(短編集)

死導標



※タグの編集はログイン後行えます

【この小説が収録されている参考書籍】
オスダメ平均点

0.00pt (10max) / 0件

0.00pt (10max) / 0件

Amazon平均点

4.67pt ( 5max) / 3件

みんなの オススメpt
  自由に投票してください!!
0pt
サイト内ランク []-
ミステリ成分 []
  この作品はミステリ?
  自由に投票してください!!

0.00pt

0.00pt

0.00pt

0.00pt

←非ミステリ

ミステリ→

↑現実的

↓幻想的

初公開日(参考)1976年11月
分類

短編集

閲覧回数669回
お気に入りにされた回数0
読書済みに登録された回数0

■このページのURL

■報告関係
※気になる点がありましたらお知らせください。

死導標 (角川文庫)

2004年09月30日 死導標 (角川文庫)

井沢節子の恋人が北アルプスで消息を断った。失意の中、節子は車を運転中にバイクと接触事故を起こし、将来を嘱望されたカメラマンの平石を失明させてしまう。贖罪のために節子は、平石と結婚するが、彼は心をなかなか開かない。やがて平石の心は少しずつ溶解してゆくが、意外にもそのきっかけとなったのは北アルプスでの出来事だった…。雄大な自然を舞台に、愛と憎しみが錯綜する山岳ミステリー。 (「BOOK」データベースより)




書評・レビュー点数毎のグラフです平均点0.00pt

死導標の総合評価:9.33/10点レビュー 3件。-ランク


■スポンサードリンク


サイトに投稿されている書評・レビュー一覧です

新規レビューを書く⇒みなさんの感想をお待ちしております!!

現在レビューがありません


※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください

No.3:
(5pt)

山岳ものばかりを集めた7編の短編集。表題作は初発表です!

本書は1976年12月に初出版されました。表題作「死導標」は初発表のものですが、他の6編は、すでに発表された作品を再選集したものです。1997年5月光文社文庫、2004年10月角川文庫から文庫化されています。
「死導標」
節子は、失恋のショックでぼんやり運転して、交通事故を起こしてしまった。相手は、プロカメラマンの平石だった。幸い、怪我は、軽症で済んだが、当たり所が悪く平石は失明してしまった。保障問題は、節子の誠意が認められ示談が成立した。だが、視力を失っては、カメラマンとしての仕事は出来ない。節子は、どんな償いでもすると詫びた。平石の求めた贖罪は、自分の目の代わりになって、一生、身の回りの世話をしろ、と言うものだった。それに対して、何の躊躇いも無く、そうしますと節子は言った。そして、二人は結婚する事になった。節子の失恋の穴が大き過ぎて、それを埋める為でもあった。だが、平石の恨みは、収まらず復讐の様に、節子を動物以下に扱った。それでも、節子は、ただヒステリーを起こしているのでは無く、平石の心に何か重大な重荷があることに気が付いた。それは、夜毎、寝汗を大量にかき、寝言を言ってうなされているからである。節子は、その重荷を取り去ってやらねばと思った。平石も節子の誠意が、哀れみや偽りでは無い事が徐々に分かってきた。平石の目となり、節子の動きが平石の手や足になっていた。そんな時、やっと平石が、抱えている重荷の事を話はじめたのである。平石は、その重荷がある場所は、北アルプスだと言う。平石は、写真を撮りによく北アルプスへ行ったことがあるので、夏の時期なら節子が案内人となってくれれば行けると言う。そして、二人が向かった目的地は、後立山連峰のK岳だったのである。だが、ここは、節子にとっても“あの呪うべき箇所”だったのだ。
「醜い高峰」
北アルプス北端に聳えるT岳は、3000メートルを超える高峰で、氷雪の浸食を受けて形成された険しい山容で、ロッククライミングのメッカとされていた。直接聳立している地形上プロのアルピニストかスキーヤーのみに許された厳しい別天地だった。その別天地を一般に開放しようと、麓から斜長4400メートルの壮大なロープウェイが架設された。通年運航のロープウェイは、毎時720人を背広やスカートで、誰でも登れる観光地にしてしまった。プロのクライマーと観光客が、同時に乗るゴンドラは異様な雰囲気がある。3000メートル近い山岳の気象は厳しく、荒れ狂うとロープウェイは停止せざるを得ない。そんな悪天のなか、山頂駅に五人の男が取り残された。杉本達夫と深井順次は、我が国で最も先鋭なロッククライマーの団体「垂直高会」のメンバーで、戸山明、宮崎英吉、松岡恭平ら3人は、頂上で2~3枚写真を撮って下山するつもりだった。杉本と深井はT岳岩壁冬季登攀の記録を狙いにきた登山者だ。二人にとって天候も気になるが、初登攀の記録も大事だ。山頂駅に一般観光客三人を残し、頂上アタックに出発しようとする。残った三人はベテラン二人に出て行かれたらなすすべもない。必死に残ってくれと懇願するが、杉本も深井も今日のために、資金を蓄え十分な練習、下見を繰り返してきただけに、これくらいの事で中止に出来ないと突っぱねる。残された三人の一人宮崎は、東京の大病院の御曹司で50才近くになるのに、病院は父の代からの重役医師に任せきりで、女を連れて温泉回まわりしている気楽な身分の男だ。その宮崎が、杉本と深井が駅舎に残ったら、二人の岩壁登攀費用を負担しようと提案する。札束で頬を叩く商人特有の自信じ満ちた目で睨まれた杉本と深井の意見は対立してしまう。二人の対立は、いかに醜いものか。こんな二人が、頂上アタックしていたら失敗していただろう。
「北ア山荘失踪事件」
北アルプスの主稜ともいう、立山連峰と後立山連峰と槍穂高連峰が交差するところにM岳があった。そこに、長野県O町に住む、山案内人、有川正作が山小屋を開設した。この事によってM岳への入山が容易になった。登山客が多数訪れるようになり、観光地化した。M岳山荘を手伝う正作の娘、幸子は、都会的で繊細なムードを持ち、山の陽に焼けていたが、衣服に隠された肌は、白く肌理が細かく濃厚な色気を感じさせた。山を目的にやって来た登山者は、速やかに彼女のファンになった。そんなファンの中に医大生の竹下和彦がいた。M岳山荘で急病人が出た時、竹下が適切な処置をする姿を見て、幸子が好意を覚えると、二人にプラトニックな恋愛感情が芽生えた。M岳への登行には三日の日程が必要だ。竹下は、休みがあるとM岳へ向かった。学生の身であるから、そんなに頻繁に訪れることは、不可能である。年に数回しか叶わない二人の逢瀬であった。若い男女の儚い心の描写が巧妙に書かれています。だけど、森村氏は、恋愛小説作家ではないので、ここから事件が起こります。三日間の休みでM岳へ来た竹下が、予定の日数を終えて、下山したまま行方不明になってしまうのです。そこには、耐えることの出来ない苦しい幸子の気持ちが書かれています。
「高燥の墳墓」
東京岩峰登高会の先鋭クライマー尾崎達彦と三沢良次郎は、北アルプスS岳東壁の積雪期登攀を狙って、第一岩峰を突破した。第二岩峰を突破したところで、天候の変化を感じた。気温が急降下し風が出た。雪も濃密になり、登ったばかりの第一岩峰も、濃いガスで包まれている。トップの尾崎は、続行するか三沢と相談するが、三沢は強気だった。今更、下降するには、少し登りすぎた感もあるが、三沢は、トップを変わると言い、尾崎と交代した。その間、吹雪は容赦なく二人を襲い、下の尾崎は、前方の三沢の姿も失いかけた。次の瞬間である。三沢が堕ちた。尾崎はジッヘル(確保)の姿勢に入る間もなく、数珠つなぎの状態で雪の壁を堕ちていった。60メートルほど下の雪田で二人は止まった。尾崎は、すぐに立ち上がったが、三沢は起きない。三沢は、左足首を複雑骨折したほかに、右の腿をピッケルの先端で突いていた。尾崎は、40メートル程離れた所に、岩の窪みを発見しビバークサイト(露営地)とした。天候は、翌日になっても回復しない。二人は、風雪の中に閉じ込められながら、直面している悪天が悪名高い“二つ玉低気圧”である事を知る。と言う事は、救助隊さえ近付けないのだ。尾崎は、三沢と一緒に、ここに留まったら二人とも餓死か凍死してしまうと思い始める。元はと言えば、続行を決めたのは三沢だ。三沢は、自業自得だと都合良い事を考える。そして、残ってくれ、と懇願する三沢を置き去りにして、尾崎は下山してしまうのだ。H岳肩の山荘の経営者、三沢良太郎は、弟の三沢良次郎の遭難死に疑問を持った。それは、いつも持っているはずの山日記が発見されなかったことで、そこには、登山中の様子を書き留めておくのだ。次は、尾崎達彦は、食料を残したと言っているが、遺体の近くから、それらの包装紙らしき物が、一切、発見されなかった事。三番目は、尾崎が救助隊に示した場所が、全く方向違いの場所だった事だ。山日記は、墜落の時に失ったかもしれない。食料の包装紙は風雪で飛ばされたかもしれない。遭難した者が遭難場所を分からないのも当然と言える。しかし、兄の良太郎は、何もかも分かっていた。長い歳月をかけて、良太郎の尾崎に対する復讐が始まる。
「裂けた風雪」
長野県O市の菱井銀行O支店に勤める緒方正弘は、初めに入社した時、東京都心の支店に配属されたが、彼の性格が災いして、この地方に飛ばされた。緒方は、人からものを頼まれると断れない性質を持っていた。都心の支店の時、支店長が顧客から受け取った手形が不渡りになった。支店長が、裁量貸出しと言われる、自分の貸金の枠から貸し付けたものだ。支店長は、不渡りの通知を受けると緒方呼び「これは君が、騙されたことにしてくれ」と因果を含めた。その結果、緒方は、O市へ飛ばされたのだ。ところが、緒方は、学生時代からやっていた登山が、やり易くなったと喜ぶほどの、おめでたさだった。その支店に、二宮豪造から緒方宛に集金の依頼が来た。O市は、後立山連峰の登山口として知られている。二宮は、北アルプスG岳に樽ヶ岩山荘を経営していた。登山ブームによる登山人口の増加で山小屋は、大きく増収していた。山小屋は、宿泊を求められたら断れない。宿泊を断ったら、人命事故にもなりかねないからだ。横になるどころか、座れれば良いほうで、立って寝ている者もいるほど満杯になった。その高峰にある山小屋の大金を、回収に行くのが緒方の仕事だったのである。元々、緒方は、登山の経験があり、仕事半分趣味半分の気さくな対応から、二宮から信頼されていた。支店長も、そういう事情から緒方に許可を出した。ところが、通常なら一泊二日の日程で集金に行くのだが、この日は、「午後二時までに来てくれ」と二宮は言う。いつもよりも少し集金日が早いな、と思いながら、二宮から集金した売上金を持って帰社した。そして翌日知ったのは、その日、O市駅前で旅館を経営している有力実業家堀田英作がG岳に通じる砂防ダムから落ちて死んでいたと言う事だ。堀田は、山荘経営にも食指を伸ばし、厚生省の許可を得て、いよいよ来年にも建設が始まる予定だった。新しい山荘が出来たら二宮も困るだろうなと思っていた緒方は、まさかと思った。警察も山荘建築を妨害する動機を持つ二宮に事情を聞く。だが、二宮は、その時間に緒方と会っていてアリバイがある。断れない性格が、アリバイ作りの証人まで引き受けてしまった。
「垂直の陥穽」
昭和二十X年の二月、A大山岳部の滝村と同級の江夏は、一緒に北アルプスS岳に登った。S岳は、北アルプス北端に位置する三千メートル近い高峰で、東面は急斜面の絶壁を懸けているのに対し、西側は、緩やかなスロープが豊富な高山植物を敷き詰めて広がっている。多彩で変化に富んだ山容は、夏には比較的登りやすく、全国から登山者が集まる。ところが、冬期になると日本海低気圧の影響を受け悪天候が続き、プロの登山家のみに許される世界になる。彼らは、ベテランだった訳では無い。夏に一度S岳へ来て、今度は、冬に来ようと、山の夏と冬の落差の凄まじさを知らず、無知の者特有の大胆さで、いとも気軽にやって来たのである。好天に恵まれ、頂上の目の前にある避難小屋へ辿り着き、二人は泊まった。避難小屋には、もう一人の男がいた。古瀬欣一は、一分の隙もない重装備で、かなりのベテランである。そもそも、この時期に単独でS岳に向かうのは、山に精通した登山者ばかりである。翌朝も快晴に明けた。しかし、古瀬は、経験によって学んだ“観天望気”から悪天の兆しを敏感に感じ取っていた。古瀬は、軽装の滝村と江夏に下山する様に忠告する。この天気も午前中だけだ、低気圧が近付いている。だが、二人は言う事を聞かず、山頂を目指して出発した。装備の軽い二人は、古瀬の前方を歩いていることで安心感と優位感を持った。古瀬は、一時間ほど遅れて山頂に着いた。それも二人にとって、間違った自信になってしまった。この頃から、気温は急降下し、天候は、古瀬の言ったように急激に悪化した。体が空中に浮いてしまいそうな強風に抗いながら、猛烈な雪煙の渦に巻き込まれた。古瀬にも、彼ら二人の様子を見るゆとりも無かった。古瀬が経験した、いかなる悪天より凶悪な様相で、山全体が咆哮していた。だが、まだ古瀬は、自分自身に対しては、危険を感じていなかった。食料も十分ある。露営(ビバーク)の要領も得ていた。古瀬は、今までの経験から、一番安全そうな地点を見つけ、雪洞を掘って、ヤドカリの様に、その中へ身を竦めた。暫くすると、外で動物の動く様な気配に気が付く。滝村と江夏だった。二人は、雪洞の中に入ろうとする。古瀬一人でも窮屈な雪洞に三人は入れない。滝村と江夏は、雪洞の掘り方も知らないし、その道具さえ持っていない。そして、そこで見つけた、古瀬が雪洞を掘った時のスコップとピッケルを使い、古瀬の顔面頭部を殴打して殺害してしまうのだ。古瀬の死体を外に出し、二人は、古瀬の雪洞を奪ってしまった。翌日、天候が回復し雪洞から出た二人は、古瀬の凍った死体を崖の下に落した。誰にも近寄れない場所での殺人事件だ、見ている者もいない。古瀬の遺体が発見されたが、遭難事故として処理された。それから二十数年後、滝村と江夏の息子は、偶然にもA大に入学して同じ山岳部に入った。そして、北アルプスS岳一ノ越沢鬼面岩中央岩壁に挑戦して、悲惨な遭難事故を起こす。中央岩壁上部より八十メートル下で、宙吊りになっている二人のショッキングな姿が発見されるのである。これは、同じくA大山岳部主将、古瀬の息子が、長い年月をかけて仕組んだ復讐だったのである。滝村と江夏は、息子たちの姿を遠く離れた所から、望遠鏡(プリズム)で見ていることしか出来なかった。古瀬の息子によって、同じ大学、同じ山岳部へと招き入れ、復讐するため巧妙に作られた陥穽(落とし穴、罠)だった。
「夢の虐殺」
会社という“釈迦の掌”に拘束され、会社組織の“人間部分品”として扱われる事に限界を感じた男が、その殻を割って飛び出そうと考えた。こんな飼育されている様な生活では、自分がダメになってしまうと思ったからだ。会社を休み、彼が考えたのは、日本有数の名峰K岳鬼面岩を、ハーケンも埋め込みボルトも使わずに登る事だった。素手で鬼面岩Cフェースを登った者は、まだ、誰も居なかったからだ。それが出来れば、飼育小屋から抜け出し、自由に動き周り、自分の才能を十分発揮出来ると思った。しかし、この挑戦は、失敗してしまう。大きなオーバーハングがあるので、出発前、万一のため、バックの中に、ハーケンと埋め込みボルトを入れた時点で失敗していたのだ。自分の夢を自分で虐殺してしまった。
死導標 (角川文庫)Amazon書評・レビュー:死導標 (角川文庫)より
4041753643
No.2:
(5pt)

山岳ものばかりを集めた7編の短編集。表題作は初発表です!

本書は1976年12月に初出版されました。表題作「死導標」は初発表のものですが、他の6編は、すでに発表された作品を再選集したものです。1997年5月光文社文庫、2004年10月角川文庫から文庫化されています。
「死導標」
節子は、失恋のショックでぼんやり運転して、交通事故を起こしてしまった。相手は、プロカメラマンの平石だった。幸い、怪我は、軽症で済んだが、当たり所が悪く平石は失明してしまった。保障問題は、節子の誠意が認められ示談が成立した。だが、視力を失っては、カメラマンとしての仕事は出来ない。節子は、どんな償いでもすると詫びた。平石の求めた贖罪は、自分の目の代わりになって、一生、身の回りの世話をしろ、と言うものだった。それに対して、何の躊躇いも無く、そうしますと節子は言った。そして、二人は結婚する事になった。節子の失恋の穴が大き過ぎて、それを埋める為でもあった。だが、平石の恨みは、収まらず復讐の様に、節子を動物以下に扱った。それでも、節子は、ただヒステリーを起こしているのでは無く、平石の心に何か重大な重荷があることに気が付いた。それは、夜毎、寝汗を大量にかき、寝言を言ってうなされているからである。節子は、その重荷を取り去ってやらねばと思った。平石も節子の誠意が、哀れみや偽りでは無い事が徐々に分かってきた。平石の目となり、節子の動きが平石の手や足になっていた。そんな時、やっと平石が、抱えている重荷の事を話はじめたのである。平石は、その重荷がある場所は、北アルプスだと言う。平石は、写真を撮りによく北アルプスへ行ったことがあるので、夏の時期なら節子が案内人となってくれれば行けると言う。そして、二人が向かった目的地は、後立山連峰のK岳だったのである。だが、ここは、節子にとっても“あの呪うべき箇所”だったのだ。
「醜い高峰」
北アルプス北端に聳えるT岳は、3000メートルを超える高峰で、氷雪の浸食を受けて形成された険しい山容で、ロッククライミングのメッカとされていた。直接聳立している地形上プロのアルピニストかスキーヤーのみに許された厳しい別天地だった。その別天地を一般に開放しようと、麓から斜長4400メートルの壮大なロープウェイが架設された。通年運航のロープウェイは、毎時720人を背広やスカートで、誰でも登れる観光地にしてしまった。プロのクライマーと観光客が、同時に乗るゴンドラは異様な雰囲気がある。3000メートル近い山岳の気象は厳しく、荒れ狂うとロープウェイは停止せざるを得ない。そんな悪天のなか、山頂駅に五人の男が取り残された。杉本達夫と深井順次は、我が国で最も先鋭なロッククライマーの団体「垂直高会」のメンバーで、戸山明、宮崎英吉、松岡恭平ら3人は、頂上で2~3枚写真を撮って下山するつもりだった。杉本と深井はT岳岩壁冬季登攀の記録を狙いにきた登山者だ。二人にとって天候も気になるが、初登攀の記録も大事だ。山頂駅に一般観光客三人を残し、頂上アタックに出発しようとする。残った三人はベテラン二人に出て行かれたらなすすべもない。必死に残ってくれと懇願するが、杉本も深井も今日のために、資金を蓄え十分な練習、下見を繰り返してきただけに、これくらいの事で中止に出来ないと突っぱねる。残された三人の一人宮崎は、東京の大病院の御曹司で50才近くになるのに、病院は父の代からの重役医師に任せきりで、女を連れて温泉回まわりしている気楽な身分の男だ。その宮崎が、杉本と深井が駅舎に残ったら、二人の岩壁登攀費用を負担しようと提案する。札束で頬を叩く商人特有の自信じ満ちた目で睨まれた杉本と深井の意見は対立してしまう。二人の対立は、いかに醜いものか。こんな二人が、頂上アタックしていたら失敗していただろう。
「北ア山荘失踪事件」
北アルプスの主稜ともいう、立山連峰と後立山連峰と槍穂高連峰が交差するところにM岳があった。そこに、長野県O町に住む、山案内人、有川正作が山小屋を開設した。この事によってM岳への入山が容易になった。登山客が多数訪れるようになり、観光地化した。M岳山荘を手伝う正作の娘、幸子は、都会的で繊細なムードを持ち、山の陽に焼けていたが、衣服に隠された肌は、白く肌理が細かく濃厚な色気を感じさせた。山を目的にやって来た登山者は、速やかに彼女のファンになった。そんなファンの中に医大生の竹下和彦がいた。M岳山荘で急病人が出た時、竹下が適切な処置をする姿を見て、幸子が好意を覚えると、二人にプラトニックな恋愛感情が芽生えた。M岳への登行には三日の日程が必要だ。竹下は、休みがあるとM岳へ向かった。学生の身であるから、そんなに頻繁に訪れることは、不可能である。年に数回しか叶わない二人の逢瀬であった。若い男女の儚い心の描写が巧妙に書かれています。だけど、森村氏は、恋愛小説作家ではないので、ここから事件が起こります。三日間の休みでM岳へ来た竹下が、予定の日数を終えて、下山したまま行方不明になってしまうのです。そこには、耐えることの出来ない苦しい幸子の気持ちが書かれています。
「高燥の墳墓」
東京岩峰登高会の先鋭クライマー尾崎達彦と三沢良次郎は、北アルプスS岳東壁の積雪期登攀を狙って、第一岩峰を突破した。第二岩峰を突破したところで、天候の変化を感じた。気温が急降下し風が出た。雪も濃密になり、登ったばかりの第一岩峰も、濃いガスで包まれている。トップの尾崎は、続行するか三沢と相談するが、三沢は強気だった。今更、下降するには、少し登りすぎた感もあるが、三沢は、トップを変わると言い、尾崎と交代した。その間、吹雪は容赦なく二人を襲い、下の尾崎は、前方の三沢の姿も失いかけた。次の瞬間である。三沢が堕ちた。尾崎はジッヘル(確保)の姿勢に入る間もなく、数珠つなぎの状態で雪の壁を堕ちていった。60メートルほど下の雪田で二人は止まった。尾崎は、すぐに立ち上がったが、三沢は起きない。三沢は、左足首を複雑骨折したほかに、右の腿をピッケルの先端で突いていた。尾崎は、40メートル程離れた所に、岩の窪みを発見しビバークサイト(露営地)とした。天候は、翌日になっても回復しない。二人は、風雪の中に閉じ込められながら、直面している悪天が悪名高い“二つ玉低気圧”である事を知る。と言う事は、救助隊さえ近付けないのだ。尾崎は、三沢と一緒に、ここに留まったら二人とも餓死か凍死してしまうと思い始める。元はと言えば、続行を決めたのは三沢だ。三沢は、自業自得だと都合良い事を考える。そして、残ってくれ、と懇願する三沢を置き去りにして、尾崎は下山してしまうのだ。H岳肩の山荘の経営者、三沢良太郎は、弟の三沢良次郎の遭難死に疑問を持った。それは、いつも持っているはずの山日記が発見されなかったことで、そこには、登山中の様子を書き留めておくのだ。次は、尾崎達彦は、食料を残したと言っているが、遺体の近くから、それらの包装紙らしき物が、一切、発見されなかった事。三番目は、尾崎が救助隊に示した場所が、全く方向違いの場所だった事だ。山日記は、墜落の時に失ったかもしれない。食料の包装紙は風雪で飛ばされたかもしれない。遭難した者が遭難場所を分からないのも当然と言える。しかし、兄の良太郎は、何もかも分かっていた。長い歳月をかけて、良太郎の尾崎に対する復讐が始まる。
「裂けた風雪」
長野県O市の菱井銀行O支店に勤める緒方正弘は、初めに入社した時、東京都心の支店に配属されたが、彼の性格が災いして、この地方に飛ばされた。緒方は、人からものを頼まれると断れない性質を持っていた。都心の支店の時、支店長が顧客から受け取った手形が不渡りになった。支店長が、裁量貸出しと言われる、自分の貸金の枠から貸し付けたものだ。支店長は、不渡りの通知を受けると緒方呼び「これは君が、騙されたことにしてくれ」と因果を含めた。その結果、緒方は、O市へ飛ばされたのだ。ところが、緒方は、学生時代からやっていた登山が、やり易くなったと喜ぶほどの、おめでたさだった。その支店に、二宮豪造から緒方宛に集金の依頼が来た。O市は、後立山連峰の登山口として知られている。二宮は、北アルプスG岳に樽ヶ岩山荘を経営していた。登山ブームによる登山人口の増加で山小屋は、大きく増収していた。山小屋は、宿泊を求められたら断れない。宿泊を断ったら、人命事故にもなりかねないからだ。横になるどころか、座れれば良いほうで、立って寝ている者もいるほど満杯になった。その高峰にある山小屋の大金を、回収に行くのが緒方の仕事だったのである。元々、緒方は、登山の経験があり、仕事半分趣味半分の気さくな対応から、二宮から信頼されていた。支店長も、そういう事情から緒方に許可を出した。ところが、通常なら一泊二日の日程で集金に行くのだが、この日は、「午後二時までに来てくれ」と二宮は言う。いつもよりも少し集金日が早いな、と思いながら、二宮から集金した売上金を持って帰社した。そして翌日知ったのは、その日、O市駅前で旅館を経営している有力実業家堀田英作がG岳に通じる砂防ダムから落ちて死んでいたと言う事だ。堀田は、山荘経営にも食指を伸ばし、厚生省の許可を得て、いよいよ来年にも建設が始まる予定だった。新しい山荘が出来たら二宮も困るだろうなと思っていた緒方は、まさかと思った。警察も山荘建築を妨害する動機を持つ二宮に事情を聞く。だが、二宮は、その時間に緒方と会っていてアリバイがある。断れない性格が、アリバイ作りの証人まで引き受けてしまった。
「垂直の陥穽」
昭和二十X年の二月、A大山岳部の滝村と同級の江夏は、一緒に北アルプスS岳に登った。S岳は、北アルプス北端に位置する三千メートル近い高峰で、東面は急斜面の絶壁を懸けているのに対し、西側は、緩やかなスロープが豊富な高山植物を敷き詰めて広がっている。多彩で変化に富んだ山容は、夏には比較的登りやすく、全国から登山者が集まる。ところが、冬期になると日本海低気圧の影響を受け悪天候が続き、プロの登山家のみに許される世界になる。彼らは、ベテランだった訳では無い。夏に一度S岳へ来て、今度は、冬に来ようと、山の夏と冬の落差の凄まじさを知らず、無知の者特有の大胆さで、いとも気軽にやって来たのである。好天に恵まれ、頂上の目の前にある避難小屋へ辿り着き、二人は泊まった。避難小屋には、もう一人の男がいた。古瀬欣一は、一分の隙もない重装備で、かなりのベテランである。そもそも、この時期に単独でS岳に向かうのは、山に精通した登山者ばかりである。翌朝も快晴に明けた。しかし、古瀬は、経験によって学んだ“観天望気”から悪天の兆しを敏感に感じ取っていた。古瀬は、軽装の滝村と江夏に下山する様に忠告する。この天気も午前中だけだ、低気圧が近付いている。だが、二人は言う事を聞かず、山頂を目指して出発した。装備の軽い二人は、古瀬の前方を歩いていることで安心感と優位感を持った。古瀬は、一時間ほど遅れて山頂に着いた。それも二人にとって、間違った自信になってしまった。この頃から、気温は急降下し、天候は、古瀬の言ったように急激に悪化した。体が空中に浮いてしまいそうな強風に抗いながら、猛烈な雪煙の渦に巻き込まれた。古瀬にも、彼ら二人の様子を見るゆとりも無かった。古瀬が経験した、いかなる悪天より凶悪な様相で、山全体が咆哮していた。だが、まだ古瀬は、自分自身に対しては、危険を感じていなかった。食料も十分ある。露営(ビバーク)の要領も得ていた。古瀬は、今までの経験から、一番安全そうな地点を見つけ、雪洞を掘って、ヤドカリの様に、その中へ身を竦めた。暫くすると、外で動物の動く様な気配に気が付く。滝村と江夏だった。二人は、雪洞の中に入ろうとする。古瀬一人でも窮屈な雪洞に三人は入れない。滝村と江夏は、雪洞の掘り方も知らないし、その道具さえ持っていない。そして、そこで見つけた、古瀬が雪洞を掘った時のスコップとピッケルを使い、古瀬の顔面頭部を殴打して殺害してしまうのだ。古瀬の死体を外に出し、二人は、古瀬の雪洞を奪ってしまった。翌日、天候が回復し雪洞から出た二人は、古瀬の凍った死体を崖の下に落した。誰にも近寄れない場所での殺人事件だ、見ている者もいない。古瀬の遺体が発見されたが、遭難事故として処理された。それから二十数年後、滝村と江夏の息子は、偶然にもA大に入学して同じ山岳部に入った。そして、北アルプスS岳一ノ越沢鬼面岩中央岩壁に挑戦して、悲惨な遭難事故を起こす。中央岩壁上部より八十メートル下で、宙吊りになっている二人のショッキングな姿が発見されるのである。これは、同じくA大山岳部主将、古瀬の息子が、長い年月をかけて仕組んだ復讐だったのである。滝村と江夏は、息子たちの姿を遠く離れた所から、望遠鏡(プリズム)で見ていることしか出来なかった。古瀬の息子によって、同じ大学、同じ山岳部へと招き入れ、復讐するため巧妙に作られた陥穽(落とし穴、罠)だった。
「夢の虐殺」
会社という“釈迦の掌”に拘束され、会社組織の“人間部分品”として扱われる事に限界を感じた男が、その殻を割って飛び出そうと考えた。こんな飼育されている様な生活では、自分がダメになってしまうと思ったからだ。会社を休み、彼が考えたのは、日本有数の名峰K岳鬼面岩を、ハーケンも埋め込みボルトも使わずに登る事だった。素手で鬼面岩Cフェースを登った者は、まだ、誰も居なかったからだ。それが出来れば、飼育小屋から抜け出し、自由に動き周り、自分の才能を十分発揮出来ると思った。しかし、この挑戦は、失敗してしまう。大きなオーバーハングがあるので、出発前、万一のため、バックの中に、ハーケンと埋め込みボルトを入れた時点で失敗していたのだ。自分の夢を自分で虐殺してしまった。
死導標―山岳推理小説 (カッパ・ノベルス)Amazon書評・レビュー:死導標―山岳推理小説 (カッパ・ノベルス)より
4334023061
No.1:
(4pt)

合格点

登場人物の結婚の経緯など不自然な設定はあるが、この作家で完全に失敗という作品にお目にかかったことはなく、今回も例外ではない。

この本を人に渡して、「Have a field day!」とは言えないが、「そこそこは楽しいよ」とは言える。
死導標 (角川文庫)Amazon書評・レビュー:死導標 (角川文庫)より
4041753643



その他、Amazon書評・レビューが 3件あります。
Amazon書評・レビューを見る     


スポンサードリンク