舟を編む
評判
舟を編むの評価:
4.19/5点 レビュー 616件。 A ランク
Amazonレビュー一覧
Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全617件 461〜480 24/31ページ
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舟を編むの評価:
4.19/5点 レビュー 616件。 A ランク
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この作品の映画予告だけ見ると、「マジメって面白い」などオタク風の青年と美女の恋愛という電車男の焼き直しのような内容に見受けられましたが、実際に読んでみると主人公・馬締は不器用で実直な性格の人間ではありますが、けして笑いを目的とするほどディフォルメされてはおらず、ごく普通の?変わった人でした。そしてそのヒロインである香具矢との恋は驚くほどあっさり成就し、それが主軸だと思い読んでいたので思い切り肩すかしを食らいました。そこで初めてこの作品が「起承転結のはっきりしたドラマチックな物語」ではなく、辞書の編纂という身近なようで遠い世界を舞台に、その仕事に情熱と執念を持って取り組む人たちの群像劇である事に気づきました。
その描写は淡々と行われ、あまりに淡々としすぎているので後半のピンチやそれにまつわるエピソードすらも埋没してしまった感があり、修羅場のはずなのにどこか文化祭的に映るのですが、おそらくそれは作者の意図するところでしょう。舞台としてこそ辞書という非常に現実的なものを使っていますが、そこに描かれるのは先述の文化祭前夜の空気という非現実感であり、それは物語として重要な存在であるはずの悪役やライバルというファクターを完全にそぎ落としていることからも作者の明確な意図だと思います。
作者が描きたかったのは永遠に終わらない文化祭前夜のような、身近でありながらけして手が届かない懐かしい空気感と、人間が人生すら焼き尽くすような情熱を持って編み上げた辞書が持つ果てしない海のような世界観なのではないかと思います。地味な作業故に掘り下げすぎると狂気と隣り合わせになってしまい、前述の多くの人々が熱意と愛情を持って作り上げるという部分がスポイルされる恐れがあるい為、非常にあっさりとどこか突き放した文体にしたのではないかと思いました。それはそれぞれのエピソードの後日談にあたる物がもほとんどなく(なんと馬締と香具矢の恋愛風景や新婚風景すら描かれていない)、伝聞程度の描写しかなかったりするところからも伺えます。
辞書の編纂に関わる人間というキャラクターを通し、丹念に綴られた(一部間違っている部分ありますが)普段使う事はもちろん耳にする事すらない言葉の数々を目にする度に、作中の表現で言う「言葉の海を行く舟」を思い浮かべました。実際の辞書では経験した事はないですが、Wikipediaでひとつ調べている途中で、そこに記載されている別の単語のところへ飛び、更にそこに記載されている別の単語のところに飛び…を夢中になって繰り返し気が付けば驚くほどに時間が経過している時がありますが、それこそが私の心が言葉の海へ漕ぎ出している瞬間なのだと思いました。
同じように日本語を大切にしようとしている最近の作品として「神様のカルテ」がありますが、あちらは文章そのものが何ともいえない小気味よさがあり、何度でも読みかえしたくなるような旨味があります。それは咀嚼で味が変わるかの如く、読めば読むほど旨味が出てくるような筆致なのですが、それ故にこの作品とは似て非なるものと言えます。但しそれはこの作品が劣っているという意味ではなく作品の方向性の違いからくるのではないかと思います。
この作品に出会うまで、まさか辞書を読んでみたいと自分が思うなど夢想だにしませんでした。今なら広辞苑が楽しく読めそうでワクワクしています。辞書ならではの「ぬめり感」というものもこの作品で教えられました。今度ページをめくる時はその紙に込められた思いも味わってみたいと思います。この作品の特徴といえる淡々とした文体と、あっさりとした群像劇はやや読み手を選ぶかもしれませんが、そこさえ気にならなければ今まで気づかなかった世界を教えてくれる作品になるかもしれません。
機会があればぜひ読んでいただきたいお薦めの作品です。