(アンソロジー)
小松左京“21世紀”セレクション2 闇の中の子供/ゴルディアスの結び目【分断と社会規範・心理の変化】編
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小松左京“21世紀”セレクション2 闇の中の子供/ゴルディアスの結び目【分断と社会規範・心理の変化】編の総合評価:
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第一巻に引き続き、Amazonに生息する粘着ファンの自己主張の場に使われているようで、これだけの本を作った編者が気の毒でならない。 私自身は小松左京の問題意識がこの令和の時代にも通用するほど広範で、本質的なものだということを示したセレクションで、物議を醸している(?)「未来予測」を裏付ける編集部のメモも秀逸であり、すごく参考になったしかなり考えさせられた。 特に「ゴルディアスの結び目」をジェンダーギャップの問題と読み取ってみせたのは大手柄。 今まで小松左京の作品にそうした性差別、弱者への共感が描かれているのだという指摘は所見であるし、リベラルかつ21世紀の社会感覚に則して小松作品の意味付けを新たにする試みとして、むしろ斬新で素晴らしいと感じた。 文学作品は常に「世に連れ」新しく読み方が変わっていく。20世紀的なものの見方にしがみつく人か、あるいは価値観をアップデートできるか、はからずもこの一冊は、その踏み絵になったわけだ。 いや、むしろこの本に意地になって☆ひとつを献上して自己主張する旧態依然な人間をあぶり出す、積極的な挑戦かもしれない。とすれば、編集部は見事に大胆な仕掛けを成功させている。 本書では、第一章で「ジェネレーションギャップ」 第二章で「ジェンダーギャップ」、第三章では『日本国記』などで喧しい歴史捏造問題、と21世紀になってわれわれが直面する様々な課題を正面切って取り上げている。そのそれぞれにきちんと向き合えるか否かで、我々は『神への長い道』の階梯を登っていけるかが問われるわけで、決してこれらの問題設定は“編集部のこじつけ”でもなんでもない。 例えば冒頭の「闇の中の子供」もネグレクトやDVの被害にあう子供たちを描いており、小松左京が一番訴えたかった部分=男性社会の影で踏みにじられる弱者の苦しみを描いている。 要するにこの本は一貫したテーマアンソロジーで、如何に小松作品に流れるヒューマニズム、そしてオルタネイティヴなものへの共感が強かったかを示していると思う。 これらは「こじつけ」でもなんでもなく、むしろ、小松作品がずっと内包してきた明示的なテーマなのだ。 それを読み取れない残念だ読者が多いからこそ、「予言的」というセンセーショナルな切り口を使って耳目を集めながらも、最終的にそれはきちんと作品自体を読み、あなた方読者の課題として持ち帰ってそれぞれの生きる現場で考えてくれという、編纂意図が「21世紀セレクション編纂にあたって」という序文で語られている。 一部を引用する。 【このシリーズに冠した「未来を見たひと ザ・プロフェット 預言者」というタイトルは、小松左京のシミュレーションりょくの高さと、そして卓越した直感を顕彰する意味でありーーさらに言えば、当てずっぽうの、雲を掴むような夢想を吐き散らす凡百のいんちき預言者とは“役者が違う”ということを皆様に知っていただきたかったからです。】 【SFの始祖の一人であるHGウェルズは社会思想家として名を馳せ、第一次大戦の惨状を見たあと、国際連盟の必要を訴え活動した作家です。日本万国博覧会を始めとした多くの巨大プロジェクトに参画し、未来論・文明論を展開した小松左京もまた、ウェルズの衣鉢を継ぎ、<人類サイズの思想>を説き続けた、未来思想家と呼べるでしょう。 <SFの巨魁>としてストレートに作品鑑賞することも当然楽しいものですが、ここで提示した<21世紀の現実と歴史>を踏まえた上で読む小松作品もまた別の味わいがあるのではないでしょうか。 エンターテイメントの枠内に留まらず、世界的、いや宇宙的な視野で己の哲学と未来を構想し続けた、小松左京の巨大な視野の広がりをたっぷりおたのしみください。】 これだけ熟れた意図説明をされていて、何が不満なのかよくわからない。 一部老害読者のヒステリックな抵抗は、「僕らのおもちゃ」を奪われた子供のヒステリーだろうか? 己の中の「踏んでしまった」ダメさを指摘されるからこそ、小松作品を「悔い改めようとしない自分」の免罪符にしようとしているだけだと、私には映る。(そういえば、本書を貶すためにわざわざ某編者の一冊を比較に上げている投稿者が居たが、その方は表現の自由を盾にフェミニストと連日Twitter上で論争を繰り広げているミソジニストであり、その辺りの党派性もうんざりするものを感じる。) そもそも出版事業自体、「編者の特定の考えを表白する」ものであり、「特定の考えの表白」するための行為であるので、アンソロジーなどは編者の「気づき」や「考え方のヒント」を提示する切り口である。編者は極めて素晴らしい仕事をしていると思う。 いわゆる「スラック投稿」に負けず、予定されている第三巻、第四巻もこの調子でまとめ上げて欲しい。 応援しています。 | ||||
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小松さんの描いた、弱者に対する愛情、権力に対する抵抗がぎっしり詰まっている。 さすが京大時代、左翼運動に傾斜した博愛の人ならではの視点だと思う。 マッチョな昭和時代にこんな知的腕力をもち、そしてリベラルな天才がいた事を、世間はもっと知ってほしい。 | ||||
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はたしてこういう編者の特定の考えを表白するのに短編集(作品集)という形式が良いかは疑問です。むしろまとまった評論を自筆で別途書物を改めて著しその中で小松作品の引用で解説の便を図るべきでしょう。作品だけ見て解説はページを飛ばすという芸当を強いる作品集が果たして小松作品の魅力を老若関係なく広めるものとして有効でしょうか。いささか疑問を呈します。 ちなみに残念ながら私は小松左京の短編集なら 『日本SF傑作選2 小松左京』日下三蔵編 ハヤカワ文庫JA と、『霧が晴れた時‐自選恐怖小説集』角川ホラー文庫を超えるものに出会ったことがありませんけど。 | ||||
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1巻から読んでいるわけだが、構成が少々変更されていて思わずニヤリとした 恐らくだがーーこの文章もきちんと読まれないのだろうがーー執着するSFオタクがいるかもしれない。だが、きっとそれはある種の「投げ餌」なのだと このアンソロジー自体が「SF村」に対する批判であり、小松左京という巨匠を広く若い世代へ広めようとしているのに気が付かない読者への… 作品の素晴らしさに変わりはない どう読むか、そして小松左京の素晴らしさを若い人に繋げるか、縛り付けるかは貴方次第だ | ||||
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