わたしたちが孤児だったころ

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わたしたちが孤児だったころの評価:

4.00/5点 レビュー 80件。 E ランク

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平均点4.00pt

Amazonレビュー一覧

Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です

※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください

全126件 101〜120 6/7ページ
No.26
(5pt)

不思議な読後感

非常に不思議な読後感を味わえる小説。
主人公が成長して探偵として活躍する現在と、幼少のころの両親や幼馴染たちとの思い出がイギリスと上海を舞台に語られる。そこには旧友の、両親の、そして現在の恋人の、という具合に様々な人々との個人的体験が重層的にちりばめられていて、極短い短編小説がいくつもいくつも連なっているという風に読むことができた。むしろ通常の小説であれば物語の肉付けとも言えるそれらの「短編」的エピソードが醸し出す雰囲気こそ、この小説の骨格となっているような感覚さえ覚える。
そして何より不思議に感ずるのは、物語の後半、上海に戻った主人公が体験する幼馴染と邂逅する場面。重い現実感のある夢のような描写で、エンターテイメントを期待する読者を全く別の地平へと連れ去ってくれる。
こんな小説には滅多に出会うことが出来ないと思う。
わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワ・ノヴェルズ) Amazon書評・レビュー: わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワ・ノヴェルズ)より
4152083425
No.25
(5pt)

不思議な読後感

非常に不思議な読後感を味わえる小説。
主人公が成長して探偵として活躍する現在と、幼少のころの両親や幼馴染たちとの思い出がイギリスと上海を舞台に語られる。そこには旧友の、両親の、そして現在の恋人の、という具合に様々な人々との個人的体験が重層的にちりばめられていて、極短い短編小説がいくつもいくつも連なっているという風に読むことができた。むしろ通常の小説であれば物語の肉付けとも言えるそれらの「短編」的エピソードが醸し出す雰囲気こそ、この小説の骨格となっているような感覚さえ覚える。
そして何より不思議に感ずるのは、物語の後半、上海に戻った主人公が体験する幼馴染と邂逅する場面。重い現実感のある夢のような描写で、エンターテイメントを期待する読者を全く別の地平へと連れ去ってくれる。
こんな小説には滅多に出会うことが出来ないと思う。
わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワepi文庫) Amazon書評・レビュー: わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワepi文庫)より
4151200347
No.24
(4pt)

傑作と呼ぶには何かが足りない。

本書の主人公バンクスは、上海育ちの英国人であり、
彼が10歳の時に両親が相次いで失踪した結果、
英国に送られて教育を受けたという、かすかにイシグロ本人の
経歴を思わせるような人物設定になっている。

内容のほうも、これまでの純文学路線とは違い、
探偵小説のパロディめいたエンタメ寄りのもので、
前半では、上海での少年時代の回想を差し挟みつつ、
バンクスが英国のスノビッシュな社交界の中で、
探偵としての名声を築いていく過程が描かれ、
後半はいよいよ、第二次上海事変から日中全面戦争へと至る
渦中の「魔都」上海へと、バンクスが乗り込むことになる。

こう書くと、傑作たることはほとんど約束されているようにも思えるが、
読み終わって、そう呼ぶには何かが欠けていると感じた。
ひとつには、バンクスの養女となる孤児のジェニファーが、
物語の流れにうまく組み込まれていないように思えることが
挙げられるかもしれない。彼女が登場する場面は、主要な筋からは
半ば独立しているため、単に孤児をもうひとり登場させる必要上、
都合よく導入された人物ではないかという気がしてしまうのだ。

また、舞台が上海に移った途端、急速に現実感が乏しくなり
なぜか皆がバンクス一人に事態の解決を要求するという、
「セカイ系」の展開に突入していくのだが、ここでの上海の描き方が
むしろ類型的なものに留められていることにも、
(イシグロ本人によれば意図的なものらしいが)
微妙な物足りなさを覚えた。名探偵であるはずのバンクスが、
現実にはあり得ない仮定を信じ込むに至る経緯が、
いささか簡単に描かれ過ぎているようでもあるし、
結末近くで明かされる真相の重さとも、
もうひとつうまく釣り合っていないような気がする。

最後に、これは翻訳の問題になるが、
原文でアキラが話す英語は、be動詞や3単現のsが
ほぼ完全に省略された舌足らずのものであり、
邦訳はそこを流暢に訳し過ぎていると思う。
わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワ・ノヴェルズ) Amazon書評・レビュー: わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワ・ノヴェルズ)より
4152083425
No.23
(4pt)

傑作と呼ぶには何かが足りない。

本書の主人公バンクスは、上海育ちの英国人であり、
彼が10歳の時に両親が相次いで失踪した結果、
英国に送られて教育を受けたという、かすかにイシグロ本人の
経歴を思わせるような人物設定になっている。

内容のほうも、これまでの純文学路線とは違い、
探偵小説のパロディめいたエンタメ寄りのもので、
前半では、上海での少年時代の回想を差し挟みつつ、
バンクスが英国のスノビッシュな社交界の中で、
探偵としての名声を築いていく過程が描かれ、
後半はいよいよ、第二次上海事変から日中全面戦争へと至る
渦中の「魔都」上海へと、バンクスが乗り込むことになる。

こう書くと、傑作たることはほとんど約束されているようにも思えるが、
読み終わって、そう呼ぶには何かが欠けていると感じた。
ひとつには、バンクスの養女となる孤児のジェニファーが、
物語の流れにうまく組み込まれていないように思えることが
挙げられるかもしれない。彼女が登場する場面は、主要な筋からは
半ば独立しているため、単に孤児をもうひとり登場させる必要上、
都合よく導入された人物ではないかという気がしてしまうのだ。

また、舞台が上海に移った途端、急速に現実感が乏しくなり
なぜか皆がバンクス一人に事態の解決を要求するという、
「セカイ系」の展開に突入していくのだが、ここでの上海の描き方が
むしろ類型的なものに留められていることにも、
(イシグロ本人によれば意図的なものらしいが)
微妙な物足りなさを覚えた。名探偵であるはずのバンクスが、
現実にはあり得ない仮定を信じ込むに至る経緯が、
いささか簡単に描かれ過ぎているようでもあるし、
結末近くで明かされる真相の重さとも、
もうひとつうまく釣り合っていないような気がする。

最後に、これは翻訳の問題になるが、
原文でアキラが話す英語は、be動詞や3単現のsが
ほぼ完全に省略された舌足らずのものであり、
邦訳はそこを流暢に訳し過ぎていると思う。
わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワepi文庫) Amazon書評・レビュー: わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワepi文庫)より
4151200347
No.22
(4pt)

名探偵小説への批評的アプローチ

上海とロンドンを舞台に、中国とイギリスと日本の文化を巧みに描き分けている。 アキラとの交流、サラとの運命、ジェニファーとの関係と、いずれも背景に描かれきらない広がりを感じさせる。  そして、名探偵小説を批評的に解釈したようなストーリー展開が斬新。 アヘンをめぐる醜い力関係が、最後の謎に深くかかわってくる。 真実は、いつも光を伴ってくるとは限らない。 だが、人はそれでも真実を知りたい。 クリストファーが探偵だというのは、皮肉な設定である。  日中戦争の生々しい情景を描き、その後の世界大戦をスルーし、「筆舌に尽くしがたい」という形容を、書かずして表現している。
わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワ・ノヴェルズ) Amazon書評・レビュー: わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワ・ノヴェルズ)より
4152083425
No.21
(4pt)

名探偵小説への批評的アプローチ

上海とロンドンを舞台に、中国とイギリスと日本の文化を巧みに描き分けている。 アキラとの交流、サラとの運命、ジェニファーとの関係と、いずれも背景に描かれきらない広がりを感じさせる。  そして、名探偵小説を批評的に解釈したようなストーリー展開が斬新。 アヘンをめぐる醜い力関係が、最後の謎に深くかかわってくる。 真実は、いつも光を伴ってくるとは限らない。 だが、人はそれでも真実を知りたい。 クリストファーが探偵だというのは、皮肉な設定である。  日中戦争の生々しい情景を描き、その後の世界大戦をスルーし、「筆舌に尽くしがたい」という形容を、書かずして表現している。
わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワepi文庫) Amazon書評・レビュー: わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワepi文庫)より
4151200347
No.20
(5pt)

ああ、レベルが違う

エンターテイメントよりの純文学といった様相でしょうか。主人公は二十世紀の探偵。探偵小説の技法を用いた小説、という意味ではポール・オースターみたいに思えてしまうかもしれないが、その内実は全然違う。

 探偵小説というのは基本的に虚構を前提とした小説であるが、その探偵を日中戦争の中へ放り込むことで徹底的に相対化、世界と戦う探偵という意味では、セカイ系作品としても読める。

 後半から主人公の行動に「?」と思うでしょう。自分も何か読み違いをしているのかと不安になったが、それも手の内。信用ならざる語り手の手法を違い、リアリズムの中の妄想(?)を生み出し、しかも、その妄想もリアリズムにのっとっているという、技巧をこらしまくった傑作。
わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワ・ノヴェルズ) Amazon書評・レビュー: わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワ・ノヴェルズ)より
4152083425
No.19
(5pt)

ああ、レベルが違う

エンターテイメントよりの純文学といった様相でしょうか。主人公は二十世紀の探偵。探偵小説の技法を用いた小説、という意味ではポール・オースターみたいに思えてしまうかもしれないが、その内実は全然違う。

 探偵小説というのは基本的に虚構を前提とした小説であるが、その探偵を日中戦争の中へ放り込むことで徹底的に相対化、世界と戦う探偵という意味では、セカイ系作品としても読める。

 後半から主人公の行動に「?」と思うでしょう。自分も何か読み違いをしているのかと不安になったが、それも手の内。信用ならざる語り手の手法を違い、リアリズムの中の妄想(?)を生み出し、しかも、その妄想もリアリズムにのっとっているという、技巧をこらしまくった傑作。
わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワepi文庫) Amazon書評・レビュー: わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワepi文庫)より
4151200347
No.18
(4pt)

筆致が丁寧

幼い頃に上海で両親が失踪したイギリス人男性の主人公が、大人になって探偵として社会的に成功し、孤児を引き取り、両親の失踪事件を解決すべく、上海へと戻る。

前半は、緻密な追憶の描写がゆっくりと続き、なんとも地味な物語だと思いきや、後半から一気に展開が早くなる。

長年微妙な関係を続けてきたサラから駆け落ちを持ち掛けられたり、両親が幽閉されていると思われる家の情報をつかみ、日中戦争の前線に飛び込み、負傷した日本兵と逃げ回ったり、とスリリングな場面が展開される。

最終章。

両親が失踪した本当の理由を、かつて信頼しきっていた人物から聞かされる。最初はずいぶんとお堅い上品な語り口からのスタートだっただけに、このショッキングな顛末は大変意外で、驚いた。

高貴な小説「日の名残り」の印象が強いイシグロ氏も、しょせんは一介の男性に過ぎず、また彼がひそかに抱く、白人への劣等感を垣間見てしまったような気がした。
わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワ・ノヴェルズ) Amazon書評・レビュー: わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワ・ノヴェルズ)より
4152083425
No.17
(4pt)

筆致が丁寧

幼い頃に上海で両親が失踪したイギリス人男性の主人公が、大人になって探偵として社会的に成功し、孤児を引き取り、両親の失踪事件を解決すべく、上海へと戻る。

前半は、緻密な追憶の描写がゆっくりと続き、なんとも地味な物語だと思いきや、後半から一気に展開が早くなる。

長年微妙な関係を続けてきたサラから駆け落ちを持ち掛けられたり、両親が幽閉されていると思われる家の情報をつかみ、日中戦争の前線に飛び込み、負傷した日本兵と逃げ回ったり、とスリリングな場面が展開される。

最終章。

両親が失踪した本当の理由を、かつて信頼しきっていた人物から聞かされる。最初はずいぶんとお堅い上品な語り口からのスタートだっただけに、このショッキングな顛末は大変意外で、驚いた。

高貴な小説「日の名残り」の印象が強いイシグロ氏も、しょせんは一介の男性に過ぎず、また彼がひそかに抱く、白人への劣等感を垣間見てしまったような気がした。
わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワepi文庫) Amazon書評・レビュー: わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワepi文庫)より
4151200347
No.16
(5pt)

冒険

ポールオースターの「鍵のかかった部屋」がそうであるように、また村上春樹の「羊をめぐる冒険」がそうであるように、この作品もまた冒険小説なんだなと思う。 ただしそれはあくまでカズオイシグロ的なものに変貌している。 これまでの彼の作品は小綺麗で優雅な作品が続いたがこの作品で彼は自身の創作自体においても「冒険」をした。 この作品における著者の筆運びは勇ましく挑戦的で多少荒削りなやり方を試しているが、やはり同時に優雅でもある。 そしてそれがどうにもこうにも心地よい。 物語はある一つの点に向けて探偵小説的な要素を含みながら展開する。 一瞬めまいさえしそうな鮮烈で優美な文章の応酬が我々を襲う。
わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワ・ノヴェルズ) Amazon書評・レビュー: わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワ・ノヴェルズ)より
4152083425
No.15
(5pt)

冒険

ポールオースターの「鍵のかかった部屋」がそうであるように、また村上春樹の「羊をめぐる冒険」がそうであるように、この作品もまた冒険小説なんだなと思う。 ただしそれはあくまでカズオイシグロ的なものに変貌している。 これまでの彼の作品は小綺麗で優雅な作品が続いたがこの作品で彼は自身の創作自体においても「冒険」をした。 この作品における著者の筆運びは勇ましく挑戦的で多少荒削りなやり方を試しているが、やはり同時に優雅でもある。 そしてそれがどうにもこうにも心地よい。 物語はある一つの点に向けて探偵小説的な要素を含みながら展開する。 一瞬めまいさえしそうな鮮烈で優美な文章の応酬が我々を襲う。
わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワepi文庫) Amazon書評・レビュー: わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワepi文庫)より
4151200347
No.14
(5pt)

事実と真実

事実と真実は別の場所にあるものだ。 イシグロの構成力が、幻想的なまでのズレを見事にかさねあげ、世界を立体にしている。 リアリズム、というのとはちょっと外れる確固たる世界。 明かされない謎と明かされない命題の間を読者は滑らされる。 とても面白かった。
わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワ・ノヴェルズ) Amazon書評・レビュー: わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワ・ノヴェルズ)より
4152083425
No.13
(5pt)

事実と真実

事実と真実は別の場所にあるものだ。 イシグロの構成力が、幻想的なまでのズレを見事にかさねあげ、世界を立体にしている。 リアリズム、というのとはちょっと外れる確固たる世界。 明かされない謎と明かされない命題の間を読者は滑らされる。 とても面白かった。
わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワepi文庫) Amazon書評・レビュー: わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワepi文庫)より
4151200347
No.12
(5pt)

イシグロ的な世界

舞台は上海。 最初に父が消え、次に母がいなくなった。 そして少年は孤児になった。 少年は成長し、イギリスで高名な探偵になる。 彼は再び上海を訪れ、両親を探し始める。 探偵小説の形式を得て、信頼できない語り手というイシグロ十八番の手法がさえまくる。 この小説はトリッキーで美しく、強烈なカタストロフを読者に与えてくれる。 はっきりって、傑作だ。
わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワ・ノヴェルズ) Amazon書評・レビュー: わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワ・ノヴェルズ)より
4152083425
No.11
(5pt)

イシグロ的な世界

舞台は上海。 最初に父が消え、次に母がいなくなった。 そして少年は孤児になった。 少年は成長し、イギリスで高名な探偵になる。 彼は再び上海を訪れ、両親を探し始める。 探偵小説の形式を得て、信頼できない語り手というイシグロ十八番の手法がさえまくる。 この小説はトリッキーで美しく、強烈なカタストロフを読者に与えてくれる。 はっきりって、傑作だ。
わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワepi文庫) Amazon書評・レビュー: わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワepi文庫)より
4151200347
No.10
(4pt)

喪失感と希望

「日の名残り」にしても本書にしても、イシグロの作品を読むと、「喪失感」という言葉が浮かんできます。私達は生きている間にいろいろなものを失っていく。時にはかけがえのない大切なものを、自分がそうとは知らぬ間になくしていき、後から振り返ってそれに気づくのだが、そのときはもう全てが終わっている。本書を読むとそんなメッセージが伝わるように思います。
物語の前半は比較的ゆっくりと登場人物のあり方が描かれているのに対して、後半は下手すると荒唐無稽な展開が繰り広げられ、驚きと不安を読者に持たせ、一気に切ない大団円を迎えます。
喪失そのものは哀しく切ないのですが、しかし読後感は決して悲愴感だけではありません。失うことを現実としてあるがまま受け入れ、はじめてそこから何かが始められる、そんなそこはかとない希望を持たせてくれる、素敵な小説でした。
わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワ・ノヴェルズ) Amazon書評・レビュー: わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワ・ノヴェルズ)より
4152083425
No.9
(4pt)

喪失感と希望

「日の名残り」にしても本書にしても、イシグロの作品を読むと、「喪失感」という言葉が浮かんできます。私達は生きている間にいろいろなものを失っていく。時にはかけがえのない大切なものを、自分がそうとは知らぬ間になくしていき、後から振り返ってそれに気づくのだが、そのときはもう全てが終わっている。本書を読むとそんなメッセージが伝わるように思います。
物語の前半は比較的ゆっくりと登場人物のあり方が描かれているのに対して、後半は下手すると荒唐無稽な展開が繰り広げられ、驚きと不安を読者に持たせ、一気に切ない大団円を迎えます。
喪失そのものは哀しく切ないのですが、しかし読後感は決して悲愴感だけではありません。失うことを現実としてあるがまま受け入れ、はじめてそこから何かが始められる、そんなそこはかとない希望を持たせてくれる、素敵な小説でした。
わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワepi文庫) Amazon書評・レビュー: わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワepi文庫)より
4151200347
No.8
(5pt)

租界で暮らして味わったのは何。

劇中に日本人が現れる小説でもあり、読むにつれて次第に、日本人であるが故に読み取ることの可能な感傷や描写によって、我々は何かしらの特権的な優越感に浸る。カズオ・イシグロの小説の読者の多くは英国の、恐らく白人である。彼らが支持するイシグロの小説が我々の国の歴史と伝統に基づく敬虔な姿勢を示していることで、作品にとてつもなく敬意と幸福感を覚える。
事実と期待とのはざまで、秀でた才能を持つ探偵が見たもの、体験したものは何だったのか。それは個人的なもの、大きな歴史のうねりの中に見出したもの、そして人間そのものに見出したもの。探偵であることにより失い、見つけ得たもの。
読み終えたとき、幅の広い小説であった、という感想を得られる。それは、面白かった、と同じ意味だということである。
わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワ・ノヴェルズ) Amazon書評・レビュー: わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワ・ノヴェルズ)より
4152083425
No.7
(5pt)

租界で暮らして味わったのは何。

劇中に日本人が現れる小説でもあり、読むにつれて次第に、日本人であるが故に読み取ることの可能な感傷や描写によって、我々は何かしらの特権的な優越感に浸る。カズオ・イシグロの小説の読者の多くは英国の、恐らく白人である。彼らが支持するイシグロの小説が我々の国の歴史と伝統に基づく敬虔な姿勢を示していることで、作品にとてつもなく敬意と幸福感を覚える。
事実と期待とのはざまで、秀でた才能を持つ探偵が見たもの、体験したものは何だったのか。それは個人的なもの、大きな歴史のうねりの中に見出したもの、そして人間そのものに見出したもの。探偵であることにより失い、見つけ得たもの。
読み終えたとき、幅の広い小説であった、という感想を得られる。それは、面白かった、と同じ意味だということである。
わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワepi文庫) Amazon書評・レビュー: わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワepi文庫)より
4151200347