わたしたちが孤児だったころ

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わたしたちが孤児だったころの評価:

4.00/5点 レビュー 80件。 E ランク

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平均点4.00pt

Amazonレビュー一覧

Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です

※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください

全126件 61〜80 4/7ページ
No.66
(5pt)

子供時代の宝石のような想像力をそのままに

カズオ・イシグロの想像力は現実の枠を超える。そのことは「私を離さないで」を読んでよくわかったのだが、本作でも子供時代の探偵ごっこそのままに探偵になった男が登場する。彼が戦火の上海で20年前に行方不明になった父母を探し始めるに至り、この小説は「私を離さないで」のような妄想を籠めたフィクションなのか、それとも現実の範疇に収まる話なのか、が気になってくる。結果はここには書かないけれども、彼の想像力の巨大さに今回も圧倒されてしまった。その意味で、期待を裏切らない一作だったと言える。

思えば、カズオ・イシグロ自身が子供時代のごっこ遊びをそのまま頭の中に抱えているのかもしれない。子供時代の宝石のような想像力が人生を支えている。人はそうやって生きているのだと思うけど、それを文学作品にしてしまうところが彼の凄さなのだろう。
「ノスタルジックになるっていうのはすごく大事なことだ。人はノスタルジックになるとき、思い出すんだ。子どもの頃に住んでいた今よりもいい世界を。」
(444ページ)
わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワepi文庫) Amazon書評・レビュー: わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワepi文庫)より
4151200347
No.65
(5pt)

子供時代の宝石のような想像力をそのままに

カズオ・イシグロの想像力は現実の枠を超える。そのことは「私を離さないで」を読んでよくわかったのだが、本作でも子供時代の探偵ごっこそのままに探偵になった男が登場する。彼が戦火の上海で20年前に行方不明になった父母を探し始めるに至り、この小説は「私を離さないで」のような妄想を籠めたフィクションなのか、それとも現実の範疇に収まる話なのか、が気になってくる。結果はここには書かないけれども、彼の想像力の巨大さに今回も圧倒されてしまった。その意味で、期待を裏切らない一作だったと言える。

思えば、カズオ・イシグロ自身が子供時代のごっこ遊びをそのまま頭の中に抱えているのかもしれない。子供時代の宝石のような想像力が人生を支えている。人はそうやって生きているのだと思うけど、それを文学作品にしてしまうところが彼の凄さなのだろう。
「ノスタルジックになるっていうのはすごく大事なことだ。人はノスタルジックになるとき、思い出すんだ。子どもの頃に住んでいた今よりもいい世界を。」
(444ページ)
わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワ・ノヴェルズ) Amazon書評・レビュー: わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワ・ノヴェルズ)より
4152083425
No.64
(5pt)

カズオ・イシグロ独特の残酷さ

人が評価する自分と、自分が思っている自分のギャップには、時々驚かされる。 そんな経験が誰にもあるのではないか。 主人公はかなりうまくやってきたと自負していたが、幼年時代からの想い出の中に小さなささくれの様な違和感を見つけ出す。 その違和感の積み重ねを考察して過去に迫って行く。 推理の手掛かりは、拡大鏡で見つけた煙草の吸殻や足跡ではなく、主人公の記憶なのだ。 面白い。 そして切ない。   また、この小説は3人の女の物語でもある。 母と、恋人と、娘。 特に母という女の物語は激しい。 それぞれの女の信念の結末は、カズオ・イシグロ独特の残酷さでコテンパンに暴かれる。
わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワ・ノヴェルズ) Amazon書評・レビュー: わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワ・ノヴェルズ)より
4152083425
No.63
(5pt)

カズオ・イシグロ独特の残酷さ

人が評価する自分と、自分が思っている自分のギャップには、時々驚かされる。 そんな経験が誰にもあるのではないか。 主人公はかなりうまくやってきたと自負していたが、幼年時代からの想い出の中に小さなささくれの様な違和感を見つけ出す。 その違和感の積み重ねを考察して過去に迫って行く。 推理の手掛かりは、拡大鏡で見つけた煙草の吸殻や足跡ではなく、主人公の記憶なのだ。 面白い。 そして切ない。   また、この小説は3人の女の物語でもある。 母と、恋人と、娘。 特に母という女の物語は激しい。 それぞれの女の信念の結末は、カズオ・イシグロ独特の残酷さでコテンパンに暴かれる。
わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワepi文庫) Amazon書評・レビュー: わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワepi文庫)より
4151200347
No.62
(5pt)

世界が崩壊した時、人はどうやって生きていくことができるのだろうか。

前半は「静」。主人公(語り手)がゆっくりと現在と過去を往還する。後半は「動」。失踪した父母を探して第二次上海事変のさなかに魔都・上海をさまよい歩く主人公。そしてカタストロフと余韻。リムスキー=コルサコフの交響組曲「シェヘラザード」の第4楽章、船の難破から終曲に至る流れを思い出した。それこそ「難破」ではないけれども、自分の周りの世界(それが家族という小さな世界であれ、文字通りの世界であれ)が崩壊していく時(あるいはもともと崩壊していたことに気づいた時)、人はどうやって生きていくことができるのだろうか。
 ミステリ色の強い作品だが、人生の謎を解くという使命を負わされているのが人間であるとすれば、人は皆、探偵なのだろう。
 サラやジェニファーとの関係の描き方に不満は残るがぐいぐい引きこまれていった。力業である。
わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワ・ノヴェルズ) Amazon書評・レビュー: わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワ・ノヴェルズ)より
4152083425
No.61
(5pt)

世界が崩壊した時、人はどうやって生きていくことができるのだろうか。

前半は「静」。主人公(語り手)がゆっくりと現在と過去を往還する。後半は「動」。失踪した父母を探して第二次上海事変のさなかに魔都・上海をさまよい歩く主人公。そしてカタストロフと余韻。リムスキー=コルサコフの交響組曲「シェヘラザード」の第4楽章、船の難破から終曲に至る流れを思い出した。それこそ「難破」ではないけれども、自分の周りの世界(それが家族という小さな世界であれ、文字通りの世界であれ)が崩壊していく時(あるいはもともと崩壊していたことに気づいた時)、人はどうやって生きていくことができるのだろうか。
 ミステリ色の強い作品だが、人生の謎を解くという使命を負わされているのが人間であるとすれば、人は皆、探偵なのだろう。
 サラやジェニファーとの関係の描き方に不満は残るがぐいぐい引きこまれていった。力業である。
わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワepi文庫) Amazon書評・レビュー: わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワepi文庫)より
4151200347
No.60
(4pt)

ノスタルジックで温かい

昨今のかまびすしい中国ではない、別の中国。 ノスタルジックで温かく、遠くて近い異国。 上海での少年の思い出は、そのまま我々日本人のよき思い出に重なる。 『わたしを離さないで』ほどのリアリティの欠如(あるいは想像力の発露)も、 『充たされざる者』ほどのめんどうみの悪さもない、カズオイシグロを初めて読むにはちょうどよい作品。
わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワ・ノヴェルズ) Amazon書評・レビュー: わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワ・ノヴェルズ)より
4152083425
No.59
(4pt)

ノスタルジックで温かい

昨今のかまびすしい中国ではない、別の中国。 ノスタルジックで温かく、遠くて近い異国。 上海での少年の思い出は、そのまま我々日本人のよき思い出に重なる。 『わたしを離さないで』ほどのリアリティの欠如(あるいは想像力の発露)も、 『充たされざる者』ほどのめんどうみの悪さもない、カズオイシグロを初めて読むにはちょうどよい作品。
わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワepi文庫) Amazon書評・レビュー: わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワepi文庫)より
4151200347
No.58
(4pt)

切なく滑稽でグロテスク

クリストファーは幼いころに行方不明になった両親を探すため私立探偵になるが、両親の行方を追って最後に明らかになった真実は彼の人生を根底から揺るがすものだった。 『日の名残り』のスティーヴンスは、すべてを犠牲にして人生を捧げた仕事がその価値のあるものではなかったことに気づいた時、多いに泣いた。 クリストファーも泣いたのだろう。 しかし本作は、それが全く無価値ではなかったのだと肯定的に過去に向き合い、未来へのささやかな期待を抱く場面で終わる。 切なく滑稽でグロテスクだが、最後はほんのり暖かい。 不思議な作品だ。
わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワ・ノヴェルズ) Amazon書評・レビュー: わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワ・ノヴェルズ)より
4152083425
No.57
(4pt)

切なく滑稽でグロテスク

クリストファーは幼いころに行方不明になった両親を探すため私立探偵になるが、両親の行方を追って最後に明らかになった真実は彼の人生を根底から揺るがすものだった。 『日の名残り』のスティーヴンスは、すべてを犠牲にして人生を捧げた仕事がその価値のあるものではなかったことに気づいた時、多いに泣いた。 クリストファーも泣いたのだろう。 しかし本作は、それが全く無価値ではなかったのだと肯定的に過去に向き合い、未来へのささやかな期待を抱く場面で終わる。 切なく滑稽でグロテスクだが、最後はほんのり暖かい。 不思議な作品だ。
わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワepi文庫) Amazon書評・レビュー: わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワepi文庫)より
4151200347
No.56
(5pt)

大人は子供に嘘を教える


われわれ大人は子供に大いなる嘘を教える。
世界は優しく美しいものである、という嘘を。
世界は悪や残酷さや暴力に満ち溢れているにもかかわらず。

子供たちは理想郷という虚構の中で、いわば純粋培養される。
いずれは子供たちも真相に気づくわけだが、われわれ大人は
その日の到来をなるべく遠ざけようとする。

大いなる嘘で語られるのは、われわれが果たせなかった願いであり、理想である。
子供時代の記憶は、優しく美しく、ノスタルジックだ。おそらく、その記憶こそが
悪や残酷さや暴力を拒む力となりうる。

「虫眼鏡」という、すでに時代錯誤的で、牧歌的な小道具は、子供時代の象徴である。
(あの凄惨な市街戦のさなかでさえ、あいかわらず「虫眼鏡」!)
フィリップおじさんの告白を聞くことではじめて、主人公にとっての子供時代は終焉する。

この「純粋培養」というテーマは、次作の 『わたしを離さないで』 で再び主題化される。
わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワ・ノヴェルズ) Amazon書評・レビュー: わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワ・ノヴェルズ)より
4152083425
No.55
(5pt)

大人は子供に嘘を教える


われわれ大人は子供に大いなる嘘を教える。
世界は優しく美しいものである、という嘘を。
世界は悪や残酷さや暴力に満ち溢れているにもかかわらず。

子供たちは理想郷という虚構の中で、いわば純粋培養される。
いずれは子供たちも真相に気づくわけだが、われわれ大人は
その日の到来をなるべく遠ざけようとする。

大いなる嘘で語られるのは、われわれが果たせなかった願いであり、理想である。
子供時代の記憶は、優しく美しく、ノスタルジックだ。おそらく、その記憶こそが
悪や残酷さや暴力を拒む力となりうる。

「虫眼鏡」という、すでに時代錯誤的で、牧歌的な小道具は、子供時代の象徴である。
(あの凄惨な市街戦のさなかでさえ、あいかわらず「虫眼鏡」!)
フィリップおじさんの告白を聞くことではじめて、主人公にとっての子供時代は終焉する。

この「純粋培養」というテーマは、次作の 『わたしを離さないで』 で再び主題化される。
わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワepi文庫) Amazon書評・レビュー: わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワepi文庫)より
4151200347
No.54
(4pt)

推理小説ではありません。

なにやら無性に骨太の小説が読みたくなり、本棚を漁ったら、随分前に買ったまま放置していた本書が見つかったので、読んだ。因みに、同時並行的にポール・オースターと村上春樹も。奇しくも全員60歳前後の男性作家で、そして、こんな乱暴な言い方が許されるなら、おおざっぱに言うとテーマは自分探しだ。
ごくあいまいな感想で本当に申し訳ないが、カズオイシグロを読むには体力がいる。別に圧倒的に雄弁な語り口でもなければ、目まぐるしく場面展開が起こるわけでもない。そうではなくて、常に抑え気味のトーンにもかかわらず、そこに留まっていることが難しいというか、能楽で言えば一番動いていないときが一番体力を使っているような、感じ。だから体力のないとき、集中力の保てないときにはカズオイシグロは読めない。でも、一旦そのトーンに波長をあわすことが出来れば、作品世界がすっと広がる。読んで見て、面白かった。満州事変前後の社会をイギリスの視点から描いていて、詳しく話すと面白くなくなるからこれ以上は書かないけど、どしっと腰を据えて読む時間ができたときに読みたい本の選択肢に加えて欲しい。
わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワ・ノヴェルズ) Amazon書評・レビュー: わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワ・ノヴェルズ)より
4152083425
No.53
(4pt)

推理小説ではありません。

なにやら無性に骨太の小説が読みたくなり、本棚を漁ったら、随分前に買ったまま放置していた本書が見つかったので、読んだ。因みに、同時並行的にポール・オースターと村上春樹も。奇しくも全員60歳前後の男性作家で、そして、こんな乱暴な言い方が許されるなら、おおざっぱに言うとテーマは自分探しだ。
ごくあいまいな感想で本当に申し訳ないが、カズオイシグロを読むには体力がいる。別に圧倒的に雄弁な語り口でもなければ、目まぐるしく場面展開が起こるわけでもない。そうではなくて、常に抑え気味のトーンにもかかわらず、そこに留まっていることが難しいというか、能楽で言えば一番動いていないときが一番体力を使っているような、感じ。だから体力のないとき、集中力の保てないときにはカズオイシグロは読めない。でも、一旦そのトーンに波長をあわすことが出来れば、作品世界がすっと広がる。読んで見て、面白かった。満州事変前後の社会をイギリスの視点から描いていて、詳しく話すと面白くなくなるからこれ以上は書かないけど、どしっと腰を据えて読む時間ができたときに読みたい本の選択肢に加えて欲しい。
わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワepi文庫) Amazon書評・レビュー: わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワepi文庫)より
4151200347
No.52
(4pt)

なんでこんなに長いのか?

5年くらい前に読んだ『わたしを離さないで』が劇的に面白かった。
『わたしたちが孤児だったころ』は『わたしを〜』の1作前にあたる。
戦前の上海が舞台の探偵モノ、という設定に期待大。
だがしかし、読み始めてすぐ「ああ。イシグロカズオだ」。

なんだろー。
このヒトをダマそうダマそうという控えめな語りは。
「語り手vs読者」という戦いを挑まれる。
文章すべてが主人公の記憶語りであり、客観性ゼロ。
まったく信用できない不安さがイシグロカズオを読む醍醐味なのかもしれない。

主人公が、相手の瞳に感謝の念を「確かに」見た時、相手は本当に感謝しているのか???

例えば。
子供時代の友人と再会した主人公、クリストファー・バンクス。
我々は「みじめで1人でいるのが好きな2人」だった、という相手のセリフに仰天するが、友人の言葉の方が、真実なんじゃないのか?と思え過ぎる。

そんな感じで、ロンドンで着々と出世してゆく様子を読んでも、本当のことなのかどうか、常に怪しい。
社交界で主人公に向けられる会話がすべて、そのコミュニティー定番のジョークに思えてしまう。

後半の上海で登場する落ちぶれたクン爺さん。
彼が輝かしい過去を語っても、誰一人その内容を信じていない。
それでも、その昔話に対して金を払ったりしているようなのだ。
その図式は主人公にも当てはまらないか?

と疑念満載で延々と長文を読み進め、終盤の上海に入ると。
いよいよクレイジーさも、命に関わる問題に。
どうなるんだ?どうなるんだ?と一気読み。
緊迫したアクションシーンで死ぬかもしれない。
「だがしかし全部妄想かもしれないぃ!」とバンクスと一緒に戦場を駆け抜けながら全力で疑う。
もはやストーリーは支離滅裂状態で、この意味不明さのどの部分が真実として、解決編で残るのか?

やっと最後9分目に入って、アッという間に、30年近くに渡るモヤモヤが全解説され、バンクスも読者も驚愕である。
この小説、なんだってこんなに長いのか?
わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワ・ノヴェルズ) Amazon書評・レビュー: わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワ・ノヴェルズ)より
4152083425
No.51
(4pt)

なんでこんなに長いのか?

5年くらい前に読んだ『わたしを離さないで』が劇的に面白かった。
『わたしたちが孤児だったころ』は『わたしを〜』の1作前にあたる。
戦前の上海が舞台の探偵モノ、という設定に期待大。
だがしかし、読み始めてすぐ「ああ。イシグロカズオだ」。

なんだろー。
このヒトをダマそうダマそうという控えめな語りは。
「語り手vs読者」という戦いを挑まれる。
文章すべてが主人公の記憶語りであり、客観性ゼロ。
まったく信用できない不安さがイシグロカズオを読む醍醐味なのかもしれない。

主人公が、相手の瞳に感謝の念を「確かに」見た時、相手は本当に感謝しているのか???

例えば。
子供時代の友人と再会した主人公、クリストファー・バンクス。
我々は「みじめで1人でいるのが好きな2人」だった、という相手のセリフに仰天するが、友人の言葉の方が、真実なんじゃないのか?と思え過ぎる。

そんな感じで、ロンドンで着々と出世してゆく様子を読んでも、本当のことなのかどうか、常に怪しい。
社交界で主人公に向けられる会話がすべて、そのコミュニティー定番のジョークに思えてしまう。

後半の上海で登場する落ちぶれたクン爺さん。
彼が輝かしい過去を語っても、誰一人その内容を信じていない。
それでも、その昔話に対して金を払ったりしているようなのだ。
その図式は主人公にも当てはまらないか?

と疑念満載で延々と長文を読み進め、終盤の上海に入ると。
いよいよクレイジーさも、命に関わる問題に。
どうなるんだ?どうなるんだ?と一気読み。
緊迫したアクションシーンで死ぬかもしれない。
「だがしかし全部妄想かもしれないぃ!」とバンクスと一緒に戦場を駆け抜けながら全力で疑う。
もはやストーリーは支離滅裂状態で、この意味不明さのどの部分が真実として、解決編で残るのか?

やっと最後9分目に入って、アッという間に、30年近くに渡るモヤモヤが全解説され、バンクスも読者も驚愕である。
この小説、なんだってこんなに長いのか?
わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワepi文庫) Amazon書評・レビュー: わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワepi文庫)より
4151200347
No.50
(4pt)

結末について

非常にいいレビューが出尽くしているので、ちょっとした意見だけ。

結末、特に母親の扱いと「フィリップおじさん」の自白の生々しさが、
あまりに扇情的にすぎるような気がする。
「私を離さないで」の時もそのように感じたのだが、それまでの
筆致が抑制されているので、余計にそう思うのだが、どうだろう。

あとは、養子のジェニファーの扱いが、どうしてもとってつけた印象
を受ける。どうしても配置しなければいけない人物であるのは、わかる
のだけど。

※ちなみにこの作品は映画化されてませんが、イシグロ脚本で上海租界
を舞台にした「上海の伯爵夫人」という映画があります。同映画で、上海
租界の猥雑で混沌とした雰囲気がよく分かりますよ。あと、スピルバーグ
の「太陽の帝国」も上海租界のイギリス人少年が主人公です。
わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワ・ノヴェルズ) Amazon書評・レビュー: わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワ・ノヴェルズ)より
4152083425
No.49
(4pt)

結末について

非常にいいレビューが出尽くしているので、ちょっとした意見だけ。

結末、特に母親の扱いと「フィリップおじさん」の自白の生々しさが、
あまりに扇情的にすぎるような気がする。
「私を離さないで」の時もそのように感じたのだが、それまでの
筆致が抑制されているので、余計にそう思うのだが、どうだろう。

あとは、養子のジェニファーの扱いが、どうしてもとってつけた印象
を受ける。どうしても配置しなければいけない人物であるのは、わかる
のだけど。

※ちなみにこの作品は映画化されてませんが、イシグロ脚本で上海租界
を舞台にした「上海の伯爵夫人」という映画があります。同映画で、上海
租界の猥雑で混沌とした雰囲気がよく分かりますよ。あと、スピルバーグ
の「太陽の帝国」も上海租界のイギリス人少年が主人公です。
わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワepi文庫) Amazon書評・レビュー: わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワepi文庫)より
4151200347
No.48
(4pt)

英国らしい文章

翻訳の方が素晴らしいのでしょうが、文体が英国らしく、皮肉な笑いがたくさんです。 1930年代の上海とロンドンが舞台というだけで、わたしのようなものはもうお腹いっぱいになってしまうわけですが、 そういう舞台に興味がなくても、楽しめる作品だと思います。 ミステリーは好きではないので、最初ミステリーかと思ってギョッとしましたが、別にミステリーではなかったです。 主人公の職業がそれっぽいだけでした。
わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワ・ノヴェルズ) Amazon書評・レビュー: わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワ・ノヴェルズ)より
4152083425
No.47
(4pt)

英国らしい文章

翻訳の方が素晴らしいのでしょうが、文体が英国らしく、皮肉な笑いがたくさんです。 1930年代の上海とロンドンが舞台というだけで、わたしのようなものはもうお腹いっぱいになってしまうわけですが、 そういう舞台に興味がなくても、楽しめる作品だと思います。 ミステリーは好きではないので、最初ミステリーかと思ってギョッとしましたが、別にミステリーではなかったです。 主人公の職業がそれっぽいだけでした。
わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワepi文庫) Amazon書評・レビュー: わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワepi文庫)より
4151200347