民宿雪国
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97歳で没した国民的画家の生涯を描いた作品。 冒頭、民宿を訪れた客が発端となり、死屍累々、血生臭い暴力沙汰が発生する。この民宿とその主人の謎が紐解かれていく…ことを期待していたら、二転三転し、ストレートに話が進まない。民宿の主人が国民的画家であることが徐々に判明し、ここにまた胡散臭い登場人物が絡んでくる。 途中、トランスジェンダー男子の修羅場があったり、画家の秘密を探り当てた男の無残な末路があったりと、読者を迷子にさせるものの飽きさせない。 本作品が問題作といわれる所以は、主人公の若き日の経歴によるのだが、なるほど、読み方によってはタブーにずかっと踏み込んでいるようにもとれる。 クライマックスから、てんでバラバラなエピソードがぐっと一つにまとまるのは、ずっと道に迷っていた分、スッキリ感が半端ない。考え抜かれた構成だとすると、これは、傑作なのかも…。ただし、グロ描写にはげんなするし、読後感はすこぶる悪い。 | ||||
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樋口氏の作品を読むのはこれで二作目。 前に読んだ『日本のセックス』はエログロ全開系作品でした。今回もエログロは踏襲しつつ、ややサスペンス味と歴史のエッセンスを加えた作品だと思います。 ・・・ 新潟の雪深いボロ民宿、その名も雪国。 ここへ足を踏み入れる吉良という青年の視点から物語は始まります(第一章『吉良が来た後』)。 個人的印象としてはこの章が一番ひっくり返りました。展開に驚いた。吉良という青年が何者か、宿屋のオヤジが何者か、そこで起こったことは何か。オヤジの裏の顔とのギャップがやばい。 冒頭ということもありますが、「静」から「動」への転変が実に劇的であり、ツイストが効いていたと思います。 ・・・ 次章『ハート・オブ・ダークネス』では、世に疲れたとある記者が、敢えて人里離れたこの民宿に泊まるという話。彼自身のエログロ系色恋や生い立ちにあわせて、この民宿での出来事などが綴られます。ここでは民宿のオヤジは一種善人として扱われ、むしろこの記者の方がおのれの悪辣さを吐露している印象。こちらも章末にツイストあり。 次の章以降も引き続き、第三者がこの民宿のオヤジを語り、徐々にこのオヤジが何者でどういう人間であるか、何をしてきたのかが明らかになるという仕組みであります。最後にオヤジの問わず語り的自己紹介・振り返りがあり、読者も全体的な理解が得られることになります。 ・・・ この作品は、当然のことですが、フィクションです。 まあ、読んでいて突飛な殺人事件が連発するので分かりますが。でも、その一方でバブル前後の80年代90年代の描写が生々しく(丹生雄武郎の絵画がポパイやホットドックプレスという雑誌で特集されるというくだり)、私は思わずググって確認してしまいました。 はい、フィクションです。良かった。 真実の混じった嘘が一番分かりづらいなどと言います。本作は虚構を核として、その周りを詳細で雑多かつ網羅的な事実で装飾することで、あたかもストーリー全体を真実と思わせる部分がありました。 ・・・ そのほか、樋口氏と映画評論家の町山氏との対談、樋口氏と梁石日氏との対談等が巻末にありました。 後者の梁氏との対談で、作家は少し遅咲きの方が良い、というのも経験をストックしてないと書くことが無くなる、という旨の話がありました。私は個人的にはそうかな?と思いました。 経験があれば確かに書くネタはあるでしょう。でもストックしている経験がない人でも経験を得る過程はネタになるのでは、と感じました。むしろ、お作法やテクニック等の方が習熟するのに時間がかかるのでは、と感じました。 まあ、読者としては早咲きでも遅咲きでも、素晴らしいものであれば後は良いのですがね笑 ・・・ ということで、樋口氏の作品を読了しました。 相変わらずのエログロ・ノワール系作品ですが、嫌いでないです。ただ、周囲には『こんなの読んでいます』とはちょっと言いづらいですね笑 伝えるような友人も居ませんが。 | ||||
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初っ端から、読む者の想像を見事に裏切り、唖然とする展開に尻もちをつきそうになりながら、「吉良が来た後」「ハート・オブ・ダークネス」を続けさまに読むだけで、殺し、LGBTQ等々、この作者はタブーなくめちゃくちゃじゃないかと思わせる超ド級の作品です。 そして三、四に至って、このハチャメチャな物語の整合性、辻褄合わせが始まり、さすがに作者もちゃんとまとめようとしているのだと、作者を見直しかけたところで、また見事に「おいおい」と裏切られて、いったい最後はどうなるの?と思いながら一気に読み終えました。 それほど長い長編ではないのに、この作品の倍ほどの量のある作品を読んだときのようにどっと疲れました。 それだけパワーがある作品です。 「良い、悪い」という感想すら拒絶するような圧倒t歴なパワーがあります。 いったいこの作者は何を考えているのだと、作品よりもそっちが気になりますが、その点については、文庫巻末の作者と梁 石日さんの対談を読むことで、実はこの作者は思うがままに作品を書くタイプではなく、実は緻密に緻密に考えて計算し尽くした上に書いていることがよくわかります。 それにしても、この作者は只者ではありません。 知人にこの作品を薦められ、初めてこの作者の作品を読みましたが、「薦めてくれてありがとう」という感謝を捧げます。 | ||||
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近著が出版差し止めになったとかで話題の著者なので、過去の評判作(?)を図書館で借りてきて読んでみた。 帯に大きな活字で〈衝撃〉という語が使われている。意表を突く展開に驚かされるよ、という意味なのだろう。確かにそれも否定はしないが、あまりに雑すぎるフィクションなのに驚くというのが実感。それに加えて文章の粗雑さ、ご都合主義の強引さ、リアリティの無視等々に唖然、愕然とした。 稀代の嘘つきを主人公にした小説なのだから、その死ぬ間際の告白だけでなく、暴露評伝本を書いた語り手も嘘を書いてる、と捉えればいいのか? 矢島博美なる人物の名が末尾に付された、短いプロローグで始まる。国民的画家・丹生雄武郎が2012年に九十七歳で亡くなった、その数奇な人生を明らかにする、というものである。(本書が出版されたのは、2010年だから近未来の設定) 第一部(というほど長くはなく、1章といっていいのだが、〈四〉にだけ一章から四章の区分がある。この辺の稚拙さも、小説をあまりよんだことのない人物の、初めての創作という枠組みかと思わせる)〈私〉が新潟県T町の古びた民宿を訪ねる場面から始まる。3ページ目で〈私〉は吉良と名乗る。章題は「吉良が来た後」。矢島が偽名を使っているのか? 〈私はまだこの時点で、自らに降りかかる災難を知らずにいた。〉という思わせぶりな一行があった。で、ヤクザが暴力を振るい、やってきた警官は役に立たず、あわやというところで意外な展開。人がいともあっさり殺され、〈ソドムの市はこれからが本番だった。〉とC級バイオレンスを模倣した文章。そして〈私〉は詐欺師だと明らかになるだけでなく、丹生雄武郎に殺される。この語りは裏庭に埋められた死者のそれと明かされる。これが衝撃の展開、ということだったのか。 (これ以上筋を追って感想を書いていくと、ますますネタバレになるので止めときます。) それにしてもボートで海上に出て、〈どこまでも青い地平線に包囲された〉なんて記述するのは、書いた人間の粗忽さを示すものだが、それは作中人物なのか、作者樋口氏なのか。図書館で借りたのは初版単行本だが、文庫化の際には手を入れただろうか? 星一つがいいところの作品の出来なのだが、最後まで読ませる力(良い意味でのムチャクチャさ)に敬意を払い、一つ増やして☆二つ。 | ||||
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阿部定は知らんけど、麻原、横井といったニュースを賑わせたサイコパスらしき人もでてくる。 主人公もサイコパス。 他の人も書いているが何が言いたいのかわからない。 この小説は日本人の朝鮮人差別について書きたかったのかな? それが正当なものなのかサイコパスの虚言らしきものに紛らわせおくのは姑息な気がする。 ページ増やしの文庫本の対談相手は二人とも在日の方だし。 なんなんだろう? | ||||
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