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iisan さんのレビュー一覧

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レビュー数608

全608件 401~420 21/31ページ

※ネタバレかもしれない感想文は閉じた状態で一覧にしています。
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No.208:
(7pt)

やや時代を感じるが、傑作

森村誠一が1973年から74年にかけて週刊誌に連載した、著者得意のホテルものに分類される社会派ミステリーである。
超高層ホテルの若きホテルマン・山名は、密かに憧れていた女性客が殺されたことから、同期の佐々木と二人で事件の真相を探ろうとする。その謎を解く鍵になったのは、ホテル内で殺害された新聞記者が山名に極秘で託したネガフィルムだった。
女性殺害事件の謎解きを主軸に、ホテル内でのトップの権力争いが絡み、さまざまな登場人物が錯綜する複雑なミステリーであるが、同時に、当時としては珍しかった超高層ホテルの内幕を暴露した娯楽小説でもある。従って、現在の読者にはやや古臭く感じられるのは仕方ないが、支配する者と支配される者の関係、サービスを提供する側とされる側にある差別などに対する筆者の厳しい視線は、いささかも古びてはいない。
落ち着いたストーリー展開の社会派ミステリーファンにはオススメだ。

鍵のかかる棺〈下〉 (徳間文庫)
森村誠一鍵のかかる棺 についてのレビュー
No.207:
(7pt)

みんな純情なの? 悪人なの?

ジョン・ハートの長編第5作。前作「アイアン・ハウス」が面白かっただけに期待したのだが、ミステリーというよりアメリカ南部の人間模様を織り上げた人間ドラマで、ちょっと期待外れだった。
ノースカロライナ州の小都市の女性刑事エリザベスは、少女監禁犯2人を現場で拷問し射殺したとして州検事局から問題視され、停職中だった。犯人2人に18発の銃弾を撃ち込んだ理由の説明をかたくなに拒むエリザベスは、警察内部でも孤立化しつつあった。同じ頃、13年前に捜査中に知り合った女性を殺害した罪で服役していた元刑事ウォールが仮釈放された。ウォールを崇拝し、憧れていたエリザベスは彼の無実を信じていたのだが、ウォールが釈放された翌日、同じ手口で殺害された女性が発見され、警察はウォールを追い始める。
共に警察に追われる刑事2人と、監禁された少女、元刑事に殺された女性の一人息子が主役で、脇役には同僚刑事、刑務所長、弁護士などが配置され、それぞれに抱える心の闇、過去の陰が絡まって早大で複雑な物語が展開される。しかし、ミステリーとしては犯罪の動機、捜査手法などに疑問が多く、あまり出来がいいとは言えない。登場人物が全員、純情だから罪に関わってしまったのか、善悪を抜きにして行動するタイプなのか、めちゃくちゃ内省的でもあり、直情的でもあって、読んでいて混乱させられた。
「アイアン・ハウス」より「川は静かに流れ」や「ラスト・チャイルド」の方が好きという方にはオススメだ。
終わりなき道 上 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
ジョン・ハート終わりなき道 についてのレビュー
No.206:
(7pt)

瞬間湯沸かし器父娘の暴走捜査

スウェーデンを代表する警察小説・刑事ヴァランダー・シリーズの第9作。もうすぐ父親と同じイースタ警察署に勤務することになる娘のリンダが主役を勤める、シリーズ派生的な内容だが、舞台がイースタで登場人物も同じなのでシリーズ作品と言えるだろう。
警察学校を卒業し、故郷のイースタで警察官になるために帰ってきたリンダは、昔の友だちとの付き合いを復活させたのだが、幼なじみのアンナが突然行方不明になった。心配したリンダは、「お前はまだ警官ではない」という父の制止ものともせず、勝手に捜査まがいの行動をとり、何度も父親と衝突していた。そのころ、イースタ周辺では白鳥や子牛が焼かれるという不気味な事件が発生していたのだが、とうとう女性が惨殺されるという事件が発生した。アンナの部屋に勝手に入って日記を読んだリンダは、惨殺された女性の名前が日記に書かれているのを見て仰天する。二つの出来事がつながり始めたとき、そこに表われたのは、カルト集団の影だった・・・。
事件捜査が中心の警察小説ではあるが、主役が警官未満のリンダなので、これまでのヴァランダー・シリーズとはやや雰囲気が異なっている。事件の動機解明、犯罪捜査より、父と娘、あるいは親子の関係などの人間模様の方に目移りしてしまう。実際、事件捜査としてはありえないほど非常識な手法が、ヴァランダーの娘だということで許されているのは、かなり興ざめだった。
ヴァランダー・シリーズとしては出来が良くない作品だが、筆者の死亡により、シリーズ作品もあと2作しか読めないのかと思うと、ファンには必読である。
霜の降りる前に〈上〉 (創元推理文庫)
ヘニング・マンケル霜の降りる前に についてのレビュー
No.205:
(7pt)

藪の中のもやもやが残念

ドイツでは大人気(日本で言えば、宮部みゆきクラス)のミステリー作家の長編小説。ミステリーとしてはやや薄味の家族ドラマである。
イギリスの片田舎で育ち、ロンドンでジャーナリストとして活躍していたロザンナは、ジブラルタルで結婚することになり、幼馴染のエレインを結婚式に招待した。ジブラルタルに向かおうとしたエレインだったが、濃霧のため飛行機が欠航し途方に暮れていたとき、親切な弁護士と出会い、一夜の宿を提供してもらった。翌朝、ジブラルタルに向かったはずのエレインは結婚式には現われず、行方不明となった。
5年後、ロンドン時代の上司から「失踪者」の記事を書かないかと依頼され、エレインの一件も含めて調査を始めることになった。空港でエレインを助けた弁護士・マークと会い、取材をすすめていると、「エレインがいる」という情報が寄せられた・・・。
エレインは、殺されたのか、自分から失踪したのか? これが最後まで隠され、物語は意外な結末を迎えることになる。巻末の紹介文には「最後の最後にあなたを待つのは、震えるほどの衝撃だ」とあるが、それほどのインパクトやサスペンスがある展開ではない。エレインの捜索、事件の真相も、ミステリーとしては平均レベルのできである。本作品の読みどころは、それぞれに問題を抱えている登場人物たちが揺れ動く様相を丁寧に描いた心理描写にある。宮部みゆきというより、湊かなえ的と言えば良いだろうか。
謎解きや犯人追跡のミステリーより心理ドラマの方が好き、という方にはおススメだ。
失踪者〈上〉 (創元推理文庫)
シャルロッテ・リンク失踪者 についてのレビュー
No.204:
(7pt)

すべてに正直な女?

欧米で大きな話題を呼び、映画化権も売れたという、英国の新人のミステリーデビュー作。華やかで奔放な悪女(ヒロイン)が天性の美貌と頭のよさで成り上がって行く、エロティックサスペンスである。
ロンドンの美術品競売会社に勤めるジュディスは、能力を発揮できないつまらない仕事にうんざりしていたのだが、ある日、自分が贋作ではないかと鑑定した絵画が競売にかけられることに疑問を持ち、背景を探ろうとして解雇された。当面の生活費を稼ぐために、バイト先のシャンパン・バーの指名客とリビエラへ行ったのだが、そこで、睡眠薬を飲ませた指名客が死亡してしまった。罪に問われるのを恐れたジュディスは、金を奪い、イタリアに逃亡する。そこで出会った大金持ちの豪華クルーザーに乗ることになったジュディスは、豪奢な生活と「なりたい自分になる」という欲望を満たすため、次々と犯罪を犯すことになった・・・。
主人公が悪女であり、犯罪を犯すことにさほど罪悪感を抱いていないことから反社会的で、しかもセックス描写が大胆なため、スキャンダラスな作品であることは間違いない。しかし同時に、女性が一人で完全犯罪を実行するサスペンスとしても良くできている。
好悪がはっきり分かれる作品であり、悪女に嫌悪感を抱く人にはおススメできないが、タブーに挑戦するストーリーが好みの方にはおススメだ。
真紅のマエストラ
L・S・ヒルトン真紅のマエストラ についてのレビュー
No.203:
(7pt)

妊婦が単身で巨悪に挑む!

いま、ヨーロッパで人気上昇中のスウェーデンの新進作家のデビュー作。ヨーロッパの不法移民をテーマにした社会派ミステリーである。
ジブラルタル海峡を挟んでアフリカが見える、スペイン最南端の町・タリファ。スウェーデンからの観光客で20歳のテレーセが羽目を外し過ぎた翌朝、海岸に流れ着いた黒人男性の死体を発見し、死体はアフリカからの不法移民が溺れ死んだものとして処理された。
ニューヨーク在住の舞台美術家アリーは、妊娠に気がついたが、喜びを伝えるべき夫は取材でパリに出かけており、10日ほどまえに電話があってから音信不通になっていた。フリージャーナリストの夫は、ヨーロッパの不法移民を取材しており、難しい局面に直面していたようだった。夫の身を案じたアリーは、一人でパリへ出かけ、夫を捜すことにした。
妊婦がたった一人で、しかも知り合いもいないパリで夫を探せるのか? 知恵と度胸で難局に挑むアリーの獅子奮迅の活躍が読みどころ。その背景になる不法移民を巡る闇の世界の存在も、サスペンスを盛り上げる。メインのストーリーから生まれるスリル、サスペンスはあるのだが、全体的にやや深みが無い印象を受けた。登場人物のキャラクター設定より物語のテーマを重視する作風のようで、妊婦が単身で組織犯罪と戦うという設定の割には、ヒロインに感情移入しずらかったのが、深みが無い印象につながったのだが、女性読者なら違った印象を持つだろう。
ヒロインが活躍するミステリー、社会派ミステリーが好きな読者にはオススメだ。
海岸の女たち (創元推理文庫)
No.202:
(7pt)

高校生妊婦の「目には目を」

アメリカの女性ミステリー作家のデビュー作。拉致監禁された妊婦(高校生)が知恵と勇気で脱出を成功させた経緯を、17年後に回顧するという物語である。
登校途中に拉致され、一人で監禁されている女子高校生は、お腹の子供を売買する目的で誘拐されたことを知る。実は彼女は極めて特殊な科学的頭脳を持っていて、身の回りにあるものだけを使って犯人に復讐する計画を立て、実行するチャンスを虎視眈々とうかがっていた。そしてある日、計画を実行し、犯人を殺害して逃げ出すのだが、思いも寄らぬ事態に直面することになる。
一方、誘拐事件専門チームに所属するFBI捜査官は、自分の弟が誘拐された経験から誘拐犯を憎悪しており、個性的な相棒とのコンビでFBIの規則も無視して捜査にのめり込んで行く。
誘拐された妊婦とFBI捜査官のそれぞれの独白で、交互にストーリーが展開し、犯行の動機、いかれた犯人の心理、凄惨な犯行様態などが明らかになって行く。事件そのものは凄惨で醜悪なのに、読んでいて嫌悪感が少ないのは、ストーリーの重点が犯行ではなく、ヒロインの脱出に置かれているからである。とにかく、彼女の超人的な能力に驚かされるばかりである。
普通の翻訳ミステリーには必ず付いている登場人物リストが無いので不思議に思ったのだが、途中でその理由が判明すると、なるほどと手を打ち、編集部の配慮にニヤッとさせられた。
女性が監禁される小説としては「その女アレックス」というより、「クリスマスに少女は還る」に近いテイストと言える。
メソッド15/33 (ハヤカワ文庫NV)
シャノン・カークメソッド15/33 についてのレビュー
No.201:
(7pt)

チンピラとロックスターとマフィア

フランスの新鋭ミステリー作家の第2作。ミステリーというより、悪漢小説、成長物語的な犯罪小説である。
人気絶頂のフランスのロックスターがシチリア島で姿を消した。身代金の要求は無く、死体も見つからない、謎の失踪だった。が実は、その二年前に北フランスのカレーで2人のチンピラが、マフィアの金を盗んで逃走するという事件と、関係があったのだ。この二つの出来事を結ぶのが、金を盗まれたマフィアだった。チンピラとロックスターとマフィア、それぞれが欲望と人生をぶつけあったとき、物語は思わぬ方向に転がって行く。
主役となる人物が皆、泥棒というか犯罪に関わっている割には、暗さや凄惨さはない。かといって、ユーモラスな犯罪小説でもない。暴力や陰謀が繰り広げられるのだが、そのシーンが乾いているのである。それはきっと、チンピラ、ロックスター、マフィアのそれぞれが人生に何かを引きずっており、なおかつ自由な生き方を希求し、実現させようとしているからである。
文庫本で500ページの分量、元の文体の読みにくさ(訳文は上手い)もあって、読み通すには体力が必要だが、読んで損が無いことは確かだ。ミステリーというより成長物語ファンにオススメだ。
その先は想像しろ (集英社文庫)
エルヴェ・コメールその先は想像しろ についてのレビュー
No.200:
(7pt)

過去からの亡霊に揺らぐ、リゾートの夏

「エーランド島四部作」の完結編。今回も、古い因縁が現在を揺さぶるゴシック風味のミステリーである。
エーランド島で一大リゾートを経営するクロス家の末端に連なる11歳のヨーナスは、遊びに来たエーランド島でひとり夜の海にボートを漕ぎ出し、幽霊船に遭遇する。必死の思いで逃げ帰ったヨーナスは、高齢者ホームから自宅に帰り、一人でボートハウスで寝ていたイェルロフに助けを求めた。イェルロフはヨーナスの話を信じてくれたが、ヨーナスの父や伯父はヨーナスの話を無視しようとする。しかし、クロス家のリゾートでは不穏な事件が続発し、正体不明の怪しい男の影が見え隠れしていた・・・。
過去の因縁が引き起こした事件というのが、シリーズのいつものパターンなのだが、今回は70年近く前の出来事から物語が始まるというきわめてスパンが長い話で、しかも探偵役は杖が手放せない老船長イェルロフなので、ストーリーはきわめてゆっくりと展開する。季節が夏ということで、いつものエーランド島に比べると賑やかな登場人物やエピソードもあるのだが、基本のテイストは前3作と変わらない。老船長の人間味溢れる推理をじっくり楽しむのが、本作の読みどころだろう。
各作品のストーリーは独立性が高いので、本作から読み始めても問題ないが、できれば第1作「黄昏に眠る秋」から読み始めることをオススメする。
夏に凍える舟
ヨハン・テオリン夏に凍える舟 についてのレビュー
No.199:
(7pt)

成功者、権力者の孤独を笑う(非ミステリー)

精神科医・伊良部シリーズの第3弾。雑誌掲載の4作品を収めた短編集である。
伊良部医師のとぼけた味は相変わらずなのだが、今回は表題作「町長選挙」以外は患者(主役)のキャラが勝っていて、しかも「モデルはあの人」というのが容易に想像できて、前2冊ほど意表をつかれることがなかったのが残念。辛辣でユーモラスな奥田ワールドの持ち味がちょっとだけ薄くなった気がした。

町長選挙 (文春文庫)
奥田英朗町長選挙 についてのレビュー
No.198:
(7pt)

強い女の悲しみが哀感を誘う

「北海道警釧路方面本部刑事第一課 松崎比呂」のサブタイトルが示すように、女性刑事が主役の長編ミステリー。単行本を完全改稿した(表4の説明文)文庫版である。
17年前に釧路湿原で行方不明になった少年の姉・松崎比呂は刑事として釧路方面本部刑事第一課に勤務しており、湿原で他殺死体が発見された事件を担当することになる。被害者は札幌の自動車セールスマンで、青い目を隠すために常にカラーコンタクトを使用していた。被害者が釧路まで来たのはなぜか、殺害されたのはなぜか。17年前の弟の事件を担当したベテラン刑事の片桐とコンビを組み、札幌、小樽、室蘭と巡りながら、松崎比呂は被害者の身元を丁寧に洗っていったのだが、そこで現われて来たのは、終戦時の樺太から命からがら引き揚げて来た女の壮絶なドラマであった。
終戦時の樺太からの引き揚げ、17年前の失踪事件、そして現在の殺人という3つの出来事がつながっていくプロセスが見事である。全体の構成も、登場人物も上手くコントロールされていて、物語に破綻がない。ただ、全体的に文章が硬質で、エンターテイメントとしてはやや読みづらいところがあるのが残念だが、これこそ作者の持ち味とも言え、そこは好き嫌いが分かれるところだろう。
警察ミステリーとしても、女性が主役の社会派ミステリーとしても良くできており、多くの方にオススメできる。
凍原 (講談社文庫)
No.197:
(7pt)

いとも簡単に壊れる、平穏な日常

「最悪」と並び称される、奥田英朗の長編犯罪小説。平穏な日常がいとも簡単に崩れ去って行く恐怖を鮮やかに描いた、傑作エンターテイメント作品である。
東京郊外の住宅街に暮らす及川恭子は、近くのスーパーにパート勤務しながら二人の小学生の子供を育てている専業主婦だった。ある日、夫が勤務する会社が放火され、たまたま宿直だった夫は火傷を負って入院するが、第一発見者として警察から事情を聞かれ、さらに容疑者扱いされるようになる。夫の無実を信じている恭子だったが、ふとしたことから、夫に疑惑を抱くようになった。それでも、子どもたちとの平穏な日常生活を守るために、恭子は強く生きようとする。
放火事件を担当する刑事・久野は36歳独身。7年前に愛妻を交通事故で亡くしてからは義理の母を自分の家族、心の拠り所とし、不眠症に悩む孤独な生活を送っていた。放火事件の捜査の進展とともに、二人の人生の様相が変化し、やがて絡み合い、予測不可能な展開を見せるようになる・・・。
主人公二人(もう一人、高校生も重要な役割りを果たしているのだがキャラが希薄)の描写が絶妙で、ぐいぐい引き込まれ、いつのまにか及川恭子に心を寄せている自分を発見することになる。この辺りのストーリーテラーぶりは、さすが奥田英朗である。あえて欠点を探せば、久野と義母との関係が今ひとつ説明不足というか、腑に落ちない。登場人物たちのさまざまなトラブルや疑問にあえて明快な答えを出さないまま終幕を迎えるのも、奥田英朗流である。
重いノワールというより、犯罪をテーマに時代を描いた心理エンターテイメント作品として楽しめる。ミステリーファンに限らずオススメしたい。
邪魔〈上〉 (講談社文庫)
奥田英朗邪魔 についてのレビュー
No.196:
(7pt)

技巧派らしい短編集(非ミステリー)

雑誌掲載の7作品を集めた短編集。連作ではなく、独立した作品を集めているのだが,首折り男と黒澤という二人の登場人物でつながっている。
登場人物が個性的で,恋愛から復讐、ホラーなどそれぞれの作品にヒネリがあり、それなりに面白いのだが、伊坂ワールドというか独特の世界観があるので、好き嫌いが分かれる作品集である。

首折り男のための協奏曲
伊坂幸太郎首折り男のための協奏曲 についてのレビュー
No.195:
(7pt)

民話が生きている島のファンタジー

エーランド島四部作の第3作。3作品の中では最もファンタジー要素が強いミステリーである。
離婚後,エーランド島に引っ越して来て一人で暮らしているペールのもとに、性格が合わなくて疎遠になっていた父親から「迎えに来てくれ」と電話があった。認知症気味の様子に心配になって行ってみると、自分が経営する映画スタジオで腹に刺し傷を負っている父を発見。さらに、スタジオが放火で焼け,焼け跡から二つの焼死体が見つかった。派手好きの父は、ポルノ業界で成功し,悪名高かったのだが、その過去が引き起こした事件なのだろうか? 双子の子供の一人である娘が難病に苦しむ状況に父親として辛い思いをしながらも,警察の捜査とは別に、ペールが調べ始めると、忌まわしい過去が影を落としていた。
ペールのコテージの隣に豪華な別荘を建てて、流行作家の夫と遊びに来たヴェンデラはエーランド島出身で、島にはあまりよい思い出がなかった。かんしゃく持ちの夫との中は悪くなる一方で、ひっそりとエルフ(島に伝わる妖精)に様々な願いをかけるような日々だった。
あまり幸せな状態にはない二人の日常が重なり、島の民話の主役エルフとトロール(島に伝わる小鬼)が動き始めたとき,隠されていた過去が姿を現し,悲しい現実が明らかになる。
エルフやトロールなどの伝説の存在が現実に影響を及ぼすという点で、ファンタジー好きか嫌いかで評価が分かれる作品である(エルフやトロールがやったことも、実際には人間がやっていたのだが)。犯罪の動機などもいまいち納得しきれなくて,ミステリーとしては前2作品より低く評価するしかないが、シリーズとしてはぎりぎり合格点だろう。

赤く微笑む春 (ハヤカワ・ミステリ)
ヨハン・テオリン赤く微笑む春 についてのレビュー
No.194: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

まさに竜頭蛇尾だなぁ

1990年に発表された、宮部みゆきの第4長編ミステリー。文庫本で777ページという大作である。
謎の男がある使命を確認するハードボイルド風のプロローグから始まって、記憶を失った若い男女が同じ部屋で目覚め、自分たちが何者なのかを追求するストーリーと、失踪した女子高校生の行方を捜すストーリーが並行して進んで行く。やがて「レベル7」というキーワードとある男を媒介にして、二つのストーリーが合わさり、巨悪を倒すことになる。
全体の構成は良くできていて、謎が多い前半は非常にサスペンスが盛り上がる。しかし、時間にして4日間の物語を700ページを越える作品にしたせいもあるかもしれないが、中盤から後半は中だるみで、終盤は読者レビューにあるように「2時間ドラマ」的な平板さで、一気に盛り下がってしまう。事件の背景や犯罪動機も物足りない。それでも最後まで読み通せたのは、作中に生き生きしたエピソードをからめられる文章力が抜群だからと言える。
宮部みゆき作品としては物足りないが、それなりに楽しめる作品であることは間違いない。
レベル7(セブン) (新潮文庫)
宮部みゆきレベル7 についてのレビュー
No.193:
(7pt)

クライムノベルというよりアクションコメディ

2003年に発表された長編小説。表4の紹介文には「痛快クライム・ノベルの傑作」とあるが、「クライム・ノベル」というより「アクション・コメディ」の方がしっくりくる、痛快なエンターテイメント作品である。
出会い系パーティーを主催するヨコケン、一流商社のダメ社員ミタゾウが、ヤクザの賭場から現金を盗もうとして、それを阻止した謎の美女クロチェと出会う。奇妙な関係に陥った三人だったが、クロチェの父親が企む美術品詐欺で集まる10億円を一緒に横取りする計画を立てた。クロチェの父親の詐欺師、賭場を開いているヤクザ、賭場の客の中国人二人組など、悪過ぎる奴らを相手に、三人の完全犯罪計画は成功するのだろうか?
二十代半ばの三人とドーベルマン1頭が、若さと気合いとちょっぴりの頭脳を武器に大胆な犯罪を実行する痛快なアクション小説である。さらに、ところどころにちりばめられたユーモアと三人の友情物語がスパイスとなり、甘酸っぱい青春小説にもなっている。殺しや残忍なシーンも無く、爽やかな読後感で、青年漫画の原作にぴったりな作品である。
コアなクライムノベルのファンには物足りないだろうが、アクション・エンターテイメントのファンにはオススメだ。
真夜中のマーチ (集英社文庫)
奥田英朗真夜中のマーチ についてのレビュー
No.192:
(7pt)

まさに「軽妙洒脱」

御茶ノ水警察署保安係シリーズの第二弾。シリーズ愛好者には説明の要が無い、斉木と梢田のコンビに、今回は女性の五本松巡査部長が加わった三人組の緩くてユーモラスで、ちょっぴり人情的な捕物帳が展開される6本の連作短編集である。
警察とは言え、保安係(生活安全課)が舞台なので捜査そのものは付属的で、斉木と梢田を中心にした署内の人間関係、とぼけた会話、御茶ノ水、神保町界隈の街並や蘊蓄のお話がメインテーマである。同じ作者の警察小説では、これまた人気が高い「禿鷹」シリーズがあるが、それとは好対照。逢坂剛のサービス精神が溢れるコメディとして楽しむことをオススメする。
配達される女 (集英社文庫)
逢坂剛配達される女 についてのレビュー
No.191: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

「背負い投げ」って惹句がピッタリかな?

「人間嘘発見器」キャサリン・ダンスシリーズの第4作。今回は、人間の恐怖心を操って大量殺人を目論む殺人鬼を相手にしたパニック・サスペンス作品である。
ダンスが無罪と判断した男が麻薬組織の殺し屋であることが分かり、ダンスは刑事事件捜査から外された。失意のダンスにまかされたのは、満員のコンサート会場に煙が流れ込み、火事だと思ってパニックになった人々が将棋倒しになって死傷した事件だった。実際には、会場の外のドラム缶で何かが燃やされて煙が発生しただけで、しかも会場には非常口があったのだが、大型トレーラーが停めてあり開けなくなっていた。単なる事故ではないと気付いたダンスだったが、犯人を捕らえる前に、第二、第三の事件を引き起こされてしまった。卑劣で狡知な犯人との知恵比べに、ダンスは勝利することができるのだろうか・・・。
犯行の形態、犯人像、犯罪の背景などは非常に興味深く、どんでん返しが続くストーリー展開もいいのだが、どうも今ひとつ喰い足りない。リンカーン・ライムシリーズに比べると緻密さが足りないというか、ミステリーとしての重要ポイントでご都合主義が顔をのぞかせ過ぎる。本の帯の惹句にある「読者に背負い投げを食わせる」という表現が(悪い意味で)ぴったりしすぎる気がした。特に、犯人逮捕後の2つのエピソードが語られる最後の章は「おいおい、それはないよ〜」という印象だった。
ディーヴァー・ファンにはオススメだが、サスペンスファン、サイコミステリーファンには物足りないかもしれない。
煽動者 上 (文春文庫)
ジェフリー・ディーヴァー煽動者 についてのレビュー
No.190:
(7pt)

もう一歩、踏み込んでもらいたかった

現実の事件をベースにした5作品を収めた短編小説集。
どれも「ああ、あの事件」と想起できるものばかりで、謎解きやサスペンスを楽しむミステリーというより、社会派小説の趣きが強い作品ばかりである。もちろん、事件ルポではなく吉田修一的世界が展開される作品なのだが、いかんせん短か過ぎて、「悪人」や「怒り」のような恐さ、奥深さがないのが残念。どの作品も吉田修一ならではの独自の視点があり、長編になればもっと面白いだろうなぁ〜と。
短編としての完成度は高く、吉田修一ファン、社会派ミステリーファンには十分に楽しめるだろう。
犯罪小説集 (角川文庫)
吉田修一犯罪小説集 についてのレビュー
No.189:
(7pt)

命を危機で生き返る男たち

2001年に発表された書き下ろし長編。ヴィクトルという元KGBの殺し屋が主役のシリーズの第一作である。
日本人とのハーフでKGBの工作員として日本で活動し、ソ連崩壊後KGBを解雇され、貧窮にあえいでいたヴィクトルは、かつての上司でロシアンマフィアのボス・オギエンコから日本人ヤクザの組長暗殺を依頼される。高額の報酬に惹かれて仕事を引き受けたヴィクトルは、日本に潜入し、単独で任務を果たそうとする。そのヴィクトルの前に立ちはだかったのが、組長のボディーガードの兵藤、警視庁公安部の倉島警部補だった・・・。
ゴルゴ13以来のプロのヒットマンの伝統を受け継いだヴィクトルの見事な仕事っぷりが、第一の読みどころ。それに触発されて、それぞれに鬱屈を抱えていた兵藤と倉島が、人生や仕事に対する情熱を取り戻し、人間として再生への道を歩み始めることになるというのが、第二の読みどころ。安全な社会に安住して危機感を失っている日本人に対する作者の苛立ちが、全編を貫く通奏低音である。
日本を舞台にしたサスペンスアクション、警察小説のファンにオススメだ。
曙光の街 (文春文庫)
今野敏曙光の街 についてのレビュー