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(短編集)

いかしたバンドのいる街で



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いかしたバンドのいる街での評価: 7.00/10点 レビュー 1件。 Cランク
書評・レビュー点数毎のグラフです平均点7.00pt

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No.1:1人の方が「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

いかした短編のある本です

『ドランのキャデラック』に続く短編集“NIGHTMARES & DREAMSCAPES”の2冊目の訳書である。

本書は「献辞」で幕を開けるが、これはいわゆる本の冒頭に書かれるそれを指すのではなく、れっきとした短編の題名である。しかしその内容はまさに本の冒頭に掲げられる献辞についてのお話だ。
蛙の子は蛙という言葉もあれば、トンビが鷹を生むという言葉もあるように、時にはこの親にしてこの息子と云った至極当たり前な子供ではなく、突然変異的に秀でた子供が生まれることがある。本書は黒人の最下層の夫婦の間に生まれた子供が小説家になった理由を実にキングらしい生々しさで語る。
本作ではそれ以外にもこのベストセラー作家の創作の苦悩など作家ならではのエピソードに溢れていてなかなか興味深く読んだ。その辺についてはまた後ほど述べることにしよう

次の「動く指」は実にキングらしい奇妙で恐ろしい話だ。
ある日突然排水口から人間の指が現れたら、どうする?
そんなシュールなシチュエーションをホラーにしたのが本作だ。
手指というのは不思議な物で、神経が集中し、細かで繊細な動きが出来ることから、手指の動きだけで感情すらも表現出来る。実際多彩なフィンガージェスチャーがあり、自分の感情を表すのを強調するために手指で補う。例えば映画『アダムス・ファミリー』で登場する手首だけの存在ハンドなんかはその好例だろう。
洗面所からにょっきり飛び出して来る1本の人間の指。いつも見慣れた物で自身も持っている物なのに、なぜそんなところから1本だけ出てくるとこれほどまでに気持ちが悪いのか?
ただそれは神経を逆撫でするようにカリカリと音を立てる。気持ち悪い上に気に障るため、次第に主人公の精神を苛む。しかも意地が悪いことに主人公が洗面所にいるときだけ姿を現し、彼の妻の前には現れない。
主人公は自分だけが見る幻覚かと思うが、やがて劇毒物である排水口クリーナーと電動植木鋏で立ち向かう。
そこからの展開はキングの独壇場だ。もだえ苦しむ薬傷した指はいくつもの関節を持ち、どんどん伸びてくる。このアイデアは実に秀逸。人間の指から異形の物へと変わる瞬間だ。
しかしワンアイデアでよくもここまで凄まじい作品を書くものである、キングは。

「スニーカー」は都市伝説ような作品だ。
アメリカのトイレのブースは扉の下部が大きく空いているのが特徴だが、そこから人の靴を見て使用中かを判断する慣例になっているようだ。
この主人公は3階のトイレの一番手前のブースに1組の薄汚れた白いスニーカーがあることに気付くが、それがいつ行ってもその持ち主が入っているので気になりだす。そしてそれが怪事であることを示唆するように周囲に虫の死骸が増えていく。
今回この奇妙な現象にキングは理由を付けている。
また本作では音楽業界の裏話などもあって、洋楽好きな私にとっては面白く読めた。ショックだったのは本書が発表された1993年の時点で主人公がロックはもうかつての栄光を取り戻す力がないという意味の言葉を放っていることだ。確かに90年代からヒップホップが台頭してきたが、この時点でもうそんな境地だったとは。
更にバンドの中でもベース・ギタリストの存在についての話も面白い。華やかさに欠けるゆえに慢性的に人手不足らしい。
またローリング・ストーンズのビル・ワイマンが演奏中に居眠りしてステージから転げ落ちたという逸話は本当だろうか。そして個人を名指しして大丈夫なんだろうか?
また地味でないベース・ギタリストとしてポール・マッカートニーを挙げているけど、スティングも忘れないように。
トイレのブースからいつも見えるスニーカーからこんな話を紡ぎだすキングの着想の冴えを感じる作品だ。
ところで物語の主要人物のファーストネームがジョンとポールとジョージィなのは意図的なんだろうか?

「スニーカー」は音楽業界が舞台だったが次の表題作はさらにその色を濃くする。
ドライブ旅行で道に迷った挙句に辿り着いた街は普通ではなかった。
これは数あるホラーの中でも使い古された物語で、作中登場人物も意識的に自分たちが『トワイライト・ゾーン』の世界に紛れ込んだんじゃないかと自嘲気味に話す。
しかしこのありふれた物語の設定にキングは実に面白いアイデアを注ぎ込んだ。
それは私にとってはまさに夢のような街なのだが、うまい話は簡単に転がっていなかった。
夢はその瞬間を愉しむから楽しいであって、これが夜ごと続く、しかも強制されると悪夢でしかないのだろうな。

「自宅出産」はその地味なタイトルから全く予想もつかない展開を見せる。
アメリカの、メイン州の沖合に浮かぶ島で暮らす漁師の夫婦の苦難の生活が描かれたと思いきや、いきなり物語は転調する。
そして物語の主人公マディー・ペイスはかつて一家の長として頼りにしていた夫が蘇るに至り、マディーは身籠った子供を護るためにかつて愛した夫を撃退するのだ。寄る辺のない妻から一人逞しく生きていくことを決意した母親の誕生である。
この内容と全くそぐわないタイトルはこんな状況の中だからこそ自宅出産を決意するという一人で生きていくことを選んだ女性の決意表明なのだ。パニック小説とヒューマンドラマをミックスした、なんとも云えない味わいとなっている。

本書の最後はまたもやシュールな作品「雨期きたる」だ。
キングファンである荒木飛呂彦氏の漫画『ジョジョの奇妙な冒険』にも大量のカエルが降ってくるエピソードがあったが、これがネタ元だったのか、それともちょうど連載前公開された映画『マグノリア』がネタ元だったのか、定かではないが、しかしカエル以外にも魚やオタマジャクシなどが空から降ってくる怪異現象は実際に起きているようで、その原因は竜巻で空に巻き上げられたそれらが降ってくると考えられている。
恐らくキングもその怪異現象を聞きつけ、この作品の着想に至ったと思われるが、やはりキング、そんなニュースさえもホラーに変える。
なんとも奇妙な物語である。


短編集“NIGHTMARES & DREAMSCAPES”の2冊目の本書は6作が収録され、総ページ数は330ページ強。1冊目が7作収録で320ページ弱だったから2冊合わせて13作と650ページほどの分量だ。
しかもまだ半分なのだから、キングの短編集の分厚さには驚かされる。

2冊目の本書には貧困層の黒人夫婦の息子が作家になった秘密、洗面所から出てきた動く指に悩まされ、格闘する男の話、トイレの決まったブースに入っている白いスニーカーの持ち主に纏わる話、迷った挙句に辿り着いた街の恐怖、一家の長を喪った女性の一大決心と世界の終末の話、田舎町を訪れた若いカップルを襲った怪異現象の正体などがテーマになっている。

そしてそれぞれの物語のアイデアは単なる思い付きに過ぎないものも多い。

ろくに教育も受けていない両親から生まれた子供が作家になった。

もし排水口から人間の指が覗いていたら怖いなぁ。

いつもあのトイレのブースに同じ靴があるんだよな。

折角の旅行だから知らない道を通って“冒険”しようじゃないか!

我が身に起きた不幸のために世界の終りだと感じた時、本当の世界の終りが来たら?

空から雨じゃない物が大量に降ってきたら気持ち悪いよな。

それらは我々の周囲にもよくある話だったり、またふとしたことで頭に浮かぶふざけ半分のジョークのような思い付きだったりする。

しかしキングがすごいのはその思い付きからその周辺を肉付けしてエピソードを継ぎ足して立派な読み物にすることだ。

そんなことが起こる人々、そんな奇妙なことに直面する人たちはどんな人だったら物語が生きるか、その人たちは職業に就き、どんな生い立ちを辿ってきたのか、独身か結婚しているのか、家族と暮らしている子供か、それとも一人暮らしなのか恋人と同棲しているのか、とどんどん肉付けしていく。そして普通の生活をしている我々同様に彼らは自分たちに襲い掛かる災厄に対して信じようとせず、一笑に附することで最悪な結末を迎えることになるのだ。

また一方で日々を懸命に生きる人々への救済を感じさせるものもある。

例えば最初の1編「献辞」では最下層の黒人夫婦の息子が作家になる話だが、学もない夫婦から生まれた子供がそんな知的階級の仲間入りをするわけがないことに対して、キングはある仕掛けで人生の転機を、チャンスを掴むことを示唆する。
アメリカはチャンスの国と云われており、社会の底辺の人間が子供に自分のようになってほしくないとの理由で教育を施して、立身出世をする話はよくあるが、キングはあるチャンスの素なるものを加えた。

チャンスは誰にでもある、そしてその時に行動することが大事なのだと云っているようだ。
自身が作家を目指し、ごみ箱に捨ててあった原稿を妻が投稿したことでデビューすることになったキングにとってこのチャンスの素は夫人だったのだろう。

あとこの母親が間接的に作家のDNAを受け継ぐベストセラー作家のピーター・ジェフリーズは素晴らしい作品を書くのに、その人物像はろくでなしで人種差別者であると書かれているが、これは実際のモデルがいるに違いないと思っていたら、ちゃっかりあとがきに書かれていた。

また「動く指」はキングには珍しく狂気と正気の境の曖昧さを描いている。排水口から蠢き出てくる複数の関節を持った動く指と格闘して血塗れになる主人公はある瞬間にプツンと神経が切れて狂気に陥ったかと思えば、警官が来た時には自分の名前と職業をきちんと答える冷静さを見せる。

「いかしたバンドのいる街で」に出てくる主人公クラーク・ウィリンガムに自分の姿を重ねてしまった。
遠出をした時についついナビにない道を通って“冒険”したくなる性癖が私にもあるのだ。そんな時、妻は呆れていつも制止しようとする。本作はそんな私にとって戒めなのだろうか。

「自宅出産」は本書における個人的ベストだ。まずは典型的な父長制である家族が頼りにしていた父親が死に、その代わりとなる夫もまた死ぬことで身重である女手一人で生きていくファミリードラマ風の展開から一転して全く予想もつかない展開に思わず声を挙げた。

こんな奇妙な女細腕奮闘記、キングにしか書けないだろう。

また本書でも恐怖のイマジネーションを喚起させるキングならではの描写が目立った。
「動く指」の関節がいくつもある長い指が排水口から蠢き出てくるイメージや「スニーカー」の1つの鳩目に紐を通し忘れている描写も何気ないがトイレに行くといつも見えるスニーカーを気にするとそんな些細な事が気になって仕方なくなる心理状態、そして「自宅出産」の海から蘇った腐乱死体と化した夫の手からお腹の中の子を護るために、その子のために靴下を編んでいた編針を眼窩に刺したことで網かけの靴下が骸骨の鼻先でぶらぶらと揺れるシーンなど、よくもまあ思い付くものである。

「雨期きたる」の次から次へと降っては湧いてくるヒキガエルたちを次々と潰す描写と雨上がり後のヒキガエルが溶けていく様もまたグロテスクである。

これほどまでに物語を紡ぎながらも我々の心の奥底にある恐怖を独特のユーモアを交えて掻き立てるキングの筆致はいささかも衰えていない。

さてようやく半分の折り返し地点である。次はどんなイマジネーションを見せてくれるのだろうか。

▼以下、ネタバレ感想

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