みのたけの春
- 幕末 (129)
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幕末の但馬の一地方で、榊原清吉という郷士の青年が、養蚕をなりわいとしての暮らしを親友などまわりの群像のあいだで葛藤しながらも貫いて行くところがいい。 最後は、母親の元に帰るのだが、思いびとのみわへの気持ちが伝わるような示唆を示したハッピーエンドにして欲しかった。 | ||||
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きれいなまま届きました。 | ||||
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藤沢周平作品をかなり読み、葉室麟作品や乙川優三郎作品をほとんど読んでから、 初めて読んだ志水辰夫さんの時代小説でした。 話の筋は良かったのですが、表現がやたら今風な所が目につきだすと、それが 気になってしまい、残念でした。 もっと微に入り細に入りして表現力を磨いて、描いてほしかったです。 | ||||
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2作目にして、成熟した時代小説家としての力量を見せてくれました。 最近の書き下ろし時代小説の山にうんざりでしたが、これは愉しい357ページでした。 安心してストーリー展開についていけたのは、藤沢周平の「海坂藩」のような世界を 兵庫県の山中に具体的に作り上げてくれていたためだと思います。 | ||||
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叙情的な文章でハードボイルを書き、ファンからはシミタツと親しまれる志水辰夫。しかし現代という時代、小説をとりまく環境に対し何か思うところがあったのだろう。「うしろ姿」(2005)のあとがきで「この手の作品はこれが最後になります」と宣言した。その言葉のあと書かれたのが「青に候」続いて本書、未読の最新作「つばくろ越え」と、すっかり時代小説に新境地を見つけたよう。作家の年齢や、作品の雰囲気からすれば不思議でもないのだが、時代小説を読んでいくことにまだ若干、躊躇いを覚える若輩のぼくにとっては少し残念。いや残念なのはこの作家が時代小説を書くことでなく、もしかしたら小さくまとまってしまったように思えてしまうことなのかもしれない。叙情とはある意味、予定調和の部分があるのかもしれない。しかし予定調和と、小さく手堅くまとまってしまうことは少し違う。以前のシミタツの作品もいま再読してみれば、もしかしたら叙情的ではあるが、小さい作品に思えてしまうのかもしれない。 しかしまだ若い頃読んだシミタツは、大人になったらこういう男になりたいと思わせるような物語であった。 その時代に、小さな農村で身の丈にあった小さな生活を己の生活と噛み締め、生きる青年の物語。 「親、親、親。親くらいむごいものがこの世にあるのだろうか。一方で、子の苦しみや喜びを、だれよりも倶(とも)にしてくれるもの、それもまた親をおいてないのだ。なにもかもひっくるめたその上に、いまの自分がいるのだった」 作品最後のこの言葉をネットの読者家の多くが取り上げる。これは父親の死で病弱の母親とふたり残された主人公が、母との二人きりのささやかな生活を守ることを、己の生きる道に選ぶことを指す。幕末、家を捨て、時代を動かすことを選んだ若者たちが多い激動の時代のなかで、敢えて「親孝行」の道を選ぶ若者。それはまた、まったくいまどきでのものではない。親を思い、親に尽くすこと。この国の美徳に確かにそうしたものがあった。しかし今やそれはあたかも絵空事のようにさえ思われる。それを今シミタツが訴える意味は何なのだろう。 この主人公の若さは二十歳の若さである。いまどきの二十歳とは違うとしても、まだまだやりたいことも夢も大志も希望もあるはずの年代、そしてそういう夢や希望を持つことが許され、あるいは勝ち取ることのできる幕末という時代において、この若者は背伸びをすることをよしとせず、あくまで身の丈にあった母親と共につましく暮らすことを選ぶ。多くの小説が幕末という時代を激動の時代と描くなかで、その時代に浮かれたものでなく堅実なでささやかな生活を選ぶ小さな市井のひとの姿を描く。 この作品はそうした小さな生活や、親子の絆に価値を見つけ、丁寧に描いた作品といえるのだろうか。親があればこそ、今の自分がある。それ故に親を守り生きていくこと。それが大事だと。そう訴えているのだろうか。 作品のなかで主人公の師事する私塾の師が、妻亡き今、自分の世話のために娘を家に縛りつけている自分の姿を見つめ、親が子を縛ることは親として果たして正しいことかを問う場面がある。作家の真意はどこにあるのだろう。 一方、子が親を大切に思い、親が子を思いながらも、その二人がまたそれぞれ別の人間であることを残酷に描く場面もある。自分より年上の、師の娘に密かな想いを寄せる主人公。その娘のために密かに買い、渡しそびれたかんざしを主人公の長持のなかで見つける母親。他の女性を主人公が想いを寄せる相手と勘違いし、あっけらかんとあの娘だったら私も好いなどと言ってしまう。今更、自分の本当の気持を打ち明ける術を持たない主人公の姿はまさに、現実の不条理を表す シミタツの書く叙情的な文章は、確かに大人の巧い小説の文章だ。ただこの青年は二十歳にしてはあまりに老成し過ぎている。諦念とはまた違う。 作品の描かれる時代、主人公の境遇であったとしても二十歳の青年をこのように描くのは大人の身勝手な気がする。これが三十歳半ばを越える主人公の物語であればもう少し納得できるのだろう。もっともそれはある意味、ありがちな話になってしまう。若さゆえの悲壮感も、また作品の魅力なのだろう。 悪い作品ではないとは思う。しかしやはり高く評価するには及ばない。染み入るような大人の読み物とでもいうべきか。 | ||||
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