ペスト

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評判

ペストの評価:

4.00/5点 レビュー 410件。 C ランク

Amazon書評・レビュー点数毎のグラフです

平均点4.00pt

Amazonレビュー一覧

Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です

※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください

全605件 181〜200 10/31ページ
No.425
(5pt)

カミユの人間観、人生への基本的向き合い方

2度読んだ。登場人物とのやり取り、会話が面白かった。
ペスト Amazon書評・レビュー: ペストより
B00G45R5CG
No.424
(5pt)

人間とは永遠の敗北者

ペストの蔓延によって完全にロックダウンされたアルジェリア、オランの街に閉じ込められた人々の閉塞感と、暗中模索の中で地道な治療活動で対応せざるを得ない医師リウー達の苦悩、そして殆ど偶然に疫病の終焉を迎える時の彼らの心境が、現代のコロナ禍に生きる私達にも共有できるだけに感動的な作品だ。彼らは保健隊という独自の救助班を打ち立て、日ごとに猛威を振るい始めたペストの感染者やその家族の隔離、血清の開発や患者への治療や手術だけでなく厳密な統計を取る。これもまさに現在必要不可欠な対策であり、状況は何一つ変わっていないが、疫病の名称やデータの公表を渋る上層部の方針は、どこぞの国の政府の政策と皮肉にも酷似している。

オランの街からペストが去りつつあったある日の夜に、リウーと親友タルーは仕事の後、海へ向かい、無言で海水浴をするシーンが印象的に描かれている。それは2人にとって束の間の平穏であったが、リウーの後ろ姿にはカミュの言う永遠の敗北者の影が付きまとっている。やがてタルーもペストの最後の犠牲者の1人になってしまうし、リウーには療養先から妻の訃報が知らされる。この物語には若い記者ランベールの心境の変化が重要なアクセントを与えている。彼はオランに仕事で訪れたが、都市封鎖によってパリにいる彼女のもとへ帰れなくなってしまう。最初はどんな手立てを使ってでも街からの脱出を試みようとするが、ようやく金で買収した兵隊が都市の門を開けてくれるという日に、ランベールは街に留まることを決意し保健隊に入って救助活動を始める。

その他にもある少年の無惨な死を目の当たりにして揺れ動くパヌルー神父の宗教観や、ペストが過ぎ去った後、人々が再び街に繰り出して歓喜の声を上げている中で、発狂してしまう犯罪者コタールなど登場人物1人1人に語らせるカミュの文学的手腕は圧巻だ。
ペスト Amazon書評・レビュー: ペストより
B00G45R5CG
No.423
(4pt)

結果が読めない。

丁度、新コロナウイルス感染症の現代とよく似ていると思いました。最後に、ペストのウイルスはどうしたのでしょうか。患者の症状が本当に怖くて哀しいと思い、リュー医師と医師の母親にも感動しました。タルー医師の信念・哲学も素晴らしいと思いました。
ペスト (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: ペスト (新潮文庫)より
4102114033
No.422
(4pt)

結果が読めない。

丁度、新コロナウイルス感染症の現代とよく似ていると思いました。最後に、ペストのウイルスはどうしたのでしょうか。患者の症状が本当に怖くて哀しいと思い、リュー医師と医師の母親にも感動しました。タルー医師の信念・哲学も素晴らしいと思いました。
ペスト Amazon書評・レビュー: ペストより
B00G45R5CG
No.421
(5pt)

記憶に残る1冊

追加出版され、購入することができました。対応も早くベストなタイミングで読めたので記憶に深く残りそうです。また、パンデミック状況下で描かれている人間心理の変化はいつの時代にも共通のものなのかもしれないなと思いました。
ペスト (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: ペスト (新潮文庫)より
4102114033
No.420
(5pt)

わからない病気は怖い

今までにない病気が広がってくると、だれもが不安でいっぱいになる。
今のコロナの状況とよく似ている。
ペスト (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: ペスト (新潮文庫)より
4102114033
No.419
(4pt)

淡々となすべきことをなすこと。

何十年ぶりかの再読。ペストを「神の報いである」とする神父パヌルーに対して、ある幼子が苦しみの末に死んだとき、医師リウーが「子どもに罪はないはずだ」と叫ぶシーンだけ覚えていた。もっと戯曲的で会話の多いイメージだったのだが、けっこう「地の文章」が多い。
 「さしあたり、大勢の病人があり、それをなおしてやらねばならないんです。そのあとで、彼らも反省するでしょうし、僕もそうするでしょう。しかし、最も急を要することは、彼らをなおしてやることです(p.186)」「今度のことは、ヒロイズムなどという問題じゃないんです。これは誠実さの問題なんです(p.245)」「人類の救済なんて、大袈裟すぎる言葉ですよ、僕には。僕はそんな大それたことは考えていません。人間の健康と言うことが、僕の関心の対象なんです(p.323)」といったリウーの言葉が心に響く。
ペスト (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: ペスト (新潮文庫)より
4102114033
No.418
(5pt)

記憶に残る1冊

追加出版され、購入することができました。対応も早くベストなタイミングで読めたので記憶に深く残りそうです。また、パンデミック状況下で描かれている人間心理の変化はいつの時代にも共通のものなのかもしれないなと思いました。
ペスト Amazon書評・レビュー: ペストより
B00G45R5CG
No.417
(5pt)

わからない病気は怖い

今までにない病気が広がってくると、だれもが不安でいっぱいになる。
今のコロナの状況とよく似ている。
ペスト Amazon書評・レビュー: ペストより
B00G45R5CG
No.416
(4pt)

淡々となすべきことをなすこと。

何十年ぶりかの再読。ペストを「神の報いである」とする神父パヌルーに対して、ある幼子が苦しみの末に死んだとき、医師リウーが「子どもに罪はないはずだ」と叫ぶシーンだけ覚えていた。もっと戯曲的で会話の多いイメージだったのだが、けっこう「地の文章」が多い。
 「さしあたり、大勢の病人があり、それをなおしてやらねばならないんです。そのあとで、彼らも反省するでしょうし、僕もそうするでしょう。しかし、最も急を要することは、彼らをなおしてやることです(p.186)」「今度のことは、ヒロイズムなどという問題じゃないんです。これは誠実さの問題なんです(p.245)」「人類の救済なんて、大袈裟すぎる言葉ですよ、僕には。僕はそんな大それたことは考えていません。人間の健康と言うことが、僕の関心の対象なんです(p.323)」といったリウーの言葉が心に響く。
ペスト Amazon書評・レビュー: ペストより
B00G45R5CG
No.415
(4pt)

釧路のみほこ

昔も今も、人の営みやは病に対する

事も変わってないんだなと思いました
ペスト (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: ペスト (新潮文庫)より
4102114033
No.414
(4pt)

釧路のみほこ

昔も今も、人の営みやは病に対する

事も変わってないんだなと思いました
ペスト Amazon書評・レビュー: ペストより
B00G45R5CG
No.413
(5pt)

大人になって読みなおしました

地中海に面したアルジェリアの都市、オランを襲ったペスト大流行(パンデミック)と戦った医師リウーとその仲間たちの物語。ネズミの謎の大量死から始まるストーリーは、ホラーを予感させるが、期待に反して物語は淡々とペスト禍に直面しても粛々と医療活動に従事し続ける男たちを描き続ける。
読者が期待するようなエンターテーメント的な、主人公の成長や、新型ワクチン登場などによるペスト撃退など、劇的なのカタルシスもない。特にキリスト教社会では当然予想される災禍で訪れる主人公の宗教的変化がまったくなく、肩透かしとの印象を残す。

しかし、感染症のパンデミックと最前線で戦う医師たちが、如何に英雄的かは、本年2020年に世界で大流行した新型コロナ・ウィルス禍に直面した我々には記憶に新しい。主人公は最後まで神への加護を求めることも、神に祈るようなそぶりも一切しない。まさに超人的な主人公は、自らの英雄的な行為には一切興味がなく語らず、一方で、ペストとの戦いの中、知り合いや仲間たちの思想や行動が、変わっていく人の様、変わらない人、それぞれの物語が興味深く語られる。

若いころに読んで特に印象に残ったのが、パヌルー神父の変化だ。当時それを、言葉や思想として表現できなかった。実は、ドストエフスキー「カラマーゾフの兄弟」と、このカミュ「ペスト」は、25年以上前に読んで「大人になってからきちんと読みなおすべき」と思った小説だ。今年になってコロナ禍で話題になり読み直した。
この二つの小説には共通するエピソードが出てくることに気づいた。それは、全く罪のない子供が苦しんで死んでしまうことに対し、キリスト教信者はどう立ち向うかという題材。

ペスト大流行の事態に直面して神父のパヌルーの思想の変化に注目。 彼の一度目の説教では、真理として、民衆に向かって、神は全て正しく、禍の原因は日ごろから信仰に従った生活をしていない罪深い民衆にあると説く。つまり、全知全能の神の世界は常に正しく、罪なき人々が、罪深いい人たちと同じようにペストで死んでいくのも、人間に理解できない神の正義があり、どんな場合にも神の世界は過ちはない。
しかし、リウーの医療活動に協力し、ペスト感染によって罪なき子供が苦しんで死んでいく様を目前で見たパヌルーは、大きく思想を変える。
二度目の説教では、最後に「神への愛は困難な愛であります。それは自我の全面的な放棄と、わが身の蔑視を前提としております。〜」と説く。罪なき子供の壮絶な死という神の試練にたいして、自己の命を賭して戦いに挑むという意味なのか? 神が人間に与えた試練に対して、信者として粛々と信仰に従った生活をおくらず、神の試練に立ち向かうことは、神の世界を認めないことなのか? 命を賭しての、”無償の愛”の実践はキリストにしか許されないのか? 聖書の中の人間キリストに感染することで、超人的(ニーチェの言う)に覚醒することは異端なのか?世界には真理はなく、〈世界〉はそもそもデタラメなのか?

社会学者宮台真司氏は、これを<ギリシャ的なものの回帰>と呼びぶ。ソクラテスの時代から、〈ギリシャ的〉か〈エジプト的〉と問われていた。宮台氏によると、ギリシャ神話は、もともと「〈世界〉はそもそもデタラメである」事の伝承。〈エジプト的〉とは、ここではセム族の一神教信仰、つまり元ユダヤ教のこと。一神教では、神との契約(出エジプト記)、世界は神によって作られて神に従うことで民衆は救済される伝承。ソクラテス『ファイドロス』は、神罰を恐れて正しく振る舞おうとするセム族系宗教(ユダヤ教の原型)を「エジプト的」だとして却け、内から涌く力に従って進む営みが「ギリシャ的」だと愛でられる。その後、キリスト教の内部でも同様の論争が続くとのこと。〈ギリシャ的〉とは内から涌く力の〈内発性〉 であり、〈エジプト的〉とは損得勘定に由来する〈自発性〉である。

「カラマーゾフの兄弟」では、イワン・カラマーゾフは弟のアリューシャに、幼児虐待事件の話をした後、「結局のところ、俺はこの神の世界を認めないんだ。それが存在する事は知っているものの、まったく許せないんだ。俺が認めないのは神じゃないんだよ、そこのとこを理解してくれ。俺は神の作った世界、神の世界なるものを認めないのだし、認めることに同意できないのだ」と語る。 物語ではその後、イワンはまさに、ギリシャ的な”デタラメ”な世界に翻弄されていく。”デタラメ”の世界で、神への信仰を問われる3兄弟を描くこの小説は、ギリシャ神話の世界のように実に面白い。

「ドストエフスキーはかつて、『神が存在しなければすべてが許される』と言った。これこそが実存主義の出発点だ」。サルトルはその哲学評論『実存主義とは何か』のなかでこう述べているという記載をネットで見つけた(RUSSIAN BEYOND「ドストエフスキーにインスパイアされたされた欧米の作家5人」2018/4/13)。 いずれにしても、ドストエフスキーの著作は、ニーチェやサルトルなど実存主義者に大きな影響を与えたようだ。

主人公リウーと、積極的に彼に協力して医療活動をサポートするタルー。二人のペストとの英雄的な戦いに対しては、控えめな記述に終始する中で、タルーはリウーに自分のトラウマを告白。二人の友情を深める、海水浴のシーンは、この小説の中で唯一、カタルシスを感じる場面。二人の戯れは、ギリシャ的で官能的でさえある。大人になってから新たに発見したポイントだ。英雄リューの独白の記録としての視点で小説を読むといろいろな発見ができる。

今回の再読で、いろいろな点に新に気づき言語化することがでた。やはり名著、すべての人にお薦めです。〈世界〉はそもそもデタラメであり、〈内発性〉をもとに自立して生きていくしかない、世界観のリセットを若いころの自分に語りたい。
ペスト (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: ペスト (新潮文庫)より
4102114033
No.412
(5pt)

大人になって読みなおしました

地中海に面したアルジェリアの都市、オランを襲ったペスト大流行(パンデミック)と戦った医師リウーとその仲間たちの物語。ネズミの謎の大量死から始まるストーリーは、ホラーを予感させるが、期待に反して物語は淡々とペスト禍に直面しても粛々と医療活動に従事し続ける男たちを描き続ける。
読者が期待するようなエンターテーメント的な、主人公の成長や、新型ワクチン登場などによるペスト撃退など、劇的なのカタルシスもない。特にキリスト教社会では当然予想される災禍で訪れる主人公の宗教的変化がまったくなく、肩透かしとの印象を残す。

しかし、感染症のパンデミックと最前線で戦う医師たちが、如何に英雄的かは、本年2020年に世界で大流行した新型コロナ・ウィルス禍に直面した我々には記憶に新しい。主人公は最後まで神への加護を求めることも、神に祈るようなそぶりも一切しない。まさに超人的な主人公は、自らの英雄的な行為には一切興味がなく語らず、一方で、ペストとの戦いの中、知り合いや仲間たちの思想や行動が、変わっていく人の様、変わらない人、それぞれの物語が興味深く語られる。

若いころに読んで特に印象に残ったのが、パヌルー神父の変化だ。当時それを、言葉や思想として表現できなかった。実は、ドストエフスキー「カラマーゾフの兄弟」と、このカミュ「ペスト」は、25年以上前に読んで「大人になってからきちんと読みなおすべき」と思った小説だ。今年になってコロナ禍で話題になり読み直した。
この二つの小説には共通するエピソードが出てくることに気づいた。それは、全く罪のない子供が苦しんで死んでしまうことに対し、キリスト教信者はどう立ち向うかという題材。

ペスト大流行の事態に直面して神父のパヌルーの思想の変化に注目。 彼の一度目の説教では、真理として、民衆に向かって、神は全て正しく、禍の原因は日ごろから信仰に従った生活をしていない罪深い民衆にあると説く。つまり、全知全能の神の世界は常に正しく、罪なき人々が、罪深いい人たちと同じようにペストで死んでいくのも、人間に理解できない神の正義があり、どんな場合にも神の世界は過ちはない。
しかし、リウーの医療活動に協力し、ペスト感染によって罪なき子供が苦しんで死んでいく様を目前で見たパヌルーは、大きく思想を変える。
二度目の説教では、最後に「神への愛は困難な愛であります。それは自我の全面的な放棄と、わが身の蔑視を前提としております。〜」と説く。罪なき子供の壮絶な死という神の試練にたいして、自己の命を賭して戦いに挑むという意味なのか? 神が人間に与えた試練に対して、信者として粛々と信仰に従った生活をおくらず、神の試練に立ち向かうことは、神の世界を認めないことなのか? 命を賭しての、”無償の愛”の実践はキリストにしか許されないのか? 聖書の中の人間キリストに感染することで、超人的(ニーチェの言う)に覚醒することは異端なのか?世界には真理はなく、〈世界〉はそもそもデタラメなのか?

社会学者宮台真司氏は、これを<ギリシャ的なものの回帰>と呼びぶ。ソクラテスの時代から、〈ギリシャ的〉か〈エジプト的〉と問われていた。宮台氏によると、ギリシャ神話は、もともと「〈世界〉はそもそもデタラメである」事の伝承。〈エジプト的〉とは、ここではセム族の一神教信仰、つまり元ユダヤ教のこと。一神教では、神との契約(出エジプト記)、世界は神によって作られて神に従うことで民衆は救済される伝承。ソクラテス『ファイドロス』は、神罰を恐れて正しく振る舞おうとするセム族系宗教(ユダヤ教の原型)を「エジプト的」だとして却け、内から涌く力に従って進む営みが「ギリシャ的」だと愛でられる。その後、キリスト教の内部でも同様の論争が続くとのこと。〈ギリシャ的〉とは内から涌く力の〈内発性〉 であり、〈エジプト的〉とは損得勘定に由来する〈自発性〉である。

「カラマーゾフの兄弟」では、イワン・カラマーゾフは弟のアリューシャに、幼児虐待事件の話をした後、「結局のところ、俺はこの神の世界を認めないんだ。それが存在する事は知っているものの、まったく許せないんだ。俺が認めないのは神じゃないんだよ、そこのとこを理解してくれ。俺は神の作った世界、神の世界なるものを認めないのだし、認めることに同意できないのだ」と語る。 物語ではその後、イワンはまさに、ギリシャ的な”デタラメ”な世界に翻弄されていく。”デタラメ”の世界で、神への信仰を問われる3兄弟を描くこの小説は、ギリシャ神話の世界のように実に面白い。

「ドストエフスキーはかつて、『神が存在しなければすべてが許される』と言った。これこそが実存主義の出発点だ」。サルトルはその哲学評論『実存主義とは何か』のなかでこう述べているという記載をネットで見つけた(RUSSIAN BEYOND「ドストエフスキーにインスパイアされたされた欧米の作家5人」2018/4/13)。 いずれにしても、ドストエフスキーの著作は、ニーチェやサルトルなど実存主義者に大きな影響を与えたようだ。

主人公リウーと、積極的に彼に協力して医療活動をサポートするタルー。二人のペストとの英雄的な戦いに対しては、控えめな記述に終始する中で、タルーはリウーに自分のトラウマを告白。二人の友情を深める、海水浴のシーンは、この小説の中で唯一、カタルシスを感じる場面。二人の戯れは、ギリシャ的で官能的でさえある。大人になってから新たに発見したポイントだ。英雄リューの独白の記録としての視点で小説を読むといろいろな発見ができる。

今回の再読で、いろいろな点に新に気づき言語化することがでた。やはり名著、すべての人にお薦めです。〈世界〉はそもそもデタラメであり、〈内発性〉をもとに自立して生きていくしかない、世界観のリセットを若いころの自分に語りたい。
ペスト Amazon書評・レビュー: ペストより
B00G45R5CG
No.411
(4pt)

パンデミック・都市封鎖の中での人間性を問う作品

この作品では、アフリカのある都市で発生したペストによるパンデミック・都市封鎖で、死の恐怖に慄く人々の行いを通して極限における人間性を、文豪カミュは読者に対して問うているのだと思う。利己主義、偽善、祈り、人々の思いなど全くの無力である。70年近く前に書かれた作品であるが、今を生きる私たちも同じであると思う。新型コロナウイルス感染症の流行前に、この作品に出合っていたら、おそらく自分とはほとんど関係ない=よそ事として見ていたと思う。人の痛み・苦しみを理解することは大事なことだが、所詮人間は、自分のこと=当事者ではないことに真剣に思い、感じることは難しいことなのだと思う。
ペスト (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: ペスト (新潮文庫)より
4102114033
No.410
(5pt)

普遍

いつの時代も人間の行動は変わらない
ペスト (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: ペスト (新潮文庫)より
4102114033
No.409
(4pt)

封鎖された町

ペスト流行で閉鎖された町の状況と、現代の新型コロナの中に置かれて入る我々の状況を対比して考えました。
学生時代に読んだ書出すが、改めて新鮮に感じました。
ペスト (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: ペスト (新潮文庫)より
4102114033
No.408
(5pt)

今読むと特に心打たれる作品

読みやすい小説ではないと思います。
一読では消化しきれず、二度読んでやっとしっかり内容が腑に落ち、感動しました。
骨のある、読み甲斐のある作品です。
ペスト (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: ペスト (新潮文庫)より
4102114033
No.407
(4pt)

パンデミック・都市封鎖の中での人間性を問う作品

この作品では、アフリカのある都市で発生したペストによるパンデミック・都市封鎖で、死の恐怖に慄く人々の行いを通して極限における人間性を、文豪カミュは読者に対して問うているのだと思う。利己主義、偽善、祈り、人々の思いなど全くの無力である。70年近く前に書かれた作品であるが、今を生きる私たちも同じであると思う。新型コロナウイルス感染症の流行前に、この作品に出合っていたら、おそらく自分とはほとんど関係ない=よそ事として見ていたと思う。人の痛み・苦しみを理解することは大事なことだが、所詮人間は、自分のこと=当事者ではないことに真剣に思い、感じることは難しいことなのだと思う。
ペスト Amazon書評・レビュー: ペストより
B00G45R5CG
No.406
(5pt)

普遍

いつの時代も人間の行動は変わらない
ペスト Amazon書評・レビュー: ペストより
B00G45R5CG