決壊
評判
決壊の評価:
3.83/5点 レビュー 75件。 A ランク
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※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全77件 21〜40 2/4ページ
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決壊の評価:
3.83/5点 レビュー 75件。 A ランク
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神が死んだことでドストエフスキーも死んだからだ。
ミステリ的構造をもつ巨篇である。厳密には純文学作品だ。ゆえに、最小限のネタバレは御容赦いただきたい。無論、あらすじがわかっていても面白い物語こそ偉大である。中心人物は弟沢野良介と兄沢野崇および悪魔だ。弟沢野良介はばらばら遺体として発見される。兄沢野崇は事件当時、恋人と密会していたことから悲劇にまきこまれてゆく。一見、ひとつの殺人事件をめぐる単純なるドラマだ。後半におよぶと、弟沢野良介の悲劇を濫觴として、連続殺人事件、模倣犯による連鎖的殺人、悪魔による都内同時多発テロというように、純文学でえがけるかぎりの壮大さをみせてゆく。
我我読者は、ドストエフスキーの模倣だと錯覚する。
たしかに形式上はドストエフスキー的だ。物語の前半で、ドストエフスキー的に、精緻に登場人物のプロフィール=横顔がえがかれる。後半で一気呵成に事件を叙述してゆく。上巻では、一見、無理矢理に挿入したドストエフスキー的議論がふたつなされる。一方は、あきらかに形而下学と形而上学の対比の問題として物語につながっている。一方は、パクス・アメリカーナ対イスラム原理主義の対峙に託した善悪の問題として物語につながる。なによりも、クライマックスとなる悪魔の動画で物語られる『神』についての議論は、一見して、ドストエフスキー文學における犯罪者の独白にそっくりだ。そのうえで、実際には、根本的に、本作はドストエフスキーと対極的だといいたい。
神の死んだのちにドストエフスキーの倫理は通用しないからだ。
二〇〇〇年代の文壇では、しきりに『ドストエフスキー文學のポリフォニー(多声音楽)性』という論点が話題になっていた。本作も、たくさんの人物が登場して会話や議論をする。ドストエフスキー文學と相違するのは、家族や親友と対照的に、『社会的な会話のほとんどがうわすべり』だということだ。多声だが音楽になっていない。なかんずく、『なんでひとを殺してはいけないのか』『自分が殺されてもいいのならひとを殺してもいいのか』と尋問する少年に、大人たちが『だれひとりとして』核心的なこたえをだせないのは致命的である。すべては偽善で、欺瞞で、金儲けのこたえでしかなかった。
ドストエフスキーならば、神学によってこたえをだしただろう。
柄谷行人は『明治維新によりインテリゲンチャとしての武士たちが武士道というアイデンティティを喪失したことから、おおくが基督教徒に転向し、これが日本人の道徳観になった』と論じていた(『日本近代文学の起源』第三版)。実際の宗教は問わず、日本人にとっての道徳とは基督教である。『なぜひとを殺してはならないのか』という問題に、日本人は無意識的にせよ旧訳聖書にそう書かれているから殺してはならないという信仰でこたえるしかない。実際に言葉にすれば、『殺してはいけないから殺してはいけない』となる。
これは、あながちまちがってはいない。
証左として、基督教徒である佐藤優は『トートロジー(同語反復)がトートロジーだからただしいというかんがえは、基督教徒でなければ理解しがたい』とのべている(《群像》2019年5月号)。無論、このこたえで現実の日本人に『ひとを殺してはいけない』と納得せしめることはできない。ドストエフスキーには可能だったろうが、平野啓一郎にはできない。
『神は死んだ』のだからだ。
小林秀雄は『「白痴」についてⅡ』を発表したのち『基督教を理解できなければドストエフスキーを理解できない』という諦念により、ドストエフスキー研究から日本古典文學研究へと転向した(「小林批評のクリティカル・ポイント」山城むつみ)。平野啓一郎もおなじだ。批評家ではなく『小説家』として、初期の題材とした基督教から転向し、『神の死んだあとのドストエフスキー』になろうとした。神が死んだあとの小説家というだけでも、ドストエフスキーと平野啓一郎は対極的だ。
ドストエフスキーの倫理は、悪魔によって蹂躙される
悪魔はいう。『神なんていない』『幸福こそ現代の神だ』と。悪魔は『不幸』だった。沢野良介は『幸福』だった。だから、殺人事件がおこった。悪魔も沢野良介も共通している。『なぜだろう』とおもうのだ。『なぜおれは不幸なのだろう』『なぜおれは幸福なのだろう』と。『この一枚の薄紙にして巨大なる壁』がふたりを乖離させた。
沢野良介は神によってではなく悪魔と対峙する。
悪魔は沢野良介にいう。『不幸だといえ』『不幸だといえば生かしてやる』と。沢野良介は本作のクライマックスであろう《愛のさけび》によって結果、殺される。たしかに『沢野良介の肉軆』は殺された。同時に、《愛のさけび》によって『沢野良介のこころは殺されなかった』のである。『沢野良介は殺されたが負けなかった』。『悪魔に勝った』のだ。
悪魔はいった。
『幸福は遺伝と環境できまる』と。『自分はシステムのバグなのだ』と。『だからおまえを殺すのだ』と。このくだりはほとんどゲーデルの不完全性定理である。『いかなる論理システムにもかならずゲーデル命題が存在するがゆえに不完全』なのだ。
神でなければ救えない致命的なエラーだ。
沢野崇は『すべては遺伝と環境による』と悪魔の言葉を諒承する。沢野崇は『肉軆は殺されなかった』ものの『こころは殺された』。沢野崇は『悪魔に勝てなかった』『悪魔に負けて』しまった。沢野崇は最終的に発狂(ストレスによる統合失調症の陽性症状を発症)する(個人的な統合失調症体験からだが、此処の描写は非常にリアルである)。
沢野崇が悪魔に勝てなかったのは『なぜだろう』。
終盤、兄沢野崇は弟沢野良介の端末に電子メールをおくる。『Permanent fatal errors(永続的な致命的なエラーです)』と自動返信される。『なぜひとを殺してはいけないのか』という少年の問いに我我が沈黙せざるをえないかぎり致命的なエラーは永続的につづいてゆく。『神』という論拠は死んだのだからだ。
神は死んでも沢野良介の愛は生きていたことが救いだ。
衝撃的で感動的な巨篇といううたい文句はうそではない。