巡礼の家
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舞台は道後温泉の宿「さぎのや」。 水害で兄以外の家族を亡くした15歳の雛歩は、お世話になっていたおじの家の認知症のおじいさんを「殺して」家を飛びだし、山でたおれているところを「さぎのや」のおかみに救われる。 さぎのやは、帰る場所のないお遍路を、道後温泉がひらかれた3000年前からうけいれてきた。 底抜けにやさしい「さぎのや」の人たちもまた、恋人や夫や子どもといった大切な人を亡くした経験をしている。 生きる気力をなくした主人公は少しずつ癒やされ、逆にみずから知らぬうちに、子をなくして遍路をしていた夫婦を癒やす。 私は道後温泉のすぐ近くに住んでいたから、道後公園、湯築城跡、椿湯……といった名称がなつかしい。毎日のように温泉にはいり、美味しい魚を食べていた日々。当時はそれがあたりまえだったけど、ふりかえれば、あのときが幸せの頂点だった。 当時道後温泉近くの石手寺は、行き場のない人をうけいれていた。非戦を訴え、被災地の支援をしていた。さぎのやと石手寺がだぶってみえる。だが石手寺の住職は2021年に急死した。 底抜けにやさしい人たち。人助けがあたりまえの人たちのなかで育つとそれがあたりまえになる。遍路道では、ふつうの人たちが、お遍路さんに食べものやお茶などを接待する。それがあるからさまざまな出会いが生まれる。絶望の底にいる人がそれだけで元気になるわけではないけれど、40日間かけて歩き、人々の親切にふれるとなにかがかわる。遍路道は「つらいときに帰ってこられる場」と思える。さぎのやはそんな不思議な空気がただよう遍路道のエキスをギュッと凝縮した場として描かれている。 クライマックスは秋祭りの神輿の「鉢合わせ」だ。 みこしの上から「跳びまーす」と、雛歩はみんなの上にダイビングする。 「未来少年コナン」で、ラナちゃんが帆船の帆の上から海に飛びこむシーンに感動したのを思いだした。人間への信頼が勇気をうみだす。コナンもこの本も希望と再生の物語だった。 | ||||
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祖母が松山の道後温泉近くに住んでいて、子供の頃は夏休みには必ず訪れていたので、『まっちゃま(松山)弁』が懐かしく心地よかった。 他の方もレビューに書いていたけれど、雛歩の言動にリアリティがないと言うか、最後まで違和感がありました。 雛歩の知識や言葉の間違い方が、面白い展開になるわけでもなく、イラッとさせられるだけで、ただただ浮いてしまっていてそれが残念。 設定が幼稚園児か小学一年生あたりならちょうど良かったかも。 著者の本は読むのにエネルギーがいることが多いですが、この本は力を抜いて読める本です。 | ||||
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私自身が「おへんろさん」を身近にしっているところで育っただけに、このお話はとても響くものがあった。最近の自分だけ良ければいいという社会に、こんなにも優しく寛容なあたたかい場所があったらどんなに癒やされるだろうか。今、一番欠けているもの、なのに、最も必要とされているもの、それが「さぎのや」なのだと思う。 ただ、ちょいちょいでてくるダジャレみたいなのは、要らないかな。 | ||||
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唯一、最後まで読む気がせず投げ出した天童作品。 主人公が15歳の割にはっきり言って頭が悪く、登場人物のキャラクターも不自然。 性描写が鼻につくものの新境地を感じたペインレスと異なり、ただただ主人公のご都合主義でつまらない。 | ||||
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これを書いているのは、世界中が新型コロナウイルスの対応に追われている頃です。日本ではマスクを求めてドラッグストアに行列ができ、列の順番をめぐってお年寄りが暴力をふるったり、外出自粛要請が出ていても「俺は大丈夫だから」と言ってバカ騒ぎをする若者がいたり。 「なんだかなあ」と思われる現実社会に比べて、巡礼の家「さぎのや」の人々は暖かい。うまく言葉が見つからないけど、嘘くさいほど、暖かい。罪を犯してしまった主人公雛歩をどこまでも暖かく包み込み、やがて雛が巣から飛び立つのを心の底から支えてあげている。女将をはじめ、かっこいい飛朗、私もギュッとハグされたいマリアさんなど「さぎのや」の人々の心に、救われる思いを感じた。 道後の街の人々もまた、暖かい。祭りの鉢合わせで相手方に乗ったスキンヘッドさんが、勝利した雛歩に拍手を送る場面には男気を感じ、胸が熱くなる。そうした人々の暖かさが、嘘くさくなる一歩手間で現実の世界として描かれているところに、天童氏の上手さがある。 しかし10年前に「悼む人」を読んで以来の天童氏の作品だけに、前の作品とのギャップに最後まで馴染めなかった。例えば雛歩のおバカな心の声。読み始めてからしばらくは、この作品は「こんなおバカにならないでね」と若者に伝えるために児童雑誌に書かれたものだと思ったほどだ。また登場人物が本人やその家族の過去を語らせる時。あまりにも説明的で、白けてしまった。そうしたことを考慮して、星4つ。 | ||||
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