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言語化するための小説思考
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言語化するための小説思考の評価:
| 書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点4.16pt | ||||||||
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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全44件 21~40 2/3ページ
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| めちゃくちゃ面白い。 今年、間違いなく一番面白かった本はこれ。 『君のクイズ』や『地図と拳』を書いている小川哲さんが、小説家としてどんな思考で小説を作っているのかを書いた本。 本当に「小説思考」の本ではあるが、その思考の跡は、普段の生活や「頭が良くなりたい」とか「仕事にも活かしたい」と思っている部分にも、十分学びのある内容だった。 各章おもしろい内容でスラスラ読めるが、 主に「何を書くか(戦略)」と「どう書くか(戦術)」についての話だったと思う。 そして、どちらが重要かという話ではなく、どちらも重要で、いかに無駄を削ぎ、伝わりやすくするか、そして読者に自分ごととして捉えてもらうかが大事だと説く。 だから、普段の何気ない出来事から常にテーマを見つけ、なぜそう感じたのかを徹底的に深掘りし、さらに抽象化し、また自分ごととして捉えてもらえるように、馴染むストーリーへと落とし込む。 わかりやすさと蛇足は紙一重で、 デスゲームの主催者のように偉そうに読者を置いてけぼりにしてはいけないし、説明が冗長でめんどくさくさせてもいけない。 このバランスが非常に大事。 個人的に一番よかったのは、 巻末の小説。 ここまで解いてきた内容が見事に小説に落とし込まれている。 小説家と編集者の問答を経て、より高い次元の思考に達するという話が秀逸だった。 とくに、小説の中で、その小説家が書いた小説を読むのだが、読み進める自分の感想として、感動する部分と、話が突飛でシラけてしまう部分があり、 「そんなものかな……」などと思いながらページを捲ると、編集者がまさにその通りの指摘をしており、さらにそれに対する小説家の思考や態度の変化が描かれる。 ここまで読者(俺)をスムーズに最後まで連れていってくれることに感動し、なぜか泣いてしまった。 これが読者へのおもてなしなのかな、と思った。 姿勢の話で言うと、 日々の出来事を常に深掘りし、小説(あるいはクレバーな小話)に転用できないかな、と考え続ける姿勢は意識していきたいと思った。 | ||||
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| 読解力がある人が読んだら面白いのではないでしょうか。私にはないようで、()ばかりを使った文章がわかりづらく、読みづらく、なんでこの本を買ったのかも分からなくなってしまいました。 | ||||
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| 世界は多くの小説に溢れているが、自分が好きな小説、読みたくなる小説には一定の特徴がある。しかし、どのような「特徴」なのか、自分でもハッキリしなかった。小説の内容(粗筋)よりも、語られ方、文体が重要だと薄々思っていたのが、ついに本書によって明確な答えが見えてきた。 本書では「文体」を次のように定義している。 「文体」とは、小説世界を構成する様々な情報(情景描写や登場人物の行動、視点人物の思弁、会話や状況説明等)を文章化する際の「順番」である。世界は様々な要素が三次元的に展開されているが、それを文章というリニアな(一直線で一つずつ順番に言葉に置き換えるしかない)表現に落とし込んだのが小説なのだ。 「情報の順番」という視点で小説を見てみると、多くの発見がある。本書では例として「視点人物の主観的な思弁に寄り添った情報の順番で描かれている文」と「読者の客観的な視点に寄り添った情報の順番で描かれている文」が示されていた。 私の好みは、思弁に寄り添い、時系列ではない順番で情報が書かれている作品だ。村上春樹のように視点人物の記憶を基にした思弁が豊富に文章化されていく、ポールオースタやスティーブンミルハウザー等、欧米の純文学の作品である。 本書を読み終わった後、普段は手に取らない芥川賞受賞作「コンビニ人間」を買ってみた。読者の客観的な視点に寄り添った文章であり、読みやすそうだと思ったからである。 「コンビニ人間」では、冒頭近くに視点人物の子供の頃の様子が描かれるが、それを除くとほぼ時系列で場面、会話が描かれていく。視点人物の思弁も、描かれた場面に沿って端的に表現されている。コンビニという誰にとってもなじみ深い場所での物語であり、描写を少々読みとばすることもできる。 「コンビニ人間」は場面が目の前に浮かび、すぐにでも映像化できそうだと感じる反面、文章の深みにしっかりはまり、そのことによって心の中に規律や平穏さが生じ、意識が一つの川のように流れていく感覚は得られなかった。多少読み辛く、集中力が必要とされても、翻訳小説を読む習慣は続きそうである。 | ||||
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| 書店に行く時間がないのでポチりました 年末年始の頭の整理になります | ||||
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| 最近立て続けに著者の作品を読んでいるのですが、本当にものすごい才能と頭の良さを持った小説家だなと思います。本書はそんな著者が小説と向き合う際の思考を言語化した本。小説の読み方の指南書でもあり、小説を書く際の文章術でもあり、著者という人間を知るための本でもあります。ここまで考えて執筆しているのかと圧倒され、凡人には到底無理だと無力感すら覚えました。 以下、備忘録として個人的に印象に残った箇所です。 ・その文章に価値があるかどうかを決めるのは「他者」 ・世評が高いけど自分には合わない小説というのは、自分の小説法と著者の小説法が違っているから ・抽象化と個別化は、知らないことを書く上で、想像できそうもなかったことを想像する上で、重要な鍵 ・人が世界を認知するときはさまざまな情報が一度にやってくるが、文章で表現するときは順番に描いていかなければならない ・視覚、聴覚、臭覚などの五感、頭の中で考えたことや過去の思い出など、すべて同じ次元でリニアに、一次元的に表現しなければならないのが小説 ・「情報の順番」は小説という空間の立ち上げ方を規定する ・「読みやすさ」は「視点人物と読者の情報量の差を最小化する」ことによって感じられる ・名詞と助詞を区別させるために必要なのは読点ではなく漢字 ・多くの読者を獲得する小説は、冒頭で行き先を明言し、作品の自己紹介を済ませていることが多い ・小説を読むというのは、一度も会ったことのない、顔も知らない相手の話を聞くという非日常的な行為 ・小説家に必要とされる想像力とは、物語を創作するためのものよりも、顔の見えない読者を想定するためのもの ・しばしば読者は、作者が想定していなかった要素と自分の人生を結びつけ、文章の意味を過剰に読み取ってしまう ・小説と歴史の教科書は似ている。歴史という物語は、地球という空間で起こった無数の事象のうち、とりわけ象徴的で影響力の大きな出来事を恣意的に選び、まとめあげたもの ・小説とは伏線そのもので、むしろ回収されない伏線があってはいけないので、「伏線回収がすごい」は賛辞ではない ・読者は一人ひとり異なった欲望を持っていて、かつ同一人物でも時期や年代によって嗜好が変わったりもして、優れた小説一般の物差しなど存在しない ・芸術という営為は、ある情報を他者に渡し、受け取った他者が自分の認知として展開すること ・「読み返し」は現実世界には存在しないので、読み返しを要求する小説は会話の劣化版になってしまう ・芸術作品はその中身によって値段が決まるべき。製作コストによって自動的に定価が決定する小説は、本来の意味で芸術作品であることが許されていない ・小説というジャンルにおいてAIが人間に勝っていないのは、小説の勝利条件(面白い小説とは何か)がまだ誰にも分かっていないから | ||||
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| 小説を評価する基準は読書(他者)が面白いと感じるかどうか。自分の物差し(価値観)を読者も同じように持っているか? 自分の物差しだけを頼りに書いていれば、当然商業出版には至らない。 売れるか売れないかは読書の物差しで決まってしまう。 作者の私は「自分の価値観」物差しを捨てて読書のレベルに合わせる。 紋切り型(クリシェ)の表現ばかりで構成されたペラペラの小説Aが売れ、本物の表現で書き切った傑作Bが売れない。 先日の朝日新聞の書評には婉曲的に書いてありましたが....書き手が横綱・大関とは言わないまでも幕内力士の実力なら、読む側も十両クラスじゃないとね...って事でしょうか⁈ 遠回しな例えですが読者も“読む力を身に付けてください”という事...私はそう感じました。 | ||||
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| 読むべし | ||||
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| 面白い小説を読む。あー俺もこんなの書きてえなぁと思う。だから作家のインタビューなどを漁って創作の秘訣を知る。なるほど!理解して(した気になって)、ほなやってみっか!と思い立つ。PCの前。あれ、指が動かない。頭ではわかっているのに、何から始めていいかわからない。 こんなことを繰り返してきた人生。そこに一筋の光が差し込んだ…ような本だった。そこには高解像度の「例」があるから。ある1つの理論を、実際に再現するにはどうしたらいいのか?意外に実例を出すって難しい行為な気がするのだが、小川さんが作成した例文がどれも非常にわかりやすく、精密で、面白い。 たとえば抽象化して個別化する、くだりのベンチャーの話や、小説の初手アイデアを考えるための桃太郎の話とか。奇跡の種明かしを間近でみている時の恍惚、おそれみたいなものを感じた。 巻末短編は、その本を総括するかのような内容で、小説の推敲過程が良い。本当に読みやすくおもしろくなっていく。他者アドバイスの咀嚼と再出力はこうやるのか、と勉強になる。3回目の手直しが描かれないところも良い。何か読者にバトンが渡されるというか、次は君が、このように、小説を考えて、その過程の中で君の「視力」を使い、物語を新たな境地へ連れて行くのだと、言われてるようにも感じた。 いやー良かった。ここまで面白い作品への道のりが具体的に明示されていたら、俺だって書けるのではないか?と思えてきた。だってもう頂上までのおおよその距離と、そこまでの階段の場所は教えてもらえてるのだから。 と、なったところで、小川さんがのぼっている階段の、1段あたりのすさまじい高さに気づく。この本のさまざまなところでそれを感じることはできるが、「七十人の翻訳者たち」の発想過程を読んだりすると、彼がひょいひょいと階段をのぼっていけるのは、現実から「面白い」を認知し、それを自らの中で精査し、さまざまに組み合わせ、出力する力がチート級に高いからだとわかる。常人にはこの1段がのぼれない。だから結局、凡人である俺なんかは、彼が言ったことを見よう見まねで作品に投影しながら試行錯誤し、「彼がひょいとのぼる1段」を攻略するため、さらに細かい階段を自らの中で構築していくしかないのだ。 と、錯覚から覚めた俺は思った。 | ||||
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| まず内容云々以前に文章を読んでるだけで楽しい この文章のあまりのうまさが内容の説得力をエグいほど担保してる 小説とは何かを考え抜いた者の当座の答え 文章を書く行為の認識をアップデートさせてくれる珠玉の一冊 | ||||
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| 誰に向けたもので 何を知ってほしくて 情報の順番が大事で 全部を書けばいいわけじゃない アイデアは「視力」(つまり観察力)で 自分の認知を「話」に落とし込む 届けたい誰かに正確に届くためのやり方を模索する 小説思考はデザイン思考に通ずるのだなと思った。 小説の読み方がちょっと変わった。 | ||||
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| 恣意的とか恣意性という言葉がよく出てきますが、小川哲さんは、最近よく誤用される「意図的」という意味で使っているのか、本来の意味である「独断的」「勝手気まま」で使っているのか、どっちだと思いますか。小川哲さんほどの人でも「意図的」という意味で使ってるなら、もうそっちになってしまったんだな、と思って。 | ||||
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| 小説に限らず文章でなにかを伝えたい時、本書の観点は多くの場合で有用である。相手が誰、何を伝えたいか、どのように連れて行くのか、最後には認知させるのか。作る側の醍醐味を知り、改めて著者の小説を読みたいと思ったし、何より自分も何か書いてみたいと思うことができた。 | ||||
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| 最後の小説が笑ってしまった。ユーモラス。25/11/15読了。 | ||||
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| 奥付に「まえがきとあとがきは書き下ろしです」って書いてあって笑った | ||||
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| 好きな作家が自らの仕事について書いてくれている、それだけで贅沢なのに、さらにそれを捌いて思考にしてくれました。 最高か。 私は勝手にこれを食らって、止めてた創作の続きをやろうと思いたちました。 | ||||
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| なぜ小説を書くのだろう。なぜ書いてみたいと思うのだろう。その考えを数多の言葉から探してみるが、文章にするとなぜ伝わらないのだろう。何が問題か。言語化するための小説思考。意識の届かないところに発想はある。共感できない部分に価値はある。何を伝え、何を残し、誰のために書くのか。作り手側と読み手側それぞれの気持ち。それぞれに合わせた文章の書き方はあるが、どうしたら面白さにつながるか。伝えるために必要のない情報を削ぎ落とし、加えてはまた削り、生み出された発想は形にならなくても記憶に残り、いずれ小説で紡がれるだろう。 | ||||
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| 小説という、一見神技に見える営為を極力体系的に、理性的に捉える事を試みた一冊。文章全体から著者の誠実さが伝わり、真に迫る内容である事が感じられます。 本書の内容をあまり広めたくないような、自分だけの秘密にしたいような気持ちになるのも、きっと本書から著者の人柄が伝わるからでしょうね。(あるいはこの感覚すら、著者による操作の結果でしょうか。) 広めたくないので低評価にしたいところですが、作者に倣って誠実な評価をつけます。 | ||||
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| "小説家に必要とされる想像力とは『物語を創作するためのもの』と理解されがちだが、僕は『顔の見えない読者を想定するためのもの』という側面も大きいのではないかと思っている"2025年発刊の本書は『小説家』という"神話"と、『小説』という"奇跡"を徹底的に解体した一冊。 個人的には著者の『地図と拳』他を既読だったことからタイトルに惹かれて手にとりました。 さて、そんな本書は執筆においてプロットは立てないことでも知られる著者が【小説を書くときに考えていること】を可能な限り言語化してみよう。という試みの軌跡が記された、ある種の実験小説となっていて、作者と読者のコミュニケーションである小説について。『小説国の法律について』から始まり、終章の『本気で小説を探しているか?』で終わるまで。いわゆるハウツー的なわかりやすい創作術と違って、『自分の価値観』を捨てて、自分の知らない『小説』を探すプロセスが、あの手この手で記されているのですが。 AIの加速度的な進化で、最大公約数的なテキストが創作においても溢れかえっている現在。著者の小説家としての思考の一端を垣間見ることができる読後感があって楽しかったです。 また小説という。商業的にはより多くの他者からの支持が求められながらも、それだけが決して全てではない芸術としての側面について。考えさせてくれるのも良かったです。 著者ファンの方はもちろん、小説を書いている全ての方にオススメ。 | ||||
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| 文芸BRUTUSで1章読んでいたので待望の書籍化。 日常には小説(的なもの)になり得る事象がたくさんあって、それをどうやって小説(的なもの)に変換していくのかを、小川哲なりに書き綴った作品。筆者も冒頭で、「この世の多くの原理は抽象化していくと似た構造に突き当たる。その点で、抽象的な話に終始する本書は、きっとあなたの興味に重なるはずだ。」と書いているが、決して小説家を目指す人のための本ではなく、文章を書く人、いや何か他者に表現を用いて何か伝える人に視座と、日常の過ごし方を考えるきっかけを与えてくれる作品。 若干、小説思考というタイトルの一言が読者層を狭めてしまいそうでもったいない気がする。 | ||||
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| めちゃくちゃ面白かった。小説と言う奇跡を解読し、理解するための本。そこにはなんの奇跡もなく理論がある。すごく読みやすくて面白くて内容も理にかなった物なのでおすすめです! | ||||
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