することは想像できず、1960年の学生当時、主人公の当時の年代、そう1980年代を超越することは不可能だ。けれども村上さんは、過去の材料を顧みながらもこの不思議な装丁の作品を、なにしろ安西水丸も佐々木マキもここにはないのだ、日本から離れた場所で捜索すると言う新たな境地で発表したのだろう。

それほど難しいプロットではない、いや記憶していたよりも単純な内容だったので、驚くほどである。けれども内容は、村上さんの他の作品がそうであるように、容易ではない。けれども「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」とは、明らかに訣別しているように思えるのだが、いかがだろうか。

この頃の村上さんはブラームスに、そうあの独白の好きな作曲家である、傾倒していたのか、第4交響曲、第2ピアノ協奏曲が登場する。この作品の背景に合っているから、と言うのも理由の一つかもしれないけれども……。
ノルウェイの森(上) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森(上)より
4062035154