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天下の値段 享保のデリバティブ
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天下の値段 享保のデリバティブの評価:
書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点4.50pt |
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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
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門井慶喜氏による『天下の値段 享保のデリバティブ』は、歴史小説の枠組みの中で経済史のダイナミズムを描き切った傑作である。これまで特定の人物や都市の成立を丹念に追ってきた著者が、本作では「社会科学」に挑み、江戸時代中期、享保の世を舞台にした壮絶な金融頭脳戦を現出させた。 物語の背景は、深刻な財政危機である。江戸開府から約百年、貨幣経済が浸透する一方で、米の増産による米価下落が、年貢米に依存する武士階級の生活を直撃していた。この窮地を打開すべく「享保の改革」を断行する第八代将軍徳川吉宗。その彼の前に立ちはだかったのが、「天下の台所」大坂の堂島米会所であった。 享保15年(1730年)に幕府公認となったこの場所は、「世界初の組織的な先物取引所」とされる。ここで行われていた「帳合米商(ちょうあいまいあきない)」は、現物の米を伴わず将来の米価を予測して売買する、まさに現代の金融デリバティブ取引の原型であった。商人たちは紙と筆、そして頭脳だけを駆使し、米価、すなわち「天下の値段」を意のままに操っていた。 本作の核心は、この経済的攻防が、根本的に異なる価値観の衝突であった点にある。吉宗ら武士たちは、汗を流さずに「銭を転がして」利鞘を稼ぐ商人の在り方を「不実」なものとして憎悪する。しかし、この憎悪の背景には、より複雑な構造が存在する。武士階級は、統治や治安維持といった役割を担う一方で、自らは生産活動に従事せず、農民からの年貢と世襲制の特権に依存していた。貨幣経済への移行が進む中、実物経済(米)に依拠するその基盤は脆弱化していく。見方を変えれば、自らの能力・功績によらず、世襲のみに基づた特権に安住し、社会の変化に対応できない武士こそが「社会を蝕む寄生虫」ともなりかねない構造を孕んでいたといえる。そう考えると、彼らの商人に対する憎悪は、時代の変化に取り残される焦燥感と、自らの既得権益を守ろうとする「逆恨み」に近い感情であったとも解釈できる。 実体経済を重んじる(かに見える)武士と、情報と信用を武器にする商人。これは前近代的な道徳観と、近代的な経済合理性の激突だ。幕府は威信をかけて市場統制を図り、実在の豪商「加島屋」をはじめとする商人たちは、市場の自由を守るために知略を巡らせる。 門井氏の筆致は、この複雑な構造をスリリングなエンターテインメントへと昇華させている。小説を「動画に近い」ものと捉える著者の哲学により、抽象的で難解になりがちな取引や交渉の場が、張り詰めた空気感とともに鮮烈に描かれる。 さらに、本作は単純な善悪二元論を超えた視座を提供する。武士側が悪と見なした投機的取引が、実は米価の平準化や価格変動リスクのヘッジといった、経済全体の安定化に不可欠な機能も果たしていたという歴史的ジレンマが浮き彫りにされる。 作中で描かれる実体経済と金融経済の対立は、現代にも通じる普遍的な課題だ。約300年前の金融市場の歴史を追体験することは、現代社会のシステムを理解する上で深い示唆を与えてくれる。歴史愛好家からビジネスパーソンまで、知的好奇心を刺激する必読の書である。 | ||||
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一気に読ませる。超お勧め。 | ||||
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