回転木馬のデッド・ヒート

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回転木馬のデッド・ヒートの評価:

4.37/5点 レビュー 62件。 C ランク

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平均点4.37pt

Amazonレビュー一覧

Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です

※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください

全119件 21〜40 2/6ページ
No.99
(5pt)

何を残し、どう磨いたか、それはどうしてか。

冒頭の一編で著者は「ここに収められた文章は原則的に事実に即している。」「聞いたままの話を、なるべくその雰囲気を壊さないように文章にうつしかえた」と書いている。
そして、その文章を「<スケッチ>と呼ぶのは、それが小説でもノン・フィクションでもないから」とも。
読むほうのわたしは、文章の面白さ、そこから伝わり心に残る何かに気を置いているので、本書に収められた数編が事実か否かは気にならない。
著者が聞いた話を文章化する際に、たぶん落としたものと残したものがあり、残したものの中でもそのままのものと磨いたものがあるのだろうと思う。
そこにこのスケッチ集の面白さがあるのではないか。
何を残し、どう磨いたか、それはどうしてか。
『ねじまき鳥』にはそれまでの作品にはなかった現実性みたいなものを感じたけれど、こういったスケッチ作業が(意識的にかどうかは別として)反映されているのかなあと思った。
回転木馬のデッド・ヒート Amazon書評・レビュー: 回転木馬のデッド・ヒートより
406201839X
No.98
(3pt)

手軽に読める掌編集

作者が他人に聞かされた話、と言うのが、違和感なく文字通りに受け取れる、特に脈絡もなく、テーマもない掌編集。ヒマ潰しで手軽に読める利点はあるものの、それ以上でも以下でもないと言う感想を持った。
回転木馬のデッド・ヒート (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 回転木馬のデッド・ヒート (講談社文庫)より
4061843192
No.97
(3pt)

手軽に読める掌編集

作者が他人に聞かされた話、と言うのが、違和感なく文字通りに受け取れる、特に脈絡もなく、テーマもない掌編集。ヒマ潰しで手軽に読める利点はあるものの、それ以上でも以下でもないと言う感想を持った。
回転木馬のデッド・ヒート Amazon書評・レビュー: 回転木馬のデッド・ヒートより
406201839X
No.96
(3pt)

手軽に読める掌編集

作者が他人に聞かされた話、と言うのが、違和感なく文字通りに受け取れる、特に脈絡もなく、テーマもない掌編集。ヒマ潰しで手軽に読める利点はあるものの、それ以上でも以下でもないと言う感想を持った。
回転木馬のデッド・ヒート (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 回転木馬のデッド・ヒート (講談社文庫)より
4062749068
No.95
(4pt)

さまざまな人々の語る人生の物語には安易な答はないのでしょう。

我々はそんな回転木馬の上で仮想の敵に向けて熾烈なデッドヒートをくりひろげているように見える。これは村上春樹さんにしか書き得ない文章表現でありキャッチコピーだと思いますよね。さまざまな人々の語る人生の物語には安易な答はないのでしょう。だから最後まで読んでも意味がわからなくても決してガッカリせずに唯々ラストの一文に漂う余韻を噛み締めて味わうべきなのでしょう。本書には所々に男女のセックスが描かれますが嫌らしくもエロティックでもなく淡々とした筆致です。これらの物語は読み手の年齢によって感想に違いがありそうですね。

『レーダーホーゼン』ドイツ旅行の妻に半ズボンを土産に頼んだ事が夫の一生の不覚。人生は誠に不可解ですね。『タクシーに乗った男』女の離婚の原因はやはり絵に描かれた見知らぬ男に魅せられた為でしょうね。『プールサイド』人生の折り返し点を過ぎた男の憂鬱。ビリー・ジョエル「アレンタウン」&「グッドナイト・サイゴン」『今は亡き王女のための』運命のすれ違い。『嘔吐1979』嘔吐と謎の電話。『雨やどり』さだの歌とは無関係な金で男と寝る女の話。『野球場』覗き男の罪悪感。『ハンティング・ナイフ』男の夢判断の結果を知るのが怖い。
回転木馬のデッド・ヒート (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 回転木馬のデッド・ヒート (講談社文庫)より
4061843192
No.94
(4pt)

さまざまな人々の語る人生の物語には安易な答はないのでしょう。

我々はそんな回転木馬の上で仮想の敵に向けて熾烈なデッドヒートをくりひろげているように見える。これは村上春樹さんにしか書き得ない文章表現でありキャッチコピーだと思いますよね。さまざまな人々の語る人生の物語には安易な答はないのでしょう。だから最後まで読んでも意味がわからなくても決してガッカリせずに唯々ラストの一文に漂う余韻を噛み締めて味わうべきなのでしょう。本書には所々に男女のセックスが描かれますが嫌らしくもエロティックでもなく淡々とした筆致です。これらの物語は読み手の年齢によって感想に違いがありそうですね。

『レーダーホーゼン』ドイツ旅行の妻に半ズボンを土産に頼んだ事が夫の一生の不覚。人生は誠に不可解ですね。『タクシーに乗った男』女の離婚の原因はやはり絵に描かれた見知らぬ男に魅せられた為でしょうね。『プールサイド』人生の折り返し点を過ぎた男の憂鬱。ビリー・ジョエル「アレンタウン」&「グッドナイト・サイゴン」『今は亡き王女のための』運命のすれ違い。『嘔吐1979』嘔吐と謎の電話。『雨やどり』さだの歌とは無関係な金で男と寝る女の話。『野球場』覗き男の罪悪感。『ハンティング・ナイフ』男の夢判断の結果を知るのが怖い。
回転木馬のデッド・ヒート Amazon書評・レビュー: 回転木馬のデッド・ヒートより
406201839X
No.93
(4pt)

さまざまな人々の語る人生の物語には安易な答はないのでしょう。

我々はそんな回転木馬の上で仮想の敵に向けて熾烈なデッドヒートをくりひろげているように見える。これは村上春樹さんにしか書き得ない文章表現でありキャッチコピーだと思いますよね。さまざまな人々の語る人生の物語には安易な答はないのでしょう。だから最後まで読んでも意味がわからなくても決してガッカリせずに唯々ラストの一文に漂う余韻を噛み締めて味わうべきなのでしょう。本書には所々に男女のセックスが描かれますが嫌らしくもエロティックでもなく淡々とした筆致です。これらの物語は読み手の年齢によって感想に違いがありそうですね。

『レーダーホーゼン』ドイツ旅行の妻に半ズボンを土産に頼んだ事が夫の一生の不覚。人生は誠に不可解ですね。『タクシーに乗った男』女の離婚の原因はやはり絵に描かれた見知らぬ男に魅せられた為でしょうね。『プールサイド』人生の折り返し点を過ぎた男の憂鬱。ビリー・ジョエル「アレンタウン」&「グッドナイト・サイゴン」『今は亡き王女のための』運命のすれ違い。『嘔吐1979』嘔吐と謎の電話。『雨やどり』さだの歌とは無関係な金で男と寝る女の話。『野球場』覗き男の罪悪感。『ハンティング・ナイフ』男の夢判断の結果を知るのが怖い。
回転木馬のデッド・ヒート (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 回転木馬のデッド・ヒート (講談社文庫)より
4062749068
No.92
(5pt)

「回転木馬地獄」にご注意を

この時期の村上春樹の表現には力がある。読む価値のある短編集。
 若い読者向けの年寄りの老婆心を述べたい。 気をつけないと「回転木馬地獄」に落ちてしまう。ご注意を。

 生きていると順風満帆で物事が進み,世界が自分を中心に回っているような感覚にとらわれることや,全てが裏目に出て,自分は世界に独りぼっちのような感覚にとらわれることもある。
 3歩進んで2歩下がるどころか,3歩も4歩も下がることもあり,なんだか迷路に入り込んで同じところをぐるぐる回っているような気がしてくる。
 そんなときに,本作「回転木馬のデッド・ヒート」を読むと,一言一言が自分では表現できない曖昧模糊とした思いを具体化してくれているように思える。
 そして,序文にあるように,
--(引用ここから)-------------------------------
『他人の話を聞けば聞くほど、そしてその話をとおして人々の生をかいま見れば見るほど、我々はある種の無力感に捉えられていくことになる。おりとはその無力感のことである。我々はどこにも行けないというのがこの無力感の本質だ。我々は我々自身をはめこむことのできる我々の人生という運行システムを所有しているが、そのシステムは同時にまた我々自身をも規定している。それはメリー・ゴーラウンドによく似ている。それは定まった場所を定まった速度で巡回しているだけのことなのだ。どこにも行かないし、降りることも乗りかえることもできない。誰をも抜かないし、誰にも抜かれない。しかしそれでも我々はそんな回転木馬の上で仮想の敵に向けて熾烈なデッド・ヒートをくりひろげているように見える。』
--(引用ここまで)-------------------------------
 なるほど「 我々はどこにも行けない 」のかと,変に納得してしまう。
 そして,宇宙を漂っていたチリが太陽などの重量にとらわれて,太陽の周りをぐるぐると周り始めるように,読者も村上春樹の言葉にとらわれていくことになる。村上春樹マジックにとらわれてしまって,抜け出せなくなる。
 つまり,無力感をかかえつつ,同じ所を回っているだけかもしれないが,仮想の敵に向かって,仮想の目標に向かってデッド・ヒートを繰り広げていくことを無自覚にではなく,自覚して無力感とともに行い始める。
 私はこれを「回転木馬地獄」と便宜上呼ぶことにする。
 私は既に本作のなかの「プールサイド」の人生の折り返し地点という概念を当てはめると,折り返し地点を過ぎたと考えることが現実的な年齢となっている。
 そのせいか,折り返し地点以前に本作を読んだときにはかかってしまった村上春樹マジックは,今の私にはかからなくなっているし, 「回転木馬地獄」に落ちることもない。
 「我々は我々自身をはめこむことのできる我々の人生という運行システムを所有しているが、そのシステムは同時にまた我々自身をも規定している。 」と序文にあるが,私には自分なりの運行システムが確立しているし,その運行システムに自分自身が規定されすぎないように気をつけているからだ。
 だから,回転木馬から降りて,外から眺めることもできるし,必要なときがあれば乗ることもできる。乗っていてもどうせ同じところをぐるぐる回っているのだから,馬鹿馬鹿しくてデッド・ヒートはくりひろげない。
 ただ,「踊る阿呆に見る阿呆。同じ阿呆なら踊らにゃ損々」という気分になってデッド・ヒートをくりひろげたくなることがあるのも事実だ。 馬鹿馬鹿しいのは分かっているが。
 村上春樹,とくに本作を読んで,一言一言が自分では表現できない曖昧模糊とした思いを具体化してくれているように思え,曖昧模糊とした感情を無力感にとらわれているんだと思っている人(「回転木馬地獄」に落ちた人)は,そこから抜け出すのは難しい。
 他人の作った運行システムに上書きされてしまったようなものなので,いろいろな経験,読書を通して自分なりの運行システムを作っていく必要がある。そうすれば,降りることも乗りかえることもできる。
 頑張って欲しい。自分が変われば世界も変わる。自分のルールで自分が苦しくならないように緩やかなシステムとすることにも留意して欲しい。
回転木馬のデッド・ヒート (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 回転木馬のデッド・ヒート (講談社文庫)より
4061843192
No.91
(5pt)

「回転木馬地獄」にご注意を

この時期の村上春樹の表現には力がある。読む価値のある短編集。
 若い読者向けの年寄りの老婆心を述べたい。 気をつけないと「回転木馬地獄」に落ちてしまう。ご注意を。

 生きていると順風満帆で物事が進み,世界が自分を中心に回っているような感覚にとらわれることや,全てが裏目に出て,自分は世界に独りぼっちのような感覚にとらわれることもある。
 3歩進んで2歩下がるどころか,3歩も4歩も下がることもあり,なんだか迷路に入り込んで同じところをぐるぐる回っているような気がしてくる。
 そんなときに,本作「回転木馬のデッド・ヒート」を読むと,一言一言が自分では表現できない曖昧模糊とした思いを具体化してくれているように思える。
 そして,序文にあるように,
--(引用ここから)-------------------------------
『他人の話を聞けば聞くほど、そしてその話をとおして人々の生をかいま見れば見るほど、我々はある種の無力感に捉えられていくことになる。おりとはその無力感のことである。我々はどこにも行けないというのがこの無力感の本質だ。我々は我々自身をはめこむことのできる我々の人生という運行システムを所有しているが、そのシステムは同時にまた我々自身をも規定している。それはメリー・ゴーラウンドによく似ている。それは定まった場所を定まった速度で巡回しているだけのことなのだ。どこにも行かないし、降りることも乗りかえることもできない。誰をも抜かないし、誰にも抜かれない。しかしそれでも我々はそんな回転木馬の上で仮想の敵に向けて熾烈なデッド・ヒートをくりひろげているように見える。』
--(引用ここまで)-------------------------------
 なるほど「 我々はどこにも行けない 」のかと,変に納得してしまう。
 そして,宇宙を漂っていたチリが太陽などの重量にとらわれて,太陽の周りをぐるぐると周り始めるように,読者も村上春樹の言葉にとらわれていくことになる。村上春樹マジックにとらわれてしまって,抜け出せなくなる。
 つまり,無力感をかかえつつ,同じ所を回っているだけかもしれないが,仮想の敵に向かって,仮想の目標に向かってデッド・ヒートを繰り広げていくことを無自覚にではなく,自覚して無力感とともに行い始める。
 私はこれを「回転木馬地獄」と便宜上呼ぶことにする。
 私は既に本作のなかの「プールサイド」の人生の折り返し地点という概念を当てはめると,折り返し地点を過ぎたと考えることが現実的な年齢となっている。
 そのせいか,折り返し地点以前に本作を読んだときにはかかってしまった村上春樹マジックは,今の私にはかからなくなっているし, 「回転木馬地獄」に落ちることもない。
 「我々は我々自身をはめこむことのできる我々の人生という運行システムを所有しているが、そのシステムは同時にまた我々自身をも規定している。 」と序文にあるが,私には自分なりの運行システムが確立しているし,その運行システムに自分自身が規定されすぎないように気をつけているからだ。
 だから,回転木馬から降りて,外から眺めることもできるし,必要なときがあれば乗ることもできる。乗っていてもどうせ同じところをぐるぐる回っているのだから,馬鹿馬鹿しくてデッド・ヒートはくりひろげない。
 ただ,「踊る阿呆に見る阿呆。同じ阿呆なら踊らにゃ損々」という気分になってデッド・ヒートをくりひろげたくなることがあるのも事実だ。 馬鹿馬鹿しいのは分かっているが。
 村上春樹,とくに本作を読んで,一言一言が自分では表現できない曖昧模糊とした思いを具体化してくれているように思え,曖昧模糊とした感情を無力感にとらわれているんだと思っている人(「回転木馬地獄」に落ちた人)は,そこから抜け出すのは難しい。
 他人の作った運行システムに上書きされてしまったようなものなので,いろいろな経験,読書を通して自分なりの運行システムを作っていく必要がある。そうすれば,降りることも乗りかえることもできる。
 頑張って欲しい。自分が変われば世界も変わる。自分のルールで自分が苦しくならないように緩やかなシステムとすることにも留意して欲しい。
回転木馬のデッド・ヒート Amazon書評・レビュー: 回転木馬のデッド・ヒートより
406201839X
No.90
(5pt)

「回転木馬地獄」にご注意を

この時期の村上春樹の表現には力がある。読む価値のある短編集。
 若い読者向けの年寄りの老婆心を述べたい。 気をつけないと「回転木馬地獄」に落ちてしまう。ご注意を。

 生きていると順風満帆で物事が進み,世界が自分を中心に回っているような感覚にとらわれることや,全てが裏目に出て,自分は世界に独りぼっちのような感覚にとらわれることもある。
 3歩進んで2歩下がるどころか,3歩も4歩も下がることもあり,なんだか迷路に入り込んで同じところをぐるぐる回っているような気がしてくる。
 そんなときに,本作「回転木馬のデッド・ヒート」を読むと,一言一言が自分では表現できない曖昧模糊とした思いを具体化してくれているように思える。
 そして,序文にあるように,
--(引用ここから)-------------------------------
『他人の話を聞けば聞くほど、そしてその話をとおして人々の生をかいま見れば見るほど、我々はある種の無力感に捉えられていくことになる。おりとはその無力感のことである。我々はどこにも行けないというのがこの無力感の本質だ。我々は我々自身をはめこむことのできる我々の人生という運行システムを所有しているが、そのシステムは同時にまた我々自身をも規定している。それはメリー・ゴーラウンドによく似ている。それは定まった場所を定まった速度で巡回しているだけのことなのだ。どこにも行かないし、降りることも乗りかえることもできない。誰をも抜かないし、誰にも抜かれない。しかしそれでも我々はそんな回転木馬の上で仮想の敵に向けて熾烈なデッド・ヒートをくりひろげているように見える。』
--(引用ここまで)-------------------------------
 なるほど「 我々はどこにも行けない 」のかと,変に納得してしまう。
 そして,宇宙を漂っていたチリが太陽などの重量にとらわれて,太陽の周りをぐるぐると周り始めるように,読者も村上春樹の言葉にとらわれていくことになる。村上春樹マジックにとらわれてしまって,抜け出せなくなる。
 つまり,無力感をかかえつつ,同じ所を回っているだけかもしれないが,仮想の敵に向かって,仮想の目標に向かってデッド・ヒートを繰り広げていくことを無自覚にではなく,自覚して無力感とともに行い始める。
 私はこれを「回転木馬地獄」と便宜上呼ぶことにする。
 私は既に本作のなかの「プールサイド」の人生の折り返し地点という概念を当てはめると,折り返し地点を過ぎたと考えることが現実的な年齢となっている。
 そのせいか,折り返し地点以前に本作を読んだときにはかかってしまった村上春樹マジックは,今の私にはかからなくなっているし, 「回転木馬地獄」に落ちることもない。
 「我々は我々自身をはめこむことのできる我々の人生という運行システムを所有しているが、そのシステムは同時にまた我々自身をも規定している。 」と序文にあるが,私には自分なりの運行システムが確立しているし,その運行システムに自分自身が規定されすぎないように気をつけているからだ。
 だから,回転木馬から降りて,外から眺めることもできるし,必要なときがあれば乗ることもできる。乗っていてもどうせ同じところをぐるぐる回っているのだから,馬鹿馬鹿しくてデッド・ヒートはくりひろげない。
 ただ,「踊る阿呆に見る阿呆。同じ阿呆なら踊らにゃ損々」という気分になってデッド・ヒートをくりひろげたくなることがあるのも事実だ。 馬鹿馬鹿しいのは分かっているが。
 村上春樹,とくに本作を読んで,一言一言が自分では表現できない曖昧模糊とした思いを具体化してくれているように思え,曖昧模糊とした感情を無力感にとらわれているんだと思っている人(「回転木馬地獄」に落ちた人)は,そこから抜け出すのは難しい。
 他人の作った運行システムに上書きされてしまったようなものなので,いろいろな経験,読書を通して自分なりの運行システムを作っていく必要がある。そうすれば,降りることも乗りかえることもできる。
 頑張って欲しい。自分が変われば世界も変わる。自分のルールで自分が苦しくならないように緩やかなシステムとすることにも留意して欲しい。
回転木馬のデッド・ヒート (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 回転木馬のデッド・ヒート (講談社文庫)より
4062749068
No.89
(5pt)

半ばリアルで、半ばミステリアスで

読んだ後イマイチ満足出来ないことの多い著者の作品の中で、本作は例外といえるものだった。第一に序文がよかった。人の生はメリーゴーランドのようなものであり、特定の位置で、特定の速度で前進することしか出来ないという、その中の一文は、示唆に富んでいて、説得力があり、確かにその通りかも知れないと、わたしはしみじみ共感してしまった。村上春樹は案外、人生に関する教訓的なものを書くことが出来るのだなぁ。

 ところで本作は、純粋な小説とは言えないもののようだ。というのは、本作に収まっているストーリーの全ては、著者が他人に聴いた話の「写し」的なものであるためである。要するに、若干の加工はあるにせよ、話そのものは虚構でなく、現実のものなのである。そのため、各話に作為的でない、自然なリアリティがあるのは当然のことなのかも知れない。

 しかし、リアルであると同時に、ミステリアスでもあった。どうしてだろう? 登場する人物達は皆、(恐らく)普通の、ありふれた、身近な、従ってリアルな一般人である。ところが、練達した腕で文章となった彼等の生活、その中での彼等の挙動、態度は、人物のリアリティに反して、不可解だったり奇怪だったりする部分を持っていて、わたし達読者の頭に疑問符を浮かばせる。
 
 思うに、著者は本作を著すことで、リアルな人間というのはミステリアスなものであるというメッセージを、意図してか否かは判然としないが、わたし達読者に伝えてくれたのではなかろうか。

 奇妙な謎を孕んだ、お友達との議論の種としてはもってこいのものだと思います。

 御一読、お勧め出来ます。
回転木馬のデッド・ヒート (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 回転木馬のデッド・ヒート (講談社文庫)より
4061843192
No.88
(5pt)

半ばリアルで、半ばミステリアスで

読んだ後イマイチ満足出来ないことの多い著者の作品の中で、本作は例外といえるものだった。第一に序文がよかった。人の生はメリーゴーランドのようなものであり、特定の位置で、特定の速度で前進することしか出来ないという、その中の一文は、示唆に富んでいて、説得力があり、確かにその通りかも知れないと、わたしはしみじみ共感してしまった。村上春樹は案外、人生に関する教訓的なものを書くことが出来るのだなぁ。

 ところで本作は、純粋な小説とは言えないもののようだ。というのは、本作に収まっているストーリーの全ては、著者が他人に聴いた話の「写し」的なものであるためである。要するに、若干の加工はあるにせよ、話そのものは虚構でなく、現実のものなのである。そのため、各話に作為的でない、自然なリアリティがあるのは当然のことなのかも知れない。

 しかし、リアルであると同時に、ミステリアスでもあった。どうしてだろう? 登場する人物達は皆、(恐らく)普通の、ありふれた、身近な、従ってリアルな一般人である。ところが、練達した腕で文章となった彼等の生活、その中での彼等の挙動、態度は、人物のリアリティに反して、不可解だったり奇怪だったりする部分を持っていて、わたし達読者の頭に疑問符を浮かばせる。
 
 思うに、著者は本作を著すことで、リアルな人間というのはミステリアスなものであるというメッセージを、意図してか否かは判然としないが、わたし達読者に伝えてくれたのではなかろうか。

 奇妙な謎を孕んだ、お友達との議論の種としてはもってこいのものだと思います。

 御一読、お勧め出来ます。
回転木馬のデッド・ヒート Amazon書評・レビュー: 回転木馬のデッド・ヒートより
406201839X
No.87
(5pt)

半ばリアルで、半ばミステリアスで

読んだ後イマイチ満足出来ないことの多い著者の作品の中で、本作は例外といえるものだった。第一に序文がよかった。人の生はメリーゴーランドのようなものであり、特定の位置で、特定の速度で前進することしか出来ないという、その中の一文は、示唆に富んでいて、説得力があり、確かにその通りかも知れないと、わたしはしみじみ共感してしまった。村上春樹は案外、人生に関する教訓的なものを書くことが出来るのだなぁ。

 ところで本作は、純粋な小説とは言えないもののようだ。というのは、本作に収まっているストーリーの全ては、著者が他人に聴いた話の「写し」的なものであるためである。要するに、若干の加工はあるにせよ、話そのものは虚構でなく、現実のものなのである。そのため、各話に作為的でない、自然なリアリティがあるのは当然のことなのかも知れない。

 しかし、リアルであると同時に、ミステリアスでもあった。どうしてだろう? 登場する人物達は皆、(恐らく)普通の、ありふれた、身近な、従ってリアルな一般人である。ところが、練達した腕で文章となった彼等の生活、その中での彼等の挙動、態度は、人物のリアリティに反して、不可解だったり奇怪だったりする部分を持っていて、わたし達読者の頭に疑問符を浮かばせる。
 
 思うに、著者は本作を著すことで、リアルな人間というのはミステリアスなものであるというメッセージを、意図してか否かは判然としないが、わたし達読者に伝えてくれたのではなかろうか。

 奇妙な謎を孕んだ、お友達との議論の種としてはもってこいのものだと思います。

 御一読、お勧め出来ます。
回転木馬のデッド・ヒート (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 回転木馬のデッド・ヒート (講談社文庫)より
4062749068
No.86
(2pt)

体験を元にした短編集

見聞きした変わった体験を元に描いた短編集。どれも彼らしい空気感が伝わる感じ。でもやはり長編向きなのかな。描きたいことが描ききれていないのか、こちらの知りたいことが満たされてないのか、読後に物足りなさが残りました。
回転木馬のデッド・ヒート (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 回転木馬のデッド・ヒート (講談社文庫)より
4061843192
No.85
(2pt)

体験を元にした短編集

見聞きした変わった体験を元に描いた短編集。どれも彼らしい空気感が伝わる感じ。でもやはり長編向きなのかな。描きたいことが描ききれていないのか、こちらの知りたいことが満たされてないのか、読後に物足りなさが残りました。
回転木馬のデッド・ヒート Amazon書評・レビュー: 回転木馬のデッド・ヒートより
406201839X
No.84
(2pt)

体験を元にした短編集

見聞きした変わった体験を元に描いた短編集。どれも彼らしい空気感が伝わる感じ。でもやはり長編向きなのかな。描きたいことが描ききれていないのか、こちらの知りたいことが満たされてないのか、読後に物足りなさが残りました。
回転木馬のデッド・ヒート (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 回転木馬のデッド・ヒート (講談社文庫)より
4062749068
No.83
(5pt)

文庫版を読み終えた後に。

別途、全集付録の著作自身による解説を読むことをオススメします。新たな発見があります。
回転木馬のデッド・ヒート (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 回転木馬のデッド・ヒート (講談社文庫)より
4061843192
No.82
(5pt)

文庫版を読み終えた後に。

別途、全集付録の著作自身による解説を読むことをオススメします。新たな発見があります。
回転木馬のデッド・ヒート Amazon書評・レビュー: 回転木馬のデッド・ヒートより
406201839X
No.81
(5pt)

文庫版を読み終えた後に。

別途、全集付録の著作自身による解説を読むことをオススメします。新たな発見があります。
回転木馬のデッド・ヒート (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 回転木馬のデッド・ヒート (講談社文庫)より
4062749068
No.80
(5pt)

日本のバブル直前に書かれた3冊の短編集の第2弾

1984年の『蛍・納屋を焼く』の後に書かれた、1985年発表の短編集である。この後には「パン屋再襲撃」が1986年に発表されるので、この頃の村上氏は短編集に注力していたと言ってもいいだろう。そしてこれら短編集が、現在まで書かれている村上氏の長編小説にも大きな影響、好ま言い方ではないかもしれないが、短編を基にして長編に発展させたと言っていいのではないだろうか。

「はじめに・回転木馬のデッド・ヒート」は前書きで、この短編集に収録された作品がすべて実際にあったことであると述べている。「レーダー・ホーゼン」は、結婚後何十年も経って妻が夫に対して離婚を申し入れる話なのだが、その契機になったのが夫に頼まれたドイツのズボンだったという話である。「タクシーに乗った男」は、雑誌の編集者である主人公が、ある画廊のオーナーである女性から聞いた話である。そのオーナーがニューヨークに住んでいた当時、チェコ人の男から120ドルで買った絵とは……。「プールサイド」には、自分が年老いている、と感じた30代の男が主人公に小説にしてほしいと言って語った話である。途中で出てくるBrucknerの長大な交響曲について、あ、この小説のこの場面で出てきたのだっけ、とBrucknerに対する見事な扱い方に改めて感心した。「今は亡き王女のための」は、学生時代には鋭かった女性が、結婚して恵まれた子供を失ってから、変わってしまったと言う話なのだが、村上氏の大好きなFitzgeraldの「Winter Dream」を思い出してしまう。「雨やどり」は、村上氏にインタヴューしたことのある雑誌編集者の話である。「野球場」は、才能に恵まれてはいないけれども魅力的な字を書く小説家志望の銀行員の話である。蟹を食べる時には、読まない方がいいかもしれない。

気になった作品に触れただけでも、こんな量になってしまった。この日本のバブルの直前に書かれた3冊の短編集は、いずれもすぐれている。
回転木馬のデッド・ヒート (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 回転木馬のデッド・ヒート (講談社文庫)より
4061843192