仮想儀礼

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仮想儀礼の評価:

4.43/5点 レビュー 102件。 B ランク

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平均点4.43pt

Amazonレビュー一覧

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全149件 101〜120 6/8ページ
No.49
(4pt)

仮想化された社会における現実的破綻

篠田節子さんの作品のなかでは、「ゴサインタン」、「弥勒」などの系譜に属する宗教ものといえるでしょう。内容が重いということも、共通しています。
主人公たちは金もうけを目的に軽い気持ちで新宗教を立ち上げますが、そこに「生きにくい系」の若者、超能力嗜好者、巨大教団の中年女性信者、不安を抱える中小企業の経営者などがこの順番に、吸い寄せられるように集まり信者になっていきますが、問題が発生し教団が社会からバッシングを受けるようになると、その逆の順番で信者たちが潮が引くように去っていきます。
てっとり早く教義をこしらえるために主人公がつくったのは、チベット仏教をベースにした密教系の教義でした。著者は「ゴサインタン」や「弥勒」でもチベット系密教をとりあげており、チベット仏教に対する関心が強いのでしょうか。
「ゴサインタン」では、自然発生的な小教団の中心になるネパール出身の女性は、神がかり的な能力を持っていましたが、今回の作品では教祖となる男性主人公がきわめて世俗的な人物であるのは現代社会の風潮を反映しているのかもしれません。
彼がむしろ理性的であり、ときとして良心的ともいえる人物であるため、かえってなすすべもなく、数人の女性信者たちの宗教的狂熱に巻きこまれ、破綻へと突き進んでいきます。
長編ですが、一気に読ませてくれます。「ゴサインタン」や「弥勒」に比べればやや軽めの読後感ですが、多くのことを考えさせてくれる力作であることはまちがいなく、読んで損のない作品だと思います。

仮想儀礼〈上〉 (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 仮想儀礼〈上〉 (新潮文庫)より
4101484163
No.48
(5pt)

類稀れな筆力、素直に感動。読後感もよし。

最近は面白い小説に当たらずにすっかり小説の食わず嫌いになっていた自分だが、新聞の書評につられて手に取ってみた。

数ページで引き込まれ、下巻のラストまでほぼ退屈せずに読むことができた。

上巻ではもっぱら二人の失業者による宗教ビジネスの立ち上げ、それから思いの他とんとん拍子で拡張していく様を描写。下巻ではその劇的な衰退が描かれる。どっちの方向もできすぎ(たとえば何の信仰心もないはずの元役人は舌を巻くほどうまく教祖を演じ、信者側では勝手に奇跡のようなことが起こる)の感があるが、それは所詮「小説」だということで読者は納得するのだろう。実際には数年のスパンにわたるストーリーなののだが、主な出来事が凝集されているので上下にわたる長編だといってもさながらダイナミックなジェットコースターに乗っているように新興宗教体験(信者の側ではなく作り手の側から)ができる。
登場するキャラクター群もいわゆる「生きづらい系の」壊れかけた若者から孤独な金持ち、企業経営者まで多岐にわたり、それぞれのリアリティも伝わってくる。特に最後に残る五人の女性信者にはその狂信的な言動を超えて親しみを感じてくるほどだ。
また著者の仏教教義、儀式から法律、経営に関する素養、様々な土地の描写から確かな取材力とそれを物語の中での編集力もうならされる。
最後のくだりでは静かな感動さえ覚え、しばらくこの物語世界から離れることができなかった。お話の内容は全然ロマンチックではないのにね。。

こんな作家が日本にもいたんですね。今まで「直木賞作家」には裏切られてばかりいたので、素直に感動。
仮想儀礼〈上〉 (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 仮想儀礼〈上〉 (新潮文庫)より
4101484163
No.47
(5pt)

虚業のリアル

怖い。

 新興宗教に限らず、宗教というものが全く信用できないウチが、この作品はどうしても読んでみたくなって購入しました。

 公務員だった男が作家になる夢につけ込まれ、気がつくと家族も職も失ってしまう。唆した男を責めながら目撃してしまった9.11、ワールドトレードセンタービルディングが崩壊する中、二人は「宗教」を事業として起こすことにする。

 ゲームブックと各種宗教の組み合わせた事業としての癒し、宗教を求める様々な人、どんどんと大きくなっていく宗教団体、そして小さな綻びからの転落。宗教の持つ胡乱さと、それをどうしても求めてしまう人の思い。
 ステロタイプな登場人物が、逆に作り物じゃなく思えてしまえて、とんでもなく怖い。

 上下巻900ページにも及ぶ長編は、グッと鷲づかみにされるほどの強烈さで一気に読み進められて、教団がふくらんでいくと過程に高揚し、転げ落ちていく過程に恐怖を覚えてしまう。ジェットコースターのように揺さぶられ続けて読み終えてしまった。
 穏やかそうに見えるラストでも、信者に潜む心の内がやっぱり怖い。
仮想儀礼〈上〉 (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 仮想儀礼〈上〉 (新潮文庫)より
4101484163
No.46
(5pt)

宗教はこころをもてあそぶのか、それとも、心を救うのか

環境にメスを入れるのが工学技術
心のメスを入れるのが宗教
工学技術が環境を改善する一方では、破壊もする。
宗教も心を癒し育てる一方では、心を破壊もする。
宗教の2面性を見事に描ききった好著

仮想儀礼〈上〉 (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 仮想儀礼〈上〉 (新潮文庫)より
4101484163
No.45
(5pt)

ビジネスとしての宗教は成り立ちうるのか

本書は「読み始めたら止められない」極めて優れた娯楽小説であり、読後感も決して悪くない。
支払った「お代」以上のものを返してくれる、ちゃんとしたエンターテインメントだ。

しかし、本書を読み終わった読者は、それぞれに考え込むことになる。
この「豊かなあまりに人と人との関係が薄くなった世の中」で、「サービス業としての宗教」というものが成り立つのか?という問いに対するひとつの回答を著者は本書で示したと言える。

著者による回答は極めて説得的だが、人によっては違う回答もあるだろう。
少なくとも本書の主人公が言うように、現代は過去とは違う。
「昔の宗教は確かに存在理由があった」「家は貧乏、嫁ぎ先じゃいびられる、子供は病気で死んじまう。そういう女なんかに、神様が憑いた。」「しかし今じゃ、退屈した人間が自分の精神を玩具にして、宗教はそのためのワンダーランドだ。笑わせてくれるなよ。」(上巻93頁)

本書は、そういう時代の宗教とは何なのかについての、思考実験であるとも言える。

本書を読んで高橋和巳の「邪宗門〈上〉 (朝日文芸文庫)を猛烈に読み返したくなった。「宗教が宗教らしかった時代」、日本が貧乏にまみれていた時代の新興宗教の物語である。実に残念なことに絶版となっているが、図書館には必ずある本なので借り行くつもりだ。戦前の日本の想像を絶する貧苦の中から立ち上がってくる宗教のパワーを、これほど迫真性に満ちて描いた作品は、他にはない。
仮想儀礼〈上〉 (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 仮想儀礼〈上〉 (新潮文庫)より
4101484163
No.44
(5pt)

人々が宗教に求めるもの

宗教団体設立の理由がそれぞれ異なるように
信者がその宗教に求めるものもそれぞれだろうし
信者が増え、組織が大きくなればその方向性も変わっていく。

主人公が遊び半分で始めた宗教団体もどきが
あらぬ方向に暴走していく展開となっています。

随所に見られるシニカルな常識人の主人公の
教祖らしくない俗世的で現実的な判断がけっこう笑えます。

いやはや、信者の人生を引き受けるのは並大抵のことではないですね。
結末は哀しいけれど、不思議な爽快感がありました。

仮想儀礼〈上〉 (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 仮想儀礼〈上〉 (新潮文庫)より
4101484163
No.43
(5pt)

テーマに気遅れするより、読書の醍醐味を取るべき

「信仰は金を産む」の帯が印象的な上巻469頁は、ネットから始めた新興宗教が大教団になってゆこうとする過程が着々と描かれてどうにも引いてしまう。
それは宗教という実体の無い所から金を産もうとする人模様を、如何わしく思ってしまうからかもしれない。
「自分たちで作り、立ち上げた宗教だから、その神は自分の手の内にある。しかしそれを信じた人々の感情や行動は、決して自分の手の内にはない。人の心は得体が知れず、制御もできない。」168頁の正彦の胸の内は、この作品をも表現している。
人間の心の脆さと宗教の関係を正彦が冷めた視線で見ながら布教していく始まりは面白く読めるのだが、教団が大きくなり破綻の幕開けのような事件で終わるこの上巻から下巻に手を伸ばすには気力が必要な内容だ。
だが、上下巻読み終わった状況から上巻の紹介となると、ここまでの作品を読まずに終わるのはもったいないと思う。読み応えある力量作品を読書の醍醐味として味わったことがある人ならば、昨今の作品には無い重量感あるこの作品に手を出して損は無い。

仮想儀礼〈上〉 (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 仮想儀礼〈上〉 (新潮文庫)より
4101484163
No.42
(5pt)

あなたにとって心の拠り所は?

9・11同時多発テロのニュースは、生放送で見ていた我々には、余りにも衝撃的で、生々しいものであった。そのニュースを見ながら「第四次産業=虚業としての宗教」を商売として思いつく。しかも、教団名は、「聖泉」:昔の彼女の出身校、「真法」:司法試験を目指したゼミの名から命名するといった、ふざけた出発。
 以下、成功に至るまでは、中島らもの『ガダラの豚』のように、時々吹き出しながら、楽しく読める。篠田節子の長編はすべて読んだが、こんなにユーモアのセンスあったっけ?と思うほど、似非宗教が戯画的に描かれる。
 時に心の傷を生の意味として、トラウマ乗りの「生きづらい系の若者」と、教団をワンダーランドのように転々とする「おばさん連中」との女同士の対立や、ユーザー主導型の宗教が、急展開する成功談より面白く読める。
 なぜなら、似非宗教をインチキ商売としてやるには、主人公は余りにも、「良心的過ぎる」のだ。彼の内的葛藤も、相棒の女に甘すぎる優しさも面白い。「永遠のマザコンである日本人」ときっぱり言い切ってしまう所もさすが。
 かけこみ寺のように入信する者、近親相姦によるトラウマを引き摺る者など、五人の女性の過去が丁寧に描かれる。虐待の記憶が現実なのか捏造なのか、ひいては、過去と現在の我々の存在の在り方に一石を投じてくれる問い、等々。900ページに及ぶ必然性も肯ける。
 闇の政治家やマスコミとの戦いも去ることながら、教祖の教えを深化、血肉化させる女性たちが、一気にラストへと収斂していく系譜が、私は一番楽しんで読めた。
 新興宗教団体をカルトと危険視する精神構造(正直、私にもある)は、実は、マスメディアや偏った教育によって洗脳されたものであり、「西洋的合理主義の行き詰まりから、機能不全に陥った現代社会」において、何を心の拠り所として生きていくか、極めて大きな問題提起をしてくれている。

仮想儀礼〈上〉 (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 仮想儀礼〈上〉 (新潮文庫)より
4101484163
No.41
(5pt)

信仰という商品を売る第四次産業、それが宗教だ!

この部分で、まずビックリ…。
信仰心など全くなく、金儲けのためだけに宗教団体を作る。
ニセ宗教が、どうやって金儲けをしていくか。
仏像を手作りしたり、安い材料で何となくそれらしく見せたり…と、地味な二人の作業。
こんなので儲かるの?と思いつつ読み進めると、徐々にではあるが様々な人々をひきつけて、団体は発展していく。
この上巻の過程は、なかなか面白く読みました。
仮想儀礼〈上〉 (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 仮想儀礼〈上〉 (新潮文庫)より
4101484163
No.40
(5pt)

仮想宗教のリアル

ほとんど思いつきで創作した宗教団体が、その「教祖」の思いもよらないような力や出来事に導かれるかたちで飛躍的に発展し、やがて危機に陥っていく様を描いた力作小説である。架空の宗教の創作、そしてその維持と展開の際に、既存の宗教の教理や教団の運営システムなどが豊富に参照され、主人公、というか著者がよく勉強していることを窺わせる。実名が出てくる場合もあるので、これは現代における宗教事情の勉強にもつながる有益な本だなと思った。
しかしそれ以上に興味ぶかいのが、この宗教団体を拡大させていく、信者たちの姿である。「生きづらい」系の若者たち、現世利益を求める中高年、他の新宗教団体やカルトから脱会してきた人々、超能力の獲得を希求する少年、精神の安定と金儲けの一挙両得を願う経営者やビジネスマン、人生の無常に目覚めた資産家、落ち目になり宗教に活路を見出す文学者、等々、ややステレオタイプ的ながら、しかし誠にリアリティあふれる人間たちが次々に登場し、それぞれのスタイルでこの宗教団体にかかわり、時に大問題を起す。
この人間たちの言動が実に身近に感じられるからこそ、本書はあくまでも「仮想」の現実を記述した作品でありながら、非常に説得力があり、そこに現代社会を生きる我々の偽らざる心情を発見してしまうのである。
仮想儀礼〈上〉 (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 仮想儀礼〈上〉 (新潮文庫)より
4101484163
No.39
(5pt)

新興宗教団体の虚実を描き切った力作!

新興宗教団体の虚実を描き切った力作。
ただただ金儲けのためだけに作られた宗教団体が、いかにして発展し、かつ、崩壊してゆくのか、教祖の心の動きを中心に描いている。

作られた虚構でしかない団体が、信者を集め、その信者の盲信のゆえに、教祖の手を離れて暴走してゆく‥‥。
これと並行して、この団体を取り込もうとしたり取り潰そうとする外部の暗躍が。
非常にスリリングな展開が綴られてゆく。

宗教法人の会計のしくみなどを十分に取材していなければ意外と描けないような、そういった場面も出てくる。
また、行政の福祉関係の職員だった作者の体験が活かされているのではないか、という場面も、ところどろに効果的にちりばめられている。
いわば、社会的弱者がいかにして新興宗教団体に取り込まれてゆくか、ということをも描いているのだ。
むしろ、そこが本書の言わんとしているところなのかもしれない。

一気に読ませるだけの力がある。
いわゆる「カルト宗教団体」はこのように作られてゆくのかもしれないな、と思わせる、そんなリアルさにも満ちた作品となっている。

仮想儀礼〈上〉 (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 仮想儀礼〈上〉 (新潮文庫)より
4101484163
No.38
(5pt)

下巻はクラッシュ・ストーリー

どちらかといえば良識派の宗教集団が、崩壊暴走していくまでの転落を、丁寧な筆致でまとめあげた下巻。
オウム真理教やイエスの方舟、その他のカルト教団が起こした殺人・過失致死事件を巧みに織り込んでいて、既視感を覚える。
不吉な予感を覚えながらも、彼らの最期を見届けるまではページをめくる手が止まらない。
仮想儀礼〈下〉 (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 仮想儀礼〈下〉 (新潮文庫)より
4101484171
No.37
(4pt)

「信じる」ことの無限のパワーと終局の恐怖

結構分厚い上下2巻の単行本を5日で読了。
1998年の著作「夏の厄災」以来、久しぶりに著者の作品を堪能させてもらった。

自らの過失によって職を失い行き倒れ寸前まで身を持ち崩した二人の男が、あこぎな金儲けを企んで新興宗教を立ち上げる。
そして本人達も戸惑うほどのスピードでそれが大きな宗教団体に成長し、やがて...。

身内の法事などを除き普段ほとんど宗教に縁の無い生活をしている自分にとって、怪しい新興宗教を取り巻く魑魅魍魎たちの世界がまず何よりも新鮮で惹き付けられた。
しかも、控えめながら克明な筆致によって著者はそのおどろおどろしい世界に見事なリアリティを与え、まるで実在するモデルを元にしたドキュメンタリーのような印象を読み手に抱かせる(卓越したその技法は「夏の厄災」でも遺憾なく発揮されていた)。

作品の核をなしているのは、「教祖」である男の心理描写だと思う。
宗教団体立ち上げ当初の脂ぎった野心から始まり、それは自信、躊躇、良心の呵責、達観、絶望と、様々に形を変えて変遷を繰り返す。
新興宗教という題材からすればオカルト的で軽薄な展開に陥りそうなものだが、その生々しい心理描写がこの作品に深淵で味わい深い厚みを加えている。

結局著者が語りたかったことは、「信じる」ということの無限のパワーと、それが究極の形をとった時の恐ろしさではないだろうか。
その人間心理の闇を見誤った「教祖」を襲う結末が、圧巻である。

仮想儀礼〈下〉 (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 仮想儀礼〈下〉 (新潮文庫)より
4101484171
No.36
(5pt)

リアルで残酷でありながら、美しい理想。

とんでもなく過酷な状況に直面することによって、凡庸で卑俗な男が、現代では困難に思われる、純粋な宗教的境地にまで到達する。
 この枠組みは1998年に出版された同じ作家の手になる『弥勒』と同じです。
 しかし『弥勒』が日本人にとって明らかに別世界であるチベット周辺を舞台にしたのと異なり、本作は現代日本が舞台であるため、より一層リアルであり、読者は嫌でも自分をかえり見なくてはなりません。

 篠田節子の描く人物は、完全な善人でも完全な悪人でもなく、完全に愚かでもなければ、完全な賢者でもありません。まさに現実の人々の等身大モデル、あり得る我々です。
 にもかかわらず、主人公は否応もなく人間的成長を遂げてしまう。
 状況があまりにも過酷であり、それが避けようがなく、まさしく実際に起こりそうなことだから。

 とても残酷な話でありながら、この結末に、読者はある種独特の感動をえることになるでしょう。
仮想儀礼〈下〉 (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 仮想儀礼〈下〉 (新潮文庫)より
4101484171
No.35
(5pt)

篠田節子に称賛

下巻の帯には「狂信が常識を食い破る」と太字で刷られている通り、狂気が下巻に充満している。が。その狂気が宗教だけに留まらない所に篠田節子の筆力が光る。
正直まやかしで作られた宗教が破綻していく展開は、教祖である鈴木正彦が逃げだいと切に願う心情に共感出来るくらい教団の内も外も崩壊してゆく。
怪しい宗教団体と世間から見なされた時、社会からの弾圧はここにも狂気が生まれるという恐怖が見事に描かれているのだ。
「空疎だからこそ、それを心底必要とする者が、まるで自らの鏡像と対峙するようにして、強固な中身を作り出していった」404頁の正彦が見た宗教の本質。
帯に書かれた正彦の叫び「もう勘弁してくれ、目を覚ましてくれ」は、読んでいる間私にも生じた感情になったくらいこの作品は重いしキツイ。
それでも読み終わった後評価が下がらなかったのは、締めである最後の一行で戦慄が走り、読んでいた間の嫌悪をも打ち消したからだ。
人間がいかに脆く弱い側面を持つのか私たちは知っている。
そこに読み応えある重量感ある作品を読む醍醐味を味わったことがある人なら、この作品を描ききった篠田節子に称賛を称えずにはいられない作品だと思う。

仮想儀礼〈下〉 (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 仮想儀礼〈下〉 (新潮文庫)より
4101484171
No.34
(5pt)

「宗教」の真相へ

この下巻はすごい。「ゲーム」として捏造された「宗教」が、迫害されたコアな女性信者たちの間で完全な実体と化し、やがてその「教祖」の心身をも支配していく過程を刺激的なストーリー展開にのせ、説得的に描き出している。苦痛すぎる現実的な不幸からの逃走と狂気じみた妄想に、それらしい「教義」と「儀礼」が形を与え、やがて暴走していくとき、何が起るのか、その実情を著者は巧みに小説化した。
そうした息を呑むような「仮想現実」のなかで、しかしなお現実と虚構のはざまを行き来しつつ苦悩する主人公の姿が、誠に立派であった。自分の軽率な思いつきにより精神を呪縛され破滅していく人々を、最後まで引き受けるという責任の自覚が、ついには心底からの敬虔な「祈り」を彼に自然に行わせるに至る。あくまでも人間としての「常識」をまっとうしようとする誠実な態度が、結果として「常識」を超えた信心の次元を切り開く。
「宗教」とは何か。エンターテイメント小説という体裁でその真実に肉迫しようと試みかなり成功した、これは稀有な傑作である。

仮想儀礼〈下〉 (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 仮想儀礼〈下〉 (新潮文庫)より
4101484171
No.33
(5pt)

ページを捲る手が止まらない!

発展を遂げた団体が、今度は破滅していく様を描いた下巻。
教祖の正彦の思いとは違う方向に、どんどん堕ちていく。
ここが凄い…。

いったいどうやって結末を迎えるのかと、ページを捲る手が止まりません。
信者からも見放され、落ちぶれて、また一文無しになる正彦を予想していましたが、そんな簡単には終わってくれませんでした。
正彦の思惑からどんどん離れ、信者の中でどんどんと違うものに成長し暴走していく。
想像以上に悲惨な最後でした。

新興宗教の様々な事件が起こるたび、感じていた疑問。
何故、人が宗教に頼り、落ち、狂っていくのか。
その様子がありありと描かれ、疑問の一部を解いてくれました。
本書に描かれた様々な信者たちの姿が非常にリアルに感じられたのは、著者の取材力と描写力の為せる技でしょう。

とにかく凄い作品でした。
上下巻、900ページ超ですが全く飽きることなく、一気に読みました。
仮想儀礼〈下〉 (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 仮想儀礼〈下〉 (新潮文庫)より
4101484171
No.32
(5pt)

心が壊れてゆく恐怖‥‥

作られた虚構でしかない新興宗教団体。
しかし、そこで人間の営みが行なわれれば、虚構だったはずのものが否応なく現実となって、ひとりひとりを苦しめてゆく。
信者の盲信と暴走、それを止められずにどんどん追いつめられてゆく教祖。そして、ついには最悪の結末が‥‥。

心が壊れてゆく。
団体そのものが壊れる、ということ以上に、そこにかかわるすべての者の心が壊れてゆく。
それを深く描いた小説である。心理描写が非常に巧みであった。

ひとりひとりの登場人物の、リアルな描写も際立っている。
小説そのものも虚構ではあるが、すぐ目の前で現実にその場面が繰り広げられているような、ある意味で「ぞっ」とするような凄みのある小説だ。

仮想儀礼〈下〉 (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 仮想儀礼〈下〉 (新潮文庫)より
4101484171
No.31
(5pt)

下巻はクラッシュ・ストーリー

どちらかといえば良識派の宗教集団が、崩壊暴走していくまでの転落を、丁寧な筆致でまとめあげた下巻。
オウム真理教やイエスの方舟、その他のカルト教団が起こした殺人・過失致死事件を巧みに織り込んでいて、既視感を覚える。
不吉な予感を覚えながらも、彼らの最期を見届けるまではページをめくる手が止まらない。
仮想儀礼〈下〉 Amazon書評・レビュー: 仮想儀礼〈下〉より
4103133627
No.30
(4pt)

「信じる」ことの無限のパワーと終局の恐怖

結構分厚い上下2巻の単行本を5日で読了。
1998年の著作「夏の厄災」以来、久しぶりに著者の作品を堪能させてもらった。

自らの過失によって職を失い行き倒れ寸前まで身を持ち崩した二人の男が、あこぎな金儲けを企んで新興宗教を立ち上げる。
そして本人達も戸惑うほどのスピードでそれが大きな宗教団体に成長し、やがて...。

身内の法事などを除き普段ほとんど宗教に縁の無い生活をしている自分にとって、怪しい新興宗教を取り巻く魑魅魍魎たちの世界がまず何よりも新鮮で惹き付けられた。
しかも、控えめながら克明な筆致によって著者はそのおどろおどろしい世界に見事なリアリティを与え、まるで実在するモデルを元にしたドキュメンタリーのような印象を読み手に抱かせる(卓越したその技法は「夏の厄災」でも遺憾なく発揮されていた)。

作品の核をなしているのは、「教祖」である男の心理描写だと思う。
宗教団体立ち上げ当初の脂ぎった野心から始まり、それは自信、躊躇、良心の呵責、達観、絶望と、様々に形を変えて変遷を繰り返す。
新興宗教という題材からすればオカルト的で軽薄な展開に陥りそうなものだが、その生々しい心理描写がこの作品に深淵で味わい深い厚みを加えている。

結局著者が語りたかったことは、「信じる」ということの無限のパワーと、それが究極の形をとった時の恐ろしさではないだろうか。
その人間心理の闇を見誤った「教祖」を襲う結末が、圧巻である。

仮想儀礼〈下〉 Amazon書評・レビュー: 仮想儀礼〈下〉より
4103133627