ノルウェイの森

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ノルウェイの森の評価:

3.82/5点 レビュー 818件。 C ランク

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平均点3.82pt

Amazonレビュー一覧

Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です

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全628件 441〜460 23/32ページ
No.188
(3pt)

大学生の日常に展開される、特殊な世界

1969年、東京。19歳の大学生、ワタナベは学生寮で 周囲と距離を置いた生活を送っていました。 そんな彼が、周りの人との出来事を通じ、様々なことを感じます。 それはどこか不思議な、特殊な感覚でした。 有名なベストセラーの下巻です。分量は262ページ、所要3時間程度です。 この巻では、ワタナベの友人の彼女だった直子や同級生緑など彼の同世代の異性を中心にしたドラマが展開されます。 上巻同様、きれいな文学的表現が多いです。例えば、「まるで特殊な果汁を頭から浴びたような鮮やかな赤だった。」「春の闇の中の桜の花は、まるで皮膚を裂いてはじけ出てきた爛れた肉のように僕には見えた。」などです。 内容について語るのはこれも難しいですが、展開上、上巻よりも人間の喪失感が強く描かれていると思います。それを描こうとするゆえに、上巻より特殊な世界が構築されていると思います。その世界観を共有できるかどうかで、この小説の好き嫌いが分かれるような気がしました。
ノルウェイの森(下) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森(下)より
4062035162
No.187
(1pt)

村上春樹の大罪

私もこの作品を読んで、おもしろい部分もあると感じたうちの一人であります。たとえば、ヘッセの『車輪の下』やトーマス・マンの『魔の山』の読書描写、ビートルズやジャズの曲の描写などに関してです。が、しかし、私は日本の自殺者数の数を増やしている複合的な要因のうちの一つとして、読者の数も多いがゆえに、このような作品も寄与しているのではないかと考えています。いや、一番問題なのはテレビやマスコミの自殺報道のありかたがまずあげられるでしょう。日本では自殺の問題に関しては普段の風潮としてはそれを取り上げること自体がタブーとされているのに対して(その問題の予防に関して教育の時点で真面目に論じたり教え続けているアメリカなどの国では、自殺率が少なくとも日本に比べて有意に低いのです)、有名人が自殺したり誰かが自殺したりすると、これでもか、というくらいにセンセーショナルに報じたりしています。しかし、日本の自殺の報じ方はWHOの自殺の予防のガイドラインのいくつもの項目を堂々と破っている行為でもあるのです。人間誰でもストレス過多になるとおかしくなることはあるわけで、たまたまそのおかしくなった時にそのような報道がなされていると、そういう方法があるのかという正常でない発想になったりして正常な判断ができなくなってしまう可能性はないわけではありません。いわゆる群発自殺というやつです。ですから、諸外国からすると完全に浮いたそのような報道のありかたをそろそろ考え直す時なのではないでしょうか。話は少しそれましたが、本題に入りますが、私は、たとえば『風の歌を聴け』などの他の村上春樹作品などでも感じるのですが、それらの世界の中では、自殺というものがあたかも当たり前のような、あるいは普通に肯定されているような、あるいは美化されているような印象を受けるのです(もちろんすべての作品がそうだと言っているわけではありません)。私は自殺はよくないことだと考えていますが、その理由としてウェーバーや新渡戸稲造が黒板に文字を書くことすらままならないうつ状態に陥ったにもかかわらずそのあと復活を遂げて、以前にもまして活躍したような事実を知ると(たとえばウェーバーがあの『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』を書いたのはその後のことです。もし、ウェーバーがうつになった時点で自殺してしまって『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』がこの世に存在しなかったら、と思うとぞっとしませんか)、もったいないということが一つまずあります。もうひとつは自殺によって周りの人でとても傷つき苦しむ人がいるということがあります。まず前提として日本国民に共有されなければならない認識は、自殺は異常なことで決して普通のことではないんだ、という認識です。そういう当たり前の認識が欠けているどころか、このような作品によって、自殺は普通のことなんだという間違った認識を持ったり洗脳されてしまったりすることの方が逆に問題です。しかも、高校生前後などのとても影響を受けやすい時期にこんなものを読んで自殺を肯定するような認識を持ってしまって実際に自殺が起こったりしたならばこんなによくないことはありません。権威に弱い日本人がたとえばフランツなんとか賞とかを取った著者のことを信じこんで、自殺を肯定するような世界観が蔓延することの方がむしろ危険だと考えています。物語でどんなに感動を感じたとしても、それが結果として人を幸せにせず不幸にしたとしたら、なんのための文学や芸術だかわかりません。私は、文学や芸術は人を幸せにするためにあらねばならないと考えています。ゲーテの『ファウスト』は秀作だと考えていますが、『若きウェルテルの悩み』は殺人作だと考えています。そのあとウェルテル効果とかいっておそらくは死ななくてもよかったような命がたくさん自殺したそうです。直接ナイフで刺して殺したというわけではないですが、『若きウェルテルの悩み』を読まなかったら死ななかったという人に対しては、実質上は殺人を犯していることになるのではないでしょうか。ですから、村上春樹の大罪というのは、影響力のある著者であることがかえって、日本の間違った自殺認識を作ったり助長したりしているのではないかということです。繰り返しますが、自殺は肯定するものでも美化するものでもありません。繰り返しますが、自殺は誰でもなりうるストレス過多の状態によってなる異常な精神状態から起こる異常なことであって、普通に肯定することではなく異常なことだという当たり前の認識を日本人全員が共有することが重要です。
ノルウェイの森(上) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森(上)より
4062035154
No.186
(1pt)

文章を読ませる力があるも、何も残らない

期待値が大きかったせいか、残念な気持ちで読み終わってしまった。村上春樹特有の言い回しで文章を読ませる力は感じられるも内容に乏しいと感じてしまったのと、書いた時代の古臭さを感じてしまう。病に関する事や性に関する受け止め方が古く、現代の感覚とのズレが生じてしまい、素直に感情移入出来なかったのかも。一昔前なら良かったのですが…という残念な結果でした。またもう少し時間がたてば違う取り方になるかもしれません。ノルウェイの森 上 (講談社文庫) ノルウェイの森 下 (講談社文庫)
ノルウェイの森(上) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森(上)より
4062035154
No.185
(3pt)

名作とは思わないが、非難されるものでもないでしょう

読後に「さすが世界的な人気作家の作品!」という感激はないが、面白くなくもない。この作品を好きな人がけっこういるのも解る気はする。舞台設定は1970年前後だが内容にその時代性は全くない。学生運動の記述もほんの少しはあるがリアリティはなく、どちらかと言うと全体的に1980年代を感じる。内容的には、社会から逸脱した人達にどこか憧れている普通の若者である主人公の若き日の青春ストリー。大学を出た後、具体的にやりたい事がある訳でもなくもちろん将来の目標もない、かと言って完全に社会からのハミダシ者になる決心もできない、そんな立ち位置が何もない不安な状態を、心に傷があり現実社会から逸脱している他人を通し、自分も傷ある仲間達と同じ人種であり、そのために「ダメ人間」であるという立ち位置を見つけようとする・・・そいういう若者の話のように思える。そう「僕はしょせん皆と違う人間だから、しょうがないのです。」という心の解放感が聞こえてきそう。現実世界でも、そういう人達は少なくはないので、彼ら彼女らに自分自身の理由付けをくれる最良の書として愛される作品と思う。但し現実はこの主人公のようにその手の異性がすぐ周りに集まる事はないだろうからそこまでも期待するのはいくらなんでも人生に楽観的すぎるとは思うが・・・。その世界に悩みつつも満足しどこに行くかも解らない主人公・・・ビートルズの「ノルウエイの森」のように、「目が覚めると 僕は独りぼっち、可愛い鳥はいなくなってた。それで 僕は暖炉の火をおこしたのさ」という感じでしょうか?登場人物は善人と思っていると人格的にどうかと思うシーンがあったり、それまでちょっと小洒落た言い回しをしていた人物があるシーンではいきなり陳腐な表現を使い違和感があるところもあるが、、それはよく考えれば社会から隔離されて(と言うか望んで隔離した)人達の言動と思うと逆にリアルさは有る。ただ、全体に自殺者が多すぎるのは話を綺麗に解決しすぎでそこはいまいち。
ノルウェイの森(上) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森(上)より
4062035154
No.184
(1pt)

恥ずかしくて読めなかった

見覚えのある、赤と緑の表紙。当時、気になっていたけれど手にしたことがなかった小説でした。今回は映画化ということでトライ。が。とてつもなく読みにくかったです。難しい言葉や漢字を使っているわけではないのだけど、描写説明がくどい。ちょっとノスタルジックな表現に雰囲気。でもそれがあけすけで、「この人、相当自分が好きなんだなア」と思いました。自分の好きな言葉や空気感をだすことは大切ですが、それが最初から多すぎると飽きるというか。発売当時は時代にあっていたのかもしれませんが、2010年に読むとなると厳しいです。とにかく言葉が恥ずかしかった〜「こんなに説明しなくてもわかるよ!キャー、やめて〜」と叫んでしまいました。なので上巻の冒頭しか読めずに断念。すみません、すみません。
ノルウェイの森(上) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森(上)より
4062035154
No.183
(3pt)

やめられない やめたくない

映画化、ということで話題になっており、その流れに誘われてこれだけのベストセラー作品を今回初めて読んだ。内容に関しては、「テンポが遅すぎる」「難しい」「感情移入できるわけがない」これに尽きる。村上春樹氏の著書は『1Q84』を手にしたが、どうしても我慢できず、申し訳ないが挫折した経験がある。今回もそうなるかもしれないと思いながら読み進めた。事実、何度も何度ももう読むのなんてやめてしまおうとした。しかし、やめることができなかった。し、やめたくなかった。読み終わって何が得られたかと聞かれても答えることはできそうにない。好きな登場人物はと聞かれたら永沢だ。「俺は空を見上げて果物が落ちてくるのを待ってるわけじゃないぜ。俺は俺なりにずいぶん努力をしている。お前の十倍くらい努力してる」人間というものが理解し合うのはとても難しいし、不可能に近い。それでも私たちはこの不完全な世界の中で生きていかなければならないのだ。
ノルウェイの森〈下〉 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森〈下〉 (講談社文庫)より
4061848933
No.182
(3pt)

喪失の再生の狭間

現代文学の最高峰と名高いこの小説のテーマでのもある限りない再生と喪失。でも私は、この小説からは果てしなく続く喪失しか感じ取れませんでした。本能で愛し合い、惹かれあい、悲しみの果てにまた愛し合い。人間らしさといえばらしさかもしれないのですが、そこに読者がどうやって感情を移入し、共感できるかが大きく関わってくるのではないかと思います。この小説が当時、一大ブームを巻き起こしたのには、この作品の内容以上に村上春樹という小説家が今までとは違う作風を世に送り出したということが大きかったんじゃないかと思えます。でもやはり、現代文学史の中で名を轟かす人物が書く小説なので文体は美しく、とても綺麗で、作品に吸い込まれていきます。私は村上さんの作品は世界の終わりやねじまき鳥などのハードボイルド系が好みなのもあるのであえてこの評価にいたりました。
ノルウェイの森〈下〉 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森〈下〉 (講談社文庫)より
4061848933
No.181
(3pt)

もはや使い古されてしまったのかもしれない

この作品を今現在、何の先入観も持たずに評価するというのは非常に難しいのだろう。それはもちろん、ベストセラーになった作品でノーベル賞候補の理由にもなっているなどの名声が故だ。そして、この作品から感じ取れる虚無感や不器用さが、この作品以降、多くの場所で取り込まれているのも理由であると思う。 文章は非常に上手で、比喩もユニークな表現が多い。ただ、それだけだ。そこにある空気感を伝えることにおいて、ここにある多くの描写は必要なものかもしれないが、残念ながらそれらはストーリーにおいて、また作品の個性を主張することにおいては役に立っていない。意味のわからない会話でも、登場人物のキャラクターを描く上で重要になったりする場合はよくあるが、この作品においては単純に、「ちょっと変わった奴」という程度の認識しか受けない。ただこの作品を読むと、パートナーがいる人は必ずその人を抱きしめたくなるのではないだろうか。人の愛情とは、その温もりを通して伝わるものなのかもしれない。
ノルウェイの森〈下〉 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森〈下〉 (講談社文庫)より
4061848933
No.180
(1pt)

文章を読ませる力があるも、何も残らない

期待値が大きかったせいか、残念な気持ちで読み終わってしまった。村上春樹特有の言い回しで文章を読ませる力は感じられるも内容に乏しいと感じてしまったのと、書いた時代の古臭さを感じてしまう。病に関する事や性に関する受け止め方が古く、現代の感覚とのズレが生じてしまい、素直に感情移入出来なかったのかも。一昔前なら良かったのですが…という残念な結果でした。またもう少し時間がたてば違う取り方になるかもしれません。 ノルウェイの森 上 (講談社文庫) ノルウェイの森 下 (講談社文庫)
ノルウェイの森〈下〉 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森〈下〉 (講談社文庫)より
4061848933
No.179
(3pt)

下巻を読んで読み方が変わる

有名な作家の代表作ということで、手にした本。下巻まで読むんなんて私にはきわめて珍しい。 上巻に続いて、正直、何を言いたいのか、はっきりと言い出せない感じがした。 やはりこれは芸術作品なのだろう。正解はない。これが一番、作者の言いたかったことという「正解」はなく、おそらく、今の社会に対して、あれもこれも言いたいことがある、言いたいことをありったけ入れ込んでみようというような思いで描かれていたのではないか。 だから、正解なんていうのはなく、自分自身が読んで何を感じ取ったのか、その部分が唯一の自分にとって正解なのだと思う。読んで不思議な気持ちになった。 ただ、上巻と違って、下巻を読んで私が感じたのは、ワタナベ君を表現する、文中の「僕」の言葉が、次第に読み手、すなわし私自身であるかのような錯覚をしながら読んでしまう点。 だから、正直、心に響くものがあった。なんか、人間社会というのは、きれいさっぱり、分かりやすい形ではなく、人間の心もものすごくいろいろなパターンがある。そういった矛盾、人間の心の奥にある繊細な部分に関して「僕」は、壊れやすい心をもちながらも一生懸命、向き合っている。何よりも、何か、正しいもの、人生の正解を見つけに、探しぬいている。そんな姿を「僕」に感じた。この「僕」は決して、ワタナベ君のことではなく、私自身のことでもある。そういう読み方をさせた村上春樹という人物の、筆力は、やはりすごいものがあるのではないかとも思った。ほかの人の感想をぜんぜん、読んでいなかく、この作品がなんなのか、正直、型どおりの理解はまったくしていないのだが感じたままに書いてみた。青春期の葛藤という部分で、恋、肉体関係などがはずせないテーマではあるのだが、私自身も昔の恋や大切だった人を思い出し、思わず恋慕した。 とりあえず、この作品は松山ケンイチが主人公で映画化されたが、どのように表現するのか、かなり興味がある。内容的にポルノ的な部分の描出ってかなり必要だとも思うし、なんか展開的に起承転結みたいな感じの作品じゃないから、映画向きではまったくないだろうに、それを映画させたのだから、映画の内容が気になります。映画を見れば、作者が何を言いたかったのか、一応、世間的な常識は分かるかもしれない。
ノルウェイの森〈下〉 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森〈下〉 (講談社文庫)より
4061848933
No.178
(3pt)

大学生の日常に展開される、特殊な世界

1969年、東京。19歳の大学生、ワタナベは学生寮で 周囲と距離を置いた生活を送っていました。 そんな彼が、周りの人との出来事を通じ、様々なことを感じます。 それはどこか不思議な、特殊な感覚でした。 有名なベストセラーの下巻です。分量は262ページ、所要3時間程度です。 この巻では、ワタナベの友人の彼女だった直子や同級生緑など彼の同世代の異性を中心にしたドラマが展開されます。 上巻同様、きれいな文学的表現が多いです。例えば、「まるで特殊な果汁を頭から浴びたような鮮やかな赤だった。」「春の闇の中の桜の花は、まるで皮膚を裂いてはじけ出てきた爛れた肉のように僕には見えた。」などです。 内容について語るのはこれも難しいですが、展開上、上巻よりも人間の喪失感が強く描かれていると思います。それを描こうとするゆえに、上巻より特殊な世界が構築されていると思います。その世界観を共有できるかどうかで、この小説の好き嫌いが分かれるような気がしました。
ノルウェイの森〈下〉 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森〈下〉 (講談社文庫)より
4061848933
No.177
(1pt)

村上春樹の大罪

私もこの作品を読んで、おもしろい部分もあると感じたうちの一人であります。たとえば、ヘッセの『車輪の下』やトーマス・マンの『魔の山』の読書描写、ビートルズやジャズの曲の描写などに関してです。が、しかし、私は日本の自殺者数の数を増やしている複合的な要因のうちの一つとして、読者の数も多いがゆえに、このような作品も寄与しているのではないかと考えています。いや、一番問題なのはテレビやマスコミの自殺報道のありかたがまずあげられるでしょう。日本では自殺の問題に関しては普段の風潮としてはそれを取り上げること自体がタブーとされているのに対して(その問題の予防に関して教育の時点で真面目に論じたり教え続けているアメリカなどの国では、自殺率が少なくとも日本に比べて有意に低いのです)、有名人が自殺したり誰かが自殺したりすると、これでもか、というくらいにセンセーショナルに報じたりしています。しかし、日本の自殺の報じ方はWHOの自殺の予防のガイドラインのいくつもの項目を堂々と破っている行為でもあるのです。人間誰でもストレス過多になるとおかしくなることはあるわけで、たまたまそのおかしくなった時にそのような報道がなされていると、そういう方法があるのかという正常でない発想になったりして正常な判断ができなくなってしまう可能性はないわけではありません。いわゆる群発自殺というやつです。ですから、諸外国からすると完全に浮いたそのような報道のありかたをそろそろ考え直す時なのではないでしょうか。話は少しそれましたが、本題に入りますが、私は、たとえば『風の歌を聴け』などの他の村上春樹作品などでも感じるのですが、それらの世界の中では、自殺というものがあたかも当たり前のような、あるいは普通に肯定されているような、あるいは美化されているような印象を受けるのです(もちろんすべての作品がそうだと言っているわけではありません)。私は自殺はよくないことだと考えていますが、その理由としてウェーバーや新渡戸稲造が黒板に文字を書くことすらままならないうつ状態に陥ったにもかかわらずそのあと復活を遂げて、以前にもまして活躍したような事実を知ると(たとえばウェーバーがあの『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』を書いたのはその後のことです。もし、ウェーバーがうつになった時点で自殺してしまって『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』がこの世に存在しなかったら、と思うとぞっとしませんか)、もったいないということが一つまずあります。もうひとつは自殺によって周りの人でとても傷つき苦しむ人がいるということがあります。まず前提として日本国民に共有されなければならない認識は、自殺は異常なことで決して普通のことではないんだ、という認識です。そういう当たり前の認識が欠けているどころか、このような作品によって、自殺は普通のことなんだという間違った認識を持ったり洗脳されてしまったりすることの方が逆に問題です。しかも、高校生前後などのとても影響を受けやすい時期にこんなものを読んで自殺を肯定するような認識を持ってしまって実際に自殺が起こったりしたならばこんなによくないことはありません。権威に弱い日本人がたとえばフランツなんとか賞とかを取った著者のことを信じこんで、自殺を肯定するような世界観が蔓延することの方がむしろ危険だと考えています。物語でどんなに感動を感じたとしても、それが結果として人を幸せにせず不幸にしたとしたら、なんのための文学や芸術だかわかりません。私は、文学や芸術は人を幸せにするためにあらねばならないと考えています。ゲーテの『ファウスト』は秀作だと考えていますが、『若きウェルテルの悩み』は殺人作だと考えています。そのあとウェルテル効果とかいっておそらくは死ななくてもよかったような命がたくさん自殺したそうです。直接ナイフで刺して殺したというわけではないですが、『若きウェルテルの悩み』を読まなかったら死ななかったという人に対しては、実質上は殺人を犯していることになるのではないでしょうか。ですから、村上春樹の大罪というのは、影響力のある著者であることがかえって、日本の間違った自殺認識を作ったり助長したりしているのではないかということです。繰り返しますが、自殺は肯定するものでも美化するものでもありません。繰り返しますが、自殺は誰でもなりうるストレス過多の状態によってなる異常な精神状態から起こる異常なことであって、普通に肯定することではなく異常なことだという当たり前の認識を日本人全員が共有することが重要です。
ノルウェイの森〈上〉 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森〈上〉 (講談社文庫)より
4061848925
No.176
(1pt)

文章を読ませる力があるも、何も残らない

期待値が大きかったせいか、残念な気持ちで読み終わってしまった。村上春樹特有の言い回しで文章を読ませる力は感じられるも内容に乏しいと感じてしまったのと、書いた時代の古臭さを感じてしまう。病に関する事や性に関する受け止め方が古く、現代の感覚とのズレが生じてしまい、素直に感情移入出来なかったのかも。一昔前なら良かったのですが…という残念な結果でした。またもう少し時間がたてば違う取り方になるかもしれません。ノルウェイの森 上 (講談社文庫) ノルウェイの森 下 (講談社文庫)
ノルウェイの森〈上〉 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森〈上〉 (講談社文庫)より
4061848925
No.175
(3pt)

名作とは思わないが、非難されるものでもないでしょう

読後に「さすが世界的な人気作家の作品!」という感激はないが、面白くなくもない。この作品を好きな人がけっこういるのも解る気はする。舞台設定は1970年前後だが内容にその時代性は全くない。学生運動の記述もほんの少しはあるがリアリティはなく、どちらかと言うと全体的に1980年代を感じる。内容的には、社会から逸脱した人達にどこか憧れている普通の若者である主人公の若き日の青春ストリー。大学を出た後、具体的にやりたい事がある訳でもなくもちろん将来の目標もない、かと言って完全に社会からのハミダシ者になる決心もできない、そんな立ち位置が何もない不安な状態を、心に傷があり現実社会から逸脱している他人を通し、自分も傷ある仲間達と同じ人種であり、そのために「ダメ人間」であるという立ち位置を見つけようとする・・・そいういう若者の話のように思える。そう「僕はしょせん皆と違う人間だから、しょうがないのです。」という心の解放感が聞こえてきそう。現実世界でも、そういう人達は少なくはないので、彼ら彼女らに自分自身の理由付けをくれる最良の書として愛される作品と思う。但し現実はこの主人公のようにその手の異性がすぐ周りに集まる事はないだろうからそこまでも期待するのはいくらなんでも人生に楽観的すぎるとは思うが・・・。その世界に悩みつつも満足しどこに行くかも解らない主人公・・・ビートルズの「ノルウエイの森」のように、「目が覚めると 僕は独りぼっち、可愛い鳥はいなくなってた。それで 僕は暖炉の火をおこしたのさ」という感じでしょうか?登場人物は善人と思っていると人格的にどうかと思うシーンがあったり、それまでちょっと小洒落た言い回しをしていた人物があるシーンではいきなり陳腐な表現を使い違和感があるところもあるが、、それはよく考えれば社会から隔離されて(と言うか望んで隔離した)人達の言動と思うと逆にリアルさは有る。ただ、全体に自殺者が多すぎるのは話を綺麗に解決しすぎでそこはいまいち。
ノルウェイの森〈上〉 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森〈上〉 (講談社文庫)より
4061848925
No.174
(1pt)

恥ずかしくて読めなかった

見覚えのある、赤と緑の表紙。当時、気になっていたけれど手にしたことがなかった小説でした。今回は映画化ということでトライ。が。とてつもなく読みにくかったです。難しい言葉や漢字を使っているわけではないのだけど、描写説明がくどい。ちょっとノスタルジックな表現に雰囲気。でもそれがあけすけで、「この人、相当自分が好きなんだなア」と思いました。自分の好きな言葉や空気感をだすことは大切ですが、それが最初から多すぎると飽きるというか。発売当時は時代にあっていたのかもしれませんが、2010年に読むとなると厳しいです。とにかく言葉が恥ずかしかった〜「こんなに説明しなくてもわかるよ!キャー、やめて〜」と叫んでしまいました。なので上巻の冒頭しか読めずに断念。すみません、すみません。
ノルウェイの森〈上〉 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森〈上〉 (講談社文庫)より
4061848925
No.173
(3pt)

大学生の日常を通して投影される、特殊な感覚

1969年、東京。19歳の大学生、ワタナベは学生寮で 周囲と距離を置いた生活を送っていました。 そんな彼が、周りの人との出来事を通じ、様々なことを感じます。 それはどこか不思議な、特殊な感覚でした。 有名なベストセラーの上巻です。分量は302ページ、所要3時間程度です。 この巻では、ワタナベと彼を取り巻く主要な登場人物がすべて登場し 複雑なドラマが始まり、展開されます。 きれいな文学的表現が多いです。例えば、「まるで春を迎えて世界にとびだしたばかりの 小動物のように瑞々しい生命感を体中からほとばしらせていた。」 「初秋の太陽が彼女の頬の上にまつ毛の影を落とし、 それが細かく震えているのが見えた。」などです。 内容について語るのは難しいです。現実的かどうかと言われれば、 非現実的だと思います。ただ、まったく否定できるものではなく 誰もが持っている感情を、小説という作られた舞台を通じて表現した作品、 という感じでしょうか。 その感情に共感できるかどうかで、この小説の好き嫌いが分かれるような気がしました。
ノルウェイの森〈上〉 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森〈上〉 (講談社文庫)より
4061848925
No.172
(3pt)

美しい文体だが分からない

夏だし、何か深みのある作品に触れたいと思い、まだ読んだことのなかった村上春樹の作品の代表作の上巻だけを読んでみた。アマゾンでも高評価だったし。 読んでみて、何よりも引きつけられたのは、表現力の豊かさで、私の薄い読書体験の中でも、最もきれいで、思わず情景が浮かぶ表現を使う作家だと思った。 内容の深さという点は、よく分からない。何を言いたいのかが分からない。小説も芸術作品の一つだから、論理性よりも、自らの感性で感じるものなのだから、分からないと思うのも当たり前なのだが。 分からないなりに、考えてみる。 「歪み」と表現されているように、何か社会とうまく付き合えなくなった人に焦点があたって物語が進行していく。でも、主人公のワタナベくんはその、社会とうまく付き合えなくない人に魅力を感じ、愛するようになる。精神的におかしく、壊れてしまうのは、決して本人たちが悪いのではなく、世間、社会の方に何か「歪み」があるのではということを暗にほのめかしている作品、ということは言えるのかもしれない。 分からないなりに。村上作品を一度だけ読めたことが、私の人生経験にとっては、何か自信になる気がする。だから下巻も読んでみるが、感想は変わるかも知れない。
ノルウェイの森〈上〉 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森〈上〉 (講談社文庫)より
4061848925
No.171
(1pt)

傲慢なる作品

この「ノルウェイの森」には確かに魅力があります。その語りたい真意が難しいかどうかはしりませんが、読みやすいです。確かに、多くの方の批判にあるように登場人物たちの行動には根拠がないです。でも、この小説に登場する人たちのような感情を抱くのは誰しもが経験していることです。そして、根拠のない行動は誰でもします。まあ、そういった文学的な価値があるかは私には分かりません。 ただ、僕はこの本は「悪書」であると断言します。ただ読みやすくて、性描写やおしゃれだなぁと錯覚させる横文字の音楽を無駄に並び立てることで、私たちに得体の知れない魅力を与えるのです。でも、この小説を読んで何を得ると言うのでしょう。私たちは人間です。動物ではありません。一時の感情や衝動で生きていくわけにはいかないのです。それとも、この小説に登場する人々のように傲慢にも「この腐った世界と大衆」と社会を見下すのが高尚な人種なのでしょうか。  あまり本を読んでいない免疫がない方には、とてもおすすめできません。無意識に精神が蝕まれます。
ノルウェイの森〈上〉 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森〈上〉 (講談社文庫)より
4061848925
No.170
(1pt)

読まなければよかった

村上春樹作品を何か読もうと思い、たまたま手に取りました。今は後悔してますけどね。たしかに文章は上手いですよね。舌を巻きます。天賦の才なのでしょう。自由自在に言葉がどこまでも延々と続きますが、あれほどの才能を使ってどうしてこんな「病んだ」だけの話を書いたのか私にはよく分かりません。それをかくも多くの人々がどうしてここまで絶賛するのか。真剣に読まされてしまった分、かなりぐったりしました。心地よくない余韻。作者が自分の才能の使い方を間違えて生み出してしまった、このかくも不愉快な余韻。金を払ってこんなもの読まされるのは、かないませんね。村上作品は「危険」なのでもう読みません。この作品も二度と読みません。この作品のよさが分からないなんて、なんて「低俗」な奴なんだと思われてもかまいません。ただ、勉強にはなりました。救いのない話が、日本ではこんなに商売になるのだということだけは知りました。役に立つかどうかは分かりませんけど。
ノルウェイの森〈上〉 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森〈上〉 (講談社文庫)より
4061848925
No.169
(1pt)

昭和を感じられると思い、期待しました。

人気の村上春樹氏の作品に触れてみたく思い、代表作であるノルウェイの森を選びました。昭和の世界観が好きで、私の生まれた年に書かれたこともあり、期待していました。上巻の途中までは読み進めましたが、そこから中々進みませんでした。主人公に何の魅力も感じませんでしたが、直子や緑には少し感情移入していました。が、人としてどうなんだろうと思う言動が多くがっかりし、途中から軽く流し読みしました。上巻の最後を読めば、下巻を読みたいと感じると思ったので、最後まで目を通しましたが、全く下巻を読む気になりませんでした。話の構成も大事ですが、魅力を感じる人物、応援したくなる人物が居ることが、面白いと感じる要素なのだと認識しました。一冊で村上春樹氏を批判する気はありません。が、批判するために他の作品を読む気もありません。
ノルウェイの森〈上〉 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ノルウェイの森〈上〉 (講談社文庫)より
4061848925