1973年のピンボール

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評判

1973年のピンボールの評価:

3.84/5点 レビュー 137件。 C ランク

Amazon書評・レビュー点数毎のグラフです

平均点3.84pt

Amazonレビュー一覧

Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です

※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください

全229件 61〜80 4/12ページ
No.169
(5pt)

初期3部作は本当にすばらしい

初期3部作は本当にすばらしいと思う。
批評家たちは、デタッチメントを強調するけど、そしてそれはかつてのバブル期の消費される時代へのアンチテーゼなのだろうけど、そんな小難しいことを抜きにしても、単純に物語として面白い。
何も入っていないような気がして、しかし見えないように大切なものが詰まっている、そんな感じがする。
しかし、村上春樹文学の普遍性(脱・土着性)はどのように生み出されるのだろうか、いつも不思議だ。
1973年のピンボール Amazon書評・レビュー: 1973年のピンボールより
4061168622
No.168
(2pt)

作者独特の雰囲気を楽しめばいいのかもしれない・・・。

たいして中身のない話をゴチャゴチャと言葉を装飾したり、変てこなシチュエーションに作り上げてみせているようで、内容を理解する気にもならない。ただ、この独特な雰囲気を楽しばいいのかもしれない。さらっと読めてしまう。ピンボールやジュークボックスなど、ある世代にとっては懐かしく感じるところはあるかもしれない。
1973年のピンボール (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 1973年のピンボール (講談社文庫)より
4062749114
No.167
(2pt)

作者独特の雰囲気を楽しめばいいのかもしれない・・・。

たいして中身のない話をゴチャゴチャと言葉を装飾したり、変てこなシチュエーションに作り上げてみせているようで、内容を理解する気にもならない。ただ、この独特な雰囲気を楽しばいいのかもしれない。さらっと読めてしまう。ピンボールやジュークボックスなど、ある世代にとっては懐かしく感じるところはあるかもしれない。
1973年のピンボール Amazon書評・レビュー: 1973年のピンボールより
4061168622
No.166
(5pt)

初期作品ならではの、ちょっとスカした味わい

「ダンス・ダンス・ダンス」までを含めたの4部作の中で次作への橋渡し的な存在であるが、独立して好きな作品だ。平易な文章なので読みやすさはあるけれども、表現や比喩が独特なので人によってはもどかしく、何を言いたいのか分からずにあっさりと読み通してそのまま終わってしまうかもしれない。そういう意味ではわりとリスクの高い文体の作家なのだと今更ながら気づく。読み方にはコツも何もない思うが、個人的には受け身で読むというより、この小説の「僕」のように、何か大きな喪失感に襲われたときの、自分の無意識の精神(頭脳)による作用や対応、あるいはどういった精神の対処で月日をやり過ごし、乗り越えたかなど、過去の自分の経験を映像化して重ねて読むと面白いのではないかと思う。喪失感と格闘しているときの自分の精神構造を目の当たりにしているように思えた。そして「僕」が過去の象徴であるピンボール「スペースシップ」と対面するまでの過程で出てくる「配電盤」や「双子の姉妹」が何のことなのか分かるようでシンパシーを感じた。確かに頭も良く、いつも冷静でスカした「僕」だが、決して特別な人間ではなく、大きな喪失感に襲われれば大して自分たちと変わらず、精神や頭脳の働きはかなり近いのだという発見が嬉しかった。そういった意味では親しみやすく、全体的に重々しさもないが、短い小説のわりにはとても現実的で切実なことが表現されていて、たまに無性に再読したくなる小説である。
1973年のピンボール (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 1973年のピンボール (講談社文庫)より
4062749114
No.165
(5pt)

初期作品ならではの、ちょっとスカした味わい

「ダンス・ダンス・ダンス」までを含めたの4部作の中で次作への橋渡し的な存在であるが、独立して好きな作品だ。平易な文章なので読みやすさはあるけれども、表現や比喩が独特なので人によってはもどかしく、何を言いたいのか分からずにあっさりと読み通してそのまま終わってしまうかもしれない。そういう意味ではわりとリスクの高い文体の作家なのだと今更ながら気づく。読み方にはコツも何もない思うが、個人的には受け身で読むというより、この小説の「僕」のように、何か大きな喪失感に襲われたときの、自分の無意識の精神(頭脳)による作用や対応、あるいはどういった精神の対処で月日をやり過ごし、乗り越えたかなど、過去の自分の経験を映像化して重ねて読むと面白いのではないかと思う。喪失感と格闘しているときの自分の精神構造を目の当たりにしているように思えた。そして「僕」が過去の象徴であるピンボール「スペースシップ」と対面するまでの過程で出てくる「配電盤」や「双子の姉妹」が何のことなのか分かるようでシンパシーを感じた。確かに頭も良く、いつも冷静でスカした「僕」だが、決して特別な人間ではなく、大きな喪失感に襲われれば大して自分たちと変わらず、精神や頭脳の働きはかなり近いのだという発見が嬉しかった。そういった意味では親しみやすく、全体的に重々しさもないが、短い小説のわりにはとても現実的で切実なことが表現されていて、たまに無性に再読したくなる小説である。
1973年のピンボール Amazon書評・レビュー: 1973年のピンボールより
4061168622
No.164
(4pt)

ピンボールの魔術師を彷彿

3フリッパーのスターシップでベストスコアを叩き出すシーンは、ザ・フーのロジャー・ダルトリー演じるトミー少年がピンボールの魔術師としてピンボールに打ち込むシーン(エルトンジョンカバー「ピンボールの魔術師」のMVの中)、目がイってしまっているシーンを彷彿とさせます。
スターシップとの邂逅シーンも圧巻です。
ただし、村上春樹初心者は別のモノから読み始めるべきですし、3部作の2作目に当たるので、まずは1作目の風の歌を読んだ方が良いでしょう。
1973年のピンボール (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 1973年のピンボール (講談社文庫)より
4062749114
No.163
(4pt)

ピンボールの魔術師を彷彿

3フリッパーのスターシップでベストスコアを叩き出すシーンは、ザ・フーのロジャー・ダルトリー演じるトミー少年がピンボールの魔術師としてピンボールに打ち込むシーン(エルトンジョンカバー「ピンボールの魔術師」のMVの中)、目がイってしまっているシーンを彷彿とさせます。
スターシップとの邂逅シーンも圧巻です。
ただし、村上春樹初心者は別のモノから読み始めるべきですし、3部作の2作目に当たるので、まずは1作目の風の歌を読んだ方が良いでしょう。
1973年のピンボール Amazon書評・レビュー: 1973年のピンボールより
4061168622
No.162
(2pt)

単体で読むと意味不明な点が多い。

もしこの作品単体だけを読まれたとしたら、全く意味不明でしょう。
特に鼠→「何で出てきた?」「不要だろ」となるし、双子の女→「意味不明」
読みながら、これは夢の中なのか? ピンボールは何?となるでしょう。
誰かに解説してもらう必要が出てきますよね(ネット検索すれば出てきます)。
鬱陶しくなるほど出てくる比喩、そして洋楽。
ナルシストなハイカラ野郎(西洋かぶれ)がキザって書いた文章。比喩と洋楽の紹介してるだけやんとなってしまうかもしれない。
少なくとも私はそんな感想でした。だから☆2です。

もうご存知の方も多いのでしょうが、この作品のみならず、「風の歌を聞け」、「羊をめぐる冒険」、「ノルウェイの森」と読むことで深さを味わえるようになっているのですよね。
それってどうなの? と思う気持ちがある反面、それでも大量の読者を獲得できているわけですから、肯定せざるを得ないというところですね。
1973年のピンボール (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 1973年のピンボール (講談社文庫)より
4062749114
No.161
(2pt)

単体で読むと意味不明な点が多い。

もしこの作品単体だけを読まれたとしたら、全く意味不明でしょう。
特に鼠→「何で出てきた?」「不要だろ」となるし、双子の女→「意味不明」
読みながら、これは夢の中なのか? ピンボールは何?となるでしょう。
誰かに解説してもらう必要が出てきますよね(ネット検索すれば出てきます)。
鬱陶しくなるほど出てくる比喩、そして洋楽。
ナルシストなハイカラ野郎(西洋かぶれ)がキザって書いた文章。比喩と洋楽の紹介してるだけやんとなってしまうかもしれない。
少なくとも私はそんな感想でした。だから☆2です。

もうご存知の方も多いのでしょうが、この作品のみならず、「風の歌を聞け」、「羊をめぐる冒険」、「ノルウェイの森」と読むことで深さを味わえるようになっているのですよね。
それってどうなの? と思う気持ちがある反面、それでも大量の読者を獲得できているわけですから、肯定せざるを得ないというところですね。
1973年のピンボール Amazon書評・レビュー: 1973年のピンボールより
4061168622
No.160
(3pt)

後期作品ではまろやかさになってしまった村上春樹の情念の萌芽がみられると思います。

この本を購入したのは7年前です。
村上春樹の小説で、ベストセラーとよばれた作品を幾つか読んだ後、
初期作品から全て読んでみたいという衝動にかられ、読みました。

霧の中を漂うような意識の混濁と、
決して荒げない情念の萌芽がいたるところにみられると思いました。

後期作品を読んでしまうと、完成度の高さに、
初期作品をもう一度書き直して欲しいとさえ思ってしまうのですが、
はっきりと表現されなかったことを想像する時に、
村上春樹により近づけた気がします。

それが村上春樹のイデアなのでしょうか。
1973年のピンボール (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 1973年のピンボール (講談社文庫)より
4062749114
No.159
(3pt)

後期作品ではまろやかさになってしまった村上春樹の情念の萌芽がみられると思います。

この本を購入したのは7年前です。
村上春樹の小説で、ベストセラーとよばれた作品を幾つか読んだ後、
初期作品から全て読んでみたいという衝動にかられ、読みました。

霧の中を漂うような意識の混濁と、
決して荒げない情念の萌芽がいたるところにみられると思いました。

後期作品を読んでしまうと、完成度の高さに、
初期作品をもう一度書き直して欲しいとさえ思ってしまうのですが、
はっきりと表現されなかったことを想像する時に、
村上春樹により近づけた気がします。

それが村上春樹のイデアなのでしょうか。
1973年のピンボール Amazon書評・レビュー: 1973年のピンボールより
4061168622
No.158
(5pt)

私はこの店を覚えている必要がある場合、私は再び戻ってくる。

美しく完成品は、サービスが良い、非常に良い買い手、あなたのような買い手は私の喜び、再び私たちの店に来ることを願っています!ありがとうございました! あまりにも良い品質と思われる。 私は仕事と外見の両方が大好きです。 うれしい私はこれで私の前に置き換え 強くお勧めします。 ショッピングのしやすさ
1973年のピンボール (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 1973年のピンボール (講談社文庫)より
4062749114
No.157
(5pt)

私はこの店を覚えている必要がある場合、私は再び戻ってくる。

美しく完成品は、サービスが良い、非常に良い買い手、あなたのような買い手は私の喜び、再び私たちの店に来ることを願っています!ありがとうございました! あまりにも良い品質と思われる。 私は仕事と外見の両方が大好きです。 うれしい私はこれで私の前に置き換え 強くお勧めします。 ショッピングのしやすさ
1973年のピンボール Amazon書評・レビュー: 1973年のピンボールより
4061168622
No.156
(4pt)

後年の村上氏が、あちこちに窺える初期の名品

本当に久しぶりに、村上春樹の第2作目の作品である「1973年のピンボール」を読んだ。これで2回目のはずなのだけれども、やはり時代を感じるとともに、こんな小説だったのか、と改めて感じさせられることも多かった。

やはりピンボールの魅力に取りつかれた人が蒐集した多くのピンボールが、倉庫の中で整然と並べられている光景を描いている部分が、何とも言えない。

懐かしいのは、他の作品でも登場する双子の女の子、あの「ノルウェイの森」でも悲劇的な役割を負う女性である、同一人物ではなさそうだが、直子、それから第1作でも登場したジェイ、鼠、だろうか。そして人ではないけれども「井戸」は、「ノルウェイ…」、「ねじまき鳥クロニクル」等でも取り上げられ、論文まで書かれているほどだ。

それから主人公である‟僕”が、カントの「純粋理性批判」を読む場面が幾度も出てくる。哲学史の中でも後世に与えた影響の最も大きな本のひとつであることは間違いないのだが、非常に難しいのでも有名だ。主人公によく読ませたな、と感心する。

この作品は、前作「風の歌を聴け」と同様に、村上氏はまず英語で書き、その後、日本語に翻訳したとしている。英語の堪能な村上氏ならではの、小説の書き方だろう。この2作の後、英語で書いてから日本語に訳すと言う手法は取っていないようだ。

ところで日本では本が文庫化される時には、巻末に‟解説”なるものがつけられるのが通常だった。ところが、その中にはもちろん役立つ解説も少なからずあったのだが、村上氏の文庫本には「風の…」にも、この「1973年の…」にも、おそらく以降のすべての文庫本に“解説”がついていない。恐らく村上氏の考えが、この解説のない文庫本の背景になっているのだろう。
1973年のピンボール (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 1973年のピンボール (講談社文庫)より
4062749114
No.155
(4pt)

後年の村上氏が、あちこちに窺える初期の名品

本当に久しぶりに、村上春樹の第2作目の作品である「1973年のピンボール」を読んだ。これで2回目のはずなのだけれども、やはり時代を感じるとともに、こんな小説だったのか、と改めて感じさせられることも多かった。

やはりピンボールの魅力に取りつかれた人が蒐集した多くのピンボールが、倉庫の中で整然と並べられている光景を描いている部分が、何とも言えない。

懐かしいのは、他の作品でも登場する双子の女の子、あの「ノルウェイの森」でも悲劇的な役割を負う女性である、同一人物ではなさそうだが、直子、それから第1作でも登場したジェイ、鼠、だろうか。そして人ではないけれども「井戸」は、「ノルウェイ…」、「ねじまき鳥クロニクル」等でも取り上げられ、論文まで書かれているほどだ。

それから主人公である‟僕”が、カントの「純粋理性批判」を読む場面が幾度も出てくる。哲学史の中でも後世に与えた影響の最も大きな本のひとつであることは間違いないのだが、非常に難しいのでも有名だ。主人公によく読ませたな、と感心する。

この作品は、前作「風の歌を聴け」と同様に、村上氏はまず英語で書き、その後、日本語に翻訳したとしている。英語の堪能な村上氏ならではの、小説の書き方だろう。この2作の後、英語で書いてから日本語に訳すと言う手法は取っていないようだ。

ところで日本では本が文庫化される時には、巻末に‟解説”なるものがつけられるのが通常だった。ところが、その中にはもちろん役立つ解説も少なからずあったのだが、村上氏の文庫本には「風の…」にも、この「1973年の…」にも、おそらく以降のすべての文庫本に“解説”がついていない。恐らく村上氏の考えが、この解説のない文庫本の背景になっているのだろう。
1973年のピンボール Amazon書評・レビュー: 1973年のピンボールより
4061168622
No.154
(4pt)

村上ワールドの始まりです

この三部作から村上春樹を読んでみようと思いました。面白そうです。
1973年のピンボール (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 1973年のピンボール (講談社文庫)より
4062749114
No.153
(4pt)

村上ワールドの始まりです

この三部作から村上春樹を読んでみようと思いました。面白そうです。
1973年のピンボール Amazon書評・レビュー: 1973年のピンボールより
4061168622
No.152
(3pt)

若い人には勧められない

私は1963年生まれなので、よくピンボールで遊んだのも覚えているし、懐かしさを感じた。それに「私」の仕事と同業種なので、ますます面白く読むことが出来たわけだ。だが、この小説、あの時代の終わりを描いてるんだろうけど、より後生の読者にもアピールする普遍性には欠けているのではないか。私が記憶してるピンボール自体、既に古めかしい子供の遊びで、どうと言うことない地方都市の駄菓子屋の店頭にボロボロの機械が置いてあるイメージ。自分の好きだったピンボールの機種を追い求め、趣味人が集めていた多くの機種が田舎の倉庫に並べられてるイメージにははっとさせられた。本作に出て来るその他のアイテムで、ジュークボックスなんてのも今は見ないかな? 
 だけどあの時代を経験せずに読んで、本作を味わうのは難しいと思うのである。時代や場所を超えて通用する普遍性がこの作品には乏しい。前作「風の歌を聴け」では、無為に過ごされる学生生活が多くの人の共感を呼ぶように思ったのだけど、本作の2人に共感するのは難しい。
 恐らく多くの人が読んでみたけど、何が言いたいのかわからない、といった感想を抱いてしまうだろうが、そういう書き方をしてるから仕方ない。ファッションで読み彼の独特の感性を楽しむようなつもりでない限り、少なくとも若い人に勧められる作ではないと思う。
1973年のピンボール (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 1973年のピンボール (講談社文庫)より
4062749114
No.151
(3pt)

若い人には勧められない

私は1963年生まれなので、よくピンボールで遊んだのも覚えているし、懐かしさを感じた。それに「私」の仕事と同業種なので、ますます面白く読むことが出来たわけだ。だが、この小説、あの時代の終わりを描いてるんだろうけど、より後生の読者にもアピールする普遍性には欠けているのではないか。私が記憶してるピンボール自体、既に古めかしい子供の遊びで、どうと言うことない地方都市の駄菓子屋の店頭にボロボロの機械が置いてあるイメージ。自分の好きだったピンボールの機種を追い求め、趣味人が集めていた多くの機種が田舎の倉庫に並べられてるイメージにははっとさせられた。本作に出て来るその他のアイテムで、ジュークボックスなんてのも今は見ないかな? 
 だけどあの時代を経験せずに読んで、本作を味わうのは難しいと思うのである。時代や場所を超えて通用する普遍性がこの作品には乏しい。前作「風の歌を聴け」では、無為に過ごされる学生生活が多くの人の共感を呼ぶように思ったのだけど、本作の2人に共感するのは難しい。
 恐らく多くの人が読んでみたけど、何が言いたいのかわからない、といった感想を抱いてしまうだろうが、そういう書き方をしてるから仕方ない。ファッションで読み彼の独特の感性を楽しむようなつもりでない限り、少なくとも若い人に勧められる作ではないと思う。
1973年のピンボール Amazon書評・レビュー: 1973年のピンボールより
4061168622
No.150
(5pt)

直子への鎮魂歌

前作「風の歌を聴け」のテーマを引き継ぎながらも、物語の構造はがらりと変わります。
次作「羊をめぐる冒険」への布石でもある本作ですが、唯一無二の世界観が光ります。
僕はピンボールをめぐる探索に挑み、一方で鼠は700キロ離れた街で思索を深めていきます。

【「僕」の物語】
直子を失った4年間の絶望の日々に終止符を打つために、僕は出口を捜し始める。
そんな日曜日の朝に双子が僕の部屋に現れて、僕の運命を導き始めた。
過去にしか繋がりを持たない僕の心を象徴する古い配電盤を彼女たちと見つけ、
死にかけたその配電盤を記憶の貯水池の底に沈める。
それから、繰り返されるピンボール・ゲームのような自己完結してしまった僕の世界観と向き会う。
東京の果てにある養鶏場の冷凍倉庫で、「3フリッパーのスペースシップ」に再会するシーンが物語のクライマックス。
そこには他にも恐ろしい数のピンボール台が、忘れられた過去の思想のように眠っていた。
僕はピンボール・マシーンに最後の別れを告げる。
全てが終わり、気がつくと僕の耳は素晴らしく鋭敏に世界中の物音を聞き分けていた。

【鼠の物語】
この小説は「僕」の話であるとともに鼠の話でもある。
鼠の自己対話は独立していながらも、同時進行する僕の意識世界と共振していく。
金曜日の夜に鼠は女に電話するのをやめる。
深い眠りがやってくるまで、「肉体が少しずつ実体をなくし、重さをなくし、感覚をなくしていくのに耐える。」
彼はきっと過去の記憶を追体験しているのではないだろうか。
鼠は誰にも何も語らないことを決意し、古い街を出て行く。

鼠の謎は持ち越されました。
次作「羊をめぐる冒険」ではこれまでの閉じた小さな人間関係の物語が、
歴史と文化を背負ったスケールの大きな物語へと展開していきます。
長編作家村上春樹がいよいよ誕生します。
1973年のピンボール (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 1973年のピンボール (講談社文庫)より
4062749114