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(短編小説)
瓶詰の地獄
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【この小説が収録されている参考書籍】
瓶詰の地獄の評価:
書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点4.59pt |
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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全39件 1~20 1/2ページ
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ドグラ・マグラ書いたかったので買ったのですが、面白かったです。ドグラ・マグラは何回か改訂されてるそうですが、これは初版をそのまま出したらしいので、読み比べてみると面白いかもです。 | ||||
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数ある小説の中で、この短編集の「鉄槌」が最も好き。 | ||||
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表紙が全く違いました 内容は今まで読んだ夢野久作さんの作品の中でも抽象的な表現が少なかった気がします 独特な世界観が面白かったです | ||||
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なんだろう。 本当に残酷が好きな人の残酷って、 上品なんですよね。 不潔で不快で非道でも、 好きでやっているのか、 プロとして嫌がらせているのかで、 全然ちがうものになる気がします。 たぶん、この作家様は、 本当に残酷が好きなのだろうなと、 だから読んでいて気持ちいいのだなと、 ただの勘ですが、そう感じました。 悲喜劇としてちゃんの機能するんですよね。 好きな人がちゃんと残酷を書くと。 本作も全編、 残酷な場面は全部よかったですし、 残酷さは『少女地獄』より上でした。 (どちらも短編集ですが) 夢野久作さんは、 『少女地獄』で初めて体験しましたが、 引き込まれる魅力はどちらも共通していて。 体力に余裕のあるときに読むと、 ページを開いた瞬間からグワッと、 文字の世界へダイブできました。 ★をひとつ削ったのは、 女性の喋り方があまりにも現代と違うから。 その一点のみが理由です。 色気や若々しさ、可愛らしさなど、 必要な印象が、どうしても感じられない。 男性も現代と同じ口調ではないですが、 それに比べても違いすぎるんです。 笑い方は毎回、必ず全員が『ホホホホ』だし。 だから、どう工夫して読んでも、 おばあちゃんが喋ってるようにしか、 どうしても感じられない。 セリフだけならなんとか耐えられますが、 一人称で長めの話を語られると、 どうしても入り込めない。 集中力がもたない。 なので、 個人的な印象ですが、 『少女地獄』よりも読むのにかなり時間がかかったという事実を含め、 わずかに魅力に難ありと減点しました。 でも、昔の小説を読むなら、 ぼくは夢野久作さんをすすめます。 魅了の力の桁が、 ほくは昔の作品はあまり読みませんが、 何冊か読んだなかで比較すると、 他の人とはまるで違うと思いました。 魔力と言ってもいいくらいです。 あと、たぶんですが、 読者に優しいようにも思いました。 昔の作家は病んでるひとが多いですが、 それだけに自分、自分、自分と、 表現が自己中心的に感じることが多くて、 どうにも読みにくいんです。 でも、同じように病んでいるのに、 夢野久作さんは読みやすい。 不思議な現象ですが、 受け取る側からすると、優しさに感じます。 | ||||
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ドグラマグラ、少女地獄以来の夢野久作作品、久しぶりに読みました。 やはり時代も時代なので、共感しにくい部分がありつつも、読み応えのある作品でした。 | ||||
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否応なしに 想像させられる 物語世界 | ||||
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表紙が可愛く気楽に読める夢野久作作品が多いので買いました。 | ||||
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ドグラマグラと言えば、角川文庫の上下巻を読むパターンが多いと思いますが、私は出来れば一冊にまとめてほしい!のと、角川文庫の表紙は個人的に安直なエログロナンセンス的表現であまり好きじゃない、ということで、この夢野久作集を選びます。 約800ページ、非常に分厚く読みづらいですが、クラクラ眩暈がしそうなキチガイ地獄を心ゆくまで堪能できます。 宇宙について考え出すと、途方もないスケールに頭がおかしくなってしまいそうになりますが、ドグラマグラについて考えても同じことが起こりますね。 それとこれは余談ですが、ドグラマグラの作品構成は、ロックバンドThis Heatの1stアルバムと通ずるところがありますね。最初と最後のことですが。 他の2作品も非常に楽しく読めました。 おすすめ。 | ||||
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ナレーターが非常にうまくて聞き入ってしまいます。ナレーターってオーディオブックの命とも呼べる部分なので非常に重要なのですが、ストーリーとなるとその分ナレーションも難しいですよね。しかし今回のナレーションはまるで声優さんのように感情を声で豊かに表現していて、聞いていて非常に気持ちの良いものでした。 | ||||
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流れ着いたたった三通の瓶詰めの手紙。どうやら遭難中の兄妹が出したもののよう。読了時間約30分弱!この短い文章の中にどこまでも広く、深く思考が誘われ、強い満足感を覚えました。とても興味深い作品です! | ||||
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「瓶詰の地獄」3部構成が巧い短篇。極限状況下の男女を描いて鮮烈。 「氷の涯」公金横領を巡る活劇スリラー風の作品ですが、この著者故の奇想に満ちた中篇。 「ドグラ・マグラ」説明不要、というか誰も説明できそうもない奇想小説の極北。 3篇とも凄いですが、やはり「ドグラ・マグラ」は断トツで凄い。この小説については色々な人が色々書いているので、私も勝手に好きな事を書かせてもらいます。 実を言えば私も今、所謂「狂人」という状態というか、統合失調症に認定されていて、毎日薬を飲まないとまずい、或いはおかしくなるという状況で日々日常の営み(働いたり、食事したり、トイレにいったり、ジムでトレーニングをしたり、小説を読んだり、音楽を聴いたり等)をしておるのですが、では薬を飲み忘れたりするとどういう状態になるかと言えば、テンションが高くなって一睡もできなくなったり、ジムのトレーニングが全く疲れなくなったりという状況で暮らしております。 まぁ精神の病気といってもピンからキリまであるので、一般的に危険という事で病院で一生暮らさないといけないという人もいたり、私の様にあまり危険性がないという事で日々社会生活が許されている人もいるので、あまりこういう病名がついたからといって、危険に思われると心外ではありますが、実際に危険な人もいるので、あまりデカい態度は出来ないのも真実だったりします。 この小説でも主人公が無意識の内に人を殺した疑いを晴らさないとならないという、こういう病気だと思われ易い、危険なタイプのキャラクター設定になっておりますが、こういう人だけではないという事も一応言っておきたいです。危険な人もいますが。 この作品に関して言えば、アイデンティティの揺らぎはジャプリゾ「シンデレラの罠」の先駆、推理小説の枠組みを借りた奇想小説としてはオブライエン「第三の警官」の先駆的作品だと思いました。1935年の時点の日本でこういう作品が書かれていたという事実に驚きます。大西巨人氏の「神聖喜劇」と共に世界文学史の中で議論すべき小説だとも思いました。 「ドグラ・マグラ」は読んだ人100人が100人とも違う解釈をしたり、感想を持ちそうな作品。他の二篇とともに必読、としか言えない小説でした。是非ご一読を。 | ||||
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作風の幻想的・猟奇的な趣で知られる小説家夢野久作(1889-1936)の作品集、「瓶詰の地獄」(1928年)「氷の涯」(1933年)「ドグラ・マグラ」(1935年)を所収。彼は人間存在そのものに地獄を視る、ぽっかり空いた穴として。なお「ドグラ・マグラ」は、小栗虫太郎『黒死館殺人事件』、中井英夫『虚無への供物』と並び、探偵小説三大奇書と称される。 「氷の涯」 疾走というのは、いつも desperate であって、行く宛先の無いものだ。男女二人の終末の後ろ姿には、そうした何処か乾いた美しさがある。 「ドグラ・マグラ」 暗い闇でしか在り得ない人間の生命の在りようをみごとに抉り出して、背筋を冷たくさせる「巻頭歌」。「脳髄は物を考える処に非ず」と主張して、脳髄を思考の主体と見做す唯物的科学を繰返し批判し、全ての細胞に平等に存する意識・欲望・記憶の媒介であるとする「脳髄論」。そこから導出される本作品中最重要の概念である「心理遺伝」。それを更に敷衍してヘッケルの反復説(所謂「個体発生は系統発生を繰り返す」)を下敷きにした作中論文「胎児の夢」曰く、胎児は胎内に於いて、原始生物から天変地異や自然淘汰を経て人類に進化するまで、そして胎児の先祖が両親に到り着くまで生存競争を生き延びる為に犯してきた無数の罪業を夢として反復するという。こうした、明らかに冗長過剰と云っていいほどの疑似科学的・超心理学的な(殆ど神秘学的な)学説の閑文字の奔流に長時間付き合わされ眩惑させられる。これも本作の仕掛けの一つと云えるだろう。 人間存在とは、自己同一性(I=X or I≠X、理性/狂気、現/夢・・・)すら決定不可能な、無間=夢幻地獄そのものであるところの縁の無い空虚であることを、長大なこの作品の機制自体が【示して(≠語って)】いる。物語は、つまり人間の自己意識とは、無限階層の一部でしか在り得ないことを【示して】、宙吊りのまま断ち切られる。 "・・・・・何もかもが胎児の夢なんだ・・・・・・。・・・・・・俺はまだ母親の胎内にいるのだ。こんな恐ろしい「胎児の夢」を見てもがき苦しんでいるのだ・・・・・・。" 作品内で展開されている「脳髄論」は、自然主義的な「脳による自己知」の論理的矛盾を繰り返し指摘しているのだが、自己知という機制そのものに孕まれている不可能性にまで議論が及んでいないのは何とも残念だ。本作品がそれを主題にしたものとなっていれば、論理学の根本問題を文学的虚構で以て再構成させた傑作となったであろう。メタ・フィクションとは、そうしたロゴス(論理・言語・理性・自己意識)に典型的に現れる自己関係的機制に本質的に胚胎している不可能性を剔抉することにこそ、その表現方法としての存在意義があると私は考える。 "・・・・・・「物を考える脳髄」はにんげんの最大の敵である。・・・・・・天地開闢の始め、イーブの知恵の果を喰わせたサタンの蛇が、さらに、そのアダム、イーブの子孫を呪うべく、人間の頭蓋骨の空洞に忍び込んで、トグロを巻いて潜み隠れた・・・・・・それが「物を考える脳髄」の前身である・・・・・・" ここで「物を考える脳髄」という箇所を、「自己知に於ける自己関係的機制」と置き換えれば、私の原罪に対する解釈と近いものになる。 | ||||
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本書所収の「ドグラ・マグラ」は凄い。おそらく10数回は通読しているはずだが、その度に新しい発見・新しい解釈がある。ここまで読者を虜にする探偵小説は珍しいだろう。 同時に収録されている「瓶詰の地獄」と「氷の涯」も素晴らしい。 とにかく読んで見て欲しい一冊。 | ||||
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やはり、瓶詰の地獄がこの本の売りだろう。 どことなく南国情緒を漂わせる文章の陰にいたるところに垣間見える狂気、暗黒、そして見えざる神への畏怖と交差するかのような、人間破戒。 見知らぬ、誰もいない無人島に男と女が一組しかいない状況下では、容易に想像できる妖しげな情念を、禁断の愛を、夢野久作独特の文体で、表現している。 物語中に聖書が登場して、主人公がクリスチャンであるらしいことも、この短編に大きなインパクトを与えている。 アダムとイブの失楽園のイメージと重なるその、人間の内奥にひそむ情念(罪)とは、いったい何だったのか? | ||||
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私はすでにドグラマグラの文庫本を持っている。 しかし、私は文庫本は嫌いではないけど、 ひとつの文学作品が「分冊化」されて出版されることを極度に嫌う性分である。 私はただひたすらに、一冊の分冊化されない書物としての「ドグラマグラ」が欲しくて本書を購入した次第である。 夢野久作氏の作品について言えば、もし、彼が十年かけて「これを書くために生きてきた」 と言わしめた程の大作、ドグラマグラを発表していなかったならば、おそらく歴史に名を残す作家にはなれなかったであろうと思う。 それほどまでにドグラマグラという作品はあまりに衝撃的で、世界の推理小説中の屈指の傑作である。 おそらく昭和十年当時の人々にはこの作品は理解し難かったに違いない。 それゆえ、現代というポストモダン以降の人間にはかえって理解しやすい作品ではあるまいか? 読むと精神に異常をきたすという、いわく付きの奇書ではあるが、 それは根拠の無い都市伝説に過ぎないので、推理小説が好きな方はぜひ読むべきであります。 これを読まずして死ねるか! というほどの傑作である 補記 もうひとつの解釈。 角川文庫版のドグラマグラのレビューにひと通りの解釈を並べてみたのだが、しかしこの作品には、それとはまったく別の解釈もありうると述べておきたい。 角川文庫版においた私は、この一連の殺人事件の犯人は正木博士だと断言してしまった。 確かに「あの巻物」が呉一郎の心理遺伝の直接の原因ならば、その正木犯人説は成り立つのだが、 では、第一回発作の時点で母親を殺害した根本的動機がそれだと曖昧になってしまう。 この第一回発作時においてはまだ呉一郎は巻物の存在を知っていない。 事情が混み入ってくるが、その場合、正木博士犯人説は成立しなくなる可能性が出てくる。 解釈次第では正木博士が呉一郎に巻物を渡したのは、呉一郎の心理遺伝を確証するために過ぎなかったかも知れない。 正木と呉一郎が親子の関係であることは間違いない。 正木博士は本気で本当の意味で呉一郎を救おうとしたのかも知れない。 その場合、犯人はやはり呉一郎という解釈も成り立つのだ。 「解放治療場」における惨劇を食い止めることが出来なかった正木博士が良心の呵責に耐えられずに投身自殺した可能性だってあり得ない話ではない。 上記のように解釈すると、今迄信じていたはずのストーリーがまるで違ってレールが狂ってくるのだ。 つまり少なくともこの物語には少なくとも二種類の解釈可能性があるということだ。 あたかもマルチエンディング制のゲームの様に、、、である。 | ||||
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まだ読んではいませんが予定より少し早く届いたので楽しみに封と明けると表紙が画像のものと全然違いました・・・表紙を全て統一したかったのですが 表記をいれてくれればなぁ・・・と思ったので☆2つです^_^; | ||||
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2015.2.23.Tue 晴れ 夢野久作を読むのは初めてのくせに、いきなり大著の『ドグラ・マグラ』から読み始めた私。 知る人ぞ知る名著。 オノマトペを多用した独特の文体と、奇怪なキャラクターたちが演じる脳内地獄。 何よりその圧倒的な世界観。 胎児の夢、電話交換所としての脳、狂人解放場としてのこの世界、そして自己喪失。 もはやこれは一個の宇宙論、壮大な哲学の伽藍だろう。 本書には『瓶詰の地獄』、『氷の涯』も収録されているのでこれで1200円というのはお得感がある。 (貧乏な私にはその辺の功利がけっこう重要だったりする;泣) 本書を読んで、夢野久作のほかの作品も読んでみたくなった。 | ||||
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夢野さんのんの作品は→書店ではほとんど在庫がなかったりで、いつもAmazonで購入しています。 よく夢野さんの作品を読むとおかしくなってしまうとの情報がありますが この作品は「おかしくなりません」「おかしくなりません」…(笑) | ||||
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表題作ほか6編の短編集です。 夢野久作は昭和初期の作家ですが、今読んでも、その特異な世界観というか、その全編に満ちている狂気と毒気に圧倒されます。 若いころの横溝正史といい、江戸川乱歩といい、彼らのその作品は、いずれも昭和初期という時代の退廃的な雰囲気を良く醸し出していますが、夢野久作の狂気は更に一線を画しているように思います。 あまりに毒が強いので、万人にお勧めできる作家ではありませんが、その作品を知らずに生きていくのは、それはそれで勿体ないんでしょうね~~^^; | ||||
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ドグラマグラの著者の本という事で手に取りました。 (同書は、ちょっと怖いな…という理由から未読。) 怖いけど、怖くない。 気味が悪いけど、滑稽でもある。 そんな作品だと思いました。 さくさく読めます。 | ||||
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