羊をめぐる冒険

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評判

羊をめぐる冒険の評価:

4.22/5点 レビュー 208件。 B ランク

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平均点4.22pt

Amazonレビュー一覧

Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です

※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください

全212件 1〜20 1/11ページ
No.212
(4pt)

文章の透明感が最高にすばらしい

村上春樹さんの文章に漂う清潔感というか、透明感。これが不思議。決して心をかき乱すことがない。でも読む人の心をひきつける。
 読んだあとなぜか、何に対してかもわからないが、「まあ、いいか」というのを感情として沸き立たせるものがある。不思議。
 内容。これがまたわかりにくい。まじめに書いてんのかな、と思うところもあれば、相当適当に見えるところも。。。
 最後に「鼠」と暗闇で会話をする場面。これは神秘的で心地よい。幽霊だけど、ビールを飲む。これは変。でも何もかもあっさり書かれるから、スムーズに入ってくる。神秘的な気分にさえなってくる。不思議。
羊をめぐる冒険(下) (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 羊をめぐる冒険(下) (講談社文庫)より
4062749130
No.211
(5pt)

いまいちと、再読したい名作!!!

20年以上も前に読んだ作品ですが、最近になって、猛烈に、再読したくなりました。
以前に読んだときは、よくわからないまま、ただ、もう、怖くて、不可思議で、よくわからないのに、深い印象として、残っていました。
いま、改めて読むと、羊に暗喩された闇の存在が、いまもなお日本を、地球を支配し、解決されていないことに、おののきました。
と、同時に、主人公が、個人として越えなくてはならない、大きな課題、すさまじい孤独と空虚感といったものが、故郷の原風景や、鼠や、妻や、耳の美しい恋人の喪失というメタファでもって、胸をずんと、締め付けてきます。

私たちは、ずっと失い続けているんだということ。

村上春樹が、ずっと、ずっと、向き合ってきたものの正体が、現在(いま)ほど、わかるときはないのではないか、と。
もう読んでしまった方も、たくさんいるかと思いますが、再読お勧めします。まだの方は、もちろん!お勧めします。
故人となってしまわれた、村上春樹が師として敬愛する河合隼雄氏が、この作品を評価されていたことを、付け加えておきます。
羊をめぐる冒険(下) (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 羊をめぐる冒険(下) (講談社文庫)より
4062749130
No.210
(4pt)

どの程度不自由なのか。

後半部では、北海道に到着して、いるかホテルで
羊博士に出会う。羊博士の「喰いっぷり」が良い。
実に「健啖」である。
人生のある時期に「破壊」を体験し、その後、
傍目からは、「不遇の連続」に見える様な人生を
送っていても、「生きているだけで天国」である。

更に、「僕」達は、問題の「別荘」へ。
羊男に出会い、そして鼠と再会。

最後に、エクスプロージョン!!
「黒服の男」が望んでいたものは
鼠の「弱さ」の強烈なオーヴァー・ドライヴに拠って
微塵に、吹き飛ばされる。

そして、「僕」は、北海道から戻り、
ジェイズ・バーに立ち寄り、
其の後、「喪失の浜辺」へ。

確かに、「星のある羊」に象徴されるものと、
日本近代史、特にアジアに対する外交、
或いは、日本人の精神史的レヴェルでの、
アジアに対する「態度」の問題は、
非常に興味深い。

しかし、10月の雪に埋もれた北海道の山奥の
「別荘」で、「引篭もった様に」、独りで待ち続ける
「僕」の日常生活が、延々と描かれた部分は更に印象的だ。
食事、掃除、ランニング...。
「日常」と言う「不自由」。
しかし、それ程、悪いものでもない。
この「日常」の場面は、丸で「冒険」には
為っていないが、結局の所、「僕」の帰り行く
「不自由」と言う「一つの場所」である。

「喪失の浜辺」が、現実に、完全に
失われて仕舞っても。

・・・・・・・・・・・・・・・・

「先生」が出版とマスコミを
支配する事で、戦後日本を
牛耳ろうとした事について。
「目の付け所」は良いと思う。
要するに「先生」は、広域で
話される・語られる「日本語」を
牛耳ろうとしたのだ。
単一の言語のみで意思疎通が
為される「村落共同体国家」を
支配するには、フツーに「上手い遣り方」
である。「村の言葉」を牛耳って仕舞えば、
「村」を、共同体として、牛耳る事が
可能である。何か、中高生の
「虐めグループ」と遣ってる事が
大して変わらんと言う気もするが...。
しかし、「先生」の支配の
及ばない「全き自由」の
領域が存在する。
それが「金融」の世界である。
『中流消失』の田中氏は
北大の学生だった頃、
1980年頃だと思うが
当時、既に其れを知っていたかも知れない。

また、日本の特質である
「地本主義経済」の部分が
完全に抜け落ちているのは、
如何にも、刊行された当時の
1982年と言う
バブル景気以前の日本を
象徴的に表している作品だと
思う。ロバート・キヨサキの
『金持ち父さん』シリーズが
日本に紹介されて7年以上だが、
21世紀になって不動産投資を
多くの日本人が当たり前の様に
遣っている。バブル期には、既に
普通のサラリーマンが、
ワンルームマンション投資をするのが
ブームに為っていたし。
其の意味では、「隔世の感」が
有り、ノスタルジックに読む事も
出来る。

タイトルでは「不自由」と書いたけれども、

Financial Freedom

の時代である。
羊をめぐる冒険(下) (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 羊をめぐる冒険(下) (講談社文庫)より
4062749130
No.209
(4pt)

文章の透明感が最高にすばらしい

村上春樹さんの文章に漂う清潔感というか、透明感。これが不思議。決して心をかき乱すことがない。でも読む人の心をひきつける。
 読んだあとなぜか、何に対してかもわからないが、「まあ、いいか」というのを感情として沸き立たせるものがある。不思議。
 内容。これがまたわかりにくい。まじめに書いてんのかな、と思うところもあれば、相当適当に見えるところも。。。
 最後に「鼠」と暗闇で会話をする場面。これは神秘的で心地よい。幽霊だけど、ビールを飲む。これは変。でも何もかもあっさり書かれるから、スムーズに入ってくる。神秘的な気分にさえなってくる。不思議。
羊をめぐる冒険 (下) (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 羊をめぐる冒険 (下) (講談社文庫)より
4061836072
No.208
(4pt)

どの程度不自由なのか。

後半部では、北海道に到着して、いるかホテルで
羊博士に出会う。羊博士の「喰いっぷり」が良い。
実に「健啖」である。
人生のある時期に「破壊」を体験し、その後、
傍目からは、「不遇の連続」に見える様な人生を
送っていても、「生きているだけで天国」である。

更に、「僕」達は、問題の「別荘」へ。
羊男に出会い、そして鼠と再会。

最後に、エクスプロージョン!!
「黒服の男」が望んでいたものは
鼠の「弱さ」の強烈なオーヴァー・ドライヴに拠って
微塵に、吹き飛ばされる。

そして、「僕」は、北海道から戻り、
ジェイズ・バーに立ち寄り、
其の後、「喪失の浜辺」へ。

確かに、「星のある羊」に象徴されるものと、
日本近代史、特にアジアに対する外交、
或いは、日本人の精神史的レヴェルでの、
アジアに対する「態度」の問題は、
非常に興味深い。

しかし、10月の雪に埋もれた北海道の山奥の
「別荘」で、「引篭もった様に」、独りで待ち続ける
「僕」の日常生活が、延々と描かれた部分は更に印象的だ。
食事、掃除、ランニング...。
「日常」と言う「不自由」。
しかし、それ程、悪いものでもない。
この「日常」の場面は、丸で「冒険」には
為っていないが、結局の所、「僕」の帰り行く
「不自由」と言う「一つの場所」である。

「喪失の浜辺」が、現実に、完全に
失われて仕舞っても。

・・・・・・・・・・・・・・・・

「先生」が出版とマスコミを
支配する事で、戦後日本を
牛耳ろうとした事について。
「目の付け所」は良いと思う。
要するに「先生」は、広域で
話される・語られる「日本語」を
牛耳ろうとしたのだ。
単一の言語のみで意思疎通が
為される「村落共同体国家」を
支配するには、フツーに「上手い遣り方」
である。「村の言葉」を牛耳って仕舞えば、
「村」を、共同体として、牛耳る事が
可能である。何か、中高生の
「虐めグループ」と遣ってる事が
大して変わらんと言う気もするが...。
しかし、「先生」の支配の
及ばない「全き自由」の
領域が存在する。
それが「金融」の世界である。
『中流消失』の田中氏は
北大の学生だった頃、
1980年頃だと思うが
当時、既に其れを知っていたかも知れない。

また、日本の特質である
「地本主義経済」の部分が
完全に抜け落ちているのは、
如何にも、刊行された当時の
1982年と言う
バブル景気以前の日本を
象徴的に表している作品だと
思う。ロバート・キヨサキの
『金持ち父さん』シリーズが
日本に紹介されて7年以上だが、
21世紀になって不動産投資を
多くの日本人が当たり前の様に
遣っている。バブル期には、既に
普通のサラリーマンが、
ワンルームマンション投資をするのが
ブームに為っていたし。
其の意味では、「隔世の感」が
有り、ノスタルジックに読む事も
出来る。

タイトルでは「不自由」と書いたけれども、

Financial Freedom

の時代である。
羊をめぐる冒険 (下) (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 羊をめぐる冒険 (下) (講談社文庫)より
4061836072
No.207
(5pt)

高校時代読んで以来です。

高校時代に読んで、村上先生のファンになり、30年以上がたちました。
久しぶりによんで、若返った気がしました。
羊をめぐる冒険 Amazon書評・レビュー: 羊をめぐる冒険より
4062002418
No.206
(5pt)

人口増加のピークを迎えていた時代の若者たちに投げかける残酷な物語としても

何度目かの再読でした。最初に読んだのは10代の頃。あの頃はよく分からなかった部分も、アラフィフになった今読むと、しみじみと心に響いてきます。なんとなく憧れていた世界を、気づけば30年かけて追いかけてきたような気さえします。

この作品は、単体でも楽しめますが、『鼠三部作』と呼ばれるシリーズの完結編にあたります。

一作目の『風の歌を聴け』は、難解だと紹介されることもありますが、本作の舞台や世界観を知るうえでおすすめです。著者のデビュー作でもあり、「カッコいい!」というのが素直な感想でした。

二作目『1973年のピンボール』は、まだ学生気分の抜けない20代が、少しずつ社会に取り込まれていく物語。双子やピンボールといったモチーフを通じて、現実と非現実の境界があいまいになっていく、村上春樹らしい幻想的な世界が広がっています。

そして三作目となる本作では、主人公の「僕」と「鼠」が、それぞれのやり方で社会と折り合いをつけていく姿が描かれます。

私と同じ団塊ジュニア世代には、「子どもを持たない」という生き方を、人生の流れの中で自然に選ぶ人が少なくありません。本作には、そうした時代の空気感――弱さや「こうあるべき」といった一般論との葛藤――が、「羊をめぐる冒険」という形で映し出されています。

物語の冒頭では、三島由紀夫の自決の日を「我々にとってどうでもいいこと」として登場させています。「なぜ人は繁殖を手放し、自ら墓仕舞いを選ぶのか?」という問いが、人口増加のピークを迎えていた時代の若者たちに投げかけられている、そんな名作だと感じました。

随所に印象的な描写も散りばめられています。なかでも心に残ったのは、埋め立てられた海を前にして水の流れに目を向け、「そもそもの最初から街は彼ら(水)のものだったし、おそらくこれから先もずっとそうなのだろう。」と語るシーン。心に残る場面です。

こうして語り始めたら止まらなくなるような、奥深く魅力的な作品でした。
羊をめぐる冒険 Amazon書評・レビュー: 羊をめぐる冒険より
4062002418
No.205
(5pt)

個と社会

村上春樹の作品は二つのストーリーで展開する。つまりは僕というプライベートな問題と社会や政治というワールドワイドな問題が複雑に絡み合い影響し合い進んでゆくのだ。今回で言えば離婚を経験し、友人を亡くした主人公が大手広告会社を立ち上げ、政治と経済を支配した男の物語だ。それらの問題は独立して存在するのではなくお互いに干渉し合う。個人の問題は社会問題によるものもあるし、またその逆も然りだ。

この作品のキーワードは羊だ。それが何を暗示しているのか?を言葉で語るのは難しい。ある羊が男を乗っ取り日本を牛耳る。男をコントロールした後に羊は男から立ち去り、また主人を探す。

我々は似たような存在なのかもしれない。何かに駆り立てられるように権力や金を欲して突き動かされる。それらは時に自分の意思とは関係のないところで突き動かさられてるようでもある。自己顕示欲や保身に縛られある日全てを失う。羊抜けとはつまりそのことではないだろうか。主体性を失うということは「本当に大切なものを理解していない」ということだ。

羊はまた主人を探し出す。それは未来の支配者のことだ。我々は器であり社会の影響によって変化してしまう脆弱なものだ。私たちが考えてること、もの全てが周りからの影響なしに湧き上がるものではないのだ。羊抜けはある意味で社会の犠牲者だ。アウトローで生きて「ある意味でまとも」な主人公はその社会の犠牲者を傍観する。
羊をめぐる冒険(上) (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 羊をめぐる冒険(上) (講談社文庫)より
4062749122
No.204
(5pt)

久々の村上春樹

学生時代に読んで改めて読みたいなと思って購入。
やっぱり村上春樹はひつじ三部作がいいなぁ。
前に進んでないようで進んでる感じが好き。
羊をめぐる冒険(下) (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 羊をめぐる冒険(下) (講談社文庫)より
4062749130
No.203
(5pt)

村上春樹といえば

学生時代に読んで改めて読みたいなと思って購入。
やっぱり村上春樹はひつじ三部作がいいなぁ。
前に進んでないようで進んでる感じが好き。
羊をめぐる冒険(上) (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 羊をめぐる冒険(上) (講談社文庫)より
4062749122
No.202
(5pt)

久々の村上春樹

学生時代に読んで改めて読みたいなと思って購入。
やっぱり村上春樹はひつじ三部作がいいなぁ。
前に進んでないようで進んでる感じが好き。
羊をめぐる冒険 (下) (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 羊をめぐる冒険 (下) (講談社文庫)より
4061836072
No.201
(5pt)

偶然は偶然ではない

セックスセックスってうるさいヤツだなぁとあきれながら読んでいましたが、結局、とてもよい話でした。私は常々、あの世への回路は「偶然」にあると思っていたので、物語の最後、223ページで鼠が「偶然」に言及しながら「救われたよ」と言ところは最高に響きました。それは宗教作家のフラナリー・オコナーも昔から書いていたことでもあるのですが、この「やれやれ」氏が「偶然」を「夢」に接続してるところは面白いと思いました。たしかに、夢は意図して見られるものではないですしw メルヴィルとかサリンジャーへのオマージュの果てに「アッシャー家の崩壊」のような結末がかもしだす「読者が書いている」感も楽しめました。
羊をめぐる冒険 Amazon書評・レビュー: 羊をめぐる冒険より
4062002418
No.200
(4pt)

喪失感・諦観を抱え、前へすすんでいく

上巻を読破した皆様、お疲れ様です。ここから物語は動きますよ!

・・・
下巻では、謎の右翼組織に脅迫されつつ、いよいよ幻の羊さがしの旅へと出発です。

とは言え、彼女といちゃつきつつ、お金もたっぷりあって、何だよタダの旅行かよって思ってしまいますが、そこはご愛敬。

右翼組織に対して脅されているのに強気だったり、組織の運転手さんに猫を預かってもらい、なんでか「いわし」というかわいい名前も付けてもらったり。こうしたほのぼのとした展開をさらっとカマすのが村上式ではないでしょうか。

・・・
そうこうしているうちに、北海道で物語は動きます。
イルカホテルだったり、イルカ博士だったり、羊男だったり、ターゲットの「羊」には会えないのですが、ストーリーを彩る不思議なキャラが続出します。

そして、やはり一番ぐっとくるのは、最後の最後で会えた「鼠」ですね。

相変わらず、かみ合っているのかいないのか分からない「僕」と「鼠」のナイーブ合戦のような会話。でも今回はやはり「鼠」が損なわれる・失われるところにポイントがありましょう。
そして、この「鼠」こそが今回の羊に関してのキーを握る男であったということになりましょう。細かいところは読んでからのお楽しみです。

・・・
ということで、相変わらずくせがある村上作品でした。

ミステリと青春小説のミクスチャーのような、それでいて最後はメランコリックな気分になる不思議な小説でした。「僕」の、喪失感を引きずりつつ受け入れる、一種の諦観のごとき様子が何とも村上作品らしいと感じました。

本作、村上氏の初期の作品であり単品でも楽しめますが、三部作をぶっ続けで通読してしまうのがお勧めです(時間をおかずに)。村上氏の「くせ」というか作風が良く分かると思います。

そういえば、下巻の冒頭で「僕」が彼女とICUのキャンパスまで散歩に行き、学食でご飯を食べるってのがありましたね。ICU、大学の入り口は素敵な並木通りで美しいところです。機会があれば是非。
羊をめぐる冒険(下) (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 羊をめぐる冒険(下) (講談社文庫)より
4062749130
No.199
(4pt)

喪失感・諦観を抱え、前へすすんでいく

上巻を読破した皆様、お疲れ様です。ここから物語は動きますよ!

・・・
下巻では、謎の右翼組織に脅迫されつつ、いよいよ幻の羊さがしの旅へと出発です。

とは言え、彼女といちゃつきつつ、お金もたっぷりあって、何だよタダの旅行かよって思ってしまいますが、そこはご愛敬。

右翼組織に対して脅されているのに強気だったり、組織の運転手さんに猫を預かってもらい、なんでか「いわし」というかわいい名前も付けてもらったり。こうしたほのぼのとした展開をさらっとカマすのが村上式ではないでしょうか。

・・・
そうこうしているうちに、北海道で物語は動きます。
イルカホテルだったり、イルカ博士だったり、羊男だったり、ターゲットの「羊」には会えないのですが、ストーリーを彩る不思議なキャラが続出します。

そして、やはり一番ぐっとくるのは、最後の最後で会えた「鼠」ですね。

相変わらず、かみ合っているのかいないのか分からない「僕」と「鼠」のナイーブ合戦のような会話。でも今回はやはり「鼠」が損なわれる・失われるところにポイントがありましょう。
そして、この「鼠」こそが今回の羊に関してのキーを握る男であったということになりましょう。細かいところは読んでからのお楽しみです。

・・・
ということで、相変わらずくせがある村上作品でした。

ミステリと青春小説のミクスチャーのような、それでいて最後はメランコリックな気分になる不思議な小説でした。「僕」の、喪失感を引きずりつつ受け入れる、一種の諦観のごとき様子が何とも村上作品らしいと感じました。

本作、村上氏の初期の作品であり単品でも楽しめますが、三部作をぶっ続けで通読してしまうのがお勧めです(時間をおかずに)。村上氏の「くせ」というか作風が良く分かると思います。

そういえば、下巻の冒頭で「僕」が彼女とICUのキャンパスまで散歩に行き、学食でご飯を食べるってのがありましたね。ICU、大学の入り口は素敵な並木通りで美しいところです。機会があれば是非。
羊をめぐる冒険 (下) (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 羊をめぐる冒険 (下) (講談社文庫)より
4061836072
No.198
(5pt)

バイブルです

この本における主題は自分の人生の命題であり、バイブルです。
立ち止まったり、人生の節目に迫ったときにこの本を読み返します。

本当に大好きです。
羊をめぐる冒険 Amazon書評・レビュー: 羊をめぐる冒険より
4062002418
No.197
(5pt)

「先生」のモデル

作中に登場する「先生」のモデルは児玉誉士夫ではないかというのが定説だ。
わたしはここに里見 甫(さとみ はじめ)の名前を加えたい。
里見は戦時中中国に渡り関東軍と結託しアヘン売買で財を成し阿片王とよばれた。
また里見は電通と日本新聞聯合社の通信網を統合した国策会社「満洲国通信社」を創立させた。
この点について佐野眞一は「里見は、電通が今のような広告会社になったきっかけを作った一人である」と指摘している。
里見は戦後A級戦犯となるが、無条件釈放されている。
羊をめぐる冒険 Amazon書評・レビュー: 羊をめぐる冒険より
4062002418
No.196
(5pt)

さすがの文章

村上春樹の初期の勢いがあり,筆力はさすがだ!
羊をめぐる冒険(下) (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 羊をめぐる冒険(下) (講談社文庫)より
4062749130
No.195
(5pt)

文章力に感服

村上春樹の初期の勢いがあり,筆力はさすがだ!
羊をめぐる冒険(上) (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 羊をめぐる冒険(上) (講談社文庫)より
4062749122
No.194
(5pt)

さすがの文章

村上春樹の初期の勢いがあり,筆力はさすがだ!
羊をめぐる冒険 (下) (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: 羊をめぐる冒険 (下) (講談社文庫)より
4061836072
No.193
(5pt)

「鼠」と「僕」はジェイズバーに帰る場所がある・・・

村上春樹を順番に読んでいこうシリーズ 3
 ちょっと時間が空いたけど再開。
 ちなみに今のAmazon50%ポイントバックKindleセールで長編の合本を買ってしまった。これは一気に読むしかない。
 正直ストーリーを忘れていた。耳のモデルのガールフレンドは覚えがあった。
 最後、「僕」と「鼠」の会話がなんともいえない。この二人の友情なんて素っ気ない言葉でしか、しかも『1973年のピンボール』ではすれ違いでしか描かれていなかったのになんでこんなに切ないんだろう。
 村上春樹の小説はやっぱりおなかがすく。食事、掃除、日々の動作のひとつひとつで登場人物が生きている事を確かめている感じがする。それがわたしに共鳴してわたしの中の生きることを刺激される気がする。
 時に大胆な比喩表現は、自分の中にその比喩を是とするものがあるかどうかをまさぐらせるようなところがある。そしてわたしは自分の中をわさわさ探して意外とピッタリくる喩えに頷くのであった。
 ネットで調べたおすすめの読む順番で、この次は『ダンス・ダンス・ダンス』となる。これ小説だけだと多分『レキシントンの幽霊』までは読んでいると思う。当時。
 さて。淡々と読み進めていくか。
羊をめぐる冒険 Amazon書評・レビュー: 羊をめぐる冒険より
4062002418