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(短編集)

歪笑小説



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【この小説が収録されている参考書籍】
歪笑小説 (集英社文庫)

歪笑小説の評価: 7.43/10点 レビュー 7件。 Bランク
書評・レビュー点数毎のグラフです平均点7.43pt

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サイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
全4件 1~4 1/1ページ
No.4:2人の方が「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(9pt)

おかしくもやがて哀しき文壇の面々

東野圭吾氏のユーモア小説集『~笑小説』シリーズ第4弾。
前作『黒笑小説』の冒頭で4作の連作短編となっていた出版業界を舞台にしたブラックユーモアの短編が1冊丸々全編に亘って「歪んだ笑い」を繰り広げる。いわゆる出版業界「あるある」のオンパレードだ。

初っ端の「伝説の男」は数々のベストセラーを生み出した伝説の編集者、獅子取の話。
伝説の編集者獅子取の過剰なまでのサービス精神が全くフィクションに思えないのが怖い。とにかく売れる玉を得るためならば編集部もここに書かれていることくらいやるだろうと思ってしまう。そう、獅子取が決して書かないと毛嫌いしているベストセラー作家に対して取ったプロポーズ作戦もまた、あり得そう!

「夢の映像化」は作家なら一度は夢見る自作の映像化。
自作の映像化を喜ぶ新人作家の浮かれた気持ちと自作を大事にしたいという思いの狭間でジレンマに迷う作家の物語…とまでならないのが熱海圭介という男の底の浅さだ。前作では作家デビューしたことで勘違いし、会社を辞めてしまうし、ドラマ化されたことでベストセラー作家への仲間入りと勘違いして夢想に耽る。
この物語を今や発表すれば映像化の東野氏が書いたことに意義がある。熱海の浮かれようは永らく不遇の時代を過ごした彼の当時のそれだったのかもしれない。

「序ノ口」は新人作家唐傘ザンゲの文壇ゴルフデビューの物語。
これは少しいい話。私はゴルフをしないが、会社と云う組織に属さない自営業の作家が他の作家たちと一堂に会してゴルフをする。その初めての時とはこんなものなのだろう。いろいろ出てくる作家の名前が実在の作家の姿とダブる。
最後の大御所作家の話が実にいい。

「罪な女」は男なら一度は陥る間違いでは?
男はバカな者で若くて綺麗な女性の前ではついつい警戒を緩めてしまう。しかもその女性が自分の作品に好意を持っているなら尚更だ。
しかし今回ばかりは熱海を笑うことが出来ない男性が多いのではないか。ほとんどの男性は恐らく熱海の姿に自分を重ねることだろう。

作家を目指す者には臨場感を一層感じるだろう。「最終候補」は閑職に追いやられリストラ寸前のサラリーマンが浮いた時間を利用して創作し、新人賞に応募し、最終候補に残る話である。
主人公の石橋堅一の境遇はどこかの会社にいるであろうサラリーマンの姿であろう。
会社ではたった一人の部署に追いやられ、周りの同僚たちにも蔑まされ、家庭では給料が上がらないのかとため息をつかれる。早く会社を辞めて専業作家になろうと努力する。

今回の作品群の中でもっとも業界のタブーに触れたのが「小説誌」ではないか?
定期刊行物の小説誌がどの出版社も売れていないのは実は周知の事実で、出版社は赤字を承知で小説誌を刊行している。それはそこに掲載している連載の長編や短編を後に単行本化して売るためであり、さらに作家との繋がりを続けるためでもある。
しかし商品として考えた場合、この小説誌というのは一体どうなのか?と東野氏は本作の中でどんどん切れ込んでいく。
曰く、連載物を読んでいる読者はいるのか?
連載から手直しして単行本化するならばそれは出来の悪い下書きではないか?
そんな不良品を消費者に提供していいのか?
作家を大切にして読者を大切にしてないのではないか?とその舌鋒は限りなく鋭い。
これは誰もが思っていても大人であるからこそ云えない質問の数々を会社見学に来た中学生の口からどんどん触れてはいけないと思っていたタブーに切れ込んでいく。その正論がいちいち納得できるのだから面白い。

「天敵」では再び唐傘ゾンゲ登場。
ここで語られる作家の奥さんのパターンが面白い。
作品には無関心だが売れ行きには関心のある無関心タイプ、夫の捜索活動に触発されて自らも芸術的活動に着手する目立ちたがりタイプ、夫の作風に心酔し、最も身近なファンとして作品に細かく指示を出すプロデューサータイプ。

「文学賞創設」は灸英社が新たな賞を創る話。
本書では大衆文学の最高賞直木賞、その前哨戦とも云える吉川英治文学賞や山本周五郎賞を想起させる賞の名前が出てくる。この2巨頭に対抗する賞を創ると云うのは他の出版社にとっては彼岸なのだと云う事が解る。
今では数々の賞があり、乱立といっても過言ではないが、なぜそれほどまでに出版社が賞を創設したがるのかが少し解った気がする。そしてどんな賞でも受賞すれば作家は嬉しいものだとほんのり心が温かくなる話だ。

「ミステリ特集」は小説誌で短編ミステリ特集を組むことになったが参加作家の1人が原稿を落として、代役を立てなければならなくなる話だ。その白羽の矢が立ったのは例の熱海圭介。この勘違いハードボイルド作家への依頼は本格ミステリだった。
本書に登場する長良川ナガラ、糸辻竹人といった実在のモデルを髣髴とさせる創作秘話のコメントが実に「らしく」て面白い。

「引退発表」では『黒笑小説』の第1作目「もうひとりの助走」で登場した作家寒川心五郎が登場する。
本書を読んで即思い出したのは海老名美どりの女優引退会見だった。何事かと思って集められた記者たちの前で当時女優だった海老名美どりが打ち明けたのは女優を引退してミステリ作家になるということだった。正直微妙な空気が会見場に流れたのを今でも覚えているが、本書も寒川も決して名の売れた作家ではなく、正直引退会見を開くほどの大物ではない。しかし担当していた編集者たちにとって作家に最後の花道を授けることは編集者冥利に尽きるようで、案外真摯に受け止め、どうにかしてやりたいと思っていることが興味深かった。

売れない作家を売る方法教えます、とでも副題がつきそうなのが次の「戦略」だ。
イメージ戦略、サイン会のサクラ投入と金を掛けずにベストセラーを生み出そうと四苦八苦する獅子取の作戦は果たして功を奏しないのだが、結末はどこか晴れ晴れとしている。

最後は「天敵」で登場した須和元子と唐傘ザンゲこと只野六郎の結婚話がテーマの「職業、小説家」だ。
作家稼業が必ずしも安定した生活基盤を築くかと云えば決して、いやほとんどゼロに近いだろう。
今までの作品の中でコアなファンを持つ、灸英社が期待する新人唐傘ザンゲも、出版業界ではそこそこの売れ筋になるだろうが、実際の収入は20代のサラリーマンのそれよりも劣るくらいだということを詳細に本書では語る。そんな相手に大事な娘を与えることが果たして娘の幸せに繋がるかというのは娘を持つ親ならば誰もが思うことだろう。そんな恐らく同じような境遇の娘を持つ男親の気持ちを実にリアルに語っている。
そして結婚を許す後押しとなるのは作家ならばやはり自分の作品で語るしかないのだ。金ではなく、応援したいという気持ちをいかに持たせるか。厳しい作家たちの結婚問題が本作では垣間見える。


おかしくもやがて哀しき文壇の面々を描いたユーモア連作短編集。前作『黒笑小説』の「もうひとりの助走」から「選考会」までの4作品の世界を引き継いでいる。

売れない若手作家で勘違い野郎の熱海圭介。いきなりデビュー作が売れて話題になった唐傘ザンゲ、出版社灸英社サイドは前作ではちょい役だった小堺がレギュラーで登場し、神田も随所で顔を出し、さらに第1作の「伝説の男」でベストセラーを連発する伝説の編集者獅子取が新たに加わる。

出版業界に携わる者たちの本音とタブーを絶妙に織り交ぜながら今回も黒く歪んだ笑いを滲ませる。その内容は前作よりも明らかにパワーアップしているから驚きだ。何度声を挙げて笑ったことか。
特にモデルとなった実在の作家を知っていれば知っているほど、この笑いの度合いは比例して大きくなる。

この実に際どい内容を売れない作家が書けば、単なるグチと皮肉の、負け犬の遠吠えに過ぎないだろう。
しかしこれを長年売れずに燻っていたベストセラー作家の東野氏が書くからこそ意義がある。彼は売れた今でも売れなかった頃の思いを決して忘れなかったのだ。だからこそここに書かれた黒い話がリアルに響いてくる。
そして本書を刊行した集英社の英断にも感心する。特に本書は東野氏がベストセラー作家になってからの刊行で、しかもそれまで単行本で出していたのを文庫オリジナルで出したのである。
つまり最も安価で手に取りやすい判型でこんな際どい業界内幕話を出すことが凄いのである。

そしてここに挙げられているのは単なる笑い話ではなく、現在出版業界を取り巻いている厳しい現実だ。

様々な新人賞が乱立する今、国民総作家時代と云われるほど、毎年3桁ほどの新人作家がデビューしては消えていく。

内容が素晴らしいからといって売れる本とは限らない。

作品が映像化されたからといって売れ行きがよくなるとは決してない。

作家も個人経営だけれども編集者や他の作家との人脈は今後の作家活動にとっていい影響をもたらす。

常に赤字の小説誌が抱える矛盾とジレンマ。

デビュー作がヒットした作家が陥る読者を意識し過ぎた創作活動という罠。

年に2冊新刊を出し、小説誌の連載を抱える、ごく一般な作家の年収のモデルケースは350万程度だ。

そんな教訓と出版業界のリアルが笑いの中に見事に溶け込んでいる。
本書は笑いをもたらしながらも、これから作家を目指す人々にやんわりと厳しく釘を差しているのだ。

さらに最後の「職業、小説家」で登場人物の1人が話す、買わずに図書館で借りたり、正規の書店ではなく、売れ残った本が流れて行く大型新古書店で購入する読者の対して主人公の光男が怒りに駆られるシーンは東野氏の心情が思わず吐露したシーンだろう。
1冊の本にかける作家の思いと労力を思えば1,500円や2,000円の値段は決して高くはないのだ。そんな苦労も知らずに手軽に愉しむ読者がいる。そんな歪んだ仕組みに対して警鐘を鳴らしているのだ。

東野氏のユーモア小説集『~笑小説』シリーズの一ジャンルに過ぎなかった出版業界笑い話は本書で見事1つの大きな柱と昇格した。
そしてそれらは実に面白く、そして作家を目指そうとする者たちにとって非常に教訓となった。
願わくば次の作品群を期待したい。これは長年辛酸を舐めてきた東野氏しか書けない話ばかりなのだから。


▼以下、ネタバレ感想

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Tetchy
WHOKS60S
No.3:2人の方が「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(9pt)

出版業界の暴露本?

東野圭吾のお笑いシリーズの第4弾であり、かつ本人が「もう書きません」と言っているので恐らくこれがラストとなる。
今までははっきり言ってお笑いと謳っておきながら腹を抱えて笑えるシーンはほとんどなかったが、
今作では不覚にもある場面で笑い転げてしまった。なので電車の中等で読む際には注意が必要。
第一話の「伝説の男」の一部で大笑い炸裂。獅子取編集長、素敵である。
第六話の「小説誌」で出版業界の裏話が聞ける。真実がどうかは定かではないが、こんなこと書いてしまって本当によかったのか。必読!
最終話の「職業、小説家」でうかつにも涙を流しそうになってしまった。
そして最後の書き下ろしの小説紹介で「おお」と思わず唸る感動の出来事が起こっていたことを知ることとなる。
今までのお笑いシリーズで一番笑い、感動した作品。ミステリからは外れているので一つ★を落としておいた。

yoshiki56
9CQVKKZH
No.2:2人の方が「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(9pt)

とっても好きな話でした

ブラックユーモアな短篇集のシリーズです。
4冊とも読みましたが、この本が一番のお気に入りです。
全般を通して出版会の裏話を面白おかしく物語にしており、短編ですが、少しずつつながっています。
特に最後の話は、不覚にも泣きそうになりました。

フレディ
3M4Y9ZHL
No.1:2人の方が「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(9pt)

歪笑小説の感想

笑小説シリーズ初の読了。本当にこの作家は多彩な作品を描く。ブラックユーモアでありながらいい話で終わるものが多い。最後の話が一番好きです。

水生
89I2I7TQ

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