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言語化するための小説思考
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言語化するための小説思考の評価:
| 書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点4.60pt | ||||||||
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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全14件 1~14 1/1ページ
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| 誰に向けたもので 何を知ってほしくて 情報の順番が大事で 全部を書けばいいわけじゃない アイデアは「視力」(つまり観察力)で 自分の認知を「話」に落とし込む 届けたい誰かに正確に届くためのやり方を模索する 小説思考はデザイン思考に通ずるのだなと思った。 小説の読み方がちょっと変わった。 | ||||
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| 恣意的とか恣意性という言葉がよく出てきますが、小川哲さんは、最近よく誤用される「意図的」という意味で使っているのか、本来の意味である「独断的」「勝手気まま」で使っているのか、どっちだと思いますか。小川哲さんほどの人でも「意図的」という意味で使ってるなら、もうそっちになってしまったんだな、と思って。 | ||||
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| 小説に限らず文章でなにかを伝えたい時、本書の観点は多くの場合で有用である。相手が誰、何を伝えたいか、どのように連れて行くのか、最後には認知させるのか。作る側の醍醐味を知り、改めて著者の小説を読みたいと思ったし、何より自分も何か書いてみたいと思うことができた。 | ||||
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| 最後の小説が笑ってしまった。ユーモラス。25/11/15読了。 | ||||
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| 奥付に「まえがきとあとがきは書き下ろしです」って書いてあって笑った | ||||
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| 好きな作家が自らの仕事について書いてくれている、それだけで贅沢なのに、さらにそれを捌いて思考にしてくれました。 最高か。 私は勝手にこれを食らって、止めてた創作の続きをやろうと思いたちました。 | ||||
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| なぜ小説を書くのだろう。なぜ書いてみたいと思うのだろう。その考えを数多の言葉から探してみるが、文章にするとなぜ伝わらないのだろう。何が問題か。言語化するための小説思考。意識の届かないところに発想はある。共感できない部分に価値はある。何を伝え、何を残し、誰のために書くのか。作り手側と読み手側それぞれの気持ち。それぞれに合わせた文章の書き方はあるが、どうしたら面白さにつながるか。伝えるために必要のない情報を削ぎ落とし、加えてはまた削り、生み出された発想は形にならなくても記憶に残り、いずれ小説で紡がれるだろう。 | ||||
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| 小説という、一見神技に見える営為を極力体系的に、理性的に捉える事を試みた一冊。文章全体から著者の誠実さが伝わり、真に迫る内容である事が感じられます。 本書の内容をあまり広めたくないような、自分だけの秘密にしたいような気持ちになるのも、きっと本書から著者の人柄が伝わるからでしょうね。(あるいはこの感覚すら、著者による操作の結果でしょうか。) 広めたくないので低評価にしたいところですが、作者に倣って誠実な評価をつけます。 | ||||
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| "小説家に必要とされる想像力とは『物語を創作するためのもの』と理解されがちだが、僕は『顔の見えない読者を想定するためのもの』という側面も大きいのではないかと思っている"2025年発刊の本書は『小説家』という"神話"と、『小説』という"奇跡"を徹底的に解体した一冊。 個人的には著者の『地図と拳』他を既読だったことからタイトルに惹かれて手にとりました。 さて、そんな本書は執筆においてプロットは立てないことでも知られる著者が【小説を書くときに考えていること】を可能な限り言語化してみよう。という試みの軌跡が記された、ある種の実験小説となっていて、作者と読者のコミュニケーションである小説について。『小説国の法律について』から始まり、終章の『本気で小説を探しているか?』で終わるまで。いわゆるハウツー的なわかりやすい創作術と違って、『自分の価値観』を捨てて、自分の知らない『小説』を探すプロセスが、あの手この手で記されているのですが。 AIの加速度的な進化で、最大公約数的なテキストが創作においても溢れかえっている現在。著者の小説家としての思考の一端を垣間見ることができる読後感があって楽しかったです。 また小説という。商業的にはより多くの他者からの支持が求められながらも、それだけが決して全てではない芸術としての側面について。考えさせてくれるのも良かったです。 著者ファンの方はもちろん、小説を書いている全ての方にオススメ。 | ||||
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| 文芸BRUTUSで1章読んでいたので待望の書籍化。 日常には小説(的なもの)になり得る事象がたくさんあって、それをどうやって小説(的なもの)に変換していくのかを、小川哲なりに書き綴った作品。筆者も冒頭で、「この世の多くの原理は抽象化していくと似た構造に突き当たる。その点で、抽象的な話に終始する本書は、きっとあなたの興味に重なるはずだ。」と書いているが、決して小説家を目指す人のための本ではなく、文章を書く人、いや何か他者に表現を用いて何か伝える人に視座と、日常の過ごし方を考えるきっかけを与えてくれる作品。 若干、小説思考というタイトルの一言が読者層を狭めてしまいそうでもったいない気がする。 | ||||
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| めちゃくちゃ面白かった。小説と言う奇跡を解読し、理解するための本。そこにはなんの奇跡もなく理論がある。すごく読みやすくて面白くて内容も理にかなった物なのでおすすめです! | ||||
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| 小川哲の本は基本的にすぐ買う。すぐ読む。面白い。それだけでいいといえばいいのだが、やはりそれはなんなのかを知りたいと考える。この本は小説の作法だけでなく、あらゆるコミュニケーションや創造行為、時には生きていくうえでいちばん大切なリズムの作り方のようなものが書いてあると思う。「言葉を生みだす過程で働いている思考の動きを言葉にする」これがテーマです。 この本では、「情報」という言葉がキーワードになる(いまならだれしも言いそうなことだが)。 小説を書くとは、読者に読ませるためのフィクションを書くことである。ところが、最初、読者は情報量ゼロで作者は情報量マックス、という状態だ。つまりどんな内容を読まされるのか、どんなことで自分の貴重な時間を割くのか、読み手はわからない。これでは不安になる。だから最初に作者は、この小説が読み手にとって面白いと思ってもらうための情報を与える必要がある。これは、旅行者に列車の切符を買ってもらうことに似ている。切符を買おうとするのだが、その切符に行き先が書いていないのでは困る。旅行者は当然不安になる。そこで、〇〇方面の列車であるとか、途中でこんな景色が見られるとか、こんな体験ができるとかいうそれなりの事前情報が必要となる。いわば契約書の中身のようなものだ。同じように小説家は、作品の中で、読者に対して(暗黙のうちに)ある種の契約を取り結ばなければならない。これが情報の出し方、という小川哲の考え方である。不特定多数の、趣味も人生も感性も異なり、会ったこともない人間に物語を読んでもらうには、あなたの時間を奪うことと引き換えに、こんな世界に導くということを最初に明らかにしておかなくてはいけないのだ(もちろん、ミステリーツアーというのがあるように、わざと情報量を絞ることで、読者の不安と好奇心を利用する契約もある)。つまり、小説とは読者とこうしたコミュニケーションを取ることで成立するものだというわけである。この後は、小説とは、結局小説とはどこにあるか、を探す旅のようなものだと語られるが、そこらへんのロジックはぜひ読んでもらいたい。 一番役に立つとぼくが思うのは、アイディアの出し方。 自分が不得意な分野に手を出してみる、日頃からアンテナを張る、いろんな人と話をする、連想力を高めるなどこれまでいろんなことが言われてきたが、ぼくは小川哲のかんがえがいちばんしっくりくる。自分が書いた文章のなかに、思わぬアイディアが含まれている。自分が書いてしまった文章が、収拾がつかなくなる、そのときこそ、アイディアを生みだすチャンスだという考え方だ。むかし、京都学派のひとりで木村素衛という哲学者が「表現愛」という概念を提出していたのを思い出した。あらかじめ表現したいものがあるというのではなく、「表現すること」で「表現対象を生みだす」というものだけど、アイディアもまさしくそうしたもの。 ただ、表現を「情報」の出し方に還元してしまうと、大事なものを見落とす可能性があると思う。おそらく、そこが小川哲の弱点。彼の今後が楽しみですね。 | ||||
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| 2025年、10/21出版。初出は、2024年7月~2025年6月の『群像』の「小説を探しに行く」。 小説の技術において、一番重要なことは、「順番」となります。見知らぬ読者に、どういう順番で文章という情報を並べるか。情報量をいかにコントロールして、読者とコミュニケーションをするか。読者は多様で、小説家自身に小説の作法があるように、読者にも個々の小説のあり方についての作法がある。 文章は、端的で的確で、単なる情報伝達以上の暗示を含むように、そして「象徴的で影響力の大きな出来事」を伝える連鎖で、基本的な小説は構成される。 小説家になりたい人は、主題や設定などから入らず、書きたいことや考えたいことから、始めるとよい。アイデアから入ると、専門的になるか陳腐化するか、になりやすい。執筆している過程の中で、小説家はアイデアの種をまき、芽吹かせ、それをつまみながら、個人の想像の限界を超えていける。 小説とは何か、と考えていると、自分自身の価値観が一番縛るものとなる。それは捨てなければならない。自分がダメだと思って、下に見ている作品は、低俗だと判断しているとき、自分は、そこから得られる新しい可能性を捨てている。その拾い損ねた可能性を、真剣に「分析」するためにも、小説家は、作品を書こうとしなければならない。 小説の面白さは、人間の認知した世界の質と、それを文章に圧縮する技術のかけ算によって決まる。AIは小説から小説を生成している。それでは、小説を解凍する読者は、小説を読むことから現実世界の認知へと拡大することができない。 「小説には正解がない」。それぞれの作者が自分自身のやり方で、小説を探していく過程にしか、小説の先の何かを、読者に与える小説が生まれる可能性はない。 【感想】 他者、言語化、コミュニケーション、いつからこういう言葉がゴロゴロと批評の界隈に並べ立てられるようになったのだろうか。どこにでも現われる抽象用語の氾濫に何を仮託しているのだろうか。偏見は悪だと思うとき、偏見の有用性を考える力が落ちていく。しかし、偏見という一つの見解を俯瞰しながら、考えるということを自らに課しながら生きるのは、脳疲労一歩手前になるような、一歩一歩歩くたびに、下が氷でないかと不安になるような。ケア労働する側がいずれケア不可能な疲労に沈み、歴史の針がまき戻るときが到来し始めている気がする。 逆説的な価値観の転倒を、どこかで気づきとして与えようとばかりすると、重箱の隅から抽象への飛翔に失敗するSNSの炎上となりかねない。その絶妙な塩梅のうえに、小説のナイフエッジがあるのだろう。出来事が微細すぎては象徴性を保ち得ない。 ○○思考という本は、今の売れ筋なのかな。そういえば、タイトルについては何も書かれてなかったような気もするような。そんなこといってしまえば、ペンネームはどうするか、本の表紙、執筆環境とかまで伸び散らかすか。言語化するために小説の思考の仕方が役に立つよみたいなビジネス本ではないはずだけど、本屋でビジネス書コーナーにおいてはあったなぁ。 コミュ力という時代があったけど、もう自己PR力とでも言えそうなSNS時代。 足で、隠れて何かをする。手と口は、納得しているかのように。そして、相手も、そういう振る舞いの中で。白鳥がバタ足をするように。必死なことは、真に必死だから水面下でブラックボックスの中で、アタマの中で――。 | ||||
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| 資料や会議、企画にも通ずる考え方だと思う。届けたいと思う人に最高の作品を伝えるにはどうしたら良いか。 道標を示すことかもしれないし、世界観に浸ってもらうことかもしれないし、分かりやすい説明かもしれない。 答えはないが、それでもお互いがいいね!となれるように問いを作り答えを仮に立て、考えたことを全く知らない人に前提を共有し、目的と背景ストーリーの中でメインメッセージを作ることは全てに共通していると思う。 | ||||
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