1973年のピンボール

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評判

1973年のピンボールの評価:

3.84/5点 レビュー 137件。 C ランク

Amazon書評・レビュー点数毎のグラフです

平均点3.84pt

Amazonレビュー一覧

Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です

※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください

全229件 161〜180 9/12ページ
No.69
(5pt)

好きな本で、英語の勉強を。

英語の勉強の強力なツールとしてDVDの字幕があります。英語を聴きながら英語の字幕を表示するのが一般的な使われ方でしょうが、英語を聞く耳を鍛えるほかに、英語をしゃべる力も身につけなければなりません。我々日本人はどうしてもとっさに日本語が頭に浮かぶので、自分のよく使う日本語表現の英訳の引き出しを多く持っておくと便利です。したがって、私は邦画DVDに英文字幕がついているときは、英文字幕を表示させます。

しかし、DVDプレーヤーやPCをいつも持ち歩くのは不便。そういうときに、自分が好きでほとんどそらんじているような日本文学の英訳本があると便利。このポケットに入る薄い英訳本はそのニーズに応えてくれます。丁寧に訳され原作のテイストを十分伝えていることは、随分前に上梓され、今もなお市販されている事実が十分証明しているでしょう。好きな村上春樹の名作を英語で読めて、こう訳すのか、という発見に満ちた優れた本です。
1973年のピンボール 1973 PINBALL 【講談社英語文庫】 Amazon書評・レビュー: 1973年のピンボール 1973 PINBALL 【講談社英語文庫】より
4770022085
No.68
(4pt)

不思議な読後感です

途中まで、”赤の他人の一般人の平凡な日常生活を描かれても面白くない”と書こうと思っていました。しかし、最後に不思議な世界が待っていました。読後感は何とも言えぬ不思議なものです。同じ話を自分が書いたら、とんでもなくつまらない文章になるでしょう。そんな話を不思議な作品に作り上げてしまう事を、まだ、理解できずにいます。なぜ?どうやったの?どこが不思議なの?手練手管で飾っているわけではないです。奇をてらっているわけではないです。不思議です…
1973年のピンボール Amazon書評・レビュー: 1973年のピンボールより
4061168622
No.67
(4pt)

不思議な読後感です

途中まで、”赤の他人の一般人の平凡な日常生活を描かれても面白くない”と書こうと思っていました。しかし、最後に不思議な世界が待っていました。読後感は何とも言えぬ不思議なものです。同じ話を自分が書いたら、とんでもなくつまらない文章になるでしょう。そんな話を不思議な作品に作り上げてしまう事を、まだ、理解できずにいます。なぜ?どうやったの?どこが不思議なの?手練手管で飾っているわけではないです。奇をてらっているわけではないです。不思議です…
1973年のピンボール (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 1973年のピンボール (講談社文庫)より
4062749114
No.66
(1pt)

マニアックな色調の中編小説

著者が二足の草鞋を履いていた時代に発表した、デビュー二作目の小説。
最初に読んだときはあまり記憶に残らなかったが、『風の歌を聴け』を読み返してみてわりと新鮮な印象を受けたので、こちらも手に取ってみた。
前作と比較すると現実の枠からはみ出した設定が多くなり、その分潜在意識の掘り下げは深くなっている。
そのため幅広い読者層に受け入れられる作風ではなく、ある程度は著者の嗜好やメンタリティにシンパシーを感じる人向きの内容と思う。
1973年のピンボール Amazon書評・レビュー: 1973年のピンボールより
4061168622
No.65
(1pt)

マニアックな色調の中編小説

著者が二足の草鞋を履いていた時代に発表した、デビュー二作目の小説。
最初に読んだときはあまり記憶に残らなかったが、『風の歌を聴け』を読み返してみてわりと新鮮な印象を受けたので、こちらも手に取ってみた。
前作と比較すると現実の枠からはみ出した設定が多くなり、その分潜在意識の掘り下げは深くなっている。
そのため幅広い読者層に受け入れられる作風ではなく、ある程度は著者の嗜好やメンタリティにシンパシーを感じる人向きの内容と思う。
1973年のピンボール (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 1973年のピンボール (講談社文庫)より
4062749114
No.64
(3pt)

がんばれ鼠

鼠のことがたくさんか書かれてあった
鼠はこの作品でかなり悩んでますねー
個人的に鼠を応援したくなった。
続編が気になる。
1973年のピンボール Amazon書評・レビュー: 1973年のピンボールより
4061168622
No.63
(3pt)

がんばれ鼠

鼠のことがたくさんか書かれてあった
鼠はこの作品でかなり悩んでますねー
個人的に鼠を応援したくなった。
続編が気になる。
1973年のピンボール (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 1973年のピンボール (講談社文庫)より
4062749114
No.62
(3pt)

筋書きは全体的には訳分からないが、部分的には面白い。

少ない文章量に比して"謎の女"の数が多過ぎる気がした。
相変わらず全体的な筋書きは訳が分からなかったが、部分的には面白く感じられた。
主人公の家に居着いた双子は可愛かったし、ビンボールへの狂的な情熱という要素は斬新であった。
手っ取り早く読めるのもプラスである。胸を震わせるような大きな感動は求めようがないけれども。
1973年のピンボール Amazon書評・レビュー: 1973年のピンボールより
4061168622
No.61
(3pt)

筋書きは全体的には訳分からないが、部分的には面白い。

少ない文章量に比して"謎の女"の数が多過ぎる気がした。
相変わらず全体的な筋書きは訳が分からなかったが、部分的には面白く感じられた。
主人公の家に居着いた双子は可愛かったし、ビンボールへの狂的な情熱という要素は斬新であった。
手っ取り早く読めるのもプラスである。胸を震わせるような大きな感動は求めようがないけれども。
1973年のピンボール (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 1973年のピンボール (講談社文庫)より
4062749114
No.60
(5pt)

haruki

講談社の英語文庫です。村上春樹の小説の英訳です。村上春樹の小説は英訳になじむような気がします。英語はそんなに難しくないのですが、暗喩的な表現もあり、わかりにくいところも多々ありました。一部、心象風景の描写は、非常に共感できるものもありました。巻末の注釈がるのは、とても便利だと思います。村上春樹の雰囲気は良く味わえると思います。
1973年のピンボール 1973 PINBALL 【講談社英語文庫】 Amazon書評・レビュー: 1973年のピンボール 1973 PINBALL 【講談社英語文庫】より
4770022085
No.59
(5pt)

haruki

講談社の英語文庫です。村上春樹の小説の英訳です。村上春樹の小説は英訳になじむような気がします。英語はそんなに難しくないのですが、暗喩的な表現もあり、わかりにくいところも多々ありました。一部、心象風景の描写は、非常に共感できるものもありました。巻末の注釈がるのは、とても便利だと思います。村上春樹の雰囲気は良く味わえると思います。
1973年のピンボール 1973 PINBALL 【講談社英語文庫】 Amazon書評・レビュー: 1973年のピンボール 1973 PINBALL 【講談社英語文庫】より
4770022085
No.58
(3pt)

原点の先

●1回目
主人公と鼠のそれぞれの話を交互に描いています。
入り口があれば出口がある。同様に出会いがあれば別れがある。
「無から生じたものがもとの場所に戻った、ただそれだけのことさ」
---------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------- ●2回目
「ずいぶん考えたんだ。何処に行ったって結局は同じじゃないかともね。でも、やはり俺は行くよ。同じでもいい」
1973年のピンボール Amazon書評・レビュー: 1973年のピンボールより
4061168622
No.57
(3pt)

原点の先

●1回目
主人公と鼠のそれぞれの話を交互に描いています。
入り口があれば出口がある。同様に出会いがあれば別れがある。
「無から生じたものがもとの場所に戻った、ただそれだけのことさ」
---------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------- ●2回目
「ずいぶん考えたんだ。何処に行ったって結局は同じじゃないかともね。でも、やはり俺は行くよ。同じでもいい」
1973年のピンボール (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 1973年のピンボール (講談社文庫)より
4062749114
No.56
(3pt)

これを乗り越えると春樹ワールドが待っている

「風の歌を聴け」に続く青春3部作の2作目。
村上春樹の小説は、最近の著作を読んで再び初期に戻ると、いつも新たな発見がある。
今回の「1973年のピンボール」には「直子」と「双子」が登場する。
直子は「ノルウェーの森」、そして「双子」は「ねじまき鳥クロニクル」に登場する。
そして今回の物語で、鼠と僕は同じ時代を生きながら、最後まで会わず、言葉も交わさない。
それぞれが、それぞれの人生を淡々と歩んでいく。
そう、まさしく淡々と。
この「僕」と「鼠」が交わらないまま並行的に進行していくストーリー形態は「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」に同じ。
僕は双子との奇妙で落ち着いた生活を淡々とこなし、配電盤の葬式に出かける。
鼠は女との生活を終わらせ、街を出る。
そして双子も最後には元の場所に帰る。
私が大好きな、ビートルズの「ラバーソウル」を残して。
初めて読んだときに感じる、癖のあるやや軽薄な雰囲気が漂う文章は、2度目、3度目と繰り返し読むたびに薄れて行き、そして新たな春樹ワールドへと読者を連れて行く。
1973年のピンボール Amazon書評・レビュー: 1973年のピンボールより
4061168622
No.55
(3pt)

これを乗り越えると春樹ワールドが待っている

「風の歌を聴け」に続く青春3部作の2作目。
村上春樹の小説は、最近の著作を読んで再び初期に戻ると、いつも新たな発見がある。
今回の「1973年のピンボール」には「直子」と「双子」が登場する。
直子は「ノルウェーの森」、そして「双子」は「ねじまき鳥クロニクル」に登場する。
そして今回の物語で、鼠と僕は同じ時代を生きながら、最後まで会わず、言葉も交わさない。
それぞれが、それぞれの人生を淡々と歩んでいく。
そう、まさしく淡々と。
この「僕」と「鼠」が交わらないまま並行的に進行していくストーリー形態は「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」に同じ。
僕は双子との奇妙で落ち着いた生活を淡々とこなし、配電盤の葬式に出かける。
鼠は女との生活を終わらせ、街を出る。
そして双子も最後には元の場所に帰る。
私が大好きな、ビートルズの「ラバーソウル」を残して。
初めて読んだときに感じる、癖のあるやや軽薄な雰囲気が漂う文章は、2度目、3度目と繰り返し読むたびに薄れて行き、そして新たな春樹ワールドへと読者を連れて行く。
1973年のピンボール (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 1973年のピンボール (講談社文庫)より
4062749114
No.54
(4pt)

Finally! Back in Print!

A few years before his translation of Murakami's third novel A Wild Sheep Chase would debut in America, Alfred Birnbaum was interested in bringing the literary world of Murakami Haruki to an English speaking audience. His first translation was Murakami's second novel Pinball, 1973. Birnbaum had hoped that the novel would be distributed internationally by Kodansha, but instead it and Birnbaum's 1987 translation of Murakami's debut novel Hear the Wind Sing were regulated to Kodansha English Language Library. This meant that instead of reaching a broader audience, the translated novel would solely be released in Japan with an appendix at the end that explained several obscure English terms.

Unlike the translation of Hear the Wind Sing, Pinball, 1973 soon became out of print and with the growth of Murakami's popularity and his reluctance to have either Hear the Wind Sing or Pinball, 1973 released to a wider English speaking audience, the book has become quite a collector's item fetching between 350-500 dollars on Ebay and the like. However, is the novel really a good read? I would say that it is near vital in understanding the formation of Murakami's writing and the importance of his distant first-person narrator.

Having won the Gunzo literary prize for new writers in 1979, Murakami penned Pinball, 1973 at a table within the confines of his bar called Peter Cat. Within this thin tome he returned to his characters "Boku," a masculine personal pronoun, and his friend the Rat. Whereas the first book was a bit disjointed and seemed more like a collection of vignettes than one cohesive story, Pinball, 1973 is a bit more cohesive and Boku actually has a goal: to find a long lost pinball machine called the Spaceship. Actually, the novel consists of two narratives: the first person account of Boku and the third-person account of the Rat. The two friends never meet each other within the book nor do they even mention each other, but there is a loneliness within the pages of the book that makes it evident how important the friendship they share is in between them.

After graduating college, Boku and a friend start a small translation business and are successful enough to hire a pretty secretary, whom Boku will later marry, and live with comfort. However, there is emptiness inside Boku as he continues to translate useless articles concerning such things as ball bearings and the like. One morning this emptiness is slightly filled when twin girls appear on each side of Boku in his bed. Cute and perfectly identical, the twin girls take care of Boku's needs, but he longs for something more: his deceased girlfriend Naoko and the Rat. Naoko is mentioned within the pages of Hear the Wind Sing as a French major who hung herself near the tennis courts. It is not evident within that book how much the suicide effected Boku, but within this book we learn that after her death he spent all of his time within an arcade playing the Spaceship pinball machine and he became quite good at the machine and fully understood it, something that he was unable to do with Naoko. He eventually almost forgets about the machine, but one day it pops up and grabs his heart and he decides to go on a quest to find it and his own history in the process. Unlike Boku who has at least a goal, the Rat broods, drinks alcohol, and chain smokes. His depression is quite deep, and the reader learns why he flees to Hokkaido within the pages of this book.

Whereas Hear the Wind Sing is quite barebones and its sentences clearly show Murakami's newness as a writer, Pinball, 1973 displays a maturing Murakami whose world of magical realism is beginning to form. However, in my opinion, the true power of the novel is Murakami's emphasis on desire and substitution of the desired object when the original is no longer available. A pretty powerful novel that unearths many of the themes that would continue to grow in Murakami's body of literature for twenty-five years plus after this novel was published, Pinball, 1973 is invaluable in understanding Murakami's body of work and two of his most important characters: Boku and the Rat.
1973年のピンボール 1973 PINBALL 【講談社英語文庫】 Amazon書評・レビュー: 1973年のピンボール 1973 PINBALL 【講談社英語文庫】より
4770022085
No.53
(1pt)

いいきなもん

村上春樹の2作目は、いいきなもんである。文庫本で171ページの間に、「煙草」が61回出てくる。語り手である主人公も鼠もスペイン語の大学講師も実によく煙草を吸う。JT(ジェームズ・テイラーではない)のまわしもんか!? それから、「まるで・・・のように」という直喩が26回も使われる。うんざりだ。そして「うんざり」という言葉が6回発せられる。「それだけだ」が9回。決定的なのは、小説を書く上で35の誤謬があるが、そのうちの32が見つかるのである。たとえば、p.25に「これは『僕』の話であるとともに鼠と呼ばれる男の話でもある。」とあるが、p.28にも「これはピンボールについての小説である。」とある。作者が本文中で自作の解説をしてはいけない。しかも続けてね。細かいことを言えば、p.61の「3月のはじめ」に「冬の明るさ」はいただけない。3月は明らかに春である。P.77、ヘンデルの「レコーダー・ソナタ」(リコーダー・ソナタだろ!)にヴィオラとチェンバロとあるが、ヴィオラはヴィオラ・ダ・ガンバのまちがい。このヴィオラ・ダ・ガンバとチェンバロが通奏低音なのに、「レコーダーとヴィオラとチェンバロのあいだに通奏低音のように肉を炒める音が入っていた。」というのも笑える。あとデビュー作と同様に「シャワーに入る」と言ってるけど、シャワーは「浴びる」もんだ。p.17、「池には水仙が咲き乱れ」。池の周りなら許す。要するにしったかなんだ。それで読者の気をひこうとする。わかるだろ?
1973年のピンボール Amazon書評・レビュー: 1973年のピンボールより
4061168622
No.52
(1pt)

いいきなもん

村上春樹の2作目は、いいきなもんである。文庫本で171ページの間に、「煙草」が61回出てくる。語り手である主人公も鼠もスペイン語の大学講師も実によく煙草を吸う。JT(ジェームズ・テイラーではない)のまわしもんか!? それから、「まるで・・・のように」という直喩が26回も使われる。うんざりだ。そして「うんざり」という言葉が6回発せられる。「それだけだ」が9回。決定的なのは、小説を書く上で35の誤謬があるが、そのうちの32が見つかるのである。たとえば、p.25に「これは『僕』の話であるとともに鼠と呼ばれる男の話でもある。」とあるが、p.28にも「これはピンボールについての小説である。」とある。作者が本文中で自作の解説をしてはいけない。しかも続けてね。細かいことを言えば、p.61の「3月のはじめ」に「冬の明るさ」はいただけない。3月は明らかに春である。P.77、ヘンデルの「レコーダー・ソナタ」(リコーダー・ソナタだろ!)にヴィオラとチェンバロとあるが、ヴィオラはヴィオラ・ダ・ガンバのまちがい。このヴィオラ・ダ・ガンバとチェンバロが通奏低音なのに、「レコーダーとヴィオラとチェンバロのあいだに通奏低音のように肉を炒める音が入っていた。」というのも笑える。あとデビュー作と同様に「シャワーに入る」と言ってるけど、シャワーは「浴びる」もんだ。p.17、「池には水仙が咲き乱れ」。池の周りなら許す。要するにしったかなんだ。それで読者の気をひこうとする。わかるだろ?
1973年のピンボール (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 1973年のピンボール (講談社文庫)より
4062749114
No.51
(5pt)

あれこれ興味深い作品

本作は、後の作品に向け種を蒔いた恰好だ。「ノルウェイの森」「午後の最後の芝生」「ねじまき鳥クロニクル」「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」「アフターダーク」といった作品それぞれにおけるキーワードが、本文中にさらりと出てくる。これだけ多くのキーワードがこれほど早い時期に既に出ていたというのには驚きだ。まさに村上春樹の出発点となる作品である。勿論、これはこれで一個の世界をつくっている。最も面白いのは、氏の他の作品では「突然の喪失」が多いのに対し、ここでは失う時にも誰かが「見送る」ことだ。例えば、〈僕〉は、同じアパートに住む少女の引越を見送るし、〈双子〉が帰るのも見送る。喪失しても暗くなりきらないのは、送別があることに救われる部分があるからだろう。
1973年のピンボール Amazon書評・レビュー: 1973年のピンボールより
4061168622
No.50
(5pt)

あれこれ興味深い作品

本作は、後の作品に向け種を蒔いた恰好だ。「ノルウェイの森」「午後の最後の芝生」「ねじまき鳥クロニクル」「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」「アフターダーク」といった作品それぞれにおけるキーワードが、本文中にさらりと出てくる。これだけ多くのキーワードがこれほど早い時期に既に出ていたというのには驚きだ。まさに村上春樹の出発点となる作品である。勿論、これはこれで一個の世界をつくっている。最も面白いのは、氏の他の作品では「突然の喪失」が多いのに対し、ここでは失う時にも誰かが「見送る」ことだ。例えば、〈僕〉は、同じアパートに住む少女の引越を見送るし、〈双子〉が帰るのも見送る。喪失しても暗くなりきらないのは、送別があることに救われる部分があるからだろう。
1973年のピンボール (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 1973年のピンボール (講談社文庫)より
4062749114