戦下の淡き光
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あらすじ
1945年、うちの両親は、犯罪者かもしれない男ふたりの手に僕らをゆだねて姿を消した――母の秘密を追い、政府機関の任務に就くナサニエル。母たちはどこで何をしていたのか。周囲を取り巻く謎の人物と不穏な空気の陰に何があったのか。人生を賭して、彼は探る。あまりにもスリリングであまりにも美しい長編小説。ときおり、テムズ川の北の掘割や運河で過ごしたときのことを、ほかの人に委ねてみたい気持ちになる。自分たちに何が起こっていたかを理解するために。それまで僕はずっと匿われるように暮らしていた。だが、今では両親から切り離されて、まわりの何もかもを貪るようになった。母がどこで何をしていようと、不思議に充足した気持ちだった。たとえ真相が僕たちには隠されていたとしても。ブロムリーのジャズクラブでアグネスと踊った晩のことを思い出す。〈ホワイト・ハート〉という店だった。混んだダンスフロアにいると、隅のほうにちらっと母が見えた気がした。振り返ったが、もう消えていた。その瞬間に僕がつかんだのは、興味をあらわにした顔がこちらを見ている、ぼんやりした映像だけだった。(本書より)(「BOOK」データベースより)
評判
戦下の淡き光の評価:
0.00/10点 レビュー 0件。 - ランク
戦下の淡き光の総合評価:
10.00/10点 レビュー 1件。
感想一覧
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「目に見えないもの、語られないものを集めて」(283頁)
「母の正体を少しずつ発見しながら」(283頁)
「ぼんやりとしかわからない物語で人生を整理する」「僕」の物語です。
本書の原題は、Warlight。
「Warlightは、戦時中の灯火管制の際、緊急車両が安全に走行できるように灯された薄明かりを指している」(292頁)
本書の表紙カバーの装幀も、暗闇の中で淡く光るランプ。
見返しの紙は、暗闇のように真っ黒。
黒とは正反対のように、本文には「白(ホワイト)」が実にたくさん何度も出てきます。
「女たちはまずお試しのためにホワイトチャペルやウェンブリー・スタジアムのドッグレースに連れていかれた」(53頁)
「〈ホワイト・ハート〉という店だった」(118頁)
「母が実家の〈ホワイト・ペイント〉に戻ったとき、地元の人たちはまだそこを、海軍本部で働いていた今は亡きお父さんの屋敷と呼んでいた」(133頁)
「ミセス・マラカイトから家を買って僕は、家主になった初日に野原を歩いて〈ホワイト・ペイント〉へ向かった」(137頁)
「〈ホワイト・ペイント〉で早起きして村のほうへ歩いていくと」(141頁)
「血に染まった白いシャツをひらいて」(158頁)
「白いシャツから血があふれ」(159頁)
「母はまるで、二〇年前、母の両親が〈ホワイト・ペイント〉で暮らしていたころの世界にいるようなものだった」(165頁)
「すべてが変わったのは、あなたとレイチェルとこの〈ホワイト・ペイント〉にいた晩、頭上を飛ぶ爆撃機の音を聞いたときだった」(166頁)
「おとなになってからの母の人生を少しでも物語るような物は、〈ホワイト・ペイント〉の屋敷にはなかった」(172頁)
「母の死後、大急ぎで〈ホワイト・ペイント〉に駆けつけ、母の生と死についてとにかく何かしらの手がかりを見つけようとしたときも、父の痕跡となる写真などはいっさい出てこなかった」(181頁)
「そして翌日、彼が車で〈ホワイト・ペイント〉に送ってくれた」(184頁)
「ちょうど今と同じように、母はああやって自分の存在を消したのだ。初めて〈ホワイト・ペイント〉でひとりになって、そのことを考えた僕は、生きた母の声を失ったのだと思い知らされた」(189頁)
「葬儀から二晩が過ぎ、〈ホワイト・ペイント〉での最後の夜に、僕は母の寝室に行って、シーツの掛かっていない細長いベッドに横たわった」(192頁)
「マーシュ・フェロンは闇を抜けて、〈ホワイト・ペイント〉へ車を走らせた」(203頁)
「彼女はこの日の午後、両親の暮らす〈ホワイト・ペイント〉の芝生で、久しぶりに彼と会った」(208頁)
「彼は使われなくなっていた田舎家を買って、少しずつ手を入れ、〈ホワイト・ペイント〉から離れて暮らす隣人になる」(209頁)
「彼女と母親と子どもたちだけが〈ホワイト・ペイント〉の暗闇に取り残されている」(213頁)
「〈ホワイト・ペイント〉に戻ってもいいけど」(228頁)
「今こうして〈ホワイト・ペイント〉に戻ったのは、おそらく母の望んだことだと僕は思った」(253頁)
「そしてその女は、まっすぐ〈ホワイト・ペイント〉にやってきた」(260頁)
「〈ホワイト・ペイント〉で過ごした最後の日、サム・マカライトが迎えにきてくれる前に、僕はローズの服を何枚か洗い、外の芝生の上に干した」(284頁)
謎めいた小説。特に、最初の一行のパンチがきいています。
「1945年、うちの両親は、犯罪者かもしれない男ふたりの手に僕らをゆだねて姿を消した」(6頁)
「著者の話によると、本書の執筆を始めたときは、冒頭の一行しか頭になかったそうだ」
(「訳者あとがき」より)
冒頭の一行しか頭にない! そんな状態で本書を書き始めたのです。
「『嘘を用意するな』夜のドライブをしていたあるとき、彼は僕にそう言った。『その場の流れででっちあげるんだ。そのほうがもっともらしくなる』お得意のカウンターパンチだ」(272頁)
「あまりに込み入った嘘で、ばかばかしすぎて自分でも吹き出してしまうほどだった」(272頁)
確かに、読者も笑ってしまうほど込み入っています。
著者の嘘は、トリックは、登場人物の「名前」が込み入っています。
表紙カバーの見返しに「主な登場人物」の名前が載っています。
あらすじは全然分からないくらい簡明な、人間関係だけの紹介です。しかも、主な人のみ。
第一部「見知らぬ人だらけのテーブル」を読み進めると、次々に新しい名前が出てきて、
たいへん込み入っています。見知らぬ人だらけが登場する第一部です。この本の約半分。
本書の主人公・語り手の「ナサニエル」さえ、〝スティッチ〟という別名を持っています。
「僕をナサニエルと呼ぶことにこだわったのは父だったが、母にしてみればその名は長すぎた。それで母にとって僕は〝スティッチ〟だった。同じようにレイチェルも〝レン〟になった」(189頁)
それにしても、“蛾”とか“蛾の仲間”なんていう虫名のあだ名は、かわいそう。
この物語の「重要な」登場人物なんですから。
夜の暗闇の中を命がけで飛び回り、薄明かりに集まってくる、あやしいヤツって感じ。
そんなあだ名ですが、なんか、そんな男たちにピッタリの感じもして、笑っちゃいました。
かわいそうといえば、父親がほとんど登場しないのも、息子にとってかわいそう。
仕事で家を空けることの多い父親だから、「主な登場人物」からも外されて。
この物語の舞台は、ロンドンから離れた田舎の村。
地図でさがしても分からないほどの無名の村。
そんな田舎にも、第二次世界大戦中は砲弾に弾薬を詰め込む工場があり、
砲弾の原料をロンドンに運ぶという危険な仕事があったのです。
「大きな戦いは、たいてい地図の折り目の上で繰り広げられる」(エピグラフ)
冒頭に、小さな活字で印刷された、この言葉が妙に心に残ります。
「地図の折り目の上」で擦られて、地名が読み取れなくなった「名もなき戦場」の村です。
戦争末期、そんな「地図の折り目の上」の村にまで
ドイツの爆撃機が飛んできて空襲するようになります。
主人公の母親は、子どもたちを安全に守るための行動に移ります。
「コード名」で呼ばれる、秘密の作戦?
「我々がつかんでいるのは彼女の名前だけなのよ。将軍でも士官でもなく、ただヴァイオラというコードネームだけ。それ以外の名前はわからない」(237頁)
「ここが隠れた場所だったことはかつてない。一キロ以上離れて、周囲に茂るマツの木のざわめきを聞きながらでも、建物の白さが見分けられる」(252頁)
白さが際立つ〈ホワイト・ペイント〉の屋敷。
「戦下の淡き光」のような〈ホワイト・ペイント〉の屋敷の白さが、読後も目に残ります。
「この家は母が生まれてからの伝記であり、生活史だった。それが母の正気を失わせたのだと思う」(253頁) 正気を失わせるほどの、狂気の白さ。黒と白の戦争。チェス?
いったい誰だろう、棺おけの「黒い桜材が気に入るだろうということも知っていた」(183頁)のは?
「母の墓石に刻まれた『暗く険しき道を勇者のごとく歩めり』という一節を選んだのは誰だろう」(182頁)
このブレイクの詩の一節を選んだのは、父親だったのでは?
「父が僕たちの近くにいるのか、それともはるか遠くに永遠に消えてしまったのか、見当もつかなかった。俗にいうように、父はさまざまな場所で生き、どこででも死ねる人だった」(182頁)
僕のお父さんは、いったい誰なんでしょう?