敦煌
評判
敦煌の評価:
4.52/5点 レビュー 93件。 A ランク
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※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全162件 1〜20 1/9ページ
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敦煌の評価:
4.52/5点 レビュー 93件。 A ランク
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小説の詳細ページを閲覧すると、ここに履歴が表示されます。最近閲覧した小説詳細ページへ簡単に戻る事が出来ます。
西暦1026年、宋の時代。湖南の田舎に暮らす32歳の趙行徳(ちょう・ぎょうとく)は、官吏任用試験を受けるために都・開封(かいほう)に出る。だが、自らの気の緩みから受験に失敗し、都を彷徨い歩くうち、西夏の女が売りに出されているところを救う。女は礼として、見たこともない文字が書かれた布切れを譲って寄越す。その西夏文字に強い興味を持った行徳は、心機一転、西方へ向かうことにする……。
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井上靖が昭和34(1959)年に発表した歴史小説です。清の時代に敦煌の仏教遺跡内で大巻の経典類が発見された史実に基づき、趙行徳という架空の青年を配して、経典埋蔵までの歴史絵巻を描いています。
わたしがこの小説を読むのはおよそ30年ぶり。手元にある新潮文庫は平成6(1994)年発行の第65刷。今から30年以上前の、まだインターネット普及前夜の時代です。今回読み直して、この小説に改めて深い感銘を受けました。
趙行徳はエリート官僚を目指した漢民族の青年でありながら、運命のいたずらで夢を断たれ、ひょんなきっかけで異民族・西夏の文字に魅了されます。その文字を読みこなしてみたいと強く願い、西へ西へと歩を進めるその姿は、外国語に魅了された人生を歩んできたわたしの気持ちに大いに添うところがありました。
行徳の人生は波乱万丈。西夏の漢人外人部隊に取り込まれるという急展開を見せます。そこで出会った外人部隊長・朱王礼(しゅ・おうれい)、そして海千山千の交易商・尉遅光(うつち・こう)という一癖も二癖もある(架空の)登場人物と相まみえながら、興慶(イルガイ)から瓜州(かしゅう)、そして沙州(敦煌)へと西への旅を続けます。その道中で行徳は生きることの意味を自らに問うていきます。
「行徳の眼には日増しに人間というものが小さく、その営みが無意味なものに映るようになった。そしてその人間の小ささや無意味さに、ある意味を持たせようとする宗教というものが、行徳には興味深く思われた」(98頁)
「別に生きるとも死ぬとも考えていない。いままで戦に臨んだ時と同じだ。自分にどういう運命がやって来るか判らない。進んで死にたいとは思わないが、格別、生きなければならぬこともない」(182-183頁)
宋という統一国家があるにはあるものの、多様な異民族が近隣に存在し、干戈を交えることもしばしばの時代です。生きることの難しさ、命の儚さと虚しさを感じるばかりの暮らしにそっと寄り添う仏教という宗教に、心の安寧を得る行徳ら。その気持ちもまた、わたしには十分わかります。
そしてこの物語でなんとも不思議なほど印象に残るのは、行徳がほんのいっときだけ情を交わした回鶻(ウィグル)の王族の娘です。名を記されることもなく、物語の中盤で静かにあっけなく退場するこの女のことが、行徳の胸のみならず、朱王礼の脳裏からも離れることはありません。
「回鶻の女のことを思い出す度に、行徳はある安定した静謐感が自分の五体を充たすのを感じた。それはもはや故人に対する愛情でも、悲歎の情でもなく、そうした人間的な感情を濾過した純粋なある完全なものへの讃歎のようなものであった」(107-108頁)
同時に、読者であるわたし自身も、この小説を閉じる最後の瞬間までこの女の面影を拭うことができなかったのです。
この女性は時代と政治権力に翻弄された悲劇の存在といえます。思い返せば、井上靖の小説には、こうした苦く哀しい宿命を背負わされた女性が幾度も登場しています。
『額田女王』の主人公しかり、『蒼き狼』のテムジンの妻ボルテしかり、『風林火山』の由布姫しかり。
非情とも言える自らの運命に当初こそ抗おうとするものの、時が移りゆくにつれて諦念を受け入れ、やがて歴史の中に埋もれていく女たち。
わずかな紙幅しか費やされることのなかったこの回鶻人王族の娘の思いが、最も記憶に残る物語でした。
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