女たちの沈黙
- 歴史小説 (99)
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ホメロス「イーリアス」を題材にしたもの、と最初は知らずに読み始めましたが、とても惹きこまれました。訳文もいいのだと思います。「イーリアス」を読んでみたいと思いました。 | ||||
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本書『女たちの沈黙』は、今から三千年以上前(紀元前13世紀ごろ)の戦争を、 女性の視点から物語った歴史小説です。 そのころの戦争は、領土争いではなく、財産略奪が目的だったようです。 敵の男性は皆殺しにして絶滅させ、 敵の女性は「戦利品」として自国へ持ち帰る、という戦争。 領土と覇権を目的とする現代の戦争とは、目的が違うようです。 女をめぐって争う戦争なんて、今やありえないことでしょう。 本書の「女たち」とは、 トロイア戦争でギリシア連合軍によって滅ぼされたトロイアから 戦利品としてギリシアへ連れてこられた少女たち。 ギリシア連合軍の野営地で、奴隷(戦利品)となったトロイアの少女たちです。 中には、ギリシアで子を産む女性もいたでしょう。 「トロイア人とギリシア人両方の血を引く子どもの母親」(409頁)になった 女性も少なくなかったことでしょう。 本書冒頭の「主な登場人物」に、<戦利品>として紹介されている少女たちは、 「物」(214頁)として扱われていたのです。そんな時代だったのです。 「わたしは奴隷だったし、奴隷なら何だってするだろう。物であるのをやめられて人間に戻るためなら、とにかく何でも」(131頁) 物は物でも、痰を吐く壺にされた女「わたし」も描かれていました。 「あの男はわたしの歯のあいだに指を突っ込み、顎をこじ開けると――ゆっくりと時間をかけて――痰(たん)の大きなかたまりをこしらえ、わたしの開いた口に吐き出した」(167頁) 同じトロイア戦争を、男の視点から語った物語が、本書以前に存在します。 あの有名なホメロスの『イリアス』です。 「紀元前八世紀ごろ作られたとされてい」(450頁)る『イリアス』にも 書かれているように、 トロイア王国の娘「ブリセイス」は、 「ギリシア連合軍随一の英雄」(4頁)アキレウスの戦利品だったのでした。 ところが、アキレウスと言い争ったギリシア連合軍総司令官のアガメムノンは、 アキレウスが迫った意見(アガメムノン自身の戦利品の娘「クリュセイス」を 娘の父親のもとへ返せ)を承諾する代償として、 アキレウスの戦利品である「ブリセイス」を奪ったのです。 こんな戦利品の味方同士の取り合いが『イリアス』には書かれているそうです。 『イリアス』も読んでみる予定です。 トロイア戦争は、紀元前13世紀ごろ、ギリシア連合軍がトロイア王国に攻め込み、 約十年間にわたって続いた戦争です。 途中、アキレウスがアガメムノンの仕打ちに怒り、トロイアと戦うことを放棄したので、 ギリシア連合軍は、いったん劣勢を強いられます。 しかし、その後、ギリシア連合軍が盛り返したのです。 そこまでが『イリアス』の「あらすじ」だそうです。 本書の著者は、女性です。女性の視線が感じられます。 「戦争がこれほどだらだら長引いていることを誰も信じられなかった。九年間、トロイアの平原で両軍は戦いつづけていたのだ」(66頁) 結局、トロイア戦争は、ギリシア連合軍の大勝利に終わります。 ギリシア連合軍が盛り返し、戦争が終結するまでが、本書『女たちの沈黙』に語られています。 語り手の「わたし」は、トロイアの少女「ブリセイス」。 「ブリセイス」が「十歳か十一歳のころ」(80頁)トロイア戦争がはじまったのです。 リュルネソス王国の若き王妃の「わたし」ブリセイスが「十九歳の娘」(451頁)になったとき、 トロイアの近隣都市リュルネソスがギリシア連合軍によって滅ぼされたのです。 そのため「わたし」は「ギリシア連合軍隋一の英雄」(4頁)のアキレウスの奴隷(戦利品) となったのです。 このような少女たちのことを「戦利品」と呼んだのです。奴隷(人間)以下の扱いです。 しかし「わたし」は、 「ただのアキレウスの床娘――はたまたアガメムノンの痰壺(たんつぼ)であることからさらに一歩踏み出せた」(194頁)少女だったのです。 痰壺。 アガメムノンは、少女を「痰壺」にしたんです。なんて屈辱的なことをしたのでしょう。 「わたし」は「ずっとやっきになって、チュニックのへりで口をこすってきれいにしようとしていたけれど、懸命にそうするあまり戻しそうになったので、砂の上に吐いた」(168頁) こんな、吐くほどの嫌悪感を少女に与えたアガメムノンの行為は、 現代社会では絶対に許されません。 本書『女たちの沈黙』の原タイトルは、「The Silence of the Girls」 「女たち」と日本語に訳された英語は「Girls」でした。 「少女と言ってもいい」(5頁)「女たち」だったのです。 戦争で敗れたトロイア王国の 「プリアモス王の娘ポリュクセネが生贄に選ばれた。十五歳の処女だ」(427頁) この生贄というのも、人間を動物扱いしています。 「『アキレウスの埋葬塚の上で死ぬほうがましよ』ポリュクセネがそう言うのが聞こえた。『生き永らえて奴隷になるくらいなら』」(431頁、444頁) わずか十五歳で戦争の生贄にされた少女ポリュクセネは、沈黙しませんでした。 本書『女たちの沈黙』の原書の刊行は、2018年。 続篇となる「The Women of Troy」(日本では未訳)の刊行は、2021年。 続篇の英語は「Women」となっています。 続篇の「女たち」の日本語訳が早く読みたいものです。 本書の「主な登場人物」(4頁)は、大きく三つのグループに分かれています。 《「戦利品」の女たち》 《ギリシア連合軍の男たち》 《トロイア勢》 ところが、トロイア戦争のきっかけとなった「ヘレネ」一人だけ、 どのグループにも属していません。 ギリシア連合軍の「メネラオスの妻」だから。 正式な妻であり、<戦利品>ではないからでしょう。 本書『女たちの沈黙』の主人公は、 「女には沈黙こそ似つかわしい」(404頁、443頁) という格言を聞いて育った少女たちでした。 続篇となる「The Women of Troy」の和訳本が早く読みたいです。 少女たちが、どんな大人の女たちに変わるのか、知りたいです。 | ||||
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『イリアス』といえば欧米人の古典教養の基本である。日本でいえば『平家物語』を想起すればよい。戦争を題材とした英雄たちの叙事詩であることに加え、盲目の詩人ホメロスの語りという点も琵琶法師の平家語りと似ている。 映画『トロイ』を見た人は原作が『イリアス』と知ったはずだが、あの映画はトロイ戦争を政治経済的側面から解釈し、繁栄するトロイの富をギリシャ都市国家連合軍が略奪する侵略戦争として描かれていた(イラク戦争に対するハリウッド的風刺である)。 原典の『イリアス』は、3人の女神が美を競う「パリスの審判」に起因するスパルタ王妃ヘレネの誘拐という神話的説明と、神々と英雄が混然と交流する古代人的世界観を背景にした叙事詩であり、主題である「アキレウスの怒り」の原因とその成り行きが語られる。 本書はこの原典の叙事詩に忠実に沿いつつ、しかしホメロスの語らなかった女性たちの視点でアキレスの怒りとその死までを語っている。また、叙事詩では十分語られないアキレスやパトロクロスの心理描写も加えてあり、『イリアス』全体の現代的解釈となっている。パトロクロスの死からプリアモス王の単身来訪、ヘクトルの遺体返還に至る原典のクライマックスは本書でも読みごたえがある。 男性の語る英雄叙事詩は勇壮な戦いと勝利、略奪、そして英雄の死であるが、女性たちのことは語られていない(「女には沈黙こそ似つかわしい」と扱われた)。しかし、これを女性の視点から見れば、平和で豊かな都市が破壊され、夫や子どもが殺され、自らは略奪者に辱められた挙げ句に奴隷とされる。アキレウスの死後のブリセイスのように、男性の物語は墓で終わるが、女性の物語はその後に始まるのである。 このように過去から現在まで繰り返される戦争の悲惨な真実を抉り出すことで、著者は平和への強い祈りを印象づけている。 | ||||
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十代の前半、四苦八苦してホメーロスの「イーリアス」、「オデュッセイア」を読んだことを思い出しながら(おそらく登場人物たちの名前に翻弄された(笑))、「女たちの沈黙 "The Silence of The Girls"」(パット・バーカー 早川書房)を読み終えました。 舞台はトロイア戦争。ギリシア連合軍対トロイア王国。欧米の<軍事小説>に馴染んだ人間にとっては、まずこう書かなくては(笑)。とは言え、ここで物語についてなぞるつもりはありません。 アキレウスの戦利品・ブリセイスの視点に立った女たちの物語でありながらそこに英雄アキレウスの視点が加わることで、物語をより深化させています。そしてアキレウスの「友」・パトロクロスの存在とその両者を見添えるブリセイスの視点によってアキレウスが無双の戦士から青年期を失い現代風に言えば「機能不全」の最中にある人間として描写され、結果パトロクロスとアキレウスの魂の結びつきがブリセイスの「生」を際立たせることに繋がっています。その奴隷としての戦利品・ブリセイスの魂の変遷がトロイアの王・プリアモス登場のエピソードを超えることで、終盤のアキレウスとブリセイスの曰く言い難い語らいへと至り、何があったにせよ長期間共に暮らした男と女の魂の結びつきを感じさせてくれました。その道程はクラシックでありながら、プラクティカル・モダンとも呼ぶべき「よきもの」を私に与えてくれます。 沈黙を強いられた女性たちの物語を現代の#MeToo運動へと重ね合わせて読むこと以上にここには「男たちの戦い」がいかに空虚な動機付けによって生まれ、巻頭に引用されたフィリップ・ロスの一節そのものへと収斂していく極めて巧みなストーリー・テリングを持つことにも感銘を覚えました。 「美しさと恐ろしさがまさに表裏一体」となったアキレウスを嫌い敬遠しながらも、そしてその場所から逃れることも不可能ではなかったブリセイスの選択が例えようもなく美しく感じられます。それは「ここでわが人生をよきものにしなくてはいけないという感情にすぎないのかもしれない」(p.375)という彼女の心の背景に少しエモーショナルになってしまったからかもしれません。たとえ様々な男たちが愚かな戦いによって滅びようとも女たちはブリセイスのように私の人生、私の物語を語りさえすればよいのでしょう。 よって、一つの逆説として、女たちにとって似つかわしかった沈黙ほどこの世に似つかわしくないものはない。 | ||||
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ホメ―ロスの悲劇「トロイア戦争」を女性の眼から描いてみると? 「トロイア戦争」はいわずとしれた、たぶん文学史上もっとも有名な、史実を下敷きにした戦記であり、西洋文化を知る上では欠かせない、アキレウスやヘクトルといった英雄たちの戦いや交わりを描く優れた人間ドラマでもあるけれど、女性たちについては表面的にしか触れられていない。 この本では、トロイに先立ち陥落した周辺都市の貴婦人で戦利品としてアキレウスの奴隷となったブリーセイスの一人称で、戦時の女性たちがたどる過酷な運命を彼女たちがどのように受け入れ、生きていくのかが語られる。ブリ―セイスの運命はホメ―ロスにも語られているとおりだが、その思考と奴隷となってからの生活が圧倒的な説得力で語られる。普通の小説として読んでも十分楽しめるクオリティ。 それにしても「戦争は女の顔をしていない」のは現代も古代も同じ。けれども産む性である女性はどんなときもたくましい、そんなふうに感じられる。 | ||||
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