悪の五輪

【この小説が収録されている参考書籍】

【この小説が載っている参考書籍】

評判

悪の五輪の評価:

3.82/5点 レビュー 11件。 D ランク

Amazon書評・レビュー点数毎のグラフです

平均点3.82pt

Amazonレビュー一覧

Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です

※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください

全22件 21〜22 2/2ページ
No.2
(4pt)

優れたプログラム・ピクチャーのような、見事な筆さばき

前作「東京輪舞」からのスピンアウト、「悪の五輪」(作:月村了衛 講談社)を読む。
 今回、作者は、1963-64年、東京オリンピック公式記録映画監督を降板した黒澤明の後任に中堅監督の錦田をねじ込みながら、映画興行に命を張って爆進する一人のヤクザ、稀郎の<青春>を追いかけます。
 多くの昭和の映画人、財界人、政治家が実名で登場します。誰が登場するかは、話さないほうがいいのでしょう。前半は、思いのほか静かに展開しますが、ちょうど50%を超えたあたりから、この国のかつての裏とも表ともつかない権力者たち、魑魅魍魎たちによる覇権争いが一人のヤクザの思い入れを<媒体>として、次から次へと転移していきます。主人公は憑依された器として、権力を被せられ、思想を鞍替えさせられながら、東京オリンピックという狂乱の国家的偉業に力を示そうとしつつ、潰されかけては立ち上がり、立ち上がっては、より大きい力に嬲られ、いたぶられ、<昭和>の時代のエポックを駆け抜けていきます。この国にある「差別」についても多くが語られ、<ヤクザ>社会を通して検証されています。そして、読者は”史実”を変えられないことを知ることになります。
 ひとつの<善>は消滅し、もうひとつの<善>は、大陸へと去っていきます。あるのは、<悪>そのものであり、その<悪>もより大きな金と権力を行使した<悪>に成り代わり、その<悪>もまた国を超えた力を懐に入れた超弩級の<悪>に蹂躙されることになります。月村了衛は自家薬籠中のスキルを使って、いつものおおよそ<霊性>など微塵も感じさせない登場人物たち、魔物たちをその劇中に横切らせて、見事な筆さばき、プロフェッショナル・ワークだと思います。
 また、この小説の中で言及されている「昭和の時代」の映画界、特にプログラム・ピクチャーについてはよく調査が行き届いていて、ある種の懐かしさをもたらすのと同時に五社体制の下、決まった予算、決まった配役、特に代り映えしない物語の焼き直しの中で、それでもある情熱を持って名画を作り続けた映画監督たちを幾人となく思い起こさせます。マキノ雅弘、加藤泰、舛田利雄、三隅研次。。。。。ローアングル、長回し、藤純子、降り続く雪、乱れ舞う桜。すべて美しかった。「ヤクザ映画」は、本当にもう一つの青春だった(笑)
 <月村了衛>というブランドは、『機龍警察』という優れたサーガ、ドル箱を持つことによって、まるでプログラム・ピクチャーを作るように、でも自由に、「コルトM1851残月」、「ガン・ルージュ」、「土漠の花」と優れたスリラーを量産してくれています。(「東京輪舞」の前作、「コルトM1847羽衣」はちょっと失敗作だったかもしれません(笑)が、かつてプログラム・ピクチャーを作り続けた優れた監督たちでも、「ちょっとこれは?作品」はあったと思います(笑))書店の店頭に並べられた本の中の<月村了衛>という作者名は、ただただアイコニックだと思います。
 ドン・ウインズロウのような著作。あるいは、月村了衛のようなドン・ウインズロウの著作。よって、作者には、銃規制に縛られ思うように物語世界を構築できないであろう我が国を出て、そう今回のある登場人物のように舞台を外に移して、執筆してほしいですね。ブルンジ、コロンビア、ホンジュラス、アフガニスタン、メキシコ、そのあたりでどうでしょう。
 少し書きすぎたかもしれません。お許しください。
悪の五輪 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 悪の五輪 (講談社文庫)より
4065200385
No.1
(4pt)

優れたプログラム・ピクチャーのような、見事な筆さばき

前作「東京輪舞」からのスピンアウト、「悪の五輪」(作:月村了衛 講談社)を読む。
 今回、作者は、1963-64年、東京オリンピック公式記録映画監督を降板した黒澤明の後任に中堅監督の錦田をねじ込みながら、映画興行に命を張って爆進する一人のヤクザ、稀郎の<青春>を追いかけます。
 多くの昭和の映画人、財界人、政治家が実名で登場します。誰が登場するかは、話さないほうがいいのでしょう。前半は、思いのほか静かに展開しますが、ちょうど50%を超えたあたりから、この国のかつての裏とも表ともつかない権力者たち、魑魅魍魎たちによる覇権争いが一人のヤクザの思い入れを<媒体>として、次から次へと転移していきます。主人公は憑依された器として、権力を被せられ、思想を鞍替えさせられながら、東京オリンピックという狂乱の国家的偉業に力を示そうとしつつ、潰されかけては立ち上がり、立ち上がっては、より大きい力に嬲られ、いたぶられ、<昭和>の時代のエポックを駆け抜けていきます。この国にある「差別」についても多くが語られ、<ヤクザ>社会を通して検証されています。そして、読者は”史実”を変えられないことを知ることになります。
 ひとつの<善>は消滅し、もうひとつの<善>は、大陸へと去っていきます。あるのは、<悪>そのものであり、その<悪>もより大きな金と権力を行使した<悪>に成り代わり、その<悪>もまた国を超えた力を懐に入れた超弩級の<悪>に蹂躙されることになります。月村了衛は自家薬籠中のスキルを使って、いつものおおよそ<霊性>など微塵も感じさせない登場人物たち、魔物たちをその劇中に横切らせて、見事な筆さばき、プロフェッショナル・ワークだと思います。
 また、この小説の中で言及されている「昭和の時代」の映画界、特にプログラム・ピクチャーについてはよく調査が行き届いていて、ある種の懐かしさをもたらすのと同時に五社体制の元、決まった予算、決まった配役、特に代り映えしない物語の焼き直しの中で、それでもある情熱を持って名画を作り続けた映画監督たちを幾人となく思い起こさせます。マキノ雅弘、加藤泰、舛田利雄、三隅研次。。。。。ローアングル、長回し、藤純子、降り続く雪、乱れ舞う桜。すべて美しかった。「ヤクザ映画」は、本当にもう一つの青春だった(笑)
 <月村了衛>というブランドは、『機龍警察』という優れたサーガ、ドル箱を持つことによって、まるでプログラム・ピクチャーを作るように、でも自由に、「コルトM1851残月」、「ガン・ルージュ」、「土漠の花」と優れたスリラーを量産してくれています。(「東京輪舞」の前作、「コルトM1847羽衣」はちょっと失敗作だったかもしれません(笑)が、かつてプログラム・ピクチャーを作り続けた優れた監督たちでも、「ちょっとこれは?作品」はあったと思います(笑))書店の店頭に並べられた本の中の<月村了衛>という作者名は、ただただアイコニックだと思います。
 ドン・ウインズロウのような著作。あるいは、月村了衛のようなドン・ウインズロウの著作。よって、作者には、銃規制に縛られ思うように物語世界を構築できないであろう我が国を出て、そう今回のある登場人物のように舞台を外に移して、執筆してほしいですね。ブルンジ、コロンビア、ホンジュラス、アフガニスタン、メキシコ、そのあたりでどうでしょう。
 少し書きすぎたかもしれません。お許しください。
悪の五輪 Amazon書評・レビュー: 悪の五輪より
4065156416