個人的な体験

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個人的な体験の評価:

4.38/5点 レビュー 39件。 B ランク

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Amazonレビュー一覧

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※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください

全135件 41〜60 3/7ページ
No.95
(5pt)

感動的な物語

前半のアフリカ旅行に行きたいという夢、頭に瘤ができた子供が生まれてきたこと、木材所の体験、それらはすべて個人的すぎて共感できないお話になっている。まるでそれは主人公の悪い部分をあえて見せるように描いています。共感できないからこそ、読者はいくらでも批判的かつ客観的に捉えることができる内容になっています。
後半は前半と取って代わって物語の一般化が推し進められています。例えば、子供の将来をどうするかという夫婦間の争いがあります。この問題は主人公に限った固有のものではなく、ごくありふれた困難になっています。つまり、主人公のこれまでの出来事は、一般的な出来事の結果として生じているということを強調しようとしています。それによって、これまで同感することのできなかった物語を一気に馴染みのあるものに引き寄せています。その結果、主人公の果敢に生きようとする姿に感動することができるような物語になっています。
個人的な体験 (1964年) Amazon書評・レビュー: 個人的な体験 (1964年)より
B000JAFA5Q
No.94
(5pt)

感動的な物語

前半のアフリカ旅行に行きたいという夢、頭に瘤ができた子供が生まれてきたこと、木材所の体験、それらはすべて個人的すぎて共感できないお話になっている。まるでそれは主人公の悪い部分をあえて見せるように描いています。共感できないからこそ、読者はいくらでも批判的かつ客観的に捉えることができる内容になっています。
後半は前半と取って代わって物語の一般化が推し進められています。例えば、子供の将来をどうするかという夫婦間の争いがあります。この問題は主人公に限った固有のものではなく、ごくありふれた困難になっています。つまり、主人公のこれまでの出来事は、一般的な出来事の結果として生じているということを強調しようとしています。それによって、これまで同感することのできなかった物語を一気に馴染みのあるものに引き寄せています。その結果、主人公の果敢に生きようとする姿に感動することができるような物語になっています。
個人的な体験 Amazon書評・レビュー: 個人的な体験より
4103036168
No.93
(5pt)

感動的な物語

前半のアフリカ旅行に行きたいという夢、頭に瘤ができた子供が生まれてきたこと、木材所の体験、それらはすべて個人的すぎて共感できないお話になっている。まるでそれは主人公の悪い部分をあえて見せるように描いています。共感できないからこそ、読者はいくらでも批判的かつ客観的に捉えることができる内容になっています。
後半は前半と取って代わって物語の一般化が推し進められています。例えば、子供の将来をどうするかという夫婦間の争いがあります。この問題は主人公に限った固有のものではなく、ごくありふれた困難になっています。つまり、主人公のこれまでの出来事は、一般的な出来事の結果として生じているということを強調しようとしています。それによって、これまで同感することのできなかった物語を一気に馴染みのあるものに引き寄せています。その結果、主人公の果敢に生きようとする姿に感動することができるような物語になっています。
個人的な体験(新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 個人的な体験(新潮文庫)より
B00IP4BYW6
No.92
(5pt)

感動的な物語

前半のアフリカ旅行に行きたいという夢、頭に瘤ができた子供が生まれてきたこと、木材所の体験、それらはすべて個人的すぎて共感できないお話になっている。まるでそれは主人公の悪い部分をあえて見せるように描いています。共感できないからこそ、読者はいくらでも批判的かつ客観的に捉えることができる内容になっています。
後半は前半と取って代わって物語の一般化が推し進められています。例えば、子供の将来をどうするかという夫婦間の争いがあります。この問題は主人公に限った固有のものではなく、ごくありふれた困難になっています。つまり、主人公のこれまでの出来事は、一般的な出来事の結果として生じているということを強調しようとしています。それによって、これまで同感することのできなかった物語を一気に馴染みのあるものに引き寄せています。その結果、主人公の果敢に生きようとする姿に感動することができるような物語になっています。
個人的な体験 (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 個人的な体験 (新潮文庫)より
4101126100
No.91
(5pt)

参りました!!

大江健三郎の代表作。題材の勝利というに留まらず、これは兜を脱がざるを得ない。

 参りました傑作です、と。

 ところで、妻の出産入院中に、他の女と寝てたのは不問なんですか?と、思うのだが、まあ、それは見過ごしてもいい夫婦関係なんだろうってことで。
個人的な体験 Amazon書評・レビュー: 個人的な体験より
4103036168
No.90
(5pt)

参りました!!

大江健三郎の代表作。題材の勝利というに留まらず、これは兜を脱がざるを得ない。

 参りました傑作です、と。

 ところで、妻の出産入院中に、他の女と寝てたのは不問なんですか?と、思うのだが、まあ、それは見過ごしてもいい夫婦関係なんだろうってことで。
個人的な体験(新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 個人的な体験(新潮文庫)より
B00IP4BYW6
No.89
(5pt)

参りました!!

大江健三郎の代表作。題材の勝利というに留まらず、これは兜を脱がざるを得ない。

 参りました傑作です、と。

 ところで、妻の出産入院中に、他の女と寝てたのは不問なんですか?と、思うのだが、まあ、それは見過ごしてもいい夫婦関係なんだろうってことで。
個人的な体験 (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 個人的な体験 (新潮文庫)より
4101126100
No.88
(4pt)

著者が言いたいことを伝えるには、この結末しか無かったんだろうな。

生まれた子の脳に障害があって、まだ母親が産後の入院中に、父親が浮気している。ひどい時代だ。そんな時代でも、母親は終始赤ちゃんの心配をしている。
 結末は、安易に思えた。大江健三郎には障害児がいて、大江光さんという後に作曲家になった素敵な人だ。そのお父さんが、なぜこんな安易な結末を、と思った。著者の後書きでは、「アステリスク以降=ハッピーエンド部分」に批判が多かったが、著者にとってとても大切で決して削るなどできなかった旨が書いてあった。はっと気付かされた。
 障害児の受け入れを、障害を持たない人と話すのは難しい。それは受け入れでさえないのだ。何といえばこの感じを伝えられるか、それは「障害ではなかった」としか言いようがないではないか。この子はこういう子で、このままで、私の大切な子。受容ではなく、もちろん拒絶や諦めなんかじゃなく、この子の存在は喜びでしかない。負け惜しみでも、開き直りでもなく。なんていうか…やっぱり、「障害ではなかった」としか言いようがないんだ。
 昭和の時代は、長文を書いて、有名な作家じゃないと皆に読んでもらうのも難しいし、何とも大変だったなあと思う。いまならツイッターに一言、それで桁違いの人たちの見てくれるんだから。そして久しぶりの文学は読みにくかった。名作が読み継がれるみたいな文化は、これからどうなっていくんだろう。
個人的な体験 (1964年) Amazon書評・レビュー: 個人的な体験 (1964年)より
B000JAFA5Q
No.87
(4pt)

著者が言いたいことを伝えるには、この結末しか無かったんだろうな。

生まれた子の脳に障害があって、まだ母親が産後の入院中に、父親が浮気している。ひどい時代だ。そんな時代でも、母親は終始赤ちゃんの心配をしている。
 結末は、安易に思えた。大江健三郎には障害児がいて、大江光さんという後に作曲家になった素敵な人だ。そのお父さんが、なぜこんな安易な結末を、と思った。著者の後書きでは、「アステリスク以降=ハッピーエンド部分」に批判が多かったが、著者にとってとても大切で決して削るなどできなかった旨が書いてあった。はっと気付かされた。
 障害児の受け入れを、障害を持たない人と話すのは難しい。それは受け入れでさえないのだ。何といえばこの感じを伝えられるか、それは「障害ではなかった」としか言いようがないではないか。この子はこういう子で、このままで、私の大切な子。受容ではなく、もちろん拒絶や諦めなんかじゃなく、この子の存在は喜びでしかない。負け惜しみでも、開き直りでもなく。なんていうか…やっぱり、「障害ではなかった」としか言いようがないんだ。
 昭和の時代は、長文を書いて、有名な作家じゃないと皆に読んでもらうのも難しいし、何とも大変だったなあと思う。いまならツイッターに一言、それで桁違いの人たちの見てくれるんだから。そして久しぶりの文学は読みにくかった。名作が読み継がれるみたいな文化は、これからどうなっていくんだろう。
個人的な体験 Amazon書評・レビュー: 個人的な体験より
4103036168
No.86
(4pt)

著者が言いたいことを伝えるには、この結末しか無かったんだろうな。

生まれた子の脳に障害があって、まだ母親が産後の入院中に、父親が浮気している。ひどい時代だ。そんな時代でも、母親は終始赤ちゃんの心配をしている。
 結末は、安易に思えた。大江健三郎には障害児がいて、大江光さんという後に作曲家になった素敵な人だ。そのお父さんが、なぜこんな安易な結末を、と思った。著者の後書きでは、「アステリスク以降=ハッピーエンド部分」に批判が多かったが、著者にとってとても大切で決して削るなどできなかった旨が書いてあった。はっと気付かされた。
 障害児の受け入れを、障害を持たない人と話すのは難しい。それは受け入れでさえないのだ。何といえばこの感じを伝えられるか、それは「障害ではなかった」としか言いようがないではないか。この子はこういう子で、このままで、私の大切な子。受容ではなく、もちろん拒絶や諦めなんかじゃなく、この子の存在は喜びでしかない。負け惜しみでも、開き直りでもなく。なんていうか…やっぱり、「障害ではなかった」としか言いようがないんだ。
 昭和の時代は、長文を書いて、有名な作家じゃないと皆に読んでもらうのも難しいし、何とも大変だったなあと思う。いまならツイッターに一言、それで桁違いの人たちの見てくれるんだから。そして久しぶりの文学は読みにくかった。名作が読み継がれるみたいな文化は、これからどうなっていくんだろう。
個人的な体験(新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 個人的な体験(新潮文庫)より
B00IP4BYW6
No.85
(4pt)

著者が言いたいことを伝えるには、この結末しか無かったんだろうな。

生まれた子の脳に障害があって、まだ母親が産後の入院中に、父親が浮気している。ひどい時代だ。そんな時代でも、母親は終始赤ちゃんの心配をしている。
 結末は、安易に思えた。大江健三郎には障害児がいて、大江光さんという後に作曲家になった素敵な人だ。そのお父さんが、なぜこんな安易な結末を、と思った。著者の後書きでは、「アステリスク以降=ハッピーエンド部分」に批判が多かったが、著者にとってとても大切で決して削るなどできなかった旨が書いてあった。はっと気付かされた。
 障害児の受け入れを、障害を持たない人と話すのは難しい。それは受け入れでさえないのだ。何といえばこの感じを伝えられるか、それは「障害ではなかった」としか言いようがないではないか。この子はこういう子で、このままで、私の大切な子。受容ではなく、もちろん拒絶や諦めなんかじゃなく、この子の存在は喜びでしかない。負け惜しみでも、開き直りでもなく。なんていうか…やっぱり、「障害ではなかった」としか言いようがないんだ。
 昭和の時代は、長文を書いて、有名な作家じゃないと皆に読んでもらうのも難しいし、何とも大変だったなあと思う。いまならツイッターに一言、それで桁違いの人たちの見てくれるんだから。そして久しぶりの文学は読みにくかった。名作が読み継がれるみたいな文化は、これからどうなっていくんだろう。
個人的な体験 (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 個人的な体験 (新潮文庫)より
4101126100
No.84
(5pt)

バードは気まぐれ

主人公の名「バード」というのはチャーリー・パーカーの仇名から取ったんだろうけど、実際、パーカーとかマイルス・デイビスなどのモダンジャズが似合いそうな作品。映画化するなら彼らの曲を是非とも使用してほしい。作中で描写されるレモンとかグレープフルーツが、蛍光塗料でも塗ったかのように光って薄暗い背景から浮かび上がって見えてくるように感じられる。ラリッて書いたのか?
個人的な体験 (1964年) Amazon書評・レビュー: 個人的な体験 (1964年)より
B000JAFA5Q
No.83
(5pt)

バードは気まぐれ

主人公の名「バード」というのはチャーリー・パーカーの仇名から取ったんだろうけど、実際、パーカーとかマイルス・デイビスなどのモダンジャズが似合いそうな作品。映画化するなら彼らの曲を是非とも使用してほしい。作中で描写されるレモンとかグレープフルーツが、蛍光塗料でも塗ったかのように光って薄暗い背景から浮かび上がって見えてくるように感じられる。ラリッて書いたのか?
個人的な体験 Amazon書評・レビュー: 個人的な体験より
4103036168
No.82
(5pt)

バードは気まぐれ

主人公の名「バード」というのはチャーリー・パーカーの仇名から取ったんだろうけど、実際、パーカーとかマイルス・デイビスなどのモダンジャズが似合いそうな作品。映画化するなら彼らの曲を是非とも使用してほしい。作中で描写されるレモンとかグレープフルーツが、蛍光塗料でも塗ったかのように光って薄暗い背景から浮かび上がって見えてくるように感じられる。ラリッて書いたのか?
個人的な体験(新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 個人的な体験(新潮文庫)より
B00IP4BYW6
No.81
(5pt)

バードは気まぐれ

主人公の名「バード」というのはチャーリー・パーカーの仇名から取ったんだろうけど、実際、パーカーとかマイルス・デイビスなどのモダンジャズが似合いそうな作品。映画化するなら彼らの曲を是非とも使用してほしい。作中で描写されるレモンとかグレープフルーツが、蛍光塗料でも塗ったかのように光って薄暗い背景から浮かび上がって見えてくるように感じられる。ラリッて書いたのか?
個人的な体験 (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 個人的な体験 (新潮文庫)より
4101126100
No.80
(5pt)

私小説と奇蹟としての《個人的な体験》

脳髄に異常のある愛児をめぐる父親《鳥》の物語だ。
 大江文學としては非常にわかりやすい構造である。
《個人的な体験》という言葉は、元来、基督教の用語のようで、天使のすがたをみたり、聖母マリアの聲をきいたりする、というような、科学的には実証不可能だが、《個人的にはたしかにおこった奇蹟》のことを意味するようだ。本作では、脳髄に異常をもって誕生した我が子の生死について父親である《鳥=バード》という渾名の主人公が四苦八苦したすえに、ハッピーエンドをむかえるまでの心理劇である。あきらかに、脳髄に障碍をもった子供とは、大江氏の愛息である光君の隠喩であり、畢竟、本作は疑似私小説として――三島由紀夫が『仮面の告白』で疑似私小説を執筆したように――、また、主人公と愛児にもたらされる奇蹟として、二重の意味での《個人的な体験》となっている。
 さきにのべたとおり、本作は見事なハッピーエンドである。《ハッピーエンドにこそふかみがある》と執筆したのは古井由吉氏だったとおもうが、発表爾時、本作の《ハッピーエンド》の部分は賛否両論をまきおこした。三島由紀夫が《喜劇におわらせれば辻褄があうというような安易な結末》などというように評論していたことを記憶している。たしかに《あとがき》で大江氏自身が披瀝しているように、《あの結末》を削除しても物語は成立したはずだ。問題は序盤にも登場した不良少年たちが此処でも登場することである。序盤、暴力をもって不良少年たちに敗北した主人公は――此処の描写は流石、大江氏らしい見事なものである――、結末において、暴力をもちいずに少年たちに勝利したことを認識する。いまだに暴力に依存している不良少年たちが疵付いているのと対照的に、主人公は自身の精神にも愛児の肉体にも健康をとりもどしている。中盤で、当時――冷戦時代か――のソ連による核実験の記述があったはずだが、大江氏の描破する主人公の暴力にたよらない幸福という《勝利》は、人類レベルでの非暴力による問題の解決をうながしているのではないか。そんなことが可能ならば、それこそ人類にとっての《個人的な体験》になるのかもしれない。
 大江氏の愛息光君は鳥の聲をききわけられた。
 本作の愛児も父親《鳥》の聲により奇蹟をおこしたのかもしれない。
個人的な体験 (1964年) Amazon書評・レビュー: 個人的な体験 (1964年)より
B000JAFA5Q
No.79
(5pt)

私小説と奇蹟としての《個人的な体験》

脳髄に異常のある愛児をめぐる父親《鳥》の物語だ。
 大江文學としては非常にわかりやすい構造である。
《個人的な体験》という言葉は、元来、基督教の用語のようで、天使のすがたをみたり、聖母マリアの聲をきいたりする、というような、科学的には実証不可能だが、《個人的にはたしかにおこった奇蹟》のことを意味するようだ。本作では、脳髄に異常をもって誕生した我が子の生死について父親である《鳥=バード》という渾名の主人公が四苦八苦したすえに、ハッピーエンドをむかえるまでの心理劇である。あきらかに、脳髄に障碍をもった子供とは、大江氏の愛息である光君の隠喩であり、畢竟、本作は疑似私小説として――三島由紀夫が『仮面の告白』で疑似私小説を執筆したように――、また、主人公と愛児にもたらされる奇蹟として、二重の意味での《個人的な体験》となっている。
 さきにのべたとおり、本作は見事なハッピーエンドである。《ハッピーエンドにこそふかみがある》と執筆したのは古井由吉氏だったとおもうが、発表爾時、本作の《ハッピーエンド》の部分は賛否両論をまきおこした。三島由紀夫が《喜劇におわらせれば辻褄があうというような安易な結末》などというように評論していたことを記憶している。たしかに《あとがき》で大江氏自身が披瀝しているように、《あの結末》を削除しても物語は成立したはずだ。問題は序盤にも登場した不良少年たちが此処でも登場することである。序盤、暴力をもって不良少年たちに敗北した主人公は――此処の描写は流石、大江氏らしい見事なものである――、結末において、暴力をもちいずに少年たちに勝利したことを認識する。いまだに暴力に依存している不良少年たちが疵付いているのと対照的に、主人公は自身の精神にも愛児の肉体にも健康をとりもどしている。中盤で、当時――冷戦時代か――のソ連による核実験の記述があったはずだが、大江氏の描破する主人公の暴力にたよらない幸福という《勝利》は、人類レベルでの非暴力による問題の解決をうながしているのではないか。そんなことが可能ならば、それこそ人類にとっての《個人的な体験》になるのかもしれない。
 大江氏の愛息光君は鳥の聲をききわけられた。
 本作の愛児も父親《鳥》の聲により奇蹟をおこしたのかもしれない。
個人的な体験 Amazon書評・レビュー: 個人的な体験より
4103036168
No.78
(5pt)

私小説と奇蹟としての《個人的な体験》

脳髄に異常のある愛児をめぐる父親《鳥》の物語だ。
 大江文學としては非常にわかりやすい構造である。
《個人的な体験》という言葉は、元来、基督教の用語のようで、天使のすがたをみたり、聖母マリアの聲をきいたりする、というような、科学的には実証不可能だが、《個人的にはたしかにおこった奇蹟》のことを意味するようだ。本作では、脳髄に異常をもって誕生した我が子の生死について父親である《鳥=バード》という渾名の主人公が四苦八苦したすえに、ハッピーエンドをむかえるまでの心理劇である。あきらかに、脳髄に障碍をもった子供とは、大江氏の愛息である光君の隠喩であり、畢竟、本作は疑似私小説として――三島由紀夫が『仮面の告白』で疑似私小説を執筆したように――、また、主人公と愛児にもたらされる奇蹟として、二重の意味での《個人的な体験》となっている。
 さきにのべたとおり、本作は見事なハッピーエンドである。《ハッピーエンドにこそふかみがある》と執筆したのは古井由吉氏だったとおもうが、発表爾時、本作の《ハッピーエンド》の部分は賛否両論をまきおこした。三島由紀夫が《喜劇におわらせれば辻褄があうというような安易な結末》などというように評論していたことを記憶している。たしかに《あとがき》で大江氏自身が披瀝しているように、《あの結末》を削除しても物語は成立したはずだ。問題は序盤にも登場した不良少年たちが此処でも登場することである。序盤、暴力をもって不良少年たちに敗北した主人公は――此処の描写は流石、大江氏らしい見事なものである――、結末において、暴力をもちいずに少年たちに勝利したことを認識する。いまだに暴力に依存している不良少年たちが疵付いているのと対照的に、主人公は自身の精神にも愛児の肉体にも健康をとりもどしている。中盤で、当時――冷戦時代か――のソ連による核実験の記述があったはずだが、大江氏の描破する主人公の暴力にたよらない幸福という《勝利》は、人類レベルでの非暴力による問題の解決をうながしているのではないか。そんなことが可能ならば、それこそ人類にとっての《個人的な体験》になるのかもしれない。
 大江氏の愛息光君は鳥の聲をききわけられた。
 本作の愛児も父親《鳥》の聲により奇蹟をおこしたのかもしれない。
個人的な体験(新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 個人的な体験(新潮文庫)より
B00IP4BYW6
No.77
(5pt)

私小説と奇蹟としての《個人的な体験》

脳髄に異常のある愛児をめぐる父親《鳥》の物語だ。
 大江文學としては非常にわかりやすい構造である。
《個人的な体験》という言葉は、元来、基督教の用語のようで、天使のすがたをみたり、聖母マリアの聲をきいたりする、というような、科学的には実証不可能だが、《個人的にはたしかにおこった奇蹟》のことを意味するようだ。本作では、脳髄に異常をもって誕生した我が子の生死について父親である《鳥=バード》という渾名の主人公が四苦八苦したすえに、ハッピーエンドをむかえるまでの心理劇である。あきらかに、脳髄に障碍をもった子供とは、大江氏の愛息である光君の隠喩であり、畢竟、本作は疑似私小説として――三島由紀夫が『仮面の告白』で疑似私小説を執筆したように――、また、主人公と愛児にもたらされる奇蹟として、二重の意味での《個人的な体験》となっている。
 さきにのべたとおり、本作は見事なハッピーエンドである。《ハッピーエンドにこそふかみがある》と執筆したのは古井由吉氏だったとおもうが、発表爾時、本作の《ハッピーエンド》の部分は賛否両論をまきおこした。三島由紀夫が《喜劇におわらせれば辻褄があうというような安易な結末》などというように評論していたことを記憶している。たしかに《あとがき》で大江氏自身が披瀝しているように、《あの結末》を削除しても物語は成立したはずだ。問題は序盤にも登場した不良少年たちが此処でも登場することである。序盤、暴力をもって不良少年たちに敗北した主人公は――此処の描写は流石、大江氏らしい見事なものである――、結末において、暴力をもちいずに少年たちに勝利したことを認識する。いまだに暴力に依存している不良少年たちが疵付いているのと対照的に、主人公は自身の精神にも愛児の肉体にも健康をとりもどしている。中盤で、当時――冷戦時代か――のソ連による核実験の記述があったはずだが、大江氏の描破する主人公の暴力にたよらない幸福という《勝利》は、人類レベルでの非暴力による問題の解決をうながしているのではないか。そんなことが可能ならば、それこそ人類にとっての《個人的な体験》になるのかもしれない。
 大江氏の愛息光君は鳥の聲をききわけられた。
 本作の愛児も父親《鳥》の聲により奇蹟をおこしたのかもしれない。
個人的な体験 (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 個人的な体験 (新潮文庫)より
4101126100
No.76
(5pt)

ブレイクの言葉の希求力

"Sooner murder an infant in its cradle than nurse unacted desires"- Willam Blake
本作にでてきた、印象深い一節です。

脳に腫瘍のある子どもを見捨てるか、
それとも≪共存≫の道へと歩み出るか。

ぼくは、この本にでてくる、いくつかのブレイクの詩の引用が、この小説の世界を膨らませているように思えるのです。
個人的な体験 (1964年) Amazon書評・レビュー: 個人的な体験 (1964年)より
B000JAFA5Q