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(短編集)
人もいない春
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人もいない春の評価:
書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点4.19pt |
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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全32件 1~20 1/2ページ
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西村賢太氏の小説は初めて読みました。 言い回しが難しくて旧漢字が多いため時代背景がよくわかりませんでしたが、アンテナ付き携帯電話などが登場したのでおそらく2000年前後なのでしょうか。 ストーリー自体はまあまあ面白いですが、貫多の性根が悪くて読んでいて気分が悪くなりました。 特に最後の「昼寝る」なんてこれはもうちょっとほんとにあり得ないです。 貫太シリーズはもう二度と買いません。 | ||||
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文章の構成が素晴らしく、作家の世界に引き込まれる。 | ||||
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タイムスリップして大正時代の作品を読んでいるような感覚になります。 | ||||
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「非常に良い」で折れ曲がり、しわ多数。さらにレシートまで挟まっている。出荷時に検品しろと | ||||
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作者の作品を読むのは5作目だが、一貫性のあるメッセージがあるように思う。 即ち、悲劇と喜劇は表裏一体であるということだ。どの作品でも内容は作者の過去にあったいざこざであり、主人公の勘違い、思い違いにより、よせば良いのについ暴走してしまう様を滑稽なまでに突き放して描く作風には、その余りの無様さ理不尽さに笑ってしまうと同時に、主人公本人からすれば全くもって切迫した悲劇そのものであり、私生活で起きた何か悲劇的な事も客観的に見れば只の笑話でしかないという事に気が付かせてくれる。 | ||||
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収録作品は「人もいない春」「二十三夜」「悪夢ー或いは『閉鎖されたレストランの話』」「乞食の糧途」「赤い脳漿」「昼寝る」の6編。 「人もいない春」は、北町貫多18歳、3週間限定の製本所でのアルバイト 「二十三夜」では、北町貫多32歳、なじみの古本屋での場面 「悪夢ー或いは『閉鎖されたレストランの話』」は西村賢太作品で初めて読んだ、私小説でない小説。擬人化されたネズミのお話だが、なかなかユニーク。 「乞食の糧途」「赤い脳漿」「昼寝る」は秋恵もの三品。 いずれも面白いが、特に「赤い脳漿」における麻婆豆腐論争は傑作。 「小銭をかぞえる」(文春文庫)に収録された「焼却炉行き赤ん坊」でのぬいぐるみ論争に匹敵する面白さ。 秋恵と貫多の会話のやり取りは、普段の何気ない会話でも、妙に面白い。 貫多のような男と付き合うだけあって、秋恵の話す言葉にもどこかユニークさを感じさせます。 例えば、貫多から、たまたまみつけた中華料理屋では、ラー油をチオビタドリンクの空き瓶に入れて、キャップに小さな穴をあけている、との話を聞いた秋恵が 「すごいお店だね。ちゃんと自分だけの価値観が確立している人たちのやってるとこなんだろうね」 と話す場面には、思わず「秋恵、面白い」と感心してしまいました。 | ||||
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妻と同棲中の事を思い出した。もちろん寝ている妻の布団を蹴り剥ぐ行為なんてしないが。 | ||||
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秋恵関連の話は興味がないのでいまいちだった | ||||
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大変な話だけれど別にって感じでした。 | ||||
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大学四年女です。人間のよく見せたいという欲望を全て取っ払ったような本です。 西村賢太さんの他の作品も読んでみたくなりました。 | ||||
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西村賢太の本、もう7冊くらい読んだので「もういいか」と思っていたのだが、中毒性があるようで、 読んでいない本を見つけるとつい手に取ってしまう。 しかし、この本ちょっと今までと雰囲気が違うぞ。 貫太は最後の罵詈雑言や暴力になる直前にぐっと、我慢しているではないか。 あれっ?物足りないぞ。 しかし、暴力などがないから「物足りない」と言われたら著者はどうしたらいいんでしょうね。 そのあたりが賢太氏の今後の課題になるのかな。 新しいことを試みた「悪夢−或は閉鎖されたレストランの話」もいまいちだなぁ。 西村賢太氏の筆力は認めるところなので、是非新境地を開拓して頑張ってほしいものだ。 | ||||
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混じる非私小説が異色だが、秋恵ものの「秋ちゃん」呼ばわりは受けても、依然麻婆豆腐は俺の好物だ。 | ||||
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久しぶりにどっぷりと私小説。誰でも持っている本性をさらけ出しリビドーにつき動かされては後悔することの繰り返し。北町貫多の愛すべき物語に引き込まれること間違いなし。 | ||||
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「苦役列車」より楽しめました。 その理由は、寛多に彼女が、出来て人間的な優しさが芽生えてからだと思います。 破天荒な男の暴力的な思考と実際の暴力、その後の自己嫌悪と反省、そして 開き直り、これがいつのパターンですが、 今回、秋恵さんの登場で、寛多が一応、優しい心が育つところが良かったなあ〜。 という訳で、「昼寝る」が一番好きです。 | ||||
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これまで西村さんの小説を何編も読んで来たけれど、「秋恵」さんが悪い印象に書かれていたことが一度もなかったことを、今更ながらハッと気付かされた気分。 完全なノンフィクションだろうと創作的な私小説だろうと、人物をどう描写するかは書き手に100%委ねられています。 「秋恵」さんを容姿の面や頭の足りなさで悪辣に書き立てることはあっても、最終的に読者は「秋恵」さんを完全な被害者として、憐れな純朴な女性として眺めていることと思います。 権威ある文学賞を取るほど実力のある作家ならば、表面的に潔白に描きながら「でも秋恵さんにも非があったんじゃないの?」と読者に思わせる書き方をするのは至極容易な仕事でしょう。 自身を最低低俗かつコミカルに描きながら「秋恵」さんだけは一点の非もない可愛らしい女性として描いているのは、下劣な主人公との対比や表現上の必要性だけでなく、やっぱり彼女に対する西村さんなりの誠意なのではないかと個人的には解釈してます。 そのことがさんざ暴力をふるい暴言を浴びせ実家にまで少額ならぬ借金を強行した「秋恵」さんへの、一種の贖罪となるのかどうかはわからないけれど。 思わず背筋がすくむような描写の少なくない西村さんの私小説がここまで大衆に受け入れられているのは、その筆力のみならず人道外れてもどこか真っ直ぐな姿勢を少なからず見い出されるからではないでしょうか。 西村作品にしては珍しく読後感の良い併録短編「昼寝る」を読みながら、ぼんやりとそんなことを考えました。 | ||||
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6編からなる短編集。その中で西村氏の作品では珍しく涙腺に来たのが「昼寝る」。 同棲中の秋恵は風邪による体調不良をおして毎日パートに出掛ける。その帰宅後の秋恵を6日間に渡り西村氏が甲斐甲斐しく看病する話。 秋恵のために買出しに出掛け、うどんや雑炊を作る事で、自らが暖かい気持ちに包まれ、同居する素人の女性が居る事への満足感と感謝まで感じてしまう西村氏。 自分も似た感覚を覚えたことがある故、この件はほっこりした。しかし、西村私小説にしてはスパイスの足りなさを感じていた所、やはり出た激情型劇場。西村賢太の真骨頂。 まだ病の癒えない秋恵を怒鳴りつけ暴言三昧。 その理由も、たんに奉仕に飽きたから。 どこまでも暴君で始末の悪いエゴの塊。 しかし、その暫く後に自らが高熱で寝込み反対に看病される側になり、初めて、病人への親切の押売りは如何に煩わしいかと気付く。秋恵に対してその押売りを継続し、またそれに病人でありながら健気に応えていた秋恵。そして秋恵への申し訳なさに感極まり土下座までして詫びを入れる西村氏。 産まれて始めてに等しいであろう彼女の看病に、無垢な喜びを見出す西村氏の純粋さにまず泣けた。そして最後は土下座でいつもの非礼を詫びるのだが、それを寛容に受け入れて赦す秋恵の健気さにじ〜んときた。珍しく最後は温かい結末だったけど、やはり切ない。 いつもとは違った味のある作品集でした。 | ||||
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私小説だから当たり前かもしれないが、著者の匂いがプンプンして、とてもグー。好き嫌いあると思うが、そこが万人受け外し狙いでさらに良いです。 | ||||
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秋恵との暴力的同棲生活シリーズだけでなく、その前後の話や貫太を主人公とした私小説でない創作まであり、とても楽しめた。 | ||||
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興に乗って本書も読み進めたところ、これもいずれ劣らぬ名作揃いであった。 後三作品は、「秋恵」ものであるが、金太郎じみた三十過ぎのろくでなしに「ぼく」称で怒鳴られる秋恵さんには憐憫の情を禁じえない。名コンビともいえるが、観音様のような秋恵さんの幸せのためには一刻も早く貫多のもとを去って欲しいとも願ってしまう。私はたまたまこの第六作品集の「秋恵」ものから読むことになったのだが、第五作品集以前の「秋恵(及び女)」ものを読んでいってみると、当然といえば当然すぎるその後の悲惨な成り行きが書かれており(面白がっていられないものもある)、この偶然は少なからずラッキーであったように思う。 「二十三夜」の貫多も、毎度のはた迷惑ぶりに、非もて男の切なさを存分に楽しませてくれる。 「悪夢」は異色作だが、カレーの鍋に身を投じて人間に対して一族の復讐を試みる、瀕死のクマネズミの特攻玉砕魂には度肝を抜かれた。 | ||||
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短期アルバイト先の製本所で叱りとばしてきた職工を「工場から一歩外に出りゃ、ただの能なし」と憎しむものの、逆に無能視される。「ひとりきりではロクに反抗もできない田舎者」と評するバイト仲間の大学生たちからは最終的に排斥される。 「もう火を落としたので」といっぱしの料理人ぶった物言いの弁当屋に苛立ちを覚える。球場の売り子男を半殺しに合わせたく、売り子女は犯したいなどと空想。将来を思い悩み、中学のクラス一番の女子を妄想し、汚す。 まるで面白くもなく飲食慾を満たし、吐いていると、乞食にまで見下される。立ちんぼに毒を吐き、タクシー運転手に毒を吐き、また別の短期アルバイトをやろうと決意する。 結局は底辺の若者が短期アルバイトを辞めて別の短期アルバイトをやろうと決意するというだけの話であるが、その過程の中では執念深さと歪み根性を兼ね揃えた主人公であるからおかしさと虚しさが随時生み出されている。人間のいじましさを端的に表現することが魅力の作風が存分に発揮されている作品。 尚、文庫の解説は女優であり大学生である南沢奈央が評しており、二十一歳の若い女性がゾクゾクと現れるあられもない描写を読み進めているのかと思うと酷く興奮を覚え、違った意味で参考になる解説である。 また、終わりに「私は同世代に、女性に、とにかく一人でも多くの人に、西村さんの小説を勧めていきます」と評されている。若い女優にこうして小説を勧めてもらえるとは、作者の人生とは何とウィットに富んでいるのかと思わされる。 | ||||
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