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おはよう、愚か者。おやすみ、ボクの世界



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【この小説が収録されている参考書籍】
おはよう、愚か者。おやすみ、ボクの世界 (電撃文庫)

おはよう、愚か者。おやすみ、ボクの世界の評価: 4.00/5点 レビュー 9件。 Bランク
書評・レビュー点数毎のグラフです平均点4.00pt


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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です

※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください

全1件 1~1 1/1ページ
No.1:
(3pt)

共依存に浸りきった人間関係からの脱却というテーマ自体は面白いが、いささか「計算され過ぎ」で小説と言うよりよく出来たピタゴラ装置を見せられた様な印象

デビュー作「ただ、それだけでよかったんです」が各方面で賛否両論の大きな反応を引き起こした松村涼哉の二作目。相変わらずタイトルだけ読むと
独特の雰囲気を感じさせてくれる作家さんであり、その読者へのアプローチの巧さに何だか分かっていながら騙されている様な不安を感じつつ拝読

物語は一人目の主人公、大村音彦がある晩中学時代の陸上部の後輩、北崎に呼び出されて滝岡市の中心街からやや外れた文化センターに出向く
場面から始まる。とある事情から北崎たちにリンチを受けるのではないかと警戒しながら文化センターに着いた音彦が目にしたのは惨たらしい殴打の跡を
全身に刻み込まれた北崎とその友人雨宮と木原、そしてその傍らに転がされた一本の特殊警棒だった。慌てて北崎を抱き起こし誰にやられたのかと問う
音彦に北崎が答えたのは「大村音彦」のただ一言。何故北崎が自分を暴行の犯人扱いするのか訳が分からない音彦だったが不意に警備員が現れた事で
その場から逃走してしまう。近くの神社の境内に身を潜めた音彦は滝岡南高校陸上部の仲間である江守を呼び出すが、やってきた江守は音彦を信じると
告げた上でSNSで爆発的に拡散している「enokida haruto」というユーザーによる一つの書き込みを突き付ける。その書き込みは先ほど大村音彦が
自分の友人に暴行を加えた事、そして音彦がこれまで散々彼の友人たちに恐喝を繰り返し3023万円という途方もない額の金を巻き上げた事を告げる
内容の物であった。江守に暴行には覚えが無いと主張する音彦だったが神社に警官が姿を露わした事で江守ともども再び逃走する羽目に

時間は少し巻戻って視点はもう一人の主人公・榎田陽人が北崎たち三人のクラスメイトを特殊警棒で散々に打ち据えて倒れ伏した三人の姿を目の前に
別の場所で待機している仲間に「北崎たちが大村音彦にやられた」と電話で連絡を入れる場面へと移り変わる。高級住宅街にあるクラスメイト三澤の家に
移った陽人は待機していた三澤や安城に近くで潜んでいた陽人に気付いた音彦が急に暴れ出して三人をボロ雑巾の様にしてしまったと説明するが、
三澤や安城は音彦を絶対に潰してやるとますますいきり立つ。興奮する二人に切り札である動画をアップするタイミングを指示しつつも彼女たちを
結局は北崎たち同様に裏切り、その上で大村音彦を追い詰める決意を固めるが…

うーん…よく出来ているんだよな、これ。手に取る動機となったタイトルからラストシーンまで凄くよく計算されているんだよな、本当に。ただここまで計算
されてしまって一切の「遊び」を排除してしまうと小説を読んだという印象じゃなくて、予めこのラストに持って行くと決められたコースの上をボールが転がる
ピタゴラ装置でも見せられたような印象になってしまう。ろくな構成も無しに行き当たりばったりに書かれた様な作品は話にならんが、こうまで作者の意図が
明白に表れた構成の作品は「読んだ」というよりも「読まされた」という読後感が残ってしまい、それはそれで別の問題になるんだよな…難しい所だが

物語の方は自分を呼びだした筈の中学時代の後輩たちがボロボロにされた姿を突き付けられた音彦が、タイミングを見計らったようにSNS上で拡散された
自分が中学生に暴行を加え、それ以前には恐喝で三千万円以上を巻き上げたという情報によって部活仲間はおろか、街ですれ違う全ての人間が敵に
なって行くような状況に追い詰められながら夜の町を逃げまどう形で進む。音彦と語り手を交代しつつ並行して描かれるのは自分を「ボク」と呼び、
特別な存在で在りたいと願ってやまない女子中学生にして剣道の達人・榎田陽人(女の子です、注意!)が音彦を追い詰める為に募った仲間を利用し、
切り捨てながら音彦を追い詰めて行く姿である。追う・追われる関係の二人の存在は陽人のクラスメイトでいじめられっ子であった斉藤由佳を軸に動き、
やがて二人は対決の時を迎えるが、恐喝事件の裏には音彦と由佳が過去に経験した事件と、そこから生じた二人の関係が存在し…というのが主な流れ

話のベースにあるのは共依存関係。庇護の対象としている相手にとって「特別な存在」であるというアイデンティティが肥大しまくった結果コントロール不能
という状態に陥り、自分が利用されている事を半ば自覚し自分の行動が社会的に認められないと理解しつつも「特別感」の喪失を恐れるがあまり、脱出が
叶わない泥沼へとハマり込んだ二人の主人公の姿と、最終的に真実を突き付けられて苦い目覚めを迎えさせられるまでが描かれている

結末に救いが無い、という事で好き嫌いは明確に分かれそうな作品である事は間違いない。が、個人的にはこの流れで安っぽい救いなんか与えられても
話の構成が崩れるだけだから誰も救われず、苦い思いをしただけという結末自体には大いに賛意を示したい。特に転校が多く、他人に影響を受けずに
生きられる孤高の存在を目指し「特別な存在」でありたいと願い続けた女子中学生の陽人が周りを利用して音彦を追い詰めていると思い込み続けた上で
一番酷いしっぺ返しを受けて「ボク」という一人称に代表されていたアイデンティティが完全崩壊するまでをきっちり描いた作品はヒロインに甘過ぎる作品が
多いラノベ界では希少かと。タイトルがこのアイデンティティ崩壊劇を表現していると気付いた時には苦笑が止まらなかった。陽人が仕掛けた追跡劇の
中でボコボコにされながらも最終的には気付きながらも脱却できずにいた共依存関係から脱出を果たせた音彦が勝者と言えば勝者になるのかな?
それでも相当に苦い勝利である事には違いないのだけれども

本当であればこの辺りで各登場人物のキャラクターについて語りたい所なんだけど、どうにもここがネックと言うか…。この作者さんにとって登場人物って
完全に「駒」でありピタゴラ装置で予め仕掛けられた仕組みに従い決まった順路を転がるボールみたいな存在でしかないんだよなあ。どうにも能動感と言うか
キャラクターが一人でに動きだす様な存在感を欠いている。ライトノベルがキャラクター小説である、という指摘は随分昔からなされていると思うけども
そういう意味ではアンチ・ラノベ的作風とでも言うべきか

中盤で音彦と三人目の主役とでも言うべき存在である斉藤由佳の過去がわざわざ黒バックに白抜き文字で描かれるんだけど、音彦と陽人の語りが
交代しながら進行する作品の中でここだけ由佳の独白になっている。それは良いんだが、この回想の中で小学生が大人を殺すという重大な事件が
起きるにも関わらず、どんな手法で、どんな状況でが完全に省かれているのは正直首を傾げざるを得ない。音彦と由佳のその後に関わる重大な事件
であるにも関わらず、そこを詳らかに描かないのはちょっとご都合主義臭く「そこはまあ、適当に読者の方で想像してください」と丸投げしている様な
作者の適当さが感じられた

もっと酷いのは終盤で決定的な真実が明かされる場面なのだけど黒幕がよく喋ること!16頁にわたる独白、まさにワンマンショー!物語のどんでん返しが
黒幕の独り語りで展開されるって!主人公二人の空回りっぷりを強調したかったのかもしれないけど、これは無いわ

読者に訴えかけたいテーマは新鮮だし、そのテーマを物語にうまく落とし込んでいるとは思うけど、ラストに向かって収束する構成が計算され過ぎて
「遊び」の部分で齎される筈のキャラクターの能動感が完全に失われて登場人物に活き活きした印象が全く感じられないし、肝心の部分の作りが
ボカされていささかご都合主義っぽさが出ている事は否めない。そして終盤の長語りはちょっとあり得ない。もう少しキャラクターを活かして登場人物が
真実に近付く部分を増やした方が良かったんじゃないだろうか?決して「つまらん」とは言わないけど、どうにもこれを小説と呼んで良いのか迷う様な作品
計算された作風を維持したまま、その計算の中に登場人物が生きた人間として感じられる様な「遊び」の部分を混ぜてくれる作家さんに成長してくれる事を
期待したい
おはよう、愚か者。おやすみ、ボクの世界 (電撃文庫)Amazon書評・レビュー:おはよう、愚か者。おやすみ、ボクの世界 (電撃文庫)より
4048923161

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