ザリガニの鳴くところ

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評判

ザリガニの鳴くところの評価:

4.39/5点 レビュー 243件。 A ランク

Amazon書評・レビュー点数毎のグラフです

平均点4.39pt

Amazonレビュー一覧

Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です

※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください

全34件 21〜34 2/2ページ
No.14
(3pt)

安っぽい殺人事件。読んで残念でした。

物語を面白くするには、殺人事件を起こせばいい。
でも、そうやって物語に導入される殺人って、安っぽくなってしまうんですよ。。

この本からは、その安っぽさを感じて、非常に残念に思いました。

殺人事件のくだりを一切抜きにして、少女が成長する姿だけを描いた方が、小説として上等なものになったのでは。

自然の描写は美しかっただけに、もったいないな〜と感じました。。
ザリガニの鳴くところ Amazon書評・レビュー: ザリガニの鳴くところより
4152099194
No.13
(3pt)

目次兼カイア年表及び【ネタバレあり】

先に読んだ「父を撃った12の銃弾」との類似性が指摘されていて、ネットで本書のあらすじを確認したが、やはり現物が読みたくなって購入。
二作の共通点は過酷な環境で暮らす少女の成長譚という点と話ごとに過去と現在話が入れ替わる(やがて現在に合流)点だ。
しかし本書の場合、過去と現在が平行して進むわけではなく、一部錯綜する。それにも関わらず登場人物の紹介と湿地帯の地図が付くが目次はなし。ちょっと不親切。そこで自分が理解しやすいよう、以下目次兼カイア年表を作成。

1952年 カイア6-7歳〈1 母さん〉〈2 ジョディ〉〈4 学校〉〈6 ボートと少年〉〈7 釣りの季節〉
1953年 〈9 ジャンピン〉
1956年 〈11 満杯の麻袋〉〈12 ペニーとトウモロコシ粉〉
1960年 15歳〈13 羽根〉〈15 ゲーム〉〈16 読み書き〉〈17 敷居を超える〉〈18白い小舟〉
1961年〈20 七月四日〉〈21 クープ
1965年 19歳〈22 変わらない潮〉〈23 貝殻〉〈24 火の見櫓〉〈26 岸を目指して〉
1966年 〈27 ホッグ・マウンテン・ロード〉
1967年 〈29 海草〉〈30 潮衝〉
1968年 〈31 本〉〈33 傷痕〉
1969年 〈35 コンパス〉〈39 遭遇〉〈41 小さな群れ〉〈43 顕微鏡〉〈46 王様〉〈48 旅(途中まで)〉〈プロローグ〉〈3 チェイス〉〈5 捜査〉〈8 見つからない痕跡 (途中まで)〉〈48 旅(途中から)〉〈8 見つからない痕跡 (途中から)〉〈10 枯れ尾花 〉〈14赤い繊維〉〈19 怪しい行動〉〈25 パティ・ラヴの訪問〉〈28 エビ漁師〉〈32 アリバイ〉〈34 小屋の捜索〉〈36 キツネ罠〉〈37 メジロザメ〉
1970年〈38 サンデイ・ジャスティス〉〈40サイプレス・コーヴ〉〈42 監房〉〈44 監房の友人〉〈45 赤い帽子〉〈47 専門家〉〈49 変装〉〈50 ノート〉〈51 欠けた月〉〈52 スリー・マウンテンズ・モーテル〉〈53 ミッシング・リンク〉〈54 評決〉〈55 草の花〉〈56 ゴイサギ〉
〜2009年 64歳〈57 ホタル〉

【以下ネタバレあり】

先に本書のカイアと「父…」のルーは、生育環境は異なるものの過酷な状況という点では共通している旨書いたが、彼女達の最大違いは両親の愛情を確信できるかどうかだ。
ルーの父親はれっきとした犯罪者であるが惜しみない愛情を彼女に注いでいる。母も赤ん坊の彼女を守るために命を落とした。
一方カイアの父親は貧しい飲んだくれではあるが犯罪者ではない。しかし家族に対し壮絶な暴力を振るう。母は子供達を愛していたが命の危険を感じ無我夢中我が身一つで逃げ出した。このことが彼女らの人格形成に大きな影響を与えているのは指摘するまでもない。
同じ物語内でも、やはり“ホワイト・トラッシュ”出身のテイトが、エビ漁師である父と亡き母と妹の愛情を感じて育ってきたのとは対照的だ。

また両親の愛情あるいはその欠如は、物語をハッピーエンドと感じるか、あるいはバットエンドと感じるか、個人の見解にもよるが結末の捉え方に大きく関わってくる。
私は「父…」の結末には明日への希望を感じたか、本書の読後感として物悲しさが残った。

親の愛情及び家族の欠如以外にカイアの哀しみの要因を挙げると野生児「湿地の少女」はやはり人間だったということ。
ネットの書評を読むと、カイアの本性は自然で、「生き物たちが自然のままの姿で生きてる場所」である「ザリガニの鳴くところ」近辺でしか生きられなかったという指摘が多かった。確かにその通りで、最終的に彼女自身そこへ還っていく。

それでもやはりカイアは人間だった…いや人間性を完全に捨て切れなかった。
その証拠が詩と貝殻のネックレスである。
詩は誰からも理解されないと思っていたカイアが、テイトの思うように「彼女なりの自己表現で…自分の思いを…誰かに伝えようとしていたのだろう」。
そして件のネックレス。光り物を集める習性を持つ鳥もいるが、彼女が“証拠品”を取っておいた理由、それは女たらしのチェイスがこれを肌身離さず身につけていた理由でもある。欲望だけでは説明できない。やはりそこには愛が存在していた。
貝殻は付き合い始めた頃チェイスが見つけカイアにあげたものを彼女がネックレスにして彼にプレゼントした思い出の品。危険と分かっていたものの捨てられなかったのだろう。
それを知った時のテイトの気持ちは如何なるものか。おそらく彼女の“したこと”は許せるだろう。しかしこれを“取っておいたこと”に衝撃を受けたのではないか。
自他共に認める彼女の“野生性”の最大の理解者でかつ最高のパートナーだった彼も知り得なかった彼女の心の奥底にあったもの。それを知っても尚彼女を愛する彼が取る次なる行動は如何なるものか。
カイアの眠る「ザリガニの鳴くところ」へのホタルの誘いには抗ってほしいと願う。

尚、本書にて雌が自らの光の点滅で別種の雄を誘き寄せ食べてしまうホタルがいることを初めて知ったが、NHK E テレの香川照之さん演じる「カマキリ先生」によると、雌カマキリは動くものを餌と認識するのであって必ずしも雄を食べなければならないわけではないらしい。また交尾後むざむざ餌にならぬよう上手く逃げおおせる雄カマキリも多いとのこと。
日本のオオカマキリとアメリカのカマキリでは事情が違うのかもしれないが、ご参考まで。
ザリガニの鳴くところ (ハヤカワ文庫NV) Amazon書評・レビュー: ザリガニの鳴くところ (ハヤカワ文庫NV)より
4150415196
No.12
(3pt)

目次兼カイア年表及び【ネタバレあり】

先に読んだ「父を撃った12の銃弾」との類似性が指摘されていて、ネットで本書のあらすじを確認したが、やはり現物が読みたくなって購入。
二作の共通点は過酷な環境で暮らす少女の成長譚という点と話ごとに過去と現在話が入れ替わる(やがて現在に合流)点だ。
しかし本書の場合、過去と現在が平行して進むわけではなく、一部錯綜する。それにも関わらず登場人物の紹介と湿地帯の地図が付くが目次はなし。ちょっと不親切。そこで自分が理解しやすいよう、以下目次兼カイア年表を作成。

1952年 カイア6-7歳〈1 母さん〉〈2 ジョディ〉〈4 学校〉〈6 ボートと少年〉〈7 釣りの季節〉
1953年 〈9 ジャンピン〉
1956年 〈11 満杯の麻袋〉〈12 ペニーとトウモロコシ粉〉
1960年 15歳〈13 羽根〉〈15 ゲーム〉〈16 読み書き〉〈17 敷居を超える〉〈18白い小舟〉
1961年〈20 七月四日〉〈21 クープ
1965年 19歳〈22 変わらない潮〉〈23 貝殻〉〈24 火の見櫓〉〈26 岸を目指して〉
1966年 〈27 ホッグ・マウンテン・ロード〉
1967年 〈29 海草〉〈30 潮衝〉
1968年 〈31 本〉〈33 傷痕〉
1969年 〈35 コンパス〉〈39 遭遇〉〈41 小さな群れ〉〈43 顕微鏡〉〈46 王様〉〈48 旅(途中まで)〉〈プロローグ〉〈3 チェイス〉〈5 捜査〉〈8 見つからない痕跡 (途中まで)〉〈48 旅(途中から)〉〈8 見つからない痕跡 (途中から)〉〈10 枯れ尾花 〉〈14赤い繊維〉〈19 怪しい行動〉〈25 パティ・ラヴの訪問〉〈28 エビ漁師〉〈32 アリバイ〉〈34 小屋の捜索〉〈36 キツネ罠〉〈37 メジロザメ〉
1970年〈38 サンデイ・ジャスティス〉〈40サイプレス・コーヴ〉〈42 監房〉〈44 監房の友人〉〈45 赤い帽子〉〈47 専門家〉〈49 変装〉〈50 ノート〉〈51 欠けた月〉〈52 スリー・マウンテンズ・モーテル〉〈53 ミッシング・リンク〉〈54 評決〉〈55 草の花〉〈56 ゴイサギ〉
〜2009年 64歳〈57 ホタル〉

【以下ネタバレあり】

先に本書のカイアと「父…」のルーは、生育環境は異なるものの過酷な状況という点では共通している旨書いたが、彼女達の最大違いは両親の愛情を確信できるかどうかだ。
ルーの父親はれっきとした犯罪者であるが惜しみない愛情を彼女に注いでいる。母も赤ん坊の彼女を守るために命を落とした。
一方カイアの父親は貧しい飲んだくれではあるが犯罪者ではない。しかし家族に対し壮絶な暴力を振るう。母は子供達を愛していたが命の危険を感じ無我夢中我が身一つで逃げ出した。このことが彼女らの人格形成に大きな影響を与えているのは指摘するまでもない。
同じ物語内でも、やはり“ホワイト・トラッシュ”出身のテイトが、エビ漁師である父と亡き母と妹の愛情を感じて育ってきたのとは対照的だ。

また両親の愛情あるいはその欠如は、物語をハッピーエンドと感じるか、あるいはバットエンドと感じるか、個人の見解にもよるが結末の捉え方に大きく関わってくる。
私は「父…」の結末には明日への希望を感じたか、本書の読後感として物悲しさが残った。

親の愛情及び家族の欠如以外にカイアの哀しみの要因を挙げると野生児「湿地の少女」はやはり人間だったということ。
ネットの書評を読むと、カイアの本性は自然で、「生き物たちが自然のままの姿で生きてる場所」である「ザリガニの鳴くところ」近辺でしか生きられなかったという指摘が多かった。確かにその通りで、最終的に彼女自身そこへ還っていく。

それでもやはりカイアは人間だった…いや人間性を完全に捨て切れなかった。
その証拠が詩と貝殻のネックレスである。
詩は誰からも理解されないと思っていたカイアが、テイトの思うように「彼女なりの自己表現で…自分の思いを…誰かに伝えようとしていたのだろう」。
そして件のネックレス。光り物を集める習性がある鳥もいるが、カイアが“証拠品”を取っておいた理由、それは女たらしのチェイスがこれを肌身離さず身につけていた理由でもある。欲望も大きかったが、やはりそこに愛が存在していたのだろう。
貝殻は付き合い始めた頃チェイスが見つけカイアにあげたものを彼女がネックレスにして彼にプレゼントした思い出の品。危険と分かっていたものの捨てられなかったのだろう。
それを知った時のテイトの気持ちは如何なるものか。おそらく彼女のしたことは理解でき許せるだろう。しかしこれを取っておいたことに衝撃を受けたのではないか。
自他共に認める彼女の“野生性”の最大の理解者でかつ最高のパートナーだった彼も知り得なかった彼女の心の奥底にあったもの。それを知っても尚彼女を愛する彼が取る次なる行動は何か。
カイヤの眠る「ザリガニの鳴くところ」へのホタルのいざないには抗ってほしいと願う。

尚、本書にて雌が自らの光の点滅で別種の雄を誘き寄せ食べてしまうホタルがいることを初めて知ったが、NHK E テレの香川照之さん演じる「カマキリ先生」によると、雌カマキリは動くものを餌と認識するのであって必ずしも雄を食べなければならないわけではないらしい。また交尾後むざむざ餌にならぬよう上手く逃げおおせる雄カマキリも多いとのこと。
日本のオオカマキリとアメリカのカマキリでは事情が違うのかもしれないが、ご参考まで。
ザリガニの鳴くところ Amazon書評・レビュー: ザリガニの鳴くところより
4152099194
No.11
(3pt)

カイアはホタルだったのか???

人里離れた湿地で「湿地の少女」と町の人間から蔑まれながらも天涯孤独で逞しく成長する少女の成長を縦糸に、町での殺人事件を横糸に織りなして語られる物語。黒人差別・プアホワイト・南東部の田舎町・殺人・・はじめはフォークナー的な陰惨な物語かと思ったがさにあらず。

少女の居場所である湿地・入り江は、むせ返るほど豊穣で牧歌的に描写され、人間社会から拒絶された少女のサンクチュアリだったことがうかがえる。

少女は成長の過程で、「なぜ母親は自分を置き去りにしたか」何度も自問自答するが、結局「ケガをした赤ん坊を捨てたキツネ」のように、DVをはたらく父親により共倒れされるより、種として生存することを優先した判断であると思い至る。(母親はあとで強い後悔の念に至ったことが後であかされるが)
これが少女の価値観に大きく影を落としたいるように思える。

動物学者である著者は、ホタルやカマキリの例を引き、ある個体が、じしんの生存のために別の個体を利用することがあるが(たとえばホタルの雌は、雄を交尾を誘いながら食い殺す)、この行為は結果として種の持続に貢献しており、その行為に善悪はないとしきりに描く。

成長後の主人公は、社会的に恵まれずとも外見も学の才にも恵まれて魅力的な男性二人から言い寄られる(一方は生殖目当てだけど)。いわば遺伝子強者であったが、自身の安全のために「ホタル」的な行為を働く。そしてその行為をホタルの生存戦略を例にとり、内心で正当化していたことが死後に判明する

主人公は結果、社会的な名声を獲得するとともにパートナーにも恵まれた、しかし、結局は幼いときの母親に棄てられた経験から、「ホタル」のような自然本位の価値観からはなれられず、心のどこかでは「ザリガニの鳴くところ」(自然の奥深くで、生物が生物であり続けるところ)を探し続けていたかのように思える。そう思うと、単純な少女の成長譚ではなく、そこはかとない恐怖感ともの悲しさが湧いてくるのである。
ザリガニの鳴くところ Amazon書評・レビュー: ザリガニの鳴くところより
4152099194
No.10
(3pt)

ミステリーとしては低評価

ミステリーとしては低評価。
読み物としてもそれほど面白いものではない。
過大評価というやつ。
ザリガニの鳴くところ Amazon書評・レビュー: ザリガニの鳴くところより
4152099194
No.9
(3pt)

結局、彼女の一生は何だったのか

(ネタバレ注意)
誰もが最初に疑問に思うのは、果たしてザリガニは「鳴く」のかと言うことだろう。原文では「鳴く」のところはsingである。だから直訳すれば「ザリガニの歌うところ」となる。鳴くと歌うとでは若干感じが違う。鳴くにはおそらくストレス下にある場合も含むであろうが、singにはストレスはかかっていまい。すなわち、「ザリガニが自由にのびのびと暮らしているところ」といったほどの意味であろうか。言い換えれば、人間の開発や干渉が及んでいないところ、か。しかし、本文中ではとってつけたほどしか出てこないザリガニが、なぜ本の題名にまでなっているのか?彼女が一番お世話になったのはmusselsイガイであり、本来ならば「イガイの鳴くところ」とでもすべきだろうが、そうすれば毎日のようにイガイを大量に掘り、それを売りさばいて生計を立てている彼女自身が生態系の破壊者であることを想起させてしまうからだろう。

原文で読んだ。95%位(盛りすぎ?)はまぁまぁ正しく理解したと思うが、残りの5%ぐらいは意味不明だったり、適当に読み飛ばしたり、誤解したりしていると思う。大勢に影響ないとしておこう。(ところで、日本語の本のここに投稿するのは不適当かもしれないがお許しを。)

親からも兄弟姉妹からも見捨てられ去られて、天涯孤独の身となった6歳の少女Kyaの死ぬまでの物語である。彼女はたくましく、また反面半ば臆病に生き、そして成長していく。そこに殺人事件が絡んでくるが、これはおそらく読者を最後のページまで誘導するための作者の仕掛けであって、決定的に重大な意味を持っているようには思えない。法廷場面が好きな私は、そこを一番ワクワクしながら読んだが、読み方としては邪道と言えるかもしれない。しかし、この仕掛けがなければ、涙を誘う部分があるとは言え、前半はやや退屈である。

主人公の次に重要な意味を持つのは、ノースカロライナの湿地帯marshであろう。そこは彼女の棲家であり、遊び場であり、学びの場であり、食料の供給源であり、収入の源でもあった。そこは、日本でよくあるように、洪水や台風や地震といった自然の猛威といったものは、少なくとも彼女の命が尽きるまでの60年間ほどは一度もなく、彼女がshackと呼ぶボロ家も、多少手を入れたとはいえその年月無事に立ち続け、ストーブとともに彼女のアイデンティティーの重要な一部をなす。母親の帰りを待つためにも、そしてもはや帰ってこないとわかってからも、出て行った母親の記憶を留めるためにも、それはそこにそのままの形で必要だったのである。

また一方湿地帯は、そこは彼女がmarsh girlとして村人からあざけられ差別される原因であり、また同時に彼女を村人から守ってくれるシェルターでもあった。湿地帯はアクセスの障壁であり、その障壁を越えてやってくる2人の男を彼女は愛し、裏切られ、憎み、また愛し、そして・・・殺す(順不同)。

チェイス殺害の罪で彼女は起訴される。確たる証拠は何もない。はたして彼女は無罪の評決を得る。しかし、物語の最後に実は彼女が真犯人であったことが明かされる。メスのホタルが偽の光の明滅でオスをお引き寄せるように、彼女はチェイスを火の見櫓にお引き寄せ、そして突き落としたのだった。彼女に人を殺めたことに対する葛藤はなかったのだろうか。そこは何も書かれていない。が,なかったはずがない。最後の最後でのどんでん返しに導くために、作者は書くことができなかったのである。それは、この小説の重大な欠点と言わなければならないだろう。

この結末には納得できない。元来、作家はその主人公を煮て食おうが焼いて食おうが勝手であって、読者が文句を言う筋合いは無い。しかし、主人公Kyaには、いかに人に去られ、捨てられ、孤独であっても、on her own で、すなわち独力で生きていくと言う一種の気高さ、矜持があったのではなかったか。そうであるならば作者にも、主人公を最後までそのように生きさせる矜持が同じくあって欲しかった。例えどんでん返しなどなくても、である。それが、この小説を後味の悪いものにしていると思う。ただ、彼女が子供に恵まれなかった事は、わずかではあるがこれに対する天からの罰であったのかもしれない。(逆に天恵とも解釈できるが。)

振り返って、彼女の一生は幸せだったのだろうか。他人から見れば惨めだった少女時代、その中にも楽しかったテイトとの学びの日々と裏切り。チェイスとのこと。本を書いて名声と大金を得た娘時代、それはまた同時に一級殺人罪で法廷に立たされた苦難の時代でもあった。無罪獲得後のテイトとの撚り戻しと結婚。それ以後の愛と自由な生活と早すぎる突然の死。葬式の参列者の多さが、彼女の晩年が幸せであったと暗示しているようでもあるが、殺されなければならないほど悪人であったとも思えないチェイスの落下する瞬間の眼差しを、おそらくは時にふれ思い出したであろう彼女が、本当に幸せであったかどうかは、私にはわからない。

読んでいるうちに物語に対する疑問が、湿地帯の水のようにふつふつと湧いてくるが、長くなるので1つだけ書いておく。彼女が殺害現場に向かう際に時間節約の元になったとされる潮流は、帰りには逆流となって船足を遅らせるので、結局何の助けにもならなかったのではないだろうか。

ところで、今日は「広島原爆の日」ですが、Kyaの生まれたのは広島に原爆が落とされた2ヶ月後です。
ザリガニの鳴くところ Amazon書評・レビュー: ザリガニの鳴くところより
4152099194
No.8
(3pt)

結局彼女は何のために生きたのか

(ネタバレ注意)
誰もが最初に疑問に思うのは、果たしてザリガニは「鳴く」のかと言うことだろう。原文では「鳴く」のところはsingである。だから直訳すれば「ザリガニの歌うところ」となる。鳴くと歌うとでは若干感じが違う。鳴くにはおそらくストレス下にある場合も含むであろうが、singにはストレスはかかっていまい。すなわち、「ザリガニが自由にのびのびと暮らしているところ」といったほどの意味であろうか。言い換えれば、人間の開発や干渉が及んでいないところ、か。しかし、本文中ではとってつけたほどしか出てこないザリガニが、なぜ本の題名にまでなっているのか?彼女が一番お世話になったのはmusselsイガイであり、本来ならば「イガイの鳴くところ」とでもすべきだろうが、そうすれば毎日のようにイガイを大量に掘り、それを売りさばいて生計を立てている彼女自身が生態系の破壊者であることを想起させてしまうからだろう。

原文で読んだ。95%位(盛りすぎ?)はまぁまぁ正しく理解したと思うが、残りの5%ぐらいは意味不明だったり、適当に読み飛ばしたり、誤解したりしていると思う。大勢に影響ないとしておこう。(ところで、日本語の本のここに投稿するのは不適当かもしれないがお許しを。)

親からも兄弟姉妹からも見捨てられ去られて、天涯孤独の身となった6歳の少女Kyaの死ぬまでの物語である。彼女はたくましく、また反面半ば臆病に生き、そして成長していく。そこに殺人事件が絡んでくるが、これはおそらく読者を最後のページまで誘導するための作者の仕掛けであって、決定的に重大な意味を持っているようには思えない。法廷場面が好きな私は、そこを一番ワクワクしながら読んだが、読み方としては邪道と言えるかもしれない。しかし、この仕掛けがなければ、涙を誘う部分があるとは言え、前半はやや退屈である。

主人公の次に重要な意味を持つのは、ノースカロライナの湿地帯marshであろう。そこは彼女の棲家であり、遊び場であり、学びの場であり、食料の供給源であり、収入の源でもあった。そこは、日本でよくあるように、洪水や台風や地震といった自然の猛威といったものは、少なくとも彼女の命が尽きるまでの60年間ほどは一度もなく、彼女がshackと呼ぶボロ家も、多少手を入れたとはいえその年月無事に立ち続け、ストーブとともに彼女のアイデンティティーの重要な一部をなす。母親の帰りを待つためにも、そしてもはや帰ってこないとわかってからも、出て行った母親の記憶を留めるためにも、それはそこにそのままの形で必要だったのである。

また一方湿地帯は、そこは彼女がmarsh girlとして村人からあざけられ差別される原因であり、また同時に彼女を村人から守ってくれるシェルターでもあった。湿地帯はアクセスの障壁であり、その障壁を越えてやってくる2人の男を彼女は愛し、裏切られ、憎み、また愛し、そして・・・殺す(順不同)。

チェイス殺害の罪で彼女は起訴される。確たる証拠は何もない。はたして彼女は無罪の評決を得る。しかし、物語の最後に実は彼女が真犯人であったことが明かされる。メスのホタルが偽の光の明滅でオスをお引き寄せるように、彼女はチェイスを火の見櫓にお引き寄せ、そして突き落としたのだった。彼女に人を殺めたことに対する葛藤はなかったのだろうか。そこは何も書かれていない。が,なかったはずがない。最後の最後でのどんでん返しに導くために、作者は書くことができなかったのである。それは、この小説の重大な欠点と言わなければならないだろう。

この結末には納得できない。元来、作家はその主人公を煮て食おうが焼いて食おうが勝手であって、読者が文句を言う筋合いは無い。しかし、主人公Kyaには、いかに人に去られ、捨てられ、孤独であっても、on her own で、すなわち独力で生きていくと言う一種の気高さ、矜持があったのではなかったか。そうであるならば作者にも、主人公を最後までそのように生きさせる矜持が同じくあって欲しかった。例えどんでん返しなどなくても、である。それが、この小説を後味の悪いものにしていると思う。ただ、彼女が子供に恵まれなかった事は、わずかではあるがこれに対する天からの罰であったのかもしれない。(逆に天恵とも解釈できるが。)

振り返って、彼女の一生は幸せだったのだろうか。他人から見れば惨めだった少女時代、その中にも楽しかったテイトとの学びの日々と裏切り。チェイスとのこと。本を書いて名声と大金を得た娘時代、それはまた同時に一級殺人罪で法廷に立たされた苦難の時代でもあった。無罪獲得後のテイトとの撚り戻しと結婚。それ以後の愛と自由な生活と早すぎる突然の死。葬式の参列者の多さが、彼女の晩年が幸せであったと暗示しているようでもあるが、殺されなければならないほど悪人であったとも思えないチェイスの落下する瞬間の眼差しを、おそらくは時にふれ思い出したであろう彼女が、本当に幸せであったかどうかは、私にはわからない。

読んでいるうちに物語に対する疑問が、湿地帯の水のようにふつふつと湧いてくるが、長くなるので1つだけ書いておく。彼女が殺害現場に向かう際に時間節約の元になったとされる潮流は、帰りには逆流となって船足を遅らせるので、結局何の助けにもならなかったのではないだろうか。

ところで、今日は「広島原爆の日」ですが、Kyaの生まれたのは広島に原爆が落とされた2ヶ月後です。
ザリガニの鳴くところ Amazon書評・レビュー: ザリガニの鳴くところより
4152099194
No.7
(3pt)

リアリティ不足

二度目読了してもこれほどの高評価の理由がよく分かりません。
鳥の羽がとても美しいことがよく伝わったのでこれからは落ちているカラスの羽さえ凝視します。そして美しさを認めるのでしょう。
でも6歳(完全一人になったのはその後ですが)の子供が一人で湿地で生き続けることができるほど夏も冬も自然は優しいのでしょうか。
一切の社会経験や学習経験がないにも関わらず14歳まで文字さえ知らなかった人間が一人の助け(しかも助ける当人も成長途上)だけで大きな知識を携えた人物になることは可能なのでしょうか。
1960年代とはいえ、子供が一人でいるところに全くの心のこもった支援がいかないのは、子供の権利を守ろうとするアメリカであり得るのでしょうか。
教育なくも大いなる王になった「ライオンキング」的小説でした。
繊細で力強い自然描写のあるファンタジーと思えば星3・5、大人向けミステリーと思えば星3。
ザリガニの鳴くところ Amazon書評・レビュー: ザリガニの鳴くところより
4152099194
No.6
(3pt)

リアリティーが無い

壮大な自然の描写のわりに人物描写が貧相なので、全体的に薄っぺらい印象でした。だらだら長いだけで描き切っていない感があります。脇役のキャラクターに人間味を感じるのに、中心人物はよくあるパターンで安っぽいテレビドラマのようなストーリー展開でした。話題作で期待したのに残念。
ザリガニの鳴くところ Amazon書評・レビュー: ザリガニの鳴くところより
4152099194
No.5
(3pt)

長続きしない

長続きしなかったです!
ザリガニの鳴くところ Amazon書評・レビュー: ザリガニの鳴くところより
4152099194
No.4
(3pt)

ザリガニの鳴くところ

本の印字が薄くて老人には読みづらい。また数ページしか読んでいません。
ザリガニの鳴くところ Amazon書評・レビュー: ザリガニの鳴くところより
4152099194
No.3
(3pt)

最後まで読んでしまいましたが。。。

まず、Kindleで原書を読もうと思いamazonで購入したのですが、なんと、スマホではプロローグ以外は真っ黒で読めず、ならばPCで読もうとしたら、PCのKindleアプリが(たくさんライブラリに保存しているのに!)起動せず、やはり本は紙版で購入したほうが安全だということを改めて学びました。

ともかくも、図書館で邦訳版を借りて、さきほど読了。
最後まで一応読みましたが、残念ながら、個人的にはそれほど好きな小説ではないことが確定しました。
一番ガッカリしたのが、どんでん返し。
まったく、納得いきません。
ネタバレを避けるため、詳しくは書きませんが、
ずっと主人公カイアに気持を寄せて読んでいた読者に対して、「それはないでしょ!?」と言いたくなりました。

冒頭に出てくる死体の謎解きについては余りに強引で、いろいろと釈然としないディテールが多すぎます。足跡だけではなく、指紋や頭髪などの微細証拠がまったくなかったことや、紅いニット帽のことや、貝殻のペンダントのことなど。

でも、それより何より、野生動物を含む自然の美しさ・生命の尊さを訴えながら、女遊びの激しい不埒(&暴力的)な男の命は軽く扱われていることに矛盾を感じます。途中まで感動しながら読んでいたのに、最後に完全に裏切られた思いでした。

湿地や沼地の生き物や海や空の描写がさすがに素晴らしく、主人公カイアの生き方・感じ方に共感しながら読んでいたのに、とても残念です。
ザリガニの鳴くところ Amazon書評・レビュー: ザリガニの鳴くところより
4152099194
No.2
(3pt)

途中から失速

地学的にも動物学的にも歴史としても知らない世界を見るようで最初はどんどんページがすすんだ。
中盤でなんとなくオチがわかってしまい、それだけでなくあまりに都合がよく物語がすすむ気がする。ヤングアダルト向け小説というのか。大傑作とは言わないけど 楽しめます。
ザリガニの鳴くところ Amazon書評・レビュー: ザリガニの鳴くところより
4152099194
No.1
(3pt)

ハードボイルドミステリー風の導入につられて読むと肩透かしを食らう ティーン向けミステリーだと思えばそれなり

見捨てられた環境で野生の中でなんとか生き抜く少女の厳しいサバイバルミステリー…と思って読むと途中から彼女は非常な美人で、頭がとてもよく、生物学と美術と文学に非常な才能を持ち合わせており、学校教育を受けていないのに恋人の教えで20そこそこで生態学の専門書の傑作を何冊も書くまでに…みたいな感じになり、そこで非常に冷めてしまいました…
彼女の置かれた逆境と彼女が簡単に発揮する才能やら美貌の強さが非常にアンバランスでリアリティがなく、なんだかディズニープリンセスみたいで非現実的だなと感じてしまいました。メアリー・アニング美少女版サクセスストーリーという感じです。
踏みにじられた女が逆境の中でシビアな現実と闘う物語は北欧ミステリーなどではわりとよく見られ、そっちを期待してしまったのですがこれはあくまでティ―ン向けノベルの亜種ですね。

そのように割り切って読むとシナリオ運びは丁寧で読ませる力はあり、読んでるときは楽しめたと思うので★3つです。
ザリガニの鳴くところ Amazon書評・レビュー: ザリガニの鳴くところより
4152099194