ツインスター・サイクロン・ランナウェイ
評判
ツインスター・サイクロン・ランナウェイの評価:
4.00/5点 レビュー 35件。 B ランク
Amazonレビュー一覧
Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全6件 1〜6 1/1ページ
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ツインスター・サイクロン・ランナウェイの評価:
4.00/5点 レビュー 35件。 B ランク
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一方でSFとして見ると,SF = Science FictionのScienceの部分がトンデモです。それも作中に登場する「全質量可換粘土」や「推力10 GN (地球重力下で推力100万トン相当) の熱核エンジン」の実現性と言った高度なことではなく,高校物理の教科書レベルのニュートン力学に関する部分が,です。指摘すべき点は色々ありますが,全部書くとレビューが長大になりますので,「重力と質量の関係」,「氏族船の周回高度」の2点に絞ります。
まず前提として,本作品の舞台となる惑星ファット・ビーチ・ボール(FBB)は,プロローグで直径14万km,重力2G超(1G = 9.81 m/s^2。^はべき乗を表します)であることが語られます。このことからここでは,FBBの半径r0 = 70,000 (km),表面における重力加速度g = 23.00 (m/s^2)とします。FBBは作品中で「木星によく似た惑星」と語られる通り,これらは木星のもの(それぞれ69,911 km,24.79 m/s^2。Wikipedia「木星」より)と近い値になります。
■重力と質量の関係
ごく初歩的なニュートンの運動方程式の理解に関することです。プロローグにて,69 kNの張力(=重力)を7 t (トン)の魚体質量に換算する場面があります。しかし,この関係 (9.8 kN≒質量1 tによる重力) が成り立つのは地球重力下です。FBBの重力下では,質量m (kg),重力F (N)としてお馴染みのニュートンの運動方程式mg = Fから
m = F/g
によって張力69 kNで支えられる質量を求めると,F = 69,000 N,g = 23.00 m/s^2より,
m = 3,000 kg = 3 t
が正しい値となります。同様な誤りは,随所に見られます。
同様な指摘として,熱核エンジンの推力の重力単位系による表現(トン単位の推力)が挙げられます。重力単位系による推力は,物理的には同じ推力でも基準となる重力加速度によって値が変わります。例えば推力10 kNを重力単位系に換算すると,地球の重力加速度基準なら10,000/(9.81×1,000) = 約1トン,FBBが基準なら10,000/(23.00×1,000) = 0.4348トンになります。
一般的には地球の重力加速度が暗黙に仮定されますが,FBBが舞台の本作品では,地球かFBBのいずれの重力加速度が基準値か明示が必要です。それが,本文のどこにも見当たらず,どちらが基準値が読者が判断できません。また,例示は長くなるので省略しますが,どちらの基準値を想定しても,その推力が支える質量などと整合しない記述が複数あります。
全体に,重力加速度を介した「力」と「質量」の対応関係が正確に理解されていない印象を受けます。
■氏族船の周回高度
本作品3章では,氏族船がFBBからの高度6,000 kmの円軌道を,FBBのおよそ1日に合わせた公転周期10時間33分で周回していることになっています。この高度と周期が,物語の根幹をなす重要な設定になっています。一方でご承知の通り物理学的には,ケプラーの第3法則から,FBBを公転する高度は氏族船の質量によらず公転周期によって決まります。そこで氏族船がこの周期で公転する高度を計算し,6,000 kmになるか確かめてみます。
軌道速度v (m/s),万有引力定数G (Nm^2/kg^2),惑星質量M (kg),軌道半径r (m)とすると,高校物理の教科書でお馴染みの万有引力の法則と遠心力の釣り合いから以下となります。
v^2 = GM/r …(1)
惑星表面での重力加速度gは,これも万有引力の法則と運動方程式から以下で表されます。
g = GM/r0^2 …(2)
さらに公転軌道の周長2πrを公転周期T (s)で割れば軌道速度となりますので,
v = 2πr/T …(3)
式(1)~(3)からG,M,vを消去してrについて解くと,公転周期Tを得るのに必要な軌道半径は,以下となります。
r = {g r0^2 T^2/(4π^2)}^(1/3) …(4)
この式に前述のg = 23.00 m/s^2,r0 = 70,000 (km) = 7.000×10^7 (m),物語設定上の公転周期T = 10時間33分 = 3.798×10^4 (s)を代入すると,
r = 1.603×10^8 (m) = 160,300 (km) …(5)
となります。さらにここからr0を引いた値が求める高度h (km) であり,以下となります。
h = r - r0 = 160,300 - 70,000 = 90,300 (km)
物語の設定の6,000 kmと全然合いません。一桁以上違います。「これは酷い」というのが率直な感想です。
実際,Wikipedia「木星の衛星」の項目で木星のアマルテア衛星群の軌道半径と公転周期を見ると,公転周期10時間33分に近い衛星の軌道半長径 (上式(5)に相当する値) として
・アドラステア: 公転周期7.11時間,軌道半長径128,690 km
・アマルテア: 公転周期11.92時間,軌道半長径181,170 km
が得られます (なお,これらの値で式(4)を検算すると,誤差2%弱で合います)。このことから,そもそも計算するまでも無く,ちょっと調べればざっと150,000~170,000 kmの軌道半径(80,000~100,000 kmの高度)が必要であろうと見当が付いたはずです。
本作品での氏族船の高度はストーリーの根幹の部分になる重要な設定のはずですが,その値がここまで違うと,他の設定も色々無理がある可能性があります。例えば,10時間33分の公転周期は,氏族船を出航してFBBの大気圏に降下して漁を行い,氏族船に軌道面を合わせて帰還できる時間として設定されています。高度6,000 kmなら頑張れば出来るかもしれませんが,高度90,300 kmとなると10時間半で行って帰るのは流石に困難と思われます。
――以上の他にも指摘したい点は多々あり,それら全体から透けて見えるのは,「適当なそれらしい用語や数値を並べておけば,それっぽい世界観になるだろう」という,科学にも読者にも不誠実な物語作りへの姿勢です。そうではなく,SFの“S”にあたるScienceのうち高校教科書レベルの初歩的なものぐらいはキッチリ押さえて頂きたかったです。それが,ニュートン以来の「科学」や読者に対する最低限のリスペクトではないでしょうか。“F”にあたるFictionとしての設定を作り込むのは,その先のことであるべきです。