夏の闇

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評判

夏の闇の評価:

4.50/5点 レビュー 52件。 A ランク

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平均点4.50pt

Amazonレビュー一覧

Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です

※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください

全84件 41〜60 3/5ページ
No.44
(5pt)

世界のすべてが、冒頭の一行に、交合され、咀嚼され、祝福されている。

当時の開高健の珠玉のエッセイ群を読んでいると、次の小説の冒頭の一行が書けない、という話が延々と繰り返されている。
で、この『夏の闇』の冒頭の一行である。
初出時に、はじめて読んだときは、その冒頭の一行が、酒というよりは水に近い印象を受け、
あれ? 開高センセ、悩みに悩んだ結果が、この一行でっか? と読みはじめ、読み進め、読み打ちのめされ、這々の体で読み終え、
息も絶え絶えに眼を閉じ、単行本を閉じて置き、そしておそるおそる再び本を開き、冒頭の一行を目にした瞬間、私の魂は、射精した。

あの開高健の、最高傑作。小説的言語の、最高到達点。

開高センセよ
いまの時代に、天国から、なんか言葉くださいよ
夏の闇 (1972年) Amazon書評・レビュー: 夏の闇 (1972年)より
B000J95UVQ
No.43
(5pt)

世界のすべてが、冒頭の一行に、交合され、咀嚼され、祝福されている。

当時の開高健の珠玉のエッセイ群を読んでいると、次の小説の冒頭の一行が書けない、という話が延々と繰り返されている。
で、この『夏の闇』の冒頭の一行である。
初出時に、はじめて読んだときは、その冒頭の一行が、酒というよりは水に近い印象を受け、
あれ? 開高センセ、悩みに悩んだ結果が、この一行でっか? と読みはじめ、読み進め、読み打ちのめされ、這々の体で読み終え、
息も絶え絶えに眼を閉じ、単行本を閉じて置き、そしておそるおそる再び本を開き、冒頭の一行を目にした瞬間、私の魂は、射精した。

あの開高健の、最高傑作。小説的言語の、最高到達点。

開高センセよ
いまの時代に、天国から、なんか言葉くださいよ
夏の闇 (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 夏の闇 (新潮文庫)より
4101128103
No.42
(5pt)

開高健の最高傑作

これまでに読んだ小説の中で最もインパクトがあった。開高氏はビデオ「河は眠らない」の中で「食べ物のことと女のことが書けるようになったら小説家として一人前だ。」とおっしゃったが、この問いへの氏の解答が夏の闇であるとも感じられる。
夏の闇 (1972年) Amazon書評・レビュー: 夏の闇 (1972年)より
B000J95UVQ
No.41
(5pt)

開高健の最高傑作

これまでに読んだ小説の中で最もインパクトがあった。開高氏はビデオ「河は眠らない」の中で「食べ物のことと女のことが書けるようになったら小説家として一人前だ。」とおっしゃったが、この問いへの氏の解答が夏の闇であるとも感じられる。
夏の闇 (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 夏の闇 (新潮文庫)より
4101128103
No.40
(5pt)

スケベおやじの意地きたなさ, でも

対になっているもうひとつの闇「輝ける闇」を読んでから一ヶ月半ぶりに読み始めた。ここでは、まさに文体こそが主人公であった。喚起する文体。読むものの感性、想像力、行動までをも喚起することのできるアジテイティングな文体。
 メッセージ性は希少であるのに、何をアジテイトするのか。いくつかの場所ので夕暮れ時の空気について描かれている。それらの描写に触発されて、私は今まで何千回も何も物思わず通過してきたその空気に浸るために外に出た。
 高原の湖畔の牧草地での「赤い夕焼け」のなかで交わるシーンは、ヤッテいるのが中年太りの醜男であることを差し引いても、あらゆる小説のなかでも最も美しい情交場面のひとつではないだろうか。
 この小説は、作者のもて自慢であり、性だけはむさぼろうとするスケベおやじの意地きたなさであり、魚一匹が釣り上げられたら、嘘のように機嫌がよくなる、ふてくされ中年の物語でもあり、そして「輝ける闇」と同様に、終に英雄的精神が立ち現れ、死地に赴かせようとするのだが。自分自身に対して死を賭してみせなければ精神のバランスを取ることが出来なくなっているかのように。
 このあと開高はもう二度と「夏の闇」の達成の高みに到達することができなかった。
夏の闇 (1972年) Amazon書評・レビュー: 夏の闇 (1972年)より
B000J95UVQ
No.39
(5pt)

スケベおやじの意地きたなさ, でも

対になっているもうひとつの闇「輝ける闇」を読んでから一ヶ月半ぶりに読み始めた。ここでは、まさに文体こそが主人公であった。喚起する文体。読むものの感性、想像力、行動までをも喚起することのできるアジテイティングな文体。
 メッセージ性は希少であるのに、何をアジテイトするのか。いくつかの場所ので夕暮れ時の空気について描かれている。それらの描写に触発されて、私は今まで何千回も何も物思わず通過してきたその空気に浸るために外に出た。
 高原の湖畔の牧草地での「赤い夕焼け」のなかで交わるシーンは、ヤッテいるのが中年太りの醜男であることを差し引いても、あらゆる小説のなかでも最も美しい情交場面のひとつではないだろうか。
 この小説は、作者のもて自慢であり、性だけはむさぼろうとするスケベおやじの意地きたなさであり、魚一匹が釣り上げられたら、嘘のように機嫌がよくなる、ふてくされ中年の物語でもあり、そして「輝ける闇」と同様に、終に英雄的精神が立ち現れ、死地に赴かせようとするのだが。自分自身に対して死を賭してみせなければ精神のバランスを取ることが出来なくなっているかのように。
 このあと開高はもう二度と「夏の闇」の達成の高みに到達することができなかった。
夏の闇 (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 夏の闇 (新潮文庫)より
4101128103
No.38
(5pt)

凝縮された表現に酔うー幾度となく読み返したい作品

↓以下のレビューは読書メモ的側面があるため、未読である場合には一読してから読まれることをお勧めする。
 文庫版の解説でCWニコル氏が指摘しているように(P264)、書き出しからして凝縮された表現(それは著者の深い教養に裏打ちされたものだ)が乱舞する小説である。
 小説の舞台は(明示的に示されてはいないが)1968年夏のパリ。ベトナム戦争に従軍記者として取材経験をした小説家は、戦場で遭遇した凄惨な体験を経たのちに、人間関係の折り合いが付けられずにいる。終日、安宿の部屋に引きこもる。
 かつて小説家と関係のあった女(可能性のない日本を捨て、知識人としてドイツと思しき国で成功をおさめようとしている)と再開し、食べて寝て交わっての「甘い生活」を繰り返す。舞台を女の生活するボンと思しき街に移しても、男の無気力は変わらない。女の今後の関係への「期待」と、小説家の「逃避」志向のギャップは、女を苛立たせ、感情を激発させる。
 気分転換で訪れた山の湖で男はいつになく能動的になるが、山を降り東西分断下のベルリンで決定的なニュースを耳にする。
 眠ること、性を貪ること、食べること。そして天候であるとか、一日の日の移ろいの描写の魅力。感情を激発させた女と小説家の間の会話は(P141〜147、P232〜236)、これでもかと言わんばかりに話法を変えることで、その瞬間の緊張感を否が応でも高める。
 身勝手な男の小説?
 確かに、そのようにも読むことができるだろう。話法を変えた痴話喧嘩の後の女の描写をみると、とくにそう思えてくる。だが、それだけだろうか?
 戦場で究極的な体験をした小説家は、生きる実感を日常の中で得ることができずにいる。宮台真司のような言い方をすれば、<世界>に触れてしまったため<社会>を生きることができない。そしてまた<世界>へと回帰する。本書は、そんな小説なのである。
 評論家江藤淳は、開高健の担当編集者である坂本忠雄氏が、開高健を見捨てたために作家生命を「殺した」のだという。
 ほかならぬ坂本氏は、ホストを務める座談集「文学の器」(扶桑社)で本書を採りあげ、凝縮された表現ゆえに開高が苦しみぬいたという創作秘話を披露する。
 一度ならず二度三度と、再読したい作品だ。その際、上記の「文学の器」の該当部分を参照すれば本作品の感興はさらに増すだろう。名作である。
夏の闇 (1972年) Amazon書評・レビュー: 夏の闇 (1972年)より
B000J95UVQ
No.37
(5pt)

凝縮された表現に酔うー幾度となく読み返したい作品

↓以下のレビューは読書メモ的側面があるため、未読である場合には一読してから読まれることをお勧めする。
 文庫版の解説でCWニコル氏が指摘しているように(P264)、書き出しからして凝縮された表現(それは著者の深い教養に裏打ちされたものだ)が乱舞する小説である。
 小説の舞台は(明示的に示されてはいないが)1968年夏のパリ。ベトナム戦争に従軍記者として取材経験をした小説家は、戦場で遭遇した凄惨な体験を経たのちに、人間関係の折り合いが付けられずにいる。終日、安宿の部屋に引きこもる。
 かつて小説家と関係のあった女(可能性のない日本を捨て、知識人としてドイツと思しき国で成功をおさめようとしている)と再開し、食べて寝て交わっての「甘い生活」を繰り返す。舞台を女の生活するボンと思しき街に移しても、男の無気力は変わらない。女の今後の関係への「期待」と、小説家の「逃避」志向のギャップは、女を苛立たせ、感情を激発させる。
 気分転換で訪れた山の湖で男はいつになく能動的になるが、山を降り東西分断下のベルリンで決定的なニュースを耳にする。
 眠ること、性を貪ること、食べること。そして天候であるとか、一日の日の移ろいの描写の魅力。感情を激発させた女と小説家の間の会話は(P141〜147、P232〜236)、これでもかと言わんばかりに話法を変えることで、その瞬間の緊張感を否が応でも高める。
 身勝手な男の小説?
 確かに、そのようにも読むことができるだろう。話法を変えた痴話喧嘩の後の女の描写をみると、とくにそう思えてくる。だが、それだけだろうか?
 戦場で究極的な体験をした小説家は、生きる実感を日常の中で得ることができずにいる。宮台真司のような言い方をすれば、<世界>に触れてしまったため<社会>を生きることができない。そしてまた<世界>へと回帰する。本書は、そんな小説なのである。
 評論家江藤淳は、開高健の担当編集者である坂本忠雄氏が、開高健を見捨てたために作家生命を「殺した」のだという。
 ほかならぬ坂本氏は、ホストを務める座談集「文学の器」(扶桑社)で本書を採りあげ、凝縮された表現ゆえに開高が苦しみぬいたという創作秘話を披露する。
 一度ならず二度三度と、再読したい作品だ。その際、上記の「文学の器」の該当部分を参照すれば本作品の感興はさらに増すだろう。名作である。
夏の闇 (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 夏の闇 (新潮文庫)より
4101128103
No.36
(5pt)

生々しい感銘

得がたい読書体験である。均一・画一・整然の活字面で読んだはずの書物の頁が、突然、隆起して走り出す。開高健が走っている。一言一句の日本語と格闘し、節と節の間、文章と文章の間で呻吟し、時に停止し、時に後退しつつ、作家開高健は走っている。彼のじめじめした発汗と体臭が、読むものに伝わり、ゴールまで一緒に行く他ない。

「開高健の直筆原稿はいつも書き直しや消しの殆どない完全原稿でした」とは、巻末に収録されているかつての担当編集者の言であるが、編集者に渡す前に相当な書き直しや消しがあったであろうことは、想像に難くない。本書は印刷直前まで、その上に更に推敲を重ねた最終原稿で、活字本ではとうてい窺い知れないが、ゴールへ到達するまでは、白く平坦な道もあるけれど、峻厳な起伏に満ちた崖と谷が沢山あったことが生々しく披瀝される。字体は、誰にも親しみやすく丸みを帯びて、端麗・達筆とは程遠いが、丁寧である。

直筆原稿ならではの余談だが、「憂鬱」「薔薇」「川獺」「霞」という漢字は書き直しなくサスガと思わされる一方、何度も出てくる「正確」の「確」や、「破壊」の「壊」、「専門」の「門」、それに「膝」の漢字はどうみても教科書的にはマチガイである。こういうささやかなマチガイ探しも、伴走者にとって、密かな愉しみなのである。

一番収穫だったのは、有名な締めくくりの一行。当初の「明日の朝、南行きの席を予約する。」が、最終的に「明日の朝、十時だ。」と改められたことが分かる。「夏の闇」は、この締めくくり以外にはないと思わせられる名文であるが、ここに辿り着くまでに開高健は、どれだけの推敲の長丁場に耐えたことだろうか。― 繰り返しになるが、作家がその作品を産み出すまでにいたる苦吟のプロセスを生々しく感じとることの出来る、稀有な読書体験であった。
夏の闇―直筆原稿縮刷版 Amazon書評・レビュー: 夏の闇―直筆原稿縮刷版より
410304909X
No.35
(5pt)

圧倒的名作の直筆原稿版

初めて読んだ時、読み終わるのが惜しくて行きつ戻りつしながら読んだ開高健氏の名作が直筆原稿版で読めるとあって、即購入しました。

完成度の高い原稿を入稿されるという開高氏ですが、それでも原稿用紙には表現に手を入れる過程、創作の過程が如実に見て取れ、繰り返し読んだ作品の舞台裏を知ることができ大満足です。

作家自身がこうした創作の舞台裏を明かされる事をどう感じるかは複雑なものもありますが、既に完成された作品で評価を築いた大作家だからこそ、その作品が生み出されるプロセスもまたファンとしては求めてしまいます。

直筆原稿版は、あたかも原稿を受け取った編集者が最初にその作品を読んだ時の様な気持ちを疑似体験できるという意味でも、非常に贅沢な時間を与えてくれます。開高健作品を愛読する人ならば、購入を迷う必要のない一冊。
夏の闇―直筆原稿縮刷版 Amazon書評・レビュー: 夏の闇―直筆原稿縮刷版より
410304909X
No.34
(4pt)

羞恥心から開放されて・・・・・

「著者開高健の最高傑作!」とよくいわれる1冊である。が、私は決してそうは思わない。むしろ「オーパ!」のような釣り紀行のほうがはるかに清清しく、文章もすばらしい。

 本書は、ヴェトナム戦争でトラウム状況に陥ってしまった哀れ小説家と、愛人女性との初老の恋の物語である。羞恥心から開放された二人の哀れ破廉恥痴話げんか夜話である。

 「あちらのこちら」の話が出てくるまでは、本書の舞台がJR新大久保駅前の飲み屋街の一角にある安下宿の一室のことかいな、と思っていた。そうではなかった、吃驚! 「あちら」は、東ドイツであり、「あちらのこちら」は「西ベルリン」だったのだ。道理であのシュタインコップ先生が登場するし、その愛人秘書君も出てくるんだナ。
夏の闇 (1972年) Amazon書評・レビュー: 夏の闇 (1972年)より
B000J95UVQ
No.33
(4pt)

羞恥心から開放されて・・・・・

「著者開高健の最高傑作!」とよくいわれる1冊である。が、私は決してそうは思わない。むしろ「オーパ!」のような釣り紀行のほうがはるかに清清しく、文章もすばらしい。

 本書は、ヴェトナム戦争でトラウム状況に陥ってしまった哀れ小説家と、愛人女性との初老の恋の物語である。羞恥心から開放された二人の哀れ破廉恥痴話げんか夜話である。

 「あちらのこちら」の話が出てくるまでは、本書の舞台がJR新大久保駅前の飲み屋街の一角にある安下宿の一室のことかいな、と思っていた。そうではなかった、吃驚! 「あちら」は、東ドイツであり、「あちらのこちら」は「西ベルリン」だったのだ。道理であのシュタインコップ先生が登場するし、その愛人秘書君も出てくるんだナ。
夏の闇 (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 夏の闇 (新潮文庫)より
4101128103
No.32
(5pt)

人間の奥底をさらけ出す作品

本作はベトナム戦争を舞台とする「輝ける闇」の主人公と同一人物と思われる男が、再度主人公となる続編といってもよい作品だ。男はベトナムに従軍した後に現在は欧州のとある国で一日の大半を寝て過ごすような虚無的な生活を過ごしているが、そんな男のもとに10年前につきあって別れた女が現れる。二人とも40前後だろうか、異国で落ち合った二人は一夏を共に過ごすことになる。

このように書くと少しはノスタルジックで甘い男女の交情が描かれるかと思うが、全くそうはならない。男は自分も他人も愛することができない人間(あるいは自分を愛せないが故に他人を愛せない人間)で、自分と他人を冷静に観察することはできるが、他人と気持ちを通わせるといったことができず、「人格剥離」と呼んでいる動くことも話すこともできない無気力的な症状に突然陥る発作に悩まされている。従って、男は女が異国で苦労してきた孤独や怒りや苦しみを感知することはできても、観察するのみで共感したり慰めの手を差し伸べることは出来ないし、しようとはしないのである。

この男のどこまでが開高自身なのかはわからないが、少なからず投影されている気がする。人間の感情の奥底を精密に描いてこれでもかとさらけ出すこの作品には、読者を圧倒する力がある。
夏の闇 (1972年) Amazon書評・レビュー: 夏の闇 (1972年)より
B000J95UVQ
No.31
(5pt)

人間の奥底をさらけ出す作品

本作はベトナム戦争を舞台とする「輝ける闇」の主人公と同一人物と思われる男が、再度主人公となる続編といってもよい作品だ。男はベトナムに従軍した後に現在は欧州のとある国で一日の大半を寝て過ごすような虚無的な生活を過ごしているが、そんな男のもとに10年前につきあって別れた女が現れる。二人とも40前後だろうか、異国で落ち合った二人は一夏を共に過ごすことになる。

このように書くと少しはノスタルジックで甘い男女の交情が描かれるかと思うが、全くそうはならない。男は自分も他人も愛することができない人間(あるいは自分を愛せないが故に他人を愛せない人間)で、自分と他人を冷静に観察することはできるが、他人と気持ちを通わせるといったことができず、「人格剥離」と呼んでいる動くことも話すこともできない無気力的な症状に突然陥る発作に悩まされている。従って、男は女が異国で苦労してきた孤独や怒りや苦しみを感知することはできても、観察するのみで共感したり慰めの手を差し伸べることは出来ないし、しようとはしないのである。

この男のどこまでが開高自身なのかはわからないが、少なからず投影されている気がする。人間の感情の奥底を精密に描いてこれでもかとさらけ出すこの作品には、読者を圧倒する力がある。
夏の闇 (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 夏の闇 (新潮文庫)より
4101128103
No.30
(5pt)

ぜひセットで…

この作品は、先の輝ける闇 (新潮文庫)と、後の「花終わる闇」をもって3部作として構想されたが、3作目は未完に終わった。

それというのも、前2作があまりにも親密に呼応しあってるからではないかと、この2作を立て続けに読んだ後、痛感した。

この2作は、様々な面で見事な対照をなしているけれども、びっくりするくらい似てもいる。

時系列的には、「輝ける闇」から「夏の闇」につながるが、どちらを先に読んでも構わないと思う。

それは、陰と陽がお互いを追い求めながら永遠に回転する様を思わせる。

おそらく、作家が執筆中には意図していなかったことが、どこかで起こった。

この作品のエンディングで、東西をくぐり抜ける環状線の描写があるが、これは当初から計算されていた結末というより、作家が切り拓いた道を振り返る事で見えた情景だと思う。

この2作の凄い所は、どちらか一方だけを読んでも、十分な感銘を与えてくれる事だ。

3作目は、この2作に切り込みを入れ、交わるものとなったはずだが、それが果たせなかったのも、さもありなん、と思う。

読み切るのは楽ではないけれど、充分過ぎる位の見返りがあります。

ぜひセットで読んでみて下さい、お薦めです。
夏の闇 (1972年) Amazon書評・レビュー: 夏の闇 (1972年)より
B000J95UVQ
No.29
(5pt)

ぜひセットで…

この作品は、先の輝ける闇 (新潮文庫)と、後の「花終わる闇」をもって3部作として構想されたが、3作目は未完に終わった。

それというのも、前2作があまりにも親密に呼応しあってるからではないかと、この2作を立て続けに読んだ後、痛感した。

この2作は、様々な面で見事な対照をなしているけれども、びっくりするくらい似てもいる。

時系列的には、「輝ける闇」から「夏の闇」につながるが、どちらを先に読んでも構わないと思う。

それは、陰と陽がお互いを追い求めながら永遠に回転する様を思わせる。

おそらく、作家が執筆中には意図していなかったことが、どこかで起こった。

この作品のエンディングで、東西をくぐり抜ける環状線の描写があるが、これは当初から計算されていた結末というより、作家が切り拓いた道を振り返る事で見えた情景だと思う。

この2作の凄い所は、どちらか一方だけを読んでも、十分な感銘を与えてくれる事だ。

3作目は、この2作に切り込みを入れ、交わるものとなったはずだが、それが果たせなかったのも、さもありなん、と思う。

読み切るのは楽ではないけれど、充分過ぎる位の見返りがあります。

ぜひセットで読んでみて下さい、お薦めです。
夏の闇 (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 夏の闇 (新潮文庫)より
4101128103
No.28
(5pt)

「当時の男」と「普遍的な女」と

ベトナム戦争が行われていた頃に、進歩的文化人が現れて、人ごとに「お前は何もしなくていいのか」と叫びまくった。国中がベトナム戦争への個人の対応を巡ってヒートアップしていた。全人類的な言い方で、人々に「反米運動」をせまっていた。他国の戦争に。いまはどうか、イラクは?アフガンは?パレスチナは?
 ベトナムでの取材を経て無気力になった?目の前で人が殺されるのを見てくれば、それは衝撃かもしてない。しかし、それは普遍的な衝撃なんだろうか?
 この作品がすぐれているのは、圧倒的な日本語の表現力に尽きると思う。素晴らしいと思う。かれがもう一度ベトナムを目指すのは、正義感、義務感というものではない。血の流れる現場か阿片の現場にしか実存し得ないかれの精神構造からだ。「当時の男」と「普遍的な女」が同一時制で、かみあう筈もないのだ。
夏の闇 (1972年) Amazon書評・レビュー: 夏の闇 (1972年)より
B000J95UVQ
No.27
(5pt)

「当時の男」と「普遍的な女」と

ベトナム戦争が行われていた頃に、進歩的文化人が現れて、人ごとに「お前は何もしなくていいのか」と叫びまくった。国中がベトナム戦争への個人の対応を巡ってヒートアップしていた。全人類的な言い方で、人々に「反米運動」をせまっていた。他国の戦争に。いまはどうか、イラクは?アフガンは?パレスチナは?
 ベトナムでの取材を経て無気力になった?目の前で人が殺されるのを見てくれば、それは衝撃かもしてない。しかし、それは普遍的な衝撃なんだろうか?
 この作品がすぐれているのは、圧倒的な日本語の表現力に尽きると思う。素晴らしいと思う。かれがもう一度ベトナムを目指すのは、正義感、義務感というものではない。血の流れる現場か阿片の現場にしか実存し得ないかれの精神構造からだ。「当時の男」と「普遍的な女」が同一時制で、かみあう筈もないのだ。
夏の闇 (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 夏の闇 (新潮文庫)より
4101128103
No.26
(5pt)

「輝ける闇」と「夏の闇」。開高健の代表作はこの2作だと思う。

もちろん、この「夏の闇」だけ読んでも素晴らしい作品であることに変りはないが、やはり「輝ける闇」を読んでから読むべき一冊だろうと思う。

主人公の「私」は何故怠惰な生活を送るのか、沈殿してしまうのか、絶望しているのか、そんな自分を嫌悪しながらもそこから抜け出そうとしないのか。そして、何故ベトナムに戻ることを決めたのか。その理由が、彼のベトナム戦争での経験にあるのは「夏の闇」でも触れられているが、経験そのものを作品化したのが「輝ける闇」だからだ。

「夏の闇」を読んでから「輝ける闇」を読み“だから「私」はこんな生活を送るようになったのか”と感じるよりも、“「私」がこんな生活を送ることになった必然性を理解したうえ”で、この作品を読む方が、より「私=開高健」の闇を感じることができるように思える。

開高健の文体は力強く男臭い。文章から開高の体臭が漂ってきそうだ。

この作品の舞台はドイツである。著者が、南北ベトナムに対する東西ドイツという意味でそうしたと勝手に推測しているのだが、わたしが勝手に抱くドイツからイメージされる色の「灰色」、そして、どんよりとした灰色の空。そんなイメージを抱く舞台で、心の闇を抱えた男と女の生活が濃密な文体で描かれるこの作品、読み終わった後の疲労感はかなりのものだ。

わたしが最も繰り返し読んだ著者の作品は「オーパ!」だが、やはり彼の代表作は「輝ける闇」と「夏の闇」。この2作だと思う。
夏の闇 (1972年) Amazon書評・レビュー: 夏の闇 (1972年)より
B000J95UVQ
No.25
(5pt)

「輝ける闇」と「夏の闇」。開高健の代表作はこの2作だと思う。

もちろん、この「夏の闇」だけ読んでも素晴らしい作品であることに変りはないが、やはり「輝ける闇」を読んでから読むべき一冊だろうと思う。

主人公の「私」は何故怠惰な生活を送るのか、沈殿してしまうのか、絶望しているのか、そんな自分を嫌悪しながらもそこから抜け出そうとしないのか。そして、何故ベトナムに戻ることを決めたのか。その理由が、彼のベトナム戦争での経験にあるのは「夏の闇」でも触れられているが、経験そのものを作品化したのが「輝ける闇」だからだ。

「夏の闇」を読んでから「輝ける闇」を読み“だから「私」はこんな生活を送るようになったのか”と感じるよりも、“「私」がこんな生活を送ることになった必然性を理解したうえ”で、この作品を読む方が、より「私=開高健」の闇を感じることができるように思える。

開高健の文体は力強く男臭い。文章から開高の体臭が漂ってきそうだ。

この作品の舞台はドイツである。著者が、南北ベトナムに対する東西ドイツという意味でそうしたと勝手に推測しているのだが、わたしが勝手に抱くドイツからイメージされる色の「灰色」、そして、どんよりとした灰色の空。そんなイメージを抱く舞台で、心の闇を抱えた男と女の生活が濃密な文体で描かれるこの作品、読み終わった後の疲労感はかなりのものだ。

わたしが最も繰り返し読んだ著者の作品は「オーパ!」だが、やはり彼の代表作は「輝ける闇」と「夏の闇」。この2作だと思う。
夏の闇 (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 夏の闇 (新潮文庫)より
4101128103