砂の器

【この小説が収録されている参考書籍】

評判

砂の器の評価:

4.05/5点 レビュー 172件。 A ランク

Amazon書評・レビュー点数毎のグラフです

平均点4.05pt

Amazonレビュー一覧

Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です

※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください

全192件 121〜140 7/10ページ
No.72
(4pt)

映画より先に見るべし

「点と線」「ゼロの焦点」と同様に、情景描写はやはり秀逸。
また犯人を導き出すまでの道程に方言の特殊性を選んだ点など、
時代を考えればやはり凄い着眼点だなと思い知らされます。

ただこの作品は著者本人も認めているように、
加藤剛の映画版のほうが見ている人を虜にするでしょう。
それは本作の中に出てくるトリックの片手落ちな部分を、
映画版では完全に削除し、
代わりに犯人の人物描写を鮮明に描いているからです。

もちろん原作あっての映画なのは間違いありませんし、
この作品自体も名作であることに代わりは無いので、
順番としてはまず原作を読んで映画を観るのが良いと思います。
逆だと映画の良さから少しがっかりする人もいるかもしれません。
砂の器〈上〉 (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 砂の器〈上〉 (新潮文庫)より
4101109249
No.71
(1pt)

うーん・・

偶然が多すぎ。

いろんな場面で、なぜ閃いたのか分からない所多すぎ。

殺人方法も、なんだかなーってかんじ。
砂の器〈下〉 (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 砂の器〈下〉 (新潮文庫)より
4101109257
No.70
(3pt)

期待はずれ

松本人志が『遺書』で推薦していたので読んだ。犯人を空想させる意外性のあるストーリー展開、残虐な殺人描写、時折みせる文学性、わが国の方言に対する執着心などは確かにかゆかった。ただ、太宰治のような、生きるか死ぬかのような緊張感が全体的な文筆に感じられない。正直なところ、お金を出してまで、下巻を買いたいとは思わなかった。
砂の器〈上〉 (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 砂の器〈上〉 (新潮文庫)より
4101109249
No.69
(3pt)

映画との比較

1974年に公開された映画「砂の器」に感動して、原作を読みました。
ゲバラの「モーターサイクルダイアリー」でも映画より原作のほうが
ハンセン氏病に関する記述が濃密なので期待したところです。

「おら、そんなやつはしらん。」というセリフが、原作ではどう表現されるかを
楽しみに読み進めました。しかしながらその期待は見事に裏切られました。

映画を見ず、こちらを先に読めば、推理小説として楽しめたのかもしれません。
それにしても終末の息切れは残念です。

発表当時は「業病」というだけで殺意が成立し、読者を納得させたのかもしれませんが
現在では難しいでしょう。

ひとつ好かったのが、7歳の少年が彷徨した時代が
北条民雄の創作期と重なることぐらいでしょうか。

映画「砂の器」の凄さを知るために本作を読むことには十分価値があります。
文章は平易で読むのが遅い私でも上下巻千頁を5日間の通勤電車で読めます。
繰り返しになりますが、原作を超えた映画の製作者に拍手喝采です。
砂の器〈上〉 (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 砂の器〈上〉 (新潮文庫)より
4101109249
No.68
(4pt)

重厚

簡単に解決できそうな殺人事件。しかし、一向に犯人の手がかりは掴めない。完全犯罪を目論む犯人と、それを追う刑事の執念が描かれる。

登場人物が十数人登場するが、一人一人性格や行動がハッキリ区別されている為、戸惑うことなく読み進めることが出来た。中盤辺りの物語が一気に加速しだしたり、副次的に描かれる新進集団の奇妙な行動は一読の価値がある。
しかし、終盤になっても事件の顛末を明かすことが無く、冗長に感じる。そして、最後の最後になってようやく、たったの2頁で顛末が明かされ、物語は終わる。この辺は趣向が分かれるだろう。私としては、執念で追いつめた刑事と、犯人のやりとりが欲しかった。


砂の器 (カッパ・ノベルス 11-9) Amazon書評・レビュー: 砂の器 (カッパ・ノベルス 11-9)より
4334030092
No.67
(3pt)

間延びした「傑作tといわれた」長編推理小説

野村芳太郎の映画の出来栄えがよすぎでしょう。
どうしても、映画と比べてしまう、原作の宿命。

映画館にかよって、行き先を変えた被害者のくだり
は、結構強引だと思いますし、ヌーボーグループの
存在も、不自然な感じ。映画では、こういう集団は登場しません。

また、超音波で・・の行(くだり)も、結構、科学的なのですが、
話のクライマックスに、水を指す感じで余計かも。

とにかく、犯人の過去に焦点をあてて、刑事コンビが執念で終盤
に至り、コンサートで迎えるクライマックスに比べて、どうにも
迫力不足な原作のエンディングは、比べると、原作は見劣りします。

それほど、橋本忍、山田洋次の脚本とその才能は松本清張をも
凌駕したといえます。

いづれにしても、映画、TVドラマ化は数回という名作なので、原作を
読んでおく価値はあります。
砂の器〈下〉 (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 砂の器〈下〉 (新潮文庫)より
4101109257
No.66
(4pt)

やっと、原作を読みました

映画は何度も観て感激し、TVドラマも数回みました。
そこで、いつか、原作を読んでみたいものだ、と思ってきましたが、
この度、TBSのドラマを観て、原作を読む機会を得ました。

特に、映画の出来栄えのよさで、この作品にひとかたならない魅力を感じていた
ものです。そこで、読んだ上巻は・・・。

原作を読むほどに、橋本忍、山田洋次のみごとな脚本を賞賛せざるを得ません。

原作は、まさに、今西警部補を主人公にした、犯人探し、謎解きに主眼が置かれ、
しかも、かなり、会話が多い。そして、証拠や話の展開が結構強引なところも
多い気がします。

それに対して、成功を手に取る音楽家の栄光と挫折に焦点をあて、その暗い
過去を、見事な映像美で描いた映画のほうの出来栄えの素晴らしさがかえって
くっきりと際立つ格好になりました(私の中で、ですが)。

原作と映画は分けて見たほうがいいですね。
つまり、プロットや動機は同じでも、作品やメッセージは別であるいう捉え方で。

それはひとまず、上巻では、蒲田、カメダ、東北弁、そして、奇妙な集団の周辺
で起こる連続殺人の余兆が展開されて、推理小説としての導入としては、面白く
できていると思います。


砂の器〈上〉 (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 砂の器〈上〉 (新潮文庫)より
4101109249
No.65
(1pt)

なんでこれが松本清張の代表作なのか不明

はっきりいって推理小説としての出来はすこぶる悪いと思う。

一番、致命傷なのは偶然が多すぎてご都合主義に感じてしまうところ。本来、現実感のあるのが社会派推理の特徴のはずなのに、偶然が多すぎて読んでてアホくさくなってきた。万に一つだから偶然なのであって、それが三つも四つも重なると鬱陶しくなってきます。

何千万人もいる人間の中で、あんなに偶然に知り合いとか偶然に近くにいたとかあるわけない。

松竹映画の「砂の器」の方が数十倍よくできてます。

砂の器は映画が原作を越えた希有の例として、ミステリーファンの間では有名ですが、実際は、映画が原作を越えたのではなく、原作が酷すぎたので、シチュエーションだけ使った映画の方が結果として良いできになった、という所だと思います。
砂の器〈下〉 (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 砂の器〈下〉 (新潮文庫)より
4101109257
No.64
(5pt)

何回も読める

細かい話しになるが、ノベルス版は全1冊で900円台であるが、文庫版は上下2巻で1,100円台なので、ノベルス版のほうがお得である。

さて本作品は、74年の映画化後、3度テレビ化されている。1度目は80年前後(犯人:田村正和 刑事:仲代達也)で、2度目は90年初め(犯人:佐藤浩市 刑事:田中邦衛)であると思うが間違っていればご免なさい。3度目は04年で(犯人:仲居正弘 刑事:渡辺謙)が演じている。

本のほうは3回は確実に読んでいる(各々中学・高校・大学時代に1回ずつ)。そしてテレビ化の度に、読んできたと思うので、最低6回以上は読んでいる計算になる。

80年前後のテレビ化の時、犯人役はまだしも、刑事役の仲代はイメージ的に適わず、脚本も陳腐だった。三木謙一が伊勢の映画館で犯人の姿を発見するくだりが、当時の映画ニュースの中で見つけるのは無理(約20年の時間差がある)があり、原作とも違う。

90年初めのテレビ化はその点、原作にも忠実で犯人・刑事役共好演していたと思う。04年ものは時代設定そのものに無理がある。但し、ラストは見応えあり。

80年、90年のテレビ化の内容はよく憶えていないが、04年ものはハンセン病のハの字もでてこない。犯人の父は傷害・殺人事件を起こした人物の設定になっている。根底にハンセン病という、重い課題を持ったテレビ化は無理なのだろうか。

となると、ビジュアル的にはやはり74年の映画化に軍配が上がることになる。ハンセン病を正面に据え、松本清張をして、映画のほうが上だと言わしめたからである。74年作であるが、脚本は60年台半ば頃には出来ていた。山田洋次の脚本集を高校時代に図書館で見つけ、映画化の前に読んだ記憶がある。スッキリとしていて(関川と和賀、恵美子とリエ子を合体させている)良い印象を受けた。しかしこの映画の成功は何といってもラスト30分にわたる父子の巡礼シーンになるだろう。

本はここにおいて、映画に一歩も二歩も譲った感があるが、本当にそうだろうか? その辺のところを再読して確認をしようと思ったのだ。

知能明晰な探偵が快刀乱麻に解決をするわけではなく、読者と同じ視点に立っているから、本はゆったりとしている。歯がゆさはあるものの、心地良さもある。しかし、考えてみたら、「亀嵩」も「紙吹雪の女」も本の半ば前に既に書かれているのだ。いかにその後の展開が錯綜しているのかが判る。

勿論安易な偶然もないではないが、許容範囲といえよう。また50年も前の時代設定なので、古めかしさは否めないが、これも許容範囲といえよう。

今回読んで、改めて思ったことは犯人の冷酷さである。映画やテレビでは内面の苦悩を、ほぼ全面に押し出しているが、本にはそれが一切ない。

従って、犯人に感情移入することもない。むしろ、苦労に苦労を重ねて、最後に犯人逮捕に向かう刑事に拍手喝采を浴びせたいほどだ。昔懐かしいながら、それでも、再読、再々読……に耐える推理小説の傑作であることに間違いはない。                      
砂の器 (カッパ・ノベルス 11-9) Amazon書評・レビュー: 砂の器 (カッパ・ノベルス 11-9)より
4334030092
No.63
(5pt)

何回も読める

細かい話しになるが、ノベルス版は全1冊で900円台であるが、文庫版は上下2巻で1,100円台なので、ノベルス版のほうがお得である。

さて本作品は、74年の映画化後、3度テレビ化されている。1度目は80年前後(犯人:田村正和 刑事:仲代達也)で、2度目は90年初め(犯人:佐藤浩市 刑事:田中邦衛)であると思うが間違っていればご免なさい。3度目は04年で(犯人:仲居正弘 刑事:渡辺謙)が演じている。

本のほうは3回は確実に読んでいる(各々中学・高校・大学時代に1回ずつ)。そしてテレビ化の度に、読んできたと思うので、最低6回以上は読んでいる計算になる。

80年前後のテレビ化の時、犯人役はまだしも、刑事役の仲代はイメージ的に適わず、脚本も陳腐だった。三木謙一が伊勢の映画館で犯人の姿を発見するくだりが、当時の映画ニュースの中で見つけるのは無理(約20年の時間差がある)があり、原作とも違う。

90年初めのテレビ化はその点、原作にも忠実で犯人・刑事役共好演していたと思う。04年ものは時代設定そのものに無理がある。但し、ラストは見応えあり。

80年、90年のテレビ化の内容はよく憶えていないが、04年ものはハンセン病のハの字もでてこない。犯人の父は傷害・殺人事件を起こした人物の設定になっている。根底にハンセン病という、重い課題を持ったテレビ化は無理なのだろうか。

となると、ビジュアル的にはやはり74年の映画化に軍配が上がることになる。ハンセン病を正面に据え、松本清張をして、映画のほうが上だと言わしめたからである。74年作であるが、脚本は60年台半ば頃には出来ていた。山田洋次の脚本集を高校時代に図書館で見つけ、映画化の前に読んだ記憶がある。スッキリとしていて(関川と和賀、恵美子とリエ子を合体させている)良い印象を受けた。しかしこの映画の成功は何といってもラスト30分にわたる父子の巡礼シーンになるだろう。

本はここにおいて、映画に一歩も二歩も譲った感があるが、本当にそうだろうか? その辺のところを再読して確認をしようと思ったのだ。

知能明晰な探偵が快刀乱麻に解決をするわけではなく、読者と同じ視点に立っているから、本はゆったりとしている。歯がゆさはあるものの、心地良さもある。しかし、考えてみたら、「亀嵩」も「紙吹雪の女」も本の半ば前に既に書かれているのだ。いかにその後の展開が錯綜しているのかが判る。

勿論安易な偶然もないではないが、許容範囲といえよう。また50年も前の時代設定なので、古めかしさは否めないが、これも許容範囲といえよう。

今回読んで、改めて思ったことは犯人の冷酷さである。映画やテレビでは内面の苦悩を、ほぼ全面に押し出しているが、本にはそれが一切ない。

従って、犯人に感情移入することもない。むしろ、苦労に苦労を重ねて、最後に犯人逮捕に向かう刑事に拍手喝采を浴びせたいほどだ。昔懐かしいながら、それでも、再読、再々読……に耐える推理小説の傑作であることに間違いはない。
砂の器―長編推理小説 (1961年) (カッパ・ノベルス) Amazon書評・レビュー: 砂の器―長編推理小説 (1961年) (カッパ・ノベルス)より
B000JAMDRO
No.62
(5pt)

中だるみはあるが、重厚長大な傑作ミステリ

野村版映画は傑作だった。あのラスト30分で涙しないものはいない。故丹波哲郎の熱演もみごとだった。本原作は、どうしてもその映画版と比較される運命にある。だから、映画版の出来がすばらしかった分、原作の評価が低くなることがしばしばだ。

 しかし、本作は、映画とは別物である。文庫で上下巻、全集では一巻まるまるが本作だったほど、長い作品だ。その中身は、映画ではカットされて描写されなかったエピソードや、微妙な心理描写などで詰まっている。連載作品の常で、途中だれるところがあるし、冗長な記述がしばしば見られるなど、不満な点をあげればそれなりにある。結構緊張感が続かないところなど、最たるものである。

 だが、本作の内包するテーマはとても大きい。差別意識というものは現代でもなくならない。いや、むしろ今のほうが、仲間意識が強く、他者を排除しようとするエントロピーは強いのではないだろうか。そういう意味では、普遍的なテーマを持つ作品といえるだろう。

 清張作品、特に長編は、竜頭蛇尾だとよく指摘される。本作も確かにその傾向はある。しかし、こんなに大きなテーマをこれだけ徹底したエンタティメントにする能力には脱帽だ。そしてこのテーマには、まさにこの長さが必要だったのである。二組の親子関係の崩壊、という、ある意味エディプス・コンプレックスともいえる裏テーマ。清張ははたして意識していたのだろうか?

砂の器〈上〉 (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 砂の器〈上〉 (新潮文庫)より
4101109249
No.61
(4pt)

ところどころであらが見えるように感じた

殺人事件。必死の捜査も空しく捜査本部は解散するが、老練刑事の今西は他の事件の合間をぬって執拗に事件を追う。
重要参考人が浮上するも、その人物が次々に自然死してゆく。
調査すればするほど、逆に謎が深まっていく。
この今西が事件を追う様子が克明に描かれている。
このリアルを感じさせる調査の過程は、一見の価値があるでしょう。
謎が謎を呼ぶ展開はとても引き込まれる。
だが、解決編はいただけない。
全体に偶然に頼りすぎているし、ところどころであらが見えるように感じた。
それはないだろうと突っ込みたくなる箇所が多い。
調査が丁寧に描がかれているため、解決編のあらが余計に目立ってしまっている。
社会的なテーマも含め、深みが出る要素が多い。
だが、いろいろと盛り込みすぎて、収拾がつかなくなっている感じがしました。
砂の器〈上〉 (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 砂の器〈上〉 (新潮文庫)より
4101109249
No.60
(5pt)

感動を味わう

今頃なぜ古い松本清張のDVDが・・・と思ったものの興味本位から第1巻を購入。
途中から、刑事役である丹波哲郎が過去を振り返るシーン「ただ想像するしかありません・・・」から始まる過去のシーンが涙を誘う。
なぜ、日本の美しい風景をバックに過去が進行する。そして殺害事件が次第に解明されていく。その殺害にあった背景とは・・・。
松本清張傑作映画ベスト10 1 砂の器 (小学館DVD BOOK) Amazon書評・レビュー: 松本清張傑作映画ベスト10 1 砂の器 (小学館DVD BOOK)より
4094804013
No.59
(2pt)

上巻で期待したけど・・

上巻が面白かったので下巻も買ったけど、いつの間にか刑事が天才的な推理を働かせるようになって犯人を突き止めるとは、あまりにも雑。現実問題として推理だけでは公判は維持できないだろうに、こんな雑なストーリーが傑作とは。清張のネームバリューだろう。
小説を映画化するとつまらなくなるものだが、こればっかりは映画のほうが面白い。そういう理由で、ずいぶん前に映画を見た後だけに原作を期待したが、映画のほうが遥かに面白かった珍しい例。
砂の器〈下〉 (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 砂の器〈下〉 (新潮文庫)より
4101109257
No.58
(5pt)

清張作品の映画化、最高傑作。巨大なる悲劇が眼前に登場。

松本清張が原作。映画化されたこの作は、原作を越えている!
野村芳太郎が監督、脚本は橋本忍、山田洋次。登場する俳優は当時を実際に体験し、怒りきっている。彼らの姿そのものなのだ。
なぜ、「砂の器」なのか、この映像化された動きをみよう。映像で納得。
緒形健はなぜ殺されたのか。
役者丹波哲朗の最高作でもある。森田健作。笠知衆も登場。森田健作、そして、天才ミュジッシャン加藤剛。愛人は島田陽子、さらに婚約者等、渥美清も出ている。戦争、敗戦、戦後が見事に描かれている。ハンセンシ病への差別。
なぜ、この事件が起きたのか。背後を知る。
いや、若き人に知って欲しい。
敗戦後の日本。加藤剛は生き、苦しきも堂々と第二の道を歩まんとしている。
しかし、丹波哲朗が朗々と語るあの時代。涙。今こそ、何回も観ないといけない。
解説本は見事。いい作品を小学館は残してくれた。
必見。この作品を観ることなくして死ぬことあい無かれ。
松本清張傑作映画ベスト10 1 砂の器 (小学館DVD BOOK) Amazon書評・レビュー: 松本清張傑作映画ベスト10 1 砂の器 (小学館DVD BOOK)より
4094804013
No.57
(3pt)

筆力を味わう小説

松本清張がすごい小説家ということは、誰もが認めることで、しかし、ときどき外れと言うか、手抜きに等しいゴミ小説もあるのがふしぎなのだけれど。
どこが不思議かというと、そのゴミ小説がかわいく思えるところだ。
さて、砂の器。何度も映画/ドラマ化された、有名な小説だ。
「かめだ」と言う訛りをおって、今西刑事が東北から岡山まで旅するし、なぜか、不発に終わった秋田・亀田地方でキーパーソンと遭遇する。
汽車から紙吹雪をまいた女性の話を聞くと、犯人の衣服を切り裂いて捨てたのだと直感し、3カ月後にも関わらず、その切片を拾ってしまう。
こんなラッキーマンなのだから、途方に暮れて散歩していたら、ある男とぶつかって、そいつに絡まれている内に、そいつが真犯人だった。
という結末でも不思議はないんじゃないかと思うのだが。
それでも松本清張は、すごい小説家なのだとつくづく思う。
こんな展開なのに、ちっとも読む気を失させないのだ。
いったい、どうやって、この状態から大団円に持って行くのだろう!
気になってしょうがない。
これが、松本清張の筆力なのだ。
砂の器〈上〉 (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 砂の器〈上〉 (新潮文庫)より
4101109249
No.56
(2pt)

「紙吹雪」で興ざめ

上巻を読んだ段階ではストーリーがこの後どう展開するのか全くわからない。ストーリー序盤の重要なキーワード「カメダ」に関する捜査に始まり、「ズーズー弁」に関する捜査でストーリーは一歩前進した。しかし、その後紙吹雪を列車の窓からまき散らす女の話を聞いた刑事がある推理をするが、その推理がいただけない。ストーリーにこんな味付けしようとした作者の意図は理解出来ず、作品の質を落としてしまっている。この点を除けば緊張感あふれるストーリー展開で、早く次の展開を見たくなり、どんどん読み進む事が出来る。まだ下巻を読んでないのだが、事件の真相や誰が犯人なのかは上巻を読みながらいろいろ推理しているが、上巻を読み終えた段階では全くわからない。さて、真相やいかに?
砂の器〈上〉 (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 砂の器〈上〉 (新潮文庫)より
4101109249
No.55
(1pt)

これはいったいどういうこと???

この商品、表紙を開けると、
音声に「2.0chステレオ」と「5.1chサラウンド」の2種類が入っているように書かれてあるのですが、
実際は なんと「2.0chステレオ」しか入ってません。
小学館ともあろうものがこれはいったいどういうわけ???
嘘つきやん。
しかもチャプター選択の画面もないし・・・。
デジタルリマスター版と同じ物が入ってるものとばかり思ってたんだけど、甘かった・・・。
めちゃめちゃ汚いので、おそらくデジタルリマスター版ではないのでしょう。
しかし、「5.1chサラウンド」が入ってないのは紛れもなく販売元の大きな間違いなので、
問い合わせてみようと思います。
松本清張傑作映画ベスト10 1 砂の器 (小学館DVD BOOK) Amazon書評・レビュー: 松本清張傑作映画ベスト10 1 砂の器 (小学館DVD BOOK)より
4094804013
No.54
(3pt)

現代芸術嫌悪

作者自身が「原作を越えた」と述べたと伝えられる映画に比べ、小説自体は清張推理小説群の中ではB級品である。トリックの未熟さとヒントの出し渋りを二、三挙げてみてもも、例えば伊勢の旅館の女中が直ぐ思い出す程の三木謙一のズーズー弁を同居の養子彰吉が言下に否定したり、死亡した二人の女性の住居が今西刑事の極く近くだったり、実妹のアパートだったり、血の付いたシャツをわざわざ列車の窓から撒き散らしながら、血の付いたはずのズボンやコートへの言及がなかったり、桐原老人からの手紙を隠したまま、今西のノートに突然伏せ字で「ある人物」の本籍・現住所が現れたり、果ては超音波殺人など、読んでいて苦笑を禁じ得ない。
 映画で喧伝されたハンセン氏病患者に対する世間の無理解への抗議という点でも、原作では病名も書かれず、和賀英良の悲惨な生い立ちを述べる以上の社会的主張は感じられない。
 その代わりに、本書で印象深く思われるのは語り手の現代芸術に対する嫌悪感である。ヌーボーグループに集う若手芸術家・評論家たちには「既成芸術の破壊」という動機以上の芸術的創造力はなく、世間を驚かすことだけで世に出ようとし、その実マスコミや富裕層からの愛顧を願い、仲間内ではひがみと足の引っ張り合い、といった具合で攻撃は休むところがない。和賀英良の前衛音楽も外国からの借りものに過ぎないと手厳しい。特に和賀と関川には彼等より低階層の女性を配し、自己保全ために、同年配の女性たちの無垢の愛を利用したり、死に追いやったりする様子を書き込んで、読者の彼等への同情を執拗なまでに抑圧していると感じられる。
 本書が新聞に掲載されたのは1970〜71年にかけてで、学生運動の無様な終焉期に当たる。それと共に前衛芸術もその戦闘性を失って風俗化した。オールド・リアリストの清張は、足が地に着いていない「前衛」への嫌悪感を、結果を見てから物を言う愚昧さに気づきつつも、敢えて書きたかったに違いない。
砂の器―長編推理小説 (1961年) (カッパ・ノベルス) Amazon書評・レビュー: 砂の器―長編推理小説 (1961年) (カッパ・ノベルス)より
B000JAMDRO
No.53
(3pt)

現代芸術嫌悪

 作者自身が「原作を越えた」と述べたと伝えられる映画に比べ、小説自体は清張推理小説群の中ではB級品である。トリックの未熟さとヒントの出し渋りを二、三挙げてみてもも、例えば伊勢の旅館の女中が直ぐ思い出す程の三木謙一のズーズー弁を同居の養子彰吉が言下に否定したり、死亡した二人の女性の住居が今西刑事の極く近くだったり、実妹のアパートだったり、血の付いたシャツをわざわざ列車の窓から撒き散らしながら、血の付いたはずのズボンやコートへの言及がなかったり、桐原老人からの手紙を隠したまま、今西のノートに突然伏せ字で「ある人物」の本籍・現住所が現れたり、果ては超音波殺人など、読んでいて苦笑を禁じ得ない。
 映画で喧伝されたハンセン氏病患者に対する世間の無理解への抗議という点でも、原作では病名も書かれず、和賀英良の悲惨な生い立ちを述べる以上の社会的主張は感じられない。
 その代わりに、本書で印象深く思われるのは語り手の現代芸術に対する嫌悪感である。ヌーボーグループに集う若手芸術家・評論家たちには「既成芸術の破壊」という動機以上の芸術的創造力はなく、世間を驚かすことだけで世に出ようとし、その実マスコミや富裕層からの愛顧を願い、仲間内ではひがみと足の引っ張り合い、といった具合で攻撃は休むところがない。和賀英良の前衛音楽も外国からの借りものに過ぎないと手厳しい。特に和賀と関川には彼等より低階層の女性を配し、自己保全ために、同年配の女性たちの無垢の愛を利用したり、死に追いやったりする様子を書き込んで、読者の彼等への同情を執拗なまでに抑圧していると感じられる。
 本書が新聞に掲載されたのは1970〜71年にかけてで、学生運動の無様な終焉期に当たる。それと共に前衛芸術もその戦闘性を失って風俗化した。オールド・リアリストの清張は、足が地に着いていない「前衛」への嫌悪感を、結果を見てから物を言う愚昧さに気づきつつも、敢えて書きたかったに違いない。
砂の器 (カッパ・ノベルス 11-9) Amazon書評・レビュー: 砂の器 (カッパ・ノベルス 11-9)より
4334030092