風の歌を聴け

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風の歌を聴けの評価:

4.07/5点 レビュー 370件。 C ランク

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全922件 441〜460 23/47ページ
No.482
(5pt)

独創的な手法に溢れる小説―昼の光に、夜の闇の深さがわかるものか


 この小説は、言わずと知れた村上春樹さんが30歳の1979年に、「群像」新人文学賞を受賞したデビュー作だ。不佞ながらも、私は、個人的に関心を持っている、作家にしろ、学者にしろ、第一作目というものに、いつも注目している。そこには、荒削り、生馴、掘り下げ不足などといった他者からの批判が付きまとうかもしれないけれど、若さゆえ、未熟ゆえの初々しさを含んだ、抑えても抑えきれないエッセンスの迸りみたいなものが充盈していることを否定できないからだ。ここで、村上さんが小説を書き出した(小説家としての第一歩を踏み出した)経緯について、少し見てみよう。

 村上さんは、『職業としての小説家』(2015年スイッチ・パブリッシング)の中の「小説家になった頃」で述べている。この処女作の発端は、デビュー前年(1978年)4月の神宮球場で行われた「ヤクルト対広島戦」におけるepiphany(エピファニー)にあったらしい。1回の裏、ヤクルトのバッター、ヒルトンがレフト方向にツーベースヒットを打った。このとき、「そうだ、僕にも小説が書けるかもしれない」というepiphanyを感じた。そこから、小説を「音楽を演奏している」ような感覚で執筆し、「言語(日本語)の持つ可能性を思いつく限りの方法」で試してみたりして生まれたのが、この作品だ。

 本編は「原稿用紙にして二百枚弱の短い小説」である。そして、上述の「言語の持つ可能性を思いつく限りの方法」として、文章を英文に「翻訳」し、それをまた、日本語に「翻訳」するという手法を採っている。それは「よく訓練された犬のようにレコードを抱えて帰ってきた」「それはまるで安定の悪いテーブルに薄いグラスをそっと載せるようなしゃべり方だった」「ベッドに戻った時には彼女の体は缶詰の鮭みたいにすっかり冷えきっていた」「砂漠のような沈黙の乾きの中に僕の言葉はあっという間もなく飲み込まれ、苦々しさだけが口に残った」といった比喩や表現に出ていると思う。

 これらの言い回しの巧拙については、私は別に文章の専門家でもないので差し控えたい。ただ、本書を耽読する中で、印象深い表現だな、と私は感じている。谷崎潤一郎は『文章讀本』で、文章を「眼で理解する」ばかりでなく「耳で理解する」ことの重要性を訴えているが(それが「分からせる」ことと「長く記憶させる」ことに繋がる)、明治以降、「翻訳文」に慣れ親しんできた日本人には、存外、村上さんの独創的な表意も咀嚼可能かもしれない。それはさておき、本編は一種の“青春小説”として受け止められるけれども、「昼の光」と「夜の闇の深さ」の連接が、少し見えづらい気がした。
風の歌を聴け (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 風の歌を聴け (講談社文庫)より
4062748703
No.481
(5pt)

独創的な手法に溢れる小説―昼の光に、夜の闇の深さがわかるものか


 この小説は、言わずと知れた村上春樹さんが30歳の1979年に、「群像」新人文学賞を受賞したデビュー作だ。不佞ながらも、私は、個人的に関心を持っている、作家にしろ、学者にしろ、第一作目というものに、いつも注目している。そこには、荒削り、生馴、掘り下げ不足などといった他者からの批判が付きまとうかもしれないけれど、若さゆえ、未熟ゆえの初々しさを含んだ、抑えても抑えきれないエッセンスの迸りみたいなものが充盈していることを否定できないからだ。ここで、村上さんが小説を書き出した(小説家としての第一歩を踏み出した)経緯について、少し見てみよう。

 村上さんは、『職業としての小説家』(2015年スイッチ・パブリッシング)の中の「小説家になった頃」で述べている。この処女作の発端は、デビュー前年(1978年)4月の神宮球場で行われた「ヤクルト対広島戦」におけるepiphany(エピファニー)にあったらしい。1回の裏、ヤクルトのバッター、ヒルトンがレフト方向にツーベースヒットを打った。このとき、「そうだ、僕にも小説が書けるかもしれない」というepiphanyを感じた。そこから、小説を「音楽を演奏している」ような感覚で執筆し、「言語(日本語)の持つ可能性を思いつく限りの方法」で試してみたりして生まれたのが、この作品だ。

 本編は「原稿用紙にして二百枚弱の短い小説」である。そして、上述の「言語の持つ可能性を思いつく限りの方法」として、文章を英文に「翻訳」し、それをまた、日本語に「翻訳」するという手法を採っている。それは「よく訓練された犬のようにレコードを抱えて帰ってきた」「それはまるで安定の悪いテーブルに薄いグラスをそっと載せるようなしゃべり方だった」「ベッドに戻った時には彼女の体は缶詰の鮭みたいにすっかり冷えきっていた」「砂漠のような沈黙の乾きの中に僕の言葉はあっという間もなく飲み込まれ、苦々しさだけが口に残った」といった比喩や表現に出ていると思う。

 これらの言い回しの巧拙については、私は別に文章の専門家でもないので差し控えたい。ただ、本書を耽読する中で、印象深い表現だな、と私は感じている。谷崎潤一郎は『文章讀本』で、文章を「眼で理解する」ばかりでなく「耳で理解する」ことの重要性を訴えているが(それが「分からせる」ことと「長く記憶させる」ことに繋がる)、明治以降、「翻訳文」に慣れ親しんできた日本人には、存外、村上さんの独創的な表意も咀嚼可能かもしれない。それはさておき、本編は一種の“青春小説”として受け止められるけれども、「昼の光」と「夜の闇の深さ」の連接が、少し見えづらい気がした。
風の歌を聴け (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 風の歌を聴け (講談社文庫)より
4061317776
No.480
(5pt)

独創的な手法に溢れる小説―昼の光に、夜の闇の深さがわかるものか


 この小説は、言わずと知れた村上春樹さんが30歳の1979年に、「群像」新人文学賞を受賞したデビュー作だ。不佞ながらも、私は、個人的に関心を持っている、作家にしろ、学者にしろ、第一作目というものに、いつも注目している。そこには、荒削り、生馴、掘り下げ不足などといった他者からの批判が付きまとうかもしれないけれど、若さゆえ、未熟ゆえの初々しさを含んだ、抑えても抑えきれないエッセンスの迸りみたいなものが充盈していることを否定できないからだ。ここで、村上さんが小説を書き出した(小説家としての第一歩を踏み出した)経緯について、少し見てみよう。

 村上さんは、『職業としての小説家』(2015年スイッチ・パブリッシング)の中の「小説家になった頃」で述べている。この処女作の発端は、デビュー前年(1978年)4月の神宮球場で行われた「ヤクルト対広島戦」におけるepiphany(エピファニー)にあったらしい。1回の裏、ヤクルトのバッター、ヒルトンがレフト方向にツーベースヒットを打った。このとき、「そうだ、僕にも小説が書けるかもしれない」というepiphanyを感じた。そこから、小説を「音楽を演奏している」ような感覚で執筆し、「言語(日本語)の持つ可能性を思いつく限りの方法」で試してみたりして生まれたのが、この作品だ。

 本編は「原稿用紙にして二百枚弱の短い小説」である。そして、上述の「言語の持つ可能性を思いつく限りの方法」として、文章を英文に「翻訳」し、それをまた、日本語に「翻訳」するという手法を採っている。それは「よく訓練された犬のようにレコードを抱えて帰ってきた」「それはまるで安定の悪いテーブルに薄いグラスをそっと載せるようなしゃべり方だった」「ベッドに戻った時には彼女の体は缶詰の鮭みたいにすっかり冷えきっていた」「砂漠のような沈黙の乾きの中に僕の言葉はあっという間もなく飲み込まれ、苦々しさだけが口に残った」といった比喩や表現に出ていると思う。

 これらの言い回しの巧拙については、私は別に文章の専門家でもないので差し控えたい。ただ、本書を耽読する中で、印象深い表現だな、と私は感じている。谷崎潤一郎は『文章讀本』で、文章を「眼で理解する」ばかりでなく「耳で理解する」ことの重要性を訴えているが(それが「分からせる」ことと「長く記憶させる」ことに繋がる)、明治以降、「翻訳文」に慣れ親しんできた日本人には、存外、村上さんの独創的な表意も咀嚼可能かもしれない。それはさておき、本編は一種の“青春小説”として受け止められるけれども、「昼の光」と「夜の闇の深さ」の連接が、少し見えづらい気がした。
風の歌を聴け Amazon書評・レビュー: 風の歌を聴けより
4061163671
No.479
(5pt)

何度でも騙されたい

私がこの『風の歌を聴け』を初めて読んだ時分には、この作品は海外で翻訳出版されてはいなかった。村上春樹氏自身がそれを許していなかったからだという。日本語を使う日本人としてこんなにラッキーな事はないとさえ思わされた。
『風の歌を聴け』は村上春樹氏デビュー作であるが、すでに氏らしい洗練された文体からどこか異国のような情緒と言うべきか村上春樹世界が感じられる。発表当時村上春樹の異国的、特に米文学的文章は斬新でありそのためもあり芥川賞の受賞は無かったが、確かにその文章はのちの作家たちのみならず読者にまで影響を与えたはずだ。
村上春樹は誰でも理解しやすい単語たちをあえて使って書いているが、文章のレベルになると理解しずらくなる。それは日本語が出鱈目だからというわけではない。注意力が必要とされるようになるということだ。その文章が連なって出来上がる一つの物語は、さらに注意力読解力が必要とされるものとなる。つまり村上春樹の小説は簡単な言葉の難解な物語ということだ。最初は簡単な言葉で構成されるため誰にでも受け入れやすいものとして多くの人が手に取り読み始めるわけだが、物語全体となると難解なため人によっては受け入れられないものとなってしまっている。
『風の歌を聴け』について戻ろう。この物語の構造についてに書いてもいいが、ここではこの作品の魅力を伝えることが目的であるため避けることにする。多くの人はこの物語を読んで喪失を感じる。しかも漠然とした喪失虚しさである。そこで読者はこう思う「この小説は自分の中にしまってあった喪失虚しさを呼び起こした」と。だが違う。そうじゃない。実際にそうだという方もいるかもしれないが。私が思うにこの物語は人の喪失虚しさの感情を呼び起こすのではなく、読者の中に喪失虚しさという感情を芽生えさせるものであると。言えば、読者の中にそれまで無かった感情を芽生えさせ、且つその感情があたかも昔から自分の中にあったものだと勘違いさせる力がこの小説にはある。洗練された文体によって無理に共感させられてるとさえ言えると思う。だから多くの人がこの小説に共感し自分の物語として大事に読んでいるのだ。
私にとってこの小説の魅力は語るに尽きないが、もう一つだけ。この小説にはデレク・ハートフィールドなる作家が主人公の語りの中で登場するが、デレク・ハートフィールドは現実には存在しない。しかし、なんの情報もなくこの物語を読んだ人たちの多くはデレク・ハートフィールドが実際に存在する作家だと思い彼の作品を本屋で探すのである。これは本当にすごいことで、小説を読む際に人はその物語をフィクションとして読む。登場人物も架空の存在として受け入れるはずであるが、デレク・ハートフィールドに、限って実在の人物と思い込んでしまうのだ。そして騙されたと気付いた時に心地好い驚愕を受けるのである。デレク・ハートフィールドが実在しなくて残念という人には個人的に似ているとおもっているレイ・ブラットベリという作家をおすすめしたい。レイ・ブラットベリは実在した作家であり、暗めのファンタジー作品を多く残している。
感情も登場人物にも気付かず騙されるこの『風の歌を聴け』であるが、こんな小説になら騙されたままでいいとさえ思える。また、この小説は他の村上春樹作品と違いファンタジー要素がほとんどないため村上春樹の小説をまだ読んだことない人には読みやすいはずだ。
風の歌を聴け (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 風の歌を聴け (講談社文庫)より
4062748703
No.478
(5pt)

青春

村上春樹の文芸書はノルウェーの森以来、二冊目。 随筆は走ることについて…と職業としての…の二冊。 悩んで恋をした青春時代を思い出します。 あの頃は人生の意味なんんかも斜に構えて考えていたなぁと。 懐かしかったです!
風の歌を聴け (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 風の歌を聴け (講談社文庫)より
4062748703
No.477
(5pt)

何度でも騙されたい

私がこの『風の歌を聴け』を初めて読んだ時分には、この作品は海外で翻訳出版されてはいなかった。村上春樹氏自身がそれを許していなかったからだという。日本語を使う日本人としてこんなにラッキーな事はないとさえ思わされた。
『風の歌を聴け』は村上春樹氏デビュー作であるが、すでに氏らしい洗練された文体からどこか異国のような情緒と言うべきか村上春樹世界が感じられる。発表当時村上春樹の異国的、特に米文学的文章は斬新でありそのためもあり芥川賞の受賞は無かったが、確かにその文章はのちの作家たちのみならず読者にまで影響を与えたはずだ。
村上春樹は誰でも理解しやすい単語たちをあえて使って書いているが、文章のレベルになると理解しずらくなる。それは日本語が出鱈目だからというわけではない。注意力が必要とされるようになるということだ。その文章が連なって出来上がる一つの物語は、さらに注意力読解力が必要とされるものとなる。つまり村上春樹の小説は簡単な言葉の難解な物語ということだ。最初は簡単な言葉で構成されるため誰にでも受け入れやすいものとして多くの人が手に取り読み始めるわけだが、物語全体となると難解なため人によっては受け入れられないものとなってしまっている。
『風の歌を聴け』について戻ろう。この物語の構造についてに書いてもいいが、ここではこの作品の魅力を伝えることが目的であるため避けることにする。多くの人はこの物語を読んで喪失を感じる。しかも漠然とした喪失虚しさである。そこで読者はこう思う「この小説は自分の中にしまってあった喪失虚しさを呼び起こした」と。だが違う。そうじゃない。実際にそうだという方もいるかもしれないが。私が思うにこの物語は人の喪失虚しさの感情を呼び起こすのではなく、読者の中に喪失虚しさという感情を芽生えさせるものであると。言えば、読者の中にそれまで無かった感情を芽生えさせ、且つその感情があたかも昔から自分の中にあったものだと勘違いさせる力がこの小説にはある。洗練された文体によって無理に共感させられてるとさえ言えると思う。だから多くの人がこの小説に共感し自分の物語として大事に読んでいるのだ。
私にとってこの小説の魅力は語るに尽きないが、もう一つだけ。この小説にはデレク・ハートフィールドなる作家が主人公の語りの中で登場するが、デレク・ハートフィールドは現実には存在しない。しかし、なんの情報もなくこの物語を読んだ人たちの多くはデレク・ハートフィールドが実際に存在する作家だと思い彼の作品を本屋で探すのである。これは本当にすごいことで、小説を読む際に人はその物語をフィクションとして読む。登場人物も架空の存在として受け入れるはずであるが、デレク・ハートフィールドに、限って実在の人物と思い込んでしまうのだ。そして騙されたと気付いた時に心地好い驚愕を受けるのである。デレク・ハートフィールドが実在しなくて残念という人には個人的に似ているとおもっているレイ・ブラットベリという作家をおすすめしたい。レイ・ブラットベリは実在した作家であり、暗めのファンタジー作品を多く残している。
感情も登場人物にも気付かず騙されるこの『風の歌を聴け』であるが、こんな小説になら騙されたままでいいとさえ思える。また、この小説は他の村上春樹作品と違いファンタジー要素がほとんどないため村上春樹の小説をまだ読んだことない人には読みやすいはずだ。
風の歌を聴け (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 風の歌を聴け (講談社文庫)より
4061317776
No.476
(5pt)

青春

村上春樹の文芸書はノルウェーの森以来、二冊目。 随筆は走ることについて…と職業としての…の二冊。 悩んで恋をした青春時代を思い出します。 あの頃は人生の意味なんんかも斜に構えて考えていたなぁと。 懐かしかったです!
風の歌を聴け (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 風の歌を聴け (講談社文庫)より
4061317776
No.475
(5pt)

何度でも騙されたい

私がこの『風の歌を聴け』を初めて読んだ時分には、この作品は海外で翻訳出版されてはいなかった。村上春樹氏自身がそれを許していなかったからだという。日本語を使う日本人としてこんなにラッキーな事はないとさえ思わされた。
『風の歌を聴け』は村上春樹氏デビュー作であるが、すでに氏らしい洗練された文体からどこか異国のような情緒と言うべきか村上春樹世界が感じられる。発表当時村上春樹の異国的、特に米文学的文章は斬新でありそのためもあり芥川賞の受賞は無かったが、確かにその文章はのちの作家たちのみならず読者にまで影響を与えたはずだ。
村上春樹は誰でも理解しやすい単語たちをあえて使って書いているが、文章のレベルになると理解しずらくなる。それは日本語が出鱈目だからというわけではない。注意力が必要とされるようになるということだ。その文章が連なって出来上がる一つの物語は、さらに注意力読解力が必要とされるものとなる。つまり村上春樹の小説は簡単な言葉の難解な物語ということだ。最初は簡単な言葉で構成されるため誰にでも受け入れやすいものとして多くの人が手に取り読み始めるわけだが、物語全体となると難解なため人によっては受け入れられないものとなってしまっている。
『風の歌を聴け』について戻ろう。この物語の構造についてに書いてもいいが、ここではこの作品の魅力を伝えることが目的であるため避けることにする。多くの人はこの物語を読んで喪失を感じる。しかも漠然とした喪失虚しさである。そこで読者はこう思う「この小説は自分の中にしまってあった喪失虚しさを呼び起こした」と。だが違う。そうじゃない。実際にそうだという方もいるかもしれないが。私が思うにこの物語は人の喪失虚しさの感情を呼び起こすのではなく、読者の中に喪失虚しさという感情を芽生えさせるものであると。言えば、読者の中にそれまで無かった感情を芽生えさせ、且つその感情があたかも昔から自分の中にあったものだと勘違いさせる力がこの小説にはある。洗練された文体によって無理に共感させられてるとさえ言えると思う。だから多くの人がこの小説に共感し自分の物語として大事に読んでいるのだ。
私にとってこの小説の魅力は語るに尽きないが、もう一つだけ。この小説にはデレク・ハートフィールドなる作家が主人公の語りの中で登場するが、デレク・ハートフィールドは現実には存在しない。しかし、なんの情報もなくこの物語を読んだ人たちの多くはデレク・ハートフィールドが実際に存在する作家だと思い彼の作品を本屋で探すのである。これは本当にすごいことで、小説を読む際に人はその物語をフィクションとして読む。登場人物も架空の存在として受け入れるはずであるが、デレク・ハートフィールドに、限って実在の人物と思い込んでしまうのだ。そして騙されたと気付いた時に心地好い驚愕を受けるのである。デレク・ハートフィールドが実在しなくて残念という人には個人的に似ているとおもっているレイ・ブラットベリという作家をおすすめしたい。レイ・ブラットベリは実在した作家であり、暗めのファンタジー作品を多く残している。
感情も登場人物にも気付かず騙されるこの『風の歌を聴け』であるが、こんな小説になら騙されたままでいいとさえ思える。また、この小説は他の村上春樹作品と違いファンタジー要素がほとんどないため村上春樹の小説をまだ読んだことない人には読みやすいはずだ。
風の歌を聴け Amazon書評・レビュー: 風の歌を聴けより
4061163671
No.474
(5pt)

青春

村上春樹の文芸書はノルウェーの森以来、二冊目。 随筆は走ることについて…と職業としての…の二冊。 悩んで恋をした青春時代を思い出します。 あの頃は人生の意味なんんかも斜に構えて考えていたなぁと。 懐かしかったです!
風の歌を聴け Amazon書評・レビュー: 風の歌を聴けより
4061163671
No.473
(2pt)

たしかにしゃれた文体だね

翻訳もののハードボイルド小説を思わせます。 下痢気味のレイモンド・チャンドラーといった感じ。
風の歌を聴け (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 風の歌を聴け (講談社文庫)より
4062748703
No.472
(2pt)

たしかにしゃれた文体だね

翻訳もののハードボイルド小説を思わせます。 下痢気味のレイモンド・チャンドラーといった感じ。
風の歌を聴け (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 風の歌を聴け (講談社文庫)より
4061317776
No.471
(2pt)

たしかにしゃれた文体だね

翻訳もののハードボイルド小説を思わせます。 下痢気味のレイモンド・チャンドラーといった感じ。
風の歌を聴け Amazon書評・レビュー: 風の歌を聴けより
4061163671
No.470
(5pt)

一抹の寂しさと爽やかさ

青春を非現実な側面から見たら、こうなるのかな? なんか、形容しがたい気分になる…としか言えないけど、 これをこうして形容するのが作家なんだろうな。
風の歌を聴け (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 風の歌を聴け (講談社文庫)より
4062748703
No.469
(5pt)

一抹の寂しさと爽やかさ

青春を非現実な側面から見たら、こうなるのかな? なんか、形容しがたい気分になる…としか言えないけど、 これをこうして形容するのが作家なんだろうな。
風の歌を聴け (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 風の歌を聴け (講談社文庫)より
4061317776
No.468
(5pt)

一抹の寂しさと爽やかさ

青春を非現実な側面から見たら、こうなるのかな? なんか、形容しがたい気分になる…としか言えないけど、 これをこうして形容するのが作家なんだろうな。
風の歌を聴け Amazon書評・レビュー: 風の歌を聴けより
4061163671
No.467
(3pt)

正直、あまり面白くない

小説があまり好きでないが、ノルウェイの森は一気に読めたので、村上春樹氏のデビュー作である本作を手に取った。 正直本作は古臭い。 読んでいて恥ずかしくなるような表現もある。 しかしながら本作に続く作品(1973年のピンボール、羊をめぐる冒険、ダンス・ダンス・ダンス)を楽しむためにはどうしても本作を読んでおかなければならない。 羊をめぐる冒険とダンス・ダンス・ダンスも一気に読んでしまったが、本作と1973年のピンボールを読んで物語の背景を理解していたからこそだ。 本作を読んで「あまり面白くないな」と感じても、次作を読むことを勧める。
風の歌を聴け (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 風の歌を聴け (講談社文庫)より
4062748703
No.466
(3pt)

正直、あまり面白くない

小説があまり好きでないが、ノルウェイの森は一気に読めたので、村上春樹氏のデビュー作である本作を手に取った。 正直本作は古臭い。 読んでいて恥ずかしくなるような表現もある。 しかしながら本作に続く作品(1973年のピンボール、羊をめぐる冒険、ダンス・ダンス・ダンス)を楽しむためにはどうしても本作を読んでおかなければならない。 羊をめぐる冒険とダンス・ダンス・ダンスも一気に読んでしまったが、本作と1973年のピンボールを読んで物語の背景を理解していたからこそだ。 本作を読んで「あまり面白くないな」と感じても、次作を読むことを勧める。
風の歌を聴け (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 風の歌を聴け (講談社文庫)より
4061317776
No.465
(3pt)

正直、あまり面白くない

小説があまり好きでないが、ノルウェイの森は一気に読めたので、村上春樹氏のデビュー作である本作を手に取った。 正直本作は古臭い。 読んでいて恥ずかしくなるような表現もある。 しかしながら本作に続く作品(1973年のピンボール、羊をめぐる冒険、ダンス・ダンス・ダンス)を楽しむためにはどうしても本作を読んでおかなければならない。 羊をめぐる冒険とダンス・ダンス・ダンスも一気に読んでしまったが、本作と1973年のピンボールを読んで物語の背景を理解していたからこそだ。 本作を読んで「あまり面白くないな」と感じても、次作を読むことを勧める。
風の歌を聴け Amazon書評・レビュー: 風の歌を聴けより
4061163671
No.464
(4pt)

わかった

村上春樹の小説は、アルコール度数5%のビールだ。
なんだかよくわからないけど読み進んでいるうちに気付くとほろ酔い気分になっている。そう、ほろ酔いだ。頭がボーッとしちゃってる。
不思議な感覚だ。ハッキリ言って(私は鼠じゃないが、このフレーズはよく使う)大したことは書いてないのに、酔っぱらう。確かに雰囲気小説とは言い得て妙かもしれない。私は初めて読んだ村上春樹の作品である「ノルウェイの森」は星1つと酷評した、何が言いたいのかさっぱりわからないと。ただ、あのサナトリウムの件(くだり)は夢の中のような感じがすると思った。それをファンタジーのようだと書いた。
この小説に関して言うならば、キリスト教的なものを感じた(ハッキリそういうフレーズがあった)
それが言いたかったことかどうかはわからないが。

あと何故かわからないが、クトゥルー神話っぽい感じがした。
風の歌を聴け (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 風の歌を聴け (講談社文庫)より
4062748703
No.463
(4pt)

わかった

村上春樹の小説は、アルコール度数5%のビールだ。
なんだかよくわからないけど読み進んでいるうちに気付くとほろ酔い気分になっている。そう、ほろ酔いだ。頭がボーッとしちゃってる。
不思議な感覚だ。ハッキリ言って(私は鼠じゃないが、このフレーズはよく使う)大したことは書いてないのに、酔っぱらう。確かに雰囲気小説とは言い得て妙かもしれない。私は初めて読んだ村上春樹の作品である「ノルウェイの森」は星1つと酷評した、何が言いたいのかさっぱりわからないと。ただ、あのサナトリウムの件(くだり)は夢の中のような感じがすると思った。それをファンタジーのようだと書いた。
この小説に関して言うならば、キリスト教的なものを感じた(ハッキリそういうフレーズがあった)
それが言いたかったことかどうかはわからないが。

あと何故かわからないが、クトゥルー神話っぽい感じがした。
風の歌を聴け (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 風の歌を聴け (講談社文庫)より
4061317776