智天使(ケルビム)の不思議
- 水乃サトルシリーズ (10)
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東野圭吾の容疑者Xの献身についての本格ミステリ論議で物議をかもした二階堂黎人氏が、ならば自身の思う本格ミステリはこれだ!とばかりに出した回答的作品である。 倒述推理と叙述トリックが組み合わさり、過去と現在が交差する意欲作である。 しかし何よりも物語の登場人物とその関係性が容疑者Xの献身の構造をそのまま奪還して、再構築されている。まさに容疑者Xの献身への対抗心があからさまに出ていて興味深いものがある。 倒述推理と叙述トリックが組み合わされているので、冷静に考えると無理のある完全犯罪な感もあるが、現実的には変でも小説内で論理が通っていたがそれでいいだろう。 近年の二階堂氏の作品としては完成度の高い力作である。 | ||||
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2009年に出た単行本の文庫化。 水乃サトルの学生時代シリーズの一冊。 第二次大戦期から現代までという非常に長い時間をかけて行われた犯罪を、サトルが解き明かしていく。しかし、サトルはむしろ付け足しといった感じで、犯罪を行った2人が主役となっている。 その二人の犯罪の見事さと周到さには感心させられる。倒叙トリックなのだが、そこにそもそも罠が仕掛けられており、奥の深いミステリであった。ただ、トリックのためのトリックといった印象もあり、あまり高く評価する気にはなれなかった。 | ||||
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ちょっと理解しがたいミステリである。 まずこれを言わないと以下の議論がすすまないので、最初にこの小説は叙述モノであることをばらしてしまうが、どうもこの作者は叙述トリックというものが理解できていないように思える。 具体的に言うと、一応はアリバイ崩しものといえるかもしれないこの小説において、作者は読者に対してこそ明確なアリバイの根拠を提示しているが、実際の小説の舞台においてそのアリバイは何ら意味のないものであって、警察の捜査陣が拘泥するべきものではまったくない、ということである。 と言ってもわかりにくいので、もう少し興味を削がぬ程度に、よくあるわかり易い例におきかえて説明すると、犯人が女性であることが明白な事件で、犯人である女性をあたかも男性であるように表記している叙述モノを想定して欲しい。この場合、その登場人物を男性だと思っているのは通常読者だけのはずであり、警察が調べればその人物が女性であることはすぐに明白となるばかりか、関係者も皆その人物が女性であることを知っていたにもかかわらず、警察はその人物を男性と思って容疑の対象から外してしまっていた、という小説があったら読者はどう思うだろうか? この小説で用いられているトリックは、まさにそんなトリックなのである。 ご興味のある向きにはぜひとも一読をおすすめしたい。 | ||||
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解説でも指摘されているように、本作は東野圭吾の某作に対する実作での回答といった体のものだ。 したがって、主役はサトルではなく天馬ルリ子である。 そしてこの天馬ルリ子の造形は、これも解説で指摘されているように、まさしくダークサイド蘭子だ。 そういう意味ではこのラストは当然の流れだといえるだろう。 ただし、人によって評価が極端に分かれる原因のひとつもまた、このラストと、さらには作品全体の何ともいえない熱にある。 そう、本作は妙な熱を帯びているのだ。 さて、私は本作を某作を読む以前と某作を読んだ後の都合二回読んだ。 そして気づいたことは、あの論争で二階堂氏が主張したかった「無償の愛」に対する考えである。 確かに本作のような設定なら、自然な流れであり、理解するのも無理ではない。 ただし無理ではないため、逆に少々安易な設定だと感じられてしまうことが、評価が低い原因のひとつかもしれない。 私は、某作を読む以前に本作を読んだときには、著者にしては情が入りすぎたミステリだと感じた。 しかし、その「情」こそが、著者が実作で主張したかったことだ、というのが、今回改めて読み直して分かった。 だからこその本作の設定であり、それを可能にするための主人公の造形なのだ。 確かに、ダークサイド蘭子でなければいけないし、そしてこの主人公は実に魅力的でもある。 本作が妙な熱を帯びている理由も、おそらくはそこにある。 今後、著者が本作のような熱を帯びたミステリを書くことは、おそらくはないだろう。 そういう意味では、本作は著者としては異色作といって良いのかもしれない。 しかし、こういうミステリを書けるということを実証して見せたことは、著者の今後の創作に何らかの良い影響を及ぼすかもしれない。 それは期待したい。 分からないひとの評価は低くても良い。 本作は熱い作品であり、分かる者にとっては、まちがいなく傑作である。 | ||||
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作家としての評価よりも、その言動が各方面に物議を醸しだしてしまう氏の新作。某直木賞受賞作に対するアンサーとして、書かれた作品だと聞いて、初めてこの作家の本を手に取った。で、一読しての感想は……酷いの一言。 と、〜した。という言い回しの多用。あの女の正体は、吸血鬼、悪魔の化身、冷血非道の魔女などという現代作家とは思えない表現の頻出。天馬ルミ子に代表される、脱力するしかないネーミングセンス。あくまで、謎を解く役回りでしかない探偵。浅はかな歴史観と、引き合いにだされた『春琴抄』などの文学に対する偏見に満ちた解釈など、数え上げればきりがない。あとに残るのは、ミステリマニアだけが喜びそうなトリックだけというていたらくだ。担当編集者はノーチェックなのだろうか。それとも、このクオリティで出版可能だと判断したのか。 何よりも、問題なのはこの作品が、前述の某作品へのある種の批評として書かれた節が強いということだ。作者はあの作品が、広範に渡って受け入れられた理由を、もういちど見直す必要がある。決してミステリ読者だけでなく、一般の読者層にも支持された理由を。推理小説と名がつく以上、「小説」部分があまりにもずさんであれば、どんな秀逸なトリックも活きてこない。そのことを作者にはどうしても伝えておきたい。 | ||||
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