1973年のピンボール

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評判

1973年のピンボールの評価:

3.84/5点 レビュー 137件。 C ランク

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平均点3.84pt

Amazonレビュー一覧

Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です

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全229件 221〜229 12/12ページ
No.9
(5pt)

引き込まれる

処女作、風の歌を聴けもそうだったけど村上先生の小説は独特の味わいがあり、読んでいると引き込まれてしまいます。特に後半がすばらしかったです。この小説は何度でも読み返したいなぁ。
1973年のピンボール Amazon書評・レビュー: 1973年のピンボールより
4061168622
No.8
(5pt)

なぜか思い出す小品

せいぜい、200ページ程度の文庫本。なぜか毎回読み直すと時間がかかる。各シーンで共感を覚え、自分の過去と出会うからか!?30歳を過ぎ、今回読み直して気づいたが、きどった言い回しの中にどれほどの真実が混ざっていることか!きどった態度が照れくさい時代に、この小説を読むのもいい。「僕は不思議な星の下に生まれたんだ。つまりね、欲しいと思ったものは何でも必ず手に入れてきた。でも、何かを手に入れるたびに別の何かを踏みつけてきた。わかるかい?」
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4061168622
No.7
(5pt)

久しぶりに読んだ

冷夏(2003年)の合間の晴れ日、プールに持っていく本として久しぶりに本棚から手に取りました。かなりあざといチョイスだと思ったのですが、やはりという感じで一気に読んでしまいました。ピンボールというエンタテイメント、ビールという快楽、恋愛という心の揺れ、ほんらいは多分に「夏」的なそうしたものに、微妙な日陰を作ってしまう、その文章、世界観はやっぱり良いですよ。
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4061168622
No.6
(3pt)

現実に向き合う僕と、旅立つ鼠

本作品では「風の歌を聴け」で登場する二人の人物のその後が描かれている。相変わらず思いもかけぬ唐突な現実に巻き込まれていく「僕」。そう、いつもの村上作品と同じく唐突である。不可解な出会いとさらりとした別れ。でも登場するモチーフは、それなりに必然性を感じさせてしまう。一方、変わることがない日常、繰り返される会話の中にいた「鼠」。しかし日常に決別して「鼠」はついに旅立っていく。何処へ? それは三部作の結びである「羊をめぐる冒険」に引き継がれる。
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4061168622
No.5
(5pt)

村上小説の真の出発点

村上作品に何を感じるかは人それぞれだと思う。僕にとってはこの作品は彼の作品の中で一番リアリティを感じてしまう。1970年代僕もピンボールに夢中だった。淡々と異性と付き合い、ビールを毎日飲み、思想もなく、当然にそこに政治もなかった。彼の作品の「こちら」と「あちら」が渾然一体となった生活があったのは事実だと思う。それがこの作品以降明確に分離する。僕にとっては村上作品の出発点はこの作品からだと思う。彼の原点を知る上でも外すことの出来ない作品であるのは間違いないと思う。是非とも読んでみて欲しい。
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4061168622
No.4
(4pt)

その後の村上作品の方向性を暗示する小説

翻訳事務所を経営し、それなりに安定した生活を送っている僕。アパートにはなぜか双子の女の子が居候していて、故郷の町では親友の鼠が悩みながらも生きている。その昔に何度も遊んだピンボール・マシンにどうしても会いたくなった僕は探索を始めるが…。村上氏本人が指摘しているように、その後の作品群の方向性が、この小説に暗示されています。ねじまき鳥クロニクルで中心テーゼとなる「井戸」のメタファーや、色濃い死の香りと言った、村上ワールドの根幹をなす要素が随所に散りばめられています。処女作の「風の歌を聴け」と「羊をめぐる冒険」のはざまで、やや影が薄い作品ですが、繰り返し読むに耐える素晴らしい小説です。何時読んでも不思議な発見があり、深層意識の旅に連れて行ってもらえます。
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No.3
(5pt)

夕方の公園

著者の作品が好きで多くの作品を読んだが、私はこの作品が一番好きだ。著者の作品にはなんとも言えないせつなさがあるように感じていたが、この作品からは特に感じたような気がする。イメージは夕方の公園。たまにそのシチュエーションに自分がおかれると、この本を思いだし、なんともせつない気分になるのだ。
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4061168622
No.2
(2pt)

2作目のジンクス

ちょうどこの時代、ヤング!向けの情報誌が反乱して、多くの物書きの文章が、わけのわからないディーテールに埋め尽くされた。この小説には、軽薄なディーテールは出てこないが、その影響を受けているように思う。だから、作者のやる気がからまわりして、「鼠」をめぐる話の1つの章ぐらいの重さしかない。プロローグと中身、エピローグの整合性もよくわからない。カット割りの悪い映画という感じがしてしまう。ただ、双子に挟まれてベッドで寝てみたい!とは思うなぁ・・
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4061168622
No.1
(4pt)

ウィスキーのように

村上春樹は何を失ったのだろう。何かとても深い喪失感を彼の文章は抱いているように思えてならない。そして、どこか郷愁を誘うようであり、乾いた感じであり、それは、ウィスキーのようではないだろうか。とりわけ、この作品を読むと僕はそう思う。僕らは彼の小説に、酔う。それは、恐らく心地よい酔いであることだろう。確か、どこかで、村上龍が彼について“彼が本当にやりたかったのは小説じゃない気がする”といったようなことを語っていた。そうかもしれない。でも、きっと彼には書く必要があったんだろう。そして、そこにこそ、エクリチュ-ルの真の姿が見出し得るのではないだろうか。そして、その違和感のようなものにこそ、彼の作品の魅力があるのではないだろうかと思う。
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4061168622