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海流のなかの島々
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海流のなかの島々の評価:
書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点4.50pt |
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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全30件 1~20 1/2ページ
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ヘミングウェイは文体がスッキリしていてたいへん気に入っています。こなれた日本語訳が何とも言えません。Amazonで購入していたDVD「海流のなかの島々」を鑑賞してからこの文庫本を読み出すと、映画の映像と重なってグイグイ引きずり込まれていきました。 | ||||
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ヘミングウェイ、海外の作家の中でもっとも好きな作家です。のちのハードボイルド小説にも影響を与えた作家でもありますし、こなれた表現を大切にしていた作家ですからね。 | ||||
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あれれ?ヘミングウェイって、こんなにくどく、のろい作風だったろうか? 他の作品を読んだのはウン十年前なので、よく思い出せない。 遺作ということで、何が書かれているか期待していたのですが。 | ||||
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作者の自伝に近い小説のようだ。普段は一緒に暮らしてはいない3人の息子たちへの 父としての作者の接し方がよかった。 第3部は、敗残ドイツ兵の追跡捕虜獲得任務のようだが、リーダー論としても読めた。 明確な指示を出し、自ら率先して動き、仲間の諍いにも気を配り、ユーモアも忘れない。 作者の自画像としてはちょっと出来過ぎの感もあるが。 それにしても、冗長さを感じるくらい中身の割には、長文だった。 読むのやめようと思ったが、ヘミングウェイの遺稿とのことなのでなんとか読破した。 『老人と海』の素晴らしさが逆によくわかる。 | ||||
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まだ初めの方(やっと50ページまで)しか読んでませんが、登場人物が多く、なんかすごく読みづらい… ヘミングウェイは好きなんだけど…多分、もうページを開くことがないような気がします。 下巻も一緒に買ってしまったことが悔やまれます泣 | ||||
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《アメリカ文学の巨星が自らの悲劇の軌跡を鮮明にしるす凄絶な遺著》--上巻カバー裏の内容紹介文の末尾に書かれている言葉です。 たしかに、主人公トマス (トム)・ハドソンのセリフの中には作者ヘミングウェイの晩年における暗澹とした心情を吐露した本音のようなものが少なくないです。・・・女性について、恋愛について、(破綻した) 結婚生活について、だいじな息子たちについて、小説 (創作) について、晩年の作者を悩ます心の葛藤について、自身の (暗い) 運命について、死や自殺について、愛してやまないお酒や愛玩する猫について、終の棲家キューバでの気ままな生活について・・・等々。感傷や自己憐憫を極度に嫌うハードボイルドの元祖が、これくらい作品のなかで赤裸々に自己を語るというのは恐らく稀有のことなのだろうと思います。 主人公ハドソンの職業を作家ではなく "画家" にしたのは、ストレートに文筆業だと、かえって本音を書きにくかったのかも知れません。ご承知のとおりヘミングウェイってすごくシャイだし。 文庫本で上下巻あわせて722ページの大作は、下記のように大きく三部に分かれています。 ◎第一部 ビミニ 二度の離婚を経験し、画家として成功したハドソンがビミニというキューバよりはフロリダ州 (米国) に近いこの世の楽園のような小島で、絵の制作・釣り・飲み屋さんで大いに飲む、という表面的に見れば悠々自適の生活をしている。 そこへ1番の妻との間の息子、若トム、2番目の妻との間のデイヴィッド、アンドルーの合計3人の息子が遊びに来て釣りをしたりして5週間、愉快に過ごす。特にデイヴィッドがみんなの協力を得て洋上で大きなメカジキを釣る場面は圧巻で、名作「老人と海」をほうふつとさせます。ただし「老人と海」のほうが圧倒的な迫力はありますが。 なお父子ともに幸せを満喫した5週間だけに、最後のオチは何とも衝撃的です。思わず「えーっ?!」と叫んでしまいます。 ◎第二部 キューバ 第二部はあえて陸上での物語。とはいっても陸上で何か事件が起きるわけではなく、まあ端的に言って終始、家や酒場で飲んだくれている我らがハドソン。お酒の好きなかたにはすごく楽しい部分かも。 ただし第2章で、若トムが戦死したことが判明する。最後のほうで1番目の妻すなわち若トムのお母さんが登場して第二部に彩りを添える、というか、ハドソンの意外な側面 (未だに別れた最初の妻を熱愛してるいこと) が明らかになる。 ◎第三部 洋上 この第三部が最も海洋冒険アクションというか戦争アクションというか、とにかく読み手をグイグイひきつけるサスペンスフルな内容です。すなわちハドソンは4~5人の島の仲間たちとともに義勇兵として、キューバ海域に出没するUボート (ドイツ軍) を駆逐する任務に携わっています。 具体的に言えば、ハドソン部隊は、「Uボートを失ってメキシコ湾流に散らばる諸島のどこかに潜伏し島民を虐殺したドイツ兵の残党」を駆り出す作戦を遂行中です。ハドソン艇長一行が自前の船で、ドイツ兵たちを徐々に追い詰めていくところがサスペンスフルです。 第一部、第二部と読んできた読者には、ハドソン (つまり作者ヘミングウェイ) が、心の中に、酒を飲もうが釣りをしようが、女性と恋をしようが、どうしても晴れない深い闇を抱えていて、死への衝動から義勇兵を志願し、作戦行動をしている、ということが否応なく伝わってきます。第三部を最後まで読み終わると、後にヘミングウェイが自殺するにいたった理由のようなものが何となく分かるような気がします。 噛んで吐き捨てるようなハードボイルドな文体と男らしさが身上のヘミングウェイですが、本作ではそんな彼のあまりにも繊細で傷つきやすい側面が、随所に表現されていて興味深いです。 「老人と海」や「武器よさらば」のような完成度の高い名作というよりも、随所に晩年のヘミングウェイの本音がのぞく問題作です。 | ||||
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何も問題有りません。満足しています。 | ||||
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何も問題有りません。満足しています。満足です。 | ||||
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和訳?の為か少し読みにくかった。私には少し難しかったです。 | ||||
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本作は随分前から手に入れてはいたもののヘミングウェイ本人ではなくメアリー・ヘミングウェイとチャールズ・スクリブナー・ジュニアが刊行したもので若干原稿のカットが行われているという点に引っかかりを感じ読んでいませんでした。加筆はされてないとのことですが… ヘミングウェイの中では短編集が好きです。 何度も読み返し慣れ親しんでいます。 短編集の訳者は高見浩さんで1941年生まれ。 本作と同じく死後に発表された「移動祝祭日」も訳しています。 「日はまた昇る」「武器よさらば」もです。 本作「海流のなかの島々」 訳者の沼澤洽治さんは1932年生まれになっています。海洋小説に造詣が深いそうです。 「貴公」「あてがいぶち」「桑原桑原」など現在ではあまり聞かないような訳もあります。 ヘミングウェイというと闘牛や狩猟やボクシングなどのイメージがありますが本作では… 竜巻の絵・カクテル・喧嘩・ライフル・息子に迫る巨大な撞木鮫・孤独・カジキ釣り・自殺・戦争などがヘミングウェイらしさを感じるところです。 デュマやピカソなど実在した作家や画家や大リーグ選手の名前やパリの街やニューヨークの店なども出てきます。 本作の主人公トマス・ハドソンには3人の息子がいますがヘミングウェイの息子も3人です。3人ともヘミングウェイの子供と名前は違います。 本文の中で気に入った箇所をいくつか… 「どのみち銃とは撃つものでありケースに入れて保存しておくものではない」 「だが男になろうとするならどうしてもやってのけなければならぬ 今がそれだよ」 | ||||
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上巻の「ビミニ」で、幸福な父子の休暇をいくつも描いた後、二人の子がその母とともに事故死した記述が最後に現れる。次の「キューバ」では冒頭で、残った長男の死を知る。主人公であるトマス・ハドソンは港町で束の間の休息の後、Uボート追跡へと船出する。下巻は「キューバ」の大部分と、追跡行を描く第3部「洋上」とを収める。明らかに、ハドソンは死に場所を求めていた。 ヘミングウェイの影であるハドソンと違い、彼の三人の息子はいずれも早逝を免れた。しかし作家は実際にUボートの探索を行なっている (1942-3年)。この経験が本作に生かされたはずであるが、一体何のために、彼は頼まれもしないこの自殺行為を敢えてしたのか。この時点で彼はまだ壮健であり、死に急いでいたとも思えない。 第一次大戦から始まって、スペイン内戦を取材し、第二次大戦では決死のボランティア活動、その後パリ解放にも駆けつけた。私が彼の主要作に接する前の疑問はここに発していた。死と暴力。戦争、闘牛、狩猟、釣り、ボクシング。彼は何を望んだのか? 20世紀の偉人となった彼には好意的解釈が主流だ。しかし、戦場ジャーナリストでもない彼が敢えて死と隣り合わせ、そこで得た「経験」と「情報」とが彼の作品に結晶したのだとしても、それは必然の行為だったと言えるか。今も私は思うのだ。彼は刺激を、より強い刺激を、求めたのではないか。破壊衝動。暴力も死も人生の必需品として、彼はそれを恐れず、隠さず、他者のそれをも受け入れた。ハドソンの運命は、彼の潜在願望であったと言えないか。 この作品は生前に公開されなかった。「事件主義」(高畑勲)で描かれた「ビミニ」、苦悩の内面描写が主体の「キューバ」、最後の戦闘へとじりじり緊張を増していく「洋上」と、作劇法が異なり、個々の章が統合されていないと感じる。どれとも性格を違えた「老人と海」が、第四部としてここに入る余地はなかっただろう。 | ||||
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海、魚、と聞くと、今も血が騒ぐ。 祖父と伯父とは「釣りキチ」だった。祖父は電車で近郊の清流へハヤ釣りに、あるいは、バスで釣り堀へヘラブナ釣りに、毎週のように出かけていた。伯父は主に海釣りで、しばしば祖父も同行した。まだ小学生だった私は、母が許した時にだけ連れて行って貰えた。釣り堀で仕掛けを操る技術を覚え、川で生き餌の扱いや毛鉤を覚え、海でそのノウハウを解放した。自分の釣り具を持ったのは6年生の時で、自分で海へ行くようになり、陸からの小物釣りばかりだがそれなりに上達した。最大の釣果は中学2年の秋、伯父と行った某河口での釣りだった。夜の大橋の欄干からセイゴを狙う。橋の下の小舟ではクロダイが上がり、リールから伸びた糸を座布団大のエイがまたぎ、セイゴがクーラーを一杯にした。手のひらほどの小アジは入れ食いで、これが丸三日間の釣りの主役、大型クーラーを3杯満タンにしてまだ足りなかった。 そのうち私は大きくなり、百間森のプーさんと別れるように「学問」の世界へと去っていった。その後も年に一、二度、近郊の漁港での小アジ釣りを欠かさなかったが、40歳を過ぎた頃にはそれも途絶えた。声がかかればアマゴを釣りに深山へ、あるいは初冬の太刀魚を目指してネオン輝く都会の海へ、眷属の誰々に連れられて出かけたが、それは釣りではなく一種の社交に過ぎない。だが今も、海、魚、と聞くと血が騒ぐ。まだ死んでないのだ。 上巻の大半がビミニ諸島での生活を描く。そしてキューバ編の冒頭部。モデル小説であり主人公は作者自身だ。満ちては引く潮のようにクライマックスが何度も訪れるけれど、挿話のインパクトを読ませる作品は如何に面白かろうと二流の作品。もはや創造力を失った作家が、培った技術を駆使して必死で取り繕っているように思える。作品の力を光に例えるなら、これは真昼の光ではない。遅い午後の傾いた太陽の光だ。うつ病の進行と無縁でないのだろう。 | ||||
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男としての格を上げたければ、ヘミングウェイを読むのが妥当な線ではないでしょうか。同じ戦争もの・ハードボイルドものでも、ビアスは冷笑が過ぎるし、フォークナーは人種問題の気が強すぎる。彼らは世間の諸問題について書こうとしますが、ヘミングウェイの作品は一貫して、己の人生への真剣さを取り扱っています。 彼の小説には、こっちの世界に腐るほどいるような、酔生夢死・反知性主義の輩がいません。登場人物たちはめいめい、これまでに培ってきた職業や、明敏な思考能力を用いて、人生を手懐けようとしますが、ままなりません。読者は彼らのそうした姿勢に憧れを抱くのだと思います。 | ||||
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中古本を購入したのだか、文字の配列と大きさに難点があった。 そこで、仕方なく新書を発注し購入した。結局、同じ本を2冊 購入する羽目になった。 | ||||
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翻訳本の中古を購入したのだが、文字の配列と大きさに難点があるね。 それで、あらためて新書を発注し購入した次第です。結局、同じ本を 2冊買う羽目になった。 | ||||
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この本は、アーネスト・ヘミングウェイが1961年に猟銃自殺後、彼の妻、メアリー・ヘミングウェイが版元のチャールズ・スクリプナー・ジュニアと協力して編集し、1970年に出版した長編小説である。未完のまま保存してあったものをみつけた。 はしがきに、メアリーが、こう書いている。「綴り字や句読点の訂正という当り前の作業に加え、若干原稿のカットを行いましたが、これは故人が生きていれば当然自分でいたしたはずと私に思えたカットです。この本はすべてアーネストのもの。私たちはいっさい加筆しておりません。」 カリブ海に浮かぶ小島、ビミニで一人暮らしをする画家、トマス・ハドソンが主人公。夏休みに、別れた妻たちの息子たち3人がやってくる。これが第一部。第二部は、下の息子二人が母親と共に自動車事故で死に、長男を戦地で失ったハドソンが、キューバに逼塞する重苦しい心模様が描かれる。第三部「洋上」は、ドイツのUボートと思える敵船を追跡して殲滅させるが、ハドソンは致命傷を負う。 トマス・ハドソンは作られた人物像であり、そっくりヘミングウェイと重なるものではない。実生活の息子さんたちは死なない。事実とは違うのだが、実際にビミニ島、キューバを愛していたヘミングウェイの姿が重なって見える。登場するネコたちはヘミングウェイが飼っていたネコたちで、これは実名だそうだ。 いつもは母親と暮らす息子たちが父のいる島へやってくる。待ちかねる父。子を見る父親の目の確かさ、深さに目を見張る思いがした。海釣りに出て大物がかかる。このときのすべてが、のちに『老人と海』に姿を変えて発表される。両方を読んでみると、こちらが先に書かれたと見ざるを得ない。長編であり、未完であり、しかも推敲途上におかれたままの作品である。それにもかかわらず、私は突っ走るように読み進み、読み返した。「ビミニ」のなかの#8では作家論が、#9では「老人と海」の原型が見られ、#10に自殺論とも言える内容が籠められる。「キューバ」の章は重く暗く海はない。ここにむき出しのヘミングウェイが置かれ、苦悶苦悩がのたうち回り、読むに堪えない無惨な魂を目前に見る。ここまでの大きなうねりが、終章の見えない敵を追跡する海上の激闘を必然的なものにしている。ハドソンは致命傷を負い、ここで未完なのだ。 海の情景、空、雲の姿、船。酒。そして吐き気がするほどの緊張のなかの追跡と戦闘。ネコたちへの、まるで人に対するように細やかな心遣い。カリブの潮風の中で飲む酒の、羨ましいほどの旨さ。細かいことの感想は山のようにあり書ききれないが、読後、微風のように目の前をよぎったのは、三島由紀夫の最期の大作『豊穣の海』全四巻であった。寒気がする。 上下巻の片方を読むわけにはいかない。従って上下巻を分けて感想を書くわけにもいかないので、まとめての感想。 | ||||
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この本は、アーネスト・ヘミングウェイが1961年に猟銃自殺後、彼の妻、メアリー・ヘミングウェイが版元のチャールズ・スクリプナー・ジュニアと協力して編集し、1970年に出版した長編小説である。未完のまま保存してあったものをみつけた。 はしがきに、メアリーが、こう書いている。「綴り字や句読点の訂正という当り前の作業に加え、若干原稿のカットを行いましたが、これは故人が生きていれば当然自分でいたしたはずと私に思えたカットです。この本はすべてアーネストのもの。私たちはいっさい加筆しておりません。」 カリブ海に浮かぶ小島、ビミニで一人暮らしをする画家、トマス・ハドソンが主人公。夏休みに、別れた妻たちの息子たち3人がやってくる。これが第一部。第二部は、下の息子二人が母親と共に自動車事故で死に、長男を戦地で失ったハドソンが、キューバに逼塞する重苦しい心模様が描かれる。第三部「洋上」は、ドイツのUボートと思える敵船を追跡して殲滅させるが、ハドソンは致命傷を負う。 トマス・ハドソンは作られた人物像であり、そっくりヘミングウェイと重なるものではない。実生活の息子さんたちは死なない。事実とは違うのだが、実際にビミニ島、キューバを愛していたヘミングウェイの姿が重なって見える。登場するネコたちはヘミングウェイが飼っていたネコたちで、これは実名だそうだ。 いつもは母親と暮らす息子たちが父のいる島へやってくる。待ちかねる父。子を見る父親の目の確かさ、深さに目を見張る思いがした。海釣りに出て大物がかかる。このときのすべてが、のちに『老人と海』に姿を変えて発表される。両方を読んでみると、こちらが先に書かれたと見ざるを得ない。長編であり、未完であり、しかも推敲途上におかれたままの作品である。それにもかかわらず、私は突っ走るように読み進み、読み返した。「ビミニ」のなかの#8では作家論が、#9では「老人と海」の原型が見られ、#10に自殺論とも言える内容が籠められる。「キューバ」の章は重く暗く海はない。ここにむき出しのヘミングウェイが置かれ、苦悶苦悩がのたうち回り、読むに堪えない無惨な魂を目前に見る。ここまでの大きなうねりが、終章の見えない敵を追跡する海上の激闘を必然的なものにしている。ハドソンは致命傷を負い、ここで未完なのだ。 海の情景、空、雲の姿、船。酒。そして吐き気がするほどの緊張のなかの追跡と戦闘。ネコたちへの、まるで人に対するように細やかな心遣い。カリブの潮風の中で飲む酒の、羨ましいほどの旨さ。細かいことの感想は山のようにあり書ききれないが、読後、微風のように目の前をよぎったのは、三島由紀夫の最期の大作『豊穣の海』全四巻であった。寒気がする。 上下巻の片方を読むわけにはいかない。従って上下巻を分けて感想を書くわけにもいかないので、まとめての感想。 | ||||
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去年からの宿題。 2013年11月3日付の毎日新聞「今週の本棚・この3冊:ヘミングウェイ=綿矢りさ・選」の1冊。 (あとの2つは、『蝶々と戦車』『日はまた昇る』だったかな) ヘミングウェイの作品の中では『誰がために鐘は鳴る』と『老人と海』を好むが、この3冊を選ぶセンスが<やや屈折した感情をリアルに描くのが上手な>りさちゃんらしい。 主人公の「トム」ハドソンは、ほぼ「パパ」ヘミングウェイその人。その意味で、ある種の自伝的小説であり非常に生々しい。ファンにとっては外せない作品の一つだろう。それにしても、トム呑み過ぎ。 | ||||
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作者の感性と行動力は凡人にはうらやましい限りだ。20世紀の巨人(いやな言葉だが)の一人であることは確実だ。 | ||||
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ヘミングウェイの遺稿を遺族が推敲を加えた(だったかな?)作品です。他のヘミングウェイの作品より荒削りな感が否めませんが、これは読むべき作品だと思います。特に離婚して子供と別れてしまった父親に読んで欲しいです。切ないですけど。 | ||||
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