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殺人の門



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【この小説が収録されている参考書籍】
殺人の門
殺人の門 (角川文庫)

殺人の門の評価: 6.00/10点 レビュー 9件。 Cランク
書評・レビュー点数毎のグラフです平均点6.00pt

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サイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
全3件 1~3 1/1ページ
No.3:1人の方が「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

利用する者とされる者

人を殺すとはどういうことなのか。
この人間において最も深い罪と云える殺人に東野圭吾氏が深く切り込んだのが本書だ。

初めて死というものを目の当たりにした小学校5年生の時に起きた祖母の死からじっくりと主人公田島和幸の死に対する考察と興味の推移を描いていく。通常ならば彼の5年生の想い出は数ページのエピソードとして書かれる程度で、田島のキャラクターを形成するアクセントとして添えられるようなものだが、本書ではその彼の原体験である祖母の死とそれによって彼の家族にもたらされた死に纏わる町の噂や離婚、歯科医だった父親の凋落ぶり、そして彼の人生に翻弄され、転校や進学の変更を余儀なくされ、その先々でいじめや恋の略奪を経験する田島和幸の成立ちが丹念に描かれていく。
このなんとも遣る瀬無い転落人生の顛末の読み心地は島田荘司氏の作品に見られる濃さを感じさせる。

それは庶民が中流階級だと勘違いして陥る人生の陥穽の数々だ。

ホステスに入れあげては私財を全て失い、借金まで手を出して挙句の果てに破産して蒸発する主人公の父親のダメっぷり。

デカい儲けを夢見て地道に働くよりも善人を食い物にして生きる道を選ぶ主人公の宿敵、倉持修。

結婚してもブランド好き、社交好きの散財癖が抜けきれず、多額の借金を抱えても屁とも思わない関口美晴。

そんな破綻者たちがなぜか田島和幸の人生には立ち塞がる。

その中でも折に触れ田島の人生に関わる倉持修という男が本書の最大のミステリだろう。

なぜか主人公の田島和幸の人生の節々で関わり合い、彼の慎ましい人生を変えていく。それも悪い方向に。それは残った2枚のカードを眼前に突き出したババ抜きの最終局面を再会するたびに差し迫られているようだ。

この倉持と云う男は田島を嵌める悪意はあったのか?
いや私は読中、恐らくなかったのだろうと思っていた。倉持という男は田島が好きだったのだろう。だから自分が面白いと思っていることに彼を引き込みたがるのだ。そして田島がそれに夢中になるのを見るのが楽しいのだ。そして自分の利益や保身を優先する性格であり、その犠牲として田島に来るべき災厄を振るのだ。しかしそんな倉持の行為に悪意はないだろう。恐らく彼が困ったとき、面倒事が起きたときに、軽い気持ちで田島に任せるか、ぐらいの気持ちでしかないのだと。

つまり倉持とは知らず知らずに自らが原因で周囲の人に迷惑を掛けてしまう男であり、そのことに自覚的でない人間だ、そう考えていた。

しかし読み進むにつれて次第に上昇志向が強く、他者を踏み台にして成りあがろうとする倉持は自分の人生に田島という踏み台を見つけたのだという風に思うようになった。
倉持にとって田島と云う男はカモなのだ。彼が成り上がるために手元に残ったジョーカーを引かせるための相手なのだろう、と。
それは物語の最終である人物の口から倉持の人となりを明かされる段でそれが間違いではなかったことが明かされる。

一方で田島は倉持の踏み台となるべくして生まれた、そうとしか云えない弱者、負け犬人生を歩む。

それにつけても主人公田島和幸の人生とは面白いほどに不幸だ。
名家だった家は父の浮気で没落し、借金苦から大学進学もままならず、また入学した学校や就職した会社ではなぜか誰かに目を付けられ、いじめを受ける。
そんな負の連鎖の人生で彼が望んだのはつつましいながらも家族を持ち、家を持って普通に暮らすことだ。しかしそんな庶民的な夢でさえ、結婚相手がとんでもない浪費家でコツコツと貯めた貯金を全て使われ、さらにはクレジットローンや街金の借金まで背負わされる。普通に暮らすことさえも望めない男だ。

しかしそれも自分に人を見る目がないこと、人を疑うよりも人の話を容易に信じる性格が災いしている。
何事につけ、そんな悲惨な結果を招いたのが自分の選択眼の甘さだということを知らされながらも同じ間違いを犯す。それは自分の将来を奪ったダメ親父と自分が同じだということに気づかない鈍感さによる。田島が身持ちを崩したのはホステスに入れあげ、破産した親父と全く同類なのだ。
またそんな生い立ちだからか、自分の失敗についての反省の念が強すぎるというのもまた欠点だ。借金を作った妻に浮気がばれ、その事で誓約書を書かされる体たらく。それまで妻が田島に行った仕打ちを考えれば、そこまでする必要がないのに、相手の糾弾に物凄い罪悪感を抱き、詳らかに浮気の状況を妻の云うがままに書くシーンではどこまでお人好しなのだと呆れた。

何をやっても上手くいかない男というのがいるが、田島和幸とはまさにその男だ。

弱肉強食という言葉があるが、本書における田島和幸と倉持修の関係がそれだ。

この両者を比べると面白いことが解ってくる。

まずそれはお互いの仕事だ。

倉持修は常に人の心を利用して一攫千金を狙う、大きな金を動かすことを夢見て人生の成功を目指している男だ。それはネズミ講や詐欺商法といった情報や紙切れといった実体のないものを操って金儲けをしている、いわば楽して儲けることを一義として考えている空虚な男だ。

翻って田島は慎ましいながらも物を作る現場や人と触れ合って家具を売ると云った自らで何かを生み出すような実のある仕事を訥々としながらも、器用な世渡りで常に羽振りのいい倉持に嫉妬しながらも羨望やまない心の弱い男だ。

さらに一目瞭然なのが、危険に対する感度の違いだ。

倉持は自分がやっていることが非合法すれすれのことであるを自覚しているからか、危険に対する感度が高い。危機を察するといち早く逃れ、安全圏から事の事態を見守る。世間の恐ろしさを熟知した男だ。

逆に田島は何かにつけ、自分が納得のいくまで物事に首を突っ込む。倉持の誘いで就職した詐欺会社の被害者訪問や彼の浮気の張本人である“幻の女”寺岡理栄子の捜索に、事の真偽を確かめるための別れた妻の実家への訪問、さらに倉持の会社の捜査に入った警察の尋問を受けたりと、通常ならばあるところで引くところをとことんまでやるのが田島の性分らしい。
そのために知らなければいいことまで知り、身も心もすり減らす。つまり危機に対する感度が実に低いのだ。

「手玉に取られる」という言葉があるが、これほど倉持に手玉に取られる田島の人生も珍しい。

そしてこの倉持は田島が折に触れて殺意を募らす卑しい男なのだが、なぜか田島に職をあてがい、更には売り上げに貢献して恋人まで紹介する。全く何を考えているのか解らない男だ。

そんな訳の解らない彼の考えが最終章で明らかになる。

この最終章を読むに至ってこれは『悪意』の変奏曲だということに気付かされる。人はここまで冷酷になれるものかと戦慄さえ覚えた。

本書のタイトルの殺人の門とはその名の通り、殺意が行為に変わって殺人に至るきっかけを指す。
主人公の田島は小学生の頃から人の死に触れ、時に自分が恨みを買って殺されそうにもなった。特に倉持修には人生の節々で殺意を覚えたのだが、殺人者の門を開けるまでに至らなかった。

また彼の貯蓄を食いつぶされ、更には莫大な借金を背負わされた元妻関口美晴に対しても殺人の一歩手前まで行きながらも思い留まった。

その一方で執念深く人を狙い、本懐を遂げる人間もいる。本書で刑事が人が殺人者の門を開けるのには動機、環境、タイミング、その場の気分で人は人を殺すが、人によっては引金が必要な人もおり、それがないと殺人者の門をくぐることが出来ない人もいると述べる。
彼はある意味殺人が出来ない人間だったのだ。

だからこそ最後はほとんどホラーのような結末になったのだ。

またもや救われない物語を東野圭吾氏は生み出した。読後の今は何とも言えない荒廃感だけが残っている。


▼以下、ネタバレ感想

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Tetchy
WHOKS60S
No.2:1人の方が「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

殺人の門の感想

一線を超える瞬間の心の動き、わかる気がする

kmak
0RVCT7SX
No.1:1人の方が「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

殺人の門の感想

「殺意」というものの根幹を問う傑作だと思います。読んでて楽しい作品ではありませんが、素晴らしい作品であると思います。

アルバトロス
CRRRDTJB

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