デンデラ

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評判

デンデラの評価:

3.31/5点 レビュー 36件。 C ランク

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平均点3.31pt

Amazonレビュー一覧

Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です

※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください

全36件 21〜36 2/2ページ
No.16
(5pt)

いろいろな要素を詰め込むだけ詰め込んで、うまくまとめ上げた一冊

主人公は斎藤カユ、70歳。
舞台は、姥捨て山の向こう側にある隠れ集落デンデラ。
とある貧しい村で、70歳になると男女ともに姥捨て山に行くことが決まっていた。
これを「お山参り」という。
お山参りをすれば極楽浄土へ行ける、というのが村の言い伝えであった。

物語りは、雪降りしきる中、カユのお山参りのシーンから始まる。
意識朦朧、これで安らかに極楽浄土へ行けると考えるカユ。
いざ命のともし火消えようとしたところで、カユはデンデラの老婆たちに救われる。
デンデラで目が覚めたカユは、助けられたことを喜ばない。
むしろ憤慨する。
デンデラの老婆たちを「生き恥」だと考え、そして口に出して罵る。
それでもデンデラ軍団はカユを包み込むように受け入れる。

老婆たちは、ほとんど皆が生まれた村のことを恨んでいた。
そして、いつか村を復讐のために襲撃しようという「襲撃派」と、
デンデラを静かに発展させていくべきだという「穏健派」の派閥に分かれていた。
決して一枚岩ではないのである。
そんな平均年齢80歳の老婆集落に、熊が襲ってくるのだからたまらない。

あれ?
男がいないぞ。
集落の長である三ツ屋メイ(100歳)は言う。
「男なんざ絶対に入れんよ! この『デンデラ』は女だけのものだ! ざまあみろ」
ひゃぁっ、手厳しい!!
デンデラで生活したいとは思わないけれど、こうまで憎まれると男としては肩身が狭い。

全体を通してみると、無人島に漂着したロビンソンみたいなサバイバルものであり、
女学園で派閥に分かれて火花を散らす乙女たちの青春ストーリーのようでもあり、
熊に喰われるシーンがやけに生々しいパニック・ホラーという感じもあって、
さらには生きるとは何か、死ぬとは何か、そんなことを考えさせる純文学風でもある。
そんないろいろな要素を詰め込むだけ詰め込んで、うまくまとめ上げた感じ。

それにしても、この老婆たち、とにかく元気だ。
木槍をもって熊に突っ込んだり、山を駆けたり、互いに取っ組み合いのケンカをしたり、
とてもじゃないが、診察室で見る70歳、80歳の人にはムリだろうと思う。設定を、
「ある村では豊作祈願のため、毎冬になると裏山の社に15歳の少女を生け贄として捧げていた。
彼女らはただ死を待つのではなく、山の向こうに小さな集落を創っていた」
という風にすれば、アクションシーンは違和感がなくなるが、
村に対する凄まじい恨みや、熊や飢えや病気といった「死」と対峙する姿などは、
やはり若造ではなく老婆たちでないと醸し出せない味わいだ。

映画化もされているこの小説。
グロテスク描写もふんだんに盛り込まれているので、苦手な人は避けるべし。
デンデラ (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: デンデラ (新潮文庫)より
4101345538
No.15
(5pt)

いろいろな要素を詰め込むだけ詰め込んで、うまくまとめ上げた一冊

主人公は斎藤カユ、70歳。
舞台は、姥捨て山の向こう側にある隠れ集落デンデラ。
とある貧しい村で、70歳になると男女ともに姥捨て山に行くことが決まっていた。
これを「お山参り」という。
お山参りをすれば極楽浄土へ行ける、というのが村の言い伝えであった。

物語りは、雪降りしきる中、カユのお山参りのシーンから始まる。
意識朦朧、これで安らかに極楽浄土へ行けると考えるカユ。
いざ命のともし火消えようとしたところで、カユはデンデラの老婆たちに救われる。
デンデラで目が覚めたカユは、助けられたことを喜ばない。
むしろ憤慨する。
デンデラの老婆たちを「生き恥」だと考え、そして口に出して罵る。
それでもデンデラ軍団はカユを包み込むように受け入れる。

老婆たちは、ほとんど皆が生まれた村のことを恨んでいた。
そして、いつか村を復讐のために襲撃しようという「襲撃派」と、
デンデラを静かに発展させていくべきだという「穏健派」の派閥に分かれていた。
決して一枚岩ではないのである。
そんな平均年齢80歳の老婆集落に、熊が襲ってくるのだからたまらない。

あれ?
男がいないぞ。
集落の長である三ツ屋メイ(100歳)は言う。
「男なんざ絶対に入れんよ! この『デンデラ』は女だけのものだ! ざまあみろ」
ひゃぁっ、手厳しい!!
デンデラで生活したいとは思わないけれど、こうまで憎まれると男としては肩身が狭い。

全体を通してみると、無人島に漂着したロビンソンみたいなサバイバルものであり、
女学園で派閥に分かれて火花を散らす乙女たちの青春ストーリーのようでもあり、
熊に喰われるシーンがやけに生々しいパニック・ホラーという感じもあって、
さらには生きるとは何か、死ぬとは何か、そんなことを考えさせる純文学風でもある。
そんないろいろな要素を詰め込むだけ詰め込んで、うまくまとめ上げた感じ。

それにしても、この老婆たち、とにかく元気だ。
木槍をもって熊に突っ込んだり、山を駆けたり、互いに取っ組み合いのケンカをしたり、
とてもじゃないが、診察室で見る70歳、80歳の人にはムリだろうと思う。設定を、
「ある村では豊作祈願のため、毎冬になると裏山の社に15歳の少女を生け贄として捧げていた。
彼女らはただ死を待つのではなく、山の向こうに小さな集落を創っていた」
という風にすれば、アクションシーンは違和感がなくなるが、
村に対する凄まじい恨みや、熊や飢えや病気といった「死」と対峙する姿などは、
やはり若造ではなく老婆たちでないと醸し出せない味わいだ。

映画化もされているこの小説。
グロテスク描写もふんだんに盛り込まれているので、苦手な人は避けるべし。
デンデラ Amazon書評・レビュー: デンデラより
4104525030
No.14
(5pt)

良くできたエンターテイメント小説

「デンデラ」と言うのは、柳田国男の「遠野物語拾遺」の中の言葉の様で、この小説も姥捨伝説の続編の形を取り、舞台は民俗学のそれになっています。
しかし、作者の語ろうとしていることは、飽く迄「現代社会」の問題点を取り上げているように思えます。

「デンデラ」は、「お山参り」で捨てられた女性たちで構成された集落です。そこに集うのは、100歳を筆頭として70歳以上の50名の女性です。この設定からして、「現代社会」の「老齢化問題」を意識しているとしか思えません。
更に言えば、「生と死」の問題にも言及しています。

とは言うものの、物語の構成は集落と羆の対決の物語になっており、その意味では「冒険小説」です。
又、「疫病」の謎解きを最後に主人公がしますが、それを見ると「推理小説」です。
ですから、いろんな要素を兼ね備えたエンターテイメントな小説として、この小説はあるのだと思います。
それだけに、いろんな楽しみ方のある、良くできた楽しい小説だと思います。
デンデラ (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: デンデラ (新潮文庫)より
4101345538
No.13
(5pt)

良くできたエンターテイメント小説

「デンデラ」と言うのは、柳田国男の「遠野物語拾遺」の中の言葉の様で、この小説も姥捨伝説の続編の形を取り、舞台は民俗学のそれになっています。
しかし、作者の語ろうとしていることは、飽く迄「現代社会」の問題点を取り上げているように思えます。

「デンデラ」は、「お山参り」で捨てられた女性たちで構成された集落です。そこに集うのは、100歳を筆頭として70歳以上の50名の女性です。この設定からして、「現代社会」の「老齢化問題」を意識しているとしか思えません。
更に言えば、「生と死」の問題にも言及しています。

とは言うものの、物語の構成は集落と羆の対決の物語になっており、その意味では「冒険小説」です。
又、「疫病」の謎解きを最後に主人公がしますが、それを見ると「推理小説」です。
ですから、いろんな要素を兼ね備えたエンターテイメントな小説として、この小説はあるのだと思います。
それだけに、いろんな楽しみ方のある、良くできた楽しい小説だと思います。
デンデラ Amazon書評・レビュー: デンデラより
4104525030
No.12
(5pt)

筆力も発想力もあるずば抜けた天才

初めてこの作家の本を読みました。
才能がずば抜けています。

70歳を越えた老婆が熊と戦うなんて奇想天外な設定なのに、
力に溢れた筆力がそうかもなと納得させます。

登場する老婆の人物設定も、私には納得できます。
年取ったからって菩薩にはなれません。
家族よりも「自分」です。

エンディングは最初は納得いきませんでしたが、
しばらくたってから、もしかしら、復讐だったのかもと思い始めました。

エンターティメント小説のはずなのに、読み終わった後も考えてしまい、
だれかと感想を話し合いたくなる作品です。
デンデラ (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: デンデラ (新潮文庫)より
4101345538
No.11
(5pt)

筆力も発想力もあるずば抜けた天才

初めてこの作家の本を読みました。
才能がずば抜けています。

70歳を越えた老婆が熊と戦うなんて奇想天外な設定なのに、
力に溢れた筆力がそうかもなと納得させます。

登場する老婆の人物設定も、私には納得できます。
年取ったからって菩薩にはなれません。
家族よりも「自分」です。

エンディングは最初は納得いきませんでしたが、
しばらくたってから、もしかしら、復讐だったのかもと思い始めました。

エンターティメント小説のはずなのに、読み終わった後も考えてしまい、
だれかと感想を話し合いたくなる作品です。
デンデラ Amazon書評・レビュー: デンデラより
4104525030
No.10
(4pt)

異色作。

まさにこのキーワードがしっくりと来る作品でしょう。
人捨てのその後を描いた作品なのですが
老いてもなお、人間の感情というものは
むき出しというものです。
そしてそれがクマの来襲によりより深いものになります。

そして、共同体にありがちな派閥の存在。
その途中で起こるある事件により
人々がだんだんと減っていきます。
そしてそこにはちょっとしたミステリーも
含まれています。

もちろん見所は
主人公のカユが残り少なくなった
デンデラを抜け、
もう戻ることはできない決死行へと
出て行く場面でしょう。

それは老齢の最後の炎のごとく
神秘的に映りました。
どうなったかは描かれてはいませんが
それは読者の私たちが描くべきでしょう。

人を選ぶ作品ですが
悪くはありませんでした。
デンデラ (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: デンデラ (新潮文庫)より
4101345538
No.9
(4pt)

異色作。

まさにこのキーワードがしっくりと来る作品でしょう。
人捨てのその後を描いた作品なのですが
老いてもなお、人間の感情というものは
むき出しというものです。
そしてそれがクマの来襲によりより深いものになります。

そして、共同体にありがちな派閥の存在。
その途中で起こるある事件により
人々がだんだんと減っていきます。
そしてそこにはちょっとしたミステリーも
含まれています。

もちろん見所は
主人公のカユが残り少なくなった
デンデラを抜け、
もう戻ることはできない決死行へと
出て行く場面でしょう。

それは老齢の最後の炎のごとく
神秘的に映りました。
どうなったかは描かれてはいませんが
それは読者の私たちが描くべきでしょう。

人を選ぶ作品ですが
悪くはありませんでした。
デンデラ Amazon書評・レビュー: デンデラより
4104525030
No.8
(4pt)

喝采と激励

会心の一作だと思う。佐藤友哉(ユヤタン)についてきて良かったと
感じさせられた作品だった。

 自分の作品の中で幼い児童や少年・少女たちに襲いかかる世界の悪意、
不条理を書いてきた佐藤友哉だが、『デンデラ』に子供たちは登場しない。
描かれるのは全員、死の淵に片足を突っ込んだような老婆だけである。
そして、彼女たちにふりかかる困難も、物語の導入こそ佐藤友哉の作品に多い
「自分たちを受け入れてくれない社会」から始まっているものの、やがて悪意も
何もない、災害に近い暴力へとその焦点が移っていき、自分たちをさいなむ
現状の責任の所在を他者に求めるような展開に陥るのを、巧みに退けているように思った。
言うなれば、心も肉体も成熟した人間が小さくか弱い子供に自分を投影して
世の中を描こうとする一種のずるさを、そしていま自分が抱えている問題の
原因を自分ではなく自分以外の誰かにそらそうとする欺瞞を、この『デンデラ』で
佐藤友哉は自分にまったく許していないし、読み手にも許可していないのである。
 安易にハッピーエンドとは言い切れないし、一見これまでの作品の延長線上にある
報復や反逆を再び描いたような締められ方だが、実際のところそこには、陶酔的な悲観も
大義名分のまがいものもなく、自分の中から自分をごまかすための甘えを一切
そぎ落としていった果てに、ありのままの自分が、そんな素裸の自分を力強く
肯定して突き進んでいく爽快感を感じた。

 読み終えて、「よくぞ書いた」という気持ちと「まだこんなもんじゃないだろう」
という気持ちと半々。今後への期待が賞賛に若干勝ったので、星4つにとどめた。
佐藤友哉のキャリアにおいて決定的な意味を持つ作品だと思うので、氏の作品を
未読の方だけでなく、ファンの人にこそ強くすすめたい。
デンデラ (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: デンデラ (新潮文庫)より
4101345538
No.7
(4pt)

喝采と激励

会心の一作だと思う。佐藤友哉(ユヤタン)についてきて良かったと
感じさせられた作品だった。

 自分の作品の中で幼い児童や少年・少女たちに襲いかかる世界の悪意、
不条理を書いてきた佐藤友哉だが、『デンデラ』に子供たちは登場しない。
描かれるのは全員、死の淵に片足を突っ込んだような老婆だけである。
そして、彼女たちにふりかかる困難も、物語の導入こそ佐藤友哉の作品に多い
「自分たちを受け入れてくれない社会」から始まっているものの、やがて悪意も
何もない、災害に近い暴力へとその焦点が移っていき、自分たちをさいなむ
現状の責任の所在を他者に求めるような展開に陥るのを、巧みに退けているように思った。
言うなれば、心も肉体も成熟した人間が小さくか弱い子供に自分を投影して
世の中を描こうとする一種のずるさを、そしていま自分が抱えている問題の
原因を自分ではなく自分以外の誰かにそらそうとする欺瞞を、この『デンデラ』で
佐藤友哉は自分にまったく許していないし、読み手にも許可していないのである。
 安易にハッピーエンドとは言い切れないし、一見これまでの作品の延長線上にある
報復や反逆を再び描いたような締められ方だが、実際のところそこには、陶酔的な悲観も
大義名分のまがいものもなく、自分の中から自分をごまかすための甘えを一切
そぎ落としていった果てに、ありのままの自分が、そんな素裸の自分を力強く
肯定して突き進んでいく爽快感を感じた。

 読み終えて、「よくぞ書いた」という気持ちと「まだこんなもんじゃないだろう」
という気持ちと半々。今後への期待が賞賛に若干勝ったので、星4つにとどめた。
佐藤友哉のキャリアにおいて決定的な意味を持つ作品だと思うので、氏の作品を
未読の方だけでなく、ファンの人にこそ強くすすめたい。
デンデラ Amazon書評・レビュー: デンデラより
4104525030
No.6
(5pt)

世間の「あたり前」を考え直すきっかけ

70歳を迎えて「お山参り」をした斉藤カユと、「赤背」という熊の視点から描かれる、おどろおどろしい物語です。
「デンデラ」とは、東北地方の高冷地で、その昔、実際におこなわれていた「口減らし」のための姨捨山を指す言葉です。山中に建てられた小屋で、死を待ちながら共同生活する風習が実際にあったようです。仏の座である「蓮台」の字が当てられており、「れんだい」が訛ったものが「デンデラ」。仏の場所=墓地という意味もあるようです。
この小説の設定は、少し違います。
70歳になり「お山参り」をした老人は、冬の過酷な山中で死ぬことで極楽浄土が約束されているというルールが「村」の生活の中で教育されており、本人もそれを誇らしいこととして確実に死ぬつもりでお山へ入ります。
しかし、なんとこの過酷な山中で生き延びてしまった老婆がおり、「デンデラ」を作ってお山へ来た老婆ばかりを助け、自分を捨てた「村」を襲撃して恨みを晴らすという目的で共同生活をしています。

70年間暮らした村の掟や価値観と180度違う価値観に支配されたデンデラで、斉藤カユが何を感じ、どのように自分自身と向き合っているかが、この小説の「読みどころ」だと思います。寒さ、空腹、疲労、疫病、ケガ、熊の襲撃、仲間の無惨な死に直面しながら、納得のいく生き様、死に様を模索する老婆たちの格闘の中に、思わず自分を置いてしまう、考えさせられる良い作品です。集団心理の発生・拡大も、優れた描写が味わえます。
また、第2の視点である熊の描写も非常に斬新です。動物の本能に対する著者の理解の深さを感じさせます。

昔話調の優しく丁寧な語り口とは裏腹に、熊との格闘シーンなど、表現が非常にグロテスクですし、風呂にも入れない老婆たちの汚れた様子には気持ち悪さを感じるかもしれません。しかし、それらに寄り添えれば、それらは「脳内リアル」として自然に受け入れられると思います。★5つでお勧めします。
デンデラ (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: デンデラ (新潮文庫)より
4101345538
No.5
(5pt)

世間の「あたり前」を考え直すきっかけ

70歳を迎えて「お山参り」をした斉藤カユと、「赤背」という熊の視点から描かれる、おどろおどろしい物語です。
「デンデラ」とは、東北地方の高冷地で、その昔、実際におこなわれていた「口減らし」のための姨捨山を指す言葉です。山中に建てられた小屋で、死を待ちながら共同生活する風習が実際にあったようです。仏の座である「蓮台」の字が当てられており、「れんだい」が訛ったものが「デンデラ」。仏の場所=墓地という意味もあるようです。
この小説の設定は、少し違います。
70歳になり「お山参り」をした老人は、冬の過酷な山中で死ぬことで極楽浄土が約束されているというルールが「村」の生活の中で教育されており、本人もそれを誇らしいこととして確実に死ぬつもりでお山へ入ります。
しかし、なんとこの過酷な山中で生き延びてしまった老婆がおり、「デンデラ」を作ってお山へ来た老婆ばかりを助け、自分を捨てた「村」を襲撃して恨みを晴らすという目的で共同生活をしています。

70年間暮らした村の掟や価値観と180度違う価値観に支配されたデンデラで、斉藤カユが何を感じ、どのように自分自身と向き合っているかが、この小説の「読みどころ」だと思います。寒さ、空腹、疲労、疫病、ケガ、熊の襲撃、仲間の無惨な死に直面しながら、納得のいく生き様、死に様を模索する老婆たちの格闘の中に、思わず自分を置いてしまう、考えさせられる良い作品です。集団心理の発生・拡大も、優れた描写が味わえます。
また、第2の視点である熊の描写も非常に斬新です。動物の本能に対する著者の理解の深さを感じさせます。

昔話調の優しく丁寧な語り口とは裏腹に、熊との格闘シーンなど、表現が非常にグロテスクですし、風呂にも入れない老婆たちの汚れた様子には気持ち悪さを感じるかもしれません。しかし、それらに寄り添えれば、それらは「脳内リアル」として自然に受け入れられると思います。★5つでお勧めします。
デンデラ Amazon書評・レビュー: デンデラより
4104525030
No.4
(4pt)

老婆の無認可秘密集落

「でんでら野」は岩手県遠野に実在したという。姥捨て山にインスピレーションを得て創作された本作は、奇妙にすがすがしい。70過ぎの老婆の無認可秘密集落という設定のため、性の問題が皆無で、政治の問題も極小である。
 物語が生と死に焦点化されて進む。どうやって生きるか。なぜ生きるか。登場人物が多すぎるが、熊の登場で、どんどん削られていく。その過程で各老婆のキャラクターが明確になってくる。生きるか死ぬかの局面で、老婆たちの驚異的な活力が発揮される。彼女たちは、さほど生に執着していない故に、強烈に生命力にあふれている。野生動物に近いのだ。
 「でんでら」に未来はない。現在と過去しかない。だが「でんでら」という特殊な存在ですら、未来や希望という呪いから解き放たれることはないのだ。
デンデラ (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: デンデラ (新潮文庫)より
4101345538
No.3
(4pt)

老婆の無認可秘密集落

「でんでら野」は岩手県遠野に実在したという。姥捨て山にインスピレーションを得て創作された本作は、奇妙にすがすがしい。70過ぎの老婆の無認可秘密集落という設定のため、性の問題が皆無で、政治の問題も極小である。
 物語が生と死に焦点化されて進む。どうやって生きるか。なぜ生きるか。登場人物が多すぎるが、熊の登場で、どんどん削られていく。その過程で各老婆のキャラクターが明確になってくる。生きるか死ぬかの局面で、老婆たちの驚異的な活力が発揮される。彼女たちは、さほど生に執着していない故に、強烈に生命力にあふれている。野生動物に近いのだ。
 「でんでら」に未来はない。現在と過去しかない。だが「でんでら」という特殊な存在ですら、未来や希望という呪いから解き放たれることはないのだ。
デンデラ Amazon書評・レビュー: デンデラより
4104525030
No.2
(5pt)

作品の満足度×佐藤友哉の成長度=読後充実感★10

70歳を過ぎると村から捨てられる『楢山節考 (新潮文庫)』を連想する姥捨て山で、白装束に身を包み極楽浄土を信じて疑わない斎藤カユの意識が朦朧としてきた時、聞こえてはないらない老婆の声が聞こえてきて・・・
暴力で動いていた村から捨てられた老婆たちが女だけの共同体デンデラを形成していて、斎藤カユは望みもしないのに救出されその共同体デンデラの一員にされてしまう。しかしそこは70歳から100歳の百練千磨の老婆が人を騙して動く村で、主人公斎藤カユはこれまでの人生とは違う「生きる」意味を考えることになる。
生きていたくない筈なのに生きようとする行動に繋がる過酷なデンデラでの日々、貧しさが村を狂わせるが死にたいと願う老人が死を恐れていないわけではない。
斎藤カユを始め登場する老婆の息が聞こえてきそうなくらい描き方が丁寧なのに、生々しいわけでもない。体力も弱々しい老婆たちなのに、闘志が作品に漲り気迫が途切れることがない。
挿入される熊の襲来も、相乗効果となり、作品のスケールを大きくしている。
作品の満足度も高いだけでなく、佐藤友哉の成長からくる充実感で満たされた。
佐藤友哉は、『クリスマス・テロル―invisible×inventor (講談社ノベルス)』幕引きから3年ぶりに刊行された『鏡姉妹の飛ぶ教室 (講談社ノベルス)』が戯言から成長を感じない作品で化けてもいなかった。でも、『子供たち怒る怒る怒る』で底力を感じさせた後この『デンデラ』だっただけに読者としての充実感は非常に大きかった。
デンデラ (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: デンデラ (新潮文庫)より
4101345538
No.1
(5pt)

作品の満足度×佐藤友哉の成長度=読後充実感★10

70歳を過ぎると村から捨てられる『楢山節考 (新潮文庫)』を連想する姥捨て山で、白装束に身を包み極楽浄土を信じて疑わない斎藤カユの意識が朦朧としてきた時、聞こえてはないらない老婆の声が聞こえてきて・・・
暴力で動いていた村から捨てられた老婆たちが女だけの共同体デンデラを形成していて、斎藤カユは望みもしないのに救出されその共同体デンデラの一員にされてしまう。しかしそこは70歳から100歳の百練千磨の老婆が人を騙して動く村で、主人公斎藤カユはこれまでの人生とは違う「生きる」意味を考えることになる。
生きていたくない筈なのに生きようとする行動に繋がる過酷なデンデラでの日々、貧しさが村を狂わせるが死にたいと願う老人が死を恐れていないわけではない。
斎藤カユを始め登場する老婆の息が聞こえてきそうなくらい描き方が丁寧なのに、生々しいわけでもない。体力も弱々しい老婆たちなのに、闘志が作品に漲り気迫が途切れることがない。
挿入される熊の襲来も、相乗効果となり、作品のスケールを大きくしている。
作品の満足度も高いだけでなく、佐藤友哉の成長からくる充実感で満たされた。
佐藤友哉は、『クリスマス・テロル―invisible×inventor (講談社ノベルス)』幕引きから3年ぶりに刊行された『鏡姉妹の飛ぶ教室 (講談社ノベルス)』が戯言から成長を感じない作品で化けてもいなかった。でも、『子供たち怒る怒る怒る』で底力を感じさせた後この『デンデラ』だっただけに読者としての充実感は非常に大きかった。
デンデラ Amazon書評・レビュー: デンデラより
4104525030