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蜻蛉の夏
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蜻蛉の夏の評価:
| 書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点4.46pt | ||||||||
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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全26件 1~20 1/2ページ
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| とんぼの夏を読んだ感想です。 派手な事件やどんでん返しで引っ張るタイプの作品ではなく、静かに、しかし確実に心の奥に入り込んでくる小説だと感じました。読み終えたあとに残るのは爽快感よりも、どこか切なく、考えさせられる余韻です。とても魅力をかんじました。 夏の空気感とノスタルジーがあります。 作品全体に漂うのは、日本の夏特有の湿度、光、静けさ。 蜻蛉というモチーフが象徴するように、命のはかなさや、一瞬で過ぎ去る時間が強く印象に残ります。 何気ない風景描写が多いのに、こんな夏を知っていると思わせる力があり、わたしの幼少期の記憶と重なっていく感覚がありました。 人間の弱さと救いを描く視点がいいなとおもいました。 垣根涼介作品らしく、登場人物は決して強いヒーローではありません。 迷い、後悔し、過去に縛られながらも、それでも前に進もうとする姿がリアルです。 特に印象的なのは、 過去とどう向き合うか 赦しは誰のためにあるのか といったテーマが、説教臭くなく物語の中に溶け込んでいます。 派手さはないが、深く沁みるラストです。 これでよかったのかもしれないと静かに納得させられる終わり方でした。 読み終えた直後よりも、 数時間後、数日後にじわじわと思い返してしまうタイプの結末でした。今も余韻を楽しんでいます。 読んで感じたことは人生には取り戻せない夏があるということです。 忘れることより、受け入れることのほうが難しく、尊い、、そんなメッセージを、蜻蛉の羽音のように静かに伝えてくる作品だと思いました。 刺激的な展開を求める方には向いていないかもとおもいました。心情描写をじっくり味わいたい人や 夏・郷愁・過去と再生といったテーマが好きな人にはぴったりとおもいます。 | ||||
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| 垣根涼介氏の『蜻蛉の夏』は、戦国時代の裏側で「止観」という異能を操る者たちを描いた、非常に独創的な物語でした 。 信長や光秀が脇役に退き、歴史の影で生きる道士たちの視点から乱世を捉え直す手法が新鮮で、一気に引き込まれます 。 水・炎・月といった幻術的な力の設定はファンタジー色が強いものの、過酷な修行の描写がその力に重みを与えていました 。 約600ページという圧倒的なボリュームがあり、序盤の修行シーンは腰を据えて読む根気が求められます 。 しかし、読み進めるほどに時代の空気が濃密になり、特に本能寺へ向かう終盤の展開は圧巻の迫力です 。 派手な合戦シーンよりも、登場人物たちが信念を背負って葛藤する内面の揺れが丁寧に描かれているのが印象的でした 。 史実とフィクションのバランスが絶妙で、まるで当時本当にこうした勢力が暗躍していたかのような説得力を感じます 。 読み終えたあとも静かな余韻が長く残り、既存の戦国小説とは一線を画す重厚な読後感を味わえました 。 歴史のifを楽しみながら、人間の内面的な強さや儚さに触れたい方に、ぜひ手にとってほしい一冊です 。 | ||||
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| 歴史小説が大好きでこちらを数日にかけて読み終えました。 織田信長が天下統一に向かって進む1570年を舞台に、「止観の道士」という異能者たちの運命や戦いを描いたものでした。 伝統的な史実だけでなく、精神性や幻想的な力が絡む物語になっているのがよかったです。 「水観」「炎観」「月観」など、特殊な修行をした三人の道士たちが主役で、葛藤・成長・協力が戦国という混沌の中で描かれています。 わたしにとっては読み応えがあって面白いストーリーでした。 これまで読んできた中でも長いページ数でしたが飽きずに読めました。 歴史的背景と幻想的設定がうまく溶け込んでいるとおもいます。 フィクション的にも楽しめますし、特に「平助」への愛着を感じました。 ファンタジー色が強く出ているので人によっては好みと合わないという方もいらっしゃるかもしれません。 好きな人には刺さるとおもいます。 | ||||
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| フィクションの歴史・時代小説です。 歴史的事件や実在した人物も絡んできます。 精神世界が強く描かれていて、 登場人物の厳しい修行や成長、術、戦いなどが 表現されています。 織田信長は絡んできますが、そこまで登場しません。 大きめの漫画本サイズで分厚いです。 文字は小さめで、読みごたえがありそうです。 挿絵はありません。 使われている紙は全体的に普通です。 私は読むのが遅いので、読破できていませんが、 登場人物の価値観などがしっかり描かれていて、 今の所は楽しめています。 商品紹介画像の確認もお勧めします。 | ||||
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| 毎日少しずつ読み進めていた垣根涼介「蜻蛉の夏」をついに読み切りました。「円四郎(;_;)」となりながら感涙していました。それも何回も。 ファンタジー要素の混ざったエンターテイメントを感じられる時代小説で新しいとおもいました。独特ですね。 あまり長い読み物を普段読まないので、この約600ページの長編ものはちょっと長すぎるな…とはおもいました。 ここは好き嫌いあるかもしれません。 じっくり読みたい人にはぴったり。 一般的な戦国時代小説とは違っていてファンタジー寄りであるのでここも好き嫌いあるかもしれないです。 主人公たちが別々の角度から集まってのちに共闘していく流れがわたしは楽しめました。 | ||||
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| 歴史が好きで、特に戦国時代の空気や人の生き方を感じられる物語が好きな私にとって、この本はかなり印象に残る一冊でした 読み始めたきっかけは、武将中心ではなく少し変わった立場の人々を描いていると知ったからで、最初から普通の戦国小説とは違う雰囲気を感じました 物語の舞台は織田信長が勢力を広げていく時代の京都で、戦の最前線よりも、その周辺で生きる人々の視点が丁寧に描かれています 止観の道士という存在を通して描かれる価値観や思想は、刀や槍よりも重く感じる場面が多く、読んでいて何度も考えさせられました 戦国時代というと激しい合戦や英雄の活躍を想像しがちですが、この本では人が信じるものや守りたいものが静かにぶつかり合っていて、その緊張感がとても怖くて美しいと感じました 登場人物たちは決して派手ではないけれど、それぞれが自分の立場や信念を背負って生きていて、その選択の重さが胸に残ります 歴史が好きだからこそ、教科書には載らないこうした人々の存在に想像が広がり、この時代には本当にいろいろな生き方があったのだと思えました ページ数は多く、内容も軽くはありませんが、読み進めるほどに時代の空気が濃くなっていき、途中でやめるのが惜しくなります 戦国時代を舞台にしながらも、これは過去の話ではなく、人が何を信じて生きるのかという普遍的なテーマを描いた物語だと感じました 歴史小説が好きな人の中でも、合戦だけでなく思想や人間の内側に興味がある人には特におすすめです 読み終わったあと、しばらく余韻が残り、戦国時代をもう一度違う角度から見直したくなる、そんな一冊でした | ||||
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| 日本人が最も読みたい思う時代劇の中の一つです。 ファンタジーですが、行間が深く、読む人によって深さが変わる本でした。 時代劇に造詣が深いほど面白いと感じるはずです。 濃厚でたっぷりな時代劇を読みたいならこれはかなりおすすめできる本でした。 まちがいない。良書です。 | ||||
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| 垣根涼介『蜻蛉の夏』読了。 著者の作品は、ほぼ全部読んできた。 初期の『ヒートアイランド』や『ワイルド・ソウル』等の日系南米移民の二世三世達を描いた作品は傑作だし、リストラ請負業界を描いた『君たちに明日は無い』もユーモアとペーソスが溢れていて読ませてくれる。 その後、歴史小説に転向したが、『光秀の定理』は〇、『室町無頼』も〇、『信長の原理』は×、『涅槃』は△、『極楽征夷大将軍』は△、『武田の金、毛利の銀』は×と、なかなか評価が定まらない。 『信長・・・』が×なのは、「2対6対2」の「働きアリの法則」を原理化してしまっていて統計学的な問題に演繹的な原理を被せる誤りがベースになっていて白けてしまうからだ。 また、『武田・・・』についても、光秀が忍者となって敵の秘密を探るという荒唐無稽さが、どうしても物語に浸らせてくれないのである。 では、荒唐無稽だからダメなのかというと、そうではない。 本書は、信長の天下布武の時代を舞台に、水観、炎観、月観、風観という止観をあやつる密教の道士たちの活躍を描いている。 密教の止観は実在していて、AIによれば「仏教、特に天台宗における重要な瞑想法で、心を落ち着けて集中する「止(Shama(s)atha:サマタ)」と、その安定した心で物事の真理を観察する「観(Vipaśyanā:ヴィパッシャナー)」を統合した修行」とある。 垣根涼介は、この止観に着想を得ながら、修行によって人の心に洪水を起こしたり(水観)、火災を起こしたり(炎観)、人を眠らせたり(月観)、竜巻を起こしたり(風観)という呪術に近い能力として描いている。 これは荒唐無稽だが、夢枕獏のごとく最初から荒唐無稽なのは構わないのである。中途半端に荒唐無稽だとダメなのだ。徹底的にやってほしい。 というわけで、本書はかなり徹底的な荒唐無稽さで貫かれていて、好感が持てた。 読み進める途中では、はてこれは夢枕獏を読んでいるような感覚にさえ捉われた。 そして著者の、この時代についての該博な知識が披歴され、実はこのような史実の背後には止観の道士たちの動きがあったのだという細かな描写が連続してもいて、この時代の書物を多読してきた者としては、かなり楽しめたのである。 そして、最後の終わり方も、『光秀の定理』のような余韻を持たせているのが好ましい。 ただ欲を言えば、3部構成のうちの第1部がほぼすべて、止観の修業の描写に充てられているのが苦しい。 修行の年月は重要な伏線ではあるのだけれど、ただそれだけを読まされるのは、作者がきっと第二部と第三部でうんと遠いところまで連れて行ってくれるという信頼が無ければとてもできない。 まあ、そうだったとしても、本作は『光秀の定理』に比肩する野心作だと感じた。 | ||||
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| 歴史には詳しくないから正しさはなんとも言えないのですが、 読んでいて、時代劇が得意だからこの時代にした、という感覚がしました。 術の設定は現代でも通じそうです。 基本的に古い言葉使いではあるものの、伝わりはします。 幻術の設定は良い感じで、 強い火や水をその身に浴び、苦しみを体に焼き付けることでようやく習得でき、 同じ苦しみを敵にぶつけて息の根を止めるというもので、 修行が厳しすぎて、習得までに命を落とすことも普通にあるし、 使うと気力を消費する、という感じ。 この術を軸にしたストーリーです。 言葉使いのためわかりにくいですけれど、主人公と仲間が15歳くらいと若いので、読者はそれくらいが対象なんでしょうか? ライトとは真逆の、ハードでヘビーなものが好みだというなら、これも良いかもしれません。 序章の修行シーンが長すぎる感はありますね。 しかし主人公の立場と設定の解説、 そして仲間も…となると、ここは仕方のないところでしょうか? 中盤から後半は歴史を知らないと、付いていけないかも? 知っているなら楽しめると思います。 | ||||
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| すこし歴史小説として構えていましたが、気づけば完全に世界観に引きずり込まれていました。 戦国の現実と、登場人物たちがとにかく苦しくて、必死です。 力を得るほど削れていく感覚や、迷いながらも前に進もうとする姿が生々しく伝わってきます。 派手な展開よりも、内面の揺れや覚悟がじわじわ効いてくる印象でした。 戦の場面も読み応えがありますし、静と動の切り替えが心地よく、読み終えたあと、すぐ次の本に手が伸びず、しばらく考え込んでしまいました。 重たいですが、その分しっかりとした読後感があります。 腰を据えて読む一冊として、かなり満足度は高かったです。 | ||||
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| 全体を通して静かな語り口で、最初から最後まで大きな起伏は少なめです。 その分、登場人物の感情の変化に自然と目が向きました。 夏という季節の描き方が印象的で、暑さや空気の重さが伝わってきます。 説明しすぎない表現が多く、読者に委ねられる部分が多いと感じました。 一気読みというより、少しずつ読み進める方が合いそうです。 過去や記憶を辿る流れが静かに続き、読後に考える時間が残りました。 派手さはありませんが、その分落ち着いた読み心地です。 文章は読みやすく、無理なく進められました。 感情を強く揺さぶるというより、じわじわ残るタイプ。 人によって受け取り方が変わりそうだと思います。 | ||||
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| ここまでの長編小説を読むのは何年ぶりだろう…厚さに少したじろいだ。ちゃんと全て読めるだろうかと。また歴史小説というのも多分読むのは初めて。 著者の作品は昔に君たちに明日はないを読んだことがあり、この作品は確かリアルな職場での人間関係等が題材だった気がするので歴史小説、それもファンタジーな作品を書かれているのにちょっとびっくりしました。 まだ半分も読めていませんが冒頭はスラスラ読み進められたのですが段々とちょっと間延びしてきて根気がいりますね…何とか最後まで読破したいです。 | ||||
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| フィクションながら乱世の時代背景が巧みで読んでいると時代劇のような光景が脳裏に浮かんできます。止観を使った死闘は派手な立ち回りより心理描写が中心。水・炎・月といった王道のような設定は昨今のラノベ小説を彷彿とさせます。 馴染みのある設定と時代活劇の組み合わせが絶妙、こういったジャンルに疎い自分も読みやすく感じました。かなりのボリュームもあり、読み応えのある作品です。 | ||||
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| 今作はエンタメに振り切ったと著者自身が語っている通り、征夷大将軍や信長を題材にしていた歴史小説とは毛色が違う。 歴史上の人物は登場するが、オリジナルの主人公を軸に史実と混ぜ合わせた話が展開される。 非常にファンタジー色が強く描かれているものの、時代設定への落とし込みは上手くなされており十分楽しめるエンタメ作品であると感じる。 同作家の作風が好みなら良いが純粋な歴史小説を欲する者には向かない可能性がある。 | ||||
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| 幻術を操る「止観の道士」たちが、戦国史の裏側で静かに動いていた…そんな設定を軸に描かれる物語で、史実とフィクションの混ざり方が非常に巧みでした。 信長や光秀はむしろ背景に回り、道士たちが修行や葛藤の中で力を磨いていく姿がしっかり描かれているため、歴史を読むというより人物の生き様を追う感覚に近い作品です。 幻術の表現はファンタジー色が強いものの、戦況や心理描写とうまく結びついており、虚構でありながらも世界観に入り込みやすい構築になっています。特に終盤、本能寺へ向かう展開は迫力があり長編を読んできた分の熱量が一気に回収される印象でした。 そして本作は600ページ超の大作でもあり序盤は展開がゆるやかで物語が動き出すまで多少時間がかかります。 そのため、タイパ重視の最近の若い読者には少し敷居の高さや読みづらさを感じる部分があるかもしれません。 それでも、土台にある物語そのものは十分魅力的で読み進めるほどキャラクターの背景や能力の意味が深まり、後半の盛り上がりまでしっかり楽しめるタイプの小説です。 じっくり読む時間さえ取れれば、若い読者にもおすすめできる作品でした。 | ||||
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| 総ページ数600P越え、本の厚み3cm越えは圧巻の文字量です。 かなり分厚くて重さがあるので、出先でのちょっとした隙間時間に読むのには向いていません。家でじっくりと、腰を据えて読む長編小説です。 盛り上がってくるまでがちょっと長いかなって点と、長編なのでどうしても途中ダレてくる部分がありますが、読み応えはありました。 | ||||
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| ヒートアイランドのイメージが強く、モダンな作家さんのイメージでしたので驚きました。 時代小説ですらなく、エンタメ色の強いファンタジー作品です。私好みのジャンルではないのですが、3日かけて充分楽しめました。構成にやや粗があること、妙に味の薄い章があることが不満でしたが、そもそもエンタメ作品なので楽しければなんでもよいかなと思います。 | ||||
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| 水観の円四郎、炎観の平助、月観の桂月という主人公たちが幻術を武器に、信長へ牙を剥くそんな時代劇エンタメ。 初めて手に取った作家さんでしたが想像以上に熱量があり、読みごたえありました。 主人公が試練に耐えながら必死に鍛錬を積み、身につけた力を発揮する様は感情移入すると自然に肩入れしてしまう。 序盤の苛烈な修行描写、道士同士の思惑と交差、悪としての信長の圧倒的存在感、そして予想外の最後まで読み進めるたびに胸熱くなります。 大きなスケールのエンタメ時代劇として魅せ切る、大きな余韻を残す一冊でした。 | ||||
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| 戦国時代を舞台にした時代小説と聞いて侍の剣劇をイメージしたのですが、 本作は「止観」と呼ばれる超能力のようなものを使う道士たちが主人公とのことで、 このようなタイプの時代小説はあまり読んだことがなく新鮮でした。 「止観」にもいろいろな流派があり、 「水観」の円四郎、「炎観」の平助、「月観」の桂月、 以上異なる「止観」の使い手の若い三人が主人公の立ち位置です。 まず物語の冒頭から、 主人公たちの過酷な生い立ち、「止観」を習得するための師匠との命がけの特訓、 それぞれの道士たちの生き様や信念、乱世に翻弄される人々の有様などが描かれており、 全体的にハードボイルドで重厚な筆致で物語世界にぐいぐい引き込んでくるので、 さすがは直木賞作家の筆運びだと思いました。 ただ、正直に言うと、この部分が一本調子のうえに長すぎる! 6頁から174頁までの第一章がそれに該当するのですが、 ず~~~っと同じ雰囲気、同じリズム、根底は似たり寄ったりの人生訓描写が続きます。 先ほどは冒頭から物語世界に引き込まれたと書きましたが、 50頁くらい読み進めてからは、 「もう作品の設定は理解したし、世界観も十分に伝わってきたから、 いい加減本筋のストーリーを始めてくれません……?」と逆に冷めていきました。 第二章に入ると道士たちがそれぞれ織田信長とつながりや因縁を持ち始め ようやくストーリーが駆動していきます。 戦国時代は個人的に好きなのでここから興味が持ち直したのですが、 第一章のハードボイルドな雰囲気かつ奇想天外な道士の世界観から、 第二章以降はわりとオーソドックスな歴史小説かのごとく 信長の合戦史をなぞっていくような雰囲気が強くなっています。 そしてその両成分の結合があまりうまくいっていないような感じで、 構成に若干のぎこちなさを覚えました。 織田信長 松永久秀 明智光秀 明智秀満 秋山虎繁 おつやの方 本作には数多くの歴史上の人物が登場しますが、 上記の6人、特に織田信長は物語に深くかかわってきます。 多分にフィクション上の人物ですが、果心居士もキーパーソンです。 ただ気になったのは、 信長、久秀、光秀は、エンタメ系に登場する彼らの人物像の最大公約数的な 「いつもの彼ら」なんですよね。 正直に言って本作独自の切り口や深みはなく、あまり魅力的には描けていないと感じました。 これは道士たちの方を際立たせるためにあえてしているのかなとも思ったのですが、 信長の人物造形がありきたりな点は、作品全体の弱点にもなっています(後述)。 対する道士たちの方も、そこまで言うほど魅力的かというとちょっと心もとないです。 個人的には、「炎観」の平助だけは読んでいて楽しかったです。 3人の中で一番悲惨な境遇で、なし崩し的に信長の大量虐殺に手を貸してしまい 自らの所業に苦しみながら、それでいて抜けていて憎めない面もあって、 お茶目なギャグ描写もこなす彼は誰もが応援できる人物だと思います。 というよりも、第二章以降は物語の推進力を平助に頼りすぎているように感じます。 私がこの作品を楽しめたのは、彼が生き生きと活躍していた時だけでした。 結論を先取りすると、この作品は終盤にかけてかなり失速しています。 平助が織田軍に所属して働いている中盤は、 比叡山焼き討ちや一乗谷の戦いなど、彼の「炎観」を用いた迫力のあるシーンが満載ですし、 「水観」の円四郎や、一乗谷の戦いで(脈絡に乏しいながらも)登場した「風観」の使い手などとの対決もあります。 「止観」の使い手同士の派手な戦いや緊迫したやり取りでぐいぐい引き込んできますし、 互いの視点を絡ませることによって飽きない場面展開が続いたり コメディめいたすれ違いの描写などもあってとても楽しめたのでページをめくる手が止まりませんでした。 己の所業に打ち震えながらも、居心地のいい明智家臣団の中で初めて自分の居場所を見つける 平助の描写もとてもよかったです。ほかの二人の道士と比べて内面の深堀りがうまくいってると思います。 結局、平助は信長の苛烈さについていけずに織田家から退出するのですが、 この時点で平助自身の物語がひと段落し、 それと同時に物語全体の推進力がガタ落ちになっていきます。 後半に行くほど描写の密度が薄くなり、駆け足で史実の表層をさっとなぞって、 肝心の道士たちはその片隅でちょこまかと動いているだけの感じです。 また、平助が織田家から罷り出た直後から 3人の道士が協力関係になってともに織田家に抵抗していくのですが、 そこに至る経緯や意気込みがなし崩し的であまり熱くなれませんでした。 3人の道士がほどよい緊張関係にあって「止観」バトルが繰り広げられていた 前半の方がよほど読みごたえがありました。 また、前述の通り本作の信長像がありきたりの上、 3人が協力関係になって以降は信長自身が登場することがほとんどなく、 巨大な敵としての存在感が後半に行くほど減っていくので、 それに伴って道士の共闘もあまり盛り上がりません。 実際、道士たちは信長軍に徐々に押され始めていくのですが、 これは蜻蛉である道士たちの敗北の美学を意識的に描いているというよりは、 エンジンが止まって推進力の無くなった飛行機が ふらふらと迷走しているだけのような印象を私は受けました。 ただ、最後のシーンである本能寺の変と道士たちの絡ませ方は 割とうまくいっていたしそれなりの余韻も残るので、 個人的にはそこそこ満足できました。 参考文献一覧に歴史系の文献はあまりありませんが、 永禄の変に直接関与していたのは松永久秀ではなく嫡男の久通の方だったり、 織田家と長宗我部家の取次役としての光秀の立ち位置をおさえていたり、 筆者の方は戦国時代についての取材は普段からしているのだなと感じました。 | ||||
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| 本作においては信長も光秀も脇役である。 仏教において心を静め物事を考えることを「静慮」という。 心の動きが静止するので「止」という。 この時に何を思い浮かべるかが「禅」でありこれらふたつを合わせて「止観」という。 「居士」とは出家をせずに家庭において修行を行う者のことである。 実在したかは定かではないが、信長や家康にも謁見したという「果心居士」は有名だ。 本書ではこれらをエンタメ化させ「止観」を修行で得られる幻術の技として扱っている。 止観により心に浮かぶ「想念」を放出し、相手の五感を狂わせ幻覚や幻影を見せる力だ。 心と一体化させて思い浮かべるものが火であれば火の幻を生み出し、水であれば水の幻を生み出す。 月であれば相手を眠りに落とすことができる。寝ている間に生気を吸い取られれば死に至る。 十の炎や水も千や万に見えれば、恐れおののき動くことができず逃げ場を失う。 強い法力を持った幻術師の高度な術は戦況を有利に動かすことも可能である。 蜻蛉は、他の昆虫とさして変わらぬ寿命だが幼虫のころから何度も脱皮を繰り返し成虫となるらしい。 成虫での寿命が極端に短いことから蜃気楼の陽炎とともに「儚いもの」のたとえとされる。 「止観の道士」たちが事を成すのは大人になってからではあるが、 師でもあるそれぞれの養い親たちに拾われ厳しい修行に耐え何を思い生きてきたかも丁寧に描写される。 水観の円四郎・炎観の平助・月観の桂月、偶然ではなく必然として出会った3人である。 「憂き世」の戦国時代、心身を鍛え成長という脱皮を繰り返してきた彼らの過去話が終盤の進行に深みを増す。 終盤の山場ともいえる、天正10年6月2日(旧暦)「本能寺の変」 旧暦6月の和名は水無月というが、語源のひとつに「皆仕尽(みなしづき)」がある。 田植えという大仕事を仕終えた月という意味だ。かけ言葉としてレビュータイトルにしてみたが 打倒織田信長を掲げ、幻術による行動阻害や撹乱等で合戦の裏側で密やかに活躍した 彼らの長きにわたる戦いをとくとご覧あれ。 全くの余談だが、平助の師でもある果心は冒頭に書いたあの果心のことだと思うが 本書では汁の強い俗物として扱われている。想像でしかないが 現世を辛く悲しい「憂き世」ではなく儚いからこそ楽しもうの「浮世」の精神で渡り歩き 情や時代に囚われない生き方をしたのかもしれない。 作中で唯一というくらい死の臭いがしない人だった。 物語は本能寺の変の後20日ばかりを過ぎたところで終わるが、 この人はだけは戦乱の世が終わりに向かう頃、天下人家康に謁見するまで生き延びたような気がする。 | ||||
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