蹴りたい背中

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評判

蹴りたい背中の評価:

3.63/5点 レビュー 175件。 B ランク

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平均点3.63pt

Amazonレビュー一覧

Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です

※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください

全224件 161〜180 9/12ページ
No.64
(4pt)

少女らしさがよかった

作者との年齢も近く、高校生時代の頃を思い返して見ると、共感出来る光景がありました。 主人公が周りと溶け込めないのは、少し主人公が客観的な目線が養われているからなのかと思います。だから他の生徒とは合わないと。強がり。 彼女の問題はただ孤立ということで、何かもっと精神的に辛い事情があるようには見えない。 が、孤独な辛さはその描写からよく伝わった。 話の内容はもう一人のクラスの余り者のにな川との交流で、自分と近い立場で、だけど、同じとは思いたくない、と思う彼女が面白い。一つ一つの描写も、蹴りたいと思う気持ちも少女らしく、どこか可笑しかった。
蹴りたい背中 Amazon書評・レビュー: 蹴りたい背中より
4309015700
No.63
(4pt)

少女らしさがよかった

作者との年齢も近く、高校生時代の頃を思い返して見ると、共感出来る光景がありました。 主人公が周りと溶け込めないのは、少し主人公が客観的な目線が養われているからなのかと思います。だから他の生徒とは合わないと。強がり。 彼女の問題はただ孤立ということで、何かもっと精神的に辛い事情があるようには見えない。 が、孤独な辛さはその描写からよく伝わった。 話の内容はもう一人のクラスの余り者のにな川との交流で、自分と近い立場で、だけど、同じとは思いたくない、と思う彼女が面白い。一つ一つの描写も、蹴りたいと思う気持ちも少女らしく、どこか可笑しかった。
蹴りたい背中 (河出文庫) Amazon書評・レビュー: 蹴りたい背中 (河出文庫)より
4309408419
No.62
(4pt)

新鮮で飛躍があって的確な表現

主人公は高校に入学したばかりの女子生徒のハツ、「仲間グループ」を拒絶して、クラスやクラブでは孤立している。周りの人間がすべて演技しているように見え、それに合わせて自分も演技することに疲れきって、あえて孤立を選んだのだが、それにより自意識はより過敏になる。観察班を自主編成する理科の授業、喋る相手のいない10分間の休憩時間、一人で食べるお昼の弁当、同級生の中学時代の友達とのつきあい、このような場面ごとにきしむ心理が繊細に描かれる。
 仲間グループからはみ出したもう一人の男子生徒、ニナ川がいる。彼は或る人気女性モデルに夢中になっていて、モデルの情報を収集することにしか関心のないようなオタクである。主人公がモデルと偶然出会って話したことを彼が知って、二人の奇妙なつきあいが始まる。モデルにしか興味を示さず演技のできないニナ川に、ハツは苛立ちつつも惹かれていく。しかし、それはまだ恋からは遠いできごとのように見える。イメージの世界で生きているニナ川はやがて生身のモデルを間近にすることになる。これが事件になってニナ川の世界は変容し、ふたりの関係もリアルな関係へと発展していく予感をもって物語は終わる。
 16歳の少女が独白するというスタイルで、その表現が新鮮で飛躍があって的確、それが何よりこの小説の美質だと思う。
蹴りたい背中 Amazon書評・レビュー: 蹴りたい背中より
4309015700
No.61
(4pt)

新鮮で飛躍があって的確な表現

主人公は高校に入学したばかりの女子生徒のハツ、「仲間グループ」を拒絶して、クラスやクラブでは孤立している。周りの人間がすべて演技しているように見え、それに合わせて自分も演技することに疲れきって、あえて孤立を選んだのだが、それにより自意識はより過敏になる。観察班を自主編成する理科の授業、喋る相手のいない10分間の休憩時間、一人で食べるお昼の弁当、同級生の中学時代の友達とのつきあい、このような場面ごとにきしむ心理が繊細に描かれる。
 仲間グループからはみ出したもう一人の男子生徒、ニナ川がいる。彼は或る人気女性モデルに夢中になっていて、モデルの情報を収集することにしか関心のないようなオタクである。主人公がモデルと偶然出会って話したことを彼が知って、二人の奇妙なつきあいが始まる。モデルにしか興味を示さず演技のできないニナ川に、ハツは苛立ちつつも惹かれていく。しかし、それはまだ恋からは遠いできごとのように見える。イメージの世界で生きているニナ川はやがて生身のモデルを間近にすることになる。これが事件になってニナ川の世界は変容し、ふたりの関係もリアルな関係へと発展していく予感をもって物語は終わる。
 16歳の少女が独白するというスタイルで、その表現が新鮮で飛躍があって的確、それが何よりこの小説の美質だと思う。
蹴りたい背中 (河出文庫) Amazon書評・レビュー: 蹴りたい背中 (河出文庫)より
4309408419
No.60
(5pt)

素直に、共感できる小説

この小説を批判している人は、いい歳こいた大人の方がほとんどだと思います。
それは合わないのは当然ではないでしょうか。
子供が書いた子供向けの小説ですから。

子供の私は素直に共感できましたし、青春のなにげないひとときがよく書かれていると思います。

文章が少しくどいと思いましたが、そこはあまり気にせず読めました。

内容も面白かったです。
オチがないのは、そういうゆるい小説だからです。この物語でラストにドンッと大きなオチがある方がおかしいでしょう。
ある意味青春小説。
蹴りたい背中 Amazon書評・レビュー: 蹴りたい背中より
4309015700
No.59
(5pt)

素直に、共感できる小説

この小説を批判している人は、いい歳こいた大人の方がほとんどだと思います。
それは合わないのは当然ではないでしょうか。
子供が書いた子供向けの小説ですから。

子供の私は素直に共感できましたし、青春のなにげないひとときがよく書かれていると思います。

文章が少しくどいと思いましたが、そこはあまり気にせず読めました。

内容も面白かったです。
オチがないのは、そういうゆるい小説だからです。この物語でラストにドンッと大きなオチがある方がおかしいでしょう。
ある意味青春小説。
蹴りたい背中 (河出文庫) Amazon書評・レビュー: 蹴りたい背中 (河出文庫)より
4309408419
No.58
(5pt)

誰に向かって書かれているか分かる作品

この作品ある程度読んで思った事はテーマがちゃんと決まっていて、しかもそのテーマにあった書き方が出来ていると思いました(その逆の場合も)
 主人公はグループからの疎外感を苦痛を覚えながらも決して交わろうともせず、同じように疎外されているにな川に興味を持ち始め……という流れなのですが、にな川は外の事をどうとも思っておらず、その事に主人公は苛立ちと軽蔑を覚えているが、とてもうまく伝わり一人でいるのは嫌という微妙な感情で動いている自分の感情に気づかないようにしている事など。
 若い、学校という特別な場所での特別な場所で行っている事も分かり(物語の時間も短いので)、十代の揺れ動く微妙な気持ちを表現しきれているなと思いました。

 当然、これは青春小説なのでそんな事を忘れてしまった人達には訳の分からない作品に見えるとおもいますが。
蹴りたい背中 Amazon書評・レビュー: 蹴りたい背中より
4309015700
No.57
(5pt)

誰に向かって書かれているか分かる作品

この作品ある程度読んで思った事はテーマがちゃんと決まっていて、しかもそのテーマにあった書き方が出来ていると思いました(その逆の場合も)
 主人公はグループからの疎外感を苦痛を覚えながらも決して交わろうともせず、同じように疎外されているにな川に興味を持ち始め……という流れなのですが、にな川は外の事をどうとも思っておらず、その事に主人公は苛立ちと軽蔑を覚えているが、とてもうまく伝わり一人でいるのは嫌という微妙な感情で動いている自分の感情に気づかないようにしている事など。
 若い、学校という特別な場所での特別な場所で行っている事も分かり(物語の時間も短いので)、十代の揺れ動く微妙な気持ちを表現しきれているなと思いました。

 当然、これは青春小説なのでそんな事を忘れてしまった人達には訳の分からない作品に見えるとおもいますが。
蹴りたい背中 (河出文庫) Amazon書評・レビュー: 蹴りたい背中 (河出文庫)より
4309408419
No.56
(5pt)

虚構が現実化するような、不思議な感覚

主人公・ハツの視点から、彼女に回避的な変容が生じていく様子が描かれている。
人との関わりを切望しながらも、ますます孤立していき、
仲のよかった絹代とも次第に疎遠になっていく。
繊細な「自己」が傷つくことを恐れて、対人関係を築くことを避けてしまう。

同じような状況下にあっても、にな川は孤立それ自体には無頓着で、オリチャンの世界に入り浸っている。
ハツがにな川を蹴る理由は、一種の恋愛表現で、オリチャンではなく、こちらに振り向いて、自らの辛い状況を分かってほしい、
そのような想いからではないだろうか。

また一方で、作者は高校時代にグループ活動や、好きな芸能人の情報を集めたりもしていたので、
絹代とにな川は、作者の分身と考えることもできる。
この場合、「蹴りたい背中」とは、周りに迎合したり、親密な関係に背を向けてしまうような、作者が否定的にとらえている自分自身のことかもしれない。
そして、ラストの夜明けのベランダで背を向けていたにな川が振り返る場面は、
やがて自分の膜を破って、職業作家としてあるいは自立した一人の人間として
新しい一歩を踏み出していくことになる綿矢りさを、象徴しているように思われる。
蹴りたい背中 Amazon書評・レビュー: 蹴りたい背中より
4309015700
No.55
(5pt)

虚構が現実化するような、不思議な感覚

主人公・ハツの視点から、彼女に回避的な変容が生じていく様子が描かれている。
人との関わりを切望しながらも、ますます孤立していき、
仲のよかった絹代とも次第に疎遠になっていく。
繊細な「自己」が傷つくことを恐れて、対人関係を築くことを避けてしまう。

同じような状況下にあっても、にな川は孤立それ自体には無頓着で、オリチャンの世界に入り浸っている。
ハツがにな川を蹴る理由は、一種の恋愛表現で、オリチャンではなく、こちらに振り向いて、自らの辛い状況を分かってほしい、
そのような想いからではないだろうか。

また一方で、作者は高校時代にグループ活動や、好きな芸能人の情報を集めたりもしていたので、
絹代とにな川は、作者の分身と考えることもできる。
この場合、「蹴りたい背中」とは、周りに迎合したり、親密な関係に背を向けてしまうような、作者が否定的にとらえている自分自身のことかもしれない。
そして、ラストの夜明けのベランダで背を向けていたにな川が振り返る場面は、
やがて自分の膜を破って、職業作家としてあるいは自立した一人の人間として
新しい一歩を踏み出していくことになる綿矢りさを、象徴しているように思われる。
蹴りたい背中 (河出文庫) Amazon書評・レビュー: 蹴りたい背中 (河出文庫)より
4309408419
No.54
(5pt)

マイノリティーなノスタルジック

これは高校生時代に読み手が「どこの位置にいたか」で評価が分かれる。
スクールカースト上における最下層から一つ上。
周りから見れば、それは最下層と同類なんだけど、
自分としては「あいつ」よりマシと見下すことで心の安定を図る。
中学生時代に読んだときには、それほど心に残らなかったが
社会人になった今再読したところ大きな勘違いに気付いた。
主人公・ハツは背中を押す意味で背中を蹴ったのではなく
ずっと私の下でいてね、という思いで蹴落とし、心を落ち着かせているのではないか、と。
自分は高校時代にハツと同じ「位置」にいたせいか、
同じ想い、同じ行動をしていて、自身を客観的に見せられているようで辛くなった。
その位置にいた一部の人間にとっては紛れもないリアルであり
それを経験ではなく想像で描いたのだとしたら、やはり作者の技量は素晴らしく、芥川は妥当だったと思う。
ただこれより後に出した二作が凡作なので、この頃の情熱を思い出してほしい。

補足
「オチがない」と低評価の方がいるが、純文学はきっぱりとしたオチを書いてはダメという暗黙のルールがあり、
余韻を残す終わり方を上手く描かなければいけない。その点では良い締め方だった。
芥川賞は「面白さ」に与える賞ではない。将来性のある群を抜いた「新人作家」が対象。
ストーリー性やエンタメ性を期待する方は直木賞を注目しましょう。
蹴りたい背中 Amazon書評・レビュー: 蹴りたい背中より
4309015700
No.53
(5pt)

マイノリティーなノスタルジック

これは高校生時代に読み手が「どこの位置にいたか」で評価が分かれる。
スクールカースト上における最下層から一つ上。
周りから見れば、それは最下層と同類なんだけど、
自分としては「あいつ」よりマシと見下すことで心の安定を図る。
中学生時代に読んだときには、それほど心に残らなかったが
社会人になった今再読したところ大きな勘違いに気付いた。
主人公・ハツは背中を押す意味で背中を蹴ったのではなく
ずっと私の下でいてね、という思いで蹴落とし、心を落ち着かせているのではないか、と。
自分は高校時代にハツと同じ「位置」にいたせいか、
同じ想い、同じ行動をしていて、自身を客観的に見せられているようで辛くなった。
その位置にいた一部の人間にとっては紛れもないリアルであり
それを経験ではなく想像で描いたのだとしたら、やはり作者の技量は素晴らしく、芥川は妥当だったと思う。
ただこれより後に出した二作が凡作なので、この頃の情熱を思い出してほしい。

補足
「オチがない」と低評価の方がいるが、純文学はきっぱりとしたオチを書いてはダメという暗黙のルールがあり、
余韻を残す終わり方を上手く描かなければいけない。その点では良い締め方だった。
芥川賞は「面白さ」に与える賞ではない。将来性のある群を抜いた「新人作家」が対象。
ストーリー性やエンタメ性を期待する方は直木賞を注目しましょう。
蹴りたい背中 (河出文庫) Amazon書評・レビュー: 蹴りたい背中 (河出文庫)より
4309408419
No.52
(5pt)

著者がかわいいことこそが、この作品の内容の深みを増している

よくある批判として「かわいいから内容はダメだけど売れた」というものがあるが

全く違うと思う

真面目に解説すると、お金持ちが豊かだという時代から抜け出した新しい時代を描いた凄まじい作品だ

好きだからそばにいたい、みたいな単純な表現ではなく、好きな子を蹴りたいという、すごく歪んだパーソナリティを持つ主人公こそが

あらわしているものは

美人だけど、幸せじゃない私という今っぽさの象徴だと思う

作家としてとか芥川賞としてとかはどうでもよくて

この作家が今後どう成長していくかとかもどうでもよくて

この時代に発売されたこの内容の小説として高い価値を持つ作品だと思う

瞬間的な儚い「美」がこの小説にはつまっている
蹴りたい背中 Amazon書評・レビュー: 蹴りたい背中より
4309015700
No.51
(5pt)

著者がかわいいことこそが、この作品の内容の深みを増している

よくある批判として「かわいいから内容はダメだけど売れた」というものがあるが

全く違うと思う

真面目に解説すると、お金持ちが豊かだという時代から抜け出した新しい時代を描いた凄まじい作品だ

好きだからそばにいたい、みたいな単純な表現ではなく、好きな子を蹴りたいという、すごく歪んだパーソナリティを持つ主人公こそが

あらわしているものは

美人だけど、幸せじゃない私という今っぽさの象徴だと思う

作家としてとか芥川賞としてとかはどうでもよくて

この作家が今後どう成長していくかとかもどうでもよくて

この時代に発売されたこの内容の小説として高い価値を持つ作品だと思う

瞬間的な儚い「美」がこの小説にはつまっている
蹴りたい背中 (河出文庫) Amazon書評・レビュー: 蹴りたい背中 (河出文庫)より
4309408419
No.50
(4pt)

感心しました。

最近、歴代芥川賞受賞作を良く、読んでいます。

今回読んだのは、史上最年少受賞、綿矢りさ氏の「蹴りたい背中」。

19歳の女性がいったいどういった文学を読ませてくれるのか・・・と、読んでみたら、個人的にかなりツボでした。

高校生の長谷川ハツは、いまいち・・・、というか、まったく学校生活に馴染めない日々を送っています。
絹代という中学時代の友人はいますが、彼女は別のグループで楽しくやっていて、ハツはそのグループには馴染めず、いつもひとりぼっち。
そんな彼女に、同じく友達のいない、にな川というオタクとの接点が生まれる・・・。
ハツとにな川の恋愛でもない、腹を割って話をする友人でもない、そんな不思議な関係が始まります。

この作品に共感できるのは、まず第一に、僕自身、高校時代、友人がひとりもいなかった・・・という過去があるせいでしょうか、ハツの心理描写に「分かるなぁ〜」と、うなずく所が多くあった点です。
軽蔑している連中のバカ話にもそっぽを向いていても、たまに面白い話などが出てくると、ハツは必死に笑いをこらえるのです。
別に、素直に笑えば良いのですが、それでは、彼女は何かに「負けた」気がするのでしょう。
そんな無理をしている姿が、僕には非常によく分かるのです。

あと、印象が良かったのが、分かりやすい点。
「?」と思うシーンが皆無でした。
分かりやすい=良い小説ではないのは、百も承知ですが、三島や、大江などの作品を読んだ後に、こういう小説を読むと、心にするする入っていくので気持ちよく読めました。

評価割れているみたいですが、賛美両論ある内が花かもしれません。
本当に魅力ない作品はそれすら起きませんから・・・。
マザーテレサじゃありませんが、愛の反対は、無関心です。

とにかく、楽しんで読めた本でした!
蹴りたい背中 Amazon書評・レビュー: 蹴りたい背中より
4309015700
No.49
(4pt)

気づくのに七年かかった

この本は出版された当初に買った。そのあと芥川賞に選ばれ、そのときは実に不思議に思った。
面白くもなんともないこんな小説が芥川賞だと?
いま振り返ると、芥川賞というのは決して面白さで決まる賞ではないことはわかっているし、これに出会えたことでそうした芥川賞の意味、意義がようやくわかった。

最初に読んだときは、たしかに面白くないと思った。たぶんいま読んでも面白いとは思わないだろう。面白い本なら他にもたくさんあるからだ。でもここまで深い本はそうあるものではないと思う。
読後、なにが言いたいのかさっぱりわからなかった。面白くもなんともない。そしてもうこんな本のことは忘れてしまった、約七年後のことだ。駅ホームでエスカレーターで下に降りようと思ったとき、目の前にいかにもきざったい男がいた。のろのろと歩き、それが格好いい、自分なりスタイル、自己主張、ダサい自己主張、しかし本人はそれが格好いいと感じている。そんな男が歩いていて、その瞬間、とてつもなくその背中を蹴り飛ばしたい衝動に駆られた。そのままエスカレーターから蹴落したいとすら思った。
だけど、次のとき、その目の前で歩いている男が自分の嫌な部分、自分にそっくりであることに気づいた。自分もああいう人間であると。自分勝手でそれが格好いいと感じ、臆面もなく披露するダサい自己主張。自分自身が目の前にあった。自分自身の一番嫌いな部分があった。
そのときこの本の意味がわかった。なるほど、蹴りたい背中の背中というのは、自分自身の醜い部分なのだと。嫌いなところ。本当は大嫌いな自分なんだと。本当はそうなりたくはない自分なんだとわかった。その瞬間、私はもう目の前の男のことなんかどうでもよくなり、この本の素晴らしさが身にしみて感じた。この本はそうした自分自身の嫌な部分を蹴りたい、脱却したいと思う心を書いた作品である。

そして発見後、芥川賞というのはこういう本が選ばれるのだと思った。つまり、直木賞といった即効性、読んですぐに面白いと思うような本ではないのだと。芥川賞というのは十年、二十年後になってもその味わいを残していつまでもその時代の人間を映し出す作品であると。決して色褪せることなく、またよくある出版されては売れるけど、すぐに人々の記憶から消えるような作品とも違う。芥川賞というのはそのとき面白いものではない。面白い作品でもない。なにか読む人に気付かさせてくれるものだと思う。それが何年後かは知らないが。
そうした多くのことを教えてくれたこの作品はまさしく未来永劫残すべき素晴らしき本であり、芥川賞の名にふさわしき作品だと思う。
蹴りたい背中 Amazon書評・レビュー: 蹴りたい背中より
4309015700
No.48
(4pt)

感心しました。

最近、歴代芥川賞受賞作を良く、読んでいます。

今回読んだのは、史上最年少受賞、綿矢りさ氏の「蹴りたい背中」。

19歳の女性がいったいどういった文学を読ませてくれるのか・・・と、読んでみたら、個人的にかなりツボでした。

高校生の長谷川ハツは、いまいち・・・、というか、まったく学校生活に馴染めない日々を送っています。
絹代という中学時代の友人はいますが、彼女は別のグループで楽しくやっていて、ハツはそのグループには馴染めず、いつもひとりぼっち。
そんな彼女に、同じく友達のいない、にな川というオタクとの接点が生まれる・・・。
ハツとにな川の恋愛でもない、腹を割って話をする友人でもない、そんな不思議な関係が始まります。

この作品に共感できるのは、まず第一に、僕自身、高校時代、友人がひとりもいなかった・・・という過去があるせいでしょうか、ハツの心理描写に「分かるなぁ〜」と、うなずく所が多くあった点です。
軽蔑している連中のバカ話にもそっぽを向いていても、たまに面白い話などが出てくると、ハツは必死に笑いをこらえるのです。
別に、素直に笑えば良いのですが、それでは、彼女は何かに「負けた」気がするのでしょう。
そんな無理をしている姿が、僕には非常によく分かるのです。

あと、印象が良かったのが、分かりやすい点。
「?」と思うシーンが皆無でした。
分かりやすい=良い小説ではないのは、百も承知ですが、三島や、大江などの作品を読んだ後に、こういう小説を読むと、心にするする入っていくので気持ちよく読めました。

評価割れているみたいですが、賛美両論ある内が花かもしれません。
本当に魅力ない作品はそれすら起きませんから・・・。
マザーテレサじゃありませんが、愛の反対は、無関心です。

とにかく、楽しんで読めた本でした!
蹴りたい背中 (河出文庫) Amazon書評・レビュー: 蹴りたい背中 (河出文庫)より
4309408419
No.47
(4pt)

気づくのに七年かかった

この本は出版された当初に買った。そのあと芥川賞に選ばれ、そのときは実に不思議に思った。
面白くもなんともないこんな小説が芥川賞だと?
いま振り返ると、芥川賞というのは決して面白さで決まる賞ではないことはわかっているし、これに出会えたことでそうした芥川賞の意味、意義がようやくわかった。

最初に読んだときは、たしかに面白くないと思った。たぶんいま読んでも面白いとは思わないだろう。面白い本なら他にもたくさんあるからだ。でもここまで深い本はそうあるものではないと思う。
読後、なにが言いたいのかさっぱりわからなかった。面白くもなんともない。そしてもうこんな本のことは忘れてしまった、約七年後のことだ。駅ホームでエスカレーターで下に降りようと思ったとき、目の前にいかにもきざったい男がいた。のろのろと歩き、それが格好いい、自分なりスタイル、自己主張、ダサい自己主張、しかし本人はそれが格好いいと感じている。そんな男が歩いていて、その瞬間、とてつもなくその背中を蹴り飛ばしたい衝動に駆られた。そのままエスカレーターから蹴落したいとすら思った。
だけど、次のとき、その目の前で歩いている男が自分の嫌な部分、自分にそっくりであることに気づいた。自分もああいう人間であると。自分勝手でそれが格好いいと感じ、臆面もなく披露するダサい自己主張。自分自身が目の前にあった。自分自身の一番嫌いな部分があった。
そのときこの本の意味がわかった。なるほど、蹴りたい背中の背中というのは、自分自身の醜い部分なのだと。嫌いなところ。本当は大嫌いな自分なんだと。本当はそうなりたくはない自分なんだとわかった。その瞬間、私はもう目の前の男のことなんかどうでもよくなり、この本の素晴らしさが身にしみて感じた。この本はそうした自分自身の嫌な部分を蹴りたい、脱却したいと思う心を書いた作品である。

そして発見後、芥川賞というのはこういう本が選ばれるのだと思った。つまり、直木賞といった即効性、読んですぐに面白いと思うような本ではないのだと。芥川賞というのは十年、二十年後になってもその味わいを残していつまでもその時代の人間を映し出す作品であると。決して色褪せることなく、またよくある出版されては売れるけど、すぐに人々の記憶から消えるような作品とも違う。芥川賞というのはそのとき面白いものではない。面白い作品でもない。なにか読む人に気付かさせてくれるものだと思う。それが何年後かは知らないが。
そうした多くのことを教えてくれたこの作品はまさしく未来永劫残すべき素晴らしき本であり、芥川賞の名にふさわしき作品だと思う。
蹴りたい背中 (河出文庫) Amazon書評・レビュー: 蹴りたい背中 (河出文庫)より
4309408419
No.46
(4pt)

芥川賞は抜けばいい

芥川賞については置いときます。

本の内容からどう感じたか書くと"記憶がかゆい"。
自分にも主人公と同じような"人を選んでる"という 意識を持ってる時期が確かにあった。
本当は周りに置いてかれてるだけなのに。

作者の表現力は悪くない。むしろ歪んでる女の子には丁度いい表現だと思った。くどくてでも半端。15.6の自分はそんな感じだった。 この本を読むと、鬱屈してる気持ちと初夏の最後の、じめじめしてじわじわ暑い気温が混ざっただるい感覚を思い出す。
自己に浸ってる感覚、主人公の自己愛ときっと同じ、大人の目には"イタイ"物。

多分楽しく幸せな青春を送った人にはこの小説は全く無意味で何ももたらさないと思う。まさに"で?"しか思わないような。
そんな人は多分主人公に共感できないしするつもりにもならない。
青春時代に"ぼっち"にならなかったら、解らないだろう。

レビューを見てるとそんなに"ぼっち"がいないようでむしろ安心した。
蹴りたい背中 Amazon書評・レビュー: 蹴りたい背中より
4309015700
No.45
(4pt)

芥川賞は抜けばいい

芥川賞については置いときます。

本の内容からどう感じたか書くと"記憶がかゆい"。
自分にも主人公と同じような"人を選んでる"という 意識を持ってる時期が確かにあった。
本当は周りに置いてかれてるだけなのに。

作者の表現力は悪くない。むしろ歪んでる女の子には丁度いい表現だと思った。くどくてでも半端。15.6の自分はそんな感じだった。 この本を読むと、鬱屈してる気持ちと初夏の最後の、じめじめしてじわじわ暑い気温が混ざっただるい感覚を思い出す。
自己に浸ってる感覚、主人公の自己愛ときっと同じ、大人の目には"イタイ"物。

多分楽しく幸せな青春を送った人にはこの小説は全く無意味で何ももたらさないと思う。まさに"で?"しか思わないような。
そんな人は多分主人公に共感できないしするつもりにもならない。
青春時代に"ぼっち"にならなかったら、解らないだろう。

レビューを見てるとそんなに"ぼっち"がいないようでむしろ安心した。
蹴りたい背中 (河出文庫) Amazon書評・レビュー: 蹴りたい背中 (河出文庫)より
4309408419