脳男
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初版刊行(参考)
種別
長編
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あらすじ
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評判
脳男の評価:
5.67/10点 レビュー 12件。 C ランク
脳男の総合評価:
6.52/10点 レビュー 108件。
感想一覧
サイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
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21世紀最後の年2000年に第46回江戸川乱歩賞を受賞した本書は5年前に同賞を受賞した藤原伊織氏の『テロリストのパラソル』以来の話題作となり、その年の週刊文春のミステリーベスト10で1位を獲得し、『このミス』でも16位にランクインした。
この『脳男』という異様なタイトルの本書の魅力はなんといっても鈴木一郎と云う男の奇怪さだろう。
弱冠29歳で物語の舞台となる愛宕市で小さな新聞社を経営している。しかし解っているのはそれだけで鈴木一郎と云う無個性な名前―世界的に有名な大リーガーの名前も同じだが―も偽名である。
彼の正体を探る手がかりは彼の精神鑑定の合間に挟まれる遠い過去の記憶にある。それは彼が重度の火傷を負って全身に手術を施されるシーンであったり、幼き頃に老人から哲学の書を読み聞かされるシーンであったり、断片的にフラッシュバックする事柄が後ほど鈴木一郎の正体を決定づける裏付けとなってくる。
とにかく主人公の精神科医鷲谷真梨子が鈴木一郎の過去を辿るうちに出くわす入陶大威という自閉症の少年の様子が非常に興味深い読み物となっている。
感情を持たない人間の行動とはこれほどまでに想像を超えるものなのかと専門分野の観点から語られる。特にこの大威という少年の特異性には目を見張るものがある。
何かの指示が出されるまで動こうとしないし、人間の三大欲である食欲さえも起こらない、睡眠欲も起こらなく、生理現象でさえ自らの意志で対処しようとしない。また情報の取捨選択をする認識がないため、見た物すべてを覚えてしまう。運動も指示一つで止めろというまで延々と続ける、等々。
まさにロボット人間そのものと云えよう。
本書の読み処は昨今研究が進んで明らかになった自閉症の仕組みを脳科学の分野で詳しく症例を交えて詳らかに語られている所にある。現在ではもはや自閉症という呼称はせずに発達障害という呼び方をするが、一口に自閉症と云っても色々な症状があることが知らされる。
その想像を超える現象の数々に私は思わず食い入るように読まされたのだが、そんな専門知識を見事に自家薬籠中の物として鈴木一郎と云うキャラクターを生み出した作者の手腕を讃えたい。
普段人間は必要なデータと不必要なデータを取捨選択して生活しており、そのためにすれ違う人の服装や通り過ぎる車の種類などを覚えることはしないが、自閉症である彼はその区別がつかなく、見る物全てを記憶してしまう。しかしそれらをデータとして蓄積するだけで活用する手段を知らない彼が、登山家とのトレーニングや彼の身に起きた事件をきっかけに自我に目覚め、究極の人間として生まれ変わる。それは自分の潜在能力をも十分に引き出して、常人を超える身体能力を持ち、自律神経を意識的に操作して一切の苦痛を感じずに戦い、犯罪者たちをこの世から葬る、いわば現代の仕置人、いやスーパーヒーローなのだ。
そんな荒唐無稽な物語をしかし作者は上に書いたように現代医学の当時の最先端の知識を導入してミステリアスに仕上げることに成功した。作品発表から19年経った今でもその新鮮さは色褪せていない。
しかしこのような作品が江戸川乱歩賞を受賞する事が非常に珍しいのではないか。
私も全ての乱歩賞受賞作を読んだわけではないので推測にすぎないのだが、本書のような一人の人間の謎を辿るミステリが受賞した作品は初めてではないだろうか?
事件が起き、それを主人公が犯人なり、動機なりを調べる、いわゆるミステリの定型に則りながらも一般人が通常知りえない主人公が属する業界の専門知識が盛り込まれる妙味が加わった作品が受賞するというのが乱歩賞の常だった。本書は特に脳医学の分野が専門的ながらも非常に解りやすく書かれており、人そのものが最大のミステリであることを示した作品である。
以前ある作家がミステリにおける特異な苗字が多いことに難を示し、「面白い作品であれば主人公の名前が佐藤とか鈴木とかありふれた名前でも全然構わない」といった類の話をしていたが、本書の主人公はごくごく平凡な名である鈴木一郎だ。
逆に他の登場人物の名前は非常に特殊なのに留意したい。鈴木一郎を逮捕した刑事は茶屋であり、鈴木一郎の精神鑑定をするのは鷲谷でその上司の名は苫米地といい、敵役である連続爆弾魔の名は緑川と普段あまり接する事のない名字だ。さらには緋紋家(ひもんや)や空身(うつみ)といった実在しない苗字まで登場し、鈴木一郎を取り巻く登場人物たちの苗字は非常に特色がある。
それがかえってシンプルな鈴木一郎と云う名前を浮き立たせているようにも感じた。しかしそんな演出以上に作者は見事この何の個性も感じない名を持つ主人公が上に書いたような超人として印象に強く残るのだ。つまり新人にして首藤氏は一般的な名を持つ人物こそ最も強い個性を放つという高いハードルを難なく越えてみせたのだ。
島田荘司氏が21世紀ミステリとして、現代科学の知識をふんだんに取り入れ、まだ見ぬ本格ミステリを21世紀になって提唱したが、本書はまさにそれに先駆けた当時最先端の科学を盛り込んだミステリとなっている。
しかし物語はそれだけではなく、鈴木一郎の正体を巡る謎から一転鷲谷真梨子と鈴木一郎がいる愛和会愛宕医療センターが爆弾魔緑川によって占拠され、広い大病院の各所で頻発する爆破事件というパニックサスペンス小説へと変貌する。一言で云い表せない一大エンタテインメント作品なのだ。
また連続爆弾魔緑川の一連の事件にもミッシングリンクがあったことが明かされる。
しかしそんな本格ミステリ趣味をも盛り込みながらもやはり鈴木一郎と云う男の謎には添え物に過ぎないように思われてしまう。
それほどこの“脳男”は鮮烈な印象を私に残した。
物語は続編が書かれるかのように幕を閉じるが、その続編『指し手の顔』は本書の後7年を経てようやく書かれた。
残念ながら本書ほどは話題にならなかったが、先入観を持たずにその作品も読むことを愉しみにしたい。
▼以下、ネタバレ感想