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(短編集)

真夜中に捨てられる靴



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【この小説が収録されている参考書籍】
真夜中に捨てられる靴 (ランダムハウス講談社文庫)

真夜中に捨てられる靴の評価: 9.00/10点 レビュー 1件。 Bランク
書評・レビュー点数毎のグラフです平均点9.00pt

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全1件 1~1 1/1ページ
No.1:
(9pt)

マレルの短編は極上だ

アクション冒険小説の雄デイヴィッド・マレルの手による短編集。
意外や意外。内容は奇妙な味の短編集だ。

冒頭を飾る「まだ見ぬ秘密」はクーデターによって国を追われた某国の指導者のために腹心の部下が木箱を命令のまま運ぶという話。
マレルによる解説では本作は実話らしい。まさに現実は小説よりも奇なりである。

続く「何も心配しなくていいから」はホラーテイストの話。
娘を亡くした父親の狂気とも云える執念を描いた作品なのだが、それに加えて娘の霊が抱く恐怖の謎を上手く絡めている。この霊が存在することを前提にしているのが本書のミソだろう。この辺の仕掛けは実に上手い。
さらに娘を助けるために特別高圧電流の流れる鉄塔に登って娘を救おうとする父親の狂気の姿を描いた最後まで全く気が抜けない作品。上手いなぁ。

全編会話文で構成されているという特殊な作品が「エルヴィス45」。エルヴィスマニアの教授がエルヴィスの講義を開講したが次第に狂っていくという物語。
正直これはマニアックすぎてよく解らない作品だ。会話が次第に狂気を帯びていくことは解るのだが。

「ゴーストライター」はハリウッドの歪みを描いた作品だ。
冒頭のマレルの説明にモートと同じ境遇の脚本家がいたことが告白される。恐らくはその脚本家がモートのモデルなのだろうが、マレルの姓名を逆転させてもじったような名前なのが興味深い。

次は感動の一作「復活の日」。
マレル自身がライナーノーツで書いているように彼自身初めて書いたSF小説。放射能事故で現代医療では治す手立てのない父親を冷凍保存してその方法が確立する未来まで延命させるというのは使い古されたテーマだが、本書が特別なのは父親の維持費を払う遺された家族の苦難を詳細に、そしてドラマチックに描いた点にある。
本作に書かれたように残されたまだ女盛りの過ぎていない母親にとっていつ訪れるかもしれない“その日”のために一人息子を育て、孤独を凌ぐのは並大抵の苦労ではない。しかも法律上はその間でさえ夫婦であり、再婚さえできないのだ。
加えてその維持費。当初は事故を起こした研究所の負担だったが、世論が冷凍保存技術に疑問を投げかけるや、研究所はもはや可能性は無いとして維持費の支払いを拒否する。しかし父親の復活を信じるアンソニーは大学生ながら働いてその維持費を工面し、そして自ら父親の治療法まで編み出すのだ。
物語の設定はシンプルなほど素晴らしい物になるというが本書はまさにそのお手本のような作品だ。
プロットは別段珍しいものでもなく、恐らく誰もが思いつくような内容だが、シンプルさゆえに感動を誘う。これが個人的ベストだ。

次の「ハビタット」は低予算TVドラマ用にマレルが書いた脚本のようだ。とにかく主人公の女性の「約束が違う!」という狂気の繰り言と挟まれるブザー音とサイレンとが行間から実際に鼓膜に響き渡るようで神経的にもささくれ立ってくる作品だ。

世紀末の1990年代に“Millennium”という1900年代から10年代、20年代、と特定の年代を舞台に世界の終末を描くというテーマのアンソロジーのため、ダグラス・E・ウィンターという作家が様々な作家に依頼したそうだが、マレルがそのために1910年代をテーマに書いたのがこの「目覚める前に死んだら」だ。
最近新型インフルエンザで話題にもなったスペイン風邪の猛威をモチーフに作られた作品。次から次へ急速に広がっていく殺人風邪の恐ろしさをマレルは一医者を主人公に克明に描く。
パンデミック物はその見えない脅威という意味で鉄板の怖さを見せるが本書もまたその例外に漏れず、実に恐ろしい作品だ。
実際当時は死ぬか生きるかの瀬戸際で生き残った人々の意識に選民思想が浮かぶのもおかしくないほどのすごい病気だったことが解る。ここに書かれていることは決して誇張ではない。
そして一医者のスペイン風邪との苦闘の日々として描くことで実に読み応えがあった。そしてその医者も極限状態に曝され、狂気の淵に立たされてしまうのはマレルの持ち味か。

最後は表題作。
原題は“Rio Grande Gothic”。毎夜靴が道路に落ちている日常の奇妙な謎が恐ろしい殺人鬼兄弟の巣窟へと辿り着く。
読み終われば原題が的確に内容を要約していると感じるが、何が起こるか解らない発端を抑えた邦題もまた興味を誘う。しかし邦題は実にシンプルすぎてインパクトに欠けるか。
毎夜落ちている靴に関心を持った一警官が周りの理解を得ずに孤立していく様、そして家族が離れ、孤独の中、自分を信じて真実を追いかける様、危難に陥り、命を奪われようとする様など典型と云えば典型だが、読ませる。特に敵役の農場兄弟よりもヒーロー然としておらず、どこかどん臭く、不器用な主人公のロメロの方が狂気を感じさせるのが特徴的。


マレルといえば数々のアクション、スパイ物が有名で、その派手派手しい演出はあざといまでに映像化を狙ったような作品が多いが、短編では趣を変えた奇妙な味と云える不思議な味わいを持った作品ばかりだ。

とはいえ長編に比べると刊行されている短編集はわずかに2作。しかも1作目『苦悩のオレンジ、狂気のブルー』は文庫化されておらず、単行本も既に絶版状態。従って彼の短編を読むには本書を読むことで渇望を癒すことになる(しかし本書も既に絶版状態なのが哀しい)。

さて収録された物語は歴史物、ホラーにSFとヴァラエティに富んでいるが、共通するのは自失と狂気の物語だろうか。しかもライナーノーツのように全編の冒頭にマレル自身による作品に関する説明が施されており、そのどれもが実際に彼の身の回りで見聞きし、経験したことがその作品のアイデアに繋がっているという中身となっている。

そして著者あとがきで語られるマレルの母親のエピソードが実に興味深い。決して幸せではなかった彼女の人生を目の当たりにしてきたマレルが幼少時代の彼の心に落としたのは何かを盲信しないと人は生きていけないという翳ではなかったか。
不幸な生い立ちを辿った母親に育てられ、成人して作家として成功しながらも最愛の息子を亡くすという大きな不幸に見舞われたマレル。そんな彼だからこそ一風変わった余韻を残す物語がこれほど生まれたのではないか。

特に息子を亡くしてからのマレルの作風はガラリと変わったと聞く。彼が襲われた最大の不幸のために彼の中に一種狂気に似た感情が宿ったに違いない。
ここに書かれた作品に登場する不屈の精神を持つ主人公たちはその執着心の強さゆえにどこか壊れた印象を受ける。

アクション物の長編では短い章立てでテンポよく物語を展開する作品であるが、短編ではじっくり書き込んで読み応えを促す真逆の作風であるのが特徴的だ。
そして長編のイメージを持っていた私はマレルがこれほどヴァラエティに富んだアイデアを持ち、濃密な話を書けるとは思えなかった。恐らく誰もが思うようにマレルは長編よりも短編の方が面白い。

こうなると『このミス』ランクインした前述の『苦悩のオレンジ、狂気のブルー』の復刊が望まれる。どこかの出版社で文庫化してくれないだろうか。


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